天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

雲の階段

2024-08-24 06:08:20 | 文芸




小生のブログを見た旧友が俳句をやっていることを喜ぶとともに驚いたみたいだ。「むかしは詩を書いていましたよ」といってそれを送ってきた。
たしかに詩のようなものである。1987年3月に書いたらしい。36歳であり俳句を始める直前である。これを見て半分は自分であり半分は他人のような気がした。モチーフは登山のようである。夏から秋に移る不確かな行合いの空を仰ぎ、この時期にあったテキストのような気がする。
「がらんどう」「雲の階段」という2編である。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
がらんどう

山にひとり行き暮れて
水は飲みほした
からっぽの水筒を風にさらすと
ボーボー
からっぽの水筒に息を吹き込むと
ボーボー
がらんどうが鳴る
ぼくの体もがらんどう 


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
雲の階段

ぼくが山を登っていると
雨がふりはじめた
道はぬかるみ
靴の中はぐっしょりになった
草は脚にまとわりつき
無数の実をつけた
もの言わぬ生命の叫び
生命の餞別だろうか?

道はだんだん急になった
ぼくは脚ばかり見るようになった
ザックは重く
体はこごんで
脚の運びだけを見ていた
いつしか
草の実も靴の泥も
きれいさっぱり
流されていた

急に足もとが明るくなった
白い石!
花崗岩のつづく道だ
花崗岩は年月を経たしゃれこうべ
生命の色が抜けきって
折り重なっていた

白い頭蓋の
ひとつひとつは
ぼくの ひと足ひと足を押し上げ
天へ送ってくれるようだった
ぼくはしだいに
自分の力で脚を動かしている
気がしなくなった

靄は木の間をめぐり
葉の色をむなしくしていた
ナナカマドがただ一つの色気
生の残り火を燃やしていた
乳首のような赤い実を
一粒つまんでかんでみると
生ぐささが口いっぱいに広がった
ペッペッ! もう生は面倒だ
額から落ちる雨滴で
口を漱いだ

ぼくの意識は白くなっていった
考える力が失せていった
はて
ぼくの踏んでいるのは石だろうか?
なんだか硬くない
足は軽く
体はふわふわ
雲は湧きたち
どこまでが山で
どこから空がはじまるのか
わからない

ぼくはもう
雲の上を歩いていたのかもしれない
雲の階段……
体がなくなってしまうような
こんなふわふわした感じで
天まで登っていくのだろうか?

そこまでは覚えていた
次の瞬間
雷が轟き閃光が走ったようだ

今ぼくは草原にいる
頬にあたる空気がやや重い
草は赤や黄に色づき
露が光っている
きっと雲の階段から 落っこちたのだろう
まだ天まで登っていけないようだ
体が疼いている……



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