碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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「新宿野戦病院」クドカンならではの離れ業

2024年09月22日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

〈Media NOW!〉

「新宿野戦病院」突然の終盤展開

クドカンならではの離れ業

 

クドカンこと宮藤官九郎が脚本を手掛けたドラマでは、特定の街・地域が背景となることが多い。「池袋ウエストゲートパーク」(TBS系)や「木更津キャッツアイ」(同)、そして岩手県の北三陸が登場したNHK連続テレビ小説「あまちゃん」もそうだった。

先日幕を閉じた「新宿野戦病院」(フジテレビ系)もまた、東京の新宿・歌舞伎町に焦点を当てた“地元ドラマ”と言えるだろう。しかし前記3作と異なるのは、軽妙なコメディータッチのドラマでありながら、「命」という重いテーマに正面から挑んでいたことだ。

物語の舞台は歌舞伎町の片隅にある「聖まごころ病院」。ヒロインは元軍医の日系アメリカ人、ヨウコ・ニシ・フリーマン(小池栄子)だ。外科医を探していたこの病院で働くことになった。「目の前の救える命を救うために軍医になった」とヨウコは言う。

アメリカでは患者の貧富の差が受けられる医療の差となっている。だが、戦地では男も女も善人も悪人も命に区別はない。「平等に雑に助ける、それが医者!」が信条だ。ドクターXならぬドクターY、手術は雑だが腕はいい。

日系アメリカ人っぽい英語と、岡山生まれの日本人である母親(余貴美子)から受け継いだ岡山弁が入り交じるヨウコの語り。それは見る者を引き込む独特の迫力と説得力があった。

「(英語で)私は見た。負傷した兵士、病気の子供。運ばれて来る時は違う人間、違う命。なのに死ぬとき、命が消えるとき、(岡山弁で)皆、一緒じゃ!」と力を込める。

続けて、「(英語で)心臓が止まり、息が止まり、冷たくなる。(岡山弁で)死ぬときゃ、一緒。それがつれえ。もんげえつれえ」と嘆く。もんげえつれえ(すごくつらい)からこそ、平等に雑に助けるのだ。そんなヨウコの存在は聖まごころ病院の医師たちを含め、周囲を少しずつ変えていく。

驚かされたのは終盤の展開だ。突然、物語の時間軸が2025年という近未来へと移り、新型コロナとは異なる新種のウイルス「ルミナ」の感染が拡大する事態を現出させたのだ。しかも、そこには見過ごせないリアリティーがある。

行政の機能不全。医療現場の混乱。SNS(ネット交流サービス)などによる誤った情報の拡散。ウイルスが海外から入ったことによる外国人への不当な抗議や排斥。そんな中、一人でも多くの命を救おうとヨウコらは奮闘する。未来の出来事の形を借りて過去と現在の状況を批評的に描く、クドカンならではの見事な離れ業だった。

(毎日新聞 2024.09.21 夕刊)

 


夏ドラマが探る「親子」と「家族」 

2024年08月18日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

〈Media NOW!〉

夏ドラマが探る「親子」と「家族」 

多様な在り方  幸福とは何か

 

連続ドラマの重要な「設定」が重なることがある。例えば今年の春ドラマでは「記憶喪失」がそうだった。「約束~16年目の真実~」(日本テレビ系)、「くるり~誰が私と恋をした?~」(TBS系)、「9ボーダー」(同)、「アンメット ある脳外科医の日記」(フジテレビ系)、そして「366日」(同)などだ。

1年間に膨大な数のドラマが作られている現在、こういうことが起きてもおかしくない。また設定までいかなくても、ドラマの「キーワード」といったものが同時多発することも少なくない。この夏は「親子」もしくは「家族」がそれかもしれない。

目黒蓮主演「海のはじまり」(フジテレビ系)は、1人の青年がその存在さえ知らなかった娘の父親になっていこうとする物語だ。月岡夏(目黒)は大学時代、交際していた南雲水季(古川琴音)から一方的に別れを告げられた。

7年が過ぎて水季の訃報が届き、彼女が残した海(泉谷星奈)と出会う。海と接触する機会が増える中で、親子として一緒に暮らしたい気持ちも膨らんできた夏。

しかし、自分にそれが許されるのか。現在の恋人である百瀬弥生(有村架純)を巻き込むことにもためらいがある。脚本の生方美久は、その構成力と繊細なセリフで彼らの揺れる心情を丁寧に描いていく。

思えば、妊娠も出産も経ていない男はいつから父親になるのだろう。また親子という関係は血のつながりだけではないはずだ。夏と海、そこに弥生も加わった時、どのような家族が成立するのか。このドラマが描く、親子や家族の在り方から目が離せない。

もう1本は松本若菜主演「西園寺さんは家事をしない」(TBS系)だ。アプリ制作会社で働く西園寺一妃(松本)は38歳の独身。仕事は好きだが、家事は大嫌い。最近、家賃収入が見込める賃貸付き物件の中古住宅を購入した。

ところが、その賃貸の部屋に同じ会社のエンジニア・楠見俊直(松村北斗)と4歳の娘・ルカ(倉田瑛茉)が住むことになる。幼い娘を抱えて仕事と家事の両立に追われる楠見を助けることで、一妃の気ままな1人暮らしは一転。大家と店子(たなこ)の関係を超えた、一つ屋根の下の生活が始まった。

