碓井広義ブログ

<上智大学教授のメディア時評> 見たり、読んだり、書いたり、話したり、時々考えてみたり・・・

2014年 夏  「オトナの男」にオススメの本(その1)

2014年08月22日 | 書評した本 2010年~14年

この12年間、雨の日も風の日も、どこにいても、ほぼ1日1冊
のペースで本を読み、毎週、雑誌に書評を書くという、修行僧の
ような(笑)生活を続けています。

この夏、「読んで書評を書いた本」の中から、オトナの男にオス
スメしたいものを選んでみました。

閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。


2014年 夏 
「オトナの男」にオススメの本
(その1)

伊兼源太郎 『事故調』 角川書店

昨年、『見えざる網』で第33回横溝正史ミステリ大賞を受賞。デビューを果たした著者の受賞第一作である。

その事故は志村市の人工海岸で起きた。砂浜が突然陥没し、砂に埋もれた9歳の男児が死亡したのだ。世間から管理責任を問われる市だったが、非を認めようとはしない。回避不能な事故として処理に奔走する。

この件を担当するのは、刑事から市の職員へと転職してきた黒木だ。刑事時代に痛恨の失敗をしており、市長から「事故調への対応は慣れているはず」と指名された。独自の調査を進める黒木だったが、単なる事故とは言えない背後関係に突き当たる。役割か正義か。黒木に決断の時が迫る。

地方を舞台としたこの物語。事故の顛末やその後の推移、行政と警察とマスコミの関係などには、著者の新聞記者時代の経験が存分に生かされている。


大木晴子・鈴木一誌:編著 『1969 新宿西口地下広場』 
新宿書館


1969年の幕開けは、1月18日から19日にかけての「東大安田講堂攻防戦」だった。前年から全国各地の大学で展開されていた学園闘争、またベトナム戦争反対運動など、社会は騒然とした空気に包まれていた。

そして2月28日の夕方、新宿駅西口の地下空間で、突然数人の若者がギターを抱えて歌い始める。後に「東京フォークゲリラ」と呼ばれる活動であり、「ベ平連」運動の一つだった。

やがて西口地下に集まる群衆の数は増え、7月には7千人を超える。警察側は広場を通路と改称し排除へと向かう。地下広場での運動としてのフォークゲリラは約5ヶ月で終焉を迎えた。

編者の大木は当時広場で歌っていた中心的メンバー。本書はその証言を軸に、複数の回想や論考で構成されている。付録のDVD、ドキュメンタリー映画『69春~秋 地下広場』も貴重だ。


本の雑誌編集部:編 『本屋の雑誌』 本の雑誌社

本好きにとって書店はオアシスであり、狩猟場であり、縁日であり、またシェルターでもある。要するになくてはならない存在なのだ。その書店と約40年、併走を続けてきたのが『本の雑誌』だ。本書はその集大成。書店の過去・現在・未来がここにある。


日高勝之 『昭和ノスタルジアとは何か』 世界思想社

映画、テレビ、雑誌などにあふれる「昭和懐古」が意味するものとは何なのか。『ALWAYS 三丁目の夕日』から『プロジェクトX』までを解読しながら、ノスタルジアの背後に潜む虚構性を明らかにしていく。気鋭のメディア学者による、新たな戦後文化論の試みだ。


桜木紫乃 『星々たち』 実業之日本社

一人の女をめぐる彷徨の物語だ。ヒロインの名は千春という。特に美しくも賢くもない。だが、どこか気になる不思議な女だ。

北海道のある町。スナック勤めの咲子は、久しぶりで娘と会うことになった。実母に預けたまま中学生になった千春だ。再会を果たした咲子は、以前から好意を寄せていた常連客の男の誘いを受け入れる。(「ひとりワルツ」)

医大に通っている自慢の息子が帰省した。母親の育子は嬉しい。だが、隣家の娘との親しげな様子が気に入らない。高校生の千春だった。(「渚のひと」)

巴五郎は地方の文化人だ。主宰する詩の教室に場違いな女が入会する。つい世話を焼いてしまうその女こそ、30代になった千春である。(「逃げてきました」)

全9編の連短編作集というより、精緻に組み立てられた長編小説の味わいだ。


佐々涼子 『紙つなげ!~彼らが本の紙を造っている』 
早川書房


『エンジェルフライト・国際霊柩送還士』で開高健ノンフィクション賞を受賞した著者。受賞第一作は、日本製紙石巻工場の被災と復興のドキュメントだ。

2011年3月11日、東日本大震災と津波はこの日本一の規模を誇る製紙工場を襲った。単行本用から雑誌用まで、年間100万㌧もの印刷紙を生み出していた工場は、瓦礫と泥で埋め尽くされた。このままでは日本の出版事業が停滞してしまう。社員たちは自らも被災者でありながら、工場の復活へと邁進する。

著者の取材は前作同様、実に丁寧だ。その日、彼らはどこでどんな形で震災に遭遇したのか。工場の機能をどのように甦らせ、その過程で何を思っていたのか。一工場だけでなく、被災地の生の記録としても読める。

わずか半年で生産を再開した石巻の紙は、もちろんこの本にも使用されている。


辻原 登 『東大で文学を学ぶ』 朝日新聞出版

著者は「小説は果実だ。芯が空想や幻想で、それが膨らんで現実をつくる」が持論の芥川賞作家。『古事記』から谷崎潤一郎までが解読されるが、ドストエフスキーも登場する点がユニークだ。「作家は常にラストから考える」といった指摘も示唆に富んでいる。


内田 樹 『街場の共同体論』 潮出版社

月刊誌『潮』に寄稿したエッセイとインタビューで構成されている。家族とこの国を閉塞させている「母親の支配」。ヴァーチャルが実でリアルが虚となった社会。「自分探し」という自滅的イデオロギー。「おとなのいない国」日本。論旨はいずれも明快だ。


荒俣 宏 『喰らう読書術~一番おもしろい本の読み方』 
ワニブックスPLUS新書


“歩く百科全書”が開陳する読書の極意だ。本はまるごと食べる。自腹で買う。目から鱗が落ちる快感を味わう。クズや毒にも思いがけない価値があると著者は言う。また読書は脳を極限まで活用できるエクササイズであり、現実界の制約や壁を飛び越える力を与えてくれるものだと。

さらに著者は、全集や叢書など「教養主義的読書」を提唱する。自分の中に価値体系を築くためだ。論じるなら、まず起源にまでさかのぼること。全集と百科事典には「体系」の本質がある。読書に必須の「概観力」はそこから生まれる。



2014年上半期 「オトナの男」にオススメの本(その6 ラスト)

2014年07月31日 | 書評した本 2010年~14年

この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に
書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。

今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、
オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。

今回は、その「パート6」

今年上半期分はこれでラストになります。

閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。


2014年上半期 
「オトナの男」にオススメの本
(その6)


東野圭吾 『虚ろな十字架』 光文社

果たして死刑は有効なのか。殺人と刑罰という重いテーマに挑んだ問題作だ。

動物の葬儀社で働く中原正道を刑事が訪ねてきた。別れた妻・小夜子が殺されたという。11年前、中原夫妻は殺人事件の被害者家族となった。当時小学2年生だった娘、愛美が殺害されたのだ。捕まった犯人は、別の殺人で無期懲役となりながら仮釈放で塀の外に出てきていた男で、結局この事件で死刑となった。

中原と離婚した後、ライターの仕事で生計を立てていた小夜子。彼女が遺したノートには娘の死をめぐる考察が記されていた。殺人を犯しても死刑ではなく、有期刑になることが少なくないこの国。「殺人者をそんな虚ろな十字架に縛り付けることに、どんな意味があるというのか」。

娘の死、元妻の死、そして隠された第三の死の謎が徐々に明らかになる。


内田 樹:編著 『街場の憂国会議~日本はこれからどうなるのか』 
晶文社


安倍晋三政権下の日本。果たして、このままで大丈夫なのか。答えはもちろんNOだ。では何が、どのように問題なのか。内田樹、小田嶋隆、想田和弘、高橋源一郎、中島岳志、中野晃一、平川克美、孫崎享、鷲田清一という9人の論客が持論を展開する。

巻頭の内田論文のタイトル「株式会社化する国民国家」が、安倍政権が目指すものを端的に示している。国の存在理由を「経済成長」に一元化することだ。しかし、教育や医療が株式会社のように組織されるべきではないのと同様に、国家もまた株式会社とは違う。

また小田嶋は、安倍政権が歴史認識や大局を見た政策ではなく、歴史に対する「気分」によって動いていると指摘する。解釈改憲も、「書き換え」より気分的に簡単な「読み替え」を選んだことになる。今そこにある危うさを撃つ警世の書だ。


荒木経惟 『往生写集』 平凡社

今年74歳となるアラーキーが、半世紀に及ぶ“写業”を一冊に凝縮した写真集。「さっちん」「センチメンタルな旅・冬の旅」「チロ愛死」などの代表作から、「道路」「去年の戦後」といった最新作までが並ぶ。途中、作品によって用紙さえ変える執念が見事だ。


武田邦彦 『政府・マスコミは「言葉の魔術」でウソをつく』 
日本文芸社


たとえば「子供に国の借金のツケを回すな」。実際は政府が国民から借りており、国の借金はない。また「原発は経済発展に必要」と言うが、安全性やコストを考えれば石炭火力に勝るものはない。原発を求める他の理由があると著者は言う。目から鱗のトリック解説だ。


小林信彦 『「あまちゃん」はなぜ面白かったか?』 
文藝春秋


「週刊文春」連載のエッセイ集2013年版だ。大島渚と大瀧詠一の死、橋本愛の発見、ヒッチコック再考、そして「あまちゃん」。稀代の時代観察者が「これほど辛い年はなかった」と言う1年間を追体験する。文化から国家まで、自分の頭で考えるための参考書だ。


ちばてつや 『ちばてつやが語る「ちばてつや」』 
集英社新書


漫画界の重鎮による創作論的自叙伝である。1939(昭和14)年に生まれ、2歳で旧満州に渡り、終戦で命懸けの帰国を果たした少年は、いかにして国民的漫画家となったのか。「理由は単純明快に、お金のためだ」と著者は言う。だが、誰もがなれるものではない。

貸本漫画家としてデビューした後、少女漫画に転じ、次に『おれは鉄兵』や『あしたのジョー』など少年漫画の金字塔となる傑作を発表。やがて『のたり松太郎』といった青年漫画にも進出する。徹底した取材をベースに想像力を羽ばたかせる手法が開陳されていく。


小手毬るい 『アップルソング』 ポプラ社

恋愛小説の名手として知られる著者が、殺戮の世紀といわれる時代を背景に書き上げた壮大な物語だ。

敗戦直前、焼野原の岡山市街。瓦礫の中から救い出されたのは茉莉江という名の赤ん坊だ。10歳になった彼女は母親に連れられてアメリカへと渡るが、待っていたのは過酷な運命だった。大人になった茉莉江の人生を変えたのは写真との出会いだ。戦争報道写真家となってからも、愛する人への思いとカメラを手放すことは決してなかった。

茉莉江と仲間たちが世界に伝えようとしたベトナム戦争、三菱重工爆破事件、チェチェン戦争、そして2011年の同時多発テロ。ある女性編集者が茉莉江に言う。「写真は、そこに写っていないものも含めて、その外には世界が広がっているということを表現し、見た人に世界の広がりを感じさせるもの」だと。


和田誠 『ほんの数行』 七つ森書館

本を読む楽しみの一つは「忘れられない一文」「刺激的な一行」に出会うことだ。それが「自分のための一文」や「自分だけの一行」になれば喜びは倍加する。

本書には100冊の本から抜き出された100個の珠玉の数行が並ぶ。いずれも著者が装丁を手がけた本であり、その内容と魅力を誰よりもわかっているからこそ選ぶことができた“名ゼリフ”ばかりだ。

たとえば、色川武大『うらおもて人生録』の「九勝六敗を狙え」。また、「なんといっても文章は頭の中身の反映ですから」は、井上ひさし『井上ひさし全選評』。そしてドナルド・キーンは言う。「便利さが人間の最高の目標になってよいのでしょうか。私はむしろ文化は不便の上に立つものではないかと思います」(『私の大事な場所』)。

著者の傑作『お楽しみはこれからだ』の拡大版だ。


一橋文哉 『モンスター~尼崎連続殺人事件の真実』 
講談社


首謀者・角田美代子が謎の自殺を遂げたこともあり、全容が解明されていない連続殺人事件。複雑に絡んだ多数の関係者がいて、しかも被害者の一部が加害者でもある特異性をもつ。著者は徹底取材で新事実を明らかにするだけでなく、黒幕的存在にまで迫っている。


夢枕 獏 『幻想神空海』 マガジンハウス

空海とは「豊饒なる虚空」だと著者は言う。『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』等、長年空海に関する作品を書き続けてきたが、本書は熱い“空海愛”を語り下ろしたものだ。出会いに始まり、最澄との対比、戦略家としての空海、さらに夢枕流密教解釈も開陳している。


佐々木マキ 『ノー・シューズ』 亜紀書房

村上春樹『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』などの表紙画を手がけた著者の自伝的エッセイ&イラスト集。神戸での幼少期、伝説の漫画誌『ガロ』への投稿からプロになるまで、そしてなってからの悪戦苦闘が洒脱に語られる。長井勝一や村上春樹との交流秘話も必読。


西澤保彦 『下戸は勘定に入れません』 中央公論新社

タイムスリップを題材にした異色のSFミステリだ。何しろ「ある条件のもとで酒を飲むと同伴者と一緒に時空を超える」のだから。

主人公の古徳は大学の准教授。50歳でバツイチの独身だ。しかも生きる意欲を失い自殺願望をもっている。ある日、かつての恋人・美智絵を古徳から奪い、自分の妻にした旧友・早稲本と再会する。2人は酒を酌み交わすうちにタイムスリップしてしまう。着いた時代は28年前。まさに早稲本が美智絵に接近した夜だった。

本書は連作短編集だ。古徳はその不可思議な能力と独特の推理力で、いくつかの事件を解決していく。また同時に、自分と早稲本と美智絵の微妙な三角関係の謎を探っていくのだ。

古徳たちが体験するのは「意識」のタイムスリップ。実体として別の時代に行けるわけではない。そんな設定も物語を面白くしている。


伊藤彰彦 『映画の奈落~北陸代理戦争事件』 国書刊行会

1977年2月、深作欣二監督作品『北陸代理戦争』が公開された。松方弘樹が実在の組長をモデルにした主人公を演じる、東映実録やくざ映画である。公開から2ヶ月後、映画の中で殺人事件が起きるのと同じ喫茶店で組長が射殺された。いわゆる「三国事件」だ。

なぜ映画と現実がリンクするような事態が発生したのか。フィクションであるはずの映画は、進行中のやくざの抗争にどのような影響を与えたのか。著者は丹念な取材と作品分析によって真相に迫っていく。

見えてくるのは、巨大な山口組に挑もうとした北陸の組長・川内弘の生き方であり、新たなやくざ映画の地平を切り開こうとした脚本家・高田宏治の執念だ。

その時々のスキャンダルや事件をライブ感覚でつかみ、映画に取り込んできた東映。本書はその影の映画史でもある。


矢萩多聞 『偶然の装丁家』 晶文社

今は亡き自称スーパーエディター・安原顯をして「天才だよ!」と言わしめた装丁家が著者だ。不登校の中学生は14歳でインド暮らしを始める。帰国して絵を描き、やがて本のデザイナーとなった。気負いのない自然体で語られるのは本作りと暮らしの自分史だ。


宮城谷昌光『三国志読本』 文藝春秋

毎日、原稿用紙1・7枚を書き続けて12年。宮城谷版『三国志』全12巻が完結したのは昨年のことだ。本書は副読本ともいうべき一冊。独自の論考だけでなく、井上ひさしや五木寛之などと語り合う。「歴史は多面体だからこそおもしろい」を再認識させてくれる。


角田光代 『ポケットに物語を入れて』 小学館

読み巧者である著者のブック・エッセイ集。文庫本のの解説を軸に編んでいる。「書くという行為について私はこの作家にもっとも影響を受けている」とあるのは開高健のことで5作品が並ぶ。また江國香織や井上荒野など女流実力派の仕事にも目配りが効いている。


半田 滋 『日本は戦争をするのか―集団的自衛権と自衛隊』 
岩波新書


安倍政権が今国会中の閣議決定を目指す集団的自衛権の行使容認。憲法解釈の変更によって「他国の戦争に参加する権利」を手に入れ、この国はどこへ向かおうというのか。だが、戦後最大の危機ともいうべき状況にも関わらず、大手メディアの腰は引けたままだ。

そんな中、「異議あり」の論陣を張り続けているのが東京新聞。論説兼編集委員の著者はその中軸にいる。防衛問題のエキスパートとして、今の自衛隊を変質させるべきではないと強く主張する。「立憲主義の破壊」をくい止めるためにも多くの人が読むべき一冊だ。


藤田宜永 『女系の総督』 講談社

還暦間近の森川崇徳は出版社の文芸担当役員。以前、喉頭がんが見つかったが、大事に至らずに済んだ。妻と死別したことを除けば、まずまず順調な人生だ。

とはいえ、苦労がないわけではない。それは森川家が完全な女系家族であるためだ。母、姉、妹、3人の娘、そして猫まで。何年つき合っても、その思考と行動は予測不能だ。下手に口を出せば大炎上となる。崇徳の家庭内処世術は「控え目に意見を述べ、その後しばらく黙る」だ。

しかし、黙ってばかりもいられない。母の認知症問題、姉の不倫疑惑、妹の離婚騒動、長女との関係も風雲急を告げている。さらに崇徳自身が恋愛に発展しそうな女性と出会ってしまう。

大きな事件が起きるわけではない。だが、人生は小事の連続だ。女系の総督の選択と決断は世の男たちに知恵と勇気を与えてくれる。


安西水丸 『ちいさな城下町』 文藝春秋

著者は今年3月に71歳で亡くなった、村上春樹作品の挿絵や装丁で知られるイラストレーターだ。『村上朝日堂』シリーズなどの共著もあるが、一人の文筆家としても活躍していた。

本書は『オール読物』に連載していた、全国の城下町を訪ね歩く紀行エッセイ。しかし大阪や姫路などは登場しない。新潟県村上市、長野県飯田市、大分県中津市といった、「一番それらしい雰囲気を残している」十万石以下の城下町が著者の好みだったのだ。

その視点も独特で、城址の楽しみは「縄張り(設計)」にあると言う。多くの人が注目する天守閣を、「あんなものは大工工事」だと歯牙にもかけない。また城下町歩きは、歴史を押さえておくことで楽しさが広がることも教えてくれる。

時おり挿入される幼少時代や学生時代の回想も、著者急逝の今、
味わい深い。

 
泉 麻人 『昭和40年代ファン手帳』 中公新書ラクレ

敗戦から20年。前年の東京オリンピックを経て昭和40年代に突入した日本は、右肩上がりの高度成長時代を迎える。著者の小学3年生から高校3年生までと重なる日々。本書は少年の目と現在の著者の目という複眼で語られる同時代史だ。

たとえば昭和42年に公開された、内藤洋子主演の映画『君に幸福を センチメンタル・ボーイ』と『怪獣島の決戦ゴジラの息子』。これを見て、「青春歌謡とゴジラ映画は終わった」と感じた少年の判断は正しい。巻末の対談の相手は慶應義塾高校での同級生、石破茂・自民党幹事長である。




2014年上半期 「オトナの男」にオススメの本(その5)

2014年07月28日 | 書評した本 2010年~14年

この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に
書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。

今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、
オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。

今回は、その「パート5」になります。

閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。


2014年上半期 
「オトナの男」にオススメの本
(その5)

村上春樹 『女のいない男たち』 文藝春秋

『東京奇譚集』から9年ぶりの短編小説集だ。登場するのは女性に去られてしまった、もしくは去られようとしている男たち。著者は楽しみながら様々な手法、文体、シチュエーションを試みている。

『ドライブ・マイ・カー』の主人公は、病死した妻が別の男と関係があったことを知りながら、何も言えなかった自分に拘り続けている。しかし、新たに雇った女性の専属運転手と一緒に走るうち、秘めていた過去を少しずつ語り始める。

また、小学校時代からつきあっているガールフレンドを抱くことのできない友人から、代理の恋人になってくれと頼まれるのは『イエスタデイ』の主人公だ。

全6編の最後に置かれた表題作は、他の作品より寓話性と暗示性に富み、男と女の深層へと踏み込んでいる。女のいない男たちの孤独感が重く痛切だ。


杉田俊介 『宮崎駿論~神々と子どもたちの物語』 NHK出版

著者は『フリーターにとって「自由」とは何か』などで知られる批評家。NPO法人で障害者ヘルパーを務めながら執筆活動を続けている。本書は自身の子育ても踏まえた、いわば体験的作家論である。

「私たちのありふれたこの身体に、どうすれば、八百万の神々(自然)の力を再び宿していくことができるのか」――この問いかけが宮崎アニメの底流にあると著者は言う。

たとえば『風の谷のナウシカ』や『となりのトトロ』も、この国の自然=神々を信じ直すために、子どもとしての潜在的な身体(欲望)を取り返そうという試みなのだ。その上で、「お前ら、この世界の大人たちに食い殺されるな」という、子どもたちへの厳しいメッセージが込められている。

家族観も歴史観も重層的な矛盾に満ちている宮崎駿。その本質に迫る意欲作だ。


川名壮志 『謝るなら、いつでもおいで』 集英社

2004年6月1日、佐世保市の小学校で6年生の女子児童が殺害された。犯人は同じクラスの友達。被害者の父親は新聞記者で、著者の上司だった。事件の背後に何があったのか。愛する者を失った家族は現実とどう向き合ったのか。鎮魂のノンフィクションだ。


南川三治郎 『聖地 伊勢へ』 中日新聞社

20年に一度の式年遷宮によって、1300年にわたり“更新”され続けてきた伊勢神宮。その神事のプロセスと四季の移り変わりを、美しい写真と達意の文章で伝えている。日本人の「心のふるさと」というだけでなく、国境や人種を超えた聖地の姿がここにある。


柳下毅一郎 『皆殺し映画通信』 カンゼン

俎上に乗る日本映画は76本。忖度・容赦の一切ない辛口批評が冴えわたる。『風立ちぬ』は夢と現実、マザコンとロリコン、兵器と反戦が一つになった世界。『永遠の0』はセリフで説明して復習もするバカでもわかる演出。自称「映画当たり屋商売」の面目躍如だ。


山下貴光 『イン・ザ・レイン』 中央公論新社

同窓会詐欺の犯人。騙された被害者。人探し専門の探偵。3人の目線が交錯する、異色のハードボイルド長編である。奇妙な自己啓発セミナーや、桃の缶詰と呼ばれる伝説の探偵も登場して謎が謎を呼ぶ。仕掛けられたトリックを見破るのも、また欺かれるのも快感だ。


