碓井広義ブログ

<上智大学教授のメディア時評> 見たり、読んだり、書いたり、話したり、時々考えてみたり・・・

書評した本: 『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』

2018年12月09日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


常識が失われた時代に考えたい保守主義の本質
適菜 収
『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』

講談社+α新書 907円

かつて高校の国語教師をしていたことがある。教科書には小林秀雄の文章も載っていたが、教えるのに難渋した記憶ばかりで、作品名さえ覚えていない。もしも当時、適菜収『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』が出版されていたら随分助かったはずだ。

キーワードは「近代」である。何でも論理的、合理的、理性的に説明するのが近代の精神だ。一方、小林が扱ったのは、解釈によって切り捨てることができない「経験」であり、概念の背後にある世界だった。

たとえば近代においては個性や独自性が尊ばれる。しかし小林はモーツァルトを「訓練と模倣とを教養の根幹とする演奏家」と呼び、ものまねを極めることから独創が生まれるとした。教育についても、「自由と教育とは矛盾した言葉」であり、教育とは「厳格な訓練」だと言い切っている。

さらに興味深いのは「保守」と政治についてだ。著者によれば、「小林は本質的な保守主義者」だった。保守主義とは、「常識」が失われた時代に「常識」を取り戻そうとする動きだ。

そして保守主義の本質は人間理性に対する懐疑であり、保守主義者は自身の判断さえ確信することはない。自らが信じる道を「断固として突き進む」と繰り返す政治家など、実は保守の対極にいることがわかる。

小林がヒトラーについて書いた、「本当を言えば、大衆は侮蔑されたがっている。支配されたがっている」という言葉がリアリティをもって甦ってきた。

(週刊新潮 2018年11月29日号)


書評した本: 『文学はおいしい。』ほか

2018年12月03日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


小山鉄郎:著、ハルノ宵子:画 
『文学はおいしい。』

作品社 1944円

文学を、作中に登場する「おいしいもの」と共に味わう一冊である。夏目漱石『こころ』のアイスクリーム。川端康成『山の音』の落鮎。村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』で主人公が猫に与えていたサワラ。全100種類の食べ物や飲み物は、ほぼ追体験が可能だ。


高橋修一 
『いい家をつくるために、
 考えなければならないこと』

平凡社 1944円

著者は白井晟一を師とする建築家。本書では「いい家とは?」という問いに始まり、コスト、素材、空間、さらに設計者についても考察していく。家は単なる器ではない。自らの生活、そして生き方を反映するものだ。読了後、著者の〈住まい塾〉に参加したくなる。


スティーブン・レビツキー 、
ダニエル・ジブラット:著、
濱野大道:訳、池上彰:解説
『民主主義の死に方
 ~二極化する政治が招く独裁への道』

新潮社 2700円

「民主主義の後退は選挙によって始まる」という指摘はアメリカだけでなく日本にも当てはまる。民主主義的ルールの無視、対立相手の正当性の否定、暴力の許容、そしてメディアを含む市民的自由の剥奪など、独裁主義的行動を示す四つのポイントもリアルだ。解説・池上彰。

(週刊新潮 2018年11月22日号)



書評した本: 『ふたつのオリンピック~東京1964/2020』ほか

2018年12月01日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


ロバート・ホワイティング:著、玉木正之:訳 
『ふたつのオリンピック~東京1964/2020』

角川書店 2592円

『東京アンダーワールド』の著者による自伝的ノンフィクションだ。1962年に米軍の諜報部員として来日。以来、半世紀以上も東京の表と裏を見つめてきた。本書は街、スポーツ、人物について時にクールでシニカル、また時に熱く語った極私的現代史でもある。

(週刊新潮 2018年11月15日号)


山本貴光 
『投壜通信』

本の雑誌社 2484円

文筆家にしてゲーム作家の著者。書物に関して只者でないことは、『新釈漢文大系』や岩波文庫などの「全巻集め読み」だけで十分伝わる。壜に詰めて海に投じた文章は、旅や数学などテーマ別のブックガイド、辞書や思想誌の分析と評価、新聞のコラムと多彩だ。


