夏ホトギス、秋の月

2006-10-11 14:57:03 | 社会・経済

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毎年ホトトギスの花は咲く、同じ書き方ジャネ。

春は花、夏ほととぎす、秋の月、冬雪さえて、すずしかりけり

道元の有名な和歌で、各人各様意訳をつけるなどしてあるが。

ほとんど蛇足と書いてある、のもある。この和歌は「本来の面目」

という題がついるらしい。最近になつて野球をテレビやラジオで見たり、聴いたりしているが、野球といえばちびっこファンも見ている。三振したら。バット、へし折ったり。ヘルメット地面に叩きつける。またそうする事を絶賛する解説者がいた。放送は理解できる年齢層ばかりとはかぎららないのじゃ?私の場合こうして、パソコン叩いているときも。肺が動いて呼吸し血液を精製し、その血液を心臓が動いて頭のテッペンから足の指先まで運んでくれる。昔の人は、農業であれば自分オマンマの種である農機具を壊しはしない、一にも二にも手入れ、工場の機械も整備されて故障も少ない。のでは、此の歌に老禅師、は草は草であること、木は木で有る事、其の儘ま最大限に今を生きることで泣き笑いが生まれる、グタグタいっても同じジャー?だそうだ。道具ならまだ良い。親や子供もを足で蹴飛ばさんとヨカガ。

Hototogi3 咲いた花もあれば蕾もある。どっちが良いか、小ざかしい人間の計らいは花にはヨケイじゃ。


秋の夕暮れ

2006-09-27 05:37:00 | 社会・経済

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南さつま市野間岬の夕日一見美しいと思われる人も有るでしょう。少年時代にはかならず。ねぐらを求めて飛ぶ鳥の群れがありました。此の写真には一羽も無い、

それでも4~5年前はカラスの鳴き声とカラスの姿はみられた。此の写真には其れもない。何故なのか。Yuuhi3_1鳥の種類も激減した。ワシわ後何年の歳じゃ。と無責任にいってるダケデヨイノカと無責任男の僕がふと思った。 下の写真は肉眼では太陽は見えない。肉眼では

茜雲の空上にきれいな、夕焼け雲に見える。まだ太陽は水平線の上にあった。カメラの角度を変えると左のようにカメラを覗くとみえる。光線の波長のいたずらか。よく見えない物も,有る物はあ有るんだよと宗教的。科学的にもときかされたが。なるほど、自分の判断も心せねば。ソレニシテモ酒オビで事故おをしたら、お前死刑だと言う感情と。高速道路で前の車が停車していたから死亡事故が起きたんだ。感情が違うのはなぜか。コントロールできない車の取り締まり、ルル違反の罰則強化、人の死に変わりは無いのに効率、優先の事故ならしかたないのか、?ソレハナイジャロ、俺は高速道路はもう走らないからヨイノジャロでよいのか?年寄りの冷や水かな?