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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

2012年 こんな本を読んできた (7月編)

2012年12月26日 | 書評した本 2010年~14年

「週刊新潮」の書評ページのために書いてきた文章で振り返る、この1年に読んだ本たちです。


2012年 こんな本を読んできた(7月編)

三谷幸喜 『清須会議』 
幻冬舎 1470円

歴史小説というより歴史エンターテインメントとでも呼びたい書き下ろし作品。清須会議とは「本能寺の変」の後に行われた集まりだ。ここで信長を失った織田家の後継問題と領地の再配分が決められた。参加者は柴田勝家、丹羽長秀、池田恒興、そして羽柴秀吉の4人。最終的には信長の孫である三法師が後継者となった。その後見役に収まったのはもちろん秀吉である。

この小説では本会議を軸とした5日間が描かれる。ただし、そこには著者ならではの仕掛けがあり、登場人物たちの“独白”が交互に並ぶ構成だ。信長の三男・信孝を押し立てて実権を握ろうとする勝家。このチャンスを生かして天下取りの足場を築こうとする秀吉。息詰まるような腹の探り合いの中で、誰が、どのタイミングで、何を考えていたのかが、読者には手に取るようにわかるのだ。

しかも本書の特徴である“現代語訳”が効いている。「なんと単純なおっさんなんだろう。完全にオレに丸め込まれてしまった」と秀吉がほくそ笑むかと思えば、勝家も「いかん、このままでは奴の思うがままだ」と反撃に出る。

清須会議は武器を使わない合戦だった。430年前の夏の歴史的イベントが、新解釈の上質な群像コメディとなって甦った。
(2012.06.27発行)


古川 聡 『宇宙へ「出張」してきます~古川聡のISS勤務167日』 
毎日新聞社 1680円

近年、アメリカでは宇宙体験を提供する企業が急成長し、「宇宙ツーリズム(観光)」という言葉も広がり始めた。宇宙の入り口である高度100キロメートルまで上昇して地球を眺め、無重力を体験するツアーのお値段は約1600万円。日本人を含む400人が予約済みだという。

しかし、多くの人々にとって宇宙はいまだに未知なる世界だ。本書は宇宙飛行士として国際宇宙ステーション(ISS)に長期間滞在した著者が語る“等身大の宇宙体験”である。様々な任務もさることながら、ISSでの生活のディティールが興味深い。一人が使用可能な水の量は約3・5リットル。宇宙では貴重品のため尿のリサイクルも行っている。また無重力状態では体形も変化。全体がスリムになり、顔のしわも消えて若返る。ただし地球に戻れば復元するのだが。

宇宙は行くよりも無事に帰るほうが難しい。大気圏再突入前、減速のためのエンジン噴射は4分数十秒。タイミングを外すと大変なことになるが、文章からもその緊張感が伝わってくる。逆に、無事帰還してからの「宇宙人から地球人へ」の変化はユーモアに満ちている。自分の頭の重さはもちろん、紙一枚にも地球の重力を感じる著者。旺盛な好奇心による宇宙体験記だ。
(2012.06.15発行)


植村鞆音・澤田隆治・大山勝美
『テレビは何を伝えてきたか~草創期からデジタル時代へ』 

ちくま文庫 998円

間もなく日本のテレビは60周年を迎える。草創期から番組制作に携わってきた大ベテランたちが、テレビの過去と現在を語り合う文庫オリジナル。「視聴者が喜んでいるからいい」というだけでなく、メディアの本質や責任も考えるべしという指摘に納得だ。
(2012.06.10発行)


櫻井圭記・濱野智史・小川克彦:編著『恋愛のアーキテクチャ』
青弓社 2100円

気鋭の論客たちによるネオ恋愛論。櫻井はアニメ脚本家、濱野は情報環境研究者、そして小川は慶大教授だ。本書でのアーキテクチャは建築ではなく、仕組みや仕掛け、さらに「人へのはたらきかけ」を指す。WEBという新たな社会基盤は恋愛をどう変化させたのか。
(2012.06.24発行)


平野 悠 『ライブハウス「ロフト」青春期』 
講談社 1680円

70~80年代に新宿、荻窪、下北沢などで日本の音楽シーンを支え続けたロフト。観客と向き合うことで荒井(松任谷)由実が、山下達郎が、サザンが力を養い飛び立っていった。“伝説の創始者”である著者にしか語れない、ロックの梁山泊の歴史がここにある。
(2012.06.25発行)


