いせ九条の会

「いせ九条の会」の投稿用ブログです(原稿募集中)。
会の趣旨に賛同される方、メールでご投稿ください。

政府として大上段に構えて子供たちに道徳を教える資格を問う/山崎孝

2007-03-31 | ご投稿
朝日新聞3月30日付1面トップ記事は、政府の教育再生会議は3月29日の学校再生分科会(第1分科会)で、「道徳の時間」を国語や算数と同じ「教科」に格上げし、「徳育」(仮称)とする提言する方針を決めた。「教科」になれば、児童・生徒の「道徳心」が通信簿など成績評価の対象になるうえ、教材も副読本ではなく教科書としての扱いになって文部科学省の検定の対象になる、と報道しています。

朝日新聞の記事は、《道徳は現在、小中学校で週1コマ行われている。第1次報告では「我が国が培ってきた倫理観や規範意識を子供たちが身につける」ことを求めており、再生会議で充実策を検討してきた》。第1分科会の主査白石真澄氏(東洋大教授)は《戦前の修身のように先祖返りするのではなく、人としてどのように生きるか、他人をどう思いやるか。命あるものを尊重すること(を教えること)で、環境教育にもつながる。決して全体主義になったり、右になったりするわけではない》と強調した。》と伝えています。

日本人を個々にみれば「他人を思いやり、命あるものを尊重する道徳を持った人たちは居ます。しかし、国家という次元でこの道徳観を培ってきたかを検証しなければなりません。

「新しい歴史教科書をつくる会」の会報「史」は、扶桑社版教科書の改訂版のポイントを「日本を糾弾するために捏造された『南京大虐殺』『朝鮮人強制連行』『従軍慰安婦強制連行』などの嘘も一切書かれていません。旧敵国のプロパガンダから全く自由に書かれている」と述べています。アジアの人たちに2千万以上の犠牲者を出した戦争を「大東亜戦争は自存自衛の戦争だった」と戦争を肯定する立場で記述しています。

このような教科書を2005年の教科書採択時に、自民党各都道府県連組織に「歴史教育の問題は憲法改正、教育基本法改正の問題と表裏一体の重要課題」と位置づけて、教科書の採択をバックアップする通達を出した人物を党の総裁にし首相にしています。論理的には自存自衛のためなら他国の人や自国の人の犠牲は止むを得ないと考える立場の教科書と考えることが出来ます。

また、安倍晋三氏は日本の政治指導者に人道に対する罪を査問した東京裁判に法律的には人道に対する国際法は戦争を行っていた当時は無かったという考えで東京裁判に疑問を呈しています。仮に法律は無かったとしても当時でも、仏教の「不殺生 命あるものを尊重する」倫理観はありました。

3月25日、下村官房副長官が民放ラジオ番組で、「従軍看護婦とか従軍記者はいたが、『従軍慰安婦』はいなかった。ただ、慰安婦がいたことは事実。親が娘を売ったということはあったと思う。だが、日本軍が関与していたわけではない」と、軍の関与を認める「河野官房長談話」の見解を否定し、“国家の責任を割り引こうとする人物”が政府の要職についています。

このような政府の状態が、世界に通じる普遍的な人道観・倫理観を持っているとは思えません。

子どもたちに道徳を教える前に自らの道徳観の歪みを正さなければ“道徳の権威を維持”して「我が国が培ってきた倫理観や規範意識を子供たちに身につけ」させるとは言えません。

日本は明治以降、台湾、朝鮮、中国東北部満州を植民地下して、他国の人たちを抑圧してきました。日清・日露・太平洋戦争を行い人道に悖る政策を実行、戦後もベトナム戦争やイラク戦争で米国が多くの他国の人たちを犠牲にする政策に軍事基地を提供し加担しています。

そして、現在もイラクの人たちを殺傷にする米兵たちを運んでいます。その根拠となる法律の期限が本年7月に切れるのに法律施行期間を延長することを決めています。

「他人を思いやり、命あるものを尊重する」最大の道徳は戦争をしないこと、加担とないことです。二度と戦争を起こさないとした高い倫理性を持つ現行憲法を変えて、外国で戦争が出来るような憲法を考えてはなりません。戦争の教訓から生まれた憲法を変えようとする政治家たちを戴く日本政府は倫理観や規範性を培ってきたといえません。憲法を変えようとする政治家たちは、国家として大上段に構えて子供たちに道徳を教える資格があるかを自問自答しなければならないと思います。

追伸 3月31日の朝日新聞のトップ記事は、《文部科学省は30日、2006年度の教科書検定結果を発表した。地理歴史・公民では、沖縄戦の集団自決をめぐって「日本軍に強いられた」との記述に修正を求める検定意見が始めてついた。今回も、イラク戦争や靖国参拝などについて、政府の見解に沿う記載を求める傾向が続いた。》と報道しています。

この政府の見解は、日本の異常な軍国主義の記述を弱めること、現在の政府の政策を「米英軍のイラク侵攻」を「イラク攻撃」などに修正して、イラク戦争が国際法違反であることを子供たちに教えないようにする。自衛隊が派遣された時期を「戦時中」から「主要な戦闘終結後も武力衝突がつづく」に修正させて、政府の戦争への加担を弱める意図を持っています。これらを見れば政府が人道に対して厳しい倫理性を備えているとはいえません。

「戦時中」から「主要な戦闘終結後も武力衝突がつづく」に修正を加えても、日本政府がイラク戦争を始める前の2003年3月17日に小泉首相が「米国が英国など各国と共同して武力攻撃に踏み切った場合、日本政府としてはこの決断を支持します」と表明した事実は消せません。それに国連活動として国連が戦争を認めるように、国連理事国に日本の経済援助をぶら下げて人の心をお金で買うようなことや、人を殺す戦争への支持を働きかけていた事実も消せません。安倍首相は今でもイラク戦争は正しかったという態度を国会で表明しています。小泉前首相、安倍首相が人道に対して高い倫理性を備えているとは考えられません。子供たちに「他人を思いやり、命あるものを尊重する道徳」を教える資格があるかないかは明白です。

英国のジャーナリスト 「無責任の体系」を指摘する/山崎孝

2007-03-30 | ご投稿
29日のブログは植木等さんが諧謔的に演じた「無責任男」に触れましたが、3月30日付朝日新聞「新戦略を求めて」の記事の中に、英国のジャーナリストが、日本の政治家が国家の決めた原則的なことと一致していない言説を戦前の天皇制のもとでの『無責任の体系』と類似していると指摘したところがありました。

《英BBCの東京特派員を8年間務めたジャーナリストのウィリアム・ホーズレー氏は言う。日本は政治家のメッセージの発言力が弱い。どういう国を目指すのかわからない。非核三原則があるのに核論議をしろといい、従軍慰安婦問題で政府が旧日本軍の関与を認めて謝罪しているのに、安倍首相が問題を蒸し返す。政治学者の丸山真男氏が、戦前の天皇制のもとでの『無責任の体系』を指摘した状況そのままではないか》

★参考 戦後言論界のオピニオンリーダであった丸山真男氏の「無責任の体系」を次のように宮川匡司氏は解説しています。《戦時下での日本の支配を特徴づけている価値と精神構造を明らかにして、価値基準が天皇への距離によって計られていた日本では、自由な主体的意識がなく、「抑圧の移譲」によって精神の均衡が保たれてきた。しかも天皇さえ伝統的権威に支えられている以上、誰一人として価値の主体とはなり得ず、政治的責任の欠如を招いた。この分析は、戦争を体験した多くの人々を覚醒させる効果をもった。著者が言った「無責任の体系」は、今も至る処で健在だ。》

★参考 法学研究科法曹養成専攻教授 高見勝利氏の講義

Ⅰ 丸山の明治憲法「体験」 最初に、丸山の日本国憲法の捉え方を理解するうえで必要と思われる、明治憲法下での3つの「体験」について紹介する。

第1の体験は、1933年、一高時代に唯物論研究会の講演を傍聴、特高警察に捕まり、治安維持法違反容疑で取り調べを受けたこと。丸山にとって、それは、明治憲法下の天皇制、いわゆる「国体」とは何かを考える契機となった。爾後、思想犯被疑者として、翌34年の大学入学時から40年法学部助教授となるまで、定期的に特高警察・憲兵隊の監視下に置かれた。天皇制国家の「原体験」である。

第2の体験は、1934年東大法学部に入学し初めて聴講した宮沢俊義の憲法講義と、翌35年の天皇機関説事件である。宮沢は、前期の講義で国家の基礎理論を説き、後期から憲法条文に即した解釈を行った。それは、美濃部説の骨格をなす国家法人説について、「法の科学」の立場から徹底批判するというものであった。ところが、同年秋、右翼・政治家が美濃部の天皇機関説を攻撃、翌35年1月、貴族院本会議でも「質疑」に名を借りた美濃部の弾劾。そのため、問題が「急速に激化」し、美濃部の著作は発売禁止処分となり、また、美濃部自身も検事の取り調べを受け、貴族院議員を辞す。さらに、暴漢にピストルで撃たれる事件にまで発展。他方、次のターゲットとして宮沢が狙われる。そこで、宮沢は、35年度の講義を全面的に組み換え、国家論を一切省略、また、明治憲法「第一条から第四条までの説明」も飛ばす「異様な講義に一変」する。それは、美濃部・宮沢の憲法学説が「国体」の名において権力により蹂躙され、封殺される過程の「目撃体験」であった。

第3の体験は、1944年7月と翌45年3月の2度におよぶ兵役召集と8月6日の広島での被爆という「戦争体験」である。1940年6月、丸山は法学部助教授となり1944年3月に結婚、そして7月に2等兵の教育召集を受け、松本から平壌に移動するが、9月病気のため内地送還となり、11月に復員。1945年3月、再度の召集により、広島市宇品の陸軍船舶司令部に配属、暗号教育を受けた後、参謀部情報班に転属、国際情報の収集にあたる。そして、8月6日被爆。8日、米大統領の原爆投下放送を傍受。9日、爆心地付近を写真撮影。15日、敗戦。母死去。16日以降、参謀室で特別講義。9月半ば、復員。

Ⅱ 8・15から憲法改正要綱発表(1946・3・6)前後まで 8・15により、丸山が「国体」の呪縛から直ちに自らを解き放ったわけではない。国体のもつ「魔術的な力」から完全に脱却するには、復員後、大学に復帰してからでも、なお、半年あまりを要している。それは、翌年1946年5月号『世界』に掲載された「超国家主義の論理と心理」と題する論文末尾の「日本軍国主義に終止符が打たれた8・15の日はまた同時に、超国家主義の全体系の基礎たる国体がその絶対性を喪失し、今や始めて自由なる主体となった日本国民にその運命を委ねた日でもあった」との記述に示される。

Ⅲ 丸山の日本国憲法「理解」 第1に、憲法の国民主権、民主主義に関して、丸山は、憲法に規定された民主制度を「硬直化」、「形骸化」させないために、主権者となり、自由な決定の主体となった国民が、デモクラシーの理念に照らして、絶えず、その制度の働きを監視、批判しなければならない。つまり、国民の下からの「革命」運動は、憲法体制化した民主主義のもとで「永続」させなければならないと解した。

第2に、「国体」の呪縛から解放された個々の国民の自由に関して、国民は「日々自由になろうとすることによって、はじめて自由でありうる」こと、その自由は「政治秩序に絶えず立ち向かおうとする精神」であって、「個人の内面的な規制力」に依拠するものでなくてはならぬと解した。

第3に、憲法第九条について、それは現実の国家の政策を不断に方向づける「理念」として理解すべきであり、「武装しない国家」という理念は、従来の国家概念の再定義を迫るものだと説いた。

いずれの提言も、丸山がわれわれに後進に託した重い課題である。(以上)

丸山真男氏は戦前を「誰一人として価値の主体とはなり得ず」と指摘しています。戦争の教訓から生まれた日本国憲法の価値は、本来的には法律上、政府、裁判所、政党、国民が揃って主体的に守り生かすべき責任を負っています。しかし、その主体的な体制は大きく崩れています。政府と与党、野党も共産・社民を除いて憲法を守らず変えてしまおうとする。裁判所も人間味をもってまた、政府と厳しく対決して憲法を守る立場ではなく、あまり当てに出来る状況とはいえません。民主と平和を願う日本人が主体的な役割を果たして憲法を守り生かしていくしかありません。

植木等さんのこと/山崎孝

2007-03-29 | ご投稿
植木等さんが3月27日に亡くなられました。哀悼を申し述べます。

私は植木等さんが出演されていた「名古屋嫁入り物語」のテレビ劇を見ていました。劇は嫁に出す娘の嫁入り支度に尾張三河地方の伝統的風習を守り、とても豪華な支度を調えていました。それが両親の娘に対する大きな愛情の表現でもありました。実際の社会でもトラックに何台にも積まれ、乗用車まで入っている豪華な嫁入り道具を目にしていました。私の長女が一宮の男性と結婚することになり、この嫁入り支度のことが私たちの家では問題になりました。私たちはとても結納金の何倍にも相当する嫁入り道具を用意はできないと相手の家に話して、結納金を用意しないでほしい。自分たちのお金で経済力に見合った嫁入り道具を調えたいと申し入れました。幸い了解していただきましたので、多大な支出を避けることができました。

私は植木等さんの父親が権力に反抗して治安維持法違反で投獄されたこと。そのために植木等さんが子どもときに父親の代理で檀家回りをしていたことを知り憶えていました。これらのことを再度確認しようと昨日図書館に行き植木さんの著書の「夢を食いつづけた男」を予約してきました。この想いに符牒があったのか、29日付朝日新聞「天声人語」は植木等さんのことが書いてありました。以下はその文章です。

一休さんのような少年僧が、暗い道に張られた縄に足をとられた。地面にしたたか顔を打ち付け、血が噴出す。しかし、少年は泣くこともなく寺に帰ってゆく▼「衣を着たときは、たとえ子どもでも、お坊さんなのだから、喧嘩をしてはいけません」。少年は、縄を仕掛けた連中が近くに潜んでいるのを感じたが、この母の教えを守った▼母は、血だらけで帰ってきた彼の手当てをし、抱きしめて言った。「よく辛抱したね」▼80歳で亡くなった植木等さんが『夢を食いつづけた男』(朝日文庫)に書いた、幼い頃に受けた「いじめ」と母の記憶だ。住職だった父は解放の闘士でもあった。治安維持法違反で入獄したり、各地の社会運動に出かけたりして寺に居ないため、植木さんが檀家回りをせざるを得なかった▼父・徹誠さんは後年、「スーダラ節」の「わかちゃいるけどやめられない」のくだりについて、「親鸞の教えに通じるものがある」と言ったという「人間の弱さを言い当てている」▼おだてられてその気になり、お呼びでないところに出てしまったり、あげくには、ハイそれまでよ、になってしまったり。人の弱さと浮世の切なさを、底抜けの明るさで歌い、演じた▼「無責任男」として有名になったが、根は思慮深い人だったという。いわば、世の中の「無責任」を一身に背負う責任感が、あの笑顔を支えていたのではないか。耳に残る数々の「植木節」は、戦後の昭和という時代を共にする多くの人の道連れであり、応援歌でもあった。(以上)

植木等さんは「不殺生」むやみに生き物を殺さないに通じる戒めを守りました。植木等さんは諧謔的に無責任男を演じましたが、本物の無責任さを発揮していると思えるのは現在の与党の政治家たちです。

昨年紹介した仏教の10の教え「十善戒」というのは、人間が悪いことに染まらず、善良な行いをするようにと導くのだといいます。この言葉で政治家の言動を照合してみます。

「不両舌」筋の通らないことを言わない戒めで照らしてみると、政治資金収支報告書で問題を起こした松岡勝利農相は、社会から「ハイそれまでよ」と辞任を突けつけられていますが、安倍首相もかばい本人も「無責任男」としての名を上げています。

「不悪口」乱暴な言葉を使わない戒めを、都知事再選を目指す人物(選挙期間中なので名前は伏せます)は傾聴すべきです。「不慳貪」欲深いことをしない戒めも必要かと思います。

昨年の北朝鮮のミサイル発射実験と核実験に対応して日本の政治家たちは「喧嘩をしてはいけません」とは反対の態度をとりました。ミサイル発射実験では国連加盟国で一番の強硬姿勢を取り、安保理事会で国連憲章第7章の適用を最後まで主張して、中国に拒否権を使わせることまで考えた。先制攻撃論を唱えます。核実験のときは臨検を行う米国の艦船が攻撃されたら、自衛隊は武力で支援することを主張するなどしました。国連は紛争を拡大させる態度は取らないよう国連加盟国に求めていました。政治家はたとえ民衆が論理的な思考をせず激昂しても、大局的立場に立ち国民を宥め説得すべき役割を担うものです。政治家はいわば民衆を戒める僧侶の衣を着ているのです。

「不妄語」嘘はつかない、二枚舌を使ってはならない。「不両舌」筋の通らないことを言わない戒めで照らしてみると、ワシントン・ポストからもダブルトーク(ごまかし)と指摘された安倍首相です。事前に「河野談話」見直しを了解しながら、「河野談話」を再度引き継ぐと言明をしたり、謝罪したりする。それでいて官房副長官の「河野談話」否定をたしなめる様子がありません。

公明党はつい最近の「サンデープロジェクト」の番組で、大田昭宏代表は「憲法9条は変えない。特に2項を変えることに反対」と表明しながら、3月27日には改憲に限定した国民投票法案の修正案を国会に自民党と共同提出して法案の成立を図ろうとする。自民党の改憲の狙いは憲法9条の理念をなくし、集団的自衛権行使が出来るようにして日米同盟を「血の同盟」にすることにあります。自民党の憲法の武力で国際問題を解決するなと「不殺生」の戒めに通じる理念を破棄することと公明党の国民投票法案の態度を重ね合わせて、公明党指導者の「不両舌」を公明党支持者たちは見抜いて欲しいです。「憲法9条は変えない。特に2項を変えることに反対」は私たちと同じです。言行を一致させて欲しいのです。

拉致問題も従軍慰安婦問題も現在進行形の問題/山崎孝

2007-03-28 | ご投稿
【安倍首相「拉致と慰安婦は全く別」国際批判に開き直り】(3月27日付「しんぶん赤旗」ニュース)

安倍晋三首相は26日、米紙ワシントン・ポストが、北朝鮮による拉致問題とは対照的に従軍慰安婦問題で「戦争犯罪に目をつぶっている」と首相の姿勢を厳しく批判したことについて「(拉致と慰安婦問題は)全く別の問題だ。拉致問題は現在進行形の人権の侵害だ」とのべました。

首相は「従軍慰安婦の問題は、それが続いているというわけではない」と強調する一方、拉致については「まだ日本の方々が北朝鮮に拉致されたままである、という状況が続いている」と指摘しました。国会内で記者団の質問に答えました。

この発言は、従軍慰安婦問題を「過去の問題」として切り捨てる姿勢を示したもの。日本政府は人権問題で二重基準をとっているとの国際的批判に対する開き直りであり、新たな批判は免れません。(以上)

安倍首相の「(拉致と慰安婦問題は)全く別の問題だ。拉致問題は現在進行形の人権の侵害だ」という言葉を考えてみます。たしかにまだ日本人が北朝鮮に拉致されたままである、という状況が続いています。このことは、今に生きる人間が苦しみと怒りを抱いて生きている状態があることを安倍首相は指摘しています。今に生きる人間が苦しみと怒りを抱き生きている状態という点では従軍慰安婦だった女性たちも同じです。生きている人たちの苦しみを解決しなければならないという共通の問題点を持っています。この問題を解決するには北朝鮮と交渉して拉致された人たちの状況を把握して救出をしなければいけない。過去に従軍慰安婦だった女性たちの声に耳を傾けて心を慰めなければならないということで共通しています。

従軍慰安婦問題は「現在進行形で人権・人間の尊厳を考える問題、それに関係して様々な反応が起きている現在進行形の問題」であります。当事者だった女性たちは、現在の日本政府に謝れと要求し、米国の議会がその訴えを支援して、同じ要求を現在の日本政府に要求する決議案を討議しています。議会での採決は日米の外交関係を考慮して、安倍首相の訪米の日程が終わった後に行うと言う米国側の変な配慮まで受けています。

そして、現在の日本で起きている事実として、過去の出来事を現在に生きる人がどう考え、その考えに基づいて日本の未来を担う子どもたちにその歴史をどう教えるのかで日本人の中で対立しています。一方の側は子どもには悪い影響を与えるから教えるなと主張、その主張に配慮して教科書会社は検定で問題を起こさないために教科書から従軍慰安婦問題の記述を無くしてしまっています。私は現在のドイツ人が、ナチスドイツの起こした残虐事件をしっかりと教えられても、自国に誇りを失わずヨーロッパにおいて指導性を持つ国に至っていることを考えれば、歴史は正確に教えるべき、と考えます。

従軍慰安婦問題が現在進行形の問題であることを安倍首相自身が証明しています。安倍晋三氏自身が過去に公共放送の番組内容に介入したと受け取られた事件があって、昨年はそのことが暴露されてそれに対して弁明をしています。NHKのあり方や言論の自由の問題としてNHKと朝日新聞社は激しく論争しています。NHKを訴えた団体に対して訴えた団体の主張を取り入れた判決が本年出ています。

また、自民党内に「河野官房長官談話」の見直しがあり、首相自身も初めからその見直しを了解していて見直した文章を受け取っています。最近の3月25日、下村官房副長官が民放ラジオ番組で、「従軍看護婦とか従軍記者はいたが、『従軍慰安婦』はいなかった。ただ、慰安婦がいたことは事実。親が娘を売ったということはあったと思う。だが、日本軍が関与していたわけではない」と歴代の政府の見解を否定する見解を述べています。

これらは正に現在進行形の問題です。そして拉致問題も従軍慰安婦問題も過去に起こった問題ですが、現在、拉致問題は北朝鮮政府が過去に犯した誤りを現在どのように誠実に対処するのか。従軍慰安婦問題は過去に犯した誤りを現在の日本政府がどのように誠実に対処するのかを世界の人たちが見守っているという点で共通点を持っています。この対処の仕方によって世界の人々は両国政権の指導者たちの「人間としての誠実度」「人権に対する意識度」「普遍的な人道という価値観を持っているかどうか」を評価します。安倍首相はこの視点を持たないと、民主主義の国としての指導者としての評価は受けず、ひいては日本に対する評価にもつながります。安倍首相の世界に通用する「美しい国」が造ることが出来るかどうかの資質も問われます。

品川正治さんの言葉《戦争は人や国家を狂わせる》/山崎孝

2007-03-27 | ご投稿
5月3日と4日に三重県に来ていただいて、講演をしていただくことになっている品川正治さんに触れた記事が、3月26日付朝日新聞「ニッポン 人物記/安倍政権の空気」にありました。以下、その記事の抜粋です。(一部改行を省略)

(前略)経団連会長、御手洗富士夫の持論は「国際競争力の強化、産業の引き上げ」だ。法人税率を引き下げ、労働法制を緩和してほしいと政府やし自民党に働きかけていた。銀行献金の曲折には、権力者と商売人の「越後屋・お代官さま関係が見える。

年が明けて経団連は、将来構想「希望の国、日本」を発表。「御手洗ビジョン」と呼ばれる。御手洗はこう序文に書いた。

「私は66年から89年まで米国で過ごした。アポロの月面着陸に代表される偉業から、ニューエコノミーまでの時期だ」。レーガン大統領の「強いアメリカの復興」が人々を勇気づけ、企業減税、規制改革などが空前の無栄につながる。「夢を実現する道筋を記すことが本ビジョンのねらいである」

経済成長を第一にすえる自民党幹事長中川秀直(63)の上げ潮戦略」とぴったり一致する。日の丸、君が代や憲法改正では、安倍の「美しい国」に波長を合わせた。

そんな御手洗経団連の姿に「こんなにまで政権にすり寄っていいのか異を唱える財界人がいる。品川正治(82)。経済同友会の終身幹事。「頼んだことを実現してもらおうと、おねだりしているようで見苦しいね」

一兵卒として中国戦線へ送られ、部隊は壊滅、九死に一生を得て復員した。中学教師をしたあと日本火災海上保険に入り、社長、会長に。戦争は人や国家を狂わせる。それが骨の髄までしみている。

「米国は問題を解決するのに軍事行動も辞さない。戦争を放棄した日本と価値を共有する国ではない」。レーガン政策は成長を高めはしたが、貧富の差を深刻にした。日本のめざす道ではないと品川は思う。(他の財界人に触れた部分中略)

ウシオ電機会長の牛尾治朗(76)は歴代内閣のご意見番だった。小泉時代、規制改革では宮内と、諮問会議では竹中平蔵(56)と気脈を通じた。長女は宮内の兄の三菱商事中国支社長、寛信(54)の妻。「いま表面に出ることは遠慮したい」と牛尾はいう。

旧制三高の先輩の品川は、同友会で代表幹事になった牛尾を専務理事として支えた。いま「藤原道長の心境だろうね」と冗談めかす。品川は、財界の勢いを「おごりだ」とみる。「民主導と言っても、しよせん業界の利益。経済は国民が主権者だということを忘れている」

品川の批判をどう思うか、記者会見で御手洗に聞いた。「価値観が違う人と議論しても神学論争になるだけです」(以上)

御手洗経団連会長は、66年から89年まで米国で過ごした時期のことに目を奪われていて、現在の米国の格差が拡大した姿、単独行動主義に走りイラク戦争で世界に大きく信用を落とした米国の姿、それに中南米の反新自由経済主義の姿をみず、肝心の日本の姿である企業がバブル期並みの利益を上げるのに比して、庶民にその利益が還元されていない姿、それどころか真面目に働いても生活保護の水準の賃金が受け取れない若者が多く存在する、この日本の姿を見ていません。白黒の決着のつかない神学論争ではなく、御手洗経団連会長が支持した小泉政権の行った施策の結果として社会に顕著にその現象が表れています。

品川正治さんの述べた《財界の勢いは「おごりだ」》です。

品川正治さんの述べた《「米国は問題を解決するのに軍事行動も辞さない。戦争を放棄した日本と価値を共有する国ではない」》《戦争は人や国家を狂わせる》に私は強く同感します。

品川講演会 
5月3日 午後2時 津センターパレス5階
4日 午後2時 いせトピア

安倍首相の一番痛いところを突いたワシントン・ポストの社説/山崎孝

2007-03-26 | ご投稿
【安倍首相は「ごまかし」と批判、ワシントン・ポスト社説で】(3月25日付朝日新聞ニュース)

米紙ワシントン・ポストは24日付で「安倍晋三のダブル・トーク(ごまかし)」と題する社説を載せ、拉致問題に熱心な安倍首相が従軍慰安婦問題には目をつぶっていると批判した。首相に「拉致問題で国際的な支援を求めるなら、彼は日本の犯した罪の責任を率直に認め、彼が名誉を傷つけた被害者に謝罪すべきだ」と求めている。

 同紙は、6者協議で拉致問題の進展を最重要課題とする日本政府の姿勢について「この一本調子の政策は、国内で落ち込む支持の回復のため拉致被害者を利用する安倍首相によって、高い道義性を持つ問題として描かれている」と皮肉った。拉致問題については「平壌の妨害に文句を言う権利がある」としながら「第2次大戦中に数万人の女性を拉致し、強姦し、性の奴隷としたことへの日本の責任を軽くしようとしているのは、奇妙で不快だ」と批判した。

 さらに政府が16日に決定した答弁書は、93年の河野官房長官談話を「弱めるものだ」と指摘し、歴史的な記録は「北朝鮮が日本の市民を拉致した証拠に劣らず説得力がある」と主張。首相が河野談話を後退させることは「民主主義大国の指導者として不名誉なことだ。日本政府の直接の関与を否定すれば、北朝鮮に拉致問題の回答を求める正当性を高めると考えているかもしれないが、それは逆だ」としている。(以上)

私は以前にブログで、他国の女性を従軍慰安婦にするために日本の官憲による強制性を否定しても、日本の責任は軽くならないとの意見を述べ、これは外交的には逆効果になると述べました。ワシントン・ポストは社説で「日本の責任を軽くしようとしているのは、奇妙で不快だ」と述べるに至りました。

また、同社説は「「この一本調子の政策は、国内で落ち込む支持の回復のため拉致被害者を利用する安倍首相」と述べていますが、このことに関したことを朝日新聞は3月24日付「安倍政権の研究」で触れています。以下それを紹介します。

「『左』におもねっても、安倍さんを支持していた保守的な考えの人が離れるだけです」

1月22日夜、首相公邸。ジャーナリストの桜井よしこ氏や金美齢氏ら首相の思想・信条に近い知識人が集まった。久しぶりの会合だが、厳しい直言が相次いだ。

一人が「今のままでは陳総統のようになりかねませんよ」と指摘した。台湾の陳水扁総統は中国からの独立を主張したが、再選後にその姿勢がぐらつき、支持率の低下を招いたとされた。村山談話や河野談話の継承を明言、真っ先に中韓訪問を果たした首相への「変節」批判でもあった。

首相は会合で「言われているほど変わってませんよ」と苦笑した。後日、旧知のプレーンとの電話では「耳の痛い話だった」と漏らした。

 首相周辺には「保守支持層の不満がたまっている」との報告も寄せられた。そこで表面化したのが、従軍慰安婦への軍当局の関与を認めた河野談話見直し問題だった。

 2007年度予算案の衆院通過がもつれ込んだ3月3日未明の衆院本会議場。自民党の中山泰秀衆院議員が首相に「党でまとめた提言は総理が受け取って頂けますか」とたずねると、首相は「私が受け取る。私に持ってきてくれ」と応じた。(以下略)

私は以前に、安倍晋三氏が昨年9月1日に発表した政権公約の「美しい国、日本」には「文化・伝統・自然・歴史を大切にする国」と「中国、韓国等近隣諸国との信頼関係の強化」があり、この二つの柱は、歴史の大切の仕方によっては対立すると述べました。従軍慰安婦問題でこの現象が現われてしまいました。

「『左』におもねっても、安倍さんを支持していた保守的な考えの人が離れるだけです」というような次元の問題ではなく、日本が世界の人たちから理解されるには、普遍的な歴史観を持つことが必要で、このことなしにアジアの国とは真の友好関係、ワシントン・ポストの社説が指摘した「民主主義大国の指導者として名誉」が保てないと言うことです。

これでは「美しい国」の言葉が泣きます/山崎孝

2007-03-25 | ご投稿
米軍再編特別措置法案に関する3つの報道を紹介します。

【米軍拒否は交付金なし 政府、自治体へ強気姿勢】(中日新聞ニュース)

衆院は3月23日の本会議で、在日米軍再編の関係自治体に対する交付金制度の創設を柱とする米軍再編特別措置法案の趣旨説明と質疑を行った。政府側は米軍施設を受け入れない自治体には、交付金を支給しない方針を明言。強気の姿勢が浮き彫りとなった。

同法案は米軍再編に伴って、沖縄県に集中する米軍施設や訓練を国内各地に移転することで、新たな負担が生じる自治体に交付金を支給。(1)再編計画の受け入れ(2)環境影響評価の着手(3)施設整備の着工(4)工事完了―の4段階に分けて交付金を上積みする仕組みだ。

本会議では、米軍再編問題の焦点である米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設先で、現在の移設案に反対する名護市を念頭に、野党側が「受け入れに反対の市町村は交付金支給の対象になるのか」と質問した。

これに対し、久間章生防衛相は「(交付金は基地)負担を自ら受け入れる市町村の貢献に応えるものだ。(受け入れ)反対の市町村に交付するのは法の趣旨になじまない」と述べ、名護市をけん制した。

その一方、2014年までに完了する予定の米軍再編全体にかかる日本側の総負担経費については「現在、日米両国で精査中で答えられない」と逃げの答弁に終始した。

また、今回の再編法案は10年間の特措法だが、交付金の総額がいくらになるかについても、政府は概算を示していない。日本側の費用負担額などの明示をめぐって、攻防が激化することになりそうだ。

★【米軍再編法案:衆院で審議入り】(3月23日付毎日新聞ニュース)

在日米軍再編促進特別措置法案は23日午後の衆院本会議で趣旨説明と質疑を行い、審議入りした。在日米軍再編に伴い基地負担が増える市町村への新たな交付金制度(再編交付金)などを設けるもので、政府は早期成立を目指している。

法案は2017年3月末まで10年間の時限立法で、関係市町村に再編の進ちょく状況((1)政府案の受け入れ(2)環境影響評価に着手(3)施設の着工(4)再編完了)に応じて交付される再編交付金制度と、在沖縄海兵隊のグアム移転に伴う融資などを可能とするために国際協力銀行(JBIC)の業務に特例を設けることが柱。関係市町村の公共事業などの国の補助率引き上げも可能となる。

国会審議では、60億9000万ドルに上るグアム移転の日本側負担の是非などが争点となる見込み。また、政府は米軍再編に伴う日本側負担の総額も算定できておらず、この点も議論になりそうだ。民主党は反対の方向で調整しており、国会審議の先行きは不透明だ。【山下修毅】

★【米軍再編法案審議入り/衆院本会議 赤嶺議員が撤回要求】(3月24日付「しんぶん赤旗」ニュース)

在日米軍再編促進法案の審議が二十三日、衆院本会議で始まりました。質問に立った日本共産党の赤嶺政賢議員は、米国の先制攻撃戦略に日本を深く組み込むなど再編計画の危険を指摘し、「計画そのものを撤回すべきであり、その推進のための法案など、もってのほかだ」と批判しました。

法案は、在沖縄海兵隊のグアム移転費を日本側が負担するための措置とともに、在日米軍再編の対象になっている基地を抱える市町村に「再編交付金」を交付する仕組みなどをつくるものです。

赤嶺氏は、政府のいう「沖縄の負担軽減」どころか、負担押しつけが次々と進んでいる実態を告発。そのうえで、グアム移転計画に関連し、▽米軍の「撤退」費を負担した国際的な例も、法的根拠もない▽在沖縄海兵隊の移転は、グアムの米軍基地増強の一部を担うものにほかならない―ことなどを追及しました。

このなかで、沖縄の米軍基地が、米軍占領下に銃剣とブルドーザーによって住民の土地を強奪してつくられたことを示し、「強奪した土地から引きあげる米軍の『撤退』場所の確保まで日本の税金でみるなど、許されない」と批判しました。

さらに再編計画を受け入れた自治体だけに交付する「再編交付金」について、「地方をカネの力でねじ伏せるものだ」と批判しました。

麻生太郎外相は、米軍の国外移転費を負担した国際的な事例について「把握していない」と述べ、前例がないことを認めました。また、グアム移転費の日本側負担について「安保条約や地位協定の適用となるものではない」「財政法上、明示的に禁じる規定はない」と述べ、法的根拠を示せませんでした。(以上)

米軍再編特別措置法案に関して政府の政治姿勢のひどさが浮き彫りになっています。

グアム移転費の日本側負担について「安保条約や地位協定の適用となるものではない」「財政法上、明示的に禁じる規定はない」と述べ、法的根拠を示せません。米軍の国外移転費を負担した国際的な事例について「把握していない」と述べ、国際社会では前例がないことを認める。このことは法律に基づかない米国への恣意的な配慮によることを物語っています。日米両政府は世界に向かって共通の価値観として「法による支配」を挙げていますが、自らはこの体たらくです。

2014年までに完了する予定の米軍再編全体にかかる日本側の総負担経費については「現在、日米両国で精査中で答えられない」と日本の負担総額が明らかになっていない。

政府側は米軍施設を受け入れない自治体には、交付金を支給しない方針を明言して、自治体が米軍の基地機能強化を受いれるように圧力をかける。

安倍首相は「美しい国」に作るには、民族としての誇りが大切だとしています。しかし、米軍再編特別措置法案に関する政府の態度は、日本人に誇りを持たせることはとても困難です。この政府の態度では、安倍首相の唱える「美しい国」の言葉が泣きます。

安倍首相は戦後体制からの脱却を唱えていますが、そうであるならば、戦後から一貫なして歴代政府が取ってきた対米従属の姿勢は、世界の人たちから物笑いになっていて、先の首相は飼い主に尻尾をふる「ポチ」などと揶揄されてしまっています。この悪癖こそ脱却しなければならないのです。このことをほっておいて世界の人たちからも評価されている憲法を変えることは本末転倒なのです。

城山三郎さんの言葉/山崎孝

2007-03-24 | ご投稿
城山三郎さんが3月22日に亡くなられました。私が持っている城山三郎さんの著書「指揮官たちの特攻/幸福は花びらのごとく」には「戦争を書くのはつらい。書き残さないのは、もっとつらい。今はただ、鎮魂の思いだ」と記しています。

1945年8月15日、第五航空艦隊指令長官 宇垣纏中将は、海軍総隊司令長官から「対ソ及び対沖縄積極攻撃中止」の命令を受けていたのにもかかわらず、中津留大尉に特攻攻撃を命じ、宇垣纏中将も攻撃隊に加わった。中津留大尉は海軍総隊司令長官の攻撃中止命令を知らないまま、理不尽な命令により出撃することになります。

「指揮官たちの特攻」の中で城山三郎さんは次のように書いています。

(前略・改行省略)大分からの機中、宇垣と中津留との間に伝声管を通して、どんな会話があったのか、わからない。ただ、敵機も敵艦船の姿が全く無いことから、中津留は疑問を感じ、その結果、戦争が終わり、「積極攻撃中止」命令が出ていたことを知る。同時に宇垣も考え直し、キャンプ突入を止めさせたとの推理も成り立つが、そうであれば、危険を冒してまで接近する必要は無い。そのとき、天地の暗闇の中で、ただ一ヶ所、煌々と明かりがついた泊地が見えてきた。泊地は、中津留隊の第4の攻撃目標であり、宇垣は突入を命ずる。もはや議論の余裕は無く、中津留は突入電を打たせ、突入すると見せて、寸前、左へ旋回する。突入が普通より長かったという司令部通信部室の証言が、それを裏付ける。編隊での高等飛行で中津留に鍛え上げられた部下は、指揮官機の意図を瞬間に読み取り、もはや方向を変える余裕の無いまま、機を引き起こし、キャンプの先へ――というのが、現地に立っての私の感想である。(中略)泊地が、第4の攻撃目標ということで特攻機が2機続けて突っ込んでいたら――。断交の通告無しに真珠湾を攻撃した日本は、今度は戦争終結後に沖縄の米軍基地へ突入したことになる。騙まし討ちに始り、騙まし討ちに終わる日本は、世界中の非難を浴び、軍はもちろん、あれほど護持しようとした皇室もまた吹き飛ぶことになったかも知れない。(引用以上)

城山三郎さんは、中津留大尉のお墓をお参りした時の情景と思いを記しています。(前略・改行省略)《まわりには様々な花が咲き、鶯、目白、ひよどりなどが、高く低く鳴き続けていた。七十余年を生きてきた私は、そうした中に立っていて、ふと思った。二十歳前後までの人生の幸福とは、花びらのように可愛く、また、はかない。その一方、かけがえのない人を失った悲しみは強く、また永い。花びらのような幸福は、花びらよりも早く散り、枯れ枝の悲しみだけが永く永く残る。それが、戦争というものではなかろうか――と。(以下略)》