しかも、この「偽(にせ)家族」状態が快適なだけでなく、楠見への恋心さえ芽生えてきた。今も亡き母への気持ちが強いルカも巻き込みながら、偽物から本物の家族へと変化していくのか。そんな3人にとっての幸福とは何なのか。こちらも今後に注目だ。

(毎日新聞 2024.08.17夕刊)

 


Nスペ「オンラインカジノ」の衝撃

2024年07月15日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

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Nスペ「オンラインカジノ」の衝撃 

「スマホの奥の闇」暴いた調査報道

 

衝撃的なドキュメンタリーを見た。6月29日放送のNHKスペシャル「調査報道 新世紀 File4 オンラインカジノ 底知れぬ闇」だ。

オンラインカジノ(略称オンカジ)は、インターネット上に開設された賭博場である。スマートフォンで簡単にアクセスできるが、刑法の賭博罪に当たる「違法ギャンブル」だ。

推計では日本の利用者は数百万人。ギャンブル依存症を発症して多額の借金を背負う人が後を絶たないという。

番組には1500万円もの負債を抱えた男性が登場した。妻と2人の子どもを持つ大手企業の正社員だったが、暇つぶしでアクセスしたオンカジにのめり込む。どうしてもやめられず、仕事中もスマホをいじって賭け続けた。

クレジットカードを使い切り、消費者金融からも借金。やがて仕事を失い、自宅を売却し、家族もバラバラになってしまった。番組はギャンブル依存症の当事者や家族を支援する専門家に密着しながら、「スマホの奥の闇」を探っていく。

オンカジの多くが海外で運営されている。取材班は、地中海にあるマルタ共和国で日本の若者たちがオンカジの仕事に就いていることを知り、現地へと飛ぶ。

日本では違法に当たるオンカジ。その深層に迫るため、弁護士と相談の上で、隠しカメラを使った「潜入取材」に踏み切った。

オンカジのディーラーである日本人女性によれば、約80人の日本人が24時間、交代制で日本の利用者と会話しながらギャンブルの相手をしている。

だが、この会社はカジノ自体を運営していない。ディーラーたちの映像を「依頼主」に提供しているに過ぎないという。

取材班はさらに、依頼主と思われる会社で働いていた日本人女性にたどり着く。

数字や結果をランダムに生成する「RNG(ランダム・ナンバー・ジェネレーター)」というシステムがある。彼女がいた会社は「公平なゲームをRNGが保障する」と喧伝(けんでん)するが、実際には「調節」が行われていると打ち明けた。

勝ち負けがコントロールされているなら、オンカジはもはやギャンブルですらない。それが人間を破滅させているのだ。

注目すべきテーマを設定し、その取材過程も含めて伝えていくのが「調査報道」なら、この番組は王道とも言える一本だ。

国境の壁を越えた大胆な潜入取材も効果的だった。見る側は通常では垣間見ることもできない世界に触れ、スマホの向こう側の実態を知ることができたのだ。

番組は取材の継続を宣言している。大きな関心を持って次の報告を待ちたい。

(毎日新聞 2024.07.13夕刊)

 


ギャラクシー賞 受賞作が映す「現在」

2024年06月22日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

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ギャラクシー賞 受賞作が映す「現在」

 

5月31日、放送批評懇談会が主催する第61回「ギャラクシー賞」の贈賞式が行われた。事前に公表されていたテレビ部門の入賞作はドラマとドキュメンタリーを合わせた14本。当日、その中から大賞1本と優秀賞3本が発表された。大賞に選ばれたのは、連続ドラマW「フェンス」(WOWOW)だ。

物語の舞台は2022年に本土復帰50年を迎えた沖縄。雑誌ライターの小松綺絵(松岡茉優)は、米兵による性的暴行事件の被害を訴えるブラックミックスの女性、大嶺桜(宮本エリアナ)を取材するために沖縄までやって来た。桜の経営するカフェバーを訪ね、彼女の父親が米軍人であることや、祖母・大嶺ヨシ(吉田妙子)が沖縄戦体験者で平和運動に参加していることを聞き出す。

綺絵は東京都内のキャバクラで働いていた頃の客だった、沖縄県警の伊佐兼史(青木崇高)に会い、米軍犯罪捜査の厳しい現実を知る。浮かび上がってくる事件の深層。ジェンダー、人種、世代間の相違、沖縄と本土、日本とアメリカといった、さまざまな「フェンス」を乗り越えようとする人間の姿が描かれていく。

脚本は「アンナチュラル」(TBS系)などの野木亜紀子。県警と米軍の力関係や軍用地売買など、現在の沖縄が抱える多様な問題も取り込んだ、緊張感に満ちたクライムサスペンスだった。

また優秀賞作品の中で注目したのが、NHKスペシャル「“冤罪(えんざい)”の深層~警視庁公安部で何が~」だ。4年前、横浜市にある中小企業の社長ら3人が逮捕された。容疑は軍事転用が可能な精密機械の中国への不正輸出。身に覚えのない経営者たちは無実を主張するが、警察側は無視する。長期勾留の中で1人は病気で命を落とした。

