岩清水日記

「あしひきの岩間をつたふ苔水のかすかにわれはすみわたるかも」良寛

良寛さんの旧蹟を訪ねる旅 9 島崎和島 良寛の里美術館

2023-10-30 11:43:19 | 良寛師

良寛の終焉の地の近くに「良寛の里美術館」があります。

良寛「鉢の子」の長歌です。

玄関前です。

受付周辺です。もちろん展示スペースは撮影できません。

秋篠宮妃も訪問されたのですね。受付にはどなたもおられません。

しばらくすると出てこられました。

入場者は私たちのみです。

玄関正面にはおなじみの手毬で遊ぶ良寛と子どもたちです。

右のステンドグラスは手毬です。

職員の方が展示作品一つ一つを詳しく説明してくださいました。

岡山から来たと話すと、玉島に行ったことがないとのこと。

確かに遠いです。

一度は行きたいと。ぜひ来てください!

良寛が貞心尼との対話しているシーンです。良寛70歳、貞心尼30歳でした。

wikiの貞心尼のページは非常に詳しく(過ぎるほど)、記述されていました。びっくりしました。

一読をおすすめするのをためらう程です。

良寛さんの服装に注目です。僧衣ではありません。この美術館の像はすべて同様です。

この先が展示スペースです。

貞心尼がこの地を訪問するのは大変なことです。

住職をしていた長岡・福島(ふくじま)閻魔堂から信濃川の蔵王の渡しを渡り、与板、塩入峠を経て和島・木村家に来たようです。車で通ってみましたが大変な距離です。一日では難しいのではないかと思いました。

貞心尼の存在が良寛の最晩年を花やかにしたこと、また貞心尼が成した良寛との唱和集『蓮の露』は貴重な文化的財産だと思います。

職員さんによれば、良寛への関心が薄れているそうです。教科書にも載らなくなったと言われます。

確かに、岡山の古本屋市では数千冊の本の中で良寛関係の本は2冊だけでした。

京都南部の図書館では一冊も棚にありませんでした。

京都といえば一休だし、良寛が京都に住んだこともありませんが。

とても寂しく思いました。

 

続きます。次は与板です。良寛の父以南の生地です。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

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