●「秋浅く日中の雲のまだ燃ゆる」(東白日子),恒例の二百十日、台風一過の昼下がり、いつもよりも格段に暑い夏だったが、
この一両日恒例の過ごしやすくなった事を実感する。」季節は、些かも狂う事なく秋を届けてくれる。
●「秋めく」「秋浅し」「今朝の秋」「新涼」「白露」「秋分」「秋暁」「秋の朝」「秋の宵」。試みに秋の季語を探ると、日本の言葉の奥ゆかしさと、伝統的な美しさに感動する●惜しむらくは、今の日本の政治が、俗悪すぎる。秋の選挙では、
美しい日本に相応しい選良が、数多く選出される事を期待したい。(Yama)
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🔵「世界には、4種類の国しかない。」先進国、開発途上国、日本、そしてアルゼンチン。
これは、ノーベル経済学賞受賞のアメリカの経済学者、サイモン・クズネッツ博士が1960年代に
残した言葉だ。🔵博士は、日本を急速な工業化で高度成長した国、アルゼンチンは先進国だったが衰退した国と定義した。
アルゼンチンは,第1次世界大戦前は、世界でも特に豊かな国だったが、その後、低落した。
日本は、確かに高度成長したが、その後、失われた20年とかで、GDPでは2010年、中国に抜かれ第3位に、そして
2023年にはドイツに抜かれ第4位に、しかしその後一向に経済が回復しない、やがてアルゼンチンのようになるのではないかと
内外の専門家は危惧する。
🔵しかし日本の国内を見れば、国民は政治や経済の停滞をよそに、戦後、長きに亙り続いて来た平和にどっぷりつかって、低迷経済に立ち向かう気配はない。専門家は、これを極端な老化現象と言い、このままだとアルゼンチン同様、不遇の明日が必ずやって来ると予測する。今こそ、屈塾的な敗戦から奇跡の経済回復を手にした先人達の見事な心意気に学び、まずは当面する政治改革から、着手すべきではないか。(Yama)
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🔵「挫折のない人生はない。いや,挫折は人間を大きくする肥料である。」 (作家、城山三郎著「人生の流儀」文化出版局版)🔵「昭和二十年一月一日,運命の年明く。日本の存亡この一年にかかる。祈るらく、祖国のために生き,祖国のために死なんのみ。」
八月十五帝国ツイニ敵ニ屈ス」いうまでもなく日本歴史上,これほど,物理的にも,日本人の多量の血と涙が流された一年間はなかったであろう。そして敗北につづく凄まじい百八十度転換,すなはちこれほど恐るべきドラマチックな一年間はなかったであろう。私たちは、そのドラマの中の通行人であった。(作家,山田風太郎著「戦中派不戦日記」角川文庫版)
🔵日本の敗戦を知る二人の著名な作家が、いみじくも語り尽くすように、79年前の敗戦は、日本の歴史上、これほど悲惨な出来事はなかった。しかし幸いにも大東亜戦争の終局で、アジアのほとんどを植民地として占拠していた欧米の列強が相次いで撤退する事になり、既に独立のタイ王国を除く全てのアジア諸国は,待望の完全独立を勝ち取る事になる。当時の日本が、「アジア植民地からの解放」を唱えただけに、全アジア諸国の完全独立は、日本の快挙といっていい。
願わくば、この素晴らしい出来事を、いつまでもいつまでも、後世に語り継いで行って欲しい。(Yama)
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「昭和人の宿命」🔵夏が来ると思いだす。「もう戦争は嫌だ」。日本はいま、戦後80年目の節目を探る事になる。
そこで歩んだ昭和を振り返ると、まさに「昭和は遠くなりにけり」と実感せざるを得ない。
特に世界大戦の脅威に見舞われた昭和の初期は、皇統の日本史の中でも、特筆に値する「激動と恐怖の時代」だった。
🔵このような苦闘の時代があったからこそ、安寧な今があるように思えてならない。折に触れての時代の検証は、国にとっても決して欠かしてはなるまい。(Yama) ●(出典以外の写真は全て撮影、JTIRO)