中川右介 『悪の出世学~ヒトラー、スターリン、毛沢東』
幻冬舎新書


最強最悪とわれる3人の政治家を取り上げているが、ポイントは2つだ。彼らは組織内でいかに上り詰めていったのか。また独裁者となった後、どのように政敵を排除し絶対的権力を掌握したのかが語られる。ヒトラーの「勝利神話」作り。スターリンの「敵の弱み」を握る手法。毛沢東の「スローガン」活用術などだ。

共通するのは「情報」の価値を熟知しており、有効な武器としたことである。自己宣伝、広報戦略にも長けている。また「敵の敵」を利用するのも横並びだ。歴史の裏話集、警鐘の書、悪漢小説としても楽しめる。


貫井徳郎 『私に似た人』 朝日新聞出版

舞台は近未来の日本だ。そこでは、「小口テロ」と呼ばれる小規模で局地的なテロが頻発している。誰が何の目的で行っているのか。読者は10人が語る「物語」を通じて、この国の患部に触れていくことになる。

まず本書で描かれる、すぐそこにある未来社会の様相が興味深い。「レジスタント」と称するテロの実行犯の多くは貧困層の住人たちだ。完全な格差社会の中で公的にも私的にも満たされない彼らの心を操るのは、ネット上に存在する謎の人物「トベ」である。

テロを引き起こす人間、テロを促す人間、テロを憎む人間、そしてテロの犯人を追う人間。それぞれが日常を生きながら、非日常的な逸脱へと向かっていく。孤独なはずなのに、奇妙なリンクに連なっていく。著者の巧みなストーリーテリングが成立させた、異色のサスペンス長編だ。


野地秩嘉 『イベリコ豚を買いに』 小学館

テーマを決め、資料に当たり、取材を行い、文章化する。ノンフィクション作家である著者はこの作業を長年続けてきた。しかし本書の中身はいつもとは違う。自身が対象に深くコミットし、その動きと影響も作品に取り込んでいるからだ。

人気のイベリコ豚とは何なのかに興味を持ち、本場スペインで取材をしようとするが頓挫。ならば「買う人」になろうと発想転換し、現地へと飛ぶ。そこで出会ったのはイベリコ豚の真の姿と、自国の文化として誇り思っている人たちだ。

また国内では、製品化のために結集してくれた面々との試行錯誤が続く。その過程で、著者は「本当の仕事の本質とは、毎日やる事務連絡と結果の確認、そして参加者の情報レベルを統一すること」だと知る。

食文化とビジネスにまたがった、体験的ノンフィクションの佳作である。 


塩澤幸登 『編集の砦』 河出書房新社

副題は「平凡出版とマガジンハウスの一万二〇〇〇日」。約30年の編集者生活を回顧する自伝的出版史だ。また人生の遍歴は「人間同士の出会いと別れの連続」と著者が言うように、清水達夫から木滑良久や石川次郎までが登場する、“伝説の編集者”列伝でもある。


筒井康隆ほか 『名探偵登場!』 講談社

文芸誌『群像』で特集されただけに異色作が並ぶ。筒井康隆「科学探偵帆村」の主人公は海野十三が生んだ探偵。津村記久子「フェリシティの面接」のヒロインはクリスティ作品に登場する秘書だ。また辻真先「銀座某重大事件」で金田一耕助に会えるのも嬉しい。


ワード:編著 『京都男子 とっておきの町あるき』 平凡社

「京都に暮らす男子が教える京都」というコンセプトが秀逸だ。居心地のいい本屋と珈琲店。時間を忘れる庭。こだわりの一品を入手できる店など。いずれも観光ではなく生活寄りの「京都ならでは」に満ちている。主張しすぎない写真とブックデザインも好ましい。


伊東 潤 『天地雷動』 角川書店

信玄亡き後、必死で武田軍を統帥する勝頼。秀吉や家康を縦横に駆使して突き進む織田信長。両者が激突したのが「長篠の戦い」だ。本書は、その後の勢力地図を塗り替えた稀代の一戦を描く長編歴史小説である。

著者は4人の男たちの視点を借りて物語を展開させていく。信長の命令で大量の鉄砲を調達すべく奔走する秀吉。多くの犠牲を必要とする役割を担わされ続ける家康。重臣たちとの軋轢を抱えたまま戦う勝頼。そして武田勢の最前線にいる宮下帯刀(たてわき)だ。

本書の特色は2点。まず実際の戦場にいるかのような臨場感だ。指揮官の判断力と行動力が明暗を分ける。また彼らに従う者たちの現場力も勝利を引き寄せる。運命という言葉が重い。

次に、野心と不安が交錯する男たちの熱い人間ドラマである。彼らは何を信じ、命をかけて戦ったのか。


橋爪大三郎 『国家緊急権』 NHK出版

「国家緊急権」とは何か。社会学者である著者によれば、「緊急時に政府が必要な行動をとること」を指す。それは政府が憲法違反をしてまでも、国民を守らなければならない緊急事態が生じた場合のアクションだ。

これまであまり議論されてこなかったのは、学問的に難問であり、また論ずること自体への反発が専門家にあるためだという。

国家緊急権は、いわば憲法を超えた権力だが、その法制化は行使にとって不要であり充分でもない。緊急事態になれば、政府は法制に関わらず速やかに適切で必要な行動をとらなければならないからだ。しかもその判断は政府の長(行政責任者)が自己倫理で行う。

憲法や集団的自衛権を論じる際、緊急権の存在を無視することは出来ない。また主権者である国民が知っておくべき事実でもある。たとえ物騒であっても。


鈴木洋仁 『「平成」論』 青弓社

気鋭の社会学者による現代社会論だ。四半世紀を数える平成時代を経済、歴史、文学、報道、批評など様々な角度から考察している。「わからなさ」と「手応えのなさ」を踏まえて、この時代を総括した言葉が「時代感覚の欠如」。個人的体験も織り込まれた快著だ。


中山康樹 『キース・ジャレットを聴け!』 河出書房新社

『マイルスを聴け!』などで知られる著者が挑む百番(枚)勝負だ。冒頭でキースの曲を「ジャズとして響かないジャズ」だと幻惑的に表現。75年の傑作『ケルン・コンサート』について、「この日は旋律の神が舞い降りたのだろう」と結んでいるから、やはり侮れない。


草森紳一 『その先は永代橋』 幻戯書房

「橋を渡る」という行為から連想された膨大な数の人間が登場する。幕末の武士に始まり、頼山陽、志賀直哉、小津安二郎、阿部定、堀田善衛、フランシス・ベーコンなど約300名。あたかも人間曼荼羅であり、著者の脳内宇宙でもある。今年上半期随一の奇書だ。


黒澤和子:編 『黒澤明が選んだ100本の映画』 
文春新書


黒澤明が好きな映画作品とその理由を率直に語っている。尊敬と憧れのジョン・フォード監督『荒野の決闘』。カメラワークの勉強になったという『第三の男』。テンポとラストに感心した『太陽がいっぱい』。さらにウディ・アレン『アニー・ホール』も並ぶ。

邦画では小津安二郎『晩春』、成瀬巳喜男『浮雲』から、『となりのトトロ』や北野武監督作品にまで言及している。愛娘である編者を相手にしての感想、インタビューでの言葉、そして作品解説とで構成されており、巨匠の肉声が聴けることが最大の贈り物だ。


小池真理子 『ソナチネ』 文藝春秋

7編が収録された最新短編集だ。全体を貫くテーマは、エロスと死である。

急死した夫が遺した1本の鍵から、自分もよく知る女との愛人関係を想像する周子。夫と女が見つめ合う姿を目撃したことが疑惑の始まりだ。悩んだ周子は女のマンションへと向かう(「鍵」)。

中年の主婦・美津代は、ふと思い立って指圧院に入る。そこで受けた施術が予想を超えた快感をもたらす。驚きと戸惑い、そして怒り。だが、やがて指圧院通いが止められなくなる(「千年萬年」)。

ピアニストである佐江は教え子のホームコンサートに出席する。会場の別荘で出会ったのは生徒の叔父だ。結婚を間近に控えた佐江だったが、この男に心惹かれる自分を抑えられない(「ソナチネ」)。

いずれの作品にも決して若くはないヒロインが登場する。彼女たちが体現する大人の女性の官能は、今の著者だからこそ描ける境地だ。


なべおさみ 『やくざと芸能と~私の愛した日本人』 
イースト・プレス


いわゆる「タレント本」と決めつけ、避けて通るには惜しい一冊だ。当事者による戦後芸能史として、また独自の視点からのやくざ論として実に興味深い。

喜劇役者である著者は現在75歳。学生時代から三木鶏郎のもとで放送作家の修業を行い、歌手の水原弘や勝新太郎の付き人を務める。やがてコメディアンとして活躍するようになるが、その間に出会った人たちとの交流が人格を形成していく。

名前が挙がるのは白洲次郎、石津謙介、渡辺晋、石原裕次郎、美空ひばり等々だけではない。裏社会のスターだった安藤昇や花形敬をはじめ、実在の親分たちも実名で登場する。

根底にあるのは、芸能の世界とやくざ社会とのつながりを歴史的に捉える著者の視点であり世界観だ。ここまで正面切って、やくざについて論じた芸能人はいなし、今後も出そうにない。


村上陽一郎 『エリートたちの読書会』 毎日新聞社

世界のエグゼクティブが参加する読書会。そこで使われるテキストに日本の叡智が選んだ古典を加えたのが「百冊のグレートブックス」だ。カテゴリーは世界と日本、自然・生命、美と信など6つ。著者と共に何冊かを読み解きながら、「教養」とは何かを考える。


白鳥あかね 『スクリプターはストリッパーではありません』 
国書刊行会


著者は今村昌平、熊井啓、藤田敏八、神代辰巳など名だたる日活系監督の作品を手がけてきたスクリプター(記録係)だ。また脚本家、プロデューサーとしても活躍してきた。現場を最もよく知る証言者を得て、戦後日本映画史に新たなスポットが当てられる。


佐高 信 『ブラック国家ニッポンを撃つ』 七つ森書館

悪徳企業どころか、国全体がブラック化していると著者は憤る。TPP、特定秘密保護法、集団的自衛権などを梃子に安倍政権が現出させようとしている日本はあまりにも危うい。本書は田原総一朗、佐藤優、魚住昭、斎藤貴男など27人の論客との緊急対論集だ。




2014年上半期 「オトナの男」にオススメの本(その4)

2014年07月24日 | 書評した本 2010年~14年

この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に
書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。

今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、
オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。

今回は、その「パート4」。

閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。


2014年上半期 
「オトナの男」にオススメの本
(その4)

小路幸也 『スタンダップダブル!甲子園ステージ』 
角川春樹事務所


痛快かつハートフルな高校野球小説の秀作『スタンダップダブル!』の続編だ。前作で地区大会を勝ち抜いた北海道・旭川の神別高校野球部が、ついに夏の甲子園に登場する。

このチームには秘密があった。センターを守る青山健一の見事な守備だ。ピッチャーで双子の康一が投げるのと同時に、ボールの落下点に向かって走り出している。なぜそんなことが出来るのか。また、選手たちには甲子園で絶対に優勝しなくてはならない事情がある。それもまた極秘だ。

かつての甲子園球児で監督の田村。チームを彼に託した山路。秘密を知る女性新聞記者の絵里。白熱する甲子園での戦いの裏で、3人は野球部の内幕を暴こうとするフリーライターの塩崎と対峙していく。

臨場感に満ちた試合と細やかな人間ドラマ。前作を上回る出色の物語展開だ。


門田隆将 
『記者たちは海に向かった~津波と放射能と福島民友新聞』 
角川書店


東日本大震災から3年。しかし、家族や親しい人を失った悲しみは消えるわけではない。また生き残ったことに罪悪感を覚える人も多い。本書はある地元新聞記者の死と、新聞人たちの苦闘を描いた力作ノンフィクションである。

彼の名は熊田由貴夫。24歳の福島民友新聞記者だった。地震発生直後、海岸部の取材に出て津波に襲われてしまう。しかし、その直前に地元の人の命を救っていたことが判明する。 

当事者たちの実名証言で明らかになるのは、自身も地震・津波・放射能汚染の被害に遭いながら報道を続けた記者たちの執念であり、他者を助けられなかったことを悔やむ心情である。

社屋もまた大きなダメージを受けた。発行中断は回避できたが、その過程で地元紙の存在意義が問われていく。3年後だからこそ書けた貴重なドキュメントだ。


加島祥造 『アー・ユー・フリー?』 小学館

現在91歳になる著者が、信州・伊那谷に移り住んでからの25年間に行った講演のセレクト集だ。「よりよく生きるということは、自分に正直に生きることだ」といった言葉を含む100話が並ぶ。全てに共通しているのは「自由」への思い。老子をひも解きたくなる。


上野千鶴子 『映画から見える世界』 第三書館

ジェンダー研究の第一人者による初の映画評論集。対象は単館系の佳作が多い。「この女の生き方を見よ」「戦争の現実」など8つのカテゴリーが観客を誘う。『ディア・ドクター』を評価しながら、「人生にオチはない」とラストを批判することも忘れていない。


沢野ひとし 『北京食堂の夕暮れ』 本の雑誌社

「本の雑誌」の連載エッセイ3年分が1冊になった。著者が通いつめる北京。語られるお粥や麻婆豆腐も美味そうだが、頻繁に登場する中国人の知り合い、宋丹さんが魅力的だ。彼に導かれて歩く紫禁城や路地裏の風景が目に浮かぶ。独特の画風のスケッチも満載だ。


辻原 登 『寂しい丘で狩りをする』 講談社

追う者と追われる者。追う者をさらに追う者。芥川賞作家による、異色のクライム・サスペンスである。

2人の女性が登場する、ダブルヒロインとも言える物語だ。その1人、野添敦子は映画のフィルムエディター。見知らぬ男によってレイプされた過去をもつ。その犯人・押本が刑期を終えて戻ってくる。しかも、彼の頭の中にあるのは敦子への復讐だけだった。

もう1人は女性探偵の桑村みどりだ。敦子の依頼で押本を尾行する日々が続く。しかし、みどりもまた不安を抱えていた。かつての交際相手である久我の執着と暴力だ。逃げるように転居するが、久我は諦めない。

敦子とみどり。身の危険を感じるまでに追い詰められた2人は逆襲を企てる。じりじりと息詰まるような追跡劇の果てに、「人生を取り戻す」ための総力戦が開始される。


永江 朗 『おじさんの哲学』 原書房

タイトルは「おじさん」だが、本文では「叔父さん(父や母の弟)」である。「父」ほど権威主義的かつ抑圧的ではなく、「兄」より経験が豊富な分だけ大人のアドバイスが得られる。

本書に登場するのは常識にとらわれない叔父さん・内田樹。目利きとして信頼できる叔父さん・高橋源一郎。啓蒙の人である叔父さん・橋本治など20名余り。元気な団塊の世代から、いまは亡き植草甚一、山口瞳、伊丹十三、天野祐吉までがずらりと並ぶ。

時に反発しながらも彼らのどこに魅かれ、何を学び、いかにして自分の中に取り込んできたのか。平易な語り口で先達たちの思想と生き方のポイントを提示していくが、一貫しているのはその「ツラの皮の厚さ」や「図太さ」を肯定していることだ。重箱の隅をつつくネット時代だからこそ、叔父さんたちはより輝く。


柏木 博 『日記で読む文豪の部屋』 白水社

著者によれば「部屋はそこに住まう人の痕跡」である。本書では7人の文人の日記から「部屋」の意味を読解する。趣味の精神的空間として愛した漱石。過去を夢見る場所だった百。また啄木は安住の部屋を求めて彷徨した。住まいという視点からの作家論でもある。


妙木 忍 『秘宝館という文化装置』 青弓社

「おとなの遊艶地」とは言い得て妙である。かつて全国の温泉地で見かけた秘宝館は、一体何だったのか。著者は北海道大学の研究者。フィールドワークとして各地を訪ね、関係者から聞き取りを行い、「身体の観光化」の実相に迫っている。もちろん堂々の研究書だ。


大橋巨泉 『それでも僕は前を向く』 集英社新書

本書は成功者の自慢話でも、美化された回想記でもない。昨年末、2度目のガン発見に遭遇しながら、「今を生きている」先輩からのメッセージだ。運には総量があり、どこで使うかの見極めが大事。何かやりたい時は自分の金で。「やりたいこと」のうちの「できること」を一生懸命やる。

こうした「人生のスタンダード」の多くを、著者は父から学んだ。いわば血肉としての哲学が、仕事や私生活でどう生かされてきたのか。無名時代から現在までの具体的エピソードで語っている。読めば元気が出る、明るい“遺言書”だ。


伊集院 静 『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』 
集英社


主人公の名はユウジだ。妻の死後、心に鬱屈を抱え、各地のギャンブル場を転戦する姿が作者と重なる。他者とは狎れないユウジだが、気を許せる男が3人いた。

エイジはスポーツ新聞の競輪担当記者。人を信頼すると何もかも気を許してしまう男だ。舎弟のように「ユウさん」と呼びかける人懐っこさの一方で、重たい過去を引きずっている。

三村は芸能プロダクションの社長だ。ユウジの亡くなった妻は女優(著者の先妻は夏目雅子)であり、生前に交流があった。芸能界という荒海を必死で泳ぎ切ろうとしている。

そして3人目が編集者の小暮だった。「小説は書かない」と言うユウジに、必ず書かせると食い下がる。その強引さと文学への確信は尋常ではない。いずれも愛すべき愚者たちであり、彼らとの友情と惜別を描いた自伝的長編小説だ。


文藝春秋:編 『直木賞受賞エッセイ集成』 文藝春秋

今年、150回を迎えた直木賞。受賞者は姫野カオルコ、朝井まかての両氏だった。第1回は昭和10年の川口松太郎であり、これまで膨大な数のエンタテイメント作家を輩出してきた。

本書には、過去13年間の受賞者36人による受賞直後のロングエッセイとインタビューが収録されている。一気に渦中の人となるタイミングで書かれた文章には、どこか作家たちの素顔が見え隠れしていて興味深い。「私は父を通して、この世界は物語で出来ていること、その中で、語るに足る物語はほんのひと握りであることを知った。そして脅えた」と書くのは井上荒野だ。

また重松清は「早稲田文学」との出会いを綴り、東野圭吾は刺激的なゲームとしての直木賞を語る。小学校5年生で書いた初めての小説を回想するのは道尾秀介だ。ありそうでなかった一冊である。


萱野稔人:編 『現在知Vol.2 日本とは何か』 NHK出版

日本社会は本当に「集団主義的」で「中央集権的」なのか。本書はその疑問を出発点に、政治から地理まで多角的なアプローチでこの国の実相に迫っている。専門家たちの論考はもちろん、社会学者・橋爪大三郎などを交えた座談会の話し言葉による議論も有効だ。


新津きよみ 『最後の晩餐』 角川ホラー文庫

表題作の主人公・敏子は、中学時代の恩師が開いた個展を訪れる。そのまま会食に招かれるが、参加者は恩師の同級生ばかりだ。彼らの会話を聞く敏子の中で、違和感と疑問が広がっていく。女と男と食が交差する心理ホラーが7編。文庫オリジナルの短編集だ。


高槻真樹 『戦前日本 SF映画創世記』 河出書房新社

「ゴジラ」は突然生まれたわけではない。戦前の忍術・怪談映画が特撮技術を発達させたからだ。また当時の前衛作品はSFに近く、その第一号が衣笠貞之助監督「狂った一頁」である。隠れた文献や映像を発掘し、日本映画史に新たな視点を導入した労作評論だ。


洋泉社MOOK 『カメラがとらえた昭和巨人伝』 洋泉社

昭和という時代を彩った人物たちが、映画監督・俳優、作家から財界人、軍人まで8つのカテゴリーで勢揃い。中でも力道山や植村直己が並ぶ偉人の章がユニークだ。写真は全てムック版の大きさを活かしたモノクロ。簡にして要を得た各人の評伝も大いに読ませる。


2014年上半期 「オトナの男」にオススメの本 (その3)

2014年07月19日 | 書評した本 2010年~14年

この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に
書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。

今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、
オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。

今回は、その「パート3」。

閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。

2014年上半期 
「オトナの男」にオススメの本
(その3)

川瀬七緒 『桃ノ木坂互助会』 徳間書店

光太郎が会長を務める桃ノ木坂互助会は、単なる老人たちの集まりではない。愛すべき町と平穏な暮らしを妨げる悪を排除する秘密のチームだ。外から移り住んできて周囲に迷惑をかけ続ける人間を、非暴力的な手段で町から出て行くように仕向けてきた。

新たな標的は武藤という若者だ。アパートの大家とのトラブルだけでなく、愛想の良さでは隠せない不穏な雰囲気を漂わせていた。武藤を監視し、遠回しの警告を発する光太郎たちだったが、町内の老婆が危害を加えられたことで作戦の実行は一気に加速する。

しかも武藤を狙っているのは互助会だけではなかった。何者かが先行する形で武藤にプレッシャーをかけていたのだ。互助会と武藤と謎の追い込み屋。奇妙な三つ巴の戦いが展開される本書は、熟年パワーが炸裂する異色ミステリーだ。


大場健治 『銀幕の恋 田中絹代と小津安二郎』 晶文社

小津安二郎にまつわる女優といえば、原節子の名前が挙がることが多い。また田中絹代と溝口健二の関係にも只ならぬものがある。

そんな常識を覆す本書は、田中絹代と小津との“秘めたる恋”を描いたノンフィクションノベルである。とはいえ、ベースとなるのは小津作品や日記をはじめとする多くの資料だ。その実証的考察の上に2人の恋愛感情を探り当てている。

たとえば小津が最初に絹代を意識する場面。飯田蝶子に呼ばれた小津が出向くと、そこに絹代がいた。すでに松竹の幹部だ。小津の親友でもある清水宏監督との試験結婚と破綻も経ていた。不逞の目をした21歳が言う。「先生、わたしの体は汚いんでしょうね」

己を持するに誠実で厳格、少しの妥協も潔しとしない、モラリストの小津。生きることにひたすら貪欲な絹代。その恋愛は悲劇か、喜劇か。


城内康伸 『昭和二十五年 最後の戦死者』 小学館

朝鮮戦争の休戦協定が結ばれて60年。“参戦”していなかった日本に “戦死者”がいた事実が明かされる。機雷除去のために海上保安庁の秘密部隊が派遣され、死者が出たこの活動はタブーとして封印されてきた。第20回小学館ノンフィクション賞優秀賞受賞作である。