竹内 洋 
『教養派知識人の運命~阿部次郎とその時代』

筑摩書房 2160円

阿部次郎著『三太郎の日記』は大正教養主義を象徴する一冊だ。阿部の分身である青田三太郎の「内省」と「自己確立」への模索が綴られており、旧制高校生たちのバイブルと呼ばれた。本書は阿部の評伝であり、知識人の社会史であり、教養主義の変遷史でもある。


新川敏光 
『田中角栄~同心円でいこう~』

ミネルヴァ書房 2592年

かつて世間から糾弾されながら、今や称賛を浴びる存在となった角栄。この特異な政治家を戦後政治の文脈の中で捉え直し、戦後民主主義について再考するのがこの評伝だ。何より「政治的事業家」という指摘が的を射ている。「時代を生き切る」天才の技とは?

(週刊新潮 2018年11月8日号)

書評した本:『笠原和夫傑作選 仁義なき戦い 実録映画篇』

2018年11月26日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


「実録」の世界を生んだ脚本に込められた気迫

笠原和夫
『笠原和夫傑作選 仁義なき戦い  
実録映画篇』

国書刊行会 5,400円

脚本は映画の設計図であり海図だ。制作側も出演者も、そこに書かれた物語と人物像を掘り下げ、肉付けしながら完成というゴールを目指す。

1973年に公開された映画『仁義なき戦い』は脚本家・笠原和夫の代表作だが、監督した深作欣二、俳優の菅原文太や松方弘樹にとっての代表作でもある。それまで約10年にわたって人気を得ていた「任侠映画」に代わる、「実録やくざ映画」という新ジャンルの出現だった。

本書には『仁義なき戦い』『同・広島死闘篇』『同・代理戦争』『同・頂上作戦』のシリーズ4作をはじめ、名作『県警対組織暴力』や未映画化作品の『沖縄進撃作戦』『実録・共産党』などが収められている。

特に第1作の『仁義なき戦い』は脚本で読んでもスクリーンの熱気が伝わってくる。いや、逆だ。脚本に込めた笠原の気迫が熱い作品を生んだのだ。テンポのいい場面展開。人物たちの動きがよくわかる簡潔な「ト書き」。そして強い印象を残した名セリフがそこにある。

若衆頭の坂井鉄也(松方)が、ふがいないくせに威厳だけは保とうとする組長、山守義雄(金子信雄)を叱りつける。「あんたは初めからわしらが担いどる神輿じゃないの。組がここまでなるのに、誰が血流しとるんや。神輿が勝手に歩けるいうんなら歩いてみないや、のう!」

また映画のラスト。坂井の葬儀に現われた主人公の広能昌三(菅原)が、祭壇に向かって銃弾を放つ。意地で一喝する山守に、拳銃を持ったまま振りかえった広能が静かに言うのだ。「山守さん……弾はまだ残っとるがよう……」

公開の翌年、作家の小林信彦が『キネマ旬報』に寄稿した、「『仁義なき戦い』スクラップブック」という文章がある。その中で「実録とは人間喜劇」という笠原の言葉通り、この映画の面白い部分は「裏切りが続出し、だれがどっち側か分からぬ」ところにあると喝破していた。

(週刊新潮 2018年11月8日号)

書評した本: 中川右介 『1968年』

2018年11月20日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


新たな切り口で「1968年」を再構築する一冊

中川右介『1968年』
朝日新書 983円

中川右介『1968年』は、新たな切り口で68年を再構築する試みである。

世界的な「闘争の年」と呼ばれたが、仏の五月革命も日本の学生運動も敗北していく。一方、現在の状況から見て、この頃に勃興したサブカルは「革命」として成就したと著者は言う。

本書では漫画を扱っているが「ガロ」系ではない。演劇も「アングラ」系ではない。多くの人に支持されたヒット作品が中心だ。それは支配的な「68世代史観」に対する反発であり、異議申し立てでもある。

