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神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[映画] ガリバー旅行記

2011-05-01 23:09:08 | 映画
ガリバー旅行記 3D<日本語吹替版> - goo 映画


(C)2010 Twentieth Century Fox


『少年マイロの火星冒険記』にくらべ、こちらはお子様がたくさん。両隣もお子様でした。

親が昔の『ガリバー旅行記』だと思って連れて来たのだろうが、話の筋はそれとは別物。なんとデブでオタクでナードな男の恋愛物語になってしまっているのだ!

しかも、リリパット国の中でも図体がでかいだけの口下手な男が身分違いの王女に恋をするというシンクロ系。二人は憧れの王女様を手にすることができるのか!

基本、ギャグ映画なので子供でも楽しめるとは思うけど、こんな映画を子供に見せるなんてどうなのよ。

まぁ、そんなわけで、すべては恋愛成就のためのギミック。SFファンタジー的には見るものは無いが、オタク的なギャグがそこら中に散りばめられているので、クスクス笑いながら見ることになった。

スターウォーズやタイタニックやアバターや映画のパロディも満載。リリパット国にニューヨークのジオラマ作っちゃうし、戦う相手はレッドバロンだ!

ガリバーレッドバロンって、日本人にしかわからないギャグじゃねーか(笑)

あと、なんだっけ、あの操縦方法。ロボットの中で身体を動かすと、そのままロボットが動く奴。レッドバロン、マッハバロンであってるんだっけ?

とにかく、オタクのための恋愛映画。しかし、視点が非オタクなので、脱オタリア充化物語。いったいなんでガリバー旅行記をこんな話にしちゃったんだか。


【追記】
違ったよ!
ジャンボーグエースだよ!

[映画] 少年マイロの火星冒険記

2011-05-01 22:26:53 | 映画
少年マイロの火星冒険記 3D<日本語吹替版> - goo 映画


(C)Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.


GW中で映画の日(映画サービスデー)だというのに、シネコンの一番大きな会場には数人しかいなかった。しかも、オッサンばかりだ。いったいどうなっているのだ。

テーマは「ママ大好き」、ストーリーは「少年冒険もの」。こんなものをオッサンが見てどうするよ(笑)

しかし、3DフルCGは見事な出来。エンドロールでは実際に役者が演技しているものをモーションキャプチャしているところを見せていたが、壁に張り付いたり、階段を転げ落ちたりするところまで実際に演技していたとは!

とにかく、見所はこの3D画像。火星の画像はNASAの本物そっくり。その地下に広がるメカニカルシティと、さらにその地下にはサイケデリックなスラム。灰色一色の都市と、原色の落書きの対比がまた素晴らしい。

そして、オッサンがみるべきは、ママを救う主人公の少年マイロではなく、火星で出会ったグリムルだろう。

こいつはデブで安全なところから冗談を言っているのが好きな臆病者で、なおかつオタクでナードで卑怯者だ。マイロが持った印象はともかく、観客としてはこいつの第一印象は最悪だろう。

しかし、ここまで彼がたどって来た壮絶な半生が明らかにされていくにあたり、その印象が変わっていく。自分のせいでママがさらわれ、助けられずに目の前で殺された少年が、火星でひとり生き抜いて来たのだ。全世界のオタクよ、彼の物語に涙しろ。

そしてまた、火星人の生態。総統率いる母系社会はハチやアリなどの昆虫社会を想起させるが、実はそれは作られたものであり、本来の生態ではない。地下に住む棄民である毛むくじゃらは、ラスタな原色を身にまとって、何かというと踊り騒ぐ。総統が最後語る台詞は感動というよりは、いろいろなところで笑いと共感を呼ぶだろう。

気恥ずかしいくらいの「ママ大好き」メッセージが溢れる“母の日専用”子供向け映画でありながら、最新CG技術で作られた映像に目を奪われ、裏に秘められたジェンダーSF的テーマにほくそ笑み、語られないグリブルの物語に涙するという映画。

個人的には非常に楽しんだのだが、やっぱりオッサンが見る映画じゃないよな。なんで子供たちはこの映画を見に来ないのだろう。『ガリバー旅行記 3D』よりも、よっぽど面白いと思うんだけど。これだってディズニーなんだし。