樫原辰郎 『海洋堂創世記』 白水社

フィギュア(模型)の造形企画製作・販売の海洋堂。いまや世界的ブランドとなったマニア憧れの会社だ。映画監督である著者は80年代のある時期をここで過ごした。伝説の原型師たちとの模型三昧の日々。マニアックにして愉快な創世記の秘話が初めて明かされる。


小沢昭一 『写真集 昭和の肖像<芸>』 筑摩書房

昨年12月に亡くなった著者が生前に企画していたのが本書だ。みせる芸、かたる芸、さすらう芸など、いずれも「見世物は芸能のふるさとである」の言葉を体現したものばかり。路上の飴細工からステージを終えた一条さゆりまで、至芸の人々の往時の姿が甦る。


瀬戸川宗太 
「思い出のアメリカテレビ映画~『スーパーマン』から『スパイ大作戦』まで」 平凡社新書


『懐かしのテレビ黄金時代』に続く、テレビ全盛期シリーズの最新刊。1956年から69年までに放送された米国製テレビ映画のオンパレードだ。上陸一番乗りの『カウボーイGメン』。豊かな生活への憧れ『パパは何でも知っている』。西部劇好きの子供を増やした『ララミー牧場』等々。

本書の特色は、当時の海外テレビ映画と劇場用映画、そして出演していたスターたちを同時並行で分析している点にある。中でもテレビで名を揚げ、後に映画界で活躍した監督の何と多いことか。日米双方の現代文化史を解読するヒントだ。


遠藤武文 『龍の行方』 祥伝社

『天命の扉』『原罪』などで活躍してきた長野県警捜査一課・城取圭輔警部補シリーズの短編集だ。もちろん、社会心理学者で信州大学教授の四月朔日(わたぬき)香織も活躍する。

収められた5編に共通するのは、事件の背景に配された信州の伝説や伝承だ。農園経営者の長男が誘拐される表題作では、松谷みよ子の童話『龍の子太郎』の原型となった民話「泉小太郎」が登場する。離婚して家を去った母親の「リュウにならなきゃいけない」という言葉が捜査のヒントとなるのだ。

また、『被疑者は八面大王』は町の名士が殺害される事件だが、坂上田村麻呂に討伐された伝説の英雄との重ね合わせが物語に陰影を与えている。同時に、信州に限らず全国各地の町で散見できる地域問題も事件を複雑にしている要素だ。異色コンビの推理が冴える。


芦原 伸 『へるん先生の汽車旅行~小泉八雲、旅に暮らす』 
集英社インターナショナル


著者は雑誌『旅と鉄道』編集長。「へるん先生」こと、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の足跡をたどったユニークな作家評伝にして紀行エッセイである。

ハーンは幕末の嘉永3(1850)年にギリシャで生まれ、明治37(1904)年に東京で没した。享年54。その間、町から町への放浪の旅人だった。ニューヨーク、シンシナティ、トロント、バンクーバー、そして日本国内の旅。

著者は鉄道を乗り継ぎ、ゆかりの町に滞在しながらハーンと向き合う。無一物の青年の野心、人間不信の傾向、偶然だった松江行き、妻・セツとの出会いなどに、それぞれ新たな視点からスポットを当てていく。

特に注目すべきは、ハーンがいわゆる「お雇い外人」ではなく、自ら押しかけて来た自由人だったことだ。19世紀という「鉄道の時代」もまた活写されている。


筒井康隆 『創作の極意と掟』 講談社

本書は「作家としての遺言である」という強烈な序言と共に始まる。並んでいるのは全31項目。たとえば「凄味」に関して、作品に死や恐怖を登場させてもそれは生まれない。人間の深層の襞の中にある不条理感などを刺激すべしと説く。小説好きは必読の一冊だ。


内田樹・小田嶋隆・平川克美 『街場の五輪論』 朝日新聞出版

2020年の東京オリンピック。国際社会における日本のステータスを押し上げ、経済的波及効果も期待大だ。一体何がいけないのか?と思っている人ほど一読すべき鼎談集である。世の同調圧力にも屈しない異端の3人が語り尽すのは、五輪の背後の今そこにある危機だ。


村上裕一 『ネトウヨ化する日本』 KADOKAWA

ネトウヨとは「ネット右翼」のこと。ネット上の“共感”を基に敵と友を峻別し、敵と認識すれば徹底攻撃する。そんな現象が日常茶飯事だが、彼らの多くは社会的には普通の人たちなのだ。ネットと政治が結びつくことの危うさとは何なのか。気鋭の論客が解明する。


中原清一郎 『カノン』 河出書房新社

著者の名前を知らない人は多いかもしれない。しかし、外岡秀俊のペンネームだと言われたら食指が動くはずだ。学生時代に『北帰行』で文藝賞を受けながら、新聞記者の道を選んだ伝説の作家。編集局長を最後に退職した著者が、37年を経て世に問う長編小説である。

舞台は近未来の東京だ。末期がんで余命1年となった58歳の男性・北斗と、記憶を失っていく病に冒された32歳の女性・歌音(かのん)。2人は人間の記憶をつかさどる脳の部位「海馬」を交換する手術を受ける。

物語は若い女性の体に入った北斗の“こころ”を軸に展開されていく。夫や4歳の息子との関係。他者の意識との相克。社会における男女差の問題。北斗にとって全てが初体験だ。自分とは何か、生きるとは何かという問いかけが続く。

小説ならではの興奮と静かな感動が味わえる秀作だ。


中村一成 『ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件~〈ヘイトクライム〉に抗して』 岩波書店

その事件は2009年12月4日に起きた。京都朝鮮第一初等学校に、在特会(在日特権を許さない市民の会)のメンバーらが押しかけたのだ。「北朝鮮のスパイ養成機関、朝鮮学校を日本から叩き出せ!」などの怒号は1時間も続いた。怯える子どもたち。守ろうとする教員。警察は駆けつけたが、傍観するのみだった。

ヘイトスピーチやヘイトデモの原点といわれる事件の内実を明らかにしたのが本書だ。真摯な取材で浮かび上がってくるのは、襲撃者たちが差別を「エンターテインメント」として消費する驚くべき現実だ。また襲撃する側とされる側、双方の「相撃ち」を狙う警察と、ひたすら「逃げ」に終始する行政に対しても疑問を投げかけている。

ヘイトスピーチの法規制と表現の自由の「二者択一」が、いかにナンセンスであるかも伝わってくる。


佐藤卓巳 『災後のメディア空間』 中央公論新社

著者はメディア史を専門とする京大准教授。本書は「東京新聞」などに連載した論壇時評を中心にまとめたものだ。「デモによってもたらされる社会」が幸福かを問い、輿論(公的意見)ならぬ世論(全体の気分)を反映するだけのジャーナリズムを鋭く批判する。


塩澤実信 『昭和のヒット歌謡物語』 展望社

作曲家の服部良一、吉田正、遠藤実。作詞家の菊田一夫、なかにし礼、阿久悠。昭和という時代を象徴する歌謡曲の作り手たちが並ぶ。彼らはいかに生き、名曲の数々はいかに生まれたのか。著者が掘り起こしたエピソードから見えてくるのは、日本人の心情の原点だ。

秋山 駿 『「死」を前に書く、ということ 「生」の日ばかり』
講談社


日付入りのエッセイで構成された本書は、昨年秋に亡くなった著者の遺作だ。たとえば、「人が生きる。そこから『物語』が始まる」といった文章をはじめ、徹底的に自分を見つめた末の「私哲学」と呼ぶべき境地が綴られている。その思索の螺旋状の深まりに驚く。


小林史憲 『テレビに映る中国の97%は嘘である』 
講談社+α新書


その独自路線が功を奏し、評価が高まっているテレビ東京。著者は現在「ガイヤの夜明け」のプロデューサーだが、2008年から昨年まで北京特派員を務めていた。本書は実体験に基づいたリアルな国情報告だ。たとえば反日デモが各地で一斉に起きる背景には政府のコントロールがある。

また海外のメディアが取材しようとすると警察の執拗な干渉を受ける。「安全のために」と言って拘束するのも当たり前。その監視は地方にまで及んでいる。画面に映らないものは伝わらない。映ったものも事実の一部に過ぎないのだ。
   



2014年上半期 「オトナの男」にオススメの本(その2)

2014年07月11日 | 書評した本 2010年~14年

この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。

今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。

その「パート2」。

閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。


2014年上半期 
「オトナの男」にオススメの本
(その2)

八木圭一 『一千兆円の身代金』 宝島社

第12回「このミステリーがすごい!」大賞の大賞受賞作。描かれるのは誘拐事件だが、要求額は前代未聞の1085兆円である。

被害者は元閣僚の孫で、叔父も現職議員という小学生・篠田雄真だ。事件発生と同時にマスコミ各社に犯人「革命係」からの声明文が届く。そこには政府の財政政策への鋭い批判と、国の財政赤字と同額を身代金とすることが記されていた。

捜査に当たるのはベテラン刑事・片岡と若手の今村だ。このコンビも財政危機に対する謝罪や再建案を求めるという犯人側の異例の要求に戸惑いを隠せない。しかし、人質の命のリミットは刻々と迫ってくる。

物語は刑事たち、記者、学生、保育士、そして革命家Nを名乗る男など複数の関係者の視点で語られる。そのジグソーパズルのような構成は見事で、読む者を最後まで牽引していく。


外山滋比古 『人生複線の思想~ひとつでは多すぎる』 
みすず書房


副題はアメリカの女流作家の言葉で、「ひとつではダメ」という意味。本書は複眼の思考と復路のある人生のためのヒント集だ。

若い頃から知識信仰の人だった著者はふと考えた。知識は過去の集積であり、そこから新しいものを生み出せるのかと。以後、自力で前へ進むための思考や想像力を大事にしてきた。

そして今、人間は前を見たり後ろをふりかえったりしながら生きるものだと分かったと言う。知識を大切にし、自己責任の思考も大事にすること。これを「知的開眼」とまで呼んでいる。90歳を超える碩学の柔軟さに驚くばかりだ。

本書は「新潮45」など雑誌での連載をまとめたもの。学生の就職難を貴重な失敗体験として捉える新経験主義で語り、「我が道を往く」という猪突猛進型の人生に対しては、志の在りどころとその行き先を問いかける。


小林信彦・萩本欽一 
『小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑(ショウ)タイム』 
集英社


テレビ黄金時代を内部から見ていた作家と、元祖・視聴率100%男のコメディアン。40年の交流がある2人だが、意外や本格的対談は初となる。クレイジー・キャッツ、渥美清から森繁久彌まで。語られるのは生きた喜劇史であり、本書全体が一級の資料でもある。


永 六輔 
『むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く』 
毎日新聞社


書名は作家・井上ひさしの座右の銘だ。著者もまたこの言葉を大切にしてきた。毎日新聞に連載したコラム集だが、本拠地であるラジオの活字版ともいえる。カタカナ語と日本語、テレビとラジオ、そして自身のパーキンソン病のこと。遊び心とユーモアも健在だ。


野上照代 『もう一度 天気待ち~監督・黒澤明とともに』 草思社

著者は黒澤明監督作品には不可欠だったスクリプター。身近で見てきた監督と俳優、制作現場の秘話までを開陳している。13年前に出た回想記に新たな書き下ろしを加えた復刊だ。三船敏郎や仲代達矢はいかに黒澤と切り結んだか。監督の執念の凄さもリアルに描かれる。


月村了衛 『機龍警察 未亡旅団』 早川書房

本書で第4弾となるシリーズをひとことで言えば“至近未来警察小説”だ。この時代、大量破壊兵器は衰退し、機甲兵装と呼ばれる近接戦用兵器が普及していた。

強力な「龍機兵」を駆使する警視庁特捜部にとって、未曾有ともいえる敵がやって来る。その名は「黒い未亡人」。チェチェン紛争で夫や家族を失った女だけの武装組織だ。日本に潜入した彼女たちが仕掛けるのは決死の自爆テロである。

最初の事件は相模原で起きた。工業製品密売の外国人グループを逮捕する際、容疑者たちが仲間を逃がすために次々と自爆したのだ。しかも死んだのは未成年の少女ばかりである。

現場にいた特捜部の由起谷警部補は一人の少女の顔を思い浮かべた。また同じ特捜部の城木理事官は国会議員である実の兄に対し、ある疑念をもつ。それは悪夢のような戦いの始まりだった。


猪野健治 『やくざ・右翼取材事始め』 平凡社

何というスリリングな人生だろう。著者は、やくざや右翼といった、いわゆる“危ない”人たちと向き合い続けてきた数少ないジャーナリストだ。なぜこの道を選び、いかに歩んできたのかが明かされるだけでなく、彼らに関する格好の入門・解説書となっている。

1933年生まれの著者が、やくざや右翼を足掛かりとして、社会の見えざる深層に迫り始めたのは60年代のことだ。

本書には三浦義一、笹川良一、田岡一雄など、その世界のビッグネームが並んでいる。生い立ち、人柄から力の源泉のあり処まで、“パラレルな戦後史”とも言うべき男たちの軌跡が語られる。

著者の原点にあるのは、あらゆる差別に対する憤りだ。また貧困を抱えた在日韓国・朝鮮人や被差別部落出身者と裏社会の関係も探った本書は、猪野ノンフィクションの集大成である。


重金敦之 『食彩の文学事典』 講談社

文士たちの描いた食べ物が一堂に会する、画期的な文学辞典だ。たとえば大根。池波正太郎「剣客商売」には猪の脂身と大根だけの鍋が登場する。水上勉は「皮をむくな」と寺での小僧時代に教えられたと書く。250冊から抽出された和食のエッセンスが味わえる。


丸山圭子 『どうぞこのまま』 小径社

書名から28年前のヒット曲を思い浮かべる人も多いはずだ。本書は元祖女性シンガーソングライターである著者の回想記。16歳で経験した最愛の父との別れ。音楽の世界での葛藤。許されぬ恋に悩んだ日々。そして、あの名曲の誕生。行間から70年代の風が吹いてくる。


久住昌之:著 和泉晴紀:画 『ふらっと朝湯酒』 KANZEN

著者はドラマ『孤独のグルメ』の原作者。罰当たりな“朝の贅沢”エッセイだ。都内のスーパー銭湯で男の夢である朝湯・朝酒を堪能する。ただしそこでの楽しみは風呂や酒だけではない。同席の客たちの生態がすこぶる可笑しい。読後、手ぶらで足を運んでみたくなる。


姜尚中 『心の力』 集英社新書

人はよく「過去をふり返らず、未来に向けて前向きに生きろ」と言う。だが、未来そのものが不安定な時代だ。著者は人生に意味を与える物語に注目し、心に力をつけようとする。選ばれたのは夏目漱石の『こころ』と、トーマス・マンの『魔の山』である。

グローバリゼーションによって価値観が画一化され、生き方に「代替案」がないのが現代だ。生きづらい時代と心の関係を描いた漱石とマンを読むことの意味がそこにある。キーワードは「心の実質」。両作品の“その後”を描いた実験的小説も大いに刺激的だ。


緒川 怜 『迷宮捜査』 光文社

世田谷区で発生した母子殺害事件から物語は始まる。注目すべきは、現場にあった遺留品が一年前に目黒区で起きた一家惨殺事件に関係していたことだ。捜査員たちは同一犯を思ったが、なぜか上層部は両者を切り離すことを決定する。

捜査に当たるのは一課の名波と上司の鷹栖警部だ。被害者である沢村優子は通信社の外信部デスク。24歳の息子・直純は引きこもりだった。二人の周辺を探る名波たちだが、背後では公安部も動いており、捜査は混迷の度を深めていく。

しかも思わぬ証言者が現れる。同じ現職刑事が、自分が何者かに操られて犯行に及んだと言い出しのだ。

殺された優子と直純には隠された過去がある。いや、それだけではない。鷹栖や名波自身も他人に知られたくない事情を抱えていた。緊迫のラストまで一瞬も気を緩めることはできない。


適菜 収 『箸の持ち方~人間の価値はどこで決まるのか?』 
フォレスト出版


「箸使いに人間性のすべてが表れる」と著者は言う。内面は姿勢、表情、立ち居振る舞いなど外面の集積。それを端的に示すのが箸使いであり、人物を見極める際の指標となる。なぜなら、あらゆるものは型でできており、型が身についている人を教養人と呼ぶからだ。


坂崎重盛 『ぼくのおかしなおかしなステッキ生活』 求龍堂

編集者であり随筆家である著者が開陳する愛杖生活。もちろん遊び心のステッキだ。暇つぶしの収集家としてスタートし、漱石や花袋などの作品に描かれたそれを味わい、やがて自身も使用して愉しむようになる。仕込み物、頂戴物、掘り出し物と、この世界も奥深い。


2014年上半期 「オトナの男」にオススメの本(その1)

2014年07月06日 | 書評した本 2010年~14年

2014年も前半戦が終了しました。何とも早い。年齢と共に加速化しているような気がします。

この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。

今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。

閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。


2014年上半期 
「オトナの男」にオススメの本
(その1)

楡 周平 『象の墓場』
光文社


象は自らの死期を悟った時、密かに群れから離れ、墓場に向かうという。本書は巨大企業を象にたとえた長編小説だ。モデルとなっているのはコダック。その崩壊の過程は、他山の石とするにしても悲劇的だ。

最上栄介が勤務するのはソアラ・ジャパン。親会社である米国のソアラ社は世界最大のフィルム会社だ。1992年、最上は新たなデジタル製品の販売戦略を担当することになる。だが、テレビにつないで静止画を見るだけの商品には魅力も訴求力も不足していた。

大企業であるために経営陣には現場の声が届かず、旧来のビジネスモデルに固執した決定を下す。また、なまじ歴史があるために時代の流れを読み誤り、たとえ気がついても方向転換は容易ではない。怒涛のようなデジタルの波は、いかにして人と企業を飲み込んでいったのか。


清水 潔 『殺人犯はそこにいる~隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』
新潮社


『桶川ストーカー殺人事件-遺言』の著者による新作ノンフィクション。テーマは未解決のまま放置されている連続誘拐殺人事件だ。

この17年の間に、北関東のあるエリアで5人の幼女が被害に遭っていた。パチンコ店での誘拐、河川敷で遺体が発見されるなど共通点も多い。警察は「足利事件」の菅家利和さんを犯人だとして、全ては終わったことになっていた。

しかし菅家さんは無罪を主張し、著者の取材はそれを裏付けることになる。やがて冤罪は晴れるが、そこにはDNA型鑑定という落とし穴があった。さらに、目撃証言を再検証した著者は一人の不審な男にたどり着く。限りなく犯人に近い人物だが、またもや司法の壁が立ちはだかる。

自己防衛のために警察がどれだけの嘘をつくのか。また警察に情報操作されるマスコミの実態も衝撃的だ。


天野祐吉 『天野祐吉のCM天気図 傑作選』
朝日新聞出版


昨年亡くなった著者が29年続けた人気コラムが一冊に。80年代のバブル期には浮かれる社会を冷静に見つめ、90年代には原発の意見広告を痛烈に皮肉った。また不況を嘆くより、経済大国という価値観の見直しを提唱。単なるCM時評ではなく、鋭い社会批評である。


梶村啓二 
『「東京物語」と小津安二郎~なぜ世界はベスト1に選んだのか』
平凡社新書


小津映画に対する高い評価は、すでに一種の常識となっている。特に「東京物語」に関しては、シナリオ、演出、撮影技法から俳優の演技までが語り尽されていると言っていい。小説家である著者が選んだのは、あたかもこの作品に初めて接した外国人のように、裸眼で見つめ直すという試みだ。

たとえば原節子演じる紀子という未亡人の役割の複雑さと重み。反演技のコンセプトに基づく完全な設計と計画性に貫かれた笠智衆の演技。キーワードは普遍性だ。「尊厳を守ろうとして自己欺瞞に苦しむ人々の物語」が浮上してくる。


宮部みゆき 『ペテロの葬列』
集英社


『誰か』『名もなき毒』の杉村三郎が帰ってきた。今多コンツェルン会長の娘婿にして、グループ広報室に勤務する三郎。社内での立場は微妙だが、あくまでも普通の男である。ところが、なぜか奇妙な事件に巻き込まれてしまうのだ。

仕事で出かけた郊外の町。帰途、三郎はバスジャックに遭遇する。拳銃を持った犯人は小柄な老人だ。終始落ち着いており、常客を傷つけたりもしない。要求は3人の人物を現場に連れてくること。しかし、それも果たされないまま警官隊が突入し、老人は死亡する。それはわずか3時間の出来事だった。

事件は終わったかに見えた。だが人質となったメンバーの元に、老人から「慰謝料」が届いたことで事態は再び動き出す。いや、むしろ本当の事件はここから始まるのだ。刑事でも探偵でもない三郎の活躍も。


蜷川幸雄 『私の履歴書 演劇の力』
日本経済新聞出版社
 

演出家・蜷川幸雄の全体像が凝縮された本書は、主に3つのブロックで構成されている。まず日経新聞に連載した「私の履歴書」。次に語り下ろしの「演劇の力」。そして1997年から2013年までの演出公演パンフレットに掲載された自作解説である。

俳優から演出家へ。清水邦夫の『真情あふるる軽薄さ』は1969年、34歳の時だ。そこから悪戦苦闘が続くが、「売れない俳優が現場で感じたあれこれが、演出家の勉強」だった。

初めての商業演劇は松本幸四郎主演『ロミオとジュリエット』。稽古の際、ある俳優が大声を出す場面を小声で済まそうとした。理由は「声がつぶれるから」。蜷川は怒る。「明日つぶれるなら今日つぶれろ」。

それから40年。78歳の全身演出家は枯れることを拒否し、今も「パンクじじい」を目指して疾走中である。


伊東 潤 『峠越え』
講談社 


「この厄介な時代を生き残るには、己を知ることが何よりも大切だ」――本書の主人公・徳川家康はそうつぶやく。自らの凡庸さを悟り、それを武器に天下を手中にした男の冒険譚だ。

物語は甲斐の武田家が滅んだ天正十年(1582)から始まる。信長と一献傾けていた家康は、自身の転機となった桶狭間の戦いを回想する。この時、今川義元傘下から敵将だった信長の懐へと飛び込んだ。以来、細心の注意でこの天才的暴君に仕えてきた。信長の厳しい要求に応えての転戦に次ぐ転戦。また周囲の武将たちとも軋轢を生まぬよう心を配ってきた。

そんな家康に最大の危機が迫る。信長が密かに家康の暗殺を企てたのだ。だが当の信長にも、後に「本能寺の変」と呼ばれる災厄が降りかかろうとしていた。家康は起死回生の「峠越え」を決意する。


