テレビ朝日のドラマスペシャル「十万分の一の偶然」を見た。
松本清張の原作を巧みにアレンジしており、特に田村正和と中谷美紀の“父娘物語”を軸にしたあたりは、うまい。
脚本・吉本昌弘の手腕でしょう。
他のキャストも、渋くて、ぜいたく。
若村麻由美の使い方なんて見事だ。
高嶋政伸は、つい最近の騒動が浮かんで困ったけど(笑)、あぶない系にはぴったりでした。
監督はベテランの藤田明二。
まあ、とにかく、ちゃんと作られたドラマは、安心して見られるので、助かります(笑)。
「ドクターX」があるかと思えば、しっかり「清張モノ」も出してくる。
そんなバランスも含め、テレ朝のドラマが、今、絶好調という感じです。
「日刊ゲンダイ」に連載している番組時評「TV見るべきものは!!」で
振り返る、この1年のテレビです。
(以下の文章は、同時代記録という意味で、掲載当時のままです)
2012年 テレビは何を映してきたか (2月編)
「地球イチバン」 NHK
円高の影響もあり、「世界!弾丸トラベラー」「アナザースカイ」(ともに日本テレビ)など海外旅行をテーマにした番組が目立つ。これらの番組、確かに「少し得した気分」になれるが、中高年にはテーマや出演者が若すぎるケースもある。そんな向きにオススメはNHKの「地球イチバン」だ。
先週、旅人・大高洋夫が訪ねたのはノルウェー領のロングイヤービエン。「地球で一番北の町」だ。北極点に近く、一年の半分は太陽が沈まない白夜で、半分は真っ暗なままの極夜。冬は連日マイナス30度という厳しい環境だが、なんと44ヶ国から人が移り住んできている。理由は、この町が国籍に関係なく仕事と住居さえ確保すれば誰でも自由に住める「フリーゾーン」という場所だからだ。
大高が出会ったのは炭鉱労働者のミラン。クロアチアから逃れてきたセルビア人で、親兄弟を戦争で失った彼は妻と幼い子供を連れて移住したのだ。そして今、高校生になった息子が自分なりの道を歩もうとするのを、少し寂しく感じながらも応援している。「家族」をめぐる大高との対話には人種を超えた父親の思いがあった。
スタジオには司会の渡辺満里奈と大高、そしてゲストの鳥越俊太郎などがいる。ミラン一家の話題をきっかけにクロアチア紛争の背景に触れるなど、単なる「いい話」で終わせらない演出にも好感がもてた。こんな“円高還元番組”なら歓迎だ。
(2012.02.07)
「妄想捜査~桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活」 テレビ朝日
今期のドラマも警察物やサスペンスが目立つが、少し変わったテイストなのが「妄想捜査~桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活」(テレビ朝日)だ。
まず千葉県の片田舎にある「たらちね国際女子大学」に赴任してきた准教授(佐藤隆太)というくだらない設定が笑える。しかも桑潟には妄想癖はあっても推理力などない。妄想から生まれるトンデモ行動が結果的に事件を解決するというコミカルタッチな探偵ドラマなのだ。
先日の桑潟は、“たらちね”の語源にもなっている地元名士の「垂乳根家」の家督問題に巻き込まれ、妄想が原因で崖からジャンプして危うく死にかけた。また商店街ではいきなり通行人と一緒に踊りだしたり。必然性がほとんどないのに、歌って踊るシーンがほぼ必ず出てくるインド映画みたいなのである。
こういうバカバカしいシーンほど本気で作るのが鉄則。でないと視聴者はついてきてくれない。その意味では佐藤も制作陣もよくやっているが、肝心の妄想がイマイチ。見ている側の意表を突くようなインパクトがなく、失笑に終わってしまうのが残念。
さらに惜しいのは主人公をサポートするミステリー研究会の女子学生たち(桜庭ななみ・倉科カナ)が魅力的に見えないこと。おバカな女子大生がバカみたいに騒いでいるようにしか見えず、深夜ドラマなのに色っぽさがさっぱり感じられない。原作にあるファッションや恋愛話が出てこないのも消化不良の印象がする。もっと見せ場を作ったらいいのにと思う。
(2012.02.15)
「世界は言葉でできている」 フジテレビ
「似たようなバラエティ番組ばかりでつまらない」とお嘆きの皆さんには、フジテレビ火曜深夜の「世界は言葉でできている」がオススメ。司会は佐野瑞樹アナと生野陽子アナ。テーマは「名言」。過去の偉人のソレはもちろん、現在活躍する人たちの“生きた言葉”を紹介する。