[映画] エンジェル ウォーズ

2011-04-26 22:08:43 | 映画
エンジェル ウォーズ - goo 映画



(C)2010 WARNER BROS. ENTERTAINENT INC. AND LEGENDARY PICTURES


ニーハイミニスカへそ出しセーラー美少女戦士が、巨大サムライやらドイツ軍ゾンビやらドラゴンやらロボットやらと戦う映画。なおかつ、まだ人権無視な頃の精神病院へ、強制的に入院させられる悲惨な少女の物語。

戦う美少女系のポスターなので、『キルビル』とか、『プラネット・テラー』とか、はたまた『片腕マシンガール』みたいな映画かと思っていたのだが、名作『パンズ・ラビリンス』と同じ構造をもった映画という話を聞いて見に行ってみた。

まぁ、確かにネタばれでもなんでもなく、『パンズ・ラビリンス』と同じ構造そのままなのだが、受ける印象はまったく異なる。

少女の悲しみが伝わってくるというよりは、「こんなシーンを撮りたかったぜぇ!」という叫びの方が強く聞こえてきてしまうのだ。

そもそも、この主人公、なんと20歳である。義父が精神病院の申込書に記載するところが露骨に映像化されている。それってやっぱり、児ポ法対策と言うか、「この映画に登場する人物はみ~んな20歳以上だからね、お兄ちゃん!」ってことなのか。

敵がすべてロボットやらゾンビやらで、銃で撃っても刀で切っても、吹き出すのは血糊ではなく蒸気や光というあたりにも、異常なまでの気の使い様が見える。

しかし、義父の陰謀により精神病院に入れられて、すぐに妄想へ逃避するなんて、20歳の女のやることか?

しかも、精神病院→キャバレー→女戦士の二重妄想だ。実はどれが現実かわからないという作りになっているのならば、もっとストーリーとしても楽しめたのだろうが、ここでも、物語の整合性よりも撮りたいもの優先な意識を垣間見てしまう。

主人公は最初から本当に狂っていて、妹を殺したのも主人公本人だった。それが故に、罪の意識からロボトミー手術を受け入れたという物語の方が面白かったんじゃないか。

それはさておき、映像は凄い。美しさと迫力とイマジネーションの奔流にヒャッホーと叫びだしたくなるような戦闘シーンだ。

RPG的とか言われて、評論家には酷評されたらしいが、これはゲーム的じゃないんだよ、深夜アニメ的なんだよ。エロかわいい美少女が戦っている映像が見たいのであって、美少女を操作したいんじゃないんだよ。カッコいい美少女にあこがれるのであって、美少女を思いのままに制御したいんじゃないんだよ。

それに気づいた日本語版スタッフが、声優陣にアイドル声優グループ、スフィアを持ってきたというのは炯眼である。そう、まさしく、そのノリだ。

しかし、映画ファンから見ると、なんで吹き替え版ばっかりなのかという文句たらたら。確かに、俺も字幕版で見たかったぜ。

しかも、肝心の声優ファンにはリーチしていないという悲しさ。マーケティングのミスマッチかな。

どちらかといと、やっぱりグラインドハウス的なヒーハーなノリな映画にした方が良かったんじゃないか。主人公は16歳で、血糊もドバドバ飛んで、誰が狂っているのかまったくわからないカオスな映画だったらよかったのに。

いや、最初に想像したのはその方向で、本当にそうだったら見に行かなかったんだろうけどね。


[映画] ザ・ライト ~エクソシストの真実~

2011-04-18 22:59:01 | 映画
ザ・ライト ~エクソシストの真実~ - goo 映画

(C)2010 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.