松田美智子 『サムライ~評伝 三船敏郎』
文藝春秋


生涯出演本数150本を誇る俳優・三船敏郎。中でも黒澤明監督とのコンビで生み出された名作の数々は今も色あせることはない。「世界のミフネ」と呼ばれた男の77年の軌跡を追った、初の本格的評伝である。

本書には三船を身近に知る人たちの貴重な証言が多数収められている。殺陣師の宇仁寛三もその一人だ。『用心棒』での十人斬りは太刀捌きの速さをカメラが追えなかった。宇仁は黒澤に相談してカットを割ってもらったと言う。

役作りは完璧で、撮影現場にも一番乗りする。スタッフへの気配りも忘れない愛すべきスターは、ついに世界進出も果たす。順風満帆だった三船に苦難が押し寄せるのは、自らの会社を興し映画製作に乗り出してからだ。また女性問題や離婚騒動も栄光の歩みに影を落とした。本書はそんな三船の全体像に迫っていく。


猪谷千香 『つながる図書館~コミュニティの核をめざす試み』
ちくま新書


かつて「無料貸本屋」と揶揄された公共図書館に大変革が起きている。その実例はTSUTAYAと連携した佐賀県の武雄市図書館だけではない。公募館長が働く長野県小布施町「まちとしょテラソ」は、学びや子育てのベース基地だ。鳥取県立図書館はビジネス支援図書館を目指している。

またカフェや無線LANが利用できる東京・武蔵野市の「武蔵野プレイス」は、市民が「住みたい」と言うほど快適な空間だ。単に本が置かれている場所から市民活動の拠点、コミュニケーションの場へ。地元の図書館を見直してみたくなる。

2013年 こんな本を読んできた (10月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年

毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

ようやく10月分です(笑)。


2013年 こんな本を読んできた (10月編)

東野圭吾 『祈りの幕が下りる時』 
講談社 1785円

 『新参者』『麒麟の翼』などで知られる日本橋署の刑事・加賀恭一郎。シリーズ最新作は加賀の家族関係もからむ殺人事件だ。
 東京・小菅のアパートで女性の絞殺体が発見される。部屋の住人である越川睦夫は行方不明となっていた。事件の半月前、小菅に近い江戸川の河川敷で男性ホームレスの焼死体が見つかっているが、越川とは別人だった。しかし、警視庁捜査一課の松宮は2つの殺人事件の関連性を探り始める。
 そんな松宮が、従弟である加賀の姿を見かけたのは明治座だ。そこは殺された女性が亡くなる前に会っていた幼なじみ、女性演出家・浅居博美の仕事場だった。事件の担当者でもない加賀が何をしていたのか。
 人は誰しもその生い立ちと肉親とのつながりを断ち切ることはできない。冴える加賀の推理。そして浮かび上がる秘めたる愛憎。
(2013.09.13発行)


十重田裕一 『岩波茂雄~低く暮らし、高く想ふ』 
ミネルヴァ書房 2940円

 日本評伝選シリーズの最新刊は、「岩波書店」創業者の岩波茂雄だ。
 岩波は信州・諏訪の出身。一高在学中、一学年下にいた藤村操の自殺に衝撃を受けて落第。東京帝国大学を卒業して教員になるが、大正2(1913)年に書店を起業する。
 「岩波書店」の看板を書いたのは夏目漱石だ。利益を度外視して立派な書籍を作ろうとする茂雄。それをたしなめ、現実的な提案をする漱石。互いの立場を超えた関係が微笑ましい。
 大正教養主義を背景に業績も伸びる。また定価をつけて売る正札販売や、新聞・雑誌広告の活用などの戦略も効いた。文庫、全集、全書を続々と創刊。商業主義と距離をとりながら、岩波は理想とする出版活動を展開していく。
 巧言令色少なく、正義感の出版人。個人史と日本の出版史が重なる一冊だ。
(2013.09.10発行)


町山智浩 『トラウマ恋愛映画入門』 
集英社 1260円

著者はアメリカ在住の映画評論家。『トラウマ映画館』という快著があり、他の批評家が見落としたり、無視したりする作品からも映画の魔力を引き出している。それは本書でも同様だ。俎上の22本は知られたものばかりではない。いや、だからこそトラウマになるのだ。
(2013.09.10発行)


穂村 弘 『蚊がいる』 
メディアファクトリー 1575円

短歌、エッセイ、評論と横断的に活躍する歌人の最新随想集だ。雑誌や新聞に連載された短文で展開される日常的違和感が刺激的。「運命センサー」「穴係」「永久保存用」、そして「蚊がいる」。タイトルから想像する内容と実際との華麗なギャップも楽しめる。
(2013.09.13発行)


植草甚一 
『いつも夢中になったり飽きてしまったり』
 
ちくま文庫 1155円

『ぼくは散歩と雑学が好き』に続く代表作の文庫化。「デザインがよければ なかのジャズもいい~モダン・ジャズのLPジャケット」というタイトルのエッセイがある。こうした言い方こそ著者ならでは。60~70年代の音楽、映画、本をめぐるポップカルチャー大全だ。
(2013.09.10発行)


鴨下信一 『昭和芸能史 傑物列伝』 
文春新書 830円

 演出家として活躍してきた著者が、多くの芸能人の中から国民栄誉賞受賞者6人に絞って実像を書いた。「これほど[イジメられた]人もいない」というのは美空ひばりだ。著者は戦後型知識人の彼女に対する嫌悪と同時に、大衆が感じた下品さにも言及している。
 また、「寅さんに殉じた男」としての渥美清。普通のドラマの所々に短い笑いを置く「男はつらいよ」は、笑いの質が変化しはじめた70年代初頭という時代にマッチしていた。だが、渥美はこのスタイルを延々と続けることになる。他に森光子や森繁久彌などが並ぶ。
(2013.09.20発行)


柚木裕子 『検事の死命』 
宝島社 1575円

 『検事の本懐』で昨年の山本周五郎賞にノミネートされ、今年の大藪春彦賞を受賞した著者。本書には受賞作と同じ主人公、検事・佐方貞人が活躍する4つの中編が収められている。
 このシリーズの第一の魅力は佐方のキャラクターにある。いわゆるヒーロータイプではない。じっくりと考え慎重に行動する。人間を見る目が確かで、他者の心情の奥まで量ろうとする。弁護士だった亡き父の無念にからむ作品「業をおろす」などはその好例だ。
 次に検事としての矜持に拍手を送りたい。時に内外からの圧力を受けながら、「罪をまっとうに裁かせることが、己の仕事」だと言い切る。その戦いぶりは、地元出身の大物代議士や地検幹部を相手に一歩も引かない「死命を賭ける」と「死命を決する」の2作で描かれている。上司や同僚など脇役の味も見落とせない。
(2013.09.20発行)


広瀬洋一 
『西荻窪の古本屋さん~音羽館の日々と仕事』
 
本の雑誌社 1575円

 「古書音羽館」と記された、清潔そうなガラスドア。その横に置かれた書棚に並ぶ均一本たちの背中。そんなブックカバーの写真を見ただけで、本好きが手に取りたくなる一冊だ。
 音楽好きなごく普通の少年は、いかにして「町の古本屋」の主人となったのか。中学時代からの恩師の存在。また、学生時代のバイト先である古書店で、自分が「販売好き」「人と向き合う商売が好き」だと知ったことも大きかった。
 さらに本書で語られる、仕入れ、買取り、値付けなど古本屋の日常も興味深い。西荻窪という町とそこに暮らす人を大事にしながら、並べる本に思いを託す著者。だからこそ自分の理想の店というだけでなく、「町にフィットした店」が実現しているのだ。
 西荻窪駅から徒歩7~8分。商店街と住宅街の中間あたりにその店はある。
(2013.09.20発行)


高井ジロル
『好辞苑~知的で痴的で恥的な国語辞典の世界』

幻冬舎 1365円

『広辞苑』『大辞林』などから厳選した、性的妄想をかきたてる言葉とその解釈が並ぶ。「性交」を男女間に限定しない『大辞泉』。「わいせつ」の説明が版によって異なり、「のぞきこむ」行為が削除されていた『新明解国語辞典』。その中2男子的目線が光る。
(2013.09.10発行)


内田樹 『内田樹による内田樹』
140B 1680円

すでに百冊を超す著作をもつ著者。その中の『ためらいの倫理学』から『日本辺境論』まで11冊を取り上げた、初の自著解説本である。しかしこれは単なる自作自註ではない。自らの著作を素材とした新たな持論展開の書き下ろしだ。背後にはもちろんレヴィナスがいる。
(2013.09.20発行)


広瀬正浩 
『戦後日本の聴覚文化~音楽・物語・身体』

青弓社 3150円

「聴覚をめぐる物語」を分析し、その物語がもつ批評性を明らかにする野心作だ。登場するのは小島信夫、村上龍の小説から坂本龍一の音楽、浦沢直樹の漫画『二十世紀少年』までと多彩。アメリカとの関係と電子メディアが生み出す現実感に注目している点が新鮮だ。
(2013.09.20発行)


佐高 信 
『この人たちの日本国憲法~宮澤喜一から吉永小百合まで

光文社 1680円        

 時事通信の最新調査では、現在も安倍内閣の支持率は55.8%の高水準だ。それを背景に消費増税はもちろん、改憲へ向けての地ならしも相変わらず続けている。
 本書は日本国憲法がいかに大切なものかを知るための好著だ。政治家から芸能人まで10人の、いわば“護憲派列伝”である。著者が敬愛する作家、故・城山三郎は勲章拒否で知られるが、「戦争で得たものは憲法だけだ」が口癖だった。
 世界に類がない憲法を、「誇って自慢してればいいんです」と言うのは美輪明宏だ。戦争をする国への決別宣言としての憲法。その歴史的経緯も無視して、「押しつけ」とするのはモノ知らずで無礼だと憤る。
 また原爆詩の朗読を続けている吉永小百合。改憲について、「言わないで後で後悔する、というのは一番よくないと思う」と語る言葉が共感を呼ぶ。
(2013.09.20発行)


村上春樹:編訳 
『恋しくて~TEN SELECTED LOVE STORIES』
 
中央公論新社 1890円

 自ら選んで訳した9編の海外小説に、自身の書き下ろしを加えた短編集だ。
 巻頭はマイリー・メロイの『愛し合う二人に代わって』。地味な男の子と派手な女の子が大人になり、「結婚代理人」のアルバイトで再会する。イラクに行く若い兵士たちの代理を引き受けるうちに、2人の関係は微妙に変化していく。
 リュドミラ・ぺトルシェフスカヤの『薄暗い運命』は収録作品の中で最も短く最も暗い話だ。女はなぜ、これほど無神経で残酷な男に魅かれるのか。掌編小説のサイズに、愛をめぐる真実が描き込まれている。
 巻末を飾るのは著者の『恋するザムザ』である。主人公である彼は、目覚めた時、自分がカフカの小説の登場人物に変身していることに気づく。謎の家で、謎の娘の来訪を受けるザムザ。不思議なテイストの後日譚としてじっくり味わえる。
(2013.09.10発行)


永瀬隼介 『白い疵~英雄の死』 
さくら舎  1680円 

敏腕SPだった黒木莉子は現在、私立探偵をしている。元上司から警護の依頼を受けた相手は原発事故の英雄、政治学者の月尾だ。しかし、政権与党もすり寄る若きカリスマは野心と共に大きな秘密を抱えていた。現代社会の実相を活写する、政治サスペンスの佳作である。
(2013.09.05発行)


中原英臣 
『こんな健康法はおやめなさい~あなたもうっかり騙されている』

PHP研究所 1365円      

ココア、黒酢、白インゲン豆、そして数多のサプリ。マスコミを通じて流行する健康法には際限がない。医学博士の著者は、テレビが紹介する健康法こそダメな健康法と断じる。その根拠を明確に示したのが本書だ。提唱する「11の生活習慣」も必読にして厳守である。
(2013.10.04発行)


押井 守 
『仕事に必要なことはすべて映画で学べる』

日経BP社 1680円

著者は『機動警察パトレイバー』『スカイ・クロラ』などで知られる映画監督だ。映画作品を教材に、大人の教養と処世術を伝授する。上司との関係を描く『007/スカイフォール』。経験と勘の危うさを示す『マネーボール』など9作品。読んでから、また観るか。
(2013.10.15発行)


歌代幸子 『慶應幼稚舎の流儀』 
平凡社新書 777円

 慶應義塾幼稚舎ほど幻想と誤解に満ちた学校はない。「お受験」の頂点に君臨するセレブ小学校。望ましい「一貫教育」の象徴的存在。少子化の時代だからこそ、憧れと嫉妬は益々高まる。本書は来年創立140周年を迎える幼稚舎の実像に迫る、労作ルポルタージュだ。
 福澤精神の継承と進化の歴史、授業の内容、教員やOB・OGの証言などリサーチが続く。浮かび上がるのは、この学校が子どもたちに「トレンド」ではなく、人間の「トラッド」ともいえる普遍の原理を教えていることだ。実は地味な学校である幼稚舎の底力を知る。
(2013.10.15発行)


2013年 こんな本を読んできた (9月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年

毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

9月には・・・。

2013年 こんな本を読んできた (9月編)

今野 敏 『アクティブメジャーズ』 
文藝春秋 1680円

 『曙光の街』『白夜街道』『凍土の密約』に続く倉島警部補シリーズ最新作。対象組織の中に協力者を得る目的は情報収集と積極工作にある。アクティブメジャーズはその積極工作を指すスパイ用語だ。
 全国紙の編集局次長が住居マンションから転落死した日、公安外事課の倉島はあるオペレーションを任される。倉島の同僚で外事一課のエース・葉山の行動を洗うというものだった。
 地道な素行調査の一方で、倉島は転落死に疑問をもつ。調べてみるとロシアの新聞記者が編集局次長と親しかったことがわかる。やがて転落死は事故ではなく殺人だった可能性が高くなり、葉山がその被疑者となる。
 ロシア側の思惑、謎の女性の存在、公安部と刑事部の確執、そして葉山。倉島がじわりと真相に迫る過程には、高度なパズルを解くような興奮がある。
(2013.08.10発行)


近藤富枝 
『大本営発表のマイク~私の十五年戦争』 

河出書房新社 1890円

 『本郷菊富士ホテル』などで知られる著者は昭和19年にNHKのアナウンサーになる。今年81歳になる元放送人の、またこの時代を生き抜いた一人の女性の貴重な回想集である。
 本書の読みどころは放送に関する話だけではない。第1章を「昭和ノスタルジー」と題したように、前半部分には著者が少女から大人になる昭和初期の生活が活写されている。足繁く通った歌舞伎座。女優修行。東京女子大で出会う、親友・瀬戸内晴海(寂聴)等々。昭和は決して暗いだけの日々ではなかった。
 入局後は大本営発表も読むことになる。その最初が神風特攻隊に関するものだった。そして昭和20年8月15日、反乱部隊がNHKに押し寄せる。マイクを奪おうとした将校に決然として抵抗したのは同僚の女子アナだった。これもまた当事者ならではの証言だ。
(2013.07.25発行)


田中泯・松岡正剛 『意身伝心~コトバとカラダのお作法』 
春秋社 1995円

孤高の舞踊家と稀代の編集者。同世代の2人が幼年期から現在までの軌跡を語り合う。テーマは絶対自由だ。キーワードは一人遊び、他自己、真似、片思い、そして礼節。「見えないものと応答する」と言う田中、「本は言語身体」と語る松岡の真意も見えてくる。
(2013.07.25発行)


竹山昭子 『太平洋戦争下 その時ラジオは』 
朝日新聞出版 1680円

1941年の真珠湾攻撃から敗戦まで、ラジオはどのような状況の中で、どんな放送を行っていたのか。放送史研究の第一人者である著者は、当時の放送局員たちの証言を分析し、ラジオのニュース報道が軍部の「報導」へと変質する過程を明らかにしていく。
(2013.07.30発行)


森 達也 
『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるか」と叫ぶ人に訊きたい』
 
ダイヤモンド社 1630円

被害者の人権を声高に叫ぶ人の欺瞞。被災地に対する「がんばれ」コールの醜悪。著者は自らが思うところを明快に主張してきた。すると匿名の批判や中傷が押し寄せる。ネットに増殖する悪意は果たして民意の反映なのか。正義という共同幻想が抱える危うさを考える。
(2013.08.22発行)


内田樹・釈徹宗 『聖地巡礼ビギニング』 
東京書籍 1575円

釈徹宗師をガイド役に大阪・京都・奈良の神社仏閣を巡り歩く。キリスト教はイエス、仏教はブッダが頂点だが、日本の古代宗教は上書きも可能。そんな深い話を境内で雑談として聞く。何と贅沢な巡礼団だろう。読むだけで霊的感受性が高まりそうな御利益の書だ。
(2013.08.23発行)


志村史夫 『スマホ中毒症』 
講談社+α新書 800円

 電車で向かい側に座った全員がスマホを見つめ、忘我の表情で指を動かしている。そんな光景が当たり前になった。本書はこれを異様と思う人の溜飲を大いに下げてくれるはずだ。著者は物理学が専門の大学教授で、スマホを「21世紀のアヘン」だと言い切る。
 人間の生活や社会活動を便利にしてくれるはずの道具に支配されることの怖さ。特に若者たちは重症だ。スマホによるコミュニケーションが全てで他者との関係を築けない。思考も画一化の傾向にある。著者が提案するIT版「清貧の思想」で人間力を回復したい。
(2013.07.22発行)


レナード・ローゼン:著、田口俊樹:訳 
『捜査官ポアンカレ~叫びのカオス』
 
早川書房 1995円

 世紀の難問だった「ポアンカレ予想」で知られる天才数学者ポアンカレ。そのひ孫がインターポールのベテラン捜査官として事件に挑む。アメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀新人賞ノミネート作品だ。
 アムステルダムのホテルで爆殺事件が起きる。被害者は講演のため宿泊していたハーバード大の数学者。使われた爆薬は特殊な燃料だった。また重要参考人である女性を逃がしたことも影響して捜査は難渋する。
 一方、かつてポアンカレが逮捕した戦争犯罪の被疑者が、獄中からポアンカレの家族の抹殺指令を出す。捜査を続けることと家族の命を守ること。ポアンカレは大きなジレンマに陥る。
 本書には殺害された数学者が残した資料図版が掲載されている。彼の研究は事件とどう関わるのか。ヨーロッパとアメリカを舞台にポアンカレの頭脳が冴える。
(2013. 08.10発行)


半藤一利・宮崎駿 
『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』
 
文春ジブリ文庫 599円

 昭和という時代を語り続けてきた半藤一利。昭和を舞台に“最後の作品”を作り上げた宮崎駿。そんな2人が約7時間にわたって向かい合った対談集だ。
 話は漱石から始まる。『草枕』ばかり読んでいるという宮崎と半藤が意気投合。隅田川を軸に戦前・戦後の東京が語られ、川舟から軍艦、さらに飛行機へと展開されていく。もちろん随所に映画『風立ちぬ』と主人公の堀越二郎も登場するが、映画談議に留まらない。生きた昭和史になっている。それを踏まえた2人の共通した思いが、「日本は脇役でいい」という「腰ぬけ愛国論」である。
 後半の冒頭、『風立ちぬ』を見た半藤に「この先、宮崎さんたいへんだ」と言われ、「いや、この先はもうないから大丈夫なんです」と返す宮崎が印象に残る。いわば引退記念ともいえる本書は文庫オリジナルだ。
(2013.08.10発行)


風野春樹 
『島田清次郎~誰にも愛されなかった男』
 
本の雑誌社 2625円

大正8年、20歳の島田が上梓したデビュー作『地上』は大ベストセラーとなる。若きカリスマとしてスポットを浴びるが、数年後にはスキャンダルで火だるまに。精神病院で31年の生涯を終えた男は天才か、狂人か。精神科医が忘れられた作家の実像に迫る本格評伝だ。
(2013.08.25発行)


内澤旬子 『内澤旬子のこの人を見よ』 
小学館 1050円

『センセイの書斎』などのイラストルポで知られる著者。その鋭い観察眼が捉えた、「愛すべきしょっぱい人たち」の生態が可笑しい。湘南の草食系サーファー。新小岩のスナックのマドンナ。総武線の車内で目張りに励む女子。百を超える日本人の自画像がここにある。
(2013.08.26発行)


泉 麻人 『東京いつもの喫茶店』
平凡社 1575円

『東京ふつうの喫茶店』に続く喫茶店漫遊エッセイ第2弾。神田須田町でオールデイーズを耳にして和み、三軒茶屋で映画全盛時代を夢想する。散歩の途中で寄りたい店ばかりだが、ポイントは珈琲だけではない。店名、BGM、スポーツ新聞も重要なアイテムだ。
(2013.08.28発行)


黒井千次 『漂う~古い土地 新しい場所』 
毎日新聞社 1680円

81歳の著者は本書の文章を「土地という空間と、歳月という時間の交差するドラマ」と呼ぶ。幼少期に住んだ大久保通り。父が生まれ育った横浜。書き下ろし小説と格闘した箱根。文学賞の選考で通った小樽など35ヶ所。記憶と現実が静かに和解する旅でもある。
(2013.08.30発行)


堂場舜一 『Sの継承』 
中央公論新社 1995円

 60年代初頭、実施されないまま終わった幻のクーデター計画。2013年、いきなり起きた毒ガス・テロ事件。両者をつなぐキーワードが「S」である。
 日米安保条約をめぐって社会が揺れた1960年。ごく少数によるクーデター計画が動き始める。ある武器を盾に国会を解散。官庁は残すが、大臣は国民投票で選出。国家運営は官僚が担う。いわば議会制民主主義の否定だった。しかし、東京五輪を翌年にひかえた63年、この計画は実行されないまま消えてしまう。
 そして50年後、「これは革命だ」とネットで宣言する毒ガス事件が発生。東京の複数の街が狙われる。犯人側の要求は、驚くほど半世紀前のクーデター計画に似ていた。政治不信という社会背景は共通するにしても、誰が、何のために無差別テロという凶行に走ったのか。迫真の犯罪小説だ。
(2013.08.25発行)


北上次郎 『極私的ミステリー年代記』上・下 
論創社 各2730円

 海外ミステリーが好きな人なら思わず笑みがこぼれるはずだ。著者が「小説推理」に連載しているミステリー時評の20年分、上下2巻の重戦車である。
 ただし本書で海外ミステリーの潮流が把握できるかと言えば、そうではない。それは著者の選択や評価が、「このミステリーがすごい!」「ミステリーベスト10」などに並ぶ作品とあまり一致しないことでもわかる。
 だが、そこがいいのだ。「欠点はあっても私好み」なのは、コリン・ハリソン『マンハッタン夜想曲』。ジェス・ウオルター『血の奔流』は、「みっともない中年男に共感する」。また「不満はあるが圧倒的な面白さ」が、ジェフリー・ディーヴァー『悪魔の涙』だ。
 タイトル通り超極私的。独断と偏見の言い切りだからこそ信頼できる。50年に及ぶ“ミステリー読み”の蓄積を踏まえた案内書だ。
(2013.08.30発行)


