「私 結婚したい人がいるの」
僕が大学時代 家庭教師をしていた娘が
今度婚約することになりました
彼女は細身の美人で 良家のお嬢様ともいうべき人なのですが
僕は彼女の兄貴分として また彼女の初恋の男性として
その相手を見ておく義務があると思いました
彼女自身も彼のことで相談があるといってきたのです
「男の人の考えていることは さっぱり分からないわ」
彼女は高校生の頃と同じように 話すとき少し唇を尖らせながら
「亮二にいちゃんは 性格がわかり易くて 信頼していていることもあってか
何でも話せたけど 彼は何を考えているか分からなくて困っているの」
高校時代は幼くて素直で 可愛いというより可愛らしいという感じの
かおりだったが 大学に上がってからはすっかり綺麗になって
女の子というより 女性に生まれ変わったことに 少なからず戸惑いを感じました
でもこうして結婚適齢期に達すると 更にまた賢くて美しい生き物に変わってしまいました
僕にとってはあの可愛い女の子が 数年でこれだけ変身するとは 想像だにしないことでした
雪の日 赤いダッフルコートを着て 受験会場まで送っていったのがつい昨日のようです
「つまり男性代表として 男が何を考えているかということを答えればいいんだね」
彼女はうつむき加減に 右手で長い前髪をかき上げながら僕のほうを見た
そういうしぐさは 男を意識するときにするもんだ やる相手が違うよと思いながら
口に出せるはずもなく 気づかないふりをする
「一般論でいいの」
「そう」
「参考になればいいが」
僕も妹分が幸せになるのは嬉しい
「それともうひとつ 彼が食事のとき変なのよ」
(なんだ 色っぽい展開じゃないのか)と思ったが すぐに
「どう変なんだい」と切り返してみた
変では分からない 男の思考は論理的に働くという それに比べ女性は
どちらかといえば 感覚的 感情的に動いていく と何かの本で読んだことがある
しかし始めの取っ掛かりとしては 充分すぎる問いかけだと思う
「普段会っているときは違和感を感じないんだけど 彼と食事中に
何か変な感じがするの」
「ふうん 女性の勘はどんな精神分析より的を射てるっていうものね」
彼女は照れたような 困ったような フクザツな顔をした
「じゃあとにかく 陰からでも彼が君と食事しているところを見せて欲しいな」
「どうして?」
「人間はものを食べているときは 地が出る」
「性格や生い立ちや 普段の生活が見えてくる」
「ふうん そうなの」
「それからその後 僕も入れて3人で食事させて欲しい」
とにかく見てみないと 会ってみないと判らない
「ゴメンね亮二にいちゃん よろしくお願いします」
彼女は少し安心したような 何かを期待するようなそんな目をした
気の重い頼まれ事だったが 責任の重さの分だけ逃げられない
この話は乗りかかった船・・・いや実はドロ舟だったのです