goo blog サービス終了のお知らせ 

碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

2012年 テレビは何を映してきたか (4月編)

2012年12月18日 | テレビは何を映してきたか 2010年~13年

「日刊ゲンダイ」に連載している番組時評「TV見るべきものは!!」
振り返る、この1年のテレビです。


2012年 テレビは何を映してきたか (4月編)

「笑いの祭典!4時間SP うわっ!ダマされた大賞2012」 
日本テレビ


期末期首特番の時期だ。恒例のお祭り騒ぎではあるが、その質の低下は目に余る。たとえば先週末、内村光良や羽鳥慎一の司会で放送された日本テレビ「笑いの祭典!4時間SP うわっ!ダマされた大賞2012」。

アイドルグループ「ももいろクローバーZ」のひとりがパイプ椅子に座ろうとした途端、座面が抜け落ちてしまい、ドーンと尻もちをついた。別のメンバーの椅子にも背もたれに細工がしてあり、これまた思いきりひっくり返った。下手をすれば床で後頭部を強打していたはずだ。

同じ番組でモデルの菜々緒が地方の「ふるさと大使」という設定で登場。何をするのかと思ったら、醤油をかけたフルーツやシュークリームを食べさせられたり、冷たい水を張った“足湯”に足を入れられたり。「ももクロ」もそうだが、演出や罰ゲームというより単なるイジメに近い。制作側はこれを視聴者が楽しめると思っているのだろうか。

いわゆる“どっきり番組”は70年代後半に始まったが、当時はスターや有名人にちょっとしたイタズラを仕掛け、その素顔を少し見せるところに価値があった。その際も肉体的・物理的な苦痛を与えたりはしなかった。それが今や芸能界の番付もしくはピラミッド構造を背景に、“何をしてもいい相手”を選んでの虐待ショーだ。「笑いの祭典」のタイトルが泣く。

(2012.04.03)


「団塊スタイル」 NHK・Eテレ

今月6日からNHK・Eテレが新番組「団塊スタイル」をスタート。司会は国井雅比古アナと風吹ジュン。初代ユニチカ・マスコットガールで今も団塊世代のアイドルの風吹を選んだセンスはなかなかのもの。

初回のテーマは「地元デビュー」。退職はしたものの、元気な60代はヒマを持てあましている。そこで地域活動を始めようとなるわけだが、実際にやろうとしても、どうしたらいいか分からない人が多いらしい。番組では「歌ごえ喫茶」や「地元情報誌作成」など実例を挙げて手ほどきした。そして先週の第2回は「老後のマネー計画」。節約術を実践している団塊世代を紹介し、スタジオでは専門家が年金暮らしのコツを伝授した。

この番組の狙いは分かりやすい。ターゲットを特定の世代に絞るのも悪くない。ただ彼らは、自分たちが「団塊」として〝ひとくくり〟にされることをあまり好まない傾向がある。
たしかに皆が皆、学生運動→モーレツ社員→ニューファミリーという経緯をたどったわけではない。また、ライバルが多かった分、競争も激しかった。いわゆる勝ち組ばかりではないのだ。そんな〝同世代格差〟にも配慮すべきだろう。

次回のテーマは「仕事」だそうだ。自分たちの仕事もさることながら、大量のニートたちの親でもあるわけで、社会全体における仕事のあり方を探ってもらいたい。

(2012.04.17)


「リーガル・ハイ」 フジテレビ

「謎解きはディナーのあとで」「ストロベリーナイト」など、最近は原作のあるドラマが続いたフジテレビ火曜夜9時枠。今期の「リーガル・ハイ」は久しぶりにオリジナル脚本で臨んでいる。主人公は、性格は悪いがスゴ腕弁護士の堺雅人。アシスタントの女性弁護士が新垣結衣。「相棒」シリーズなどを手掛けてきた古沢良太の脚本はよく練られており、裁判シーンでの展開も淀みない。 

しかし、このドラマの見どころは、なんといっても堺雅人の〝怪演〟だ。金を積まれれば、どんな判決でもひっくり返してみせるという自信。裁判ではピンチになっても微笑を絶やさない。しかも、その微笑の裏には喜怒哀楽の感情が込められており、そんじょそこらの役者にマネはできまい。視聴者には笑顔の奥にある真意を〝推理〟する楽しみがある。

脇を固めるメンバーもクセモノぞろい。堺を潰そうと画策するライバル弁護士が生瀬勝久。その愛人風の秘書は小池栄子。思わずニヤリとさせる両者は堺とがっぷり四つだ。また堺の豪邸兼事務所には、かつてスイスのホテルでシェフをしていたという謎の執事兼事務員(里見浩太朗)もいる。ひどく冷静かと思えば、突然エキセントリックな行動に出る堺を見守る里見が渋い。

あ、ガッキーの存在を忘れていた。正義感全開で元気に走り回る新垣。もうしばらくすれば、弁護士に見えてくるかな?

