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共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

グラス洗ってモーツァルト〜グラスハーモニカ・フルート・オーボエ・ヴィオラ・チェロのためのアダージョとロンドハ短調K.617

2021年08月14日 17時40分56秒 | 音楽
今日も雨の降り続く、生憎の天気となりました。時折叩きつけるように激しく雨が降る時間もあって、誰に言われなくてもとても出かける気にもなれません。

ところで今日、台所で



グラスを洗っていたら、何かの拍子でグラスの縁に手が当たって「フォ〜ン♪」という音が鳴りました。それを聞いていたら、グラスハーモニカという楽器のことを思い出しました。

グラスハーモニカは、ガラスの器を音階に並べて指で擦って演奏する楽器です。よくイメージされるのは、



こうやって大小様々な大きさのワイングラスを並べて中に水を入れてチューニングしたものを上から指で擦るものかと思います。実際18世紀の書物にも『泉の水で調律されたグラスを用いた楽器』という記載がありますが、これは今日ではグラスハープと呼ばれているものです。

ここからより完成度をあげたのが



政治家であり、凧を用いて雷が電気であることを実証したことでも知られるベンジャミン・フランクリン(1706〜1790)でした。現在、米100ドル札の肖像画にもなっている人物です。

フランクリンは1761年にグラスを並べたグラスハープを工夫して、



お椀状にした直径の異なる複数のガラスを大きさ順に十二平均律の半音階に並べ、それを横一列にしたものを金属製の回転棒に突き刺して水を張った箱に固定しました。そしてペダルを踏んでガラスを回転させながら水で濡らした指先をガラスの縁に触れて摩擦を起こすことによって、グラスハープと同様に共鳴するガラスからの音で音楽を奏することができるようにしました。

ワイングラスを横に並べて指で縁を摩擦させるグラスハープでは一度に鳴らせる音数が限られていました。また指先もグラスも濡れた状態でないと音が鳴らないため、演奏中に指先が乾く度に急いで手を水に浸けて濡らさなければならないという手間もありました。

しかしフランクリンは指ではなく横一列に並べたガラス器の方を回転させるという逆転の発想で、一度に多数の音を奏することを容易にしました。更に収納箱の中に水を溜めておいて、ガラスの下半分を浸したかたちで回転させて常にガラスが濡れている状態を保つことを可能にしたことによって、いちいち指先を濡らさなくてもスムーズに演奏することが可能となりました。

グラスハーモニカはヨーロッパ中で大人気となり、例えばヴァイオリンの鬼才パガニーニは「何たる天上的な声色」と言い、第3代アメリカ合衆国大統領で『アメリカ建国の父』と呼ばれるトーマス・ジェファーソン(1743〜1826)は「今世紀の音楽界に現れた最も素晴らしい贈り物」と主張しました。他にも詩人のゲーテやモーツァルト、ベートーヴェンなどの作曲家もこの楽器を絶賛した記録が残っていて、フランス王妃マリー・アントワネットもグラスハーモニカを習って奏したという記録が残されています。

開発者であるベンジャミン・フランクリン自身もグラスハーモニカの音色を「何ものに比べがたい甘美な音」と表現したと伝えられています。また彼は、「もしハープが『天使の楽器』であるなら、グラスハーモニカは『天使の声』である」と形容したとも言われています。開発者ならではの、なかなかの自画自賛ぶりです(笑)。

熱狂的に流行したグラスハーモニカですが、その発音原理故に常に指先に微振動が加わり続けてしまうことから神経障害を引き起こす事例も報告され、遂には演奏禁止令まで出されてしまいました。その復権は20世紀を待たなければなりませんでしたが、現在では専門の奏者も何人か存在しています。

この楽器のオリジナル作品の中で最も有名なのが、



モーツァルトが作曲した《グラスハーモニカ・フルート・オーボエ・ヴィオラ・チェロのためのアダージョとロンド ハ短調 K.617》です。



これは大英博物館に所蔵されている自筆譜です。

この作品は、当時活躍していた盲目のグラスハーモニカの名手だったマリアンネ・キルヒゲスナーのために1791年5月23日に作曲され、6月10日にウィーンのブルク劇場の音楽アカデミーで初演されました。続く8月19日には、ケルントナートーア劇場でも演奏されています。

前半のアダージョはハ短調で小編成ながら荘重な響きの中でスタートし、木管楽器や弦楽器と絡み合いながらグラスハーモニカが美しいメロディを紡いでいきます。続くロンドは一転して明るいハ長調で展開し、グラスハーモニカの妙なる音色の本領が遺憾なく発揮されます。

そんなわけで、今日は珍しいグラスハーモニカの室内楽を、貴重なライブ動画でお楽しみください。



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