『ジーン・ウルフの記念日の本』 ジーン・ウルフ (国書刊行会 未来の文学)
ジーン・ウルフが米国の記念日それぞれにちなんで書いた短編集。
日本人にはあまりなじみのない記念日も出てくるが、お話の内容に密接に関係してくるので事前に確認しておいた方が理解しやすい。
もともとは「今日は何の日?」的な企画に基づいているらしいが、その発想の斜め上感というか、その発想は無かった感が素晴らしい。
SFというよりは不条理ものといった感じのものが多いのだが、そこにさらっとSF的な解釈が可能となるような一文を紛れ込ませているところもうれしい。
さらに読み終わった後に解説を読むと、気づかなかった興味深いことが書いてあったりして、これもなかなかおもしろい。
連作ではなく、短編ひとつひとつは軽い感じで読めるものなので、ジーン・ウルフの入門書には最適といった感じ。
これが長編や連作になると、覚えておかなければならない伏線が多すぎるからな。
○「鞭はいかにして復活したか ― リンカーン誕生日」
受刑者の増加に伴って刑務所がたいへんという話はよく聞くのだけれども、これが“リンカーン誕生日”の話というのがブラックすぎる。
○「継電器と薔薇 ― バレンタイン・デー」
継電器(リレー)という響きが古き良き時代を思い起こさせる。離婚によって成り立つ離婚産業というものもあるというのは、確かに鋭い指摘。
○「ポールの樹上の家 ― 植樹の日」
子供ならではの行動かと思いきや、それはすでにミスリード。これを“植樹の日”にもってくるとうのは、破滅に備えて植樹をしろとでも(笑)
○「聖ブランドン ― 聖パトリックの日」
よくわからないホラ話。記念日からすると、アイルランド系移民のこと?
○「ビューティランド ― 地球の日」
環境破壊から守られた最後の地が持つ価値とは。これまたブラックで斜め上な話。ただ、この話に嫌悪感を持つ人々が多数派になるのであれば、希望はある。
○「カー・シニスター ― 母の日」
かの国にはドラゴン・カー・セックスなる分野があると聞くが。(違う)
○「ブルー・マウス ― 軍隊記念日」
誰もがブルー・マウスであり、誰もブルー・マウスではない。しかし、建前上、そう言うことは許されない。
○「私はいかにして第二次世界大戦に破れ、それがドイツの侵攻を防ぐのに役立ったか ― 戦没将兵追悼記念日」
歴史改変ものではあるんだろうけれど、果たして改変されているのはどちらか。これでもかという小ネタの積み重ねも楽しい。
○「養父 ― 父の日」
記憶と少しだけ異なる並行世界へ紛れ込んでしまった怪談のよう。ちなんだ記念日とタイトルからすると、記憶の家族を失った男が新たな父になろうとする?
○「フォーレセン ― 労働者の日」
労働者の半生を皮肉った不条理もの。最後の最後にさらっとSF的な一文が出てくる。
○「狩猟に関する記事 ― 狩猟解禁日」
なんだかよくわからないなと思ったら、意図的な悪文とのこと。ただのスラップスティックだと思ってたよ。
○「取り替え子 ― ホームカミング・デイ」
ネタ的にも結末的にも正当な怪談の手法に基づいたホラー。ただ、発端は割と多くの人が体験することのある話かも。
○「住処多し ― ハロウィーン」
異世界に侵入した人々とそれに反対する人々の戦争後。老いたる女性が家そのものになるという含意なのか。ハロウィーンはおそらく門が開く日の意味だが、訪ねてきた女性が精霊なのか、訪ねた家が魔女なのか。
○「ラファイエット飛行中隊よ、きょうは休戦だ ― 休戦記念日」
“エスカドリーユ”って、アーヴ語っぽい。(フランス語です) 最後の黄色いラベルの瓶はおそらくアーリータイムズ。強燃性塗料にこだわっているのを見ると、もしかして熱気球の彼女は近寄ると燃えるぞ(燃やすぞ)とでも言っていたのではないかと。
○「300万平方マイル ― 感謝祭」
これは解説に納得。
○「ツリー会戦 ― クリスマス・イヴ」
最後の一言の有無でまったく意味の違う話になってしまうところがすごいと思う。
○「ラ・ベファーナ ― クリスマス」
祖母の言う「隣人」はどちらのことを言ったのか。いずれにしろ、生まれるのは救世主となりうるのかと。
○「溶ける ― 大晦日」
まさかのメタ落ち!