見どころは単純に名言を当てるクイズ形式ではなく、パネリスト(コトバスターと呼ぶ)がアレンジして、「名言を超えるようなグッとくる言葉」を創作する点。一種の“頭の体操”や“知的遊び”の要素があるのだ。
先週登場したのは、90年代にサッカーのバルセロナFC監督として活躍した、ヨハン・クライフの「○○を恥と思うな、○○を恥と思え」という言葉。これにバナナマンの設楽統は「敗北を恥と思うな、次の敗北を恥と思え」、小島慶子は「弱点を恥と思うな、弱気を恥と思え」と答えた。どちらもいいセンスだ。
実際のクライフの名言は「美しく敗れることを恥と思うな、ぶざまに勝つことを恥と思え」。スタジオの観客は本家クライフよりも、バナナマン設楽のアレンジの方が“グッとくる”と支持した。このあたりが番組の真骨頂である。
新機軸の番組を開発しようとするチャレンジ精神は評価に値する。ただひとつ、残念だったのは“紅一点”の生野アナがワンショット(アップ)で抜かれるのが1回だけだったこと。深夜番組で彼女目当ての視聴者もいるだろう。カメラ割りにはぜひ工夫を。
(2012.02.21)
「夜なのにあさイチ~漢方スペシャル」 NHK
先週土曜の夜、NHKで放送された「夜なのにあさイチ~漢方スペシャル」。勢いに乗っての特番はいいとして、なぜ今「漢方」なのか。番組はひたすら漢方を礼賛。医師の86%が漢方薬を使用しているとか、丁寧な問診により体質改善するとか。また、ある女性は頭痛が軽減され、ある男性は手のかゆみが抑えられたそうな。
さらに、認知症患者の漢方薬使用前・使用後の映像を並べて効果を見せ、有働由美子アナの体験レポートまであった。健康に不安を抱える視聴者のほとんどが、この番組を見て漢方医や漢方薬局に走ったのではないか。とにかく良いことづくめの話ばかりだった。
普通、テレビ制作者が医学・医療情報を扱う場合は細心の注意をはらう。視聴者の健康(オーバーに言えば命)に関わるからだ。その効果・効能は確かなのか。何を根拠としているのか。どこまで断定していいのか。特に漢方は西洋医学のように効果を数値で測れないことも多く、慎重にならざるを得ないのだ。漢方で注意すべき点やネガティブな要素を伝えないのは極めて危うい。
番組は漢方薬工場の内部も紹介していた。社名こそ出さなかったものの、画面を見ればツムラだとわかる。このツムラが協賛に名を連ねているホームページで「漢方の魅力」を語っている〝美人漢方医〟がスタジオにいて、伝道師のごとく効能を説いていたのが実に印象的だった。
(2012.02.28)
今年はどんな本を読んできたのか。
この1年も、相変わらずの雑食系読書というか、無差別級乱読の日々ではありますが(笑)、「週刊新潮」の書評ページのために書いたもので、振り返ってみます。
2012年 こんな本を読んできた (1月編)
堂場舜一 『ヒート』
実業之日本社 1785円
箱根駅伝を舞台に長距離ランナーたちの壮絶な戦いぶりを描いた『チーム』。その中で鮮烈な印象を残した一匹狼の天才、山城悟が帰ってきた。
神奈川県知事が新たなマラソン大会を企画する。その名も「東海道マラソン」。目的はただ一つ、世界最高記録を生み出すことだ。準備から運営までを任された県職員・音無太志が頭を悩ますのは、いかにして山城を参加させるかだった。海外の有名レースで記録を狙う山城は、この大会など眼中になかったからだ。
その一方で音無は記録達成に必要なペースメーカーを用意する。ハーフマラソンで優秀な成績をもつ甲本剛だ。山城と甲本。対照的な二人のランナーを予測不能なレースが待ち構える。
走る選手たちの心理描写はリアルで、読みながら息苦しくなるほど。ゴールまでのドラマに弛緩はない。傑作マラソン小説の登場だ。
(2011・11・25発行)
田辺聖子・北杜夫・吉本隆明ほか『いつもそばに本が』
ワイズ出版 2310円
朝日新聞に連載された読書エッセイの5年分がまとめられた。書いたのは作家など著名人73人。本にまつわる多彩な回想や本への思いを堪能できる。
「読書は好きに選んだ相手との乱取り稽古」だと言うのは松岡正剛。養老孟司は「古典は読むべきだし、読む力をつけるべきである。それには自分で読むしかない」とけしかける。また北杜夫はサン=テグジュペリの『星の王子さま』について、「この作者の生涯を凝縮したような作品の神髄を本当に理解できるのは四十歳以上なのではあるまいか」と語っている。
