Action is my middle name ~かいなってぃーのMorrisseyブログ

かいなってぃーのMorrissey・The Smithsに関するよしなしごと。

ブレイディみかこ × 野田努 「UKは壊れたようで壊れていない――愛と幻想の雑談」 に行きました!

2017-05-19 11:03:25 | Morrissey Books

昨日、5月17日、

先日もこのブログでご紹介したブレイディみかこさんの

『いまモリッシーを聴くということ』『子どもたちの階級闘争』

刊行記念イベント

対談 ブレイディみかこ×野田努 
「UKは壊れたようで壊れていない――愛と幻想の雑談」

5月17日(水)18:45-20:15 MARUZEN & ジュンク堂書店 渋谷店

に行ってまいりました!


モリッシー本を書かれたブレイディみかこさんのお話しは是非ナマで聞いてみたい、

どんな方か見てみたい!というのがあり、ワクワク予約。予約の40席は

すぐに埋まってしまったとのことで、ラッキーでした!


結論から言うと本当に行って良かった。

みかこさんがなぜ、文章を書くのか、今回「いまモリッシーを聴くということ」

を書かれたのか、そのモチベーションがよくわかりました!


以下、ツイッターにもあげた、印象的な言葉の断片です。

(ツイッターには、イベント終了後、メモしておいた言葉をすぐに

あげたら、焦り過ぎて誤字だらけになってしまいました!

「いもモリッシー」とかwww お見苦しくてすみませんでした!)



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ブレイディみかこさんsaid…


●「リスクがとりにくい世の中において、萎縮して小さくなっている若い人にも

モリッシーはクるのではないか」


●「モリッシーはリスクとっているし言いたい放題ではあるが、いつも弱者に

寄り添っている。そんなミュージシャンは、もはやイギリスにもいない」


●「今、日本で洋楽は聞かれない。何を歌っているのだろう?と、ひもといて

学ぶ機会もない。海外の政治のニュースはネットやツイッターで知れるが、

背景のカルチャーやそこで生きている人が何をを考えているか、地べたの人々の声

は入って来にくくなっている。かつては洋楽が、そのパイプのような役割を

示した。今回この本を読んで、モリッシー、面白そうだな、というところから若い人

にも洋楽を聞いてもらいたい」

ずっとロックを好きで聞いてきたみかこさんの、使命感をとても感じたコメント。

対談ではみかこさんにスルーされていましたが(笑)野田さんがイギリスで

ドラムンベースに出会った時に感じた「層の厚さ」、地べたの様子の話しも

もっと聞きたかった!(#ジャングル大好き)

みかこさんは野田さんと最初にメールやりとりをした時に

「私や野田さんみたいな世代がしっかりと発言しないとヤバい」

とおっしゃっていたそう(みかこさんお忘れでしたが・・・)

世界が、テクノロジーが変わっていく渦中、音楽の勢いが強かったその時代と

現場を深く知っている「当事者」である世代のお話しは、本当に熱いし興味深く、

もっと語りまくってもらいたいです!

 

●「モリッシーは、スキンヘッドのマッチョ、フェミニスト、ゲイ、非モテ、プロ独身者…

あらゆる立場の人が聞いてつながれる。皆がクールになろうとしているこの時代に、

強者より弱者に寄り添う。だから皆それぞれが、『俺たちのモリッシー』ではなく

『俺/私のモリッシー』と言う」


●「『いまモリッシーを聴くということ』は私にとって、『いまモリッシーを書くということ』と同じ。

最近の英国の問題、EU離脱は、排他主義、右傾化の現れなど言われるが、英国に暮らしていて

一概にそうとも言えない。格差や、経済が介している問題であるから。前書きの離脱派男性による

労働党女性議員殺人事件、犯人はルーザーとして切り捨てられがち。しかし、その人の背景にあるものは、

何なのか?単なるバカとして切り捨てていいのか?そういう軸だけではないはず。人種問題とは関係ない

『下側の人』もいる。そういう人たちの声をもう一度聞かなくてはいけないんじゃないか。そういう人たち

に寄り添ってきたのは、モリッシーじゃないか?