臼井幸彦 『シネマと鉄道~映画にみる駅の風景70選』 
SCREEN新書 1050円

壮大な“アートの駅”を目指してリニューアルされたJR札幌駅。そのプロジェクトを牽引したのが、駅開発のエキスパートである著者だ。持論は「駅は単なる交通施設ではなく、人生の記憶装置」。それは見事に映画と重なっている。

本書では映画に登場する駅や列車にスポットを当て、その役割から意味合い、さらに知って嬉しくなる蘊蓄までが語られる。「男と女」のドーヴィル駅、「ひまわり」のミラノ中央駅など70本の“一挙上映”は、長年の鉄道研究と映画研究の成果であり、双方の愛好者への贈り物でもある。
(2012.06.10発行)



井上夢人 『ラバー・ソウル』 
講談社 1995円

書名はもちろんビートルズのアルバムから来ている。また各章の名称にも彼らの楽曲が使われている。それは主人公の青年、井上誠が唯一ビートルズに関する評論を書くことで社会とつながっているからだ。

特異な外見を気にして、人と接することを避けながら生きてきた誠。裕福な家庭に育ち、身の回りの世話をしてくれる人間もいる。おかげで引きこもり状態でも不自由はなかった。

そんな誠が、ある事故がきっかけで出会ったモデル、絵里を好きになる。精神的に不安定な彼女を守りたいと思う。しかし、生身の自分を晒すことは躊躇する。出来るのは、絵里に気づかれないよう身を隠しながらじっと見守ることだけだ。それでも誠は幸せだった。

ところが、大きな変化が起きる。絵里の生活に男が入り込んできたのだ。しかも彼女にふさわしい人物とは思えない男だ。誠にとっては許しがたいことであり、何らかの手段で“排除”すべきだと考える。自分だけの“女神”を守るため、誠がとった行動とは・・・。

この長編小説は、警察の事情聴取に複数の人間が答える形で進行する。いずれも一人称の語りであり、同じ出来事が違った視点から切り取られていく。犯罪と恋愛が絶妙に組み合わされた異色ミステリーだ。
(2012.06.06発行)


貴田 庄 『高峰秀子 人として女優として』 
朝日新聞出版 1890円

本書は一昨年の暮れに86歳で亡くなった高峰秀子をめぐる評伝エッセイである。

映画や文学などが対象の評論家である著者は、「日本の映画を代表する女優」の条件として4つを挙げる。多くの主役、名作への出演、有名監督との仕事、そして異論もありそうだがサイレント映画への出演だ。その観点で選ばれた女優は田中絹代、高峰秀子、原節子の3人。本書の独自性は田中や原の軌跡をも丹念にたどることで、高峰の女優像を鮮明にした点にある。

大正13年に函館で生まれた高峰。5歳の時には東京の松竹蒲田撮影所で映画に出演している。長い芸歴だ。以来、昭和54年の『衝動殺人 息子よ』で引退するまで、170本以上の作品に出演している。

本書では木下恵介監督『二十四の瞳』や成瀬巳喜男監督『浮雲』といった作品での仕事ぶりが語られるだけでなく、高峰の素顔も活写される。人気絶頂の27歳で家財道具を売り払ってパリへと飛び立つなどエピソードには事欠かない。同じ“洋行帰り”でも、アメリカから戻った際に強いバッシングを受けた田中絹代との対比も効いている。

さらに木下恵介監督作品に12本も出演したのはなぜか。黒澤明監督への恋心とはどんなものだったのか。今なお興味は尽きない。
(2012.06.30発行)


ケン・シーガル  林信行:監修・解説、高橋則明:訳
『Think Simple アップルを生みだす熱狂的哲学』
 
NHK出版 1680円

「シンプル」はアップルの社是のようなものであり、自社製品のキー・コンセプトだ。亡きスティーブ・ジョブズの信念でもあった。ここでは「動かし続ける」「不可能を疑う」など10の法則を伝える。ビジネスはもちろん、生き方のヒントとしても応用可能だ。
(2012.05.25発行)


平塚俊樹 『証拠調査士は見た!~すぐ隣にいる悪辣非道な面々』 
宝島社 1400円

著者はクレーム対応のプロであり、危機管理専門コンサルタント。弁護士や警察の手に余る事案を解決する証拠調査士の仕事ぶりを明かしている。小学生を使った麻薬取引、離婚につけ込む悪徳弁護士、セクハラ常習犯の重役を擁護する大企業など驚きの実例が並ぶ。
(2012.06.08発行)