ところが突然、「起訴取り消し」という異例の事態が発生する。「冤罪」だったのだ。会社側は東京都と国に損害賠償を求めて裁判を起こし、証人となった現役捜査員は法廷で「捏造(ねつぞう)ですね」と告白する。

制作陣は関係者への徹底取材で「捏造」の構造を探り、「冤罪」の背景に光を当てていく。中には勇気を奮って内部告発を行い、組織の暴走と腐敗を止めようとした捜査員もいた。しかし、捏造の当事者やその上司には反省も罪の意識もない。彼らとっては「正当な業務」だったのだ。

見ていて戦慄(せんりつ)するのは、この事件が人ごとではないからだ。公安部にとっては、証拠も含めて「何とでもなる」という実例と言っていい。現在のリアルな「闇」に迫る出色の調査報道だった。

(毎日新聞 2024.06.08夕刊)

 


ドラマ「舟を編む」 言葉を愛する者へ敬意あふれ

2024年04月28日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

ドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」 

言葉を愛する者へ敬意あふれ

 

21日、連続ドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」(NHK・BS)が完結した。

主人公は大手出版社・玄武書房に勤務する岸辺みどり(池田エライザ)。2017年、ファッション雑誌の編集者だった彼女は、辞書編集部への異動を命じられる。そこでは作業開始から13年、刊行は3年後という中型辞書「大渡海」の編集が行われていた。

当初は戸惑ったみどりだが、変わり者の主任・馬締(まじめ)(野田洋次郎)をはじめ、日本語学者の松本(柴田恭兵)や社外編集者の荒木(岩松了)など言葉を愛する者たちに刺激され、いつの間にか辞書作りにハマっていく。

原作は12年に本屋大賞を受賞した三浦しをん「舟を編む」だ。この小説では営業部から引き抜かれてきた馬締の歩みが軸となっていた。13年に松田龍平主演で映画化された際もほぼ原作通りだ。

一方、ドラマは原作の後半から登場する、みどりを主人公にした。彼女は馬締のような言葉の天才ではなく、ごく普通の女性だ。池田の好演もあり、見る側はみどりを通じて言葉の面白さや奥深さを知り、辞書を編むことの意味を身近に感じることができた。

例えば、「恋愛」の「語釈」(語句の意味の説明)を任されたみどりは、既存の辞書が恋愛を「男女」や「異性」に限定していることに気づく。実際に「広辞苑」で恋愛を引いてみると、「男女が互いに相手をこいしたうこと」とある。みどりは、時代感覚を反映し、異性を外しても成立する恋愛の説明を探っていく。

監修者の松本は、彼女の提案を元に秀逸な語釈を仕上げた。「特定の二人が互いに引かれ合い、恋や愛という心情の間で揺れ動き、時に不安に陥ったり、時に喜びに満ちあふれたりすること」

3年に及ぶ編集作業の中で、みどりたちはいくつものハードルを越えていく。「大渡海」専用の特別な紙の開発。社長からの出版中止命令。紙の辞書とデジタル版のセット販売という試み。さらに最終段階で「見出し語」の一つが抜けていることが発覚。他に欠落がないか、全体を総点検するのだ。

こうして、辞書を言葉の海を渡る舟になぞらえた「大渡海」が誕生した。

すべての言葉には生まれてきた理由があること。人が何かを伝えたい時、誰かとつながろうとすいる時、「言葉の持つ力」が助けとなること。加えて「紙の本」ならではの価値や魅力も、このドラマは示していた。辞書とそれを編む人たちへの敬意にあふれる、静かな秀作だった。

(毎日新聞 2024.04.27 夕刊)

 


「不適切にもほどがある!」クドカン脚本、批判にユーモア

2024年03月24日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

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ドラマ「不適切にもほどがある!」 

クドカン脚本、批判にユーモア

 

冬の連続ドラマは油断できない。予期せぬ快作が飛び出してくるからだ。昨年の同じ時期には「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ系)があった。

そして今年は「不適切にもほどがある!」(TBS系)である。今期という枠を超えて、「今年のドラマ」全体の大収穫になりそうな予感がする。

1986(昭和61)年、主人公の小川市郎(阿部サダヲ)は中学校の体育教師をしていた。ところが突然、2024(令和6)年の現在へとタイムスリップしてしまう。

市郎は未来の日本で遭遇するヒト・モノ・コトに驚きながらも、拭えない違和感に対しては「なんで?」と問いかける。

たとえば、会社員の秋津真彦(磯村勇斗)がパワハラの聞き取りを受けているところに遭遇する。彼は部下の女性への言動が問題視されていた。「期待しているから頑張って」をパワハラと感じたという女性は会社を休んだままだ。

聞いていた市郎が思わず間に入る。「頑張れって言われて会社を休んじゃう部下が同情されて、頑張れって言った彼が責められるって、なんか間違ってないかい?」

また、セクハラなどコンプライアンス順守に苦労するテレビ局に対し、市郎は「女性はみんな自分の娘だと思えばいいんじゃないかな?」と提案する。

規制や規則で縛るのではなく、自分の娘に言えないようなことは言わない。自分の娘にできないようなことはしない。それでいいじゃないか、と。

クドカンこと宮藤官九郎の脚本が見事なのは、異議申し立てではなく、やんわりと疑問符を投げつけていることだ。コンプラ社会をストレートに批判するのではなく、笑いながら批評する内容になっている。