(2012.04.24)


2012年 こんな本を読んできた (3月編)

2012年12月18日 | 書評した本 2010年~14年

「週刊新潮」の書評ページのために書いてきた文章で振り返る、この1年に読んだ本たちです。


2012年 こんな本を読んできた(3月編)

法坂一広 『弁護士探偵物語~天使の分け前』 
宝島社  1470円

10年目を迎えた『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作である。著者は主人公と同じ現役弁護士。地元である福岡を舞台に書かれた、一人称のハードボイルド小説だ。

弁護士の「私」が担当したのは母子殺害事件。被告の内尾は犯行を認めるが、「私」は納得できない。そこで調査を重ね、マスコミに公表し、法廷をボイコットした結果、1年間の業務停止処分を受ける。その処分が明ける頃、美しい人妻から製薬会社に勤める夫の素行調査を依頼される。また精神科に入院中の内尾に会いに行くが、叶わない。しかも事務所に戻ると、そこには内尾の死体があった。

「被疑者は喋らなくても供述調書は出来あがる。便利な世の中だ」といったワイズクラック(気の利いた警句や軽口)を連発する主人公。その過剰さこそが「私」の個性であり、本作の味わいとなっている。
(2012・01・24発行)


朝山 実 『アフター・ザ・レッド~連合赤軍 兵士たちの40年』 
角川書店 1470円

1972年2月の「あさま山荘事件」から40年が過ぎた。本書は連合赤軍の元“兵士”たちの過去と現在に迫るインタビュー・ノンフィクションだ。

登場するのは事件の前に逃走した者、山岳アジトで兄を失った者など4人。永田洋子や森恒夫、また粛清されたメンバーとも活動を共にしてきた人たちだが、永田に対してはその「自己弁護」に対する反発が強い。また当時の彼らが「理」ではなく、「情」で動いていた部分が大きいことは興味深い。個としての「我」と、組織としての「我々」の間にあった溝も感じさせる。

彼らはそれぞれ長い懲役を経験した上で、今の社会の中で生きている。「僕らが革命闘争をやろうとしたのは間違ってはいなかった。それはいまもそう思っています」とは1人の言葉だ。過去に対する認識は異なるが、目を逸らしていないことでは皆共通している。
(2012・02・15発行)


谺 雄一郎 『醇堂影御用 逃げ出した娘』 
小学館文庫 620円

文庫書き下ろしの影隠密・多々羅醇堂シリーズ第2弾。表と裏、二つの顔の落差が主人公の魅力だ。前作『裏切った女』では大奥の秘密を暴いたが、今度はシーボルト事件の真相に迫る。歴史ミステリーと痛快捕物帖の要素を併せもつ、一気読み必至の物語展開である。
(2011・12・11発行)


逢坂 剛 『小説家・逢坂 剛』 
東京堂出版 1680円

1994年から17年間に書かれたエッセイの集大成だ。書評や本についての文章、藤沢周平など敬愛する作家に関するもの、スペインをはじめとする旅、さらに自作と作家業をめぐる随想と内容は多彩である。逢坂ファンも、これからファンになる人も納得の一冊。
(2012・02・10発行)


須藤 靖 『三日月とクロワッサン』 
毎日新聞社  1575円

著者は宇宙物理学者にして東大教授。T大出版会のPR誌「UP」の好評エッセー「注文(ちゅうぶん)の多い雑文」が一冊になった。堅い話は一切なし。浮世離れした研究と浮き世ならではのエピソードが可笑しい。論文並みに添えられた注釈がまたすこぶる愉快だ。
(2012・02・10発行)


言論出版の自由を守る会:編 「藤原弘達『創価学会を斬る』41年目の検証」
日新報道 1680円

政界から宗教界までが騒然となった問題作『創価学会を斬る』。その出版妨害事件から41年が経過した。本書は矢野絢也・元公明党委員長を囲む座談会や、ジャーナリストなど10人が執筆した論考によって、この事件の本質を探っている。驚くべきは藤原の慧眼だ。
(2012・02・20発行)


