神なる冬

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[SF] 奇跡なす者たち

2011-11-28 22:02:03 | SF
『奇跡なす者たち』 ジャック・ヴァンス (国書刊行会)





出版されたことが奇跡というジャック・ヴァンスの短編集。故・浅倉久志の企画を酒井昭伸が引き継いで完成させたもの。そして、なんと、日本初の短編集だそうだ。なんか意外。

ジャック・ヴァンスの作品は五感のすべてに訴えかけてくる描写が素晴らしいが、そこで感じられる世界はファンタジーの色合いが強い。これぞファンタジーの感触といった感じ。しかし、その中に宿るのは完全にSFの精神であり、合理的な思索の結果が作品に反映されている。

この“合理的”という言葉がなかなか面白く、表題作の「奇跡なす者たち」では、科学技術が廃れ、超能力や呪い(作中では“咒”)の方が合理的とされている逆転世界が描かれたりする。

また、あとがきに“異世界SFではなく、異文化SF”とあったのが非常に納得させられた。たしかにそうだ。ヴァンスの描く異星人は非常に人間的でありながら、我々のまったく想像しえない驚くべき文化を持っている。それがコケオドシではなくちゃんとSF的テーマに結び付いているのだ。

このように、SF的思索の上に、奇妙でファンタジックな世界が描かれているのがヴァンスの世界。確かに古臭さはあるが、表面的にはファンタジーなSFといえば、ファイナルファンタジーのようなゲームや、ラノベで良く見る設定だ。なので、若い読者にもヴァンスは広く受け入れられるのではないかと思う。

ただ、本書もこの次に出るという『ヴァンス・コレクション』も値段が高いのが難点か。若者は図書館で読んでね。



「フィルスクの陶匠」(酒井昭伸訳)
無能で勝手な上司にむかつき、最後はスカッとするのか涙するのか。黄色いウランはイエローケーキ!

「音」(浅倉久志訳)
これは共感覚の話なのではないかと思った。音と光のファンタジーだな。

「保護色」(酒井昭伸訳)
惑星の取り合いでこういった戦争の方法が生まれるというのはホラ話的で面白い。しかし、どんな形の戦争でも最後は悲劇であり、喜劇であり。

「ミトル」(浅倉久志訳)
長い物語のいちシーンを切り取ったような作品。たったこれだけで、物語の全体を読んだくらいのワクワク感を感じられた。

「無因果世界」(浅倉久志訳)
世の中の出来事に因果関係が無くなったらどうなるかという思考実験。想像力の限界に挑戦する実験のような感じだが、やっぱり限界はあるか。

「奇跡なす者たち」(酒井昭伸訳)
入植した惑星で科学技術を失い、精神文明を発達させた人類に対し、惑星原住民がついに立ち上がる。とにかく“咒”の合理性が楽しい。結局は、現代科学的には強力な暗示と効果的な脅しということなのだろうが、テレパシーやテレキネシスにも少しだけ言及している。
人類間でなければ咒が効かないという設定もおもしろい。たしかに、文化を共有しない種族同士では、暗示の効果はほとんどないかも。そして、その窮地を救うのはやっぱり科学技術の復興というところにSFならではの科学技術への希望が見える。

「月の蛾」(浅倉久志訳)
いろいろな短編集にも掲載されているので、以前に読んだ記憶がある。しかし、この世界に対するイライラ感が極限まで募った後での、最後のどんでん返しにはやはりドキドキした。
全員仮面の姿で、細かいしきたりを守らないと会話すら成り立たないというのは、実は日本的インターネット匿名文化に通じるものがあるのではないか。ネカマ、副アカ、なりすましは日常茶飯事、書き込む前に半年ROMれ。

「最後の城」(浅倉久志訳)
「奇跡なす者たち」の変奏曲といった趣だが、こちらは奴隷階級の用意周到な蜂起を描いた作品。滅びに瀕した地球に帰ってきた宇宙移民者たちが支配階級になっているのだが、地球人たちが彼らを地球人ではなく宇宙人と認識しているところも興味深い。ヘンに裏読みできそう。
また、現在火種となりつつある格差革命をにおわせるような展開でもある。支配者層は労働者として復帰しなければ、滅ぼされるのみ。
働こう 働こう 必ず誰かが助かってくれてる それがプライド 労働 For You あーはーん


訳者あとがきの著者紹介もなかなかおもしろかった。波乱万丈のヴァンスの生涯といった感じで、まだご存命というのにびっくりだ。




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