読売社会部清武班 『会長はなぜ自殺したか~金融腐敗=呪縛の検証』 
七つ森書館 2100円

70年代末、第一勧銀から総会屋への460億円の不正融資が事件となった。これを追及したのが読売新聞。リーダーは当時社会部次長で後に「清武の乱」を起こす清武英利だ。本書は14年前の本の復刊。総会屋たちはいかにして銀行家や政治家を潰していったのか。
(2012.06.01発行)



池井戸 潤 『ロスジェネの逆襲』 
ダイヤモンド社 1575円

バブル世代の銀行マン、半沢直樹が活躍した『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』。そのシリーズ最新作だ。舞台は半沢が飛ばされた先の系列証券会社。IT企業の買収をめぐって親会社の銀行と対立する半沢は、ロスジェネ世代との共闘を選ぶ。

“ITベンチャーの星”と呼ばれる電脳雑技集団が、ライバルである東京スパイラルの買収を企む。相談を持ちかけたのは銀行ではなく、半沢のいる証券会社だ。ところが途中で親会社の一派が、この案件を横取りしようと仕掛けてくる。買収のアドバイザーは巨大な利益をもたらし、同時に半沢を潰すこともできるからだ。

半沢の部下、森山雅弘は典型的なロスジェネ世代。楽をして禄をはむバブル世代を目の敵にしてきた。半沢は森山の能力を評価し、一緒に反撃に出ようとする。「やられたら、倍返しだ」。

物語の中で明かされる企業買収の仕組み、特に銀行や証券会社の動きが興味深い。また優れた企業小説の例にもれず、本書も企業の中にいる人間の生態が巧みに描かれている。「組織対組織」、「組織対個人」の暗闘がスリリングだ。

「正しいことを正しいと言えること、世の中の常識と組織の常識を一致させること」を、愚直に目指す男の姿が清々しい。
(2012.06.28発行)


内田樹・高橋源一郎 『どんどん沈む日本をそれでも愛せますか?』 
ロッキング・オン  1575円

『沈む日本を愛せますか?』に続く連続対談シリーズ第2弾。実際には、インタビュアーの渋谷陽一を交えた鼎談と言ってもいい。

今回は「3.11」の震災と原発事故を間にはさんでいる点に特色がある。「戊辰戦争以降の150年の、日本の中央政府の東北差別の歴史があって、福島の原発もその中にある」と内田。「この福島原発は第二の東北処分でもあるんだね、そして、これは琉球処分とペアでもある」と高橋。一見乱暴な議論だが、ある本質を衝いているのも事実だ。

また、30年もの間、原発反対運動が続いている山口県祝島のエピソードも秀逸。毎週行われる反対デモに、480人の島民(ほとんどが高齢者)の2割が参加しているという。漁協には中国電力から「漁業補償金」約11億円が振り込まれたが、供託したままで受け取ってはいない。男は漁業、女は農業で食べているから補償金など不要なのだ。いずれ島の人口がゼロになることを思うと、まるで「負け戦」だが、原発を止めている「勝ち戦」でもある。

2人は右肩上がりの発想の限界を語り、老いも、貧乏も、滅びも、「楽しい」と言いきってしまおうと提唱する。これもまた極論だが、この国が抱えた問題の答えではなく、考えるためのヒントとして読みたい。
(2012.06.30発行)


豊崎由美 『ガタスタ屋の衿持~寄らば斬る!篇』 
本の雑誌社  1575円

『本の雑誌』連載中の書評「寄らば斬る!」の7年分から、約90本が選ばれた。著者曰く「要約には読解力と技術が、評価にはセンスと勇気が必要」。それはプロ書評家の衿持だ。読者に既読本の価値を再認識させ、未読本への渇望をあおる危険な本でもある。
(2012.06.20発行)


堀江あき子:編 『怪獣博士!大伴昌司「大図解」画報』 
河出書房新社 1890円

たとえば60~70年代の『少年マガジン』。その巻頭グラビアとして、怪獣の体内構造図や未来社会の予想図が掲載されていた。作成者は大伴昌司。見えないものを見せ、未知なるものを解説してくれた異能の天才だ。謎に包まれていた素顔と共に偉業の一部を垣間見る。
(2012.06.30発行)