●「『パンク世代』の労働者階級の人々が離脱賛成に票を入れた。その人たちの気持ちは何なのだ?

ということを考えなければいけない。単なるバカで終わらせてはいけない」

英国に移民として住む弱者を知るみかこさんの優しい気持ちが、この本を書くきっかけとなった

のだと思いました。ていうか、そんな気持ちこそ「モリッしい」(弱さに寄り添うアティチュード)

と思いました!


●「モリッシーのことは右翼と思ったことはない。しかし、少しでも右翼よりの発言をしたり歌を出すと、

曲解されバッシングされる。しかしモリッシーは言い訳をしないのでバッシングを引き受けてしまう。

インターネットでも何か意見を言うと攻撃されて面倒」


●「世界は矛盾でできているのに、言論を認められなくなったら、ちょっと違う。矛盾を認めないというのは

子ども。今こそ許せない人の言っていることを聴くべき」

 

●この本のタイトルをモリッシーを「聞く」ではなく「聴く」にしたのはそういう意味から。ヒアーでなく

リッスン、耳を傾けている感じ」

預言者?モリッシーは30年も前の1987年に“The World Won't Listen”をリリース。これは自分の歌を

聞きやしない、ということだけでなく人々は相互に意見を聴きやしないというWミーニングなん

じゃないかな、と常々思っていたことを思い出しました。


●「モリッシー」はイギリスにしか生まれない。それだけ、色々ある国だということ。

いいことだけでない。

 

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…キリがないので、あとはみかこさんの著作をお読みください!

(と逃げ…wているわけでなく、ほんとにそれがいいので)


あと、一番印象にのこったのが、冒頭の


「ジョン・ライドンは太陽、モリッシーは月」

「ふたりはコインの裏表のよう」

 

というお言葉でした!モリッシーが月…ちょうど映画「ムーンライト」に夢中な昨今、

また思いをめぐらせました(それはまた別で!)。


ジョン・ライドンとモリッシー、ふたりの毒性ばかりがセンセーショナルに取沙汰

されますが、私はふたりから「愛国と愛人間」をいつも感じます。

絶望の根底にあるのは、深い愛情だと思います。それがわかるから、英国民も

なんだかんだでふたりにこだわり、頼りにして…はいないかもしれないけど、

取沙汰するのだと思います。


また、今回感激だったのは、サイン会の時にお話ししたみかこさん、

私のこの草の根モリッシーブログをご存知で、みかこさん本レビューも

読んでくださっていました!!!


「普通のブログかと思ったらいきなりチャートが出てきて大展開、

なんだかモリッシーみたいじゃない?やっぱりファンて、似てくるのね~」(笑)(笑)(笑)


…とおっしゃっていただき、諸々恐縮すぎるわ、よく考えると似たくないわだけど(笑)、

でも、でも本当に嬉しかったです!行ってよかった。

 

最後に急に私ごとながら…

私も少しの期間ですが海外に「外国人」として暮らしました。どんなに人がいても

孤独で辛いことも多く、悲しい思いもたくさんしました。でも今思えば、それだからこそ、

他者に対する想像力や、一面的ではない多面的な見方をしようとする姿勢を養う、「修行」

になったのだと思います。


長く英国に暮らすみかこさんは、そんな私どころではない1万倍、まわりとの摩擦や、

矛盾にも遭遇したと思います。他の人々のそういうものも山ほど目にしたと思います。

だからこそ、一面だけでものをとらえるな、上澄みだけを見るな、世界は矛盾でできている、

その根底にあるもののにおいを嗅げ、というスタンスを身に付けられたのだと

思います。だから説得力があって、読者の心を握力強くつかむのでしょう。

小柄でとてもキュートに笑うかわいいみかこさんですが、とても強くて大きく見えました。

 

そして今回、そのような、深いものの見方をすることが大事、というテーマを語るにあたり

「モリッシー」を「聴く」ということの大切さを使ってくれたのだと、イベントで

お話しを聞いてよくわかりました。モリッシーやスミスを知らない人が、モリッシーを

知りたいと思うきっかけを作ってくれてありがとうございます!!!

