いせ九条の会

「いせ九条の会」の投稿用ブログです(原稿募集中)。
会の趣旨に賛同される方、メールでご投稿ください。

ジレンマを抱え込んだまま越年する安倍首相/山崎孝

2006-12-30 | ご投稿
私は以前に、安倍晋三氏が9月1日に発表した政権公約の中の「文化・伝統・自然・歴史を大切にする国」と「中国、韓国等近隣諸国との信頼関係の強化」は、“歴史を大切にする仕方”によっては、対立する関係になると述べました。安倍氏は首相になってからは周知のように、自らの自虐史観批判を封印して、今までの政府見解を踏襲することを明らかにして、中国と韓国との首脳会談の実現が出来ました。この言動に対して従来から安倍氏の歴史観を支持してきた勢力の不満が高まっていることなどを指摘した報道があります。(12月29日「しんぶん赤旗」ニュースより)

【あいまい戦略とアジア外交 安倍政権 米と財界は歓迎するが】

 支持率低下に頭を痛める安倍政権にとって唯一のプラス材料といわれるのがアジア外交です。しかし、アメリカには歓迎される一方、政権のコア(堅い)支持層は――。

 「安倍首相はリスクの大きな選択をした。日中首脳会談の実現まではよいとして、来年は厳しい局面がくる。参院選後にはコアの支持層の突き上げがきつくなる。棚上げした靖国問題の決着を迫られる」。首相に近い自民党国会議員はこう指摘します。

 安倍氏が、靖国神社に参拝するともしないとも明言しない形でこぎつけた日中首脳会談。安倍氏を支持してきた日本会議など右派保守層に不満がくすぶっています。

 安倍首相は、首相就任以前、対中強硬論者の中心で、「対中国原理主義者」といわれました。九月の自民党総裁選で、「中国が軍国主義者と一般国民を分ける認識を示したことは事実だが、日本は合意していない」と発言、一九七二年の日中国交正常化の原点を否定してみせたものです。

 しかし日中国交正常化は、日本が侵略戦争の責任と反省を表明、中国が戦争責任は一部の戦争指導者にあり、一般の日本国民も被害者だったとして賠償請求を放棄して実現しました。

 ある国際政治学者は安倍氏について「発展する中国を認めたくなく、反発と警戒心が先に立つ。日本が一方的に譲歩を強いられているとの思いから中国への対抗心をかき立てる。歴史認識、アジア観の根底にそれがある」と指摘します。

 次期首相が確実視されていた安倍氏の発言がメディアを動かし、右派論客、右派保守層が呼応して排外的ナショナリズムを増幅してきました。

 しかし首相就任後、中国と戦略的互恵関係を打ち出した安倍首相。靖国参拝をすれば自身の外交成果を台無しにしてしまうというジレンマを抱え込んでいます。

 安倍政権成立の内外要因が、アジア外交を拘束しています。

 安倍首相の転換について韓国の知日派の一人、陳昌洙・世宗研究所日本研究センター長は十一月下旬、都内での講演でこういいました。「小泉首相の構造改革を引き継いだ国内政治で点数を得るところはなく、アジア外交でしかポイントをあげることはできない」

 小泉政権で行き詰まったアジアとの関係改善は、日本財界の強い意向でもあります。「日中首脳会談をやったことで、安倍政権の役割の半分は終わった」。財界からはこんな声が漏れてきます。

 アメリカのブッシュ政権は安倍政権発足に強い影響を与えました。靖国参拝問題で緊張関係がつづく日中関係でアメリカは何をするべきか。九月中旬、安倍首相と親しいマイケル・グリーン前米国家安全保障会議アジア上級部長が米国議会で証言しました。(1)日中関係の険悪化は、米国の利益にならないことを明確にする(2)日本に米国の対中戦略を説明し、理解を得る――。

 中国・アジアの安定と発展はアメリカの国益に直結しています。北朝鮮問題や東アジア共同体構想などを抱えるアジアで信頼されていないアメリカにとって、日本はアメリカのアジア戦略の土台です。

 今月はじめ、ニューヨーク。アーミテージ元国務副長官は講演でいいました。アメリカにとって日本が重要なのは「価値観を共有しているからだ」。アメリカのアジア戦略に沿って始動した安倍・アジア外交への評価です。(以上)

安倍政権を支えるために自らが選任した、中川秀直自民党幹事長と中川昭一自民党政調会長の“政策面を仕切る主導権争い・さやあて”があると報道されています。そして、マスメディアは小泉前政権の政策の負の部分もよく取り上げ、庶民は肌で負の部分を感じるようになっています。安倍政権は小泉前政権の経済政策を継承していこうとしていますが、これもジレンマの一つではないかと思います。

安倍政権は、衆院議員選挙で圧勝した小泉前政権からの余勢に乗って教育基本法の改定し、防衛庁を「省」に昇格させ、イラクの米軍を支援する自衛隊の海外活動まで本来任務にしてしまいました。

しかし、安倍政権は劇場型政治の演出に成功はしていません。国民の多数が政権党の政策に付和雷同をしていないこの機を生かして、平和憲法を守る運動を進めていかなければと思います。

前回に紹介しましたようにベートーヴェンは、「内の平和」は心の平和である。「外の平和」は自分の外部の、つまり社会の平和である。その二つは別のものではありえない。心の安らぎは、社会の平和がなくてはありえない。もし心の救いを求めるならば、それをとりまく社会の平和も一緒に実現するのではなくてはならない、と考えました。

先覚的な人々は、平和を破壊する政府の政策が決定される前から、想像力を働かせ危険を感じて自身の心の平穏を失い始めますが、多数の庶民は自分の肌で感ずるようになると、政府の政策が変だと「外の平和」の大切さを気づくケースが多いです。これでは遅すぎます。

NHKの番組で、脚本家が戦時中の日本の状況を丁寧に描きたかったと言われた「純情きらり」でも、1931年の満州事変、1937年の盧溝橋事件の頃は、社会の状況はまだ穏やかに描かれています。日中戦争が泥沼に陥る時代になると、主人公の周辺で出征兵士を見送る情景がよく描かれるようになり、太平洋戦争が始まると、極端な物資の不足と空襲の状況が描かれ、社会の平穏と多数の日本人の心の平穏を失っていきます。

米国のイラク戦争では、戦争を始めた当初は愛国心の熱気に包まれて米国人の多数、大半のマスメディアまでイラク戦争を支持しました。しかし、戦争が泥沼にはまると米兵の戦死者の増加やハリケーンの襲来で露呈した戦争政策の影響で、米国人の心の平穏は奪われました。複数の有力な米紙は、打ち鳴らされる戦争の銅鑼の音に政府のイラク政策への疑問がかき消されてしまったと反省をしました。

現在の日本人は憲法を変えることは、今年の朝日新聞の世論調査では、変えることには賛成する人も憲法9条を変えることには反対しています。12月24日の「いせ九条の会」の憲法を守る賛同署名でも、私たちが訪問した家の半数は憲法を守る立場を表明しました。このように憲法の平和理念はまだ失われていません。

追伸 私の本年のブログへの投稿は終わりたいと思います。皆様が良いお年を迎えられることを祈念いたします。

ベートーヴェンの平等と平和思想/山崎孝

2006-12-29 | ご投稿
日本各地で12月に演奏され、歌われる古典音楽の曲にベートーヴェンの「第9交響曲」があります。この曲は私も経験がありますが、窮境の中に陥った人に限りない勇気を与える音楽だと思います。

ベートーヴェンの逸話で有名なのは、ベートーヴェンはナポレオンが登場すると、彼こそが理想の政治を実現してくれる英雄だと思い、交響曲第3番「英雄」を作曲し贈ろうとしました。しかし、ナポレオンが皇帝の位に就いたため失望しました。しかし、理想的な社会を実現するために、人々を鼓舞する音楽を作ることは諦めませんでした。

ベートーヴェンは、大学でフランスの啓蒙思想に刺激を受け、音楽を通じてヒューマニストの使命を果たそうと決意したと言われています。

理想的な社会とは、人はみな平等で兄弟みたいになること、議会政治、民主制度、国民主権でした。

ベートーヴェンは、出来る限り良い行いをして、自由を愛し、真実を愛し、そして、たとえ権力者の前にあっても、真実を否定しないこと、馬鹿げた野心のために、友人や家族を傷つけてはならないと言う信条を持っていたと言われています。

ベートーヴェンの会話帖(註、ベートーヴェンは耳が聞こえなくなり、相手と会話するときに会話帖を用いた。その会話帖が残されている)のことを書いた山根銀二さんは、「ミサ・ソレニムス」の楽譜の上部に書かれた《内と外の平和を求める願い》について次のように解説しています。

《「内の平和」は心の平和である。平安と訳されてもよいものである。「外の平和」は自分の外部の、つまり社会の平和である。その二つは別のものではありえない。心の安らぎは、社会の平和がなくてはありえない。もし心の救いを求めるならば、それをとりまく社会の平和も一緒に実現するのではなくてはならない。ベートーヴェンにあっては、人民の自由を求める要求を蹂躙し血の弾圧をほしいままにしているメッテルニヒ体制の暴虐を打破し、平和の実現以外には、心の救いがないわけであった。神に平伏して憐れんでもらうことによってでなく、神に対して、心の平和の条件である外の平和を与えよと要求する、というのがこの言葉の意味だし、このところにこの言葉を掲げた意義でもある。(以下略)》(「孤独の対話」より)

ベートーヴェンは社会の自由と芸術の自由とは分離できないという考えでした。

ベートーヴェンの「第9交響曲」は、人はみな兄弟と歌い、理想をうたう音楽、人々を鼓舞する音楽ですが、人々を鼓舞することが悪用されてヒトラーに利用されてしまっています。戦後は、EUの歌、国連の歌にもなりましたが、人種隔離政策を行うローデシアの国の歌になったりしています。このことからいえることは、私たちがまやかしの理念を事実に照らして見抜かなければならないことを教えています。

(ベートーヴェンに関するNHKの番組も参考にしています)

6カ国協議「積極的意義があった」/山崎孝

2006-12-28 | ご投稿
【原則的立場で各国が対立 胡主席、河野議長と会談】(12月27日付け中日新聞ニュース)

【北京26日共同】中国の胡錦濤国家主席は26日、先に休会した北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議について「各国に原則的な立場の違いがあり、実質的な成果を挙げられなかった」と述べるとともに「米国と北朝鮮の双方が柔軟性を発揮することが重要」と米朝に譲歩を促した。中国訪問中の河野洋平衆院議長と北京の人民大会堂で会談し語った。日本側が会談後、明らかにした。

中国の最高指導者が各国に原則的な相違があると認めたことは、北朝鮮核問題の厳しさをあらためて示したといえる。

一方で、今回の協議では朝鮮半島の非核化や対話による解決、昨年9月の共同声明の履行で一致したとして「積極的意義があった」と評価、解決に向け「日本とともに努力していきたい」と述べた。(以上)

12月26付け朝日新聞記事には、中国の唐家璇国務委員は、訪中した河野洋平衆院議長に対して、北朝鮮側は「米国が金融制裁を解除すれば寧辺の核施設を廃棄してもいい」との譲歩を示していたことを明らかにしています。

12月25付け朝日新聞記事は、ヒル国務次官補は、23日、6者協議自体の有用性に疑問の声が出ていることについて「別の道があるとは思えない。6者協議の軸に中国が入っていることは非常に重要で、国連安保理での中国の支持にもつながっている。まだ、6者協議を諦めるべきだと思わない。今でも最善の道だ」と語ったことを報道しています。

東アジアの平和と安定は、日米同盟を強化していく方向では獲得できません。米国が北朝鮮の安全を保証し、北朝鮮は核武装を放棄するとした昨年の9月、6カ国協議の合意を来年は具体的な形で実行してほしいと思います。

繰り返して述べることになりますが、2006年の出来事で、改憲を主張する論拠を検証してみます。

北朝鮮のミサイル発射、それに続く核実験に対して、国連は経済制裁北朝鮮に圧力をかけました。しかし、同時に国連加盟国に対して紛争を拡大させる行為をしてはならないとし、軍事的制裁を排除して、東アジアの平和と安定を図る道を6カ国協議に委ねました。レバノン紛争決議は直ちに停戦を求め、イラン制裁決議は武力制裁を排除しました。

国際紛争を武力で解決しないとした日本国憲法の理念の正当性・合理性を証明しています。6カ国協議が成功すれば、北朝鮮の脅威を口実にして世論を改憲に導こうとする論拠は大きくリアリティーを失います。

安倍首相は、自らの自虐史観批判を封印して中国訪問した際、《国際的課題も含め日中の共通利益を追求する「戦略的互恵」の構築を提案し、胡主席も賛同》しています。これを見れば中国の脅威を根拠にした改憲論も打撃を受けています。安倍首相は極めて矛盾する政策を取っています。アジアの国を仮想敵国に想定してそれを根拠に日米同盟を強化する方向と、中国との「戦略的互恵」との方向は、論理において矛盾しています。

2006年6月の「新世紀の日米同盟」に記された、自由、民主主義、市場経済、法の支配、人間の尊厳及び人権といった価値観を共有」して、米国の戦略に日本が協力していく考え方、また、安倍晋三首相が11月18日、米国のブッシュ大統領との首脳会談で確認した「北朝鮮やテロ、イラクなどいろいろな困難があるが、日米同盟を地域と世界の平和、安定のために活用することで一致した」の考え方は、今日のイラクやアフガニスタンの状況を見れば、日米同盟を世界の平和と安定に活用するために自衛隊をこれらの戦争に加担させた政策は破綻をきたしています。

安倍首相が国会で述べた「PKO(国連平和維持活動)の際に、一緒に作業している外国部隊は攻撃された時に救出することが憲法に反するのか」という主張も、PKOの紛争当事者間の停戦合意が原則、偶発的な衝突が起きたときは自衛が原則、非軍事的分野への参加があることを見れば、PKOには集団的自衛権行使が不可欠の条件ではありません。かように国際貢献を口実にした改憲論も根拠がありません。

対話による東アジアの平和と安定を目指す6カ国協議は、日本国憲法の理念と一致しています。

靖国神社「遊就舘」歴史記述を一部変更/山崎孝

2006-12-27 | ご投稿
(12月27日付け朝日新聞記事より) 
靖国神社(南部利昭宮司)は26日、境内の戦争博物館「遊就館」の展示パネルの歴史記述の修正作業を始めた。予定していた日米開戦をめぐる記述の変更に加え、新たに満州事変や日中戦争など中国についての展示も切り替える。年末まで臨時休館し、1月1日から新展示を公開する。

 館内にある「日露戦争から満州事変」「満州の歴史」「支那事変」 「ヒトラー」「スターリン」「ルーズベルト」「日米交渉」の7パネルを変更する。

 41年12月8日の日米開戦については、「(ルーズベルト米大統領が)資源に乏しい日本を、禁輸で追いつめて開戦を強要」と米側の責任を強調した従来の表現を削除する。代わりに、米国の陸軍長官だったスチムソンの日記などを展示し、米側に「開戦の意図」があったことを示すという。

 外国人の来館者向けに天皇の「開戦の詔書」を新たに英文で展示し、当時の日本の立場への理解を求める。従来の日米開戦の記述については米国からも批判が出ていた。

 展示見直しを担当する永江太郎・元防衛庁防衛研究所主任研究官は「誤解を与えないよう、史料をもって語らせるようにした」という。

 中国記述の変更点については、神社広報課は「公開までは明らかにできない」。関係者は「遊就館の展示は、自虐史観に対抗する狙いがあったものの行き過ぎて他国に対して攻撃的な表現もあった。その点を和らげたい」と説明する。ただ、「侵略戦争」とは認めない方針だ。

 遊就館は戦没兵士をたたえる顕彰施設。戊辰戦争や日滞戦争、太平洋戦争など、近代以降の日本の戦争の歴史を解説している。来年の開館5周年に向け、今後も見直しを進める。(以上)

靖国神社「遊就舘」の歴史記述の変更は、自民党の姿勢である米国に対しては、米国を刺激しないようにナショナリズムを抑制する。しかし、中国に対しては基本的にはナショナリズムで対抗していく、という基本路線に歩み寄ったと言えます。

1931年の満州事変からの戦争は、日本の中国への占領支配が拡大して行き、この政策がやがて米国の利害と対立して日米開戦に至っています。日中戦争を史実に基づいて記述しない限り、正確な歴史の記述とは言えません。

靖国神社の思想は戦死者を賛美するものです。戦死者は戦争政策の犠牲者であり、この立場で戦死者を追悼することが、戦争の歴史に学んだ戦死者の尊い犠牲とすることであり、日本と世界の平和にとっても大切な心だと思います。

参考 2006年12月26日の朝日新聞「声」欄に掲載されていた大阪市の女性の文章

【息子の彼女に「許してくれ」】 息子の彼女が家に遊びに来た。中国人だが、日本語は話せる。家族一同が出迎えた時、87歳になる爺さんが黄ばんだ写真を片手にかけ寄っていき、驚く彼女に語りかけた。

これはワシの友人で、戦時中に南京で一般人を処刑する役に選ばれましてん。問答無用で、やりをつかまされ、銃口がこいつに向けられた。殺さなければ自分の命が危ない。

 気も狂わんばかりに雄たけびを上げ、気がついたら血まみれの人が倒れていて、上官から「これでお前も日本男児や」と言われたそうだ。彼はそれから心の病で日本へ帰ってきて、ほどなく死にましたわ。

 ワシは3年たって赤紙が来た。「殺したない」という彼の言葉が頭の中をかけ回った。でも戦争に行かんと家族は非国民、ワシは銃殺。行かな仕方なかった。

お嬢さん、どうか許しておくれ。

彼女は写真に手を合わせてくれた。感無量であった。爺さんは「これで、友への手紙ができた」。

 私は娘として母として、申し訳ない気持ちを彼女に目で合図するのが精いっぱいであった。

永六輔さんのこと/山崎孝

2006-12-26 | ご投稿
永六輔さんが歌詞を書いた歌に「見上げてごらん夜の星を」があります。歌詞の一部を紹介します。(1963年作)

見上げてごらん夜の星を/小さな星の 小さな光が/ささやかな幸せをうたっている/見上げてごらん夜の星を/ボクらのように名もない星が/ささやかな幸せを祈っている

日本の現在の社会をマスメディアは「勝ち組」とか「負け組み」とかに、日本人の人生を別けたがっているようです。しかし、多くの庶民が願うのは、自分なりのささやかな幸せではないかと思います。しかし、現在の自民党の政治、力ある者には更に手を貸し、力の弱い者に更に負担を増やす、労働市場を荒廃させ、若者に人生の夢を与えることが出来ない政治では、このささやかな幸せさえ手に入れるのは、とても困難な状況にあります。

「現実的な戦地」と言われるイラクに派遣された航空自衛隊員の中には、新婚家庭の隊員、定年間近の隊員さえいました。イラクに派遣されている自衛隊員の無事を祈り、このような政策を政府は止めて欲しいと思います。

永六輔さんは、芸人は破滅的で反抗的でなければと思っています。60年安保では、ラジオの台本が締め切り日までに仕上がっていないのに、仕事を放り出してデモに参加して、台本担当者に安保のデモと仕事とどちらが大事だと問われて、デモだと答えて番組をおろされたり、国鉄がスポンサーの「遠くへ行きたい」を出演していながら、国鉄民営化に反対したりしています。

永六輔さんは、作詞を止めた時があります。その理由を、ヒット曲が結構で多く出て印税が入ってくる。そうすると自分が自分でいられなくなるという不安が募ってきた。決定的だったのは、シンガーソングライターが登場してきて、反体制のフォークソングが生まれた。ジョーン・バエズが「私はアメリカの軍事費のための税金は払わない」と言ったことが腹にズシンときたことなどを挙げています。

永六輔さんが1974年に書いた「生きているということは」の歌詞を紹介します。

生きているということは/誰かに借りをつくること/生きていくということは/その借りを返していくこと/誰かに借りたら誰かに返そう/誰かにそうして貰ったように/誰かにそうしてあげよう

生きていくということは/誰かと手をつなぐこと/つないだ手のぬくもりを/忘れないでいること

めぐり逢い愛しあいやがて別れの日/その時に悔やまないように/今日を明日を生きよう

人は一人で生きていけない/誰も一人では歩いてゆけない(以下略)

(参考図書 永六輔と矢崎泰久の対談集「上を向いて歌おう」―昭和歌謡の自分史 飛鳥新社刊行)

安倍内閣の政治姿勢を露出させた2007年度政府予算案/山崎孝

2006-12-25 | ご投稿
12月24日、2007年度政府予算案を閣議決定しました。その特徴を述べた朝日新聞12月25日付け記事【安倍カラー】という見出しの部分を抜粋します。

安倍カラーが出たのが「成長重視路線」に沿った企業優遇の配分だ。国際競争力を高めるため、今も好調な企業部門を一段と押し上げようとしている。

科学技術振興費は1・1%増の1・3兆円。中小企業対策費は0・6%増の1625億円と3年ぶりに増加させた。税制改正でも、07年度分減税総額4220億円(平年ベースで約1兆円)のうち、減価償却制度の見直しによる企業減税が95%占める。

家計には景気拡大の恩恵がさほど回っておらず、すでに所得税増税(定率減税の廃止)で1・1兆円の負担増も決まっている。今回も企業部門に比べ恩恵は薄い。(以下略)

本年は米軍再編に伴う多大な費用が問題になりましたが、その費用の負担に関しての報道を紹介します。(12月23日付け「しんぶん赤旗」のニュースより)

【米軍再編費「GNP1%」の枠外 際限ない拡大に道開く】

 財務省が防衛庁に内示した二〇〇七年度「防衛関係費」予算で、新たに導入した米軍再編経費を従来の「防衛関係費」と「別枠」扱いにするしくみが、いくら米軍再編経費を増やしても、政府の軍事費を国民総生産(GNP)1%以内に抑えるという原則が適用されず、際限のない軍拡に道を開くものであることが明らかになりました。

 GNP1%枠は一九七六年十一月、当時の三木内閣が軍事費の際限のない増額への批判をうけ、「当該年度の国民総生産の百分の一に相当する額を超えない」と決定したものです。国防会議(当時)と閣議で決定されたこの方針は、1%を0・006ポイント超えた一九八九年度を例外として、一貫して守られています。

 しかし、この決定の対象とされているのは、自衛隊経費と米軍「思いやり」経費を内容とする従来の「防衛関係費」だけです。これとは「別枠」とされた沖縄県内の米軍基地たらい回しのためのSACO(沖縄にかんする特別行動委員会)経費は対象にされていません。

 米軍再編経費も対象外となります。防衛庁も本紙の問い合わせに、「1%枠外」と認めています。

 米軍再編経費は初年度にあたる〇七年度予算案では七十二億円にとどまっていますが、十年間で三兆円にものぼります。一年間で数千億円ということもありえます。

 「別枠」方式は、安倍内閣が1%枠原則にとらわれずに、米軍のために巨額をひねりだすしくみになります。軍事費の総額は対国民総生産比1%を超えることになり、国民生活予算をますます圧迫することになります。(以上)

経団連の来年1月1日に発表する「御手洗ビジョン」の骨子は、朝日新聞の報道によりますと、イノベーション(技術革新)の推進、法人税実効税率の10%引き下げ、11年度までに消費税率2%引き上げ、10年代初頭までに憲法改正、愛国心に根ざす公徳心、政治寄付を拡大するための法改正などがうたわれています。

これを見れば、安倍内閣の政治姿勢と同一方向のもので、閣議決定の予算案には、参議院選挙を考えて消費税率の引き上げはありませんが、選挙が終われば着手することは明らかです。

自民党の憲法改定の方向は、庶民より企業の利益を重視する財政政策と不離一体のものであることです。米国に追従をしながらも、国家主義の方向に歩もうとする極めて矛盾した考え方になっています。

「中央即応連隊」を予算化する/山崎孝

2006-12-24 | ご投稿
「中央即応連隊」を予算化する/山崎孝

私は防衛庁「省」昇格法案が国会で成立したときに、自衛隊の海外派遣を迅速に行える部隊編成に取り組んでいることを述べました。それに関する詳しい報道がされていますので紹介します。

【陸自に「中央即応連隊」 07年度予算案 海外派兵の実戦部隊】(12月23日「しんぶん赤旗」ニュースより)

 二〇〇七年度政府予算案で、陸上自衛隊の「中央即応連隊」の新設が二十二日までに認められました。同連隊は、臨時国会において成立した「防衛省」法で本来任務(主要任務)とされた海外派兵に迅速対処するための実戦部隊です。

 防衛庁の計画では、約七百人の規模で、栃木県の宇都宮駐屯地に〇七年度中に配置します。

 同連隊の役割について、防衛庁は「国際平和協力活動等に迅速に対処すること」を挙げており、海外派兵を中心任務とした即応部隊です。

 陸自の海外派兵に関する計画・訓練・指揮を一元的に実施する中央即応集団司令部のもとに置かれます。

 同集団司令部は、当面は朝霞駐屯地(東京都、埼玉県)に設置することになっていますが、在日米軍再編の日米合意で、一二年度までに米陸軍キャンプ座間(神奈川県)に移設される計画です。〇七年度予算の財務省原案には、移設のための調査費約七百万円も盛り込まれています。

 また、来年一月に移行する「防衛省」の中枢・防衛政策局に「日米防衛協力課」「国際政策課」や、長期的な軍事戦略の検討を担う「戦略企画室」を新設することも認められました。省移行に伴い、日米軍事協力と海外派兵を含めた政策立案能力の強化をはかるのが狙いです。(以上)

防衛庁は「国際平和協力活動等に迅速に対処すること」を挙げていますが、国連平和維持活動が主目的ではないことは、同集団司令部が在日米軍再編の日米合意で、12年度までに米陸軍キャンプ座間に移設される計画を見れば明らかです。

10月11日、安倍首相はイラクで英豪軍が攻撃された場合を挙げ、「(集団的自衛権の行使を可能にするよう)しっかりと研究していくことが、われわれの責任だ」と答弁。さらに「研究を行った結果、それはわが国が禁止する集団的自衛権の行使ではないという解釈を政府として出すことも十分あり得る」とまで述べていますから、憲法解釈が変えられると、先制攻撃を行うケースの米軍に集団的自衛権行使という形で協力する可能性が出てきます。

日本国民はこの政治動向を認識して、この事態を防がねばなりません。

「夜と霧」/山崎孝

2006-12-23 | ご投稿
池田香代子さんの講演会で手に入れた書物「夜と霧」(池田香代子訳)を今読んでいますが、その書物に書かれていたことを紹介します。

「夜と霧」の著者 ヴィクトール・E・フランクルさんは、大学で精神医学を学び、第二次大戦中にナチスにより強制収用所に入れられ、戦後まもなくその体験を記しました。「夜と霧」は、学者らしく冷静に収容所で繰り広げられた人間の姿を分析しています。

そして人間を《私たちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とは何者なのか、人間とは、なにかを常に決定する存在だ。人間はガス室を発明した存在だ。しかし、同時に、ガス室に入っても毅然として祈りの言葉を口にする存在でもあるものだ》

「精神の自由」というところでは《長らく収容所に入れられている人間の典型的な特徴を心理学の観点から記述し、精神病理学の立場で解明しようとするこの試みは、人間の魂は結局、環境によって否応なく規定される、たとえば強制収容所の心理学なら、収容所生活が特異な社会環境として人間の行動を強制的な型にはめる、との印象を与えるかも知れない。

しかし、これには異議がありうる。反問もありうる。では、人間の自由はどこにあるのか、と。人間は、生物学的、心理学的、社会学的と、なんであれ様々な制約や条件の産物でしかないというのはほんとうか。すなわち、人間は体質や性質や社会的状況のおりなす偶然の産物以外のなにものでもないのか、と。そして、とりわけ、人間の精神が収容所という特異な社会環境に反応するとき、ほんとうにこの強いられたあり方の影響をまぬがれることができないのか、このような影響には屈するしかないのか、収容所を支配していた生存「状況では、ほかにどうしようもなかったのか」と。

こうした疑問に対しては、経験を踏まえ、また理論に照らして答える用意がある。経験からすると、収容所生活そのものが、人間には「ほかにありようがあった」ことを示している。その例ならいくらでもある。感情の消滅を克服し、あるいは感情の暴走を抑えていた人や、最後に残された精神の自由、つまり周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった英雄的な人の例はぽつぽつと見受けられた。一見どうにもならない極限状態のなかでも、やはりそういったことはあったのだ。

強制収容所にいたことのあるものなら、点呼場や居住棟の間で、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人々について、いくらでも語れるのではないだろうか。そんな人は、たとえ一握りだったにせよ、人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、与えられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない、実際にそのような例はあったということを証明するには充分だ。》(引用以上)

ヴィクトール・E・フランクルさんの述べた、極限状態で身体の自由は奪われても《最後に残された精神の自由、つまり周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった》人、《たったひとつ、与えられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない》人は、強制収容所に入った場合ではなく、日本は軍国主義教育が施され、徴兵制により軍隊と言う強制組織に入った時代においても《周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった》、身体的拘束を受けても《「最後に残された精神の自由」を保ちえた人たち》は、いました。伊勢の生んだ竹内浩三もその一人ではないでしょうか。

池田香代子さんは「夜と霧」の「あとがき」(2002年9月30日記)で次のように述べています。《…夜と霧はいまだ過去のものではない。相変わらず情報操作という「アメリカの夜」(人工的な夜を指す映画用語)が、私たちの目をくらませようとしている今、私たちは目覚めていたい。夜と霧が私たちの身辺に立ち込めることは拒否できるのだということを、忘れないでいたい。その一助になることを心から願い、先人への尊敬をこめて、本書を世に送る。》

小泉前首相は、霧の中で行われていたような自民党の官僚と派閥談合政治を、一見、目に見える劇場型政治(スペタクル 権力によるメディアの巧みな利用)に変えて国民の多くの心を絡めとりました。政治の姿の一部を露出させることによって、そこに国民の目を引きつけて、政治の全体の姿、本質的な性格を隠しました。正体を見えにくくする点においては、霧の中に包むことと同じです。劇場型政治に絡め取られることなく、精神の自由を保った人たちが真の小泉政治の抵抗勢力でした。安倍首相は「美しい国」という、晴れたときの富士山の姿のような国造りを唱えていますが、富士山は太平洋側から見れば美しいと思いますが、山梨県側見るとさほど美しい姿といえません。

ワイツゼッカー元西ドイツ大統領の言葉/山崎孝

2006-12-22 | ご投稿
朝日新聞12月20日付に「歴史と向き合う/第5部 真実と和解」というシリーズの記事を掲載しています。今回はワイツゼッカー元西ドイツ大統領へのインタビューでした。その記事を抜粋します。

戦争や虐殺などの「負」の過去を、後の時代に生きる者はどう受け止めたらよいのか。傷つけ合った者同士は、いかにして和解できるのか。戦争終結40年を迎えた85年に、ドイツ(当時西ドイツ)の国民に「過去を直視する」よう訴えたワイツゼッカー元大統領に聞いた。

 一第2次大戦後、ドイツは隣国との和解をどのように進めてきましたか。

 「ドイツの戦後は、隣国との和解とともに始まりました。最初の課題はフランスとの和解です。ドイツはフランスが主導権をとる欧州統合の理念を支持しました。欧州統合にドイツが加わること自体が、和解のステップでした」

 「次のもっとも重要な和解の相手がポーランドでした。

ポーランドは、ロシアとドイツにはさまれ、厳しい運命を味わってきた国です。18世紀には3度にわたる分割で国が消滅し、第1次大戦後、ようやく独立を回復しました。それも20年後には(ドイツの侵攻により)第2次大戦の最初の犠牲者となりました。こうした事情があるからこそ、ドイツとポーランドの和解は決定的に重要でした」

 ―隣国との和解は、達成されたと思いますか。

 「04年5月にそのポーランドが欧州連合(EU)に加わりました。ドイツが国境を接している国が九つありますが、現在、どの国もドイツを恐れていませんし、またドイツを脅かしている国もありません。ドイツがすべての隣国と友好関係にあるのは、史上初めてのことです。もちろん個別の利害の衝突はありますが、それが原因で深刻な対立が生じることはありません」

 ―歴史の「加害者」として反省してきたドイツでは、最近、空襲や戦後のドイツ系住民に対する強制移住など「被害」の経験に光が当てられているようですが、それは和解の妨げになりませんか。

 「『被害』とは、個人的な体験で、それ自体は尊重されるべきことです。ドイツの都市ドレスデンは、連合軍の空襲で破壊しつくされました。

空襲で家族を失った母親は、自分の運命を納得することはできないでしょう。しかし、そうした個人の被害者としての苦悩をドイツが政治的に利用することは許されないと思います。私たちが侵略を始めたことは明白だからです。ユダヤ人を虐殺したホロコーストなどドイツが行ったことを考えると、ドイツ系住民が追放された『被害』を取り上げて、ドイツが(国家として)行った『加害』と比較すべきではありません」(以下省略)

ワイツゼッカー元西ドイツ大統領が語っていることは日本にとっても学ぶことが多いと思います。《ドイツが国境を接している国が九つありますが、現在、どの国もドイツを恐れていませんし、またドイツを脅かしている国もありません。》という言葉に、2005年暮れから2006年の初めにかけて日本の政治家が盛んに言い立てた中国脅威論を思い起こします。非科学的な北朝鮮の脅威論や中国脅威論を国民に浸透させ、その脅威に備える口実で日米同盟を更に強化していく政治路線を推し進めています。財務省の来年度予算原案には、日米のMD計画に関する費用が大きく増額されています。この投資は北朝鮮の非核化が実現すれば、MD計画は大きく有用性が減ずることになるものです。

ワイツゼッカー元西ドイツ大統領は《ドイツはフランスが主導権をとる欧州統合の理念を支持しました。欧州統合にドイツが加わること自体が、和解のステップでした》と述べています。ECからEUに発展していくことになる当初の大元の構想は、フランスとドイツ国境のアルザス・ロレーヌとザール、ルール地方を初めとする地域の両国の石炭と鉄鋼生産を、独立した国際機関にプール管理させるというものでした。この仏独の地域は、その当時はヨーロッパの心臓部ともいえる資源の豊富な所で、戦争の度に両国の争奪戦の的になっていたと言います。これをECからEUに発展していく元となった「ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)」で管理することになりました。

中国は経済発展に伴い不足するエネルギー確保を世界中に求めています。中国の原子力発電所は現在11基稼動していて、その技術はフランス、カナダ、ロシアの原子力発電技術です。12月17日の朝日新聞記事には、中国が新しく建設する原子力発電所4基を、米国の会社に発注すると報道されていました。

中国はエネルギー確保を世界に依存し、エネルギー生産の重要な位置を占めていく原子力発電が外国の技術に依存しているということは、中国が台湾や他国を先制攻撃するようなことをすれば、国際的な指弾を受け、エネルギーの確保に大きな打撃を受けることを覚悟しなければなりません。中国経済の各国との相互依存関係への打撃、エネルギー確保のリスクを背負っても、なお国益になるような中国の戦争があるのでしょうか。

中国は経済を発展させるためにも地域の安定を望んでいます。6カ国協議は再開され、中国の提案した、問題を個別に審議する作業部会の設置が検討されています。金融制裁問題をめぐって米朝はしのぎをけずり会談は難航をしていますが、両国とも席を蹴らず、会談は来年に持ち越しても対話を続ける姿勢です。経済的制裁で問題は解決せず、軍事的解決はまったく合理的ではありません。対話してなんとか妥協して一致点を見出す以外には解決することは出来ません。大本の一致点はすでに確認されています。北朝鮮の安全の保証と引き換えにした北朝鮮の軍事的非核化です。

6カ国協議を成功させれば、東アジアの平和と安定に大きく寄与すると思います。日本政府の日米同盟を更に強化する方向は、東アジアの平和と安定の方向と論理的に矛盾します。

日本が日米同盟で双務的な責務を負っても/山崎孝

2006-12-21 | ご投稿
安倍首相は日本が日米同盟で双務的な責務を負うことで、米国に対して対等平等の関係になれると主張しています。しかし、米軍に対して集団的自衛権行使という双務的な責務を負っても、英国のブレア首相のようになる可能性があります。

12月20日付け朝日新聞記事から抜粋

2003年3月、国内外の世論の反対を押し切って、英国は米国とともにイラク戦争に突き進んだ。それも、米国との「特別な関係」を重んじたからにほかならない。

 だが、今月7日のワシントンでの米英首脳会談は「これまでで最も冷ややかで、沈滞した空気に包まれた」と英政府関係者は明かす。

 共同会見では「イラクでの勝利が重要」という認識で両首脳が一致したことを強調した。しかし、会談ではブレア氏が米超党派の「イラク研究グループ」の提言に沿う形で、イラク問題の根本解決のためにはイスラエルとパレスチナの中東和平の進展が不可欠だと訴え、米国がイランやシリアとの直接交渉に臨むよう改めて促した。ブッシュ氏は不快感を隠さなかったといわれる。

 ブレア氏がイラクなど中東歴訪に旅立ったのを横目に、ブッシュ政権はイラク安定化に向けて米軍の増派を検討。英タイムズ紙は「ブッシュ氏はブレア提案を鼻であしらった」と報じた。

 7月の主要国首脳会議では、ブッシュ氏が口に食べ物を含みながら「おい、ブレアと首相を呼びつけた様子が、スイッチを切り忘れたマイクで報道陣に簡抜けになり、これが英国民の間でブレア首相はブッシュ大統領の意のまま」というイメージを決定的にした。

 ブレア氏としては、ブッシュ氏との違いを浮き立たせて「独自外交」を印象づけたいところだろうが、内外での影響力低下は隠しようがない。事態打開の目算もないままの中東歴訪には、足元の与党労働党からも「英国の外交力の衰えを宣伝しに行っているみたいなもの」といった冷ややかな声が漏れる。

 「ブッシュ氏はブレア氏を、独自の見識を持つパートナーとしてではなく、米政府が何を決定しようがそれに忠実に従う同盟相手としてしか見ていない」と今月7日付の英インディペンデンス紙。は論評している。(以上)

日本が米軍に対して集団的自衛権行使の双務的な責務を負っても、米国政府は「何を決定しようがそれに忠実に従う同盟相手としてしか見ていない」というような事態が起こらないという保証はありません。今までも「旗を見せろ」とか「グランドから降りてきてチームに加われ」と言われてきました。