ボナ植木 『魔術師たちと蠱惑のテーブル』 
ランダムハウスジャパン 1575円

著者はマジシャン「ナポレオンズ」の“背の高いほうの人”。舞台の上で見せるのは確かな技術に裏打ちされたユーモアマジックだ。本書は手品の種明かしではなく、マジックをテーマにした短編小説集。鮮やかな手さばきと後味の良さは、著者の本業と同様だ。
(2012.06.220発行)


きたやまおさむ 『帰れないヨッパライたちへ~生きるための深層心理学』 
NHK出版新書  861円

60年代後半に大ヒットしたアングラ・ソング「帰って来たヨッパライ」。歌っていたザ・フォーク・クルセダーズのメンバーの一人が著者だ。当時は医大生だったが、その後精神分析医となり、定年まで九州大学教授を務めた。本書では、専門の立場から日本人の心のあり方を解読している。

キーワードは三角関係。私、父親、母親で形成される関係が、形を変えながら人生の様々な場面を左右していく。また著者は、人の成長を阻むものとして羨望や嫉妬に注目する。自分と家族や社会との関係を捉え直すきっかけとなる一冊だ。
(2012.07.10発行)



小池真理子 『二重生活』 
角川書店 1890円 

犯罪者か、何かやましいことを抱えている人間でもなければ、自分が尾行されることなど想像もしないだろう。だが、もしも自分が気づかないまま誰かに後をつけられ、他人に知られてはならない“もう一つの生活”を見られたとしたら。

それは偶然から始まった。大学院生の白石珠が駅前で見かけたのは、近所に住む石坂史郎だ。出版社勤務で、郊外の瀟洒な家で美しい妻と可愛い娘と共に暮らす中年男性。それまでは何の接点もない。しかし、石坂の動きに、珠は何か不自然なものを感じる。咄嗟に石坂と同じ電車に乗り込み、そのまま尾行してしまう。当の石坂には愛人がいた。

とはいえ、珠は石坂に特別な感情を持ったわけではない。仏文学の教授から教えられた「文学的・哲学的尾行」を実践してみることにしたのだ。それは、他者の後をつけて、自分をその人物と置き換えながら、行動を記録してみるというものだった。

珠がその後も石坂の観察を続けると、垣間見る妻の関係にも変化が現れる。また一方、他人の秘密を知ったことで、自分の恋人にも疑いの目を向け始める。学問的好奇心からの行動が自分の心を浸食していく皮肉。やがて、珠は想像もしなかった事態に陥っていく。
(2012.06.30発行)


篠田博之 『生涯編集者~月刊「創」奮戦記』 
創出版 1470円

月刊『創』の名物編集長による回想記だ。どんな事件も新聞やテレビだけでは真相はわからない。この雑誌が30年にわたって続けてきたのは、予断を排して当事者と向き合うこと。そしてテーマにタブーの垣根を設けないことだった。

登場するのは「三田佳子二男の薬物事件」「麻原元教祖三女の入学拒否事件」「和歌山カレー事件」「武富士盗聴事件」「宮崎勤死刑囚の突然の刑執行」など。昭和から平成にかけて起きた出来事と、その背後にある人間ドラマが語られる。

たとえば著者は、戦後史に残る連続幼女殺害事件の、裁判では解明されなかった真相を求めて、宮崎勤と12年間つき合ってきた。手紙のやり取りや手記の出版などを経て、ようやく面会。だが、その人格は「常識で推し量ると常に裏切られる」不可思議なものだった。

また、「和歌山カレー事件」の林眞須美死刑囚とも交流を続けてきた。「このまま国に殺されたくない」という本音も直接聞いている。彼女が判決公判の法廷に持ち込んで話題になった「真紅のハンカチ」も著者が差し入れたものだ。

皇室ネタで右翼団体の総攻撃を受けても出版活動を止めなかった著者。一貫しているのは雑誌ジャーナリズムの矜持である。
(2012.06.28発行)


鈴木智之・西田善行:編著 『失われざる十年の記憶~一九九〇年代の社会学』 
青弓社 2520円

若手研究者・論客たちによる「1990年代論」だ。手掛かりは「セーラームーン」「浜崎あゆみ」「酒鬼薔薇聖斗事件」、さらに村上龍の小説から映画「スワロウテイル」まで。既成の秩序が崩れ、過去の常識が通用しなくなった時代の深層を掘り起こしている。
(2012.06.24発行)