林真理子『“あの日のそのあと”風雲録~夜ふけのなわとび2011』
文藝春秋 1260円

週刊誌の連載エッセイ、2011年分が収められている。冒頭から著者は絶好調だ。麻木久仁子に対する大桃美代子のツイッター攻撃に「全国の妻たちよ、立ち上がれ」と快哉を叫び、ランドセルを贈る伊達直人現象に頼りない政府と庶民の相互扶助精神を見る。
 
そして“あの日”、3月11日がやってくる。著者は自らの非力を感じたと言うが、とんでもない。支援バザーに始まり、寄付金集めの行脚、被災地の中学生に出張授業、さらに銀座の超高級クラブで「一日ママ」を体験し、その収益を東北に送ったりする。「被災時に人間の器量はわかる」とは著者の言葉だが、驚くほどの活動ぶりだ。

震災以外の出来事にも敏感に反応している。島田紳助引退騒動で芸能の仕組みとサル山構図を見抜き、「ヨサコイ」ブームをヤンキー文化の集大成と看破。まさに怒涛の1年だった。
(2012・03・15発行)



佐々木譲 『地層捜査』 
文藝春秋 1680円

捜査一課の刑事・水戸部が異動したのは、同じ課内の特命捜査対策室だった。公訴時効が撤廃されたこによって出来た、未解決事件を担当する部署だ。

取り掛かった事案は15年前に新宿区荒木町で起きた殺害事件。一人暮らしの老女が金品も奪われずに刺殺されていたのだ。当時はバブル期。捜査陣も地上げがらみのトラブルと読んで捜査したが迷宮入りとなった。

水戸部の相棒は元刑事で地域指導員の加納だ。この事件の捜査に携わっていた加納に導かれ、置屋の女将だったという老女の過去を掘り起こしていく。それは同時に街と人の記憶を遡る作業でもあった。

著者は物語の舞台を現存する小さなエリアに限定する試みに挑戦し、見事成功している。目の前の風景の彼方に、人の情念が積み重なった街の地層が徐々に見えてくるからだ。警察小説の新境地と言える。
(2012・02・25発行)


牧 久『「安南王国」の夢』  
ウエッジ 2520円 

歴史に埋もれた国際人、松下光廣にスポットを当てたノンフィクションだ。明治末期、松下は15歳でベトナムに渡る。やがて貿易で成功すると独立運動を支援。日本軍部に阻まれるが、南北統一が実現するまで尽力した。「もう一つの日越交流史」と呼ぶべき労作。
(2012・02・28発行)


青木理・神保哲生・高田昌幸 『メディアの罠』 
産学社 1575円 

元共同通信記者、ビデオジャーナリスト、元北海道新聞記者の3人が徹底討論。新聞、テレビが権力に加担する構造を明らかにしつつ、原発事故報道の背後にあるメディアの官僚化と限界を追及する。「公共財」としてのジャーナリズムという指摘に注目したい。
(2012・02・25発行)


瀬川裕司 『ビリー・ワイルダーのロマンティック・コメディ』 
平凡社 2520円 

『お熱いのがお好き』『アパートの鍵貸します』『昼下がりの情事』という名画3本を素材に、ビリー・ワイルダーの脚本・演出術を解読している。設定、伏線、そして小道具まで、細部にわたる監督の“仕掛け”が実に見事だ。読後、映画を見直したくなること必至。
(2012・02・22発行)


椹木野衣 『太郎と爆発~来たるべき岡本太郎へ』 
河出書房新社 2520円 

気鋭の美術批評家が新たな角度から迫る岡本太郎論だ。第五福竜丸の被曝に触発されて生まれた『燃える人』や巨大壁画『明日の神話』などを通じて、キーワード「爆発」の意味を探る。進歩や発展という近代的幻想からの解放を目指した太郎の挑戦は終わっていない。
(2012・02・25発行)


堤 未果 『政府は必ず嘘をつく』
角川SSC新書 819円 

著者は『ルポ 貧困大国アメリカ』で知られるジャーナリストだ。本書は副題に「アメリカの『失われた10年』が私たちに警告すること」とあるように、彼の国を合わせ鏡としながら日本のジャーナリズムを分析したもの。タイトルが結論と言えるだろう。