これからも胸を張って、「モリッシーファン」やっていくぞ、という元気をもらいました。



ブレイディみかこ著「いまモリッシーを聴くということ」を読むということ

2017-05-01 21:20:42 | Morrissey Books

ずっと楽しみにしていた、英国在住の保育士でありコラムニスト、

ブレイディみかこさんの「いまモリッシーを聴くということ」

が、4月28日に発売されました。

 

ひと言で言って、これは、「いまのモリッシー」を好きなファンに

とって「助かる」、福音の書ともいうべきすばらしい書籍です。


「いまのモリッシー」を好きなファンなら、何回か以下のような

質問なり、疑問を投げかけられたことがあるのではないでしょうか?

 

「モリッシーってスミスの?まだいんの?」

「モリッシーってひきこもりの代表なんでしょ?」

「モリッシーってネクラ歌手?」

「モリッシーってホモ?」

「モリッシーって差別主義者なんでしょ?」

「モリッシーって極右なの?」

「モリッシーって極左なの?極右じゃないかったの?」

「モリッシーってすぐ怒るんでしょ?」

「モリッシーって濡れたスニーカーでひっぱたきにくるんでしょ?」

「モリッシーのファンてみんな弱々しいオタクなんでしょ?」

 

「う~ん、違うんだよ、モリッシーってね…」

 

とちゃんと説明する気も失せるくらい「元スミス」の「モリッシー…」のイメージは

ひとり歩きしていました。それは日本だけでなく、本国英国のメディアでさえ、

発言や歌詞の断片をとりあげて「またモリッシーが、あ~だこ~だ!」と

書きたてる。


そしてモリッシーって「言い訳」しないんですよね。


だから是正もされないまま、日本に「輸入」された「また聞き」の

情報は、さらに「モリッシー…」として広まっていく。

 

今回、ブレイディさんの本で思ったのは、モリッシーという人間はひとつの

 

あまりにも興味深い「ドキュメンタリー」であり、恣意的に

 

「ワイドショー」にも「ファンタジー」にも「BL小説」(笑)にも

して一時的な消費をしたらもったいないということ。

 

 

モリッシーはミステリアスゆえに、とかく「各論」で語られがち

ですが、「総論」で語ってこそ、いろいろな謎が解けていくと思います。


ブレイディさんのモリッシー論展開の構造を(ネタバレにならない程度に)

簡単にまとめてみました。


 