音楽では、ザ・タイガース『君だけに愛を』やザ・フォーク・クルセダーズ『帰って来たヨッパライ』が流れる世間と、佐世保闘争や成田空港反対闘争に揺れる社会を交差させる。

またプロ野球では、現実のペナントレースと、漫画『巨人の星』の主人公・星飛雄馬の活躍が同時進行していったことに注目。1位巨人と2位阪神の死闘が、飛雄馬と花形満の「大リーグボール1号」対決と重ねられていく。

さらに映画でスポットを当てたのが『黒部の太陽』だ。最初の1年で733万人を動員し、配給収入は約8億円。石原裕次郎と三船敏郎は主演俳優であり製作者だったが、完成までの過程は俳優や監督を縛っていた「五社協定」との戦い、旧態依然たる映画界との闘争でもあった。

68年当時の著者は、学生運動とも前衛芸術とも無縁の8歳の少年だ。いや、だからこそ生まれた独自の評価軸が本書を支えている。

(週刊新潮 2018年11月1日号)

書評した本: 『文藝春秋作家原稿流出始末記』ほか

2018年11月10日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


青木正美 『文藝春秋作家原稿流出始末記』
本の雑誌社 1620円

古書店主である著者が偶然手に入れた、大江健三郎や安部公房などの生原稿。その後35年にわたって売買していくことになる作家たちの直筆原稿は、なぜ、どのようにして市場へと流れたのか。話は文藝春秋一社に留まらない。文壇、そして出版界をめぐる都市伝説の内幕だ。


永江 朗 
『四苦八苦の哲学~生老病死を考える』

晶文社 1836円

『51歳からの読書術』などで知られる著者も還暦を迎えた。新作のテーマは生老病死の哲学だ。自身の体験や考察と、先人たちの時代を超えた思索が交錯する。プラトンと死。フーコーと病。本質的な問いを深めた人々の言葉に耳を傾け、再び自分に帰っていくのだ。


近藤勝重 『昭和歌謡は終わらない』
幻冬舎 1296円

歌と時代は手をつないでやってくる。特に詞(ことば)が力を持つ昭和歌謡には人の思いが刻まれていた。元毎日新聞記者の著者が、なかにし礼「人形の家」、阿久悠「舟唄」、山口洋子「うしろ姿」といった、自身が愛する名曲の背景と味わい所を語りつくしていく。

(週刊新潮 2018年11月1日号)


戸田 学 
『話芸の達人~西条凡児・浜村淳・上岡龍太郎』

青土社 2160円

大阪の、いや日本の「一人芸」を代表する三人の揃い踏みだ。事実、誇張、飛躍で笑いを重ねた凡児。講談の修羅場のようなテクニックを駆使する浜村。「え~」という言葉を自らに禁じていた上岡。彼らの劇場やテレビでの「語り口」が採録されているのが有難い。


今井 彰 『光の人』
文藝春秋 1944円

著者はNHK『プロジェクトX』の元プロデューサー。本書は実話をベースにした書き下ろし小説だ。戦後、行き場を失っていた戦災孤児たち。主人公の門馬幸太郎は彼らと生活を共にしながら、自立の道を切り開いていく。その背後には門馬自身の凄惨な体験があった。

(週刊新潮 2018年10月25日号)

書評した本: ピエール・メール 『監禁面接』ほか

2018年11月03日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


ピエール・メール、橘明美:訳 
『監禁面接』

文藝春秋 2160円

『その女アレックス』の作者による最新作だ。失業4年目のアランは57歳。ようやく一流企業の最終試験までこぎつけるが、出された課題は「就職先の重役会議を襲い、重役たちを監禁して尋問しろ」だった。予測できない緊迫の展開と驚くべき結末が待っている。


嵐山光三郎・磯田道史 
『影の日本史にせまる~西行から芭蕉へ』

平凡社 1512円

『西行と清盛』の作家と『武士の家計簿』の歴史家。二人が文学と歴史をつないでいく。西行の奥州行きは諜報活動だったのか。戦争広告代理店としての連歌師たち。芭蕉の句におけるリアルとフィクション。やがて日本人論にまで至る議論は異端の文学史だ。