アメリカの論者たちが語る「9・11」における政府の嘘とマスコミの体たらくは、それ以上の隠蔽と情報操作が行われた「3・11」の実体を浮き彫りにする。今、我がすべきは情報を多角的に集め比較すること。過去を紐解き、自分自身で結論を導き出すことだ。
(2012・03・02発行)



池井戸 潤 『ルーズヴェルト・ゲーム』 
講談社 1680円

野球好きだったルーズベルト大統領が言ったそうだ。「8対7の試合が一番おもしろい」と。それは仕事や人生も同じかもしれない。『下町ロケット』で直木賞に輝いた著者の受賞第一作は、奇跡の逆転劇=ルーズヴェルト・ゲームに挑む男たちの物語だ。

青島製作所の野球部は廃部の危機に直面していた。光学機器の下請けメーカーとしての経営は苦しく、リストラの対象が野球部にまで及んでいたからだ。存在価値を示すには勝つしかない。新監督の元、選手たちは奮闘するが結果を出せないでいた。野球部長の三上はある奥の手を繰り出す。

そんな折り、ライバルのミツワ電器が合併を提案してくる。創業者から社長に抜擢された細川は悩む。決して一枚岩とは言えない役員たちの間でも様々な思惑が交錯していく。本書は迫力の野球小説であり、また優れた企業小説でもある。
(2012・02・21発行)


東京新聞原発事故取材班 
『レベル7~福島原発事故、隠された真実』 

幻冬舎 1680円

この1年、新聞各社はそれぞれに原発事故を報じてきた。しかし政府や東京電力からの情報をそのまま流す「発表報道」は、多くの読者・国民に不信感を与え続けた。そんな中で真実に迫る取材を重ね、異彩を放ってきたのが東京新聞だ。

本書は連載記事に大幅な加筆を行ったもの。この国で一体何が起きたのか。そして何が起き続けているのかを伝えている。特に初期一週間の事故現場、自治体、東電、政府などの動きを同時進行で再現していくペンの力は圧倒的だ。どんな情報がどのように発信されていたのかもよくわかる。また原発が日本に導入されてから現在までの歴史を辿り、その危険性を放置してきた内幕を明らかにしている。事故は「想定外」などではなかったのだ。

電力会社、原子力安全委員会、官僚、そして政府が生み出した構造的な「大きな流れ」の実体を衝く。
(2012・03・11発行)


佐藤あつ子 『昭~田中角栄と生きた女』 
講談社 1680円

著者は“越山会の女王”と呼ばれた佐藤昭の娘。父親は田中角栄である。娘の眼から見た昭の人生、そして角栄の素顔を垣間見ることができる。彼らをとり巻く政治家たちの姿も興味深い。しかも著者の筆は自身の自殺未遂にまで及ぶのだ。巻末には立花隆との対談も。
(2012・03・11発行)


朝日新聞特別報道部 
『プロメテウスの罠~明かされなかった福島原発事故の真実』
 
学研 1300円

現在も連載が続く原発事故と放射能汚染のリポートだ。地域住民をはじめ関係者を実名で登場させ、政府・官僚・東電の罪を厳しく追及している。その成果は認めた上で、朝日新聞自身が事故の初期段階では発表報道の枠を越えられなかったことも検証すべきだろう。
(2012・03・13発行)


保坂和志 『魚は海の中で眠れるが鳥は空の中では眠れない』 
筑摩書房 1680円

芥川賞作品『この人の閾』などで知られる著者が「小説を書く呼吸に近づけて」綴ったエッセイ集である。メール的世界への違和感。予想だけを語る人への不信感。自分の価値観を揺さぶる文章への渇望等々。まるで掌編小説を読むような、独特の緊張感が味わえる。
(2012・03・10発行)


松浦弥太郎 『松浦弥太郎の新しいお金術』 
集英社 1260円

『暮しの手帖』編集長が語る、お金との正しい折り合い方。お金と友だちになる。「自分株式会社」を経営してみる。ものよりも経験に役立てるなど、実践してみることで生き方さえ変わりそうな提案が並ぶ。所有ではなく、お金とよき関係を築くためのヒントだ。
(2012・03・10発行)



前川 裕 『クリーピー』
光文社 1680円

第15回日本ミステリー文学大賞の新人賞受賞作だ。現役の法政大教授である著者が描き出したのは日常と隣り合わせに存在する犯罪とその恐怖だ。タイトルは「身の毛もよだつ/気味の悪い」という意味である。