たとえば今までメディアや、(主に日本の)評論家の間では、この↑図表の黄色の部分、の


「モリッシーの政治的スタンス・発言」

「モリッシーの愛(スキャンダラスよりに)」


がそれぞれバラバラに個別で取りざたされることが多かった。

今回のブレイディさんの本では、モリッシーがザ・スミスとして出てきた時から

現在にいたるまでの、この↑図のまわりのピンクの部分、


「英国の社会・政治」


という枠組みから背景としてとらえ、なぜ時代ごとにリリースされた


「モリッシーの音楽」


につながるのかを書いてくれているので、とてもうなずけます。

ブレイディさんの本を読むということは、「モリッシー」という総論に

少し、近づけることになると思います。


「モリッシーって女々しいオカマの…」と言われた時に

「いや、モリッシーは強いんだよ!!なぜなら…」

と返す時の「裏付け」が盛り込まれているので、自身の「モリッシーを好き

な気持ち」の支えになる要素が多く、とても心強いと思います。


まあ、人に何か言うためだけでなく、自分が「なぜモリッシーを好きか」という

「確認」もできる本です。ただしブレイディさんの意見は「強い」ので

「それはブレイディさんの思ったことじゃないの?」と思っても、

そこで負けないで(笑)「いや、私はモリッシーはこうだったんじゃないかなと

思う!!」と考えてみるのも楽しいのではないかと。


何が「正解」ではなく、モリッシーがこんなにファンに考えさせてくる、

問いかけてくるアーティストであるということを、ブレイディさんが今のこの

時代に、大きくテーブルの上に広げてくれたことが何よりもうれしいです。


この本を読んでいる間、各章ごとにモリッシーの音楽が頭の中で鳴りました。

一番大きく鳴ったのは2008年にリリースされた“All You Need Is Me”

ブレイディさんもお気に入りなようです。


この歌詞が、この本でブレイディさんが「新定義」としてまとめていた

モリッシーの「痛快」さ加減を端的にあらわしているように思いました。


Morrissey - All You Need Is Me (lyrics)


You roll your eyes up to the skies

Mock horrified

But you're still here

Because all you need is me


目をまわして

天を仰いで

これ見よがしに嫌って

そのくせ君はまだここにいる

君に必要なのは僕だけだからさ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


★以下は、まだ読んでいない人は読まないでください!

涙が出た一節。

モリッシーの渇望、愛、祈りのような「歌うこと」

に関する名文。人間であることの哀しみと美しさが

表されている、ブレイディさんの筆力に脱帽でした。


けっして叶わぬ願い故の美しさ。

友情でも恋愛でも家族関係でもいい。

一緒になれば計り知れないほどの素晴らしいものを、

他の何物にも代えがたいい時間や空間を作り出すことができる

唯一無二の相手だとわかっていながら、そうとはならない関係

というのが世の中には存在する。

世界とは大前提として残酷な場所だからである。

そして残酷な場所に生きているからこそ人間は祈ることを

やめられないのだ。

 


モリッシーが序文を書いた「トニー・ヴィスコンティ自伝 ボウイ、ボランを手がけた男」

2017-02-25 21:04:36 | Morrissey Books

年が明けたと思ったらもうすぐ3月!

また間があいてしまいました。

更新していない間、1月にはボウイ展に行ったり、2月には満を持して発売された

「トニー・ヴィスコンティ自伝 ボウイ、ボランを手がけた男」

読んだりしていました。

こちらの自伝、イギリスでは2007年2月に発売、10年を経てやっと日本で

翻訳出版されたのは、昨年からのボウイ・フィーバーの恩恵…かもしれませんが

ありがたいことです!(モリッシーの自伝も、まだ日本で翻訳出版される

望みは絶たれてないかも!?)ヴィスコンティが関わった、ありとあらゆる

アーティストとの逸話はもちろんですが、モリッシー書いている序文だけで

も「買い」です!!


モリッシーはこの序文を「2006年10月」に書いたよう。

2006年と言えば4月に、モリッシーの8枚目のソロアルバム、

“Ringleader of the Tormentors”が発売されました。


このプロデューサーこそが、トニー・ヴィスコンティ。

レコーディングは2005年にローマで行われました。

ヴィスコンティと行ったこのレコーディングを評してモリッシーは

こう書いています。


「いいレコーディングというのは、シンガーもしくはミュージシャンとしての

自分をもっと意識させてくれるものだが、“Ringleader of the Tormentors”は

私にとって楽しみを超えた大いなる喜びとなった。現にヨーロッパではいくつもの

国で、何と1位に躍り出た」


…と、やはり大好きなチャートアクションの話しで締めくくられていますがw

(「いくつもの国」って、多分、イギリス、スウェーデン、マルタ、ギリシャ…で

4国くらいだと思うんですけど。やや盛りッシーw)