花田清輝『復興期の精神』が小松左京に与えた影響は深く、河合隼雄は井筒俊彦の『意識と本質』を今後も繰り返し読むと宣言する。著者たちが挙げる本には「いかにも」と思うものと、「意外」と感じるものがあるが、どちらも読んでみたくなるのが本書の特徴だ。
(2012・01・05発行)
関川夏央 『「解説」する文学』
岩波書店 2520円
文庫本巻末の解説を集めることで、これほど充実した文学論の本が生まれるのも著者ならでは。中でも「司馬遼太郎対話選集」に書いた10編は戦後知識人に関する優れた評論となっている。また山田太一を「二十世紀後半の代表的な文学者」と捉える視点も重要だ。
(2011・11・02発行)
椎名 誠 『足のカカトをかじるイヌ』
本の雑誌社 1680円
「本の雑誌」での連載エッセイ、2007年からの3年分だ。那覇でラジオ番組に出て、岩手をクルマで走り回り、金沢のお座敷でご馳走を食す。その間に大量の本を読み、原稿も書いている。著者の怒涛の日々を追うことで、この国の幅や奥行を感じることができる。
(2011・11・25発行)
秋山豊寛 『来世は野の花に~鍬と宇宙船Ⅱ』
六耀社 1680円
元宇宙飛行士はTBS退社後、福島県で有機農業と椎茸栽培に励んできた。その生活を丸ごと奪ったのが原発事故。本書は“難民”となった著者が現地から発した怒りの声だ。農夫とジャーナリストの目を併せ持った文章から、今回の「大犯罪」の実相が浮かび上がる。
(2012・12・11発行)
長浦 京 『赤刃(せきじん)』
講談社 1365円
第6回小説現代長編新人賞を受賞した時代小説だ。舞台は寛永年間の江戸。すでに戦(いくさ)は絶え、太平の世が始まっている。その一方で血の匂いと殺戮の日々が忘れられない男たちがいる。彼らは自己満足のために凶悪な辻斬りを繰り返していたが、その頭目はかつての英雄・赤迫雅峰だった。
彼らを倒す「掃討使」に任命されたのが旗本の小留間逸次郎。剣と知略に優れ、負けを知らない強さをもつ。しかし富や権力は望まず、市井の人たちにはやさしい。絶望と虚無の淵を垣間見た男であることも含め、何とも魅力的な主人公だ。
そんな逸次郎と仲間たちが赤迫一派と壮絶な戦いを繰り広げる。特に赤迫の剣は悪魔的な力に満ちている。「斬り合い」とはかくも凄まじいものなのか。時代小説の既成概念を覆すような生々しく激しい描写はとても新人とは思えない。希有な才能の登場である。
(2012・01・05発行)
掛尾良夫 「『ぴあ』の時代」
キネマ旬報社 1365円
昨年7月、情報誌『ぴあ』が休刊した。映画や演劇、コンサートなどの情報をネットから自在に入手できる時代になったことが要因だ。だが創刊された1972年当時、自分が観たい映画が「どの映画館で何時からの上映か」を知ることは大変だった。『ぴあ』は一種の情報革命だったのである。
本書はこの雑誌を生み出した矢内廣(創刊時は大学生)と仲間たちが時代とどう向き合い、自分たちの事業を進めていったのかを辿るノンフィクションだ。素人集団だった彼らが手づくりのような雑誌を巨大ビジネスに育てていく過程は、企業物語であると同時に70年代の青春物語でもある。
また、『ぴあ』を足場に森田芳光、大森一樹、長崎俊一など何人もの映画監督が世に出た。一つの雑誌が日本映画界に与えた影響は大きい。映画専門出版社の社員として時代と並走してきた著者ならではの一冊だ。
(2011・12・30発行)
久住昌之 『昼のセント酒』
カンゼン 1365円
セント酒とは銭湯に入った後で飲む、罰あたりのような美味い酒のこと。北千住の「大黒湯」と居酒屋「ほり川」、銀座の「金春湯」と蕎麦「よし田」など、著者とっておきの“黄金の組み合わせ”を紹介するエッセイ集だ。リーズナブルで洒落た密かな悦楽を味わう。
(2011・12・19発行)
小長谷有紀
『ウメサオタダオと出あう~文明学者・梅棹忠夫入門』
小学館 1365円
昨年開催された梅棹忠夫没後初の展覧会。自筆のノートやカードに接することで、来場者はそれぞれ大きな刺激を受けた。本書は彼らが残した感想をテコに、梅棹の思索と行動を読み解く入門書だ。誰もが「自分の頭で考える」ことを求められる時代、梅棹は一層輝く。