鈴木謙介 『ウエブ社会のゆくえ』 
NHK出版

多くの人が利用しているSNS(ソーシャルメディア)。注意すべきは依存問題だけではない。無料でSNSを利用する代わりに個人情報を売り渡している事実も知るべきだ。ウエブと現実空間の区別がつかない社会でいかに生きるべきか。気鋭の社会学者が探る。
(2013.08.30発行)


山折哲雄 『危機と日本人』 
日本経済新聞社 1680円

日本の歴史と日本人の精神史を踏まえた鋭い論考に定評がある著者。最近も雑誌「新潮45」の「皇太子殿下、ご退位なさいませ」が話題となった。本書に並ぶエッセイは震災前から昨年にかけてのもの。「生存の現実はグレーゾーンの中にある」などの言葉が示唆に富む。
(2013.08.23発行)


山口二郎 『いまを生きるための政治学』 
岩波書店 2205円

北大教授の著者は長年、政権交代の必要を説いてきた。しかし実現した民主党政権が失敗に終わり、社会は再び混迷状態に陥っている。今あらためて民主政治とは何かを問うと共に、政治学を捉え直したのが本書だ。政治を知った上で行動するための指南書でもある。
(2013.08.20発行)


中村桂子 『科学者が人間であること』 
岩波新書 840円

 東日本大震災から2年半。直後には近代科学や技術に対する見直しの議論もあったが、それも一時的なもので終わった。今や再び経済成長が重要視され、それに寄与する科学技術を振興する動きが活発だ。本書はそんな流れに一石を投じている。
 まず、便利さと豊かさを追求するあまり、科学技術が自然と向き合って来なかった誤りを指摘。哲学者・大森荘蔵の思索を援用しながら、科学と日常社会のあるべき関係を探っていく。略画的と密画的、二つの世界観の重ね描きによって豊かな自然・生命・人間を見出すこと。その第一歩だ。
(2013.08.21発行)


大沢在昌 『海と月の迷路』 
毎日新聞社 1890円

 長崎半島の近くにある端島。かつて炭坑で栄えたが、やがて廃墟となった。海からの景観ゆえに「軍艦島」と呼ばれている。この小説の舞台、H島のモデルだ。
 昭和34年、新米警官の荒巻はこの島に赴任する。狭い土地に林立する建物。ひしめき合う5千もの人間。しかも炭鉱会社の職員、石炭を掘る鉱員など立場も多様だ。また警察官の存在を疎ましく思う、訳ありの男たちも流れ込んでいた。
 それは満月の夜に起きた。13歳の少女が行方不明となり、翌日、水死体となって発見されたのだ。先輩警官は事故として処理するが、荒巻は殺人を疑い密かに調べ始める。その過程で、8年前にも似たような出来事があったことが判明する。
 島は一種の密室。主人公の目線で展開する物語は徐々に緊張の度を増していく。著者の新境地ともいえるサスペンス長編だ。
(2013.09.20発行)


井上ひさし 
『初日への手紙~「東京裁判三部作」のできるまで』
 
白水社 2940円

 井上ひさしの東京裁判三部作とは、新国立劇場で上演された芝居『夢の裂け目』『夢の泪』『夢の痂(かさぶた)』を指す。井上はこの裁判を「アメリカと日本の合作である」とし、裁かれるべき人が裁かれなかったこと、また日本国民が不在だったことを指摘している。
 本書の軸となっているのは、編者である古川恒一プロデューサーに送られてきた膨大な量のFAXだ。内容から進捗状況まで、時期によっては毎日のように「私信」が届いた。これらと執筆用の資料を再構成したことで、井上戯曲の創作過程が見えてくる。設定、人物、台詞を徹底的に考え、必死で書き、迷い、考え直し、また書き進めていく。それはまさに命を削るような苦闘の連続だった。
 作品の初期構想と最終形の相違も興味深い。これは一級の資料であると同時に、井上からの贈り物でもある。
(2013.09.15発行)


柴田元幸:編・訳 『書き出し「世界文学全集」』 
河出書房新社 1575円

「幸福な家族はみな似たようなものだが、不幸な家族はそれぞれ独自に不幸である」。トルストイ『アンナ・カレーニア』の有名な書き出しだが、これは著者による新訳である。他にも『マクベス』や『白鯨』など多数の名作の冒頭が並ぶ、文豪たちの文体見本市だ。
(2013.08.30発行)


ラリー・タイ:著、久美 薫:訳 
『スーパーマン~真実と正義、そして星状旗と共に生きた75年』 

現代書館 4200円

上下2段組み、約340頁の大著である。著者はクラーク・ケントと同じ新聞記者だった。その取材力を生かし、コミックの作者から俳優まで多数の関係者の話を聞き、アメリカにとってスーパーマンとは何だったのかを探っている。その普遍性と純粋さは驚異的だ。
(2013.09.03発行)


徳大寺有恒 
『駆け抜けてきた~我が人生と14台のクルマたち』 

東京書籍 1575円

自動車評論の泰斗が回想する“愛の遍歴”である。もちろん相手は女性ではなくクルマだが。「いったん心を許せば、信じられないほど愛らしい」アストン・マーティン、「最高の瞬間」を与えてくれたフェラーリなど、垂涎の美女たち14人が著者と共に手招きする。
(2013.09.05発行)




2013年 こんな本を読んできた (8月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年
毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

猛暑の8月です。

2013年 こんな本を読んできた (8月編)

相場英雄 『共震』 
小学館 1575円

 事件は震災から2年後、宮城県東松島市の仮設住宅で起きた。熱心に被災者対応を続けてきた県職員が殺害されたのだ。大和新聞記者・宮沢賢一郎は驚きつつも取材を開始する。被害者である早坂とは面識があり、その温厚な人柄が印象に残っていたからだ。
 一方、警視庁刑事部捜査二課管理官の田名部昭治もまたこの事件に引っ張り込まれる。毒殺された早坂の遺留品であるノートに自分の名前が記されていたのだ。「震災復興企画部の特命課長」だったという早坂に関する記憶はなかったが、田名部は東北へと向かう。
 物語はこの2人の動きと共に進んでいく。被災者たちに慕われていた早坂はなぜ殺されたのか。その謎を追う過程で明らかになる復興支援の闇。虚構をはるかに凌駕した圧倒的な現実を、小説に取り込む困難な作業に挑んだ著者の力作長編だ。
(2013.07.28発行)


太田省一 『社会は笑う~ボケとツッコミの人間関係』 
青弓社 1680円

 NHK朝ドラ『あまちゃん』の快進撃が続いている。ヒットの要因は複数あるが、一つが「80年代の発見」だろう。物語の中に松田聖子をはじめ当時の歌手や番組などが頻繁に登場するのだ。
 80年代はポピュラー文化の宝庫だが、「笑い」の面でも見逃せない。マンザイブームが芸のテレビ化を促したのだ。伝統芸としての笑いから、「テレビ的笑い」ともいうべき感覚的な笑いへのシフトである。また、『オレたちひょうきん族』は現在にまでつながるキャラクター重視の笑いを提示した。その究極が、「素人」というキャラクターに扮した明石家さんまだ。
 本書では社会学者である著者が、「ボケ」「ツッコミ」「フリ」などをキーワードに80年代以降の「笑う社会」を分析している。それは笑いのテレビ史であると同時に、コミュニケーションの変容史でもある。
(2013.07.19発行)


吹浦忠正 『よくわかる日本の国土と国境』  
出窓社 1890円

「我が国の領土」とは、どこからどこまでを指すのか。「排他的経済水域」とは何なのか。本書は国土と国境に関する歴史的・地理的解説書だ。特に、島が領土や国境を形成する最重要遺産であることに納得。尖閣や竹島の問題を本質的に理解するための一助となる。
(2013.07.22発行)


坪内祐三 『総理大臣になりたい』 
講談社 1260円

冗談みたいなタイトルだが、「権力が嫌いな人間のとるべき最善の道、それは自分が最高権力者になることです」と著者。フィクサーだった父親を通して見てきた政治家たちの実相と、歴代総理に対する厳しい評価が開陳される。組閣構想も秀逸な自伝的政治エッセイだ。
(2013.07.17発行)


NHK取材班 
『巨大戦艦 大和~乗組員たちが見つめた生と死
』 
NHK出版 1995円

戦艦大和が沖縄への絶望的な出撃で悲惨な最期を遂げてから68年が過ぎた。本書は生き残った乗組員たちの貴重な証言を軸に構成された「悲劇の記憶」である。沖縄特攻の経緯。戦闘と沈没。生存者たちの苦悩。昨年NHKで制作放送された同名番組の単行本化だ。
(2013.07.25発行)


赤城 毅 『八月の残光』 
祥伝社 1680円

ドイツ仮装巡洋艦の壮絶な戦いを描いた『氷海のウラヌス』で知られる著者。その最新長編は、終戦直前、侵攻するソ連軍を足止めすべく決行される秘密作戦の物語だ。生還を許されない搭乗員たちと、傑作艦攻機「流星」による破天荒な攻撃は成功するのか。
(2013.07.30発行)


竹吉優輔 『襲名犯』
講談社 1575円

 模倣犯ではなく襲名犯。死刑となった殺人者を師と仰ぎ、自らがその名を継ぐべく連続殺人を行う。時間を隔てた犯罪に隠された真実とは何なのか。第59回江戸川乱歩賞受賞作である。
 関東にある地方都市で、最初の事件が起きたのは14年前だ。6人を殺害し、その遺体を損壊し続けた犯人の名は新田秀哉。プージャムと呼ばれた彼が逮捕されたのは、中学2年の南條信を車で轢き殺したことがきっかけだった。やがて秀哉は死刑を執行される。
 物語が始まるのは秀哉の死後からだ。プージャムを名乗る人物による連続殺人が発生する。しかも襲名犯がメッセージを送りつけてきた相手は、南條信の双子の弟である南條仁だった。
 秀哉という際立つ犯罪者の造形。襲名犯の異常性。双子の兄弟の隠された過去。新人らしい荒削りの魅力とよく練られた構成に注目だ。
(2013.08.05発行)


堀井憲一郎 
『ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎』
 
文藝春秋

 1995年から「週刊文春」に連載されていた「ホリイのずんずん調査」。一昨年、惜しまれながら終了した名物コラムが、分厚い単行本となって甦った。
 テーマ設定がユニークで、その調査のプロセスが何とも可笑しい。たとえば牛丼の吉野家の「つゆだく」が許せず、154店を食べ歩いたりする。「並」を注文して縦に半分だけ食べ、その断面を観察して「つゆ」の量を確認するのだ。
 またテレビを見ながら、食事の際「左手を添える」みっともない芸能人をリストアップする。「いつも添えていてみっともない」のが沢尻エリカ、倖田來未、藤原紀香などだとわかる。わかったからどうだという話ではない。役に立つ知識でも情報でもないものに、異常な情熱とエネルギーをかけるところがいいのだ。「奇行の書」という意味でまさに「奇書」である。
(2013.08.05発行)


宮本 尚       
『連携がうまくいく 主治医VSケアマネ~困ったケース・40場面の解決策』

日総研出版 2300円   

ケアマネージャーを悩ませる困った主治医たち。その対応策を伝授する。しかも高飛車、非協力的、優柔不断、傲慢など医師のタイプ別という点がユニークだ。まずバトルの経緯を紹介し、反省点を確認。さらに、とっておきの手をアドバイス。どんな難敵もやはり人間だ。
(2013.06.13発行)


地曳いく子 『50歳、おしゃれ元年。』  
集英社 1365円

ベテラン・スタイリストが提案するファッションルールは、「いい頃の自分」のイメージを捨て、経年変化を認めることから始まる。自信のある服をヘビーローテーションで着るために、クロゼットの中身を仕分け。当然買い方も変わる。まずは本書で踏み出す勇気を。
(2013.07.31発行)


新海 均 『カッパ・ブックスの時代』 
河出書房新社 1575円

1954(昭和29)年、当時の岩波新書に対抗するアンチ教養主義の新書が誕生した。カッパ・ブックスである。「頭の体操」「日本沈没」など、稀代の出版プロデューサー・神吉晴夫とそのチームが放ったヒットの数々。それらは戦後の大衆文化に何を刻んだのか。
(2013.07.30発行)


吉野朔実 『吉野朔実劇場 悪魔が本とやってくる』 
本の雑誌社 1365円

『本の雑誌』で13年も続くエッセイ風漫画の最新刊だ。『新明解漢和辞典』から『テルマエ・ロマエ』まで、さまざまなジャンルの本をニヤリとさせるエピソードの掌編漫画で紹介していく。ただし、いわゆる書評ではない。著者と本との交遊記、もしくはラブレターである。
(2013.07.25発行)


椎名 誠 『風景は記憶の順にできていく』 
集英社新書 798円

 本書を指して「ぼく以外の人にはあまり脈絡のよくわからない旅ルポ」と著者は言う。そうかもしれない。今は亡き友人が母親と暮らしていた浦安。サラリーマン時代を過ごした新橋・銀座。店頭の100円均一ワゴンに置かれた本を見て、「あまりにも安すぎる」と嘆息する神保町等々。
 この本はタイトルもそうだが、中身にもノスタルジックな雰囲気が漂う。思えば、衝撃の『さらば国分寺書店のオババ』から34年。来年は著者も古希を迎える。現在の風景の向こうに見えるのは過去の自分であり、その背景となった時代だ。
(2013.07.22発行)


川崎草志 『疫神(やまいがみ)』 
角川書店 1680円

 ハリウッドで映画化されてもおかしくないスケールと奥行きの生物・医学サスペンスだ。
物語は海外を含む3つの場所からスタートする。関香苗は夫と息子、義母と共に長野県で暮らす主婦だ。幼い息子・桂也は日常風景の中に「青い光」と「赤い光」が見えると言うが、香苗にその真偽はわからない。
 ケニア・エチオピア国境地帯にいるのは疫学研究者のエミリーだ。カビが原因と思われる未知の感染症の調査と防疫に当たっている。そして東京・奥多摩に住んでいるのは翻訳家・二海士郎と妻の美砂だ。彼ら自身が「あの人」と呼ぶ何者かを恐れながら、ひっそりと生きている。
 無関係に思える3者が、「オレンジカビ」という高い致死率の病原菌をめぐってリンクし、やがてそれは人類の存亡をめぐる黙示録的展開へ加速していく。
(2013.07.31発行)


鈴木敏夫 『風に吹かれて』 
中央公論新社 1890円

 鈴木敏夫は、「ジブリの鈴木」で通用する、日本を代表する映画プロデューサーの一人である。
映画監督の仕事はイメージしやすい。しかし、プロデューサーとは一体何をする人なのか。製作費の集金係でも宣伝担当者でもないはずで、このロングインタビューにはその答えがある。
 生い立ちから学生時代を経て、徳間書店での編集者稼業。宮崎駿、高畑勲という個性的な監督との出会い。ジブリを拠点とする映画作り。名インタビュアー・渋谷陽一を得て、鈴木は自身の仕事を率直に語っている。それは意図して進むというより、降りかかってくる火の粉を払うような生き方であり、それがそのままジブリの歴史になっていく。
 「僕が面白いと思うことをお客さんにも共有してもらいたい」と鈴木は言う。そこにあるのはアニメの神様に選ばれた男の矜持だ。
(2013.08.10発行)


谺 雄一郎 『醇堂影御用 道を尋ねた女』 
小学館文庫 620円

文庫書き下ろしの影隠密・多々羅醇堂シリーズ最新刊。普段は人の好い中年男だが、実は遠山金四郎の懐刀だ。物語は惨殺された旅の母子から始まる。少年教主が支配する謎の教団。島原の乱にまつわる国家的陰謀。伝奇小説の味わいも加味された痛快時代小説である。
(2013.07.10発行)


稲葉なおと 『サラの翼』
講談社 1365円 

主人公のサラは11歳の女の子。亡き母と行くはずだった地中海の島国へと旅立つ。旅の道連れは母の旧友であるおじさんだ。行く先々の町で体験するのは「強く羽ばたく」ためのレッスン。サラの中で何かが変わっていく。そして全てが明かされる最後のホテルで・・・。
(2013.07.29発行)


佐々木紀彦 『5年後、メディアは稼げるか』 
東洋経済新報社 1260円

「東洋経済オンライン」編集長による、メディア・サバイバル予測だ。WEBの進化によって変わるメディアの形を考察する中で、ポイントとなるのは「新しい稼ぎ方」である。また著者が今後の必須人材だとする「企業家ジャーナリスト」も大いに刺激的だ。
(2013.08.01発行)


ケネス・スラウエンスキー:著 田中啓史:訳
『サリンジャー~生涯91年の真実』 

晶文社 4830円

サリンジャーは謎に満ちた作家だ。特に私生活を公にしないことで有名だった。最後の作品が発表されたのは1965年6月。以後2010年に91歳で亡くなるまで沈黙を守った。本書は発掘資料と独自調査に基づいて書かれた「公平で感傷的でない真実の伝記」だ。
(2013.08.10発行)



2013年 こんな本を読んできた (7月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年

毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

7月は、以下のような本たちでした。


2013年 こんな本を読んできた (7月編)

萩原 浩 『家族写真』 
講談社 1470円

 男の50代は結構大変だ。目前となった定年。子供の結婚。妻の勤続疲労。親の介護だってある。だが家族あっての自分かもしれない。涙と笑いの7つの短篇が、ふとそんなことを思わせる。
 表題作の舞台は瀬戸内の町にある写真館。長年シャッターを押し続けてきた父親が倒れた。引きこもりの末娘は、東京でカメラマン修行をしている兄と、駆け落ちして家を出たままの姉に助けを求める。
 吉田拓郎の曲と同名の「結婚しようよ」。主人公は娘と二人暮らしだ。その娘が突然言い出した。「結婚しようと思う」と。相手が挨拶に来るという。父親としてどう迎え撃つべきか。
 「住宅見学会」では、家族揃って他人の家を訪問した時の可笑しさが描かれる。同世代とは思えない暮らしぶり。夫も妻も高レベル。理想の家、理想の家族と思えたが・・・。
(2013.05.29発行)


関川夏央 『昭和三十年代 演習』 
岩波書店 1575円

 いわば関川教授の「昭和30年代論」特別講義である。以前からこの時代に関する文章を書いてきた著者が、最初に表明するのは映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に対する違和感だ。歴史的な間違いや細部の嘘を許す観客たちを眺め、「実像よりも、その後の評価によって歴史は歴史となる」ことを指摘する。
 松本清張作品とその世界観を探る演習も刺激的だ。『点と線』の背景として、鉄道網の充実に伴う出張や観光旅行の復活を挙げる。また映画『ゼロの焦点』や『張込み』における汽車旅にも注目する。
 他に登場するのは三島由紀夫、石原裕次郎、吉永小百合、フランソワーズ・サガンなど。昭和30年代は単なる「貧しくても明るい時代」ではなく、「不便さと『教養』が共存した時代」であり、世界への再参加を切望した時代だったのだ。
(2013.05.28発行)


蜂飼 耳 『空席日誌』 
毎日新聞社 1680円

PR誌『本の時間』に寄稿した45の短文と、3つの書き下ろしで構成された散文集だ。池の氷を割る母子。花見会場での餅つき。文房具屋に置かれた絵日記帳。そんな何気ない光景が著者の中を通過するうち、虚実の境が消えていく。詩人の鋭い感性のなせる業だ。
(2013.06.15発行)


滝田誠一郎 『開高健名言辞典 漂えど沈まず』 
小学館 1680円

副題は「巨匠が愛した名句・警句・冗句200選」。ただし単なる抜粋ではない。名言を入口に開高健の文学世界の奥へと導いてくれる。抜き書きの文章と呼応する著者の感慨や再発見。まるで生ける開高と会話しているかのようだ。じっくりと読むべし。悠々と急いで。
(2013.06.03発行)


岡田斗司夫 FREEex 
『超情報化社会におけるサバイバル術 「いいひと」戦略』
 
マガジンハウス 1575円

これからは「お金よりも評価が価値をもつ社会」になると著者。これを評価経済社会と呼ぶ。「いいひと」は超情報社会の最適戦略であり、ネット時代のリスク管理だ。大事なのは本音と建前を出来るだけ一致させること。奇想のようでいて実は真っ当な提案である。
(2013.05.23発行)


島地勝彦 
『迷ったら、二つとも買え!~シマジ流無駄遣いのススメ』 

朝日新書 756円

 「人生の大罪は無知と退屈」と言う著者による浪費への誘いだ。無駄遣いはセンスを磨き、教養を高め、人脈を育み、自分の身を助ける。時計、眼鏡、洋服など豊富な浪費体験を開陳し、慈しみを持ってモノと対峙すれば、無駄遣いも「文化への投資だ」と豪語する。
 著者の買い物哲学は以下の通り。美しいモノを見たら迷わず買え。どちらにするかで迷ったら2つとも買え。金がなかったら借金してでも買え。ただし身の丈に合った借金を。人生は冥土までの暇つぶし。ならば上質な暇つぶしを。本書は中高年へのアジ演説だ。
(2013.06.30発行)


新保裕一 『正義をふりかざす君へ』 
徳間書店 1575円

 地方における地元有力新聞の力は絶大だ。それは、都会に暮らし、全国紙だけを購読している人の想像を遥かに超えている。多くは地元放送局の大株主であり、複数のメディアを通じて地域に大きな影響力を行使できるのだ。正義の名の元に。
 不破勝彦はかつて地元紙の敏腕記者だった。その後、義父の片腕としてホテル業に飛び込んだ。しかしホテの不祥事をきっかけに仕事を続けられなくなる。妻とも離婚し、故郷を去った。それから7年。不破は見たくもない町に足を向ける。元妻の不倫相手で、市長選に出る男を救うためだった。だが、動き始めた不破は何者かに襲われてしまう。
 地方都市の表と裏。地域特有のしがらみ。権力者としての地元政治家とマスコミ。全国どこの地方にも存在する現実を素材として取り込み、最大限に生かしきった長編ミステリーだ。
(2013.06.30発行)


朝日新聞西部本社:編 『対話集 原田正純の遺言』 
岩波書店 2310円

 水俣病研究の第一人者であり、環境公害の撲滅を国内外に訴え続けた原田正純医師が亡くなったのは昨年6月のことだ。
 本書には、死の半年前から行われた15の対話が収められている。相手は水俣病患者をはじめ、その家族、支援者、作家、経済学者と幅広い。一貫しているのは、原田が常に患者・被害者と同じ立ち位置にいることだ。
 たとえば患者と、公害病が「必ず差別とセットになっている」現実を語り合う。その上で、和解によって責任が曖昧になってしまうことを懸念する。また先輩医師に対して、「“何もせん”ってことは、結果的に加害者に加担しているわけです」と主張。そして作家・石牟礼道子と向き合えば、「治らない病気を前にしたとき、医者は何をすべきか」と自問するのだ。
 その真摯な生き方と思想が読む者に伝わってくる。
(2013.05.28発行)