心の中では、うっとうしいとか、行きすぎじゃないかと思っていても、下手なことを言えばたたかれ、炎上する。多くの人が身を縮めている中、「ちょっと待って。話し合っていこうよ」という市郎の発想が刺激的なのだ。

クドカンドラマの真骨頂は人物設定とセリフにある。「こんなヤツ、いるか? いや、いるかもしれない。いたらいいな」という愛すべきキャラクターの登場人物たち。

セリフには「その言葉がここで出るか!」というインパクトがある。誰もが心の中で思っていたり、忘れていたりしているが、本心では聞きたかった言葉だ。しかもその背後にはクドカン独特のユーモアセンスが光っている。

どこか閉塞(へいそく)感が拭いきれない時代や社会に、小さいけれど痛快な風穴を開けるのもドラマというフィクションの力だ。

(毎日新聞 2024.03.23夕刊)


「セクシー田中さん」もっと調整必要だったのでは

2024年02月19日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

ドラマ「セクシー田中さん」プロデューサー 

もっと調整必要だったのでは

 

昨年の秋クールに放送されたドラマ「セクシー田中さん」(日本テレビ系)。派遣社員の朱里(生見愛瑠)は、会社の同僚、田中京子(木南晴夏)の秘密を知る。仕事は完璧で、見た目は地味で暗いが、セクシーなベリーダンサーという別の顔を持っていた。

田中が言う。「ベリーダンスに正解はない。自分で考えて、自分で探すしかない。私は自分の足を地にしっかりつけて生きたかった。だから、ベリーダンスなんです」。それは彼女が自分を解放する魔法だったのだ。

朱里は誰からも好かれるが、特定の誰かに「本当に好かれた」という実感がない。また不安定な派遣の仕事を続ける中で、リスク回避ばかりを意識してきた。他人にどう思われようと気にしない田中さんと出会ったことで、朱里は徐々に変わっていく。

このドラマは2人の女性の成長物語として秀逸だった。ところが、原作者の漫画家・芦原妃名子さんは脚本の内容に違和感を覚え、最後の2話の脚本を自ら書いていたと明らかにした。そして経緯をSNSで説明した後、亡くなってしまう。

これに対し、日本テレビは番組サイトで「映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております」と説明。

出版元の小学館は「編集者一同」名義で、「個人に責任を負わせるのではなく、組織として今回の検証を引き続き行って参ります」とコメントを発表した。

ドラマの根幹は「どんな人物が何をするのか」にある。小説や漫画など原作があるものは、創造の核となる部分を原作から借りていることになる。特に漫画原作はビジュアルのイメージが既に完成している場合が多い。

難しいのは、原作をそのまま脚本化すればいいドラマになる、とは限らないところだ。制作サイドは通常、さまざまな要素を考慮し、ドラマ的なアレンジを加える。

芦原さんは日本テレビに対し、ドラマ化の条件として「漫画に忠実」であることを提示し了承を得ていたというが、思うように進まなかったようだ。

いずれにせよ、原作者である漫画家が脚本を執筆する事態になったことは極めて異例だ。やはり、ドラマの責任者であるプロデューサーが、原作者と脚本家の間に立ってもっと丁寧に調整する作業が必要だったのではないか。日本テレビの正確な経緯の公表を待ちたい。

(毎日新聞 2024.02.17 夕刊)


「アイドル誕生 輝け昭和歌謡」メリハリある演出で、熱いドラマ 

2024年01月15日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

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「アイドル誕生 輝け昭和歌謡」 

メリハリある演出で「熱いドラマ」

 

年末年始の楽しみの一つがスペシャルドラマの放送だ。「孤独のグルメ2023大晦日スペシャル」(テレビ東京系)をはじめ、「義母と娘のブルースFINAL2024年謹賀新年スペシャル」(TBS系)、バカリズム脚本「侵入者たちの晩餐」(日本テレビ系)などを堪能できた。

そんな中、目を引いたのが2日の特集ドラマ「アイドル誕生 輝け昭和歌謡」(NHKBS)である。1970年代初頭の音楽界を舞台にした、一種のドキュメンタリードラマだった。主人公は作詞家の阿久悠(宇野祥平)だ。

当時、阿久の実績は突出していた。年間39週チャート1位に輝き、日本レコード大賞を最多の5回受賞。「史上最大最強の作詞家」と呼ばれた阿久は、いかにして希代のアイドルを生み出していったのか。その軌跡が描かれた。

71年秋に始まったオーディション番組「スター誕生!」(日本テレビ系)。阿久はその企画者であり、都倉俊一(宮沢氷魚)などと共に審査員も務めた。合格者の一人に山口百恵(吉柳咲良)がいる。

しかし、彼女を世に出していったのはレコード会社の音楽プロデューサー、酒井政利(三浦誠己)だ。酒井は百恵を身近な存在としてのアイドルにはしなかった。曲の中に彼女自身のライフヒストリーを潜ませ、私小説的なアプローチで成功する。阿久は百恵の曲を作詞したいと思ったが、百恵が阿久を指名しなかったのだ。

