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神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[映画] カウボーイ&エイリアン

2011-10-23 22:59:09 | 映画
『カウボーイ&エイリアン』



(C)2011 PARAMOUT PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.


ゴールドラッシュ時代の西部。黄金を求めてエイリアンもやって来ていた!

エイリアンは人間の弱点を見つけるために、小型機から投げ縄を投げて村人をさらっていく。家族を取り戻すため、お尋ね者、村のボス、パブの主人、保安官の孫、そして謎の女性がエイリアンを追う。

もう、なんかいろいろ唐突でわけが分からないが、要するに西部劇の敵をエイリアンに持ってきただけ。アパッチ族は政治的に味方になって、代わりの敵が必要だったのか。相手はエイリアンでも妖怪でもなんでもよかったのだろうが、アメリカ人にとっては、謎の敵としてエイリアンが一番リアリティがあるということなのだろう。

もしかしたら、アメリカンヒーロー物が大ヒットしている現象と関係が大きいかもしれない。神話無きアメリカで生まれたヒロイック・ファンタジーも含めて、アメリカを考えるにはいい題材なのかも。

しかし、この設定、あまりにもへぼすぎる。狙ったかのようなB級っぷり。唐突でカオスでバカバカしくもいとおしい。このB級なシナリオをハリウッドの大スター達が大真面目に演じることによって、バカバカしさがリミッターを越えて増幅している。現代風なのはエイリアンの小型機のみで、他はどこからどう見ても西部劇。それが徹底しているがゆえに面白い。

映画としては画面の面白さで最後まで飽きさせないが、見終わってよくよく考えるとおかしすぎる。日本でも『GOEMON』みたいな大バカ時代劇があったが、そのハリウッド版みたいな感じか。

この手の方式で、本当のB級映画が量産されそうな雰囲気もあるが、場合によってはエポックメイキングな作品になるかも。

いや、日本にはすでに『エイリアンVSニンジャ』なんて作品もあるけどな!


[映画] 猿の惑星:創世記

2011-10-10 21:56:21 | 映画
『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』 - goo映画



(C)2011 TWENTIETH CENTURY FOX


あの名作『猿の惑星』の前日譚。なぜ地球が“猿の惑星”になってしまったのかという発端が描かれる。したがって、不可避的に物語は『猿の惑星』へ繋がる訳で、そういった意味では結末のわかっている話である。

ただ、周りで見てた中にはそうではなかった人もいるようで、帰り道に若い女性が「ハッピーエンドだと思ってたのに……」などとほざいておりました。


ピエール・ブールの原作では、人類が怠惰になりすぎて召使いにしていた猿人に取って替わられるわけだが、この映画ではアルツハイマー病の治療薬が実験動物として使われた類人猿の知能を強化してしまい、それが発端となって類人猿たちの反逆が始まる。

この映画の中ではこの新薬開発がすべてのキーとなって、物語と共に語られる数々のテーマの発端となる。動物実験の倫理的な正当性、臨床実験の倫理的な正当性、死をどこで受け入れるのかということ、動物の保護と虐待……。それらのテーマは多岐にわたり、そのためにメッセージ性は散漫になっている。

ただ、それが却って良かったような気がする。押しつけがましいメッセージ無しに、ただ起きたことを淡々と映し出しているようで、正邪の一方的な決めつけを避けている。類人猿と人類は単純に対立する勢力というわけではない。猿たちは、ただ自由に森で生きたいたいだけだったのだ。

それを裏付けているのが、この治療薬が人類にとっては疫病のような副作用があり、飛沫感染するという設定。これにより、知能化した類人猿が暴力的に人類を滅ぼすという最悪のシナリオを避けることができるようになっている。おそらく続編があっても、類人猿vs人類の最終戦争などではなく、滅び行く人類を助けようとする類人猿という感動的な物語になるのではないか。



蛇足だが、隣に座っていた中年カップル。
「見終わって席を立つとき、周りがみんな猿になってたら怖いよね」
あなた方は、ツボが分かっていらっしゃる(笑)


もう一つ蛇足で、字幕は戸田なっちゃんだが、ちゃんと京大類人猿研が監修についているので、MonkeyとApeの使い分けも問題ない(笑)



[映画] GALACTICA(TVシリーズ)

