伊那谷は向こうの南アルプスとこちらの中央アルプスが囲む地域
11月14日、伊那市西箕輪の羽広荘へ泊った。故郷伊那へきて実家以外に泊ったのは数えるほどしかない。18歳のとき伊那を出て50年、もう東京の人であり当地を旅人として見たくなった。天竜川の右岸(東側)の高台(標高700m)に生まれたぼくは木曽駒ヶ岳、空木岳などの中央アルプスを眼前に見て育った。実家の裏山から高山を見ると「伊那谷」を感じた。
実家から天竜川の西側、中央アルプス付近に来ることはほとんどなかった。
羽広荘は中央アルプスの稜線まで7、8キロのところに位置し、遥か東に甲斐駒ヶ岳と仙丈ヶ岳を主とした南アルプス連峰を望む。
冬の朝、靄か霧がたなびく向うに広がる連山は実家から見るのと違い大地を広く感じる。「伊那谷」という感じからほど遠く茫洋として広い。
この連山の中、仙丈ヶ岳中腹にある藪沢小屋は大学生のころ夏シーズン100日働いたところである。
初めて登った高山が木曽駒ヶ岳であり働いた高山が仙丈ヶ岳である。どちらも懐かしい。
天竜川の左岸に立っても右岸に立っても伊那の景観はワールドクラス、世界へ誇ることができるとあらためて思う。
羽広荘3階より
青空にあつけらかんと冬木あり
山国の空鋼なす冬木かな
青天も冬木も硬し響き合ふ
羽広荘のそばに「みはらしファーム」があり、動物を飼って見せている。そこにひときわ高い木があり葉がないが胡桃と直感した。
歩くなりぶつきらぼうの裸木へ
なんとそこで胡桃を拾っているおばあさんがいて驚いた。地に屈み黙々と棒を動かしている。ここには積年の胡桃が堆積していて二人で拾う。顔を上げるといい笑いであった。「こういうことする人はいないんですよ」と言い、同好者同士意気投合する。
りんりんと枝を張りたる冬木かな
一葉なき枝鳴つてをり冬の空
青天を戴く我も裸木も
落葉松は黄葉の王者といっていい。新緑も美しいしこの時期の葉もいい。冷たい空気の中を歩く。
冬晴や行人も木も飾りなく
枯芒さみしいときは風を聴け
また胡桃の木へ戻るとけなげなおばあさんはいなかった。