(週刊新潮 2018年10月18日号)



書評した本: 俵 万智 『牧水の恋』ほか

2018年10月31日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


俵 万智 『牧水の恋』
文藝春秋 1836円

創作の源泉としての恋愛を軸に、短歌界の巨人の軌跡を追った評伝だ。ヒロインの名は小枝子。広島に夫と子どもを残して上京した人妻だった。何年にもわたる揺れ動く関係性が多くの歌を詠ませた。牧水の故郷、宮崎に移住した著者が作品と実人生を読み解いていく。


上原善広 『辺境の路地へ』
河出書房新社 1782円

大宅賞作家の著者は言う。「ここではないどこかへ、女と一緒に逃げたいという願望がある」と。妻子を大阪に置いたまま、取材と称する流浪の旅が続く。北海道日高の民宿で、八戸の居酒屋で、そして三重県のはずれにある売春島で出会う、愛すべき危うい女たち。

(週刊新潮 2018年10月11日号)


池井戸潤 『下町ロケット ゴースト』
小学館 1620円

この秋にドラマ化された、シリーズ最新作だ。佃製作所が開発したトランスミッションのバルブ。それを採用したギアゴースト社がライバルから特許侵害を指摘される。巨額なライセンス料に驚いたギ社は、佃航平にある相談をもちかけた。新たな戦いの始まりだ。


千葉雅也 
『思弁的実在論と現代について
 ~千葉雅也対談集』

青土社 1944円

著者は立命館大大学院准教授にして気鋭の哲学者。『現代思想』等での10本の対談・鼎談を収録したのが本書だ。思弁的実在論とは、いわば「無関係の哲学」。いとうせいこうと「引き受けすぎ」の意識について考え、羽田圭介らと「社会とマゾヒズム」の関係を探っていく。


古川雄嗣 
『大人の道徳
 ~西洋近代思想を問い直す』

東洋経済 1728円

今年度から小学校の「教科」となった「道徳」。左派は自由・平等を教えろと言い、右派は公共心・愛国心を植え付けよと主張する。では道徳とは一体何なのか。自由の本質に迫ったデカルト。功利主義の道徳哲学を排したカント。市民の意味を問うルソーなどから学ぶ。

(週刊新潮 2018年10月4日号)

書評した本: 『チキンラーメンの女房~実録 安藤仁子』

2018年10月21日 | 今週の「書評した本」



安藤百福発明記念館:編 
『チキンラーメンの女房~実録 安藤仁子』

中央公論新社 1296円

NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)には王道ともいうべき三大要素がある。女性の一代記、職業ドラマ、そして成長物語であることだ。さらに近年は、実在の人物をモデルにする成功パターンが加わった。

10月にスタートした朝ドラ『まんぷく』のヒロイン、福子(安藤サクラ)のモデルが日清食品創業者・安藤百福(もも ふく)の妻、仁子(まさ こ)である。ただし、仁子自身は翻訳家(『花子とアン』)でも実業家(『あさが来た』)でもない。普通の主婦だったはずだが、ドラマのモデルになるからには知られざる何かがあるのではないか。そこで手にしたのが本書だ。

仁子は1917(大正6)年、大阪の商家に三女として生まれた。やがて父の経営していた会社が倒産し貧乏生活が始まったが、家の中には常に三姉妹の笑い声が響いていたそうだ。家計を助けるため14歳で電話交換手の見習い職員となる。働きながら女学校に通い、卒業したのは18歳のときだ。京都の都ホテルに就職したことが、後の百福との出会いにつながっていく。

結婚した百福は根っからの企業家だった。しかも事業は順調なときばかりではない。戦後はえん罪の脱税容疑で裁判にかけられ、財産も差し押さえられた。信用組合の理事長になってほしいと頼まれ、結局は倒産の責任を負った。再び財産を失うのだが、仁子は決して揺るがない。