「トニー・ヴィスコンティプロデュース」と簡単にレコードには記されていますが、

これはモリッシーにとっては、とんでもないこと。自分のヒーローだった

Tレックスを、デヴィッド・ボウイを、スパークスをプロデュースした、

ヒーロー以上の存在。しかし、憧れを憧れとか、雲の上の人を殿上人で終わらせない

のがモリッシー。


「初期のトニー・ヴィスコンティの名を配したレコードを聴いては、世界に向けて

羽ばたきたいと、どんなに渇望したことか」


と、出会った頃から、「こっち側からそっち側」に行くことを望んでいたのです。

憧れていた人を引き寄せ、その人と仕事までしてしまう…今で言う「引き寄せの

法則」でしょうか?かつて、ネガティブの代名詞みたいに言われていた人は

実はすごいポジティブ確信犯だった…。この序文の出だしは、書いているというより

「刻印」のようです。マンチェスターのスティーブンが「モリッシー」となって

世に出る計画に、多大な影響というより運命づけを与えた張本人の序文を書けるなんて、

なんて、なんて、凄い人。

読んでいると“Ringleader…”1曲目の"I Will See You in Far-Off Places"

の前奏が、脳の奥の方から鳴り響いてくる…。ものすごい「文圧」を、感じます。


そもそもヴィスコンティが、なぜモリッシーの作品のプロデュースを引き受ける

ことになったか。自伝の最後の方に出てきますが、2005年、フランスで新たな

アルバム制作を始めようとしていた矢先にニューヨークのサンクチュアリ・レコード

から連絡があり、社長直々に、すでにローマで制作が始まっているモリッシーの

アルバムのプロデュース依頼があったそうです。アルバム曲を2曲聞いただけで

モリッシーの声に魅了されたヴィスコンティは、決まっていた仕事を延期まで

して、その2日後にローマ行きの飛行機に飛び乗ったそうです!ヴィスコンティは

すでにその時61歳。すごい感性と直感、行動力です。すぐやる課!


…なのにですよ。サンクチュアリ・レコード社長から、ヴィスコンティが

プロデュースを承諾した、と聞いたモリッシーは、ヴィスコンティのことを


「まだ生きてるの?」


と言ったとか(・・;)


(もちろん冗談だと思いたい…)


とちょっとひいてるヴィスコンティ。

でも優しい!相手がヴィスコンティで良かった!

憧れのすごい存在に、冗談でもそんなひどいこと言うな~~!


そして、モリッシーとピザを食べに行ったヴィスコンティ。ピザを食べに

行く前に、モリッシーが自分の曲を聴いてもらいたがるので、夕食の時に曲はすべて

良かったと伝えると、彼は鋭い目つきでヴィスコンティをのぞきこみ


「本当にそう思ってる?」


とと詰めてきたとか。ヴィスコンティは「心からそう思っている」(ブルブル)

と伝えた、って…

憧れのすごい存在に、気を遣わすな~~~!


結局、45日もの間モリッシーと一緒の「楽しい」日々を過ごして、

モリッシーの歌詞と音楽により魅了され、


「私は今では忠実なモリッシー・ファンの仲間入りを果たしている」


とまで言ってくれるヴィスコンティの謙虚さ、器の大きさを感じます。

モリッシーの「ユニークさ」を説明するのは難しいが、「直接的な

質問に遠回しに答えることに喜びを見出しているようなのだ」という

観察もおもしろい(そんなモリッシーの言葉の意味を考えるのが

とても楽しい、だなんて、ヴィスコンティさん、良い人通り越して

ドMなのか…?)


最終的には、ヴィスコンティはモリッシーのことをここまで

持ち上げてます↓


「モズはボウイと同様に、ポップス界においては希有な存在で、

真のジェントルマンだ」


…これを読んだ時のモリッシーの顔が目に浮かびます。。。


(※画像はイメージです)


そんなモリッシーの「尊敬」と、ヴィスコンティの「信愛」がうまく調和して、

2012年のBBC"Studio in Session"で見られる「阿吽の呼吸」みたいなものが

できあがったのだと、自伝を読んで納得もしました。

ここでも、挨拶の第一声が

「生きてる?」

ですよ!生きてるからいるんやないか~

憧れの凄い存在に、笑点における「歌丸師匠いじり」みたいなことすんな~~~!!!