(2011・12・17発行)
ジョン・クリーランド 小林章夫:訳
『ファニー・ヒル~快楽の女の回想』
平凡社ライブラリー 1470円
18世紀のイギリスの片田舎に生まれた美少女がたどる性愛の軌跡。レスビアン、覗き、フェティシズムなど、あらゆる快楽の原形が描かれている。読者を駆り立てる言葉と文章の力。エロス文学の古典にして傑作を、なめらかな新訳の新刊で読めるのは幸せだ。
(2011・12・17発行)
川端幹人
『タブーの正体!~マスコミが「あのこと」に触れない理由』
ちくま新書 882円
『噂の真相』元編集長が迫るメディア・タブーの過去と現在である。著者によればタブーと対峙する際、まず必要なのはその理由を知ることだ。ここでは暴力・権力・経済という3つの「恐怖」を挙げている。実例も豊富だ。皇室タブーと右翼への恐怖心。官僚の巧妙な情報操作やメディア工作。また膨大な広告費をバックに原発タブーを生み出した電力会社等々。
本書の白眉は著者自身がタブーに触れ、脆くも屈した際の苦い告白だ。それを踏まえてタブーを破る勇気。メディアの利益至上主義と公共性の減退が加速する中、ジャーナリストとして放つ“一矢”がここにある。
(2012・01・10発行)
白石一文 『幻影の星』
文藝春秋 1418円
東京で働く熊沢武夫に、故郷の長崎県諫早にいる母親から奇妙な連絡が入る。武夫の物と思われるレインコートが地元で見つかったというのだ。だが最近帰省した事実はないし、問題のコートも自分の部屋のクローゼットに収納されていた。
後日母親が送ってきたコートは、痛んでいるが手元にあるものと同じ品だった。さらにコートのポケットにあったSDカードには、なんと自分が撮影した写真だけでなく、あり得ない画像が収められていた。武夫は謎を解こうと動き始める。
この小説の背景には昨年の東日本大震災がある。現実の書物や映像が実名で登場し、主人公は「生」と「死」、「時間」といった哲学的命題と向き合っていく。それは著者自身の震災をめぐる体験や思索がベースになっており、物語に不思議なリアリティと説得力を与えている。小説の可能性に挑戦した野心作だ。
(2012・01・15発行)
鈴木邦男 『竹中労~左右を越境するアナーキスト』
河出書房新社 1365円
「人と思考の軌跡」シリーズの最新刊だ。あの竹中労を、あの鈴木邦男が書くというだけでも注目の一冊である。しかし、一般的な意味での評伝とは異なる。あくまでも個人的・体験的「竹中論」であり、本書の魅力もそこにある。
著者が竹中と出会ったのは1976年。東京・大手町会館での講演だ。会場にいた右翼青年たちに向かって、竹中は「天皇を認めなければ敵なのか?」と問いかけた。それは「越えられない一線」を越えよう!という“危ない共闘”への誘いであり、当時32歳の著者は衝撃を受ける。以来、竹中が亡くなる91年まで独特の交流が続く。
本書の白眉は竹中と野村秋介の関係を、大杉栄と北一輝に重ねて解読していくことだ。「人は、無力だから群れるのではない。あべこべに、群れるから無力なのだ」という竹中の言葉が強い印象を残す。
(2011・12・30発行)
津田大介 『情報の呼吸法』
朝日出版社 987円
新世代のジャーナリストが語る、ツイッターなどソーシャルメディアの最前線。進行するコミュニケーション革命の中でいかに情報を入手し、それを行動につなげていくか。キーワードは人間性の情報化・共有化。新旧メディアのハイブリッド利用などヒントは数多い。
(2012・01・15発行)
GAMO 『山岳マンガ・小説・映画の系譜』
山と渓谷社 1575円
著者は<山岳エンターテインメント>サイトの主宰者。山を描いたマンガや小説の歴史から名作のトリビアまでを紹介している。たとえば新田次郎における山を「生」と「死」で分け、さらに青春、遭難などに分類。山を舞台に人間そのものに迫ったことが明かされる。
(2011・12・30発行)
土田健次郎 『儒教入門』
東京大学出版会 2730円
「論語」の解説本をはじめ多くの儒教関連書籍が書店に並んでいる。しかし本書のように儒教の全体像を把握できる入門書はほとんどない。儒教思想の基本、社会観や政治観、地域との関わり、そして現代的意義までを概観できる。明日が見えづらい時代のテキストだ。
(2011・12・19発行)