Action is my middle name ~かいなってぃーのMorrisseyブログ

かいなってぃーのMorrissey・The Smithsに関するよしなしごと。

<調査結果4>モリッシーという「アイドル」

2012-12-27 21:01:48 | Morrissey Collection

ブログを放置したまま、気がついたらこんな年の瀬に!

こっそり、更新しておきます。。。

さて、スミス・モリッシー好きさんにアイドル好きさんが目立つことで

まるで相反するような「スミス・モリッシー好き」な気持ちと「アイドル好き」

の気持ちに流れる共通点について、

いろいろ調べさせていただいた結果の話が済んでいませんでした。

どこまで話したんだべ?

たしか前回、はなちゃん氏の

 

「音楽の良さ以外で商品に付加価値を生むのは今も昔の表現者の

アティチュードだろう。いまは、難解でいつか硬直化をしてしまうような

アティチュードの思想性よりもファッションやシンプルな熱意からの

アティチュード」

 

という引用で終わっていたんだと思います。

 

アンケートでは、「スミス・モリッシー」と自分の好きなアイドルの「共通点」

に関してはフリーアンサーでとっておりますのでその辺を

紹介します。

 

「芸人根性」

「必死さ」

「思考と感情と五感+第六感を刺激してくれるところ」

「ワクワクする」

「演じているようなろころ。演じていることに自覚があるところ。見る側もそれがわかる」

「新しい価値観を提示してくれたところ」

「心の奥深くにやさしくそっと触れてくるところ」

「捧げても尽きることのない愛と渇望」

「届きそうで届かない。触れ合ったつもりでそうでもない。高揚して、そしてやるせない」

「ダメ人間なぼくを救ってくれる」

「ほうっておけない」

「アーティスト⇔ファンの相互関係を強く感じさせてくれる」

「神聖な感じ」

「生暖かい」

「見ていて飽きない」

「切実な、表現への渇望」

「自分たちには歌しかない、という強い気持ち」

「ベクトルは違えどどちらにも生命力を感じている」

 

もちろん、「共通点はない」「別なもの」…という意見も

多々ありました。

あと、わたしが印象に残ったのは、ツイッターで見た

 

「アイドル好きなひと(この文脈では大人)

はやっぱ心に傷を持ってる人が多い」

 

というあるツイート…。これ、そのまんま心に茨を持った

モリッシー好きさんを指すような…。

 

私が若いころ…90年代なんかまでは、

心に傷を持った人が刺激や生命力や「今、ここ」のどうしようもなさから

抜け出すためにロックを聞いていたケースが多かったように思います。

特に洋楽ロック好きは、キャッチーさやポピュラリティーより

「こんなの…いままでなかった!!」感、「俺だけが知ってる」感、「俺が発見したゼ」感、

「俺、ひとりぼっちでもこの音楽があればへえき~!」感

に興奮し、救われてきた・・・

 

「俺カタルシス」

 

それが現在の、グローバリゼーションにおかされた、一律化された、

高度にインフォメーションクモの巣がはりめぐされた情報化社会、

すべてつながってる社会、風が吹けばあっという間に桶屋が

ネットでミリオネアー(ってことはあんまないが、たとえば)社会においては、

「外国産ロック」から得る必要はなくなったのはいろいろなところで語られている

ことであり、日本における洋楽の衰退のひとつの原因でもあると思うのです。

 

でも、心に茨を持った人たちはこんなじゅっぱひとからげグローバル社会においても、

すべてデータでダウンロードで完了してしまう実質がもぬけの殻世界においても、

衝動の行き場を探し、何か「かたち」を、たとえ目に見えなくても確実な

「手応え」を求め続けてきた。

 

「心はかたちを求め、かたちは心をすすめる」

(銀座線田原町駅にある仏壇屋さん三善堂のコピーよりwww)

 

その「俺カタルシス」に火をつける導火線を「アイドル」の中から

見出した方々のお言葉…アンケートで、ツイッターで本当に

力強く、確信を持って語ってらっしゃるので「ロックだなあ!」と

いつも思います。この数か月でアイドルを見る目が変わりました。

まだやっぱり、「ファン」とかじゃないけど、今この日本で、アイドルに

価値を見出している人々はなんて恵まれているんだ、とうらやましく

なります。アイドルを好きなだけでカタルシス長者であり、「勝ち組」だと思います。

 

「表現」というのは、その衝動と方法論だけではもはや足りなくなってきている。

こんなに私たちに届きやすくなったのに届きにくい。情報放出量が多すぎて、

取捨選択も難しい。

私はいまだに新しい洋楽ロックも聞きますが、きっとすんごいいいのも

聞き逃している。自分のセンスとチャンス頼みなところがある。

 

ツイッターで私がフォローしている

未来世紀ナオジル(@punks1968)さん

が、ちょうど昨日こうおっしゃっていました。

 

表現者が自分の居場所を確保するには

“作り続けること、演り続けること、そしてそれらを発信・流通させる

プロモーション能力が重要”なんじゃないのかな。

ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   この記事についてブログを書く
« <調査結果3>1990年、「ロ... | トップ | モリッシー「The Late Show w... »
最近の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (もうもう)
2012-12-28 01:08:24
かいなってぃーさん
なんだかなみだがでたお

よいおとしおね♪

Morrissey Collection」カテゴリの最新記事