このスタジオセッションでも、1曲、1曲、終わるたびにヴィスコンティ、

褒めます。モリッシーなんて、今までどんだけ人から崇拝されて、褒められて

きたんだよ!と思いますが、グレイト!と言われただけでとても嬉しそう。

愛の「試し行為」的な挑発もするモリッシーw 

1曲終わった後、「ここから聞くと素晴らしく聞こえるね」というヴィスコンティに

「他で聞いたら素晴らしくないということかな」

とか言って困らせてます。

 

こちらの様子、字幕付きのもが“Morrissey 25live”の特典映像として見れますが、

3回に分けたものがYoutubeにも上がっています。

とりあえず、Part 1。

Morrissey - "Studio in Session", Part 1


自分にとっての「あっち側」の象徴だった人に、認められる、という至上の快感を

手に入れたモリッシーの、幸福なレコーディング風景を垣間見られて、こちらまで幸せになります。

ここで歌われる“Action is my middle name”は、彼のここまでのすべてを総括しているようで感無量です。


トニー・ヴィスコンティの自伝、例のごとくこのブログで紹介するとモリッシーに焦点

あたりすぎw ですが、434ページもあるのに、とても読みやすく(誰かさんのとは大違い…)

特にボウイファンの皆さんにも読み応えのある、本当におもしろいものですので

(翻訳者の前むつみさんの丁寧なお仕事には頭が下がります!)

是非お買い求めください!


モリッシー自伝『Autobiography』 読みどころ紹介 パート1

2013-11-07 14:13:19 | Morrissey Books

10月17日に発売以来、世界中で話題のモリッシーの自伝”Autobiography”。

発売初週で3万5千部の売上を記録、3万2千部だったベストセラー

『ブリジッド・ジョーンズの日記』シリーズの新作を押さえて売上1位になりました!

 

もう、モリッシーファンの皆さんは手にしたことと思いますが、

これがまた…読みにくいですね。英語ネイティブの方々も苦戦してる

のに、日本人にとっては大変な読みにくさですよ。

はやい話が「オチなし」。まあ、ひとりのひとのまだ継続している

(しかもてんこモリ)人生なので、オチがある方がおかしいし、

フィクションではなくリアルストーリーだし・・・

絶賛の声とディスりの声と様々で、まあそれだけ話題になるというの

はむしろ「それこそモリッシー伝!!」と思いますけどね。

 

それにしてもチャプターがないのが本当につらい。。。

いろいろな書評やらサイトで「引用」もまとめられていますが、

かいなってぃーなりに「ヨミドコロ」ご紹介をまとめてみました!

(※「トミドコロ」ではないのでご安心ください…)

 

ネタバレにもなってしまいますので、「読んでんだよ邪魔すんな!」

という方はこっから下は見ないでね!

 

つまみ食い読みのお供などにお役だてください・・・

たぶん1 回ではできないので、何回かに分けてシリーズ化します。

あ、その前に。

Newsweek日本版11月5日号

にもこのように掲載されたのです。

 

掲載後すぐ、この画像を送ってくださったE社M尾様、ありがとうございます!

 

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<かいなってぃー選:モリッシー自伝読みどころ> 

 

1 頭がデカすぎたモリッシー。その出産で母親は死にそうになった。

しかも、赤ちゃんモリッシーには嚥下機能障害があり入院、両親は

ちゃんと生きられないかも、と警告を受けた。

やっと退院したものの、弟の誕生で赤ちゃんがえりしたのか?

嫉妬した2つ上の姉ジャッキーにも4回も殺されそうになった…

 

"Naturally my birth almost kills my mother, for my head is too big,

but soon it is I, and not my mother, on the critical list at Salford's

Pendlebury Hospital ... Once I am discharged from hospital,

my sister Jackie, older by two years, is interrupted four times

as she attempts to kill me, whether this be rivalry or visionary no one knows."

