舞台の一つ、山形県肘折温泉
熊谷達也著『邂逅の森』を読んだ。
ヨミトモF子から「あなたの感性にぴったり」といわれていた課題図書。2004年直木賞・山本周五郎賞受賞作品。
【主な登場人物】
松橋富治(マタギ、文枝を孕ませたことで地元を去る)
片岡文枝(地主のひとり娘で富治の初めての相手)
慎之介(炭坑労働者、男色を強要され自殺する)
難波小太郎(富治の鉱夫時代の弟分)
難波イク(小太郎の姉、元娼婦で富治の妻となる)
沢田喜三郎(富山の薬売り)
【時代設定】大正~昭和初期
【場所設定】秋田~山形
北方謙三(芥川賞選考委員)
「骨太だが無器用で、新しさなどはどこにもない。それでも、心を打つ物語の力があった。欠点も未熟も散見するが、私は第一にこの作品を推した。物語の力こそが、いま小説に求められているものだ、と思ったからだ。」
林真理子(芥川賞選考委員)も古さを指摘し、「洗練された初恋の女性の描き方は感心しないが、遊女上がりの女房が魅力的だ。この小説は、素朴な人間ほどリアリティがある。」
という。
「感心しない」という文枝への思いは作者の純朴な面があからさまに出たのだと思う。
篠田節子(山本周五郎賞選考委員)
「作品世界の大きさ、卓越したストーリーテリング、汗の匂いや体温の伝わってきそうな実在感と存在感を湛えた人物像。」「中盤、舞台が山から鉱山に移ったとたんに物語は一気に加速していく。」「ラスト近く、こちらに向かい笑ったように見えた熊の描写、自分を襲う熊に抱いた主人公の畏敬の念。」「書き出せばきりがない。いくつもの不満を補ってあまりある、圧倒的な魅力を備えた作品だった。」
多くの選考委員の見解のとおりぐいぐい押してくる迫力がある。
ハードカバー456ページを2日で読めたことからも精度の高い物語であり、歴代の直木賞受賞作品の中でもトップレベルといえる。
血湧き肉躍る興奮は黒岩重吾『天の川の太陽』など古代史ものを思わせ、厳しい山における男女の情念のすさまじさは坂東眞砂子『山妣』を連想させた。
えげつないほどの性ないし性器の描写と山や熊に対する崇高さのコントラストが際立っているのもいい。間違いなく楽しめる逸品である。