また「インスタントラーメン」の開発も一人の天才によるものではなく、仁子をはじめ家族総出の取り組みだった。何があっても「クジラのように物事をすべて呑み込んでしまいなさい」という母の教えを守りながら夫を支え続けたのだ。本書を読むと、仁子を”スーパー主婦”とでも呼びたくなってくる。

モデルがいるとはいえ、ドラマはフィクションであり、事実をふくらませた新たなエピソードが盛り込まれるはずだ。本書で描かれた仁子とドラマの福子を比べながら視聴するのも一興かもしれない。

(週刊新潮 2018.10.18号)


書評した本: 野田 隆 『シニア鉄道旅のすすめ』 

2018年10月15日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


野田隆 『シニア鉄道旅のすすめ』
平凡社新書 907円

この夏、島へと渡るプロペラ機に乗った。時間がかかる分、雲の動きや眼下の景色をじっくりと堪能できる。乗り物が変わるだけで、移動が小さな旅になった。

野田 隆『シニア鉄道旅のすすめ』が教えてくれるのは、俗世を忘れそうなローカル線と観光列車の魅力だ。たとえばJR飯山線の「おいこっと」は、長野駅と新潟県の十日町駅の間を往復している。沿線には唱歌「故郷(ふるさと)」の作詞者・高野辰之の出身地があり、車窓に広がるのは「うさぎ追いしかの山」の風景だ。

また小田原と伊豆急下田を結ぶ「伊豆クレイル」は、海沿いの絶景ポイントで停車するサービスが秀逸。ラウンジでは、女性ミュージシャンによるボサノバの生演奏も披露されている。

九州の熊本駅と三角駅をつなぐのは、「A列車で行こう」という名の観光列車だ。車内にはジャズが流れ、バーカウンターも置かれている。通勤電車では無理だった、「立ち飲みでほろ酔い」の快楽がそこにある。

さらに個性派の観光列車としては、車内に「足湯」の設備を持つ山形新幹線の「とれいゆつばさ」。上越新幹線には、写真や絵画をパネル展示した「現美新幹線」が走っている。

いずれもすぐ乗ってみたくなるが、シニアの誰もがふらっと旅に出られるわけではない。そんな時は日本地図帳を開いてみよう。この本を読みながら、列車の経路を地図で追うのだ。安楽椅子探偵ならぬ、安楽椅子トラベラー。これもまた旅の本の醍醐味である。

(週刊新潮 2018.10.04号)

書評した本: 『引火点~組織犯罪対策部マネロン室』

2018年10月12日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


笹本稜平 
『引火点~組織犯罪対策部マネロン室』

幻冬舎 1836円

犯罪がらみの資金洗浄を阻止するのが、マネーロンダリング対策室の任務だ。捜査対象となった、ある仮想通貨取引所。警部補の樫村たちが面会した女性CEOのもとに、小型ナイフと「次はお前だ」という脅迫状が届く。ネット経済の暗部に迫る、出色の警察小説だ。


本の雑誌編集部:編 
『旅する本の雑誌』

本の雑誌社 1728円

巻頭は舘浦あざらし「函館・小樽・札幌弾丸ツアー」だ。山口瞳が泊まった函館元町ホテル、小樽文学館の植草甚一カフェなど選択が渋い。他に坪内祐三が小田原で訪ねる川崎長太郎ゆかりの料理店。荻原魚雷が選ぶ「東海道の三冊」など。旅は本で数倍豊かになる。


池田信夫 
『丸山眞男と戦後日本の国体』

白水社 1512円

戦後のある時期、論壇をリードした丸山眞男。彼が喫した敗北を検証することで、戦後リベラルが挫折した原因を探ろうという試みだ。敗戦は開国だったのか。民主主義は永久革命だったのか。そして丸山にとって国体とは何だったのか。この国の現在の姿も見えてくる。

(週刊新潮 2018年9月27日秋風月増大号)


高橋源一郎:編著 
『憲法が変わるかもしれない社会』

文藝春秋 1620円

改憲への動きが加速化する時代。天皇制とデモクラシー、立憲主義、不寛容社会と人権などの課題を、作家の高橋源一郎が片山杜秀、石川健治、森達也をはじめ気鋭の論者と語り合う。憲法を意味論と語用論に分けて考えるべきという長谷部恭男の指摘も示唆に富む。


柴田哲孝 
『ISOROKU 異聞・真珠湾攻撃』

祥伝社 2052円

『下山事件 暗殺者たちの夏』から約3年。小説の形で昭和史の深層に迫り続ける著者が挑んだテーマは真珠湾攻撃だ。日本を追い詰めるルーズベルトが仕掛けた策謀の数々。パールハーバーはその総仕上げだったのか。そして山本五十六が果たした“役割”とは?