本作が秀逸だったのは、全体を阿久と酒井の「ライバル物語」として構築したことだ。阿久は酒井に対してコンプレックスと憧れを抱いていた。しかも、そんな自分を許せない。強烈なプライドとやせ我慢の男だった。

その後、阿久が手掛けたピンク・レディーが、賞レースで百恵に勝つ。だが、阿久の百恵に対する思いは変わらなかった。晩年、阿久は酒井に言う。「酒井さん、僕らは死んでやがて忘れ去られるが、歌は残る」と。「それでいいのだ」という覚悟の言葉だった。

最近、若い人たちの間で昭和歌謡が注目されている。その楽曲の背景には、作り手たちの熱いドラマがあった。本作は秘話も含む実際のエピソードを足場に、ドラマならではの想像力を働かせた音楽物語だ。

脚本は実話ドラマ「洞窟おじさん」(NHKBSP)などの児島秀樹と演出も務める吉田照幸。吉田は朝ドラ「あまちゃん」や大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のディレクターだ。メリハリのある演出で、良質なエンタメ作品に仕上げていた。

(毎日新聞 2024.01.13 夕刊)


今年放送のテレビドラマ  強い印象残した4作品

2023年12月05日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

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今年放送のテレビドラマ 

強い印象残した4作品

 

12月に入った。今年放送されたドラマを振り返り、強く印象に残った作品を挙げたい。

1本目は「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ系、1~3月放送)。市役所勤務の近藤麻美(安藤サクラ)は突然の交通事故で死亡する。

気づくと奇妙な空間にいて、案内人の男(バカリズム)から「来世ではオオアリクイ」だと告げられる。抵抗した麻美は「今世をやり直す」ことを選択した。

人生に修正を施すため、善行に励む麻美。しかも、このやり直しが何度も続くのだ。脚本はバカリズムのオリジナル。ユーモラスでリアルなセリフが心地よかった。

次は「波よ聞いてくれ」(テレビ朝日系、4~6月)だ。金髪ヤンキー系女子のミナレ(小芝風花)は、地元ラジオ局の麻藤(北村一輝)にスカウトされ、深夜番組のラジオパーソナリティーになる。

地震で大停電が発生するが、「おまえがいつものように、『一人じゃない、大丈夫』って声を届けることに意味がある」と麻藤。ミナレは闇に沈んだ街に向かって朝までしゃべり続ける。

何よりミナレのキャラクターが際立っていた。彼女のおかげで状況が動くというより、状況自体をぶっ壊すヒロインを小芝が全力で演じた。

3本目は日曜劇場「VIVANT」(TBS系、7~9月)。長期モンゴルロケを含む壮大なスケール感。自衛隊の秘密部隊「別班」という設定も秀逸だった。

そして起伏に富んだストーリーがある。映画「ミッション:インポッシブル」などを思わせる、ジェットコースター型の冒険スパイアクションだ。

原作は、演出を務めた福澤克雄のオリジナル。「半沢直樹」や「下町ロケット」の八津弘幸ら複数の脚本家が参加した。主演の堺雅人など俳優陣の熱演もあり、テレビドラマの地平を広げる野心作となった。

最後は放送中の「コタツがない家」(日本テレビ系)だ。主人公はウエディング会社社長の深堀万里江(小池栄子)。仕事は完璧だが、家庭は問題山積だ。

夫の悠作(吉岡秀隆)は廃業寸前の漫画家。高校生の息子・順基(作間龍斗)はアイドルを目指して挫折。そこに熟年離婚した父、達男(小林薫)が転がり込んできた。

リビングでの笑える会話バトルがこのドラマの魅力だ。筋立てよりも人間描写でドラマをけん引する金子茂樹のオリジナル脚本。俳優たちの軽妙で細やかな演技。両者がガップリ四つに組み、ホームコメディーの快作となった。

来年も作り手の強い意志が感じられる作品を期待したい。

(毎日新聞夕刊  2023年12月2日)


日曜劇場「下剋上球児」 熱血監督と異なる人物像に魅力

2023年10月29日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

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日曜劇場「下剋上球児」

熱血監督と異なる人物像に魅力

 

サスペンス、恋愛、料理、ホームコメディーなど、さまざまなジャンルが並ぶ今期ドラマ。異彩を放つのが、高校野球をテーマとした日曜劇場「下剋上球児」(TBS系)だ。

舞台は三重県の公立高校。元高校球児の教師が弱小野球部の監督となり、甲子園を目指す。

このドラマには「原案」がある。菊地高弘のノンフィクション「下剋上球児」だ。2018年夏、三重県立白山高が甲子園に初出場した。

10年連続で県大会初戦敗退だった無名野球部が、なぜ甲子園に行けたのか。その経緯を監督や部員たちへの綿密な取材で浮かび上がらせている。

弱小チームの甲子園出場という事実をなぞれば感動的なドラマにはなるだろう。

とはいえ、展開や結末が見えているのは否めない。見る側の興味をどうやって持続させるかが気になっていたが、それは杞憂(きゆう)だったようだ。

菊地の書籍はあくまでも原案であり、登場人物やストーリーはほぼオリジナルといっていい。脚本は「最愛」(TBS系)などの名手、奥寺佐渡子だ。

まず、鈴木亮平演じる主人公・南雲脩司には、野球をめぐる苦い過去がある。

高校野球部の主将で、勝利至上主義の監督(松平健)に従って勝ち進んだものの、周囲からは「ひきょう」とののしられた。しかも決勝戦で自分たちの思うプレーをして敗れ、甲子園出場を逃したのだ。