犯罪心理学が専門の大学教授・高倉は閑静な住宅街で妻と暮らしている。隣には西野という4人家族が住んでおり、高校生の息子と中学生の娘がいるはずだが、最近は妻と息子の姿を見かけることがない。また娘の何かに怯えたような様子も気になっていた。

その後、高倉の周りで奇妙な出来事が続く。刑事をしている高校時代の同級生が失踪する。真向かいの家が火事になり、中から焼死体が見つかる。さらに西野家の娘が「助けてください」と逃げ込んでくる。しかも父親を指して「全然知らない人です」と訴えたのだ。何か得体のしれないことが起きつつあった。
(2012・02・20発行)


鬼頭春樹 『禁断 二・二六事件』 
河出書房新社 2520円

その勃発から76年、戦史から歴史へと変容しつつある二・二六事件に、新たなスポットを当てた力作ノンフィクションある。元NHKプロデューサーの著者が膨大な史料を踏まえて再構築した事件の深層とは。

本書では著者が「S作戦」と呼ぶ水面下での活動が焦点となる。舞台は宮城(皇居)。大元帥たる天皇の動きも詳細に語られるのはそのためだ。作戦の鍵を握るのは中橋基明や安藤輝三などの陸軍将校たち。背後にあるのは当時陸軍大将にして軍事参議官だった真崎甚三郎の存在だ。時系列で明かされていく事件の推移は緊張感に満ちている。

時おり挿入される著者の肉声も時代を超えた説得力をもつ。「問い質してみたい。教え子である若き将校たちの末期の歌声になにを感じていたのかと」。これは昭和31年まで生きた真崎に向けられたものだ。歴史の封印が一つ解かれた。
(2012・02・28発行)


誉田哲也 『あなたの本』 
中央公論新社 1470円

「ストロベリーナイト」などの警察小説で知られる著者が多彩な側面を披露する作品集だ。表題作は書かれた内容が現実を予告する本をめぐる悲喜劇。男子中学生がコンビニで天使に出会うのは「天使のレシート」。SFから幻想小説まで、その変幻自在ぶりを味わう。
(2012・02・25発行)


日本ペンクラブ:編 『いまこそ私は原発に反対します。』 
平凡社 1890円

福島原発事故に表現者たちが向き合った。本書は瀬戸内寂聴、野坂昭如、浅田次郎などの作家から、萩尾望都や磯崎新まで51人によるアンソロジーだ。小説はもちろん、評論、エッセイなどオリジナル作品が並ぶ。広い意味の文学、そして言葉のもつ喚起力が試される。

(2012・03・01発行)


デヴィッド・L・ユーリン 井上里:訳 
『それでも、読書をやめない理由』

柏書房  1680円

紙に印刷された「本」は衰退していくのか。そもそも「読書」という行為は何なのか。著者は「ロサンゼルス・タイムス」で文芸批評を担当する記者だ。読書は「異なる人生の網目の中へ入りこんでいくための戦略的行為なのだ」という言葉が本好きの心に強く響く。
(2012・03・10発行)


半田也寸志 『20 DAYS AFTER』 
ヨシモトブックス  3000円

震災発生から20日後に現地入りした写真家による驚異の風景が並ぶ。6500万画素の高画質カメラが切り取った、まるで絵画のような奥深い色調の一枚一枚が見る者を圧倒する。人の姿が消えた静けさ、残酷な美しさの中に、この災害の猛威と恐怖が潜んでいる。
(2012・03・30発行)


一橋文哉 『国家の闇~日本人と犯罪<蠢動する巨悪>』 
角川oneテーマ21  780円

「いかなる世界にも表と裏の顔があり、光と闇の部分がある」と著者は言う。見えない闇社会と30年にわたって対峙してきた蓄積を一気に開陳したのが本書だ。金丸信など政治家たちの疑惑問題。戦後の下山事件から金大中事件、さらに3億円事件にまで及ぶ国際謀略組織の影。著者ならではの取材と分析が冴える。

中でも劇場型企業テロとしての「グリコ・森永事件」、朝日新聞阪神支局が襲われた「赤報隊事件」についての踏み込んだ考察がスリリングだ。『人間の闇~日本人と犯罪<猟奇殺人事件>』の併読も薦めたい。
(2012・03・10発行)