タイトルの“ライト”は light でも right でもなく、 rite 。つまり、“儀式”という意味だ。これは意味深。いつものことだが、日本語タイトルの付け方がよろしくない。

確かに、エクソシスト育成の物語だが、劇中でも出てくるように「首が180度回ったり、緑色のゲロを吐くと思ったら」大間違いだ。これはそんな映画ではないし、それを期待して見れば、必ず裏切られて低評価のレビューを書くことだろう。

それでは、どういう話かといえば、副題そのもの。“エクソシストの真実”。

以下、ネタばれ全開なのだけれど……。





見終わった後で、エクソシストとは何かと聞かれれば、ロールプレイによるカウンセリングであるというのが、自分なりの結論。

自我が拒否するような出来事に遭ったり、罪の意識に苛まれたりするとき、人は精神的に病んでしまい、幻覚を見たり、多重人格の中に逃げ込んでしまったりする。

これはオカルトではなく、科学的には精神科の領域なのだが、宗教心に篤い人や、あるいは精神科に拒否反応を示す人にとっては、それはまさしく悪魔の仕業である。

それを非科学的だと否定するのではなく、あるがままに受け入れ、患者の納得する形で戦いの演技を見せ付け、心の中の悪魔を昇華させる存在。それがエクソシストである。

ゆえに、キリスト教的悪魔(ベルゼブブ、リバイアサン、バールなど)はキリスト教を深く信仰する者にしか憑かず、キリスト教的エクソシストはキリスト教的悪魔としか戦わない。

おそらく、日本で同様なことが起これば、それは狐憑きだったり、怨霊の仕業だったりするのだろう。そして、それらと戦うのはエクソシストではなく、お坊さんだったり、陰陽師だったりするのだろう。

神の存在に疑問を持つ主人公が、信仰を取り戻す時に叫ぶ言葉。「俺は悪魔を信じる。ゆえに、神を信じる!」

この言葉は、キリスト教信者にとっても、無神論者にとっても、解釈こそ違え、納得のいく結論なのではないか。監督や脚本家が実際に何を意図したのかはわからないが、この多義的意味を持つ台詞はなかなか上手いと思った。


そしてまた、エクソシストの持つ意味を考えたとき、日本の状況にも目を向けざるを得ない。自殺大国、ニッポン。

無神論者である日本人が悩める子羊になったとき、彼らを導く羊飼いは存在しない。すべてを押し付ける先の悪魔などは存在せず、頼るべき神も無く、すべては自分の過ちであり、自己責任であり、逃げ出す先などこの世には存在しない。

「戦いに備えよ」という呼びかけと共に、バチカンが広くエクソシストを募集し、養成講座を開いているというのは、おそらく事実なのだろう。しかし、その戦いとは、いったい何との戦いなのか。

もしかしたら、世界中で一番エクソシストを必要としている国は、日本なのかもしれない。



[映画] ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド

2011-03-27 23:01:03 | 映画
ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド<最終版> - goo 映画


『WORLD WAR Z』があまりにも良かったので、勢いでレンタルして見た。

ゾンビ映画の原点だけあって、まだまだ洗練されていない部分が目立つ。しかし、ゾンビという存在はすでにこの時点で完成していたのだな。

そしてまた、やはり無知が最大の敵。立てこもる人々の不協和音はすべて情報不足、無知によるものだ。

もちろん、あのオヤジのいけ好かなさは耐え難く、ラストシーンも否定しない。非常時において、無知という罪に与えられるのは死刑なのだ。

しかし、あのオヤジも、正しい知識が与えられていたならば、もっと協力できたのではないかと思う。しかし、十分な知識があったとしても、子供のためを思う気持ちが彼を狂気に走らせてしまうのだろうか。

そしてまた、ヒロイン、バーバラ。登場時は、いかにも叫ぶだけの女性キャラに見えたが、冷静に状況を判断し、たった一晩の間に戦う女へと変貌していく。

あの、ズボンに着替えるシーンにはゾクゾク来た。セクシーとかではなく、これからの戦いへの覚悟を感じたからだ。

次の日の朝のシーンも象徴的で、あの世界観は『WORLD WAR Z』の戦後世界へも引き継がれている。そういう意味では、発端から結末まで、その後のゾンビ映画、ゾンビ小説はすべて『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』の変奏曲でしかないのかもしれない。

初登場にして完成されたフォーマットというかなんというか。やっぱり、凄いものは凄いんだよな。



[映画] わたしを離さないで

2011-03-27 20:42:05 | 映画
わたしを離さないで - goo 映画


(C)2010 Twentieth Century Fox


カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』の映画化。

原作の感想はここ


これは重苦しいテーマを、ただひたすらに静かに描いたSF映画である。それと同時に、学生時代の切ない三画関係を描いた恋愛映画である。

以前に聞いた話では、SFスリラーとなっていたのだが、寄宿舎ヘールシャムが何のために存在しているのかということが冒頭でバラされてしまうので、ミステリー成分やスリラー成分はほとんど無い。