大学へはスポーツ推薦で進学するがケガのために中退。このあたり、高校野球の側面に触れるだけでなく、主人公に適度な陰影を与えて見事だ。

南雲はスポーツトレーナーをしていたが、教員の資格を得るため再び大学に入り、36歳で教職に就いた。

当初は野球部の監督を拒んでいたが、部長である家庭科教師・山住香南子(黒木華)の熱意や、プレーする部員たちに接し、気持ちが変わる。

鈴木はそんな南雲を丁寧に演じ、熱血監督とは異なる人物像が魅力的だ。

また、このドラマの大事な持ち味は、野球部を「集団」としてではなく、生徒という「個人」の集まりとして描いていることだ。

犬塚翔(中沢元紀)は名門クラブチーム出身の投手で、弱小野球部にいる自分が許せない。

根室知廣(兵頭功海)は家庭環境に恵まれず、遠距離通学というハンディを背負う。生徒たちの個性や背景が物語に奥行きをもたらしている。

プロデューサーは新井順子。監督は塚原あゆ子。「MIU404」(TBS系)や「アンナチュラル」(同)などのコンビが初めて挑む野球もの。好ゲームが期待できそうだ。

(毎日新聞夕刊 2023.10.28)


なりすましドラマ  自分の居場所見つけるヒントに

2023年09月17日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

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なりすましドラマ 

自分の居場所見つけるヒントに

 

今期クールに、2本の「なりすましドラマ」が登場した。1本目は「この素晴らしき世界」(フジテレビ系)だ。パート主婦の浜岡妙子(若村麻由美)は突然、芸能事務所から驚きの依頼を受ける。

大女優・若菜絹代(若村の二役)のスキャンダルが発覚し、謝罪会見を開きたい。しかし本人はアメリカへと逃走してしまう。容姿がそっくりの妙子に代役を務めてほしいと依頼があり、妙子は一度だけのつもりで会見を乗り切るが、それで終わりではなかった。

主演の若村自身が、体調不良で降板した鈴木京香の代役である。だが「平凡な主婦」と「大物女優」、さらに「女優になりすました主婦」という3態を演じ分けて見事だった。なりすましを通じて妙子は本来の自己を再発見していく。

もう1本が、夜ドラ「わたしの一番最悪なともだち」(NHK)だ。主人公の笠松ほたる(蒔田彩珠)は就職活動中の大学4年。だがなかなか内定が得られず、途方に暮れていた。

ある日、幼なじみの鍵谷美晴(高石あかり)のキャラクターを借用してエントリーシートを書き、第1志望の会社に送ると通過してしまう。小学生の頃からクラスのもめ事を鮮やかに収め、高校でのトラブルも柔軟な発想で解決した美晴。大学ではダンスサークルの中心メンバーだ。

ほたるにとってうっとうしい存在でありながら、「こんな自分だったらいいのに」と思っていたことに気づく。

その後、1次面接も突破して次へと進むが、気持ちは晴れないまま。最終面接ではついに「あなた(自身)の話が聞きたい」と言われてしまう。一時は落胆するが、仮面をつけて外界と向き合ったことで、逆に自分にとって大切なものが見えてくる。

蒔田はNHK朝ドラ「おかえりモネ」(2021年)でヒロインの妹、「妻、小学生になる。」(TBS系、22年)では堤真一と石田ゆり子の娘を好演。映画「万引き家族」(18年)など是枝裕和監督作品の常連でもある。

今回がドラマ初主演だが、ほたるが抱える自身へのモヤモヤも美晴への複雑な心境も繊細な演技で見せた。

なりすましドラマのヒロインたちが、戸惑いながら得るのは複眼の視点だ。素の自分と別人格になった自分。そのギャップや落差の中に、これまでとは違う自分の居場所を見つけるヒントがある。

年齢に関係なく、誰もが人生を再構築できることを示してくれるのもまた、なりすましドラマの効能かもしれない。

(毎日新聞夕刊 2023.09.16)


NHK土曜ドラマ「やさしい猫」 入管行政に向き合える佳作

2023年08月13日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

NHK土曜ドラマ「やさしい猫」 

入管行政に向き合える佳作

 

猛暑だった7月、各局では夏クールの連続ドラマがスタートした。それぞれに意匠をこらした新作が並んだが、最も印象に残ったのが(7月開始ではないが)、6月24日から7月29日まで放送されたNHK土曜ドラマ「やさしい猫」(全5話)である。

原作は中島京子の同名小説。シングルマザーの首藤ミユキ(優香)は、自動車整備工場で働くスリランカ人のクマラ(オミラ・シャクティ)と出会い、やがて2人は夫婦となる。

ところが婚姻届を出した直後、クマラは不手際でオーバーステイになっていたことから入管施設に収容され、母国への強制送還を命じられてしまう。ミユキは弁護士の恵耕一郎(滝藤賢一)に励まされながら、クマラと娘・マヤ(伊東蒼)との生活を取り戻そうと奮闘する。

