一本の鉛筆
松山善三作詞、佐藤勝作曲
美空ひばりという国民的歌手が、広島の平和音楽祭で歌った曲です。
こうした「平和」への思いを歌った事実を知ってもらいたいと思います。
「平和」の歌を歌える歌手が増えることを望んでいます。※広島平和音楽祭は1993年の第20回まで続きました。
1974年の第1回広島平和音楽祭(広島テレビ主催)で初めて披露されました。「幼かった私にも、あの戦争の恐ろしさは忘れることができません。尊い肉親を失い、愛する人を失い、その悲しさを乗り越えて強く生きてこられた方がいらっしゃる。二度と戦争が起こらないよう、ご一緒に祈りたいと思います」。
美空ひばりは、亡くなる1年前の第15回の音楽祭でもこの曲を歌いました。楽屋にベッドを持ち込んで、周りの人に支えられる状態でも、舞台では毅然と歌ったそうです。曲に対する思いを強く感じます。
あの戦争の記憶が薄れていく中、若い人の中には戦争を美化する動きが見られます。また、こうしている今も、世界の少なくない場所で、争いにより人命が失われています。
「8・6(はちろく)」を前にして
松山善三作詞、佐藤勝作曲
美空ひばりという国民的歌手が、広島の平和音楽祭で歌った曲です。
こうした「平和」への思いを歌った事実を知ってもらいたいと思います。
「平和」の歌を歌える歌手が増えることを望んでいます。※広島平和音楽祭は1993年の第20回まで続きました。
1974年の第1回広島平和音楽祭(広島テレビ主催)で初めて披露されました。「幼かった私にも、あの戦争の恐ろしさは忘れることができません。尊い肉親を失い、愛する人を失い、その悲しさを乗り越えて強く生きてこられた方がいらっしゃる。二度と戦争が起こらないよう、ご一緒に祈りたいと思います」。
美空ひばりは、亡くなる1年前の第15回の音楽祭でもこの曲を歌いました。楽屋にベッドを持ち込んで、周りの人に支えられる状態でも、舞台では毅然と歌ったそうです。曲に対する思いを強く感じます。
あの戦争の記憶が薄れていく中、若い人の中には戦争を美化する動きが見られます。また、こうしている今も、世界の少なくない場所で、争いにより人命が失われています。
「8・6(はちろく)」を前にして
賑やかなお祭りソングがふさわしいですね。
前向きなたけかなさんに、エールを送ります。