とにかく、重く、静かに、時は流れる。

謎の寄宿舎の正体がわかっているだけに、主人公3人の物語に焦点が絞られている。とくに、ルースのキャシーへの揺れ動く想いが前面に出ていると思った。そして、その生命が消えていく瞬間の映像は、文字で描かれるよりもショッキングで、まったくもって耐えがたい。あのシーンを映像化する必要があったのだろうか。

そして、映画のラストシーン近くに登場するため、印象に深く残る“魂の問題”。マダムや校長先生がヘールシャムで何をしようとしていたのか。そして、そのことが挫折したということの意味。

希望を求めて、やっとたどり着いた場所で知らされる根本的な絶望。トムでなくても、あの絶叫は抑えきれないだろう。

肝心のカセットテープのエピソードや、すべてが流れ着く場所のエピソードは改変され、削除されてしまっているが、物語全体を貫くイメージは変わらず、より尖った表現になっている。

それを、わかりやすさを優先したとして取ることもできるが、映画という時間の制約と、原作読者よりも広い観客を意識したであろうことを考えれば、許容範囲だと思う。

特に、この手の物語に慣れていない人にとっては、これでも衝撃的過ぎて、まったく意味がわからないかも知れない。あるいは、完全なファンタジーとして見てしまうか。

SFにまったく無関心だったひとが、これを見た時の感想を知りたい気がする。


[映画] ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島

2011-03-26 19:45:05 | 映画
ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島 3D - goo 映画


(C) 2010 Twentieth Century Fox Film Corporation and Walden Media, LLC. All Rights Reserved.



正直なことを言うと、映画としての出来はどうかと思う。しかし、この映画はそういうものではないのだ。

あの『ナルニア国物語』を忠実に映像化する。まさしく、何も足さない、何も引かない。

その意味では、パーフェクトな出来だ。すばらしすぎる。

のうなしあんよはまさしくそのまんまだし、ユースチスの憎たらしさは原作以上だ。

最後に出てくるアスランが待ち受ける場所の美しさなど、到底映像化できるとは思わなかった。あの花もたぶんCGなんだろうけど。

エンドロールで原作の挿絵がアニメーションしているのも、原作読者にはうれしい演出だ。

ナルニア国物語はこの先も第7章まで、とにかく原作に忠実に、変な演出など加えずに、このまま続けてもらいたい。

原作読んでない人は原作を読むべきだよ。あれは原作読んでなんぼのもの。

特に、中学生以下の女の子推奨(笑)

従姉妹の娘に与えたら、映画は見るのに本は読まないらしい。寂しい。別な従兄弟の娘が小学校低学年なので、こっちを攻めるか。

うちは姉弟そろってシングルゆえ。すまぬ、両親よ。



あと、3Dで見たのだが、やっぱ2Dでいいよ。というか、2Dは吹き替えしかなかったから3Dで見ざるをえなかったのだけど……。



[映画] トロン:レガシー

2010-12-27 22:46:39 | 映画
[映画] トロン:レガシー

『トロン:レガシー 3D』- goo 映画


(C)Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.


レガシーというのは、ソフトウェア的には古いバージョンのソフトやシステムを示す。レガシー対応で互換性を残しておけとか、レガシーソフトをサポートしなければならないのでテストが異常に増えてどうしようもないとか、良く聞く話である。

しかし、この映画でのレガシーは、英語のそのままの意味通り、父から子に受け継がれる遺産でしかない。レガシーどころか、20年も前のシステムなのに、映画中の現在でも実現できていないバリバリな最新システムだ。

とにかく、全体的にソフトウェア開発とか、VR系SFの系譜に無知な感じが出まくり。父親の身体は現実界に残っているのかどうかとか、システムはどうやって保持されているのかとか、まったく言及がない。

最初のクラッキングのシーンで子犬の動画を消すために“kill -9”コマンドを叩いていたので、それなりに考えているのかと思った。しかし、父親のシステムに入るためにもpsしてkillとかわけのわからないことをやっているし、パスワードなのかコマンドなのか知らないが、露骨にbackyardはねぇーだろ。