ミシマ社:編 
『自由が丘の贈り物~私のお店、私の街』 

ミシマ社 1575円

版元のキャッチフレーズは「自由が丘のほがらかな出版社」だ。その地元力を生かして取材した46のお店が並ぶ。しかも1軒ごとに、店側のコメント、自店紹介、ミシマ社メンバーによる案内、そして「とっておきの話」が配される。本のカバーが地図になるのも嬉しい。
(2013.07.03発行)


金平茂紀 『沖縄ワジワジー通信』 
七つ森書館 1890円

TBS「報道特集」のキャスターが沖縄の地元紙に連載した時事エッセイ集。08年の米大統領選に始まり、普天間基地移転問題、東日本大震災、原発事故、そして昨年の本土復帰40年までの「ワジワジー(イライラ)状態」が語られる。沖縄から日本を見通す試みだ。
(2013.06.01発行)


柳田邦男 『言葉が立ち上がる時』 
平凡社 1575円

著者曰く、この長編評論は「いのちと言葉の循環をめぐる思索の旅」である。極限の危機的状況においてさえ、いのちの支えとなる言葉はどこから生まれてくるのか。何度か登場するのがフランクルの『夜と霧』だ。25歳で亡くなった息子のエピソードも印象に残る。
(2013.06.19発行)


和合亮一 『廃炉詩篇』 
思潮社 2100円

東日本大震災の際、自らも被災者でありながらツイッターで「詩の礫」を発信し続けた著者。この最新詩集ではフクシマと向き合った。中でも巻末に置かれた「誰もいない福島」が静かな衝撃を与えてくれる。また表紙の写真は何と詩人・吉増剛造の撮影によるものだ。
(2013.06.20発行)


山口恵以子 『月下上海』 
文藝春秋 1365円

 第20回松本清張賞受賞作である。舞台は戦時下の上海。魔都に暗躍する男たちと共に時代の運命に飛び込んでいくヒロインは、海運財閥の令嬢・八島多江子だ。
 物語は昭和17年の秋から始まる。中日文化協会の招きで上海を訪れた多江子は、憲兵大尉・槙庸平と出会う。槙は多江子に大物経済人・夏方震に接触し、情報を集めることを迫る。その背景には、多江子と夫、そして彼の愛人の三角関係から生じた事件の秘密があった。
 槙の指示通り、夏に接触する多江子。だが、その人間的深さに触れて自分がどう生きるべきかに気づく。やがて暗い野望を秘めた槙との対決の時が訪れる。
この時代、この街ならではの展開は、読む者を一気にタイムスリップさせる。当時の日本人女性という既成概念を超えた八島多江子の個性も鮮やかな、サスペンスロマンの佳作だ。
(2013.06.24発行)


塩澤幸登 
『雑誌の王様~評伝・清水達夫と平凡出版とマガジンハウス』 

河出書房新社 3150円

 清水達夫とは何者か。大正2年、東京生まれ。電通で雑誌「宣伝」を編集。昭和20年に凡人社(後の平凡出版、現マガジンハウス)の設立に参加。「平凡」「平凡パンチ」「アンアン」などの初代編集長を務めた。
 本書は清水の評伝だが、同時に一つの時代を築いた出版社の社史であり、編集者列伝であり、さらに戦後雑誌出版史でもある。特に清水が育てた「雑誌王国」の最盛期が興味深い。編集者たちは好奇心と欲望を武器に駆け回り、遊びまくって誌面を作っていたのだ。
 著者は戦後の雑誌をスタティックな材料並べの「家型」と、ダイナミックな並べ方の「列車型」に分ける。一つのテーマで全体をけん引する列車型雑誌にかけた清水の情熱はすさまじい。「時代とどう向き合って、自分はどんなメッセージを出すのか」が編集という仕事であることを痛感する。
(2013.06.25発行)


川本三郎 『映画は呼んでいる』 
キネマ旬報社 2100円

「映画を見ると細部が気になる」と著者。『探偵はBARにいる』では札幌生まれの洋画家・三岸好太郎の絵が映り込む。『RAILWAYS2』の冒頭で、ゆっくりカーヴしながら画面に入ってくる一両電車。細部が気になるのは、その映画を面白く見ているからだ。
(2013.06.30発行)


井上ひさし:著、山下惣一:編
『井上ひさしと考える日本の農業』
 
家の光協会 1470円

3年前に亡くなった著者の農と食に関するエッセイ・講演録・対談などで構成された一冊。特にコメについては何度も発言している。農家と水田は安心と安全を担う公共財であること。だから市場・競争原理にそぐわないこと。TPPが迫る今、緊急課題がここにある。
(2013.07.01発行)


加賀乙彦・津村節子 
『愛する伴侶(ひと)を失って~加賀乙彦と津村節子の対話』
 
集英社 1260円

妻を亡くした夫と、夫を失った妻。二人の作家が語り合うのは、それぞれの出会いから伴侶なき日常までだ。浮かび上がってくるのは、夫婦の絆と生き続ける人間の業。病気との向き合い方も、死に対する考え方も異なるからこそ、読む者が自ら考える余地が生まれる。
(2013.06.30発行)


野崎 歓:編 『文学と映画のあいだ』 
東京大学出版会 2940円

フランス文学が専門の編者をはじめ、執筆者全員が東大の教授と准教授だ。本書は文学部での連続講義から生まれた。シェイクスピアと黒澤明。ハリウッドとアメリカ作家。長編小説が全て映画化されたカフカ。文学作品は映画化によって何を失い、何を得るのか。
(2013.06.24発行)


円谷英明 
『ウルトラマンが泣いている~円谷プロの失敗』
 
講談社現代新書 777円

 円谷英二率いる円谷プロが『ウルトラQ』を世に送り出したのが1966年。そして『ウルトラマン』で特撮ブームは決定的となる。以来、ウルトラシリーズは半世紀近く続いてきたが、現在の円谷プロに一族の人間は誰も関わっていない。
 著者は円谷監督の孫で社長も務めた人物だ。当時最高の人材と技術を有していた創造企業が、いかにして転落したのかを克明に綴っている。特に特撮番組が玩具会社のリードで作られる逆転現象と、経営の実権を外部に奪われる過程は痛恨の極みだ。もちろんウルトラマンに罪はない。
(2013.06.20発行)


長岡弘樹 『教場』 
小学館 1575円

 著者は第61回日本推理作家協会賞短編部門受賞作『傍(かたえ)聞き』をはじめ、心理トリックを使った作品を得意とする。この最新作でも、本人さえ気づかない心の綾が見事に描かれている。
 まず舞台が警察学校であることがユニークだ。初任科の短期課程に所属するのは40名の巡査たち。年齢もこれまでのキャリアも様々だ。しかも学校とはいえ、人材を育てるより警察官に適さない人間を排除することを目標としている。このサバイバル・ゲームを生き抜こうとする学生たちと、担当教官・風間との人生を賭けた勝負が展開される。
 全6話の連作長編である本書には時折り、学生が書いて提出する「日記」が登場する。教官に読まれることを前提とした文章、そして学生たちの行動と心理。その全てを見抜こうとする風間の驚異の観察眼と心理分析が本書の読みどころだ。
(2013.06.24発行)


塙 和也 『自民党と公務員制度改革』  
白水社 1785円

 今年の6月末、政府の国家公務員制度改革推進本部がある方針を決定した。各省の幹部人事の一元管理を行う内閣人事局の設置だ。秋の臨時国会に関連法案が提出される予定だが、肝心の権限などは見えていない。
 公務員制度改革基本法が成立したのは2008年、福田内閣の時だ。ただし、これは改革の工程を定めたに過ぎず、制度化するには立法措置を必要とした。行革担当大臣・渡辺喜美などが実現に向けて積極的に動くが事態は進まない。人事院から内閣人事局への権限移譲と、公務員の労働基本権回復問題がネックとなり、最終的には頓挫してしまう。
 本書は福田政権から麻生政権へという時代背景の中、この制度改革がいかに迷走していったのかを探ったノンフィクションだ。政界、官界、財界、労働界の思惑が複雑に絡み合う構造は今も変わらない。
(2013.07.25発行)


筒井康隆 『偽文士日碌』 
角川書店 1680円

この5年間、ネットで続けてきたブログ日記が一冊になった。本を読み、原稿を書き、テレビに出演し、東京と神戸を頻繁に往復。78歳とは思えない活動力に驚かされる。文学賞選考会の裏側や、長編小説「聖痕」が新聞に連載される経緯などファンの興味は尽きない。
(2013.06.25発行)


山折哲雄 『わが人生の三原則~こころを見つめる』 
中央公論新社 1470円

宗教学の泰斗が見つけた三原則は、「人について比較しない」「だますよりだまされる人になる」「群れから離れる」。他にも『歎異抄』や『葉隠』をめぐる考察など、表題作を含め10編の随想が並ぶ。生老病死と素で向き合う姿勢は、この時代を生きるヒントとなる。
(2013.06.25発行)


NHK取材班:編著 
『日本人は何を考えてきたのか 昭和編』 

NHK出版 1890円

思想の巨人たちの足跡を追うシリーズの最終巻だ。北一輝と大川周明の昭和維新を田原総一朗が探る。また生物学者・福岡伸一が西田幾多郎と京都学派の歩みを追体験していく。彼らとその時代が抱えていた課題が、現代と深くつながっていることを再認識できる。
(2013.06.25発行)


岩波書店編集部:編 
『これからどうする~未来のつくり方』

岩波書店 1995円

「これから」を議論するための材料集である。登場するのは各界の論客228名。アベノミクスや憲法改正から「3.11」まで、鋭い分析と提言が並ぶ。たとえば、「過去を知って、自分の意見をもつ」は世直しをめぐる澤地久枝の言葉だが、本書はそのために編まれた。
(2013.06.12発行)


原田マハ 『総理の夫』 
実業之日本社 1785円

 昨年、アートサスペンスの秀作『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞を受賞した著者。その最新長編は、簡潔なタイトルに自信のほどがうかがえる異色の政界エンターテインメントだ。
 20XX年、史上初の女性総理が登場する。その名は相馬凛子、42歳。東大法学部からハーバード大に留学。政界に入る前は国際政治学者として活躍していた。そんな彼女の夫が、私こと日和だ。相馬財閥の御曹司にして鳥類学者。妻・凛子をこよなく愛する、心優しき38歳である。
 物語は日和の手記の形をとる。しかも公開はその死後だ。すでに亡き人が語る「過去としての未来」。そこにはこの国の大転換と、一組の夫婦のかけがいのない日々が描かれている。女性総理はいかにして誕生し、何を行ったのか。政財界の今を合わせ鏡のように映し出す仕掛けも秀逸だ。
(2013.07.20発行)


蔵前仁一 『あの日、僕は旅に出た』 
幻冬舎 1575円

 バックパッカーの教祖と呼ばれる著者は、80年代初めから世界各地への旅を続けてきた。その旅のことを書いて出版し、また旅の雑誌を創った。88年にわずか50部で始めたのがミニコミ誌「遊星通信」だ。やがてそれは「旅行人」というバックパッカーのバイブルのような雑誌へと成長する。
 残念ながら「旅行人」は一昨年末の第165号で休刊となり、23年の歴史に幕を下ろした。本書は今年57歳になる著者が、これまでに体験してきた旅と雑誌作りと私生活を、まるごと回想した一冊だ。79年の初海外旅行を皮切りに、インド、中国、タイなどのアジア、そしてアフリカまで、旅への没入は加速化していく。
 この30年間、世界の様相も旅の形も大きく変わってきた。「人生とはたまたまである」と著者は言う。偶然吹いてくる風に乗って、再び新たな旅に出るはずだ。
(2013.07.10発行)


青島広志 『クラシック漂流記』 
中央公論新社 1785円

当誌に連載された抱腹絶倒の音楽エッセイが一冊になった。著者は東京藝大の大学院を主席で修了した作曲家。ピアニストや指揮者としても活躍中だが、やや自虐的な目線から繰り出される文章も一級品だ。クラシックの神髄から下ネタまで、自由人の本領発揮である。
(2013.07.10発行)


山田宏一 『ヌーヴェル・ヴァーグ 山田宏一写真集』 
平凡社 2310円

ほの暗い屋根裏部屋の灯りに照らされるアンナ・カリーナ。『トリュフォーの思春期』の子供たちに囲まれるトリュフォー監督。著者にしか撮れなかった光景が次々と現れる。ヌーヴェル・ヴァーグが映画界の奇跡だったように、映画ファンにとって奇跡の写真集だ。
(2013.07.10発行)


塩沢 槙 『百年のしごと』 
東京書籍 1575円

「百年続く仕事とは、時間を超えて価値を持ち続けるものなのだ」と著者は言う。陸前高田のヤマニ醤油。東京のトンボ鉛筆。軽井沢の万平ホテル。食に関わり、道具を作り、そして生活に根ざす20の現場が登場する。働く人が語る「仕事と人生」はいずれも清々しい。
(2013.07.10発行)


鈴木涼美 『「AV女優」の社会学』 
青土社 1995円

気鋭の女性研究者が探った「性の商品化」の最前線だ。AV女優たちの日常から現場までを追いながら、その動機語りに注目する。自己演出とキャラクター化により、何を得て何を失うのか。また、いわゆる「自由意思」の奥に潜むのは何なのか。論文ルポルタージュの秀作。
(2013.07.01発行)


岡崎武志 『蔵書の苦しみ』 
光文社新書 819円

 「蔵書の喜び」ではない。苦しみである。自ら集めた数万冊の本に支配された男の奮闘記だ。まず井上ひさしや谷沢永一など先人の戦いを振り返る。続いて市井の蔵書家たちの試行錯誤を紹介する。本のために家を建てた男。トランクルームや図書館の利用などだ。
 そしてついに蔵書処分の最終手段が登場する。それが「一人古本市」だ。自分にとっての鮮度が落ちた本は勇気をもって手放すこと。同時に「理想は500冊」であり、「三度、四度と読み返せる本を一冊でも多く持っている人が真の読書家」と知るべきだ。
(2013.07.20発行)





2013年 こんな本を読んできた (6月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年
ハワイ島 2013


毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

その6月分。


2013年 こんな本を読んできた (6月編)

高杉 良 『第四権力~スキャンダラス・テレビジョン』 
講談社 1575円

 第四権力とは行政・立法・司法の三権に次ぐ影響力を持つものとして、報道を指す言葉だ。現在の新聞やテレビにそれだけの力があるか疑問だが、田中角栄元首相の命名とされている。
 この長編小説の舞台は、歴代の社長が新聞社からの天下りというテレビ局だ。「久保信ニュースショー」なる報道番組が看板で、その功労者である瀬島専務がプロパー社長の座を狙っている。ただし、瀬島は“ダーティS”とあだ名されるほど金と女に汚いことで有名だ。対抗馬はクリーンな木戸常務だが、権力闘争を好むタイプではなかった。
 主人公の藤井靖夫は経営企画部所属。会社の将来を思い、「木戸社長」の実現を目指そうとする。広報局長の堤杏子や同期入社の報道マン・辻本などが同志だ。しかし伏魔殿の闇は深く、藤井たちは泥沼の暗闘に巻き込まれていく。
(2013.05.15発行)


別役 実 『東京放浪記』 
平凡社 1890円

 著者は自らを「よそ者」と呼ぶ。満州に生まれ、高知、静岡、長野と移り住みつつ成長する間、ずっとそう思っていたというのだ。すでに半世紀以上も東京で暮らしながら、その感覚は拭えないとも。だが、そんな著者だからこそ、東京という磁場の深層に触れる好エッセイが生み出せたのではないか。
 著者が初めて接した東京の街・上野。同じ信州人でも新宿に降り立つ者とは異なる感慨があるという指摘は鋭い。また母親と一緒に暮らした渋谷は、原稿執筆のための喫茶店の街でもあった。そして高田馬場は著者が演劇と出会った早大の街だ。それぞれの街にまつわる回想は著者の自分史であり、同時代史でもある。
 さらに地下鉄銀座線、井の頭線など電車を通じての東京観察も味わい深い。ドアから入ってくる街の匂いへの郷愁など共感を呼ぶ。
(2013.05.15発行)


梯 久美子 『声を届ける~10人の表現者』 
求龍堂 1680円

『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅賞を受けた著者。この10年間に書いた人物ドキュメントをまとめたのが本書だ。谷川俊太郎、丸山健二、西川美和などが並ぶが、対象との距離感と核心部分の捉え方が絶妙。彼らに会いたかった理由が伝わってくる。
(2013.05.02発行)


森村 稔 『どこ行っきょん』 
書肆アルス 1575円

元リクルート専務取締役で評論家の著者による自伝的エッセイ集だ。終戦を10歳で迎えた少年は大学卒業後に広告マンとなり、やがてリクルート創業に参加する。企業人、読書人、趣味人の先達が語る仕事、文学、映画、そして人間。「テレビと新聞で半日をつぶすな」などの助言も小気味いい。
(2013.05.15発行)


ミシマ社:編 『仕事のお守り』 
ミシマ社 1365円

探検家・西堀栄三郎の「人間は経験を積むために生まれてきた」をはじめ、古今東西の名著から厳選した言葉が並ぶ、働く全ての人のための金言集。さらに出版社として交流のある著者たちのオリジナル「仕事エッセイ」も収録されている。心が疲労気味の人ほど有効。
(2013.05.02発行)


荒木飛呂彦 『荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟』 
集英社新書 777円

 『ジョジョの奇妙な冒険』などで知られる漫画家は稀代の映画好きでもある。『奇妙なホラー映画論』に続く本書では、サスペンスをキーワードに映画を解読していく。著者によれば、ジャンルを問わず、よい映画にはサスペンスがある。そのベストオブベストは『ヒート』と『96時間』だ。
 また名作の条件として「男が泣けること」を挙げる。『大脱走』から『ミッドナイト・ラン』まで、自らの信念を貫く姿に涙するのだ。そんな著者が大きく1章を割いたのがクリント・イーストウッド監督。社会からはみ出す男の美学に酔う。
(2013.05.22発行)


薬丸 岳 『友罪』 
集英社 1785円

 もしも会社の同僚であり友人でもある人間が、過去において重い犯罪を犯していたと知った時、どう向き合えばいいのか。本書は、世間を震撼させた連続児童殺傷事件をベースに、犯人だった少年の現在を描いた問題作である。
 27歳になる益田純一はジャーナリスト志望でありながら、不本意にも町工場に就職する。一緒に入社したのは鈴木。だが彼は自分のことを語りたがらず、他人との交わりも避けていた。しかも夜になると、隣の部屋でうなされ続けるのだ。
 徐々に鈴木の過去が気になっていく益田。それは13年前に起きた事件の記憶に起因していた。小学校低学年の男児2人を殺害したのは自分と同い年の中学生だったが、その犯人像と鈴木が重なり始める。
 果たして、人を殺した人間は世間の憎悪に怯えながら生きていくしかないのか。
(2013.05.10発行)


工藤美代子
『悪童殿下~怒って愛して闘って 寛仁親王の波乱万丈』 

幻冬舎 1365円

 昨年6月に、66年の生涯を閉じた三笠宮寛仁親王。著者は少女時代に殿下と出会い、友人の一人として晩年まで交流があった。だが、本書はいわゆる評伝ではない。極めて個人的な回想記、そして追慕の書だ。いや、だからこそ、ここには誰も知らない素顔の親王がいる。
 まず、三笠宮家という環境に驚かされる。家族一緒に暮らす。御所言葉を使わない。一般の教育を受ける。それがベースとなって、人を、女性を、養子、学歴、出自、性別などで差別しない親王が育った。また高校時代の自分を、「良性ではあるけれど不良でしたね」と振り返る洒脱さも。
 皇族という立場を超えて福祉への貢献に励み、同時に「皇族はどうあるべきか」を問い続けた。結婚別居、女性関係、皇籍離脱発言、アル中など話題に事欠かなかった“異端の皇族”の実相が見えてくる。
(2013.05.30発行)


鈴木哲夫 
『最後の小沢一郎~誰も書けなかった“剛腕”の素顔』 

オークラ出版 1575円

剛腕、壊し屋など、メディアが小沢一郎を伝えるキャッチフレーズにネガティブなものが多いのはなぜか。長年取材してきた著者だからこそ見える、小沢の素顔と虚像とのギャップ。政権交代可能な二大政党制の実現に命を削ってきた政治家の過去と現在がここにある。
(2013.06.28発行)


樋口州男:編著 『史料が語るエピソード 日本史100話』
小径社 1785円

歴史研究の進歩によって、これまでの定説も変化していく。後白河院と二条天皇の双方に気を使った平清盛のバランス感覚。全山消失ではなかった信長の比叡山焼き討ち。廃藩置県を第二の維新と位置付けていた西郷隆盛。一級の史料を解読することの面白さを知る。
(2013.04.20発行)


高橋敏夫、田村景子:監修 『文豪の家』 
エクスナレッジ 1680円

36人の文豪たちの家が写真と解説で紹介されている。斜陽館の名で公開されている太宰治の生家。軽井沢にある堀辰雄の家と山荘。漱石と鴎外が暮らした借家は明治村に移築されている。家は単なる住まいに非ず。文豪の思考、感覚、気分を鮮やかに浮か上がらせる。
(2013.04.30発行)


藤野眞功 『アムステルダムの笛吹き』
中央公論新社 1785円

 本書には6篇のルポルタージュと6篇の小説が収められている。だが知らずに読んだら、どれがノンフィクションで、どれがフィクションか区別がつかない。共通するのは強烈な物語性であり、虚実皮膜の妙を堪能できる秀作短篇集だ。
 アムステルダムで偶然出会った男が、ジャズのステージで見せた奇跡のパフォーマンスを活写する表題作。また、「麻薬取締官の憂鬱」では生々しい取締りの実態を追いながら、一方で大麻解禁派の主張も語られる。法律の網の目からこぼれ落ちる人間の感情を拾うのだ。
 「ノー、コメント」は、張り込み取材を敢行する男が尿意と戦う様子をユーモアたっぷりに描いた作品。ノーコメントは通常、黙秘と主体性の排除を表すが、この言葉を挟んで対峙する両者の緊張感が鮮やかだ。体験と想像力が生み出す、活字ならではの世界。
(2013.05.25発行)