安倍龍太郎 
『筧千佐子 60回の告白
 ~ルポ・連続青酸不審死事件』

朝日新聞出版 1512円

交際した男たちが死亡するたび、多額の遺産を取得。最終的な被害者の数は今も不明だ。新聞記者である著者は拘置所で何度も被告と向き合うが、犯行に対する現実感が希薄であることに驚く。ごく普通のおばちゃんは、いかにして「後妻業」のプロになったのか。

(週刊新潮 2018年9月20日号)


書評した本: 大木賢一 『皇室番 黒革の手帖』

2018年10月10日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


大木賢一 『皇室番 黒革の手帖』
宝島社新書 842円

テレビで皇室をめぐる特番が放送される時、いわゆる皇室評論家が登場することが多い。たいていは新聞社やテレビ局で長年にわたって皇室記者を務めてきた人たちだ。

彼らは共通の雰囲気を持っており、そのたたずまいの中に、どこか“虎の威を借る”的な感じが漂う。自分も高貴な世界の住人だとでも言いたげな“上から目線”も気になる。

著者は共同通信の記者として、2006年から2年近く皇室番、つまり宮内庁担当だった。しかし皇室評論家風の威張り感はまったくない。モレスキンの黒い表紙のノートに記した、当時のメモとスケッチ画を基に書き下ろしたのが本書だ。

基本的に取材の体験が時系列で回想されていく。しかも著者の関心は両陛下や皇族だけでなく、駅頭や沿道で手をふる、「一般奉迎者」といわれる市民にも向けられる。そこに著者が過去には実感することのなかった「国民」がいたからだ。

特別養護老人ホームで、車いすのお年寄りに声をかける両陛下。涙ぐんでそれに応えるお年寄り。そんな光景を前に、「天皇とは、一体日本人にとって何なのだろう」という素朴な感慨を抱く。思えば、両陛下から国民への言葉は、「よかったね」「お元気でね」などとシンプルだ。そんな言葉に日本人は敏感に反応するが、著者はその理由を「私心なき鏡のような存在」にあると見る。

一方、国権の最高機関である国会での天皇のふるまいと、それを見つめる議員たちの態度は、「天皇の権威」というものを考える格好の材料だ。そこには被災地訪問などの姿からくるイメージとも異なった、「この国のかたちと密接不可分な存在」としての天皇がいる。

退位の時期が近くなるほど、陛下や皇族をめぐる話題は増えていくはずだ。バランスのとれた距離感で素顔の皇室を見つめる本書が現時点で上梓されたことは、私たちにとって小さな僥倖かもしれない。

(週刊新潮 2018年9月20日号)


書評した本: 川本三郎 『「それでもなお」の文学』ほか

2018年09月26日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


川本三郎 『「それでもなお」の文学』
春秋社 2160円

おもにこの5年間に書かれた文学作品についての文章だ。対象は自身が好きな作家と作品であり、そこには「生きる悲しみ、はかなさ」が描き込まれている。坂口安吾や林芙美子など「昔の作家」と、桜木紫乃や東山彰良といった「現代作家」が並んでいるのも著者ならでは。


本城雅人 『友を待つ』
東京創元社 1944円

困難と思われる取材対象に肉薄し、多くのスクープを放ってきた伝説の週刊誌記者、瓦間慎也。そんな男が女性宅への不法侵入と窃盗の容疑で逮捕される。真相を探ろうとする後輩記者たちは、過去におけるある官僚と瓦間の関係に注目する。緊迫の記者ミステリだ。