ドラマの最大の特色は、入管行政をテーマとしている点だ。入管問題を巡っては、名古屋の入管施設に収容されていたスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が2021年に死亡し、日本の入管行政のあり方、人権意識の希薄さが浮き彫りになった。多くの日本人が見過ごしていたことも問題だろう。

クマラは在留カードの期限切れについて入管に相談に行くところだった。ところが路上で警察官の職務質問を受け、そのまま収容されてしまう。強制送還の処分の再考を訴えても、事務的に拒否されるだけだった。

また口頭審理では在留許可を得るための「偽装結婚」を疑われ、2人とも深く傷つく。何より困ったのは「誰と闘っているのかわからない」ことだった。入管は巨大な裁量権を持っているが、基準というものがほとんど見えないからだ。

結局、ミユキたちは処分の取り消しを求めて裁判を起こす。結婚が愛情に基づき、マヤも加えた3人が「真の家族」だと証明しようとする。

法廷で弁護士の恵が裁判官にこう言う。「これは東京の片隅の、小さな家族の小さなケースです。でも、この裁判は日本の社会に根を下ろして生きていこうとする外国籍の人々に対する、国の姿勢を問うものです」と。最終的に勝訴し、クマラは家に戻ってきた。

私たちが入管行政の現実に直接触れる機会は多くない。しかし、ドラマという形で描かれたことで、その問題点を含め少し理解が深まった。見る側も「在留特別許可」や「仮放免」といった聞き慣れない制度や単語と向き合えたおかげだ。ぬくもりのあるホームドラマでありながら、しっかりした核を持つ社会派ドラマの佳作だった。

(毎日新聞「Media NOW!」2023.08.12夕刊)

 


「あまちゃん」再放送  魅力あふれる脚本・演出・演者

2023年04月24日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

<Media NOW!>

「あまちゃん」再放送 

魅力あふれる脚本・演出・演者

 

今月からNHKBSプレミアムとBS4Kで、連続テレビ小説(以下、朝ドラ)「あまちゃん」の再放送が始まった。

最初の放送は2013年の4~9月。当時、新聞や雑誌で特集が組まれ、ネットでも連日話題になった。

放送終了後には、寂しさや喪失感で落ち込む「あま(ちゃん)ロス症候群」なる言葉まで生まれた。今回の再放送で人気が再燃している。このドラマの魅力を探ってみたい。

まず、朝ドラはヒロインが自立していく「職業ドラマ」が一般的である。過去に法律家や編集者はあったが、天野アキ(能年玲奈、現在はのん)のアイドルは前代未聞。

だが、アイドルを「人を元気にする仕事」と考えれば納得がいく。特に「地元アイドル」という設定は秀逸だ。

次に、設定は2008年からの4年間だが、アキの母・春子(小泉今日子)の若き日(演じるのは有村架純)を描くことで、視聴者は異なる時代の二つの青春物語を堪能できた。

80年代の音楽やファッションは知っている人には懐かしく、知らない人には新鮮で家族や友人とのコミュニケーションの材料となった。

また、大友良英による明るく元気でどこか懐かしいテーマ曲がドラマ全体を象徴している。

随所に挿入される伴奏曲は登場人物の心情を繊細に語っていた。「潮騒のメモリー」などの劇中歌がフィクションの世界から飛び出して街中に流れたのも画期的だった。

加えて、「じぇじぇじぇ!」をはじめ、名セリフの連発も人気の要因の一つだ。

1970~80年代のポップスを指して「分かるやつだけ、分かりゃいい」。奇策を繰り出すプロデューサーへの苦言「普通にやって、普通に売れるもん作りなさいよ」。

宮藤官九郎の脚本の特色は密度とテンポの物語展開だけではない。登場人物が発する言葉に熱があるのだ。

また、これほど多くの舞台俳優を起用した朝ドラはなかっただろう。

渡辺えり、木野花、松尾スズキは演出も手掛ける実力派だ。吹越満、荒川良々なども舞台人である。目の前の観客の心を捉える彼らの存在感が、物語を人間味あふれるものにしている。

ドラマづくりは脚本・演出・演者の総力戦だ。「あまちゃん」は上記のような要素を統合したことで、毎回1度は笑って泣けるまれな朝ドラになった。

今回、初めて見る人には驚きがあり、かつて見た人にはうれしい再発見がある。放送10周年記念にふさわしい、半年間にわたる視聴者プレゼントだ。

(毎日新聞 2023.04.22夕刊)


佳作ドラマ「リバーサルオーケストラ」音楽と音楽家への敬意ふんだん

2023年03月26日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

佳作ドラマ「リバーサルオーケストラ」 

音楽と音楽家への敬意ふんだん

 

桜が咲き、冬ドラマにも幕が下りた。印象に残った作品を振り返ってみたい。

まず、「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ系)というドラマ史に残りそうな傑作が生まれたことに拍手だ。何度も生き直すヒロイン(安藤サクラ)を通じ、「一度きりの人生」のいとおしさを伝えたバカリズムの脚本が見事だった。