2011-10-10 10:09:46 | 映画
『GALACTICA/ギャラクティカ』 (Sci-Fiチャンネル)


超遅ればせながら、GALACTICA Season4見終わり。

ファイナル5とかカーラ復活とかがあって、最初の頃に物語が示していた方向とはまったく違う地点へ着地するのかと思ったが、
思い返してみると、実はSeason1の頃からまったくぶれていない結末だったということに驚いた。

Season毎に最後にたどりつく惑星が“地球”だったら、それで終わっているんだよね。いつでも終われるという用意周到なシナリオ(笑)

Season1の頃は、誰がサイロンなのかわからないという疑心暗鬼の中でのスリリングな展開で、それが一番の魅力だと思っていたのだけれど、それが途中からヘンに宗教がかかってきてからが、実は興醒めだった。

ギャラクティカ内のサイロンが誰かがわかり、今度はファイナル5だとか、完全に引っ張りにかかったわけだけれど、いろいろなものをちゃんと伏線と回収して終わったことには非常に評価できる。

たとえば、チーフとキャリーの関係なんて、最後の最後まで泣けた。チーフがファイナル5の一人だとわかって、なぜ子供が生まれたのか疑問だったのが、実はチーフの子じゃないとわかり、それでも最後はキャリーの死の真相を知り、あのギリギリの状況で逆上して犯人を殺してしまう。あそこは、ギャラクティカを救うために思いとどまるかと思ったのだが、ブーマーが復活しても、それだけキャリーへの想いが強かったということを示していて、本当に泣ける。

一方で、回収された伏線の中で、矛盾点や行きすぎたご都合主義が、すべて“神の御業”とされてしまったことについては大いに不満が残る。特に、カーラは何故、どうやって、誰によって復活したのかを、神の御業に回収し、最後には画面上から消すという演出はどうなってんじゃという感じ。

やっぱり、キリスト教圏の人々にとって、“神の御業”というのは納得のいく結末なんだろうか。日本でこんなシナリオを書いたら、その場で駄作認定じゃないかと思う。“実は夢だった!”レベルのオチだろ、それ。


[映画] はやぶさ/HAYABUSA

2011-10-09 22:13:21 | 映画
『はやぶさ/HAYABUSA』 - goo映画



(C)2011『はやぶさ/HAYABUSA』フィルムパートナーズ


はっきり言って、まったく期待していなかったので、そんなに悪い印象は無い。見たのも映画の日で\1000だったからな。しかし、この映画に対してあんまり語りたいこともないんだ。


以下、twitterに書いたことの再録。

はやぶさ映画見た。意外に悪くなかったけど、帰還時の感動の再現としては、まだまだだったよ。

宇宙研の人たちに焦点を当てた群像劇っぽいんだけど、それにしてはトラブルの解決があっさりし過ぎて感動が薄い気がする。ネットでの盛り上がりもあっさり紹介された程度。いまいち焦点がわからん映画だった。

それでも、JAXA全面協力だけあって、おかしな場面は無かったところがよかった。リポDネタとか、もっと大袈裟にやっても良かったんじゃないかと思うけど。


これ以上の感想は無いな。

きっと、この映画を作った人も、面白いと評価している人も、ミューゼスCが大宇宙を冒険してた頃の物語を、その本当の感動を知らないんだろうな、とは思った。


[映画] ランド・オブ・ザ・デッド

2011-09-19 22:47:40 | 映画
『ランド・オブ・ザ・デッド』 - goo映画




ゾンビの生みの親、ジョージ・A・ロメロ監督の正統的ゾンビ映画。

『ぼくのゾンビ・ライフ』のアンドリューのように、ゾンビ側に感情移入して見ようと思ったが、さすがにそれは無理だった。


3つの川に囲まれた中洲にそびえる高層ビル。周囲のスラムを対ゾンビ要塞と位置づけ、高層ビルに住む富裕層と、ゾンビにおびえながら暮らす貧困層に分かれてい生き延びる人類。

そんな街で、ひとりの傭兵が叛旗を翻し、装甲車両デッド号を奪い、高層ビルのオーナーを脅迫する。その一方で、ひとりのゾンビが無抵抗に撃ち殺されることを嫌い、高層ビルを目指して進軍を始める。