3月24日の「天声人語」は城山三郎さんを取り上げて最後の部分は次のように記しています。▼「旗」という詩がある。「旗振るな/旗を振らすな/旗伏せろ/旗たため/……ひとみなひとり/ひとりには/ひとつの命」(城山三郎全集 新潮社)▼旗一つで人をあおり、絡めとるようにみえる組織的な動きには、死の直前まで反対の声をあげ続けた。「戦争で得たものものは憲法だけだ」とも述べたともいう。それが、城山さんを貫く思いであり、書き残そうとしてきたことの本質だったのかも知れない。(以上)

城山三郎さんは戦死者を「ひとりには/ひとつの命」という視点で見つめています。戦死者を賛美して、再び国家のために命を捧げることを求める方向の政治を行う立場とは正反対です。

城山三郎さんは「戦争で得たものものは憲法だけだ」と述べていますが、憲法は日本が世界に向かって宣言した「不戦の誓い」であり、世界と日本で生きる人たちの一人一人の命を大切にするとした理念です。憲法を守り生かすことは、組織的に命が失われることを防ごうとすることと密接に結びつきます。

リバイバル 二題/山崎孝

2007-03-23 | ご投稿
今までのブログで述べたことと重複したところがありますが、再度、ブログに書かせていただきます。

★「イラク特措法」延長反対69%が意味するもの

朝日新聞社が3月に行った全国世論調査の結果は、イラク戦争を正しかったと思う人12%、正しくなかったと思う人75%です。「イラク特措法」の延長は、賛成19%、反対69%です。これは護憲の立場には有利な情報です。

安倍首相は「個別具体例が憲法の禁じる集団的自衛権の行使にあたるかどうかの研究」の研究例として「サマワで一緒に活動する英豪軍に攻撃があった場合に(自衛隊が)駆け付けること」を挙げています。

自民党の改憲は、安倍首相の集団的自衛権の研究例で明らかなように、国連決議のない場合の米国の有志連合に参加して、自衛隊(自衛軍)は海外の戦闘地域で活動し武力行動を可能にすることです。このことを国民に広く認識させることが出来れば、国民が法律の持つ意味を理解して「イラク特措法」延長が反対69%となったように、国民投票で改憲を阻止できる可能性を大きく示しています。国民に広く認識させる取り組み如何にかかっています。道理は憲法を守り生かす立場の人にあります。

★半藤一利氏の「自由と平和の新しい国柄」について

3月22日付朝日新聞紙上で米国エール大学 ポール・ケネディー教授は《スウェーデンやカナダのような国も、自国の基準で国連活動に参加している。イエスとノーを場合によって使い分ける「実用的な国際主義」が日本の参考になる》と述べています。

半藤一利氏は「9条メールマガジン」の「この人に聞きたい」第2回で、戦後日本は国家目標を自由と平和いう国柄にした、これをもっと大事にする。戦争をしていない日本ほど国際紛争の調停に適した国はない、という考えを述べています。

「自由と平和の新しい国柄」はもちろん現行憲法の理念です。これがポール・ケネディー教授の述べた“自国の基準での国連活動”だと思います。「イエスとノーを場合によって使い分ける」ことをしないために、「平和時の非同盟と戦時の中立」を国是としたスウェーデンのように国際紛争の調停が出来ません。

安倍首相は戦後体制からの脱却を唱え、国是の転換を目指しますが、国連よりも米国が大事という“自民党の戦後からの考えからの脱却”はしません。改憲して転換された国是で、集団的自衛権の行使が出来れば、2005年2月、日米安全保障協議委員会で「国際平和協力活動などで日米のパートナーシップを更に強化する」と日本政府が約束し、その時に米国防長官から言われた、「国際平和協力活動は、血を流してこそ尊いものになる」に違いありません。

安倍首相は、イラク戦争は正しいといまだに言っていますから、米国のイラク戦争に協力することが「国際平和協力活動」となるでしょう。

米国エール大学 ポール・ケネディー教授の言葉/山崎孝

2007-03-22 | ご投稿
朝日新聞3月22日「オピニオン」欄「新戦略を求めて」という紙面で、米国エール大学 ポール・ケネディー教授は次のように述べています。

(前略)歴史の古傷は容易には消えない。だが、1945年の時点で、ドイツとフランスが和解できるとは誰も信じていなかった。日本の指導者が、中国と和解せずに常任理事国入りを実現できると考えているなら、馬鹿げている。

日本が自国の国益に照らして国連に選択的な姿勢になるのは当然だ。中国とインドが台頭すれば、米国も欧州も相対的に地位は低下する。だが繁栄する民主主義国で、相対的な地位を気にかける必要があるだろうか。大国だけでなく、スウェーデンやカナダのような国も、自国の基準で国連活動に参加している。イエスとノーを場合によって使い分ける「実用的な国際主義」が日本の参考になる。(以下略)

ポール・ケネディー教授が、自国の基準で国連活動に国連に参加し、イエスとノーを場合によって使い分けるとことを、日本の参考として挙げたことは、日本がそのようにしていないと言う証左になります。

国連に参加する日本の基準とは、むろん戦後の国のあり方を決めた憲法です。とりわけ、国際紛争を武力の威嚇や武力の行使で解決してはならないという基準です。そして、真の平和協力活動や人道支援活動に取り組み国際社会で名誉ある地位を築くという基準です。

隣国の中国や韓国などと友好関係を保つには、歴史の改ざんを行わないことが基本となります。最近は米国との関係でもこのことは大切になってきています。