天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

湘子『黑』4月中旬を読む

2024-04-17 13:41:36 | 俳句

都立武蔵国分寺公園


藤田湘子が61歳のとき(1987年)上梓した第8句集『黑』。荒行「一日十句」を継続していた時期であり発表句にすべて日にちが記されている。それをよすがに湘子の4月中旬の作品を鑑賞する

4月11日
花に鳥われに消えたる稿の責
先生は何を頼まれて書いていたのか。「稿の責」は真面目であり督促とは無縁であった気がする。「花に鳥」を置いたところを見るとかなり原稿に往生したらしい。

4月12日
(ぼく)として朴立つ山の遅日かな
先生は朴の木が好きで自宅にもこれを植えて愛でていた。花をつける前のそれを木(ぼく)と見ている。木の構造を意識した言い方である。
偶像はなき世の桑を解きにけり
「偶像はなき世」に違和感をもった。どの世にも偶像は有るのではないか。作者にはないのか。さて「偶像はなき世の桑」で何を言いたかったのか。わからない。

4月13日
木曾川の野に出て闢(ひら)く霞かな
木曾川は美濃加茂市で北から来る長良川と合流する。ここは平野であり、「野に出て闢(ひら)く」である。おおらかな詠みぶりで句柄が大きい。
れんげ田に片足入れて應と言ふ
俳句ははっとした気持ちに従順なとき決まる。れんげ田の気落ちよさがよく出ている。むつかしくしなかったのがいい。
人聲や茶山濡れたる朝ぼらけ
朝露でぬれた茶畑。向こうに人の声がする。それだけのことだが朝の気持ちいいこと。
金縷梅(まんさく)や力のかぎり飛騨の山
俳句は挨拶である。飛騨の山に向かって好意を表す。早春に他の木に先駆けて花が咲くという季語が締めている。

4月14日 高山
鶯や杉苗ならぶ雨の中
上五に季語を置く典型的な形の句。鶯の音色が効いて杉苗の色合いもよく見える。
あざやけき雪代鱒を祭膳
雪解水に生息する鱒である。貴重である。それを祭の膳に備えた。春祭である。
春深し橋の眺めの下(しも)の灯は
「橋の眺めの下(しも)の灯」はやや入り組んだ表現であるが、下流の灯を遠望しているのだろう。厳密にいえば家や自動車、柱などの灯。川面にも光がありそうで、春の深さを感じている。
山車二臺かへりておぼろ一之町
一之町は江戸時代の古い商家などの面影が残る町並み。地名を効果的に使った一句。「山車二臺」が事実であったかどうかは知らないが、数字が効いている。

4月15日 同前
つばめ来ぬ飛騨の祭の音尋(と)めて
「音尋(と)めて」など読むと、「山のあなた」(カール・ブッセ)を訳した上田敏の名訳を思い出す。「…噫われ人と尋(と)めゆきて…」のくだりを。湘子はむろん、これを熟知したいただろう。格調の出し方を心得ている。
花篝ひとつ離れて川照らす
「ひとつ離れて」とあたかも人のごとき言い方。これでちょっと離れたところにあるひとつの花篝がすっと見える。

4月16日
杉山の暗さを出でず春椎茸(はるご)
そのままの句である。暗くて湿っぽい木の下を椎茸は好む。
祭膳こごみは人を呼ぶさまに
「人を呼ぶさまに」はやや大げさな気もする。こごみの形をそう思ったのである。料理しても湾曲しているようなこごみである。

4月17日
諸葛菜あちこちにあり花舗になし
言われてみればその通り。あちこちにあるから商品価値がないのか。それはタンポポも同じ。肩が凝らず笑える句。
春雷や少しひもじき夜の酒
酒飲みの心理、生理はよくわからないのだが、「少しひもじき」は肴のことなのか。もすこし食べるものが欲しいということか。わかります。

4月18日
春風や三尺先の前(さき)の馬の貌
近くに馬がいるということの表現だがこのように古風に、味わい深く、初心者は言えない。この表現にしたことで情趣が出ている。
あひびきの土筆見つけし女ごゑ
先生が女性とデートしたという句か。それとも第三者(カップル)を見ての句なのか。「土筆見つけし女ごゑ」は見えるが、さて女の年頃はいくつぐらいか。童女じみた声を出した中年ということもあり、想像して楽しい。

4月19日
霜くすべしつつ四山へ遣(や)るこころ
「霜くすべ」は、霜害を防ぐために、気温0度近くになると日ごろ積んである籾殻、青柴等に火をかけ水蒸気を霧にして降らせること。「四山へ遣(や)るこころ」は湘子らしい堂々とした朗詠。
白樺の花や高嶺は北へ據る
「據る」は「寄る」と同じ意。おおざっぱに見て、高山の南は名古屋。北に高い山(北アルプス)がそびえるのである。「高嶺は北へ據る」は修辞の妙。
うつうつと夜の干潟をつくるもの
「うつうつと夜の干潟」で言いたいことはほぼ言い得ている。こういうとき下五をどうするかは、俳人にとって苦難である。「つくるもの」は非常に漠然としている。しかしこの漠然さがこの場合決まっている。ほかに言いようがないのである。

4月20日 白骨温泉まで
吊橋の宙の立夏の男なり
吊橋の途中に颯爽と立つ男。いかにも立夏にふさわしい。
赤松の寄れば香に立つ彌生盡
赤松の林はむっとするだろう。それが「寄れば香に立つ」なる流麗な措辞によって立つ。
色淡し雲来て消ゆる芽からまつ
落葉松の芽の緑の淡さ。白い雲を見せて絶妙の色模様。
天近き雪原を行く遅日かな
同時発表の句で雪原が乗鞍岳とわかるが、「天近き雪原」の威風堂々たる気韻に打たれる思い。
火山岩大残雪の壓に堪ふ
臨場感、力感とも申し分ない。
乗鞍の天の遅日の曇りなり
曇りということでいよいよ遅日が効く。日暮れの印象が曇りで鈍くなるのである。
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