このへんは字幕の戸田なっちゃんのせいかもしれないけどね。もうSFとかファンタジーを戸田なっちゃんに任せるのはやめようよ。

予告編ではアーケードゲームのTRONが隠し扉になっていて、その奥にTRONの世界が広がっているように見えるのだが、実際は、隠し扉の後ろは隠し階段。それを降りた地下には天板全面がタッチスクリーンになっている机のコンソールがあり、そこから主人公はTRONの世界に旅立つのだが、この仕組みがさっぱりわからん。

後ろから狙っているのはプロジェクターみたいな投射装置なのか、マトリックスみたいな脊髄ぶすりシステムなのか。旧作だと転送装置だっけ? いったいそれはどんな原理なんだか。

そもそも、ギークはタッチスクリーンのソフトウェアキーボードなんてクリック感の無いものを使わないだろ。未来に行ったって、それこそレガシーなキーボードはギーク専用で残ると断言できよう。あの会議でPDAに向かってちまちま打ってるのはいいんだよ。問題は開発用の機材でタッチスクリーンのソフトキーボードを使うかということ。

ゲーム内の世界でも意味不明なことが多すぎる。たとえば、ディスクの用途や意味の設定。何ができて何ができないのか、それはどうしてなのか。無くしちゃ困るものなら投げつけないだろ、常識的に考えて。武器だったり、マスターキーだったり、ちゃんと統一された設定があるのやら。脚本家の思いつきで設定をぶち壊してないか。だから、奪ったり奪われたりのストーリーがうまく機能していないと思うのだ。

で、帰ってきたら帰ってきたで、ゲーム内の少女が3Dで現実化している。これもまったく意味がわからん。そこはPDAの中に微笑んでいて、端末のカメラと一緒に陽の出を眺めるところだろ。

なんというか、ゲーム内の世界という設定がまったく活かされていないんだよな。洋服ダンスの向こうにナルニア国があるのと一緒。ただのファンタジー。それなら、TRONの後ろがそのままゲーム世界につながっている方がよっぽどまし。

ゲームと現実の区別がつかないなんて、どこかの知事レベルの阿呆だな、まったく。

ディズニーには、ファンタジーはまだしも、SF映画は無理のようですね。TRONはやっぱり国産じゃないと(笑)。


あー、ついでと言ってはなんですが、3D字幕について。
この映画、3D字幕が飛び出しすぎ。なので、字幕に焦点を合わせて読んでいると人物たちの動きがさっぱりわからない。逆に、人物を動きに焦点を合わせると、字幕が全く見えない。おかげで眼の焦点を激しく動かさなければならなくて無茶苦茶疲れる。これはちょっと致命的な不具合だと思うんだけど、作った人たちは何にも思わなかったんだろうか。



SPACE BATTLESHIP ヤマト

2010-12-14 22:30:52 | 映画
『SPACE BATTLESHIP ヤマト』 - goo 映画


(C)2010 SPACE BATTLESHIP ヤマト 製作委員会

これは“ヤマト”だ。まぎれもなく、“宇宙戦艦ヤマト”だ。

キムタクが主演とか、森雪が黒木メイサで、おまけにブラックタイガー隊のエースだとか、公開前には不安はいっぱいあったし、正直言ってまったく期待していなかった。『トロン・レガシー』の公開が1週間早かったり、『キック・アス』が単館上映じゃなかったり、他に見るべき映画があったらそもそも見に行ってないぐらいだ。

序盤の荒廃した地球パートはセットも演技もわざとらしく、これは笑いながら見るしかないかと思っていたのだが、ヤマト発進シーンからの名場面再現は素晴らしい。言って見れば、映画を楽しんだというよりは、アニメの名場面を実写で再現したことに感動した。いや、「新春かくし芸大会」とか、バラエティレベルと言われれば否定はしないけどさ。