椹木野衣
『感性は感動しない
~美術の見方、批評の作法』

世界思想社 1836円

気鋭の美術批評家による初の書き下ろしエッセイ集だ。絵を鑑賞する際に大切なのは「なにかを学ぼうとしないこと」だと著者は言う。唯一無二の存在と存在の交錯であり、響き合うかどうかだと。この「絵をまるごと呑み込む」方法からユニークな椹木批評が生まれる。


(週刊新潮 2018年9月13日号)


書評した本: 『戦後ゼロ年 東京ブラックホール』ほか

2018年09月19日 | 今週の「書評した本」


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


貴志謙介 
『戦後ゼロ年 東京ブラックホール』

NHK出版 1836円

戦後ゼロ年とは敗戦直後の1年間を指す。東京租界、地下政府、隠匿物資、そして占領軍。民主改革の大義名分に隠れて、「世界最大の親米国家」への日本改造計画が進められていた。近年、米国で機密資料が公開され、深い闇に光が当たり始めた。本書はその第一歩だ。


マイケル・コリンズ他 :著、
樺山紘一:監修 
『世界を変えた本』

エクスナレッジ 4104円

30センチ×25センチの大型本。美しいビジュアルと共に紹介されるのは『死者の書』、『源氏物語』、『グーテンベルク聖書』、『種の起源』など80冊以上の歴史的名著だ。著者、内容、さらに後世への影響についても詳述。世界を変えただけでなく、世界を形づくった本たちだ。


石井光太 
『原爆~広島を復興させた人びと』

集英社 1728円

原爆の影響で「75年間は草木も生えない」と言われた廃墟の町は、いかにして国際平和文化都市「ヒロシマ」となっていったのか。建築家・丹下健三や原爆資料館初代館長など4人の男たちの取り組みを探るノンフィクションだ。広島の風景が違って見えてくる。

(週刊新潮 2018年9月6日号)


岡野誠 『田原俊彦論』
青弓社 2160円

今年6月、田原俊彦は74枚目のニューシングルをリリースした。本書は57歳の現役アイドルの全体像に迫る、初の本格評論である。歌番組『ザ・ベストテン』との共栄。ドラマ『教師びんびん物語』の衝撃。独立と「ビッグ発言」等々。40年にわたる芸能界戦記だ。

(週刊新潮 2018年8月30日号)

書評した本: 梯久美子 『原民喜 死と愛と孤独の肖像』

2018年09月15日 | 今週の「書評した本」



週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』
岩波新書 929円

梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』は、昭和26年に45歳で自ら生涯を閉じた作家・詩人の本格評伝だ。「私の自我(ママ)像に題する言葉は、/死と愛と孤独/恐らくこの三つの言葉になるだらう」という原の文章をもとにした三部構成となっている。

死の章では4歳の弟、51歳の父、21歳の姉を亡くした原少年と死者たちとの関係を探っていく。また愛の章では生前はもちろん、33歳で亡くなった後も慕い続けた妻・貞恵との結婚生活が軸になる。他者との交流を極端に苦手とした原青年にとって、貞恵はまるで慈母のような存在だった。

そして孤独の章で描かれるのは昭和20年8月6日に広島で体験した原爆と、それを書き残すことに生きる意味を見出した原の姿だ。被災時の自筆ノートと『夏の花』の文章を比較することで、事象の記録に徹しようとした作家の魂が浮かび上がってくる。

しかも大げさであること、曖昧であること、主情的であることを拒否した原に、著者は「生来の繊細さ」「表現者としての理性」「死と死者に対する謙虚さ」を見出していく。あまりにも多くの命を奪った原爆という惨劇について、原は最後まで低い声のまま、静かに語り続けたのだ。

実は、この本の最後に意外なエピソードが収められている。友人だった遠藤周作と一人の女性をめぐる話だ。孤独と思われた晩年にほのかな灯りがともったようで、著者の丁寧かつ真摯な取材に感謝したい。

(週刊新潮 2018.09.06号)