さて ここに板垣弥治郎信里は 諏訪の郡代 として 組衆 250