ここで描かれるのは、まさしく階級闘争と革命戦争。高層ビルの住人、彼らに雇われた傭兵集団、下層スラムの人々、そして、ゾンビ。高層ビルの住人達はゾンビの革命によってその特権を奪われるのである。


人間を食料にしなければならないという事実において、ゾンビと人間は共存の道が閉ざされている。したがって、ゾンビに人間社会の人権などはない。しかし、元は人間であったという事実と、彼らが意識を持つという事実を鑑みるに、最低限の尊厳は与えられるべきである。意識のない物体と化してしまった死体でさえ、切り刻めば死体損壊の罪になるのだから、意識のあるゾンビを射撃の的にしたり、辱めを与えたりすることが、何も罪に問われないことは理不尽だ。

だからといって、やっぱりゾンビはゾンビなので、撃ちまくれ、やっちまえでぶち殺すしかないのである。ただし、尊厳を持って、速やかに。


ラストシーンで見せた傭兵のリーダーとゾンビのリーダーの一瞬の視線の交流は、ゾンビと人間が理解しあえる可能性を示したのか、それとも、お互いを擬人化(擬ゾンビ化)してしまったが故の誤解なのか。『ぼくのゾンビ・ライフ』を読んだ後では、ゾンビ映画の見方もなんとなく変わってしまったかも。


……っていうか、デッド号が格好良すぎてしびれるわぁ(憧)



[映画] 世界侵略:ロサンゼルス決戦

2011-09-17 16:51:13 | 映画
『世界侵略:ロサンゼルス決戦』- goo 映画





公開予定直前に東日本大震災があって、不謹慎だと公開が延期されたいわく付きの映画。しかしながら、不謹慎なシーンなどどこにもなかったような。廃墟が出るから悪かったのか。

内容をまとめると、「USマリーンズ強ぇー!」で終わる海兵隊賛美映画。正直言って、海兵隊募集のCMだと言われても違和感がない。

エイリアンの攻め方も、隕石偽装で海岸に突っ込んで、歩兵による奇襲で攻撃開始など、海兵隊出動のためにあつらえたような戦術であり、敵戦力も近代兵器でギリギリ対応できるようになっているし、その意味では計算されつくされている。

前評判でエイリアン弱すぎと聞いていたが、撤退戦ばかりでやられっ放しじゃないかと思っていたが、そこはそれ。最後に大逆転をかましてくれる。

成績優秀な新人少尉が頼りなかったり、退役直前の先任士官が部下を見捨てた過去があったり、民間人が結局死んじゃったりするわけだけれど、それらをすべて乗り越えて、海兵隊の格好良さ、凄さを描く。観客は見終わった後に「USA! USA! USA!」コールしなければならない(笑)

しかし個人的には、最後のモハーヴェ砂漠基地でのシーンなんか、アドレナリンの出過ぎでハイになってるだけに思え、痛々しくて見てられなかった。

こういうのは嫌いじゃないし、十分楽しんだのだけれど、エイリアンがただの狂言回しの敵役に過ぎず、エイリアンである意味が全くないというのがSFファンとしては残念。

イラク兵とかタリバンとかが相手だと、政治的や描写的にいろいろ問題があるだろうから、エイリアンとか、ゾンビとか、バンパイヤとか、人で無い存在(ヒトデナシ)を敵役に安易に持ってくるのだろうが、そんなことだからエイリアンゾンビに公民権運動を起こされてしまうのだ!(それはまた別な話……)


【追記】
間違っちゃいけないが、これは戦争賛美映画じゃなくって、US海兵隊賛美映画。その違いが分からない奴は黙っておれ。


[映画] トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン

2011-08-21 22:39:45 | 映画
トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン - goo 映画


(C)2011 PARAMOUNT PICTURES. All Rights Reserved. HASBRO, TRANSFORMERS and all related characters are trademarks of Hasbro. (C)2011 Hasbro. All Rights Reserved



見たのは先週。しかも2D。3D字幕は散々懲りたので、しばらく見なくていい。だいたい、マイケル・ベイ監督が、3Dはまだまだと言ってるくらいだからな。(by SFマガジン)


