『クラーケン(上下)』 チャイナ・ミエヴィル (ハヤカワ文庫SF)
世は深海ブーム。きっかけとなったNHKドキュメントと同じグループの、ちょっと前の業績にインスパイアされたマジックリアリズムの大作。
日本でダイオウイカと深海モノが盛り上がる前から翻訳が決まっていたらしいが、なんたるシンクロニシティ。国立科学博物館の深海展へもとっとと行ってこなければ。
舞台は現代のロンドン。普通に暮らす人々には知られていないものの、その古き街の陰では魔術を操る魔法使い、占い師、カルト教団、暗殺集団、化け物から超能力者まで、ありとあらゆる不可思議な者たちがしっかりと息づいていた。
いわば、この裏ロンドンが真の主人公と言えるかもしれない。思えば、ロンドンも古い歴史を持つ街なので、こういう怪しげな存在が跋扈しているのは当然だ。東京もいろいろヘンテコな街だが、ロンドンも観光地を外れれば、東京以上にヘンテコな街なのだろう。
そんな世界で、博物館から盗まれたダイオウイカの標本を皮切りに、ロンドンを焼き尽くすハルマゲドン、ラグナロクへとつながる陰謀に巻き込まれた博物館員の物語。
ダイオウイカを神様とみなすカルト宗教とか、knuckleheadの意味通りの間抜け部隊が出てきたりとか、どこまでが本気でどこまでがギャグなのかさっぱりわからず、大真面目に不真面目なことをやっている感が満載。
面白いのは、“社会情勢”や“本人の趣味”により魔術的能力の名称や解釈がSF的、もしくは、コミック的な内容に変わってきたという記述があること。たしかに、物質瞬間移動というより、「スコッティ、転送を頼む。」の方がわかりやすい。
クラーケンというタイトルだが、クトゥルフ関係はそういうネタ扱いで出てくるだけで、物語の筋とは関係なかった気がする。そうではなくって、イカのイカたる所以の部分が重要だったというわけ。
このイカを巡って、Xファイルみたいなオカルト捜査官、ダイオウイカを崇めるイカ教団、ボスが刺青そのものなマジック犯罪集団、博物館の守り神、ロンドンそのもので占いを行うロンドンの語り部、使い魔を束ねる人形の精霊にしてストライキの首謀者、最後は〈海〉まで出てくる始末。あれやこれや、なんやらかんやら、覚えきれないほどの勢力が合従連衡しながら、盗まれたイカの行方を追う。
そんな感じで物語世界での現実とオカルト+SFネタをひたすら詰め込んで、コンデンス状態の嵐の中に巻き込まれたように、数ページ読むたびに平衡感覚が無くなり、頭がクラクラしてなかなか前に進まない。読みづらいというわけではないのだけれど、何が起こっているのか把握するのがとにかく大変。
そしてこのラストシーンがまたすごい。そこでダーウィンを持ってくるのか。そして、世界は生まれ変わるわけだ。転送ビームが死と再生を生み出すがごとく。
正直言って、すべてを理解できた気がしないのだけれど、凄いの読んじゃったなというのが素直な感想。