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「歴史に見る実力者の条件」🔵「永い歳月のふるいをかけられたあと、なお、われわれの前に現れれてくる人間たちは、現代で出会う人間たちと共通しながらも、それをはみ出したり、ひどく純粋化したりしていて、現代にない迫力を感じさせると同時に、現代の生き方にも、ずいぶん教えられるところがあるように見える。」作家,城山三郎「人生の流儀」🔵昔の人、特に地方の権力者や,その時代を築いた偉人たちは、鉄道も通信手段もない中、中央の動向や敵対する地方の動向を把握し、有為な施策や戦略を考え、内なる民を助けて、外なる権力と闘い内外の威信を保って来た。想像を絶する努力があったと想像される。顧みれば、旧き時代の権力者たちは、相当の努力家で、素晴らしい能力の持ち主だった事が判る。🔵現代の人達が、旧き時代の物語や、時の権力者を憧憬する理由が判るはずだ。その理由は、時代の著名な権力者が、おしなべて先を読む戦略志向の人達であった事だ。だからこそ、いま疲弊している日本の地方自治体の首長に、新しい地方を創造する戦略志向の逸材が望まれる所以だ。(Yama)
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🔵今年の夏は、今までになく暑い。
しかも、新聞やテレビが、日増しに衰退し、老いも若きも、殆どの人が、携帯電話を常用し、「X」や「YouTube」が,情報媒体として台頭してきた。
このデジタルの仕組みが,世の中を大きく大きく変えようとしている。
先日も「デジタルなき人は,時代に取り残された廃人に近い」事例を見た。
要は、日常生活の生き様の大半を左右する情報(デジタル)が枯渇すると、
人間は、思慮分別が大きく停滞し、生きる力を失い,勢いが衰退すると言う。
🔵デジタルは、現代の魔物と言われる所以だ。(Yama) ●表題の写真(日本の夏を飾る大阪、天神祭りの神輿)撮影Jtiro)
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🔵「権威」と「権力」は、権力者に纏わる言葉ながら、本質的に異なる。
日本もまた世界の王制の国々と同様に、政争や内乱を繰り返してきた歴史がある。
しかし日本人は、こうした闘争を続ける「権力」の上に、絶対不可侵の「権威」を置くことで、争いを抑止し、政情の安定を得てきた。「権威」である天皇は、時に争いを調停し、時の権力に公的なお墨付きを与えて,平和を保ってきた経緯がある。
🔵天皇中心と思われがちな明治憲法でさえ、その意図は、「権威」をもって新国家の統合を行う事であり、決して天皇をして「権力者」たらしめようとしたのでは無い。しかし「権威」を抑止力ではなく、支配と正当化に使ったときに、様々な歪みが生じる。昭和の初めの軍部の暴走然り、戦後のGHQの占領政策然りだ。
🔵現在,世界には、日本やタイなど8カ国の王国が存在する。しかし一億人を超える大国ながら、2千年を超えて、綿々と続く萬世一系の王国は、日本しかない。
デジタル化の到来で、統治の形も変わるのではないかと危惧されるが、あくまで日本の統治は、科学的事象ではなく,日本国民の心象に纏わる国の形態であつて、何時迄も絶対に変え難い、日本だけの永遠の心の拠り所なのである。(yama) . . . 本文を読む
「前半の終わりは、後半の始まり」 🔵今年も前半戦が終わつて、後半戦が始まる。寄る歳波のせいか,時の流れが
速い。いや余りにも早すぎる。
何故速いかと言うと、その理由(わけ)は、SNSのせいだ。
バスに乗っても,電車に乗っても、ほとんどの人が、スマホ片手に、その画面に見入つている。あらゆる情報が、これだけ多くの人たちに、濃密に拡散されるとなると、時代の流れは,自然に早くなると言う訳だ。
🔵その確証の一つが「没TV時代」である。テレビの没落は、スマホ台頭の確証と言える。