主人公は相変わらずのボンクラ青年。もう、こいついらないだろうという観客の心理を逆手に取るような、いらない青年の役になっている。それがある意味伏線。

しかし、こいつはエロ格好いいキャリアガール(実は自動車整備士みたいなんだが、ただの秘書にしか見えない)の彼女持ち。職はないけど、勝ち組じゃん。うらやましい。全然、感情移入できねぇ(笑)


トランスフォーマー側のドラマは、老舗復活を目論んでヤバい相手と手を組んだ先代を、テナントの店子に収まった若旦那が諌めるような話。(大嘘)

まあ、いきなり目覚めたら地球だったというセンチネル・プライムに、人類を友人として見てくれというのはちょっと酷かもしれない。なにも知らずに見れば、オートボットは人類に使役されているように見えなくもない。

しかし、バズ・オルドリン(本物!)とか、いきなりNASAの人達(何度も言うが、本物!)が出てきたのには笑った。どうせやるなら、月面の地理や遺物の配置をちゃんと監修してもらえばよかったのに。

いやそれとも、あれはちゃんとあっているのか? センチネル・プライムが墜落したのが静かの海で、ディセプティコンが潜んでいたのが月の裏側? そのあたりが、なんだかよくわからんですよ。


今回、ビジュアルでは傷だらけのメガトロンが格好良すぎて痺れる。風になびく布切れが、砂漠の戦士みたい。センチネル・プライムはアゴヒゲが耄碌爺っぽくて、いらない感じ。

他の新メカもいまいち。サンドワームみたいなメカも、どこかでみたぞ。あ、あの失敗アニメだ。タイトルが出てこないが……なんだっけ、あのネトウヨアニメ。

で、ストーリーは……別にどうでもいいんじゃないのか。これって、ストーリーを楽しむ映画じゃなくって、派手なメカメカ大戦を楽しむ映画だろう。

しかし、トランスフォーマーたちがあまりにグリングリン動くので、2Dでも十分気分が悪くなった。頭痛いし、吐き気する。近頃の若者は、ああいうのを見ても大丈夫なんだろうか。


敢えて、ストーリーで言うならば、主人公のサムが現実にはまるでダメ夫なんだけど、実は私だけのヒーローっていう願望従属妄想映画なんだけど、そこに共感したりする人は少ないんじゃないかな。ヒロインがいろいろあって降板したんだから、もうヒロイン無しでよかったような気がする。

次もあったら見るだろうけど、もう台詞無し、字幕無し、映像だけグリングリンでいいんじゃないだろうか。ファンが求めてるのもそれしかないだろ!



[映画] Super8/スーパーエイト

2011-07-11 22:31:51 | 映画
SUPER8/スーパーエイト - goo 映画


(C)2011 PARAMOUNT PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.


8人の少年少女が、不思議な力を駆使してエイリアンと戦う話……ではない。

謎っぽい映画だったので、できるだけ事前情報を入れないようにして見に行った。しかし、どうしても耳に入ってきてしまった、“反E.T.”、“リアル版E.T.”というのがあまりにもそのままだったので笑ってしまった。

謎の積荷を運ぶ貨物列車。明らかに妨害工作のような列車事故。その事故に偶然居合わせた映画少年たち。8ミリカメラのフィルム、スーパーエイトに記録された謎の正体。そして、奇妙な盗難事件と行方不明事件が相次ぎ、町は空軍の管理下に入ってしまう。

もちろん、謎の正体はアレで、しかもロズウェルに落っこちてきたやつ。貨物列車が向かうはずだった先は、エリア51。まぁ、なんというかベタな設定。しかも、エイリアンは本家E.T.のような愛らしいものではなく、『クローバーフィールド』に出てきたような怪物系。

米軍に幽閉されていたエイリアンが、本当におうちへ帰りたくてエンジンやら電線やらをパクり、むかつく米軍をぶっ潰して、ついにはガラクタ宇宙船(見た目はとんでもなくきれいになっていたが)で宇宙へ帰るという話。

本家E.T.のような、少年とエイリアンの心の交流もちょっとだけあるが、なんというか、いかにも取って付けたような感じ。あのシーンの必然性が良くわからない。

少年の成長、母親との別離、父親への反発、初恋と友情、その他もろもろ、少年たちやその家族を取り巻く人間ドラマがさまざまに展開するが、それらは直接エイリアンには関係なく、蚊帳の外。

