🔵いまは亡き世界的な民族学者梅竿忠夫博士は、江戸時代の政治や文化は、
近代における日本の国民国家形成の基礎的条件の基盤になっていると洞察した。その論旨は、「日本の統治は天皇だが、実質的な統治は幕府将軍が当たり、
天皇(京都)幕府(江戸)商都(浪速)の「三都体制」だった。
そして諸国大名が参勤交代のたびに地方文化を江戸に伝え、武士が故郷へ帰国の際、江戸文化を地方へ持ち帰り、
中央と地方の文化の交流が自然に進んだという。
当時の武士階級は完全な消費人口を担つており、庶民は、武家奉公や四季の遊山や芝居などを通じて、
町人として武家と合流してその消費生活を支えたといわれる。
都市に住む商人や職人を町民と呼ぶが、彼らが町人社会と言う階層社会を形成した。それを基盤にして華麗で穏やかな
庶民文化が華開いたといわれる。
明治維新により藩が県になり、参勤交代の宿場町が地方の産業拠点として、交通や観光の利便を支える事になる。
今の日本全国殆どの行政や産業の基盤は、遥か江戸時代の参勤交代の時に自然に形成されたと言う」
🔵今回の北条語録の「神詣」、特に「金毘羅詣り」も「伊勢参り」も矢張りこの江戸時代の全国庶民の生活習慣の大きな柱として
生まれ培われてきたと類推される。
最近、高齢者のリカレント(再学習)として、江戸文化を含む「日本近現代史」に注目が集まると聞く。
アフガニスタンや敗戦の日の事を考えるにつけ、争いのない平和な日本の日々が、いつまでも続く様に、
自力の努力もさる事ながら、神詣でして八百万(やおよろず)の神々に祈り続けたいと思う。(Yama) ●(文中の写真の出典はJIJI通信、Thanks)
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🔵ウクライナの戦争は自力で国を防衛する体制を整えることが、いかに
大切かを日本に教えてくれた。
この20年間、8月15日には終戦と敗戦について日本人としての考えを記してきた。
尽きるどころか毎年のように新しい課題が生まれてくる。
約30年前ソ連が崩壊し、大きな戦争はほぼ世界から遠のいたと思っていた。
しかしいつしか小さな火種が発火点になり、中東、ウクライナ、台湾へと危機が募る。
全て大国のの覇権が絡むだけに、危機は周辺にも普遍する。
国連機能も集団自衛権も完全に機能するとは言えないだけに、自衛は各国の裁量という事になる。
🔵先日、産経新聞の世界価値観に関する若者調査を読んだ。
「戦争になると、国のために戦うか」と聞くと、9割近い青年が「ノー」と答えたと言う。
しかも「攻めてきた敵ではなく、侵攻を許した国を責めるという。」なにおか言わんやである。
根底には戦後教育(日教組)の影響が大きいと思う。
成熟社会の悪い部分があらわに露呈したことを憂いたい。(Yama) ●標題の写真は、タイ王国バンコクの国立中央デジタル図書館のシンボルの図柄)
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🔵大東亜戦争に敗れて77年が経つ。戦後、米国の傘のもと軍隊を持たず、経済を最優先して復興に集中できた事は、幸運そのものと言っていい。
今回の敗戦特集に際し、かずかずの文献に目を通してきた。其処には当時の日本の家庭それぞれの苦衷の記録も多かった。また昭和天皇はじめ吉田茂など数々の日本の偉人はもとより、敗戦国日本に支援を頂いた諸外国の首脳の姿もあった。
🔵中でも日本の国体維持を始め、平和憲法、戦力不持の再建スキームを構想し、米国主導で政治力を発揮したマッカーサー元帥の存在は格別であった。
元帥の戦後統治がなかったら、今の日本は存在しえなかったのではないのか。時の米国大統領と意見が合わず解任後帰国、大統領選挙の機会に恵まれず
他界され国葬となった。米国内はもとより世界の支持は最高の人だった。今回は冒頭のビジュアルに、1945年厚木基地に着任時のマッカーサー総司令官の
パイプ姿を飾る事にした。本日は終戦に因んで戦争に纏わる家族の「想い出物語」
をお届けしたい。(Yama)●冒頭の写真は提供(JIJI通信)
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🔵日本が鎖国を解いて開国してから154年が経つ。開国にまつわる明治維新
の寓話もさまざまながら、154年に及ぶ国の近代化の歴史の中で、日本ほど国情が千変万化した国は無いのではないのか。
日出る小さな東洋の駆け出しの国が世界の大国ロシア艦隊を破り、次いで
世界の超大国アメリカと真っ向勝負して4年間戦い抜き、世界初の原爆を見舞われてお手上げとなる。
それでも厳として国体を守り、戦後25年にして世界の経済大国に上りつめる。
これが77にまつわる戦前戦後の神話とも言える日本再生のストーリーである。
🔵敗戦後77年経ったいま、自国の存立の過程を知らないで、平和に安住している多くの日本の人たちにこの事を伝えたい。そして日本の子ども達にも伝承して欲しいと願っている。(Yama)
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🔵「日は落ちて 海の底より 暑かな」漱石。
格別の暑さが続く。
日が落ちて3時間ぐらいは、余熱の跳ね返りで外を歩くのも憚れる。
今年もやがて戦後77回目の終戦記念日がやって来る。
私は敢えて敗戦記念日と呼んで、あの日の苦渋の想いを心に刻む。
今年は特にロシアのウクライナ侵攻や米中の台湾問題の深化があり、
台湾を巡る国際問題は、いつになく逼迫の度を深めている。
台湾にもしもの事があれは、まがいなく日本は有事となる。
そんな時、この問題に日本で一番詳しい安倍前総理を亡くしたのが
悔やまれてならない。果たして日本はどうなっていくのだろうか。(Yama)
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