木皿 泉 『木皿食堂』 
双葉社 1470円

 ドラマ『野ブタ。をプロデュース』『すいか』などの脚本家であり、初の連作長編小説『昨夜のカレー、明日のパン』も話題の著者。実は夫婦合作のためのペンネームである。本書はエッセイ、インタビュー、対談、シナリオ講座などで構成された、いわば満漢全席だ。
 夫は9年前に脳出血で倒れ、現在も後遺症と戦っている。妻はうつ病の治療を受けながら夫の介護と執筆を続けてきた。そんな夫婦がすこぶる明るい。たとえば、2人が別れることになったら「何て言ってほしい?」と妻が聞く。夫の答えは「また会おうね」だ。
 またドラマ脚本の第一命題は役者が楽しめることだと言う。現場の人間が脚本を好きになれば、必ず画面に反映される。その上で、目指すのは辛い思いをしている人たちに、「いてよし!」と言ってあげられるドラマだ。誰もが、いてよし!
(2013.05.25発行)


山田宏一 『映画 果てしなきベスト・テン』 
草思社 2730円

1938年、ジャカルタ生まれ。著者は映画批評界の長老とも呼ぶべき大ベテランだ。しかし、その瑞々しい映画愛は今も変わらない。「ベスト・テンはその年の映画ファンとしての自分自身の心の運動の軌跡」の言葉通り、選ばれた40年間の面白い映画に圧倒される。
(2013.05.30発行)


井上章一:編 『性欲の研究 エロティック・アジア』 
平凡社 1890円

反日を叫ぶ中国の若者たちも、日本のAV女優「蒼井そら」は大好き。性欲は国境も国益も超えるのだ。本書は気鋭の研究者たちの論文やコラムなどによって、その事実を証明している。日中の理想の男性器。韓国の整形美人と儒教精神。東アジアのエロス交流史だ。
(2013.05.24発行)


鹿島田真希 『暮れていく愛』 
文藝春秋 1890円

結婚10年の夫婦。妻は夫の浮気を疑っている。夫は妻の不機嫌の原因がつかめない。その緊張感から逃げたくて、他の女性に目を向け始める。夫と妻、それぞれの“こころの声”が交互に語られていく本書。昨年、『冥土めぐり』で芥川賞作家となった著者の新境地だ。
(2013.05.24発行)


嶋 浩一郎 『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』 
祥伝社新書 819円

 著者は「本屋大賞」の立ち上げに関わった広告マン。しかも最近は本物の本屋まで開いてしまった。ネット書店全盛の時代に、なぜリアル書店なのか。まず、そこには想定外の情報との出会いがある。次に欲望を言語化してくれる。買うつもりのなかった本を入手した時、それは自分でも気づかない欲望の発露なのだ。
 他にも本に関する“目からウロコ”のアドバイスが並ぶ。気になった本は買う。全部を読む必要はない。付箋を貼りノートに書き写す。そして、本は捨てない。本と本屋は自分の世界を広げてくれる増幅装置だ。
(2013.06.10発行)


平敷安常 
『アイウィットネス~時代を目撃したカメラマン』
 
講談社 2940円

 75歳になる著者の経歴はかなりユニークだ。毎日放送のニュースカメラマンとしてベトナム戦争を取材。その任が解かれた時、取材を続けるために辞職する。米ABC放送サイゴン支局のテレビカメラマンとなり、サイゴン陥落までの10年間、現地に留まった。
 その後は西独ボン支局やニューヨーク本社を拠点に、イラン革命、ベイルート市街戦、ベルリンの壁崩壊、湾岸戦争、そして同時多発テロまでを取材する。記者、カメラマンを問わず、そんな経験をしてきた日本人など他にいない。
 本書は大宅賞を受賞した前著『キャパになれなかったカメラマン』の続編だ。しかも自らの体験以上に、共に過酷な現場で報道を続けてきた仲間たちの軌跡を綴っている。個人の回想記を超えて、現代ジャーナリズムの貴重な証言であり、ドキュメンタリーである。
(2013.06.11発行)


今野 敏 『クローズアップ』 
集英社 1680円

 報道番組「ニュースイレブン」の記者・布施と、警視庁捜査1課特命捜査対策室の刑事・黒田。タイプも立場も異なる2人が、絶妙な距離感を保ちながら協力して事件に挑む、「スクープ」シリーズの最新作だ。
 公園で刺殺体となって発見されたのは、暴力団に関する記事を得意とするライターだった。偶然現場近くにいたという布施が撮った映像はスクープとして流されるが、本人はあまり興味を示さない。追いたいのは大物政治家へのネガティブキャンペーンの背景だった。
 一方、黒田は数か月前に発生した事件との関連を思った。暴力団組長の命を狙いながら失敗したヒットマンが、出所した直後に殺害されたのだ。黒田は相棒の谷口と共に捜査を開始する。
 それぞれの組織からはみ出した記者と刑事の人間像が魅力的な本書は、著者のデビュー35年記念第3弾だ。
(2013.05.30発行)


角谷 優 
『映画の神さま ありがとう~テレビ局映画開拓史』 

扶桑社 2100円

現在ほど多くの日本映画にテレビ局が関わっている時代はない。その道筋をつけたのが元フジテレビ映画部長の著者だ。本書は劇場版『踊る大捜査線』の15年前に、『南極物語』を大ヒットさせた男の自伝的映画論。役者や監督以上に映画の裏方たちを熱く語っている。
(2012.11.30発行)


岡崎宏司 
『フォルクスワーゲン&7thゴルフ 連鎖する奇跡』 

日之出出版

ゴルフがデビューしたのは約40年前。その画期的なコンセプトと品質が世界の車業界に衝撃を与えた。新たに登場した7代目もまた、完成度の高さで話題となっている。モータージャーナリストとしての長いキャリアを踏まえ、フォルクスワーゲンの深層に迫る一冊だ。
(2013.05.20発行)


野呂邦暢 『棕櫚の葉を風にそよがせよ』 
文遊社 2940円

『草のつるぎ』で芥川賞を受けた著者が亡くなってから33年。小説集成全8巻の刊行が始まった。この巻には第1作『壁の絵』など瑞々しい初期作品が収められている。戦争、故郷、父と子など野呂文学の原点ともいうべきテーマの数々が、時代を超えて浮上してくる。
(2013.06.01発行)




2013年 こんな本を読んできた (5月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年
ハワイ島 2013


「週刊新潮」に書いてきた書評で、今年読んだ本を振り返っています。

以下は5月編です。


2013年 こんな本を読んできた (5月編)

黒川博行 『落英』 
幻冬舎 1890円

大阪府警のマル暴担当を通じて、警察と闇組織の癒着や隠蔽などをリアルに描いて話題を呼んだ『悪果』。6年ぶりの本格警察小説となる本書では、危うい囮捜査にのめり込む刑事たちの心理と行動に迫っている。

薬物対策課の桐尾と上坂が捜査中に見つけたのは中国製のトカレフだ。しかも、それは16年前に和歌山で起きた銀行副頭取射殺事件で使用されたものだった。2人は和歌山県警の満井と組まされ、捜査を開始する。

ところが、この満井の悪徳刑事ぶりが半端ではない。事件に関わる暴力団幹部に問題の拳銃と同じものを売りつけようとするのだ。最初は満井と距離を置いていた桐尾と上坂だったが、金や女への欲望に突き動かされ、境界線を越えていく。

先の読めない展開と3人の刑事の個性が際立った、ヘビー級の“ピカレスク刑事小説”である。

(2013.03.20発行)


西原理恵子・吾妻ひでお 『実録!あるこーる白書』 
徳間書店 1260円

『毎日かあさん』と『失踪日記』の漫画家が、漫画ではなくアルコール依存症について語り合った対談集。解説によれば、吾妻は「日本で一番有名な生きているアル中マンガ家」であり、西原は「日本で一番有名なアル中家族」だ。

まず、自身が依存症との壮絶な闘いをしてきた吾妻の体験談が怖い。酒による幻覚、幻聴を消すためにまた酒を飲むという悪循環は、やがて自傷行為へと向かう。一方の西原は依存症だった夫から延々と罵られ、仕上げた原稿を破られる。がんも発症した夫は八方塞がりの状態となっていく。

本書では、自力で這い上がれない状態を自覚する「底付き」の重要性や、依存者を助けるつもりで逆の結果をもたらす「イネーブラー」という存在も知ることができる。酒好きな人ほど一読の価値がある、面白くて大真面目な啓蒙の書だ。

(2013.03.31発行)


スティーヴン・レベロ:著、岡山徹:訳、谷川建司:監修
『ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ』 

白夜書房 3000円

スリラー映画の名作『サイコ』。この作品がいかに作られたのかを追ったノンフィクションだ。映画の設計図である脚本が出来ていくプロセスから、撮影技術上のチャレンジまで興味深いエピソードが並ぶ。アンソニー・ホプキンス主演の近作映画の原作でもある。

(2013.03.01発行)


鹿島 茂 『「悪知恵」のすすめ』 
清流出版 1785円

副題は、ラ・フォンテーヌの寓話に学ぶ処世訓。17世紀の作家が『イソップ童話』をもとに書いた、大人のための人生論を解説している。「恐るべきは、小さな敵」「強い者の理屈は常に正しい」「本性はすべてをあざ笑う」など、フランス製の毒とエスプリが味わえる。

(2013.04.02発行)


木村泰司 『謎解き西洋絵画』 
洋泉社 1890円

名画に隠された27のミステリーを、西洋美術史家である著者が読み解く。「星月夜」でゴッホの筆遣いがうねっている理由。セザンヌの「水浴図」はなぜ男女別々に描かれたのか。ゴーギャンが作品にタヒチ語のタイトルを付けた狙いとは?もう一つの美術史だ。

(2013.04.08発行)


小谷野 敦 『ウルトラマンがいた時代』
ベスト新書 800円

特撮評論、70年代批評、そして回想エッセイが融合した異色の“ウルトラ本”である。著者は「解釈するのではなく、あの時代の雰囲気を表しつつ、ウルトラマンを論じる方法」を考えたと言う。名作「ウルトラセブン」と同時に、「帰ってきたウルトラマン」を評価する視点もユニークだ。

本書の発売後、版元から年号や人名など17項目にわたる正誤表が発表になった。とはいえ、その完成度を非難するより、自らの知識を試す「間違い探し」に挑戦するのはどうだろう。「ウルトラ」ファンとしての乙な楽しみ方かもしれない。

(2013.04.20発行)


川島蓉子 
『エスプリ思考~エルメス本社副社長、齋藤峰明が語る』
 
新潮社 1365円

「エルメス」は、なぜ世界的ブランドとして輝き続けているのか。本社の経営に参加した初めての日本人・齋藤を取材することで、その秘密を探っている。

エルメス自体もさることながら、齋藤が歩んできた約60年の人生がすこぶる興深い。19歳で渡仏。「三越トラベル」から「パリ三越」へと、百貨店全盛時代を体現する活躍を見せる。そして運命ともいえるエルメスとの出会い。

齋藤が語るエルメスは、ものを作って売るだけでなく、「社会と接点を持って役割を果たしていく社会的集団」である。分業ではなく、一人の職人が責任と愛情でモノ作りを行う。量より質。流行よりも創造。何よりエスプリと呼ぶべき精神的価値を大切にしている。 

エルメスでさえ“崩して作る”時代。これからの日本に必要な新しい消費のカタチのヒントも見えてくる。

(2013.04.20発行)


葉室 麟 『陽炎の門』 
講談社 1680円

黒島藩の新たな執政となった桐谷主水。37歳の若さでの“入閣”は異例の出世だった。もちろん陰口を叩く者も多い。かつて城内で不穏な出来事があり、主水の証言によってライバルで親友だった芳村綱四郎が切腹。その介錯を務めたことも人々の記憶に新しい。

主水の妻・由布は綱四郎の娘だが、互いを思いやる仲のいい夫婦だ。ところが突然、由布の弟・喬之助が「父の仇討ち」と称して現れる。相手は主水。父・綱四郎が無実だった証拠もあると言う。主水は自らの証言が正しかったことを明らかにするする必要に迫られ、過去の事件を洗い直す。

物語全体を貫く大きな謎があり、良質なミステリーとしても読める。また城内の派閥抗争が複雑にからみ合う企業小説でもある。しかし、主人公の主水を軸に展開される人間ドラマこそ、本書最大の魅力だ。

(2013.04.16発行)


長濱利廣     
『図解 90分でわかる!日本で一番やさしい「アベノミクス」超入門』
 
東洋経済新報社 1050円

著者は第一生命経済研究所主席エコノミスト。平易でありながら本質を的確に捉えた解説が見事だ。「賃金の下落こそがデフレの正体」であり、安倍内閣のリフレ政策の意味もそこにある。またここ数年を日本経済の歴史的転換点だと指摘。持つべき視点を提言している。

(2013.04.18発行)


梅 良 『新宿歌舞伎町滅亡記』 
左右社 1050円   

新宿は「衝動が現実となって暴走する街」だ。カメラマンとして見つめ続けてきたからこそ書ける、街と人の深層がここにある。ホームレス、風俗嬢、そして薬中毒。突然現れては消える彼らの肉声から、煩悩と欲望に彩られた、もう一つの日本の姿が見えてくる。

 (2013.04.30発行)


小田嶋 隆 『場末の文体論』 
日経BP社 1470円   

日経ビジネスオンラインに連載中の人気コラム集だ。北杜夫や立川談志への追悼を同時代史として語り、ソニーの凋落を通じて自らの愛国心を検証する。また、かつてのデモ隊と昨今の官邸前デモを比較し、その柔軟さに可能性を見る。“正しいおじさん”の面目躍如。

(2013.04.22発行)


里見 蘭 『ミリオンセラーガール』 
中央公論新社 1575円

三浦しをん『舟を編む』は、普段うかがい知ることの出来ない辞書作りの現場を描いて秀逸だった。本書もまた出版界が舞台の仕事小説。しかも縁の下の力持ちである営業セクションだ。本と読者をつなぐ、密かで熱い物語が展開される。

ファッション誌の編集者に憧れていた新人・沙智。配属されたのは販売促進部だった。慣れない書店営業で疲れ切った沙智に、先輩の編集者から特命が下る。彼が担当する、ほぼ無名の作家の新作をミリオンセラーにしろと言うのだ。出版の基礎知識にさえ欠ける沙智の大奮闘が始まる。

出版社の編集部や営業部はもちろん、取次(問屋)や書店の人々は何を考え、どんな仕事をしているのか。出版不況といわれる中で、本はいかに生まれ、広がっていくのか。そのミステリアスでハードボイルドな世界が活写されていく。

(2013.04.25発行)


亀和田 武 『夢でまた逢えたら』 
光文社 1680円

著者は70年代後半、自販機ポルノの代名詞だったアリス出版を拠点に編集者として活躍。また80年代半ばには深夜番組『ミッドナイトin六本木』の司会者も務めている。そんな時代に出会った、忘れられない人々の回想記だ。

敬愛する手塚治虫から、「いま誰か面白いマンガ家はいる?」と聞かれた話。ナンシー関との「仕分けの蓮舫」をめぐるやり取り。学生時代から親交があった絵本作家・佐野洋子の思い出など、今は亡き人たちが静かに語られる。

その一方で、生きている者たちをユーモア交じりでばっさり斬る。著者をはじめ他の出演者の前で、元アイドルを口説いた「西部警察」系俳優。ディスコの黒服からテレビ業界に入り込み、女子大生モデルなどをナンパしまくる、後の世襲系国会議員。本書では彼らも全て実名である。

(2013.04.20発行)


太田直子 『字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記』 
岩波書店 1680円

映画『ボディガード』『バイオハザード』などの字幕で知られる著者。その作成術から言葉へのこだわりまでを開陳している。日常では使うことを躊躇する「癒し」や「自分探し」を、恥ずかしい登場人物にあえて言わせたりするのだ。映画が2倍面白くなること必至。

(2013.04.16発行)


巌谷國士 『<遊ぶ>シュルレアリスム』 
平凡社 1680円

著者によれば、シュルレアリスムとは「真の現実(あるいは超現実)」や「真の人生」に出会おうとする物の見方、また生き方を指す。本書に登場するのはダリやデュシャンなど総勢47人。代表作の美しい図版と独自の解説が並ぶ。驚異と不思議の別世界への案内書だ。

(2013.04.24発行)


沢木耕太郎 『旅の窓』 
幻冬舎 1050円

旅先でカメラのシャッターを押す。ある時は狙って、またある時は無意識に。記憶の底に堆積した一枚ずつの写真を眺め、短い文章を添える。本書はそんなふうにして出来たフォト文集だ。風景の向こうに著者の心の奥を垣間見るような、静かで豊かな体験ができる。

(2013.04.24発行)


林 真理子 『野心のすすめ』 
講談社新書 777円

ある作家が「エッセイとは結局、自慢話である」と書いていた。ならば本書は究極の自慢話かもしれない。「有名になりたい」「作家になりたい」などの願望を達成してきた著者が自身の軌跡を振り返り、「夢の実現に躊躇するな」「野心を持て」と説くのだから。

だが、ここには本音の人生訓が詰まっている。曰く「恐ろしいのは止まっている不幸」。また曰く「人生に手を抜いている人は他人に嫉妬さえできない」。さらに人生を長いスパンで考え、俯瞰で見ることを推奨。「妄想力」が野心家への第一歩であることを知る。

(2013.04.20発行)


山本兼一 『花鳥の夢』
文藝春秋 1995円

戦国の世に天才絵師の名を欲しいままにした狩野永徳。その栄光と孤独を描き切った長編小説である。

物語は永徳18歳の春から始まる。やや凡庸な絵を描く父よりも、祖父の天才を受け継いでいたのは永徳だった。その技が生かされた最初の舞台は『洛中洛外図』だ。京の町を歩き回り、写生を重ね、想を練る。描きだすと、寝ることさえ忘れる集中力を発揮した。

やがて屏風は完成し、依頼主の足利義輝に引き渡される。しかし、その義輝も戦乱の中に消えていく。代わって時代をリードするのは信長や秀吉であり、永徳もまたこの稀代の戦国武将たちと向き合うことになる。

本書の読みどころの一つが、ライバル・長谷川等伯との確執だ。その強烈な嫉妬と敵愾心の中に「人間・永徳」を解く鍵もある。自らの画業への飽くなき執念に生きた男の一代記だ。

(2013.04.25発行)


山田純大『命のビザを繋いだ男~小辻節三とユダヤ難民』 
NHK出版 1785円

「命のビザ」といえば、杉原千畝の名前が思い浮かぶ。それによって、多くのユダヤ難民が救われたからだ。では杉原が送り出したユダヤ人を日本で受けとめたのは誰だったのか。それが小辻節三である。本書は知られざる人物像を探った初の本格的伝記だ。同時に俳優である著者が試みた追跡行の記録でもある。

当時、杉原が発給したビザは日本を“通過”するためのものだった。しかし許された短い滞在では目的地の国に入る準備は不可能に近い。ビザが延長されなければ、彼らは死が待つ本国に強制送還だ。不穏な空気に包まれた時代。ナチスからの追手も徘徊するこの国で、命を賭して彼らを保護したのが牧師であり、宗教学者であり、ヘブライ語にも通じた小辻節三だった。

彼はなぜそんな行動がとれたのか。そのことを、今まで多くの人が知らなかったのはなぜなのか。そんな疑問に迫る力作ノンフィクションだ。

(2013.04.25発行)


コウ ケンテツ 『コウ ケンテツの食パン食』  
NHK出版 1470円

著者はNHK『きょうの料理』などで知られる料理研究家だ。トースト、サンドイッチ、そしておやつパン。何の変哲もない食パンが多彩なメニューに変身するプロセスはまるでマジックだ。しかも料理に不慣れな人でも簡単に作ることができる。厨房男子への第一歩だ。

(2013.04.20発行)


岡崎英生 『畑のおうち~クラインガルデンの12ヶ月』  
日本インテグレート 1700円   

50歳をすぎてから、信州の小屋付き貸し農園で始めた「週末農夫」。畑を耕し、田んぼに苗を植え、野菜を収穫し、花を楽しむ。そこでは時間の流れも緩やかだ。すべては「土が教えてくれる」と語る著者。こんな暮らし方もあるのかと、視野がひらける思いの一冊だ。
 (2013.06.01発行)


吉本隆明、ハルノ宵子 『開店休業』 
プレジデント社 1575円

昨年3月に逝去した吉本隆明。遺された最後の自筆連載は食エッセイだった。子ども時代、自分で獲ってきた青海苔とごはんの美味さ。母親が作った、かき揚げ汁。好物の甘味と酒の思い出。自らを「食欲中毒(過多)」と呼び、食事制限と戦った吉本ならではの回想集だ。

(2013.04.30発行)


2013年 こんな本を読んできた (4月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年
ハワイ島 2013


「週刊新潮」に書いてきた書評で、2013年に読んだ本を振り返っています。

その4月編。


2013年 こんな本を読んできた (4月編)

伊坂幸太郎 『ガソリン生活』 
朝日新聞出版 1680円

本書はミステリーの佳作であり、クルマ小説の異色作である。何しろクルマ自体が語り手なのだから。

主人子はマツダのデミオ、色は鮮やかな緑だ。仙台に暮らす大学生・望月良夫と“灰色の脳細胞”を持つ小学生の弟・享が乗ったデミオに、有名女優の翠が勝手に乗り込んできたことから事件は始まる。翠は不倫疑惑でマスコミに追われていたのだ。しかも良夫たちと別れてから数時間後、彼女は不倫相手と共に事故死してしまう。やがて兄弟の前に、この事故を目撃したという芸能記者が現れて・・。

クルマ同士が人間には聞こえない言葉で話をしているという設定が秀逸だ。さらに言語体系が違うのか、ハイブリッドのプリウスも電気自動車のリーフも登場しない。愛すべきアナログであるガソリン車たちのウイットに富んだ会話と、意外な物語展開が楽しめる。

(2013.03.30発行)


増谷和子 『カコちゃんが語る植田正治の写真と生活』 
平凡社 1890円

著者は今年生誕百年を迎える前衛写真家・植田正治の長女。植田の代表作に数えられる「カコ」「パパとママとコドモたち」などで被写体となった。本書は自身の少女時代と植田の晩年を軸にした回想記である。

何より著者が体験した撮影現場が興味深い。独特の構図は事前に用意されたものではなく、「カメラを構えると、自然に構図ができちゃう」ものだった。ふだんは冗談ばかり言っている植田が撮影となると真剣で容赦がなくなる。それでいて撮り終わると子どもたちと楽しそうに遊ぶのだ。

またメンズビギの依頼で撮った「砂丘モード」が、妻を亡くして気力を失っていた植田の復活劇だったことも明かされる。実はそこにも“写真する”父を支える家族の姿があった。本書にはこうした一連の代表作だけでなく、貴重な未発表写真も多数掲載されている。

(2013.03.01発行)


