法話会に行ったら、一冊の小冊子をくれました。「終の住家での看取り」という見出しでした。
昨年6月に金沢東別院で東京大学名誉教授が講演された物を纏めたもののようです。
それを読んで思ったことを少し書いてみたいと思います。
一部抜粋
―最後の入院の時でしたが、彼女はベットに収束されていました。ご存じのとおり、胸に点滴の針が差されて、膀胱に留置カテーテルが入っています。そして、人口呼吸器をつけているのです。さらにさらに拘束されているのでした。
わたしは拘束することに反対だったのです。同じ姿勢を一日中しているというのは大変なことなのです。けれども、主治医は「たしかに大変なのはわかりますけれども、今ここで鎮静剤を打つと、心臓の筋肉を弱めるので、心不全を起こします、さらに、血圧が下がってきていますので腎臓などへの血流が減ってきて、腎不全を併発します(昔の言い方ですと、尿毒症です)。まさに崖ぶちに居られます。絶対安静が必要です。鎮静剤を使わないと動かれますので、どうしても拘束しないといけません」という説明でした。わたしはこれに反対でしたが、主治医の意見に従いました。反対とは、母がかわいそうだからです。
こういうことがあって三日目でしたけども、わたしが「おかあさん、どう?」と尋ねた時、彼女の目はガラスのように表情のない状態でしたが、手を握ると、手のひらに指で何度も、「ころしておくれ」と書いたのです。私は一瞬凍りついたようになりました。直ちに、主治医とその上の先生にお願いし、拘束を外してもらいました。そうして母は命を終えたのです。――
私の兄が昨年、誤嚥性肺炎で入院していました。「体を動かさないと治らないよ」と言っていました。手を動かせといっても動かそうとはしません。テレビのリモコンの操作もできませんでした。誤嚥性肺炎だから食事もできません。点滴だけが頼りです。
「胃瘻をしますか、それともそのまま自然に死なせますか」と、医師から言われました。さらに「この病院では胃瘻の手術はしますが、治療はできません。どこか他の病院へ移ってください」との事でした。胃瘻の患者を預かってくれる病院はわずかでどこも満員のようです。
何もしないということはあまりにも残酷なようでかわいそうです。でもどこも引きとってくれなければ仕方がありません。「点滴で栄養はとれないのですか」と聞いてみた。「今打っている点滴は食塩水で栄養分は殆ど含まれていません。点滴で栄養を取ろうとするとカテーテルを心臓の近くまで入れてとる方法がありますがそれは大変な手術になります」私たちは涙をのんで自然死を選ばざる負えませんでした。それから一カ月ほどして兄は息を引き取りました。
よく考えたら今から25年前に父が死んだときは、そんな話は医師から告げられませんでした。胃瘻という技術が普及していなかった当時では自然死は当たり前だったのですね。その時も栄養分のない点滴を打ってもらっていて私たちはそれで患者さんが栄養をとっていると思いこんでいました。
日ごろ延命治療は要らないと言っていた兄だが、いざ、その時が来るとなかなか決断ができないものだということを知りました。