せめて、母親の死因がエイリアンか空軍がらみだったり、エイリアンも母親を亡くしてたりしていたなら、二人の心の交流も、もっと深いものになったんじゃないかと思うんだけど。

普通の映画好き、とくに、70年代後半から80年代に少年時代をすごした人には、スーパーエイトも、『マイシャローナ』も、スピルバーグ作品への数々のオマージュも、堪えられない感動の小道具なんだろう。

しかし、自分はSFファンなので……。

正直言って、このストーリー、エイリアン抜きで作ったほうが面白かったんじゃないかと思うよ。


[映画] パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉

2011-05-22 23:13:51 | 映画
パイレーツ・オブ・カリビアン/生命(いのち)の泉-goo映画


(C)Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.


パイレーツ・オブ・カリビアン、キャプテン・ジャック・スパロウが帰ってきた!

やっぱり面白いよ。何も考えずに楽しめる。

ストーリーは第3作『ワールド・エンド』までで完結しているので、今回は原作にティム・パワーズの『幻影の航海』を据え、新たなストーリーの開始。

キャプテン・ジャック・スパロウ、ジャックの右腕のギブス、ライバルのキャプテン・バルボッサと、あとはキース・リチャーズ演じるジャックの父親がちょっとだけ登場するくらい。

前3部作のテーマは親子の葛藤と和解だったわけだが、『生命の泉』でも、黒髭とアンジェリカの親娘の関係が鍵。とはいえ、ジャックはずーっと二人が本当の親娘かどうかを疑問に思っている。黒髭はアンジェリカが娘であることを信じていたのか。アンジェリカは本当に娘だったのか。それは、アンジェリカのみが知っているのだろう。

そして、個人的に気になったのが、スペイン人の扱い。海賊と言えば大英帝国海軍の裏の顔で、敵はスペイン無敵艦隊というのはあたりまえといえば当たり前だが、そういえば、英国国教会とカトリックの対立もあったのか。とにかく遺跡と文化の破壊者、スペイン人が最大の悪役。スペインは中南米諸国へ永遠に謝罪と賠償すべき(笑)

エンディングは例によってエンドロールの後に映像あり。他にもいくつか、敢えて続きが作られるような引きを残しているので、次回作もきっとあるのだろう。

まぁとにかく、難しいことは考えずに、キャプテン・ジャック・スパロウの世界に浸り、笑え、騒げ、胸躍らせろ。



[映画] 星を追う子ども

2011-05-19 21:25:13 | 映画
星を追う子ども - goo 映画



(C)Makoto Shinkai/CMMMY


うーん。ジブリっぽいよね。GAINAXっぽいよね。

新海誠の映画を見るのは、たぶん始めてだと思うんだけど、一番、新海誠らしくないものを見ちゃったようだ。ネットに旧来の新海誠ファンからの批判が溢れていて、それらは見終わった後でもうなずける。ファンの裏切られた逆切れみたいなものじゃない。正当な批判だと思う。


SF的な見方で見れば、地球空洞説とアガルタ伝説を描いた、いきてかえりし物語。しかし、いろいろつじつまが合わないうえに説明不足なので、特にどうでもいい(笑)

タイトルの「星を追う」については、SFマガジンのインタビューでかっこいいことを言っているものの、それって映画の中で本当に表現できているのか。地下世界では星が見えない(でも夜明けがある)とか、アガルタでは星が見えるとか、いくつかモチーフにはなっているんだけれど、星というモチーフでテーマを描ききれているのかというと、かなり疑問。

いきてかえりし物語といえば、やはり主人公の成長がテーマになるわけだけれど、アスナの成長って見えたか? 大切な人の死を受け入れるって、それはシュンのことなのか? あの泣いたシーンがそうなのか?

正直なところ、物語の中でアスナが果たした役割がよくわからないのだ。モリサキ先生が死んだ妻を呼び戻すための依代として偶然そこにいただけか? アスナはアガルタの話を聞いたとき、シュンを呼び戻そうと考えたのか? その葛藤はあったのか?

結局のところ、モリサキの物語が強烈過ぎて、アスナの物語やシンの物語が断片化されてかき消されているのではないか。そうであるならば、モリサキを主人公にして、最初から語り直した方がいいような気がする。


映像は綺麗だったけど、それだけのアニメだった。