福井雄三 
『世界最強の日本陸軍~スターリンを震え上がらせた軍隊』
 
PHP研究所 1575円

本書の目指すところは流布された「陸軍悪玉・海軍善玉」論を覆すこと。日本陸軍の名誉回復である。著者は新たな視点でノモンハンの激闘やシンガポール陥落の意義を探り、返す刀で海軍上層部の戦略と作戦指導を批判する。この国の現在にも繋がる果敢な論考だ。

(2013.03.08発行)


川上未映子 『安心毛布』 
中央公論新社 1365円

『発光地帯』『魔法飛行』に続く非日常的な日常エッセイの第3弾。食にまつわるあれこれをはじめ、鋭い五感でキャッチした「ふと気になるもの」を豊かな表現で伝えている。「ふつうに人生を生きてゆくことがすべての人にとっては相も変わらぬ椿事」に納得。

(2013.03.10発行)


高橋源一郎 『国民のコトバ』 
毎日新聞社 1680円

若者の活字離れがうんぬんされるが、彼らがネット上で送受信しているほとんどは活字だ。しかし日本語の「とびきり面白く楽しい、不思議な魅力」は知らないかもしれない。「萌えな」ことば、「官能小説な」ことばなど、本書には活字中毒者の愉悦の声が響く。

(2013.03.05発行)


みうらじゅん 『セックス・ドリンク・ロックンロール!』 
光文社 1575円

2浪してムサビ(武蔵野美術大学)に入った著者の半自伝的小説だ。主人公の純は京都出身。横尾忠則のような芸術家になりたくて上京してきた。

入学と同時に“ロックな生活”が始まるはずが、入学式に遅刻。女子学生に声をかけられ、アパートまでついて行く。酒に弱いくせに、「ロックといえば酒とタバコ」と信じる純はビールで酩酊。その上、ノーブラにTシャツの彼女が言うのだ。「男と女がいたらセックスしかないだろ」。

また、教室の誰もが「自分は普通の人とは違う」と思い込んでいる中で、断トツの変人が玉手だった。彼と2人で「猫部」なるサークルを創立。クイズ番組への出演からゴジラの着ぐるみ強奪作戦まで、学内外で珍騒動を巻き起こす。

著者の半身ともいえる玉手のキャラクターが秀逸な80年代青春グラフィティだ。

(2013.03.20発行)


今野 浩 『工学部ヒラノ教授と七人の天才』 
青土社 1575円

大学の「工学部」とその住人を内側から活写する、実録秘話の最新作である。我が国の工学部の総本山、日本のMITともいわれる東京工業大学に赴任してきたヒラノ教授。そこで見たのは天才という名の奇人、変人たちの生態だった。

登場する7人の天才はもちろん、周辺の人たちも含めて登場人物はほぼ実名だ。数学、ファイナンス、会計学、そして情報システムでもプロ級の知識を持つスーパー・エンジニア、白川浩博士。数学の超難問に挑み続けた後、なぜか良寛研究者になった冨田信夫博士。正義論研究の第一人者だった藤川吉美助手は、転出後数年で大学学長に就任する。

そして東工大の大スターだった江藤淳教授の、大学人としての常人離れした行動の数々が明かされているのも本書の特色だ。天才たちへの敬愛と哀惜に満ちた人間図鑑というべき一冊。

(2013.04.01発行)


片山 修 『「スマート革命」で成長する日本経済』 
PHP研究所 1785円

震災後、エネルギーの有効活用は焦眉の課題となった。そこで注目されているのがスマートグリッド。情報通信技術で電力の需要と供給のバランスをとる、次世代型エネルギーシステムだ。本書は、自動車から住宅まで豊富な事例を紹介する新産業ドキュメントである。

(2013.04.04発行)


中野 翠 『この世は落語』 
筑摩書房 1575円

いつも落語のCDを聴きながら眠りにつくという著者。本書は名作落語の世界を題材にしたエッセイ集だ。酒呑みの気持ちと「芝浜」、懐かしの居候と「湯屋番」、圓生の計算が冴える「死神」などが語られる。巻末には、朝日名人会プロデューサー京須偕充との対談も。

(2013.03.20発行)


大竹 聡 『ギャンブル酒放浪記』 
本の雑誌社 1680円

競馬、競輪、競艇、オートの開催場を訪ねて投票する。当たってもハズれても近くの酒場で飲むという、実に罰当たりな鉄火場紀行だ。著者は「酒とつまみ」初代編集長。多摩川にはじまり、船橋、松戸、前橋と、予想と結果を公開しながら「飲む打つ飲む」旅が続く。

(2013.03.20発行)


石田 千 『役たたず、』 
光文社新書 819円

著者はここ数年の小説「あめりかむら」と「きなりの雲」が連続して芥川賞候補となった注目の作家だ。日常の中の発見や驚きを、ユーモアを交えて綴った連載エッセイが一冊になった。原節子の『めし』、ヘプバーンの『いつも二人で』などを例に挙げ、「ほんとの恋は、マンネリ峠を越えてから」と名言を吐く。

また、ふられた若い人ともつ焼きを食べに行けば、「しっかりしなさんな」と励ます。独力で乗り切れる安泰はすでになく、他人に任せることのできない人は信頼されないからだ。これまた見事な卓見である。

(2013.03.20発行)


江上 剛 『慟哭の家』 
ポプラ社 1680円

千葉県北西部の団地で起きた殺人事件。57歳の押川透が妻と息子を刺殺し自分も死のうとしたが果たせず、警察に通報してきたのだ。しかし、それは単なる無理心中ではなかった。

国選弁護人を引き受けた長嶋駿斗は、拘置所で面会した押川から意外なことを言われる。「弁護士を必要としていません。すぐ死刑にして欲しいのです」

押川が殺した28歳の息子はダウン症だった。その世話は大変だったが、同じような子供のいる家庭は多い。では、なぜ押川は凶行に及んだのか。いとこで新聞記者である七海の協力を得ながら真相を探っていく駿斗。やがて裁判が始まった。

本書はもちろんフィクションだが、知的障害者を取り巻く環境や家族の問題は辛くなるほどリアルで切実感がある。愛情や博愛主義など精神論だけでは乗り越えられない現実に、鋭いメスを入れた問題作だ。

(2013.02.13発行)


浅野温子 
『わたしの古事記~「浅野温子 よみ語り」に秘めた想い』
 
PHPエディターズ・グループ

女優である著者は國學院大学客員教授としても活躍している。さらに日本の古典にオリジナル解釈を加え、現代語で脚色した物語を読み語る活動を10年にわたって続けてきた。本書では、一人語りの舞台「浅野温子よみ語り」を再現しつつ、読者を「古事記」の世界へと案内してくれる。

たとえばイザナギとイザナミを通じて語られるのは夫婦の絆だ。現世と黄泉の国の境界で別れる神たちから、互いに「やりきった」男女が次のステップへ向かう覚悟を学ぶ。またアマテラスと企業の第一線で働くキャリアウーマンを重ねて、葛藤や失敗にもひるまない生き方を探っている。

物語の原点としての「古事記」が、いかに現代人の日常と深く関連するテーマを内包しているのかを知り、驚かされる。行間から著者の“よみ語る”声が聞こえてくる、癒しの一冊だ。

(2013.03.18発行)


島 朗 『島研ノート 心の鍛え方』 
講談社 1470円

著者は棋士九段で、将棋研究会「島研」の主宰者。羽生善治、森内俊之、佐藤康光の卓越した技術と精神を熟知する男でもある。羽生の強さは「弱点だけでなく長所をつかませないこと」。また「局面の可能性を常に探す習性」にも注目する。将棋ファン必読の一冊だ。

(2013.03.28発行)


下重暁子 『この一句~108人の俳人たち』 
大和書房 1680円

江戸時代から現代まで、著者が選んだ俳人108人が並ぶ。見開きの右ページに3句、左には達意の解説。芭蕉、一茶はもちろん、岸田今日子、小沢昭一、和田誠の作も味わえる。俳句が形やテーマにも縛られない自由な表現の場であることがよく分かる。

(2013.03.30発行)


石山智恵 『女子才彩 わたし色の生き方』
PHP研究所 1575円

著者がキャスターを務める番組『女子才彩』は、各界で活躍中の女性に密着取材とインタビューで迫るドキュメンタリーだ。本書には江戸指物師から町工場社長まで、著者が出会った多彩な12人が紹介されている。共通するのは、自分だけの何かを大切にする意志だ。

(2013.04.19発行)


2013年 こんな本を読んできた (3月編)

2013年12月25日 | 書評した本 2010年~14年
ハワイ島 2013


毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、今年読んできた本を振り返っています。

以下は、3月分です。

(文末の日付は本の発行日)


2013年 こんな本を読んできた (2月編)

真保裕一 『ローカル線で行こう!』 
講談社 1575円

地方鉄道の再生物語とミステリーが融合した長編小説である。舞台は廃線寸前の赤字ローカル線「もりはら鉄道」。県庁から出向して副社長を務める鵜沢哲夫と、新幹線の車内販売員から社長に抜擢された篠宮亜佐美が主人公だ。

利用者の気持ちを熟知する亜佐美は次々と集客イベントを仕掛けると同時に、社内の淀んだ空気も変えていく。タイミングを見て、もり鉄に引導を渡す役割を帯びていた鵜沢だけでなく、株主である銀行や県庁側もその成果に驚かされる。 

一方、自力再生の努力に水を差すような、運行妨害や駅舎の火災など不審な出来事が多発する。明らかにもり鉄を潰すことが狙いだ。誰が、何を目的に仕掛けているのか。存続を賭けた最後のイベント「もり鉄祭り」が刻々と迫る。それは鵜沢と亜佐美、それぞれの人生の勝負所でもあった。

(2013.02.12発行)


沢木耕太郎 『キャパの十字架』 
文藝春秋 1575円

写真の歴史の中に燦然と輝く一枚。ロバート・キャパという戦場カメラマンの名を世界的なものにした記念碑的作品。それがスペイン戦争時に撮影された「崩れ落ちる兵士」だ。共和国軍兵士が反乱軍の銃弾に当たって倒れる決定的瞬間を捉えて、この戦争を象徴するビジュアルとなった。

しかし、あまりに奇跡的なタイミングでシャッターが切られていることで、この写真をめぐる真贋論争が長く続いてきた。フェイクかポーズか。本当に撃たれた瞬間なのか。もしくは、キャパがとんでもない僥倖にめぐまれたのか。

著者はその真実を探るべく、スペインをはじめ各地を取材して歩く。現地、そして現場に立ってこそ見えてくるものがあるからだ。やがて仮説が確信に変わる瞬間が訪れる。キャパという神話に新たな光を当てる、驚きの結論とは・・・。

(2013.02.15発行)


平松洋子 『小鳥来る日』 
毎日新聞社 1575円

第28回講談社エッセイ賞、受賞第1作である。いつもの喫茶店で耳にした若いカップルの会話。レースのすきまの意味。グレン・グールドの椅子。「せっかくだから」という言葉の魔法。日常の中の小さな気づきや再発見が人生のスパイスとなることを教えてくれる。

(2013.01.30発行)


東浩紀 『東浩紀対談集 震災ニッポンはどこへいく』 
ゲンロン 1890円

本書のベースは生放送のWEB対談番組「ニコ生思想地図」。鼎談を含む12の対談を再録している。ゲストは猪瀬直樹、高橋源一郎、津田大介などだ。テーマは震災復興から文学、さらに憲法改正まで。東日本大震災がこの国の言論や文化に与えた影響を概観できる。

(2013.02.01発行)


ナンシー関 『ナンシー関の名言・予言』 
世界文化社 1260円

没後10年を過ぎても、こうして“新刊”が出続ける。ナンシー関がいかにオリジナルな存在だったのかが分かる。「10年後、ヤワラちゃんは選挙に出ている」。著名人の本質を描いた消しゴム版画と寸鉄人を刺すコラムは、まるで悪魔の予言のように今を映している。

(2013.02.01発行)


奥田英朗 『沈黙の町で』 
朝日新聞出版 1890円

朝日新聞に連載当時から話題を呼んだ問題作である。舞台は地方都市。ある夏の夜、中学校で2年生の名倉祐一の遺体が発見される。裕福な呉服店の一人息子で、そのことをどこか鼻にかける癖があり、クラスでもテニス部でも浮いた存在だった名倉。部室の屋上からの転落死だった。

人間関係が都会とは比較にならないほど緊密な小さな町。学校はまさに社会の縮図であり、誰も逃げ場がない。やがていじめ問題が明らかになり、同級生4人が逮捕・補導される。親も教師も激しく動揺するが、警察に対して彼らは多くを語ろうとしない。大人との距離感。自我の葛藤。14歳は微妙な年代である。

名倉の死は本当に他殺なのか、それとも自殺だったのか。物語は少年たちとその親、教師や警察など複数の視点を交錯させながら、驚きの結末へと進んでいく。

(2013.02.28発行)


大谷昭宏 『事件記者という生き方』 
平凡社 1680円

元読売新聞記者で現在はテレビを中心に活躍する著者。本書は半世紀近いジャーナリストとしての軌跡を振り返る自伝的エッセイだ。

「私は生まれたときから新聞記者になろうとしていた」という著者にとって、徳島支局を経て着任した大阪本社社会部は理想の舞台だった。黒田清が率いる、いわゆる「黒田軍団」のメンバーとして数々の事件に遭遇する。総力戦となった三菱銀行人質事件。報道協定に関する課題を残したグリコ・森永事件。現場で事件記者は何を考え、どう動くのかが明かされるだけでなく、警察や報道のあり方も検証されている。

本書で一貫しているのは、多くの人にメディアやジャーナリズムに興味を持ってもらいたいという熱い思いと、取材のプロとしての矜持だ。「悩んだら、なぜその職業を選んだのかを考えろ」の言葉が印象に残る。

(2013.02.25発行)


藤田宜永 『探偵・竹花 孤独の絆』 
文藝春秋 1575円

私立探偵・竹花シリーズの最新連作集だ。還暦を迎えてもクールな竹花だが、「サンライズ・サンセット」ではある男から10年前に家を出た娘を探すよう頼まれる。だが途中で彼が本物の父親ではないことがわかり・・。他の3篇も他者との繋がりをめぐるほろ苦い物語だ。

(2013.02.25発行)


一橋文哉 
『マネーの闇~巨悪が操る利権とアングラマネーの行方』
 
角川oneテーマ新書 1575円

『人間の闇』『国家の闇』に続く闇シリーズ最新作。犯罪の陰で動くカネとそこに群がる人間の欲望にスポットを当てる。旧満州に始まるカネと権力の流れ。やくざ社会の近代化。さらに国際的錬金術からサイバー犯罪まで。戦後日本が歩んだ暗黒の歴史が解明される。

(2013.01.10発行)


北海道新聞社:編 倉本聰:監修 『聞き書き 倉本聰ドラマ人生』 
北海道新聞社 1680円

名作ドラマ『北の国から』の放送開始から30年。1年半に及ぶインタビューを基にまとめられた本書では、その生い立ちから創作の裏側、北海道での生活や環境問題までを語り尽している。また勝新太郎、石原裕次郎などをめぐる、倉本聰ならではの俳優論も貴重だ。

(2013.02.20発行)


福田和也 『二十世紀論』 
文春新書 788円

見えづらい「これから」を考えるために20世紀を総括する。極めて野心的な一冊だ。戦争と人間性の意味を変えた第一次世界大戦。西洋列強による植民地体制を解体した第二次世界大戦。そして究極の総力戦としての米ソ冷戦。まさに戦争の世紀だったことがわかる。

著者は、これからの日本が進むべき道として、世界情勢の客体ではなく主体となり、自ら「治者としての気概と構想」を持たねばならないと説く。アメリカが頼れる存在ではなくなった今、「保護してもらえない被治者」ほど惨めなものはないからだ。

(2013.02.20発行)


葉真中 顕 『ロスト・ケア』 
光文社 1575円

第16回日本ミステリー文学大賞新人賞に輝いたのが本作だ。ベースとなっているのは介護問題である。

物語は43人もの人間を殺害した犯人<彼>に、死刑判決が下される場面から始まる。そこから時間を遡り、複数の語り手が登場する。検事、介護センターの従業員、介護企業の営業部長、母親の介護に疲れたシングルマザー、そして<彼>。やがて殺人事件が起きる。

この小説の主な時代設定は2006年から翌年にかけてだ。それは介護サービスのコムスンが介護報酬の不正請求問題を起こして、厚生労働省から処分を受けた時期と重なる。事件としては人々の記憶から遠くなったが、露呈した介護問題は現在も進行形のままだ。

家族という小さな単位に重い負担がのしかかる介護。本書は現実の事件も取り込みながら、生きることの意味を問う作品となっている。 

(2013.02.20発行)


内田樹・岡田斗司夫 『評価と贈与の経済学』 
徳間書店 1000円

現在多くの支持を集める論客の一人で、思想家にして武術家の内田。サブカルチャーに精通し、オタキング(おたくの王様)と呼ばれる岡田。異色の組み合わせで、社会や経済の新たな見方を提示する対談集だ。

表向きは岡田が敬愛する内田の胸を借りる形をとりながら、実は岡田による鋭い分析が連打される。群れをなしているはずが、何かあれば一瞬で散らばる「イワシ化する社会」。若者たちの仕事や恋愛に対するスタンスを象徴する「自分の気持ち至上主義」などだ。

一方の内田は、人の世話をするのは、かつて自分が贈与された贈り物を時間差で返すことだという「贈与と反対給付」の経済論を展開。岡田の「評価経済」という考え方と相まって、本書の読みどころの一つになっている。その延長上にある「拡張型家族」の提唱もまた刺激的だ。

(2013.02.28発行)


曽野綾子 『不幸は人生の財産』 
小学館 1575円

『週刊ポスト』に連載中のエッセイ「昼寝するお化け」、その2年半分が一気に読める。「国家に頼るな」「人生は収支のバランス」などのメッセージに背筋を伸ばし、「最善ではなく次善を選ぶ」ことの大切さをあらためて知る。ブレない人は物事の本質を突く。

(2013.02.26発行)


中村好文 『建築家のすまいぶり』
エクスナレッジ 2520円

著者は「住宅の名手」といわれる建築家だ。注目すべき同業者たちが自らのために作った家とはどんなものなのか。全国各地の24軒を巡った訪問記である。共通するのは家にテーマがあること、自然体で暮らせること、そして美しさ。それは著者の文章にも通じる。

(2013.02.28発行)


南波克行:編 『スティーブン・スピルバーグ論』 
フィルムアート社 2730円

スピルバーグは40年にわたり映画界をリードしてきた。その作品世界を子供、歴史、戦争、コミュニケーションなど複数の視点から分析した初の総論集。『バック・トウ・ザ・フューチャー』シリーズについて、ゼメキス監督を交えた鼎談で語られる製作秘話も貴重だ。

(2013.02.25発行)


いとうせいこう 『想像ラジオ』 
河出書房新社 1470円

東日本大震災から2年が過ぎた。地震や津波を取り込んだ形の文芸作品がいくつも生まれたが、これほどのインパクトを持つものはなかったのではないか。

主人公はラジオパーソナリティのDJアーク。被災地から不眠不休で放送を続けている。しかし、そのおしゃべりや音楽を聴こうとラジオのスイッチを入れても無理だ。彼自身が言うように、「あなたの想像力が電波であり、マイクであり、スタジオであり、電波塔であり、つまり僕の声そのもの」なのだ。

想像ラジオにはリスナーからのメールも届く。「みんなで聴いてんだ。山肌さ腰ばおろして膝を抱えて、ある者は大の字になって星を見て。黙り込んで。だからもっとしゃべってけろ」。

DJアークは話し続ける。遠くにいる妻や息子を思い、聴いている無数の人たちの姿を想像しながら。

(2013.03.11発行)


立花 隆 『立花隆の書棚』 
中央公論新社 3150円

「本の本」としては突出した一冊である。厚さは5センチ。小さなダンベル級の重さ。全ページの3分の1近くを占めるカラーグラビア、それも本棚ばかりの写真だ。膨大な本が置かれた自宅兼仕事場(通称ネコビル)をはじめ、所蔵する本が並ぶ“知の拠点”が一挙公開されている。

読者は写真を見ながら内部を想像しつつ、この館の主の話に耳を傾ける。まず驚くのは、医学、宗教、宇宙、哲学、政治など関心領域の広さだ。各ジャンルのポイントとなる書名を挙げながらの解説がすこぶる興味深い。

だがそれ以上に、時折り挿入される「本の未来」や「大人の学び」についての言葉が示唆に富む。「現実について、普段の生活とは違う時間の幅と角度で見る。そういう営為が常に必要なんです」。それを促してくれるのが紙の本なのだ。

(2013.03.10発行)


森 功 『大阪府警暴力団担当刑事~「祝井十吾」の事件簿』 
講談社 1500円

祝井十吾とは大阪府警の暴力団捜査を担うベテラン刑事たちの総称で、著者が名づけた。ここには彼らが追い続けた注目の案件が並ぶ。島田紳助の引退、ボクシング界の闇、梁山泊事件等々。その背後にある暴力団の狙いと動きが著者の徹底取材で白日の下にさらされる。
(2013.03.10発行)


山田健太 
『3.11とメディア~徹底検証 新聞・テレビ・WEBは何をどう伝えたか』 

トランスビュー 2100円

「ジャーナリズムの基本は、誰のために何を伝えるかである」と専修大教授の著者。では、あの地震、津波、原発事故を、当時この国のメディアはどう伝えたのか。そして何が伝わらなかったのか。それはなぜなのか。冷静な分析と秘めたる怒りが印象的な労作評論である。

(2013.03.05発行)


貝瀬千里 『岡本太郎の仮面』 
藤原書店 3780円

巨匠にして永遠の異端児、岡本太郎。晩年の彼は仮面や顔を描き続けた。しかしその評価は決して高くない。では、なぜそれにこだわったのか。著者は作品と思想に浮かび上がる仮面・顔と、その思想形成の軌跡を追う。行き詰った現代を鼓舞する太郎の意志とは?

(2013.03.10発行)


宇野常寛 『日本文化の論点』 
ちくま新書 756円

気鋭の評論家による現代文化論。現在、戦後的なものの呪縛から解かれた、もう一つの日本が立ち現われつつあると言う著者が挙げるキーワードが、「日本的想像力」と「情報社会」である。登場するのはAKB48、ニコニコ動画、ボーカロイドなど、ポップカルチャーの様々なシーンだ。

そこにはコンテンツを受け取るだけでなく、「打ち返す」「参加する」快楽がある。注目すべきは、コンテンツを媒介とするコミュニケーションの価値なのだ。ネットが発見した「あたらしい人間像」が、これからの社会をどう動かすのか。

(2013.03.10発行)