今期は「星降る夜に」(テレビ朝日系)の大石静、「夕暮れに、手をつなぐ」(TBS系)の北川悦吏子といったベテラン脚本家が登板した。だが両作とも強い吸引力があったとはいえない。

「星降る」の産婦人科医(吉高由里子)と聴覚を持たない遺品整理士(北村匠海)。「夕暮れ」でファッションデザイナーとなるヒロイン(広瀬すず)と音楽家の青年(永瀬廉)。

彼らは物語の中での実体化が不十分で、恋愛も仕事も脚本家の「都合」だけで動かされているように見えたのが残念だ。

一方、意外な佳作もあった。久しぶりに登場した音楽ドラマ「リバーサルオーケストラ」(日本テレビ系)だ。リハーサルならぬ「リバーサル」とは逆転や反転を意味する。

元天才バイオリニスト・谷岡初音(門脇麦)が、優秀だが毒舌家の指揮者・常葉朝陽(田中圭)と共に地方の崖っぷちオーケストラを再生する物語だった。

脚本はNHK朝ドラ「エール」や吉高主演「最愛」(TBS系)などを手掛けた清水友佳子だ。

初音には、自分の演奏活動が家族に犠牲を強いていると思い込み、表舞台から消えた過去がある。欧州で活躍していた朝陽は、市長の父(生瀬勝久)から強引に地元オーケストラの再建を任される。

門脇と田中が、硬軟自在の演技でそんな訳アリの2人を造形していた。

しかも、ヒロインがバイオリニストとして復活することだけでなく、地方オーケストラという集団とメンバーたちの“生きる道”を探るストーリーになっている点が秀逸だった。

さらに注目したいのは、このドラマがクラシック音楽を大切に扱っていることだ。

音楽担当としてNHKEテレ「クラシックTV」などに出演のピアニスト、清塚信也が参加しており、クラシックファン以外の視聴者も親しめる作りになっていた。

またドラマの中の児玉交響楽団の演奏は、神奈川フィルハーモニー管弦楽団によるものだ。

初音が初めて楽団と一緒に演奏したロッシーニ「ウィリアム・テル」序曲から、最終回でのチャイコフスキー「交響曲第5番」まで、十分な聴き応えがあった。

全体として作り手側の「音楽と音楽家への敬意」が感じられたことを高く評価したい。

(毎日新聞 2023.03.25夕刊)


「ブラッシュアップライフ」時間軸自在に バカリズムも進化

2023年02月19日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

「ブラッシュアップライフ」 

時間軸自在に バカリズムも進化

 

人生は一度きりだ。「あの時、こうすればよかった」と思っても過去は変えられない。だが、もし生き直すことが可能だったらどうだろう。未来が分かっていれば、運命の分岐点での選択も違ってくるはず。安藤サクラ主演「ブラッシュアップライフ」(日本テレビ系)は、そんな“やり直し人生”のドラマである。

まず設定が秀逸だ。ヒロインの近藤麻美(安藤)は突然の交通事故で死亡。気がつくと奇妙な空間にいて、案内人の男(バカリズム)から「来世ではオオアリクイ」だと告げられる。抵抗した麻美は「今世をやり直す」ことを選ぶ。ただし以前の人生よりも何かしら「徳を積む」必要があった。

誕生から社会人へと至る「2周目の人生」を歩み始める麻美。保育園で女性保育士と園児の父親との不倫を阻止したり、売れないミュージシャンという未来が待ち受ける同級生(染谷将太)を救おうとしたりする。

人生に修正を施すため、周囲に悟られることなく善行に励む様子が何ともおかしい。また幼なじみ(夏帆と木南晴夏)とのレディーストークも、ユーモラスでリアルな言葉の連射と軽快なテンポが心地いい。そんな麻美のやり直し人生は既に4周目。職業も変化する飽きさせない展開は、バカリズムによるオリジナル脚本だ。

バカリズムが初めて脚本を手掛けた連続ドラマは、2014年秋の「素敵な選TAXI」(関西テレビ制作・フジテレビ系)だった。タイトルの「せんタクシー」は「選択肢」を意味している。

トラブルを抱えた人物が偶然乗ったタクシー。それは過去に戻れるタイムマシンだった。運転手役は竹野内豊。乗客の話をじっくりと聞き、彼らを「人生の分岐点」まで連れて行ってくれる。

たとえば駆け落ちする勇気がなかった過去を悔いる民宿の主人(仲村トオル)、不倫相手である社長と嫌な別れ方をした秘書(木村文乃)などが乗車する。彼らは問題の分岐点まで戻って新たな選択をするのだが、何事もうまく運ぶわけではない。バカリズムの脚本はひねりが利いており、よくできた連作短編集のようなドラマだった。

第1作と最新作に共通するのは、「時間」を最大限に活用した脚本だ。時間軸の操作は見る側を捉えて離さない謎を生み出す。自分の意図に合わせて時間を操ることは脚本家の特権の一つだ。だが、そのSF的世界観にリアリティーを与えるのは容易ではない。

ヒロインの人生だけでなく、バカリズムの脚本術もまたブラッシュアップされているのだ。

(毎日新聞「週刊テレビ評」 2023.02.18 夕刊)