『牛込忠左衛門勝登』~11
~長崎代官末次平蔵の処罰~
延宝4年(1676)長崎代官末次家の
4代平蔵茂朝と嫡子平兵衛の密貿易が発覚し、
父子は隠岐に流され、
一類は斬罪その他に処せられる。
禁を犯しひそかに商船を唐国に遺し、
日本の絵図・刀剣など国禁品を輸出したことによる。
磔や斬罪者があったのに対し、
平蔵父子が流刑ですんだのは、
投銀(投資)をしただけで、
直接商売に関与しなかった為である。
茂朝の財産は金60万両に相当するといわれたが、
ことごとく没収され、
家屋敷(現桜町小学校)は
町年寄の高木作右衛門に与えられた。
ここは現在「サン・ドミンゴ教会跡」として公開されており
末次時代の遺物も展示されている。
古美術崎陽
長崎の歴史
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます