今日は二宮町の教室の日なのですが、かなり早く着いてしまったので、生涯学習センターのある二宮駅北口とは反対側、海や国道1号線の面した南口の方に行ってみました。
めぼしいお店があるかと思ったのですが、バスロータリー以外には小さな青果店や書店や学習塾があるくらいの、いかにもローカルな駅前広場があるだけでしたが、そのロータリーの一角にこの銅像が建っていました。これは、私が小学校の時分に発表された小説《ガラスのうさぎ》の記念像です。この小説は当時大々的にヒットし、小学高学年の夏休みの推奨図書にもなり、またNHK朝の連続テレビ小説にもなったお話でした。
小説の主人公である少女が手にしているのは、ガラス職人だった父親が作ってくれたガラス製のうさぎです。父親は戦争末期に連合軍の機銃掃射の犠牲になってしまうのです(確か連ドラではこの父親役が田中邦衛だったと思います)が、それが昭和20年8月5日の二宮町での出来事だったのでした。
小学生時分に読んでいた小説の舞台となった町で、巡り巡って現在仕事をしているという事実…もう何年も二宮町に通い続けているのに今頃になってそれを認識させられたことに、言いようのない恥ずかしさを感じました。それと共に、この町と自分との浅からぬ縁のようなものも、改めて感じさせられたのでありました。
めぼしいお店があるかと思ったのですが、バスロータリー以外には小さな青果店や書店や学習塾があるくらいの、いかにもローカルな駅前広場があるだけでしたが、そのロータリーの一角にこの銅像が建っていました。これは、私が小学校の時分に発表された小説《ガラスのうさぎ》の記念像です。この小説は当時大々的にヒットし、小学高学年の夏休みの推奨図書にもなり、またNHK朝の連続テレビ小説にもなったお話でした。
小説の主人公である少女が手にしているのは、ガラス職人だった父親が作ってくれたガラス製のうさぎです。父親は戦争末期に連合軍の機銃掃射の犠牲になってしまうのです(確か連ドラではこの父親役が田中邦衛だったと思います)が、それが昭和20年8月5日の二宮町での出来事だったのでした。
小学生時分に読んでいた小説の舞台となった町で、巡り巡って現在仕事をしているという事実…もう何年も二宮町に通い続けているのに今頃になってそれを認識させられたことに、言いようのない恥ずかしさを感じました。それと共に、この町と自分との浅からぬ縁のようなものも、改めて感じさせられたのでありました。