亀の川登

難聴に苦しむ男の日記帳。

人権と差別

2016-06-24 | 学問

「人権と差別~それって差別?区別?」という講演を聞きに行った。

いつもの大きな部屋だった。耳が悪いせいかこの部屋は音が反響するのか、それとも音響設備が悪いのか分からないのだが、声が聞き取りにくい。

みんな分かっているのか、講師の話に良く反応して良く笑う。

「皆さん犬に生きる権利がありますか。あると思う方、手を上げてください。」

ほぼ全員が手を上げた。

「猫に生きる権利があると思う方?」

これもほぼ全員が手を上げた。

「ネズミに生きる権利があると思う方?」

ためらいながらも3分の2の方が手を上げた。

「ゴキブリに生きる権利があると思う方?」

さすがに手がなかなか上がらない。それでも周りの反応を見ながらしぶしぶ?、これも3分の2に方の手が上がったかな。

それはそうだろう。ほとんどの方はためらうこと無くパチンとやっている人ばかりだろう。ゴキブリの権利なんて考えもせず。テッシュペーパーを片手に鬼ごっこしているにでは。

こんなこと言われるとは思いもしなかった人がおおかただろう。

今日は人権の話。だといっても、ネズミに権利がない。ましてやゴキブリに権利はないとは言い切れない。

今日はゴキブリの話を聞きに来たのではない。人間の話を聞きに来たのだと思っている方も多いかもしれない。

ほとんど聞き取れない私がなんでこんなこと書けるのかというと、それはホワイトボードに犬、猫、ネズミ、ゴキブリと大きく書かれるからだ。

そうでないと先生が何を言っているのかさっぱり分からないので手を上げていいのか悪いのか判断が付かないのだ。

現にその後、次々と意見を聞かれる場面が出て来た。

「〇〇だと思う方…」。「思わない方・・・」

どちらも手が上げないと言うのは、おかしい。殆どの方がどちらかに手を上げている。

でも聞き取れないのだから仕方がない。

あまり続くので、会場にいるのが苦しくなってくる。

手を上げない自由ってあっていい。これってイジメでは?

でも会場の雰囲気はそれを許してくれない。

これって差別・・・じゃない?

〝人の命を奪う者は、殺していい?"

怖い話になった。

死刑問題に発展しそうだ。

人を殺す場面を見た人は殆どいないだろう。

もし、自分が身に覚えがない罪を着せられて死刑になったとしたら、考えただけでゾ~ッとする。

会場で戴いた小冊紙にこんなのがあった。

雇い主にしてみれば死ぬほど聞きたいことばかり。

これがダメだと言うのだから大変だ。

企業にとってはこれらの情報を取れないとは目隠しして綱渡りするようなものだ。

雇われる側も、「明日から来てください」というような企業には行きたくないと思う。よほど人手が足りないか条件が悪いか。そんな会社に入ってもすぐ辞めないといけないかもしれない。

アパートの入居希望者が出るとアパートの管理会社が審査する。この人は入居させてもいい人かどうか。

それをしないで入居させると、暴力団だったりして、ほかの入居者に迷惑をかけるからだ。

その為、あの手この手を使って調査する。だれでも入居させると言うわけにはいかないのだ。

人権を尊重すると言うことは大変なことだ。

 

ホワイトボードに書くと言っても・・・見えるのは人さまの頭ばかり。

もうちょっと何とかならないかな。

 

コメント (1)
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