 

2 14歳の時に、カフカ的に不条理で絶望の悪夢まみれだった母校

ストレットフォード・グラマースクールの教師に、手をなでなでセクハラを受ける。

「じっと目を見つめられ、不必要なほどゆっくりで性的な愛撫のその意味が、

14歳の私にはわかった」…。

 

"At 14, I understand the meaning of the unnecessarily slow

and sensual strokes, with eyes fixed to mine,"

 

3 よそよそしくてお行儀よく笑わず頭にエクステwをつけていたからか、

カソリック司祭に目をつけられていたモリッシー。

「人生で何が好きか?」とその意地悪司祭に聞かれ「モット・ザ・フープル」と正直に答えた。

 

"'And what do YOU like in life?' [the priest] asks me, ready to play

the patronizing game at my expense in order to raise a giggle from

the rest of the class, thus rendering him popular for a few perverse minutes.

'Mott The Hoople,' I answer truthfully."

 

「普通はみんな男子は女子が好きなのに君はモット・ザ・フープルか~!」と司祭は大笑いして、

「クラスの笑いもの」にしようとしたのに級友たちは笑わなかった。そのために司祭は

モリッシーを憎しみをこめて見つめたそうです。ハンパじゃなく怖い…

 

4 学校の400メートル走代表になったモリッシー。頑張って4等だったのに

ゴールに立っていた父親に「お前、負けたよ」と言われて

「わかっとるわい!」とムッとした.


"Two years on, at Stretford Stadium I represent the school

in the 400 meters dash (of sorts), legs muddled, face wet with rain,

I clamber in at fourth place. My father is standing by the finishing-line.

As I approach him he says 'You didn't win,' and he looks away,

and life decomposes in a bucket.

Perhaps I didn't win but it didn't help anyone to point it out."

 

でもメダルももらっているんですけどね…足が速いとは聞いていましたが、

まさにアラン・シリトー「長距離ランナーの孤独」の世界。

 

"By accident I am enlisted to represent the school in track events

for the 100 metres and the 400 metres for which, unthinkably,

I receive schoolboy medals"

 

5 ブライアン・フェリーの好物がフォア・グラに次いで野蛮な動物虐待の

賜物だと思う「仔牛肉」と知って、ロキシー・ミュージックへの愛がすぐに冷めた…


"Roxy Music will drop quickly from the emotional radar soon,

as singer Bryan Ferry announces that his favourite food is veal

 — second only to foie gras in savage cruelty."

 

昔から価値判断軸がまったくぶれていないモリッシー…

マーがスミス解散後フェリーとやった時もイヤそうでしたもんね…

モリッシーのフォア・グラ嫌いについてはこちらもどうぞ!

 

6 古い同郷友達ア・サーテン・レイシオのサイモン・トッピングが

NMEの表紙になった時、残念すぎて千回も悲嘆死して

森の中に横たわって死のう思った。

 

"When my old friend Simon Topping [the frontman of

Manchester band A Certain Ratio] appeared on the cover

of the NME, I died a thousand deaths of sorrow and l

ay down in the woods to die."

 

この号ですかね…1980年9月のNME↓ 

こ、これはまさに

この曲を発表したのは1992年ですから、10年以上も

ずっとその時の「悲嘆死千回」体験は心で燻っていたのかしら。。。

おそろしの森ッシー…

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…最初から「モリッシー浪速節」みたいなこの457ページの自伝に

つきあってると疲れてしまう(寝てしまう…)と思うので、

ちょこちょこと興味深い、おもしろいエピソードを探し・拾い読みするのも

ひとつの読み方かと…

 

最初なので、ランダムに「読みどころ」を挙げてみましたが

続きをまた書きます、&これは「モリッシーのすごい人生の

玉手箱や~!」と思うので、他の紹介切り口も考えてみますね。。。