デジタル時代が明けてまだ20年, 長きにわたって全世界を蹂躙してきた3次元情報の「テレビ」が、GAFAが先導する「デジタル媒体」に,あって言う間に席巻されるさまは、見事と言うしかない。
しかも,このながれが局地的ではなく、全世界同時に浸透し,席巻していく様相は、まさに新しいるデジタル革命と言われる所以だ。
🔵前半6カ月で見えてきた、情報(デシタル)、モノ,サービスという日本の市場経済力を、政財界挙げてその回復につとめ、失われた30年に終止符を打つ事だろう。中国やドイツに何時迄も負けているわけにはいかない。(Yama)
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🔵海は、永遠の憧れ、脳裏に幼い時の想い出が蘇る。」
私の幼少期を過ごしたのは、瀬戸内海海沿いの江戸幕府の天領地、倉敷である、潮費狩りや海水浴、海洋少年団、
戦後は、本四連絡船、小豆島の24の瞳、いまは本四連絡橋。貧しい中にも希望につつまれた
瀬戸内の暮らしだった。戦後の思い出は枚挙にいとまがない。
上皇夫妻は、昭和34年ご成婚、新造なった関西汽船の豪華客船「くれない」で
、瀬戸内海を別府から九州へ新婚旅行へ旅立たれた。
2年おくれで、私達も上皇と同じ「くれない」で同じコースを新旅行に旅立った。海の想い出は尽きない。
そんな波乱万丈の戦後昭和の若者は、いま92歳になる。 その行方知れない人生も,自然も、いわば大きな海に似て、限りなく深く面白い。
🔵(Yama) . . . 本文を読む
🔵国破れて山河あり。79年前、日本は初の敗戦を経験する。戦いに負けると言う事は、悪夢そのものである。
敗者は勝者に従属され、その国民は過酷な労苦を強いられる。
大東亜戦敗戦の苦悩を知る、数すくない戦争体験者が、戦争の恐怖を語る。
🔵戦争の惨禍は、その戦争を知る人にしか継承される事はない。
しかし悲惨な敗戦をいくら語ろうとも、戦争を知る人でない限り物語に過ぎない。いま日本から戦争体験者が、日ごと少なくなりつつある。そして敗戦の無念や、怨念にも似た思いまで風化して行く。
世界で起きた戦争を紐解くと、全ての戦いは、前の戦争が忘れられた頃にやってくる。🔵戦争の本当の傷みは、実際その戦争を体験した人にしか判らない。にも拘わらず戦争は無くならない。そして平和もやって来ない。何故なのか。(Yama)
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(92歳老の檄文)🔵敗戦の翌年、連合国軍の占領下、日本国民は、戦時国債の償還のため個人財産を拠出して、ディフォルトに耐えた。再独立を果たした挙げ句「日月火水木金土」土曜日の半ドンもなく国を挙げて働き続けた。その結果僅か19年で、先進国さえなしなかった超新幹線を創り出し、世界から多くの人々を招き、東京オリンピックを大成功に導いた。
🔵ところが戦後79年を経たいま、日本の政治は乱れ、いい加減な世情が跋扈、戦後日本の再興に取り組んだ先立ち達のマインドのかけらさえ伺う事は出来ない。
(⚫︎学歴詐称の都知事が再立候補の厚顔)
(⚫︎疑惑都知事を支持する都民のいい加減)
(⚫︎政権政党自民党のキックバック疑惑)
(⚫︎岸田首相の孤立と無責任答弁)
(⚫︎台湾有事に対する政治家の無関心)
(⚫︎憲法9条改正の有名無実)
(⚫︎果たして国思う国会議員がいるのか)
🔵岸田,小池、蓮ほう、心して聞け! 国民に対し失礼にも程がある 。
79年前の占領下時代の先輩達のマインドに立ち戻って、政治家として、あるべき姿や心構えについて、間違いなかりしか、推敲して欲しい。
国民のために、一身を投げ出す覚悟があるのか尋ねたい。この政治の記禄がいま、令和の史実に成ろうとしている。
🔵戦後日本の厳しくも素晴らしい再興の道筋を体感した年老いた戦争を知る日本人たちは、いま日本に介在する様々な許し難い事実に触れて、大きな怒りと失望に苛まやされている。
去る79年前、私どもの祖父や先輩が、命を賭して国を再興した事に思いを致し、この歪んだ政情や世情を正常に戻したいと願っている。(Yama) . . . 本文を読む