たしかに、「馬鹿めと言ってやれ」とか、なにより「こんなこともあろうかと」のシーンが再現されなかったのは心残りではあるが、再現されたシーンは素晴らしい。

第3艦橋は吹き飛ぶし、ドリルミサイルは砲口に突き刺さるし、本当に、「何もかもみな懐かしい」。

アナライザーだって、トランスフォーマーになっちゃってるけど、その分、声は昔のままだw

ストーリー上改変された部分も、“ヤマト”が“ヤマト”であることを損なうものではなく、返ってヤマトが最後の賭けであることを際立たせるものになっている。

そりゃ、波動エンジンをいつの間に作ったんだとか、あの生命形態なら環境改造しなくてもいいだろうとか、そもそも18万光年の彼方からどうして生存環境の合わない地球をピンポイントで狙って来たんだとか、突っ込みどころは多いが、そんなもの原作の頃から同じ。その突っ込みどころの多さも含めて“ヤマト”なのだろう。

ヤマト世代からはちょっと外れているし、ヤマトの熱狂的なファンではなかったけれど、この映画は映画としての評価ができない。どれだけ“ヤマトであるか”という評価軸でしか評価できない。そして、その評価軸では充分合格点を与えていい出来だと思う。



ところで、やっぱり『ギャラクティカ(リメイク版)』だよね。ドッグファイトシーンとか、敵の生物的なデザインとか、格納庫のセットとか、整備版のオレンジ色のツナギまで……。

『ヤマト』が『ギャラクティカ(旧作)』に影響をあたえ、一周回って帰って来たんだろうか。こういうのも、アイディアはみんなのもの的なSF界っぽくてよいと思う。



[映画] キング・コング

2010-11-19 22:03:39 | 映画
『キング・コング(1933)』- goo 映画


SFマガジンのベストSF映画50の中で見ていなかった『キング・コング』をやっと見られた。

物語の始まりから、ジャングルで恋愛モノを撮るんだと息巻く映画監督。うわっ。最初からこの映画は恋愛モノですよというメッセージだったのか(笑)

そして南海の孤島でついにコング登場。やっぱり動きがちょっとカクカクしてるけど、それがまた味わい深い。

なに、この愛らしい顔。これも昔との感覚の違いか、これでも実は恐怖を与える演出だったんだろうか。その表情は意外なほどに動いている。ストップモーションアニメでの表情表現とか、けっこう大変だと思うんだけど、この頃からちゃんと確立してたのか。

そしてコングだけじゃない。

ステゴザウルス、キタ━(゜∀゜)━!!!!!
ブロントザウルス、キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ !!!!!
それにしても、草食恐竜なのに凶暴扱いすぎてカワイソス。

ティラノザウルス、キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!!
コングの攻撃エグイ。コワイ。
相手を倒したかどうか、何度も確認するコングの仕草がリアルっぽくてステキ。

おまけに、プテラノドンまでキタ━━゜+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜━━ ッ !
ちょっと足が作り物っぽいけど、画面飛んでる鳥とか、手書きアニメだよね、あれ。

髑髏島は、なんというか、古き良きワクワクの大秘境。これでこそ、南海の孤島!
狩って肉焼いて食べる!(違)

その後ちょっと退屈になるけど、見たことあるシーンキターで覚醒。

そして、落ちたー!

確かに特撮は稚拙だが、ストップモーション系アニメの魅力がたっぷり。でも、今見ると、なんというかユーモラスでかわいらしい。しかし、後年の明らかな着ぐるみ系よりは断然迫力がある。

そして、主演のフェイ・レイ。明らかに好みの顔ではないんだが、破れたワンピースとか、タプタプ揺れる胸元とか、すっごくエロいっす。こりゃ確かにコングもやられてしまうだろう。

ただ、秘境冒険モノというだけではなく、最後はニューヨークに戻ってきて、さりげなく当時の経済や政治の情勢を盛り込んでいたり、なかなかあなどれないシナリオだ。

それでも、コングをあまりに擬人化し、都会に勝手に連れてこられて、愛する人を奪われて殺された悲劇の主人公として見る見方はちょっとどうか。リメイクみたいに、女優とコングの心の触れ合いなんてどこにもないよ。この映画では、コングはあくまでも恐怖のモンスター。たとえ顔や動作がコミカルでも、そこを見逃してはいけ
ない。

さすがは永遠の古典として記憶されるべき作品。リメイクなんて無意味!