けろっぴぃの日記

最近、政治のことをはじめとして目を覆いたくなるような現状が多々あります。小さな力ですが、意見を発信しようと思います。

アメリカの中に深く根付く親中派の存在を忘れてはいけない

2013-12-27 23:58:15 | 政治
安倍総理の靖国参拝について、追加でコメントを加えてみたい。昨日のブログでも問題はアメリカ次第と書いてきたが、その後、少々雲行きが変わってきた。結論としては日本政府は特に騒ぎ立てることをせずに、状況を冷静に見守るのが妥当ということには変わりないのだが、少し思うところがあるので書いてみたい。

まず、昨日の時点では「失望」という強い表現を使ったのが駐日アメリカ大使館の声明だったのが、その後、国務省の声明に格上げして再度発表されたという。さらに、小野寺防衛相とヘーゲル国防長官との電話会談が中止になったという。こちらの事情はまだ時事通信にしか紹介されていないから良く分からないが、沖縄県の米軍基地負担軽減への協力を要請するための電話会談であり、スケジュールを調整中でほぼ27日午前中に決まっていたところの中止だというから、それがスケジュールが完全に確定した後の中止か調整がつかずに延期になったのかは不明である。ただ、少なからずメッセージ性を持っているのは良く分かる。

この辺の事情を見ると、一部のマスコミは大喜びで「安倍総理の失態」と書きたいところであるが、世界のルールを無視した公海上の航行の自由を無視した防衛識別圏を中国が勝手に設定した際に、一旦は強く非難をしておきながらバイデン副大統領は中国とも上手くやっていこうという態度を示していたので、実際のところはこれで何かが変わるということではない。沖縄県の仲井真知事が辺野古埋め立て承認を行ったことで止まった時計の針は動き出したが、ここでアメリカが頑なな態度を取ると時計の針がまた止まることになる。オバマ大統領は極めて実務的で国益を重視するから、言うべきことを言ったら後は実務的に仕事を進めるのがこれまでのやり方である。相手が中国であろうが韓国であろうが、そして日本であろうが同様である。この問題が鎮静化する正月が明けるまでの足踏みぐらいが丁度良いのであろう。

ただ、だからと言って日本の立場として結果オーライという訳には行かない。何故このようになってしまったかは冷静に分析する必要がある。そして、その答えが私の好きな「ぼやきくっくり」さんの青山繁晴さんのTV番組の文字起こしの中に書かれている。

ぼやきくっくり 2013年10月10日「10/9放送 関西テレビ『アンカー』青山繁晴の“ニュースDEズバリ”

ご存知、青山繁晴さんがアメリカを訪ねて米軍関係者と様々な意見交換をされた中で、多くのアメリカ人(特に軍関係者及び政府関係者)の考え方を細かく紹介している。それは、単に民主主義の国であるが故に多様な考え方の人がいるというのとは全く異次元な話であり、まだ中国が経済大国となり牙を剥くはるか前の時代から、アメリカの中枢やマスコミなどの中に深く入り込み、常識的には同じ価値観を有しているはずの日本に対してよりも遥かに中国の言い分に同調し、パンダに抱き着く「Panda-Huggers」という呼び名で自らの立場を明らかにすることを臆しない人々が多数いるのである。これらの人々の考え方はオバマ大統領やバイデン副大統領、さらにはケリー国務長官にヘーゲル国防長官にまで影響力を及ぼしているということである。最近の靖国報道の中でも取り上げられているが、青山繁晴さんはこの放送があった10月上旬の時点でケリー国務長官とヘーゲル国防長官の千鳥ヶ淵戦没者墓苑への献花が「靖国には行くな!」という明確なメッセージだと指摘していた。それは、青山繁晴さんの推測ではなくハワイのアメリカ太平洋軍司令部の幹部クラスが何人も明言していたというから相当なものである。そして、この番組の最後のまとめとして、これらの親中派の人脈の背景には中国(韓国も同様である)の工作活動があり、「国防総省もNSCも国務省も」その影響を強く受けているということであった。これに対しては、「違うなら違うとの対外発信を考えなければならない」というのは当然であるが、それがうまく機能できないのにはひとつに学校の教師たちが(中国、韓国に何か言われたら、被害者の言い分を丸呑みしなければならないという)中国寄りの価値観教育を受けてきているのが関係しているということだった。情報発信という意味では竹島や尖閣のビデオを多国語で情報発信したりするのはその第1歩であるし、より徹底したロビー活動を体制を組んで根気強く行うことも重要であるが、それだけでは十分ではないということである。事実に基づく歴史の振り返りというのも重要なのだろう。その様な作業を、アメリカの有識者も巻き込んで、共同で進めていく活動が必要なのかも知れない。

これだけアメリカの中枢に親中派が食い込んでいると、舵を大きく切ろうとすると大鑑は沈没してしまう。緩やかに緩やかに、舵を切らなければならない。その緩やかな舵という意味では、(総理在任中に1度は参拝するという前提に立てば)後付にはなるが今回の参拝のタイミングは悪い時期ではない。何故なら、日本が舵を切っても艦の方向が何も変わらない状態であったのだから・・・。

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