【 rare metal 】

此処 【 rare metal 】の物語や私的お喋りの全部がね、作者の勝手な妄想ですよ。誤解が御座いませんように。

堕ちるなら何処までもと

2008年04月11日 01時28分26秒 | トカレフ 2 
   


夜更けた肌寒い晩


午前零時を過ぎた肌寒い晩、知り合いの頑固な医者がやっている、
少人数患者の入院設備しか整っていない、古い小さな街医院を訪ねた。 
其の医院、大正時代の中期頃に、医者の親父さんが開業していた。
建物は、建設当時に流行っていた欧州風な木造建築。

当初、医院が開業された街中では、古い木造の和風建築が軒を並べていたので、
此の病院のような欧州風の建物は、随分と垢抜けた建築物だった。
当時の医者や弁護士などのハインテリ層や、ハイカラ好みの金持ちなんかの間では、
ケッコウモテ囃されていた造りだった。

太平洋戦争の末期に此の街は、深夜の無差別爆撃、絨毯爆撃に遭った。
その空襲の時、延々数時間にも渡って夜の黒い空を埋め尽くすかと群れなす、
超重爆撃機(B-29)の腹から、バラ撒かれるように無数に落とされた焼夷爆弾で、
街全体が炎に包まれた。
一晩で街は、中心部の周りを水濠に囲まれた城郭だけを残し全焼した。
戦後の長い期間、街を挟むように東西で北から南にと流れている二つの河の間は、
見渡す限り一面の焼け野原が何処までもと続き、広がっていた。

医院の建っていた辺りの建物も、軒並み空襲で焼けてしまったが、
医院は奇跡的に被災を免れ、平面な焼け跡に、ポツンっと、一軒だけ建っていた。
だから病院は戦前の面影を色濃く遺し、ナニヤラ一種独特の風格を醸し出していた。

焼け残った戦前のままの古い病院、戦後になって復興された街中の近代的な建築物とは、
医院の南側の二階まで続く独逸風な漆喰壁に残る、空襲時に近所の建物が燃え、
其の炎の高熱を浴び醜く焼け焦げた痕や、濃厚な煤煙で包まれ黒く汚れてしまい、
其れが未だに黒ずんだ染みとなって壁に浮き上がり、随分古めかしく観えていた。
だから病院の建物は、一昔風な随分と時代がかった感じがしている。
夜は未だしも昼間に病院を眺めると、周りの街並みとは甚だ調和が取れずに違和感だらけ。

近所の子供らが毎朝小学校に通うとき、医院の前を通ると、

「マルヤケのがれの〇〇ビョウイン ビョウキしたならキセキデなおすぅ頭のやまいはよぉなおさん」

っと、揶揄ともなんとも取れにくい、囃子を歌いながらだった。



非常灯などの保安設備がなかった古い時代、夜中に入院病棟の暗い廊下を、
懐中電灯も燈さずに歩くとき、物音をたてないようにと随分な気を使いながらです。
為るべく足音や、息を潜めてと歩かなければ為りません。

だけど夜更けた晩に、一癖二癖もある一筋縄ではナカナカな、老獪なトシマ(年増)女らと、
病気以外の目的で此の医院を訪ねると、タイガイろくでもない酷い目ぇに出遭います。
後から幾ら後悔しても仕切れず、後の祭りで如何にもなりません。
幾ら時間が経った後でも想いだし、悔やんで嘆くこと、幾度もと後悔は深くと。


潜めて息する空気中、外科病院独特の消毒薬液以外のなにかが含まれていた。
嗅げば己の精神が侵され、自分でも知らぬ間にと狂気に駆られるから。
心が惑わされ、闇雲に騒いで萎えてしまいそうな何かが、漂っているかと。
其れは常人には無臭ナ匂いだから、魔物に憑かれし者だけが嗅げましょう。
狂いかけた意識でしか嗅げない、そんな厭な臭気が、
暗い廊下の奥の、黒い空気に混ざって漂っていました。


部屋の電燈ガ全部消灯され、陰気な雰囲漂う夜間の入院病棟独り部屋。
部屋の明かりといえば、窓に吊るされし暗幕みたいな重たいカーテンが開け放たれ、
其処から斜めに射し込んだ、月の冴え冴えとして凍えるような
青白きな冷たき光線だけでした。

部屋の中、月の明かりで照らされし白銀(シラガネ)色世界になった部分と、
真っ黒な影絵世界にと、キッチリ区分けされておりました。

眼の前の寝台(ベッド)の上、差し込む月明かりを背に浴び横たわっていた。
異界からの物ノ怪みたいに窺える、大きく絶対に人とは想えない黒き図躯影。
その物躯を眺めていると、マルデえたいが知れない化けモンが寝そべってるようだった。 
モトモト入院患者用のベッド、寝ている患者の診察治療をなるべく傍でしやすいようにと、
患者一人が横になるだけの大きさの作りだから、デッカイ化けモンが寝ッ転がっている様、
子供用の小さき寝床で、四脚の獣が無理な体勢をしながら寝そべっているようだった。

自分の背後、サッキ閉め忘れて薄く開いたままの扉の隙間から、
細い筋となって入ってくる廊下の窓からの明かり、隣のビルの屋上に設置されし、
電飾看板の瞬く薄明かり、月の明かりの陰になっている異人の双眼を射し照らし、
二つの目ン玉が光を反射し、醒めたように青白く瞬き輝く宝石みたいな対の光となって、
黒い影を背景にし、暗さナ中に浮かんでいました。

自分、其の得体の知れない黒影の中に浮かぶ対の、
妖しくも綺麗な青い瞳に魅入られていました。


ジット此方をと見つめくる青色視線、刹那も瞬きもせず見つめてきます。
此の世のものとは想われぬ、青い瞳の背景の大きな黒き影。
マッタク少しの微動もいたさず、妖しげな視線、無音な部屋の向こう側から此方へと、
覗き込むようにと、暫くのあいだ音ナク自分に注がれていた。

微かな物音一つしない静かな部屋の中、寝台の鉄パイプ手摺の向こう側。
窓際の傍ら、患者用小卓に載っている古い電燈スタンドから、
スイッチを入れる小さな音が鳴り、豆電球(補助灯)が点される。
豆電球の光は、スタンドを覆う薄絹製電灯傘のせいで、柔らかな黄色い明かりだった。
だけどそれでも未だ、病室内は窓から斜めに射し込む月からの、
冷たい明かりに支配され、薄暗かった。


燐寸(マッチ)が擦られる音がして、医者の顔が暗さの中に浮き上がる。
黄色ッポイ小さな炎が、ユックリ動いて煙草を銜えた口元に。
手首の一振りで燐寸の炎が消えると、人の影の中に赤い点が浮かんでいた。
赤い点、数度輝きを増したら、溜め息混じりな感じで煙が吐き出される。
月光の冷たく冴えた光に照らされし青い煙、部屋の中をたゆたうように漂います。
其れは、其れ自体が何かの生き物で、意思を持っているかのようだった。

「ナニ戸惑ぉとるんや、コン人とは知らん仲でもないやろも、コッチぃこんかい 」

ット、医者。長年の喫煙で声帯を傷めた、可也なシワ嗄声で話しかけられた。
自分、青い目が閉じられ観えなくなり、蕎麦殻の枕に頭が沈む音がしたので、
ベッドの傍にと近づいた。

「吸わんか 」 煙草の箱が此方にへと、ベッドの向こう側より差し出される。
「貰うな 」 っと、手を伸ばし受け取ろうとしたら、手首を掴まれた。

手首を掴まれた刹那脳裏に、あの晩の国鉄線路内での悪夢ナ出来事が蘇った。
自分、シッカリ眩暈を覚え、膝ドコロカ脚全部、腰から下の力が抜け堕ちてしまい、
後ろにヨロケテ倒れそうに為った。
想わず、もう片方の手でベッドの手摺を掴もうとしたが、遠近の感覚が歪み、
手摺の鉄パイプを掴みそこね、空を握って突くような姿勢のまま後ろにッ!


手首を恐ろしい力で引張られ、前にと態勢を引き戻されたとき、
腹部をシコタマ鉄のパイプに打ち付けさせられた。
其の勢いで、ベッドの中に倒れ込んだら息が出来なくなった。
自分の喉首、突然細くなったような感じで大きな掌の中に納まっていた。

想わずキツク閉じた目蓋の裏で、赤い火花が飛び交うッ!
大きな手首を両手で握り、離そうとしたけど無駄だった。
火花は益々で、目蓋の裏全体が真っ赤な血の色に染まる。
暫く両手の指爪で大きな手首を引っ掻きながら足掻くが無駄ッ!
首を締め付ける力は少しのっ揺るぎも無く、加わったまま。
意識が遠のきかけると、火花が次第に亡くなってゆく。

黒き世界が、我を招き始めくる。

息できない苦しさが、命の最後の穏やかな甘美な感覚に取って代わろうとした刹那、
耳元に異国の喋りが囁かれた。
言葉の意味、ナニを喋ってくるのか解らずも、最後のは理解(ワカッタ)。


「ダワイッ! 」


自分、此れが悪夢ならば、此の侭醒めずに最後までもと。
何処までも堕ちて往きたいと、ツクヅク想いました。

其の方がキッと、此れから先の厄介ごとから逃れられるから。



堕ちるなら、何処までもと。



tokarefu 2




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