小野幸恵 『幸四郎と観る歌舞伎』 
アルテスパブリッシング  2310円

「今こそ歌舞伎を、生きた演劇として次代へ伝えるべきだ」と九代目松本幸四郎。著者は28の名作を選び、物語構成から見どころ、「ケレン」や「やつし」の美学までを解説する。そこに幸四郎の“証言”が加わり、歌舞伎の魅力がリアルに伝わってくる。初心者必読。
(2012.06.25発行)


小谷野 敦 『文学賞の光と影』 
青土社 1890円

「喉から手が出るほど賞が欲しくて欲しくて」という時代があったと著者は言う。いや、今も欲しいそうだ。その率直さであらゆる文学賞を俎上に載せている。もちろん賞を貰えない失意や恨みにも言及。文学好きもそうでない人もつい引き込まれる評論風エッセイだ。
(2012.07.10発行)


2012年 テレビは何を映してきたか (9月編)

2012年12月26日 | テレビは何を映してきたか 2010年~13年

「日刊ゲンダイ」に連載している番組時評「TV見るべきものは!!」で
振り返る2012年のテレビ。その9月編です。


2012年 テレビは何を映してきたか (9月編)

「つるかめ助産院~南の島から」 NHK

「はつ恋」が好評だったNHKの連ドラ枠「ドラマ10」(火曜夜10時)。先週から仲里依紗主演の「つるかめ助産院~南の島から」が始まった。

初回の冒頭はエメラルドグリーンの海の空撮。舞台は沖縄の離島だ。蒸発した夫を探しに来た東京の主婦・仲里依紗と、1年前から島で暮している助産師・余貴美子が出会う。妊娠が判明しながら、出産を拒む里依紗は生い立ちが影響しているらしい。長老(伊東四朗、はまり役)をはじめ島の人たちの親切も、彼女には偽善に見えてしまう。

このドラマ最大の注目ポイントは、しばらく脇役の多かった仲里依紗が主役としてどこまでドラマを引っ張れるかである。幸い余貴美子という“ぶつかりがい”のある役者のおかげで、里依紗の負けじ魂と天性の演技勘が戻ってきたようだ。

先週のラスト。東京へ帰ろうとする里依紗は、船の上で余貴美子が作ってくれたおにぎりを食べる。里依紗を見つめるカメラは途中から静かにズームを開始。顔がアップになる瞬間、涙があふれてくるのだ。約90秒の長いワンカットに収める難しい撮影だが、里依紗は見事に表現してみせた。

これからが期待できるが、少しだけ心配も。初回だけで小川糸の原作小説の約4分の1を描いてしまったのだ。全8回の残り7回をどう展開するのか。脚本家・水橋文美江の腕の見せ所だ。

(2012.09.04)


「眠れる森の熟女」 NHK

熟女ブームだ、そうだ。で、さっそく出てきたのがNHKよる☆ドラ(火曜夜10時55分~)「眠れる森の熟女」である。

主人公は46歳の専業主婦(草刈民代)。銀行マンの夫と中学生の息子がいる。ごく普通の穏やかな生活が夫の浮気で一転、離婚話へ。妻は自立すべく仕事を探し、ホテルのメイドとなる。実はホテルの若き総支配人(瀬戸康史)が裏で手をまわしたのだが、そのことを彼女は知らない。庶民熟女とイケメン御曹司の恋という、まるで“逆韓国ドラマ”みたいな設定だ。

まあ、それはいい。わからないのはヒロインがなぜ草刈民代か、である。これほど主婦が似合わない女優も珍しい。キッチンに立っても、夫や息子と向き合っても現実感が希薄なのだ。完全に演技力の問題である。

草刈民代といえば映画「Shall we ダンス?」。あのヒット作から16年経つが、バレリーナ(3年前に現役引退)としてはともかく、女優としてどれだけ進歩したのか疑問が残る。確かに熟女には違いないが、主役を張る“熟女優”の芝居とはとても思えない。

ならばこのドラマ、見る価値はないのか。いや、夫が走った中学時代の同級生で初恋の人、森口瑤子がいる。役柄というだけでなく、熟女優ならではのツボを心得た、余裕の振る舞いが魅力的だ。大人のオトコが見ておいて損はない。

(2012.09.11)


「負けて、勝つ~戦後を創った男・吉田茂~」 NHK

NHK土曜ドラマスペシャル「負けて、勝つ~戦後を創った男・吉田茂~」の出来栄えが見事だ。坂元裕二の脚本は吉田茂(渡辺謙)だけでなく周囲の政治家や官僚、さらに家族との関係まで丁寧に描いている。

主演の渡辺も貫禄充分。ダグラス・マッカーサー役には映画「ザ・ロック」などで知られるデヴィッド・モースを起用。2人が向き合うシーンはハリウッド映画を見るような贅沢感がある。

だが、それにしてもなぜ今、吉田茂なのか。確かに「復興」の文字は現在に通じるものがあるが、吉田に対する評価は以前と違ってきている。

その一例が元外務省国際情報局長・孫崎享の近著「戦後史の正体」だ。戦後から現在に至るまで、日本が米国の圧力に対して、「自主」路線と「追随」路線の間で揺れ動いてきた経緯を明らかにしている。特に占領期は「追随」の吉田と「自主」の重光葵が激しく対立。重光は追放され、同じく自主路線の芦田均も7カ月で首相の座を追われた。

孫崎によれば「日本の最大の悲劇は、占領期の首相(吉田茂)が独立後も居座り、同じ姿勢で米国に接したことにある」。こうした評価をドラマの中で生かすのかどうか。「この時期を乗り切るには対米追随しかなかった」とか、「吉田茂はよくやった」という単純な話になるとは思わないが、今後の展開に注目したい。

(2012.09.18)


「死と彼女とぼく」 テレビ朝日

先週金曜の深夜、ドラマスペシャル「死と彼女とぼく」(テレビ朝日)が放送された。

主人公は死者の姿を見たり声を聞いたり出来る女子高生(三根梓)。ビルの屋上から転落死した女性建築士(櫻井淳子)と出会う。警察は自殺と断定するが、本当は設計プランを奪った同僚(袴田吉彦)に突き落とされたのだ。三根は、恨みに凝り固まる櫻井が無事に旅立てるよう奔走する。

脚本を手がけたのは、「世にも奇妙な物語」などの演出家でもある落合正幸。川口まどかの原作漫画をベースに、死者たちと向き合うことで逆に“生きること”を大切にしようとするヒロインを巧みに造形していた。

しかし、このドラマで注目すべきは、特殊な設定にも関わらず溌剌と演じた三根梓である。女性誌のモデルとして知られる三根だが、今回がドラマ初出演にして初主演。大きなプレッシャーの中での挑戦だったはずだ。

現在20歳の三根は、なんと早大政経学部在学中の現役学生。彼女にとってこのドラマは、大学生が就職活動の一環で夏休みに体験する、企業での「インターンシップ」に当たるのだ。しかも上手くいけば本格的女優業への道が開ける。そりゃ頑張るしかなかったろう。

まずは及第点という結果だが、遠く吉永小百合を望む“早稲田女優”に名を連ねることができるかどうかは、今後の精進にかかっている。

(2012.09.25)



「TV見るべきものは!! ドラマ大賞」の発表

2012年12月26日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

日刊ゲンダイの連載「TV見るべきものは!!」。 

年内最後ということで、2012年のドラマを総括してみました。


独断と偏見で選んだ
今年のドラマ大賞は「ダブルフェイス」

この1年のドラマの中から独断と偏見で選んだ「TV見るべきものは!!ドラマ大賞」の発表だ。

まず第5位はテレビ朝日「ドクターX~外科医・大門未知子~」
“NOと言える女”米倉涼子のハマり具合は、「相棒」に次ぐヒットシリーズの誕生と見た。

第4位は震災から1年後に放送されたテレビ東京「明日をあきらめ
ない…がれきの中の新聞社~河北新報のいちばん長い日」
。地元紙の記者たちが、戸惑い悩みながら取材する姿が印象に残った。

続く第3位はフジテレビ「リーガル・ハイ」だ。見どころは、「性格の悪いスゴ腕弁護士」堺雅人の〝怪演〟だ。「大奥」(TBS)もそうだが、難しい設定であればあるほど堺の存在感が光る。

第2位はNHK「はつ恋」。自分を捨てた初恋の男と再会するのは木村佳乃だ。人妻の心と体の揺れを、情感に満ちた大人の演技で見せてくれた。

そして栄えある大賞は、TBS・WOWOW共同制作ドラマ「ダブルフェイス」である。暴力組織に潜入している刑事(西島秀俊)と、警察官でもあるヤクザ(香川照之)。特に自分を押し殺して生きる男を、役に溶け込んだかのように演じた香川が秀逸。“日本のラッセル・クロウ”と呼びたい。

というわけで、来年も1本でも多くの「見るべきドラマ」が登場することを祈りつつ、皆さん、よいお年を!

(日刊ゲンダイ 2012.12.25)