Action is my middle name ~かいなってぃーのMorrisseyブログ

かいなってぃーのMorrissey・The Smithsに関するよしなしごと。

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映画『ノーザン・ソウル』を観て~モリッシーに潜むノーザン・ソウル

2019-02-20 22:09:57 | 映画

本日、新宿シネマカリテにて公開中の映画『ノーザン・ソウル』を観てきました。

舞台は1974年、イギリス北部。最初から最後まで、ノーザン・ソウルが鳴り響く中、労働者階級の

若者が仲間に出会い、音楽~ノーザン・ソウルに出会い、自分の居場所を見つけていく物語に没頭

してきました。あと100回観たい、あの世界からずっと抜け出したくない!!と思いました。

 

映画の中で主人公が、DJが発掘してタイトルを隠しているヒミツ曲「カバー・アップ」(←隠してレアる

ことを言う)を廉価盤の中から探し当てるシーンがある。昔は今みたいにスマホで曲なんて調べられ

なかったから、クラブや街中で聴いて好きになった曲を、なんだろ、なんだろ、この曲なんだろ…って

思い続けて執拗に探したものです。

 

大学で、音楽詳しそうな人見つけると

 

「ねえねえ、これってわかったりする!?とぅーるるるる♪」

「…まったくわからね。。。」

 

なーんてやりとりを何度もした。

 

執念でレコ屋で視聴したり、たまたまラジオで聴いたりしてやっと音源見つけ出して

「こ、これだ!!!」

とタイトルに行きついた時の快感たるや、とてつもなかった。

『ノーザン・ソウル』観て、そんな音楽を好き過ぎる、必死過ぎる、大事過ぎる思いを

思い出して、自分にもまだあるなって確認して、泣きました。

 

ヤクザ映画観た人が健さんになって映画館から出てくるのみたく、上映後一目散に飛び出し

レコード掘りに行った単純な私。。。

 

「ノーザン・ソウル」というジャンル、それは大学の先輩なんかも聴いていたり、それ系のクラブ

にロンドンでも東京でも行ったこともあったのですが、私の印象に特に残っているのは1987年

NME掲載のモリッシーのインタビューでの言及です。

(と、いつものごとくすべてをモリッシーにつなげるw モリッシー、すべての道の行きつくローマかw)

 

インタビュアーにいきなりチコリー・ティップ(英国の5人組のポップ・グループ。ジョルジオ・モロダー

が手がけたシングル曲“Son of My Father”がUKチャートで1位を獲得)は知っているか聞き、

ジョニー・マーと自分は彼らのレコードをゲットするために250マイル車で走ったと言ってます

(ちょっと『ノーザン・ソウル』ぽい)。

 

その流れでインタビュアーに「ポップなノーザン・ソウル系みたいのも許容する?

ウィガンズ・オベイションとか(1975年デビューのイギリス北部のブルー・アイド・ソウルグループ)」

と聞かれます。これ、まさかと思ってインタビュアーがちょっと言ってみただけぽかったんですが、

モリッシーの食いつき方が思いがけす、すごいwww 彼らのシングル名を

立て続けに3曲分連呼。そして彼らのレーベルはノーザン・ソウルのレコード・レーベル

「スパーク・レーベル」だったということまで。

 

「え、ファンだったの!?」と聞かれ、「完璧に。生き証人として」とドヤり、

「単にデイヴ・アンド・アンセル・コリンズ~とか言ってノーザン・ソウルブームに乗ってる

ヤツだと思った??」とオタクっぷりを鼻にかけていました。

 

ノーザン・ソウル本流のレコードだけでなく派生インスパイア系のコレクターだったんですね。

本流ノーザン・ソウルについては、モリッシーの自伝や、彼の選んだ「生涯ベストシングル」

にも出てきます。ガチでシーンにいたことがわかります。

 

はじっこさんセレクトのこちらもご参考にどうぞ!↓

Morrissey's Favourite Northern Soul Classics & Motown Songs

 

そういえばモリッシーの親友リンダー・スターリングは、リバプール生まれですが

ウィガン(映画中にも出てくる、ノーザン・ソウルのアイコン的存在である

伝説的クラブ「ウィガン・カジノ」がある)育ち。プログレやフォーク、そして

ウィガン・カジノで流れるノーザン・ソウルをミックスして聴いて育ったと言って

ました。モリッシーがリンダーに初めて会うのは1976年のピストルズのライブで

なので(当時17歳)、ちょうどノーザン・ソウル真っ盛りの頃。ウィガン・カジノは

パンフレットによると81年までやってたので、一緒に行ったかもしれないですね。

 

…などと、イギリス北部育ちのモリッシーの音楽遍歴もオーバーラップさせながら

観るという、(かなりw)特殊な楽しみ方もできる『ノーザン・ソウル』!!

 

主人公が最初ダサかったとき、ザ・フォールのマーク・E・スミスの若い頃の

かっこうに似てるな~と思っていたら、パンフレットでクボケンさんが見事

言及していました(『ロックに潜むノーザン・ソウル』←今回のブログタイトルは

こちらのパク…ではなくオマージュ)。

 

これまたパンフレットが、監督・キャストインタビューに続いて、

映画ライター常川さん、日本ノーザン・ソウルシーンの面々、

そしてクボケンさん、ele-king野田努さん、ブレイディみかこさん、荏開津広さん

という私の尊敬する贅沢過ぎる執筆陣で…何度も読み返せるボリュームでお得。


こういう作り手の丁寧な愛情のあふれるパンフレットを読むのも幸せです。

是非、劇場でご覧になって音楽を好きになることの幸せに震え、見も心も躍らせて

ください♪


【告知】2月23日(土)「モリッシーナイト」こと、“Revenge of ‘Half A Person’ ”開催!

2019-02-18 20:53:28 | Morrissey misc.

今週土曜日2月23日、「モリッシーナイト」こと、“Revenge of ‘Half A Person’ ”

を開催いたします。


こちら第9回目!昨年7月からは、7か月以上ぶりのモリナイになります。

昨年までは、多い時は3カ月おき、年4回ものペースで行っていたため、

「まだやらないの?」「いつやるの?」とのお問い合わせも多くいただきました。

楽しみにしてくださっていた方々、お待たせいたしました。

 

主催スタッフのひとりの自分が言うのもなんですが、本当に居心地の良い集まり

だと思います。その理由を考えてみました↓

 

①まずはハコ。いつも開催している下北沢のブルーマンデーさんは、

日中はカフェ営業をされているため、椅子が多い。座れる!というのは中高年の

皆さんにも嬉しいのではないでしょうか。そしてけっこう明るい!人が見えるので、

コミュニケーションもしやすいです。

 

②そして雰囲気。スミスファンは暗い、コミュニケーション下手とか言われます

が、多分そんな部分が多かれ少なかれ心にあるもの同士が一同に会するので、

同調圧力みたいなものが薄い…てか、皆さんひとりっつ勝手に楽しんでいるので

楽です。10代から60代まで老若男女が、それぞれ楽しんでいる。

踊るも歌うも話すも、ひとりひとりが自分の楽しみ方をしている印象。

「勝手にひとりで来て、爆音でモリッシー聴いて、飲んで、とっとと帰る」

人もいます。初めての方も、どうぞ勝手に来て勝手に帰ってください(笑)。

でも家に帰って、ひとりで泣いて、死にたくなったりはしないと思います。

(↑“How soon is now” はよく爆音でかかりますがw)

話したい方は、私をはじめ、スタッフにお気軽にお声掛けください。

みんなすごい気さくです。


③そして音楽。もちろんモリナイですので、スミスがかかる、モリッシーが

かかる。ベッドルームで聴くスミスもモリッシーも最高ですが、爆音でかかる

と、耳で聴くというより体中に浴びる、感じる感じです。

毛穴から浸み込み、五臓六腑に響く好きな音楽というのは、格別です。

体ごと「好き!!」と思える至福を、味わいに来てください。

 

そんなわけで、皆様のモリッシー/スミス愛を

爆発!!💥させられる場になるよう、主催一同張り切って、

いつもの下北沢ブルーマンデーにてお待ちしております。


青春と自己肯定

2019-01-19 09:15:36 | お騒がせモリッシーの人生講座
ご無沙汰しておりました。

昨年は『お騒がせモリッシーの人生講座』ともども、お世話になりました!

たくさんのご感想もいただき、感激とともにいろいろ考えました。

今年もこれからも、モリッシーや音楽を好きでいつつ、このブログも書きつつ、いろいろ考える人生でいたいな~と思いました!

さて、最近の私ですが、ティーンエイジャーの抱える悩みや孤独テーマのお仕事をしており、折に触れて(てか毎日)モリッシーのことを思い出す日々です。

↓わたしの悩めるティーンエイジャーイメージ


今週、高校生の自己肯定感の低さの話をしていて、高校生に限らず、こんな「自己肯定感」チェックがあると教えてもらいました。

直感で何個yesか数えてみてください↓

1. 自分のことは比較的好きだ
2. ささいな問題があっても,嫌な気分にはあまりならない
3. 意見や考え方が異なる人の意見でも否定はせずに尊重する
4. 失敗や挫折をしても、自分が成長する機会だと考える
5. 他の誰かの失敗や間違いを許すほうだ
6. どんな問題であっても、必ず解決策はあると考える
7. 自分の欠点を認識しているが、良い面にも目を向けている
8. 自分にある程度は自信がある
9. 自分のことを価値がある存在だと思う
10.自分は生きている意味がある
11. これまでの人生で、とても自信になった出来事がある
12. 人生をリセットしてやり直せるとしても、特に変えたいことはない
13. 自分の人生は、だいたい理想に近い
14. 自分は親や家族から愛されていると感じている
15. 自分の人生にとても満足している
16. 悩み込んで時間を消費するよりも、問題解決に取り組んでいる
17. 辛いことがあっても、あまり引きずらずに立ち直れる
18. ネガティブな出来事があっても、自分を保つ工夫ができる
19. 自分の性格が好きだ
20. 助けてくれる人たちが自分にはいて、とても幸せだと思う
21. 自分の目標を明確にして、目標に向かって行動している
22. 他人に悪口を言われたり、非難されてもあまり気にしない
23. 他の人と比べることがあっても、自分の良いところを認識している
24. 自分の人生は、とても素晴らしい状態だと感じる



≪結果≫

①0~6コ ≪自己肯定感がかなり低い≫
自己肯定感がかなり低いようです。日常的に生活を送ることも非常に困難な状態なのではないでしょうか。

②7~12コ ≪自己肯定感が低い≫
自己肯定感は低いようです。落ち込んだり、うまくいかないことがあったりして、自分に自信を持てないことも少なくないのではないでしょうか。

③13~18コ ≪自己肯定感が高い≫
自己肯定感は高いようで、特に大きな問題はないようです。落ち込んだり、うまくいかないことがあったとしても、自分に自信を持ち、前向きな気持ちで日常生活を送っているのではないでしょうか。

④19~24コ ≪自己肯定感がすごく高い≫
自己肯定感はすごく高いようです。常に自分に自信を持ち、前向きな気持ちで日常生活を送っているようですね。

…とのこと。

わたしはこの「自己肯定感がすごく高い」のも問題じゃないかと思いましたよ(Facebookで紹介したところ、友達には④のひとも多く、でもそのひとたちはその結果がしっくりきてたけど😆)。

無理に否定する必要はないけど、足りないな~とか、ダメだな、こうじゃなくてああなりたいな、って迷いや向上心こそが、「詩」になり「ロック」じゃないか!?と思いました。

人生が必ずしも「詩」や「ロック」である必要はないんですけど、みんなが無理してでも自分オッケー前向き人間「である」必要はないと思うんです。だからこの世知辛い世に、スミスやモリッシーの歌は響くんだと思います。自己肯定と否定の狭間でもがき続けることこそ人間なのではないかと?だからやみくもにティーンエイジャーに「自分を好きになろうよ💕」なんて、しらじらしいし、悩める若者からしたら「は?」で終わると思う。。。

じゃあ、どうしたらいいか。わたしは「ダメで何が悪い力」こそ、大切だと思うんです。開き直る、ってことじゃなくて、否定と肯定の狭間いったりきたりしながら、自分がオッケー「になる」までのプロセスから目をそらさないこと。それこそポジティブ。

『お騒がせモリッシー』には、モリッシーは実はポジティブだと書きました。世間の尺度でダメぽくても、自分を肯定しきらなくても、ポジティブにはなれる。友達とも話したのですが、肯定・否定自体は問題ではなくて、結局実人生にどうフィットさせていくかということに尽きるのではないでしょうか。

(久しぶりに書いたら、長いな、おい)

逆に、低すぎる人の対処方法のお話も。お仕事で出てきた話なのですが、昨今のティーンエイジャーがどっぷりのSNS世界では、遠い誰かのリア充まで「見えすぎてしまう」不幸があるそう。そうすると、自分のつまんねー日常が、ものすごくつまんなくてちっぽけに思えて、余計「おらダメだ」劣等感や孤独が深まってしまうとか。まあ、中年にも言えますけどね。知らなくていいことまで相対評価フィールドに入ってきてしまう面倒がある。

そんな中で自己肯定感を高めるには、「承認欲求」を弱めるのが非常に効果的だそうです。

「承認欲求が高い人間」は「自分自身の欲求」ではなく、「他人の欲望」のレール上にいる人間。良し悪しの価値の基準を「他人」ではなく「自分」の中にもつこと。それが自己を肯定するということの本質、ということでなるほどな、と思いました。悩める青少年たちにそれを伝えたいし。自分が良いと思うことを大事にすること、それこそ「ロック」でいいな。

友達のがーかすがこのトピックについてFacebookで、

「『自分のものさしを持つ』とか『自分の土俵を作る』とか、そういうのが自己肯定感につながるんじゃないかしら、と思った。いまこの国ではそれがすごくやりにくい。若い人ほどそうなんだと思う」

と言ってるのをさっき見ました。で、わたしは今外にいるんですけど、たまらなく家に帰りたくなった。モリッシーを大音量で聴きに。

“Spent the day in bed ”なんてまさにそういう、自分をちっぽけに感じさせるノイズを絶ちきり、自分らしくあれという歌ですし。その他もろもろ、自己否定と肯定の狭間で悩んだり突き抜けたりする歌を聴きたくなった。

中年のわたしが家に帰ってモリッシー聴いても、それで悩めるティーンエイジャーを救えるわけじゃなさすぎですけどw、「自分の土俵を作る」ことがどんなに世界を変えるか、「音楽」ってものを通して、今後言葉で伝えられたらいいなと思いました。

代官山蔦屋『お騒がせモリッシーの人生講座』イベントレポート(2)~モリッシー自伝抜粋

2018-09-29 16:50:10 | お騒がせモリッシーの人生講座

イベントレポートの続きです。(前回はこちら

今回は「レポート」というより、イベント中に触れたモリッシーの自伝の

内容の再紹介という感じです。

 

イベントでは、自伝からの抜粋も紹介したい…と事前打ち合わせで話しており、

単に好きな箇所を選ぼうとするとキリがないので、少年モリッシーがいかに歌手モリッシー

という「大人」になっていくかを軸にして、象徴的なモリッシーの言葉を5つ選び、

紹介しました。

ところが本番では、少年→大人というキレイな流れでは紹介できず、話のついでにランダム

にでした(むしろ、現在から過去にさかのぼる感じ)。

…ということで、ここで改めて順を追ってお見せしておければなと思います!



①11歳 音楽との出会い

少年時代のモリッシーを支えたのは、レコード、そして放映が始まった数々の音楽番組。

音楽に触れることで、ここではないどこかがこの世の中にはあること、こうでありたい

と自分に「なる」ことを願うのは、どん底のマンチェスター生活でも可能であるという

希望を知りました。自伝では、音楽のことだけは、前向きに素直に語っています。本当の

自分に「なる」鍵であったと振り返っています。

 

②18歳 仕事への憎悪

学校は卒業したものの、あまりにもマンチェスターにいたくなくてw、定職にはつけず、数々のバイト

についてはやめ、ついてはやめ、していた頃の言葉。アメリカに行きたくてお金を貯めるため、

レコード店の店員、内国税収入庁のファイル係、病院で医師の手術後の白衣についた内蔵を落とす

仕事…などを転々としますが、どこも長続きせず職安の職員にも匙を投げられる始末。

働くことに対する嫌がり方がハンパない。普通妥協や観念もするのでしょうが、うまくやってこう

なんて気持ちもハナからないのでしょう。「ガバガバヘイ解雇」までされるw

“Heaven Knows I'm Miserable Now”はめちゃ実録だったのですね…。

 

③歌手デビュー「ザ・スミスのモリッシー」戦略

 後のラッセル・ブランドとのインタビューでも語っていましたが、自分には「ポップスター」

となる要素が皆無だったと自覚していたモリッシー。そこで「やっぱダメか」と諦めずに、

歌手として勝負するために「ザ・スミスのモリッシー」というキャラクターを創り上げます。

グラマラスでもセックス・シンボルでも、アイドル的なかわいさもなかったモリッシー、

普通「それじゃあ、ダメか・・・」と諦めるところですが、むしろ「今までいなかった存在」

になることを選択。ヨレヨレおばさんシャツの見かけのみならず、歌詞にすべて自分を入れ

「ポップ」を逆手に取ったのがヤバい!そして戦略的。スミスでの彼のあの姿、存在感は、

偶発的シンデレラボーイではなく、「どうしたら今の自分を抜け出せるか、あっち側に

行けるか」を練って練って練ってできたものなのではないでしょうか。

歌手ですけど、もんのすごいセルフプロデューサーでもありますね。

 

④32歳 憧れのデヴィッド・ボウイとの共演

12歳でボウイに出会って20年後、憧れの救世主と共演を果たしたモリッシー。

数々の憧れの存在とコラボしたり、復活させたり、お友だちになったり、ファンの夢を

すべて果たしている「プロファン」だと思うのですが、ボウイと共演した時のこの気持ちは

格別だったようで、自伝の中でも自分の奥の方にいる幼い自分(いわゆるインナー・チャイルド)

にまで語りかけています。とても素直な感動が伝わってきて、あのわっかりにくい自伝の中でも

私が大好きな部分です!ボウイは、モリッシーにとっては本当に救世主、彼のよく使う

「鍵」という言葉そのものだったのだと思います。

 

トーク中、尾田さんから、モリッシーはボウイの逝去に関して追悼の辞を述べなかったと批判

を受けていた、ふたりの関係がそんなに良くなかったのではという声もあったけど…?

と聞かれました。私は、本当に大切な存在の死に関して、軽々しく「R.I.P.」だとか言えないの

ではないかと思います。それってまるで「死んだんだね、安らかにね、ほなさいなら」みたいな??

ボウイはモリッシーにとって永遠に死んでないんだと思います。

 

トーク中に少し触れましたが、引用元含めて補足です。

この批判を受けた後、2017年“Rolling Stone”のインタビューの中でモリッシーはボウイに関して

「宇宙の電話で彼から電話がかかってきたとしたらどんな話をしますか?」と質問されました。

モリッシーは


「デヴィッドは地球の電話では何度も私に電話をかけてきた。今のデヴィッドはきっと幸せに

違いない。音楽は永遠だ、ほら今、デヴィッドはその真ん中にいる。彼が人生からそれ以外の

ものは何も、望んでいなかったと思っている」


と、答えていました。陳腐な追悼の言葉など、なかったわけだなあ~と思いました。

モリッシーは音楽という永遠を通して、いまだにボウイとライブな交信を行っているのでしょう。

 

⑤ソロ歌手「モリッシー」として

あんなにつらかった学校時代、「モリッシー!!」という教師たちにののしられ、つるし上げられる

ための名前は今や、ファンから熱烈な愛を持って迎えられ、求められる名前となりました。

その満足感が現れている部分。つらい少年時代に、故郷に、生身の体の皮をはぎとられる刑罰

並みの残酷な倫理がまかり通っていたダークな世界に、勝った。


モリッシーの勝利宣言とも言える文章だと思います。勝利の自覚、自信は彼をますます屈強にさせ、

今のもの凄いモリッシーを作り上げているのだと思うと、ますます目が離せないし、

これ以上何を歌っていくのか耳も離せない!!もの凄いレイヤーで過去もあるけど、

「ベストヒット歌手」とかではなく、「現在進行形歌手」なので、キリがなく

魅せられるのだと思います。

 

イベントが終わった後、いろんな方とお話しできました!

「スミスは聴いていたけど、今のモリッシーとかよくわかってなかったから

びっくりした」

「スミスと今のモリッシーって違うものかと思ってたからつながってる

とわかって興味でた」

「ずっと聴いてなかったけど、帰ってスミス聴きなおす!」

「モリッシーのソロも聴いてみます」

…など嬉しいお言葉もいただきました。

 

イベント後、担当編集者の圓尾さんも、インスタで書いてくれました。


「現場主義というのともちがうんだけど現在主義とでも言うのでしょうか。

懐古主義の逆で、今を楽しめるのがいちばんよいよなと思います。

『お騒がせモリッシーの人生講座』はそういうことをモリッシーの

作品や言動から教わる本です。

スミスやモリッシーを伝説の人として過去に押し込めるのではなく

現在進行形のアーティストとして見る。

前野健太の歌にも『今の時代がいちばんいいよ』ってのがあるけど、

そういうことだと思います」


その通りですね。そして、自分にも「今の自分がいちばんいいよ」

って言うためにも、そんな気づきを得るためにも、私たちには音楽が必要

なんだと思いますよ!!過去やノスタルジーとはひたるためだけの

ものにあらず。乗り越えたり、今を生きる味方にするものではないのかな。

 

…また長過ぎて、ここでひとりトークショー(笑)していても仕方ないので

終わり。

 

あ、トークイベント前半で圓尾さんに「ブログとかのテンションと違くて

固い」と言われましたが、わたしのあれもジャンル的には「テンション高め

派生形」だったんですけどねw どんだけ話しを詰め込むか!!的な。。。


まあ、対比的な妙も踏まえて、

次回10月28日(日)日曜日真昼間からの

ロックカフェロフトさんでのイベントは、

もっとオモシロ系に走ろうかなとも思っております。

お相手もお相手ですし!!www

今回と内容もおもむきもガラッと変えますので、

よろしかったら是非そちらにもおいでください。

 


代官山蔦屋『お騒がせモリッシーの人生講座』イベントレポート(1)

2018-09-28 13:10:56 | お騒がせモリッシーの人生講座

9月26日の夜、代官山蔦屋さんで開催されました


『お騒がせモリッシーの人生講座』刊行記念トークイベントにご来場

いただきましてどうもありがとうございました!



大雨にも関わらず、会場は満席。立ち見のお客様や、通りがかって飛び込みで

来られたお客様もいたそうで、恐れていた「ジョイマン状態」は免れました。

 

「えっ、スミスだから生の花持参するんじゃないんですか!?」と花を

持ってきてくださった方、

愛知県からこのために、しかもモリッシーヘアで来てくださった方、

「台東区一のスミスファンは自分だと思ってたのに…!」と

(たぶん…)ほめてくださった方、

体調悪いけどとか、時間ないけどとか、

または明日社長プレゼンなのにとか、北海道出張なのにとか、

数々の困難をやりくりして来てくださった方、

私の友達だったり先輩だったりしたせいで、

やれやれ…仕方ないけどまあ見てやるか!と来てくださった方、

うなずきまくったり、泣いてくださった方

蔦屋の皆様、尾田さん、編集担当者の圓尾さん、営業さん、

素敵なオリジナルステッカーをデザインしてくれたKAZOO、

ビデオを撮ってくれた腮尾くん、

行きの渋谷からのバスで

「荷物が重すぎるでしょ、あなた!!私の膝に乗せなさい」

と言ってくれた老貴婦人、、

(まだまだいますが)


…皆様全員大大大感謝です、ありがとうございました!!

(KAZOOデザイン、来場プレゼントのイベントオリジナルステッカー。

ただいま代官山蔦屋さんで『お騒がせモリッシー』を買うと、若干数ですが

プレゼントしております!)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

尾田和実さんとの「中年真剣しゃべり場」、

そして『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』並みに

シークレットで客席に仕込んでおいた(てかオーラでバレてたけど)、

スミスファーストのモリッシー写真を撮ったレジェンドフォトグラファー、

Romi Moriさんをゲストにお迎えした90分。

ご来場の皆様にはとても喜んでいただけました!

Romiさんも、貴重な生写真までご持参いただき、ありがとうございました!!

 

来れなかった方々から、何話したか教えて、当日の資料見せて、

とのお声もいただいたのでここで資料なんかも貼りつけつつ、

振り返らせていただきます!

 

そもそも・・・

本を書いている時も、書いた後も、またこのイベントをやるにあたっても、

なんで私やあの人は、いまだにモリッシーを聴いているのかな?というのが

ありました(今さらw)。


大人になって「音楽聴くの卒業」とか、「スミス?昔聴いてたな」という人も

けっこういるのに「大人のスミス・モリッシーファン」にとって、何がいまだ

聴きつづける価値や意味なんだろうと思っていたので、そこを

「大人でちゃんとしているのにいまだモリッシーファン尾田さん」と

話してみたいなあ、と。

尾田さん、お子さんに「もりし」という名前までつけてますから、想いは

まったく「過去形」ではない…

(イベントにはかわいい「もりし」君も来てくれてました!)。

 

そんなわけでトークでは、


●スミスと出会った頃のこと

●なぜスミスに魅せられたのか

●過去の感じ方

●大人になってからスミスを聴いてのギャップ

●最近のモリッシーについて

 

…などの話でスタートしました。

尾田さんは、「音」に魅せられ、大学時代はスミスのコピーバンドをしていた

そうです。尾田さんはスミス入口の一曲として“Reel Aroud The Fountain”を

挙げてくれていたのでかけました。

ほんと、いつ聴いても、初めて聴いた時の気持ち思い出すなあ、、と、本番中なのに

聴き惚れてうっとりしすぎましたよ。

トーク中に尾田さんにも聞かれたのですが、私はスミスの方がモリッシーのソロより

安心して聴ける気がします。昔、世間知らずな子どもの頃、ただ気持ちいいな、

声がいいな、好きだな、という純粋な心で聴いていた頃を思い出せるから・・・

 

今は長年ファンをし過ぎて、というより、自分が大人になったせいで

知識や雑念を持って音楽に触れてしまうのも否めませんw 

情報も、昔の自分に言ったら驚き過ぎて倒れるくらい入ってくる。

それでも、トーク中に話しましたが、ワープロや切り貼りで手作り感満載な

「ザ・スミス」日本公式ファンクラブ会報(持っていきました)を


擦り切れるまで読んだり、原宿や西新宿のブート屋さんで買った、ダビングし過ぎて

もうざらざらで何が何だかわからないスミスのライブビデオをテープが

伸びるまで見たりとか、情報がない中でも必死に、好きで好きでたまらなくて

追い求めていた純粋な気持ちは、奥の方にはあるんですよね。

30年くらいたっても。

そんな、大人になってからはそんなに日常では取り出さない大切な場所に

響くから、まだスミスを聴き、「モリッシー」という実体の謎を追い続けて

しまうんだと思います。

 

そして、自分たちが良くも悪くも「大人」になっていく過程に、

「モリッシー」というものの「進化」「深化」が並走していく

(すんごいスピードで超先にいるんですけど)のではないか…

という話をしました。

 

30年以上の時を経て、視覚的にでぶった、年取った、とかだけでなく、

よく「変った」「ヘンになった」とか言われるんで、メディアや世間でよく言われる

イメージやキーワード、まとめてみたものをお見せしました。


 

歌手生活36年で、180度くらい違うイメージに「変わった」のも事実ですが、一貫して

変らない普遍的なもの=コアな部分があるので、まあ全部が全部同感!できることばかり

ではなくても信じられるし、そこに共鳴できるのだと思います。

 

そしてそういう「コア」っていつの間にか大人になってしまった自分たちにもあるので、

モリッシーと中身は(もちろんw)同じじゃなくても、「コアを持ち続けてるすごい人」

という部分でリスペクトしてしまうんですよね、、


と、イベントレポートのつもりが再度語り始めて長くなったので、自伝の引用も

したんだけどそれは「続く」にします!

 

そうそう、上のスミスファーストの写真含め、シークレットゲストRomiさんが

80年代に撮ったモリッシーと、今年の3月のロンドンのライブで撮ったモリッシーの

生写真を持ってくてくれました!違い歴然!!モリッシーのおうちにまで招かれた、

生のお話しにお客さん大興奮!(※ロミさんとモリッシーのエピソードについては

こちらの記事

Romi Mori 写真展:「ザ・スミス」のモリッシー写真を撮った日本人アーティスト

にも書いているのでご参照ください)


「あの時のモリッシーのイメージは、青。若くて、青い」


…とロミさんは語っていました。そんなモリッシーが、今や…!!!という感じですが、

私はイベントに来てくださった皆さんもきっと心の奥にそんな「青」があって、そこを

枯らさないよう音楽を聴いて世知辛い大人生活も続けているんだと思いましたよ!!


音楽があってよかった。

モリッシーにも、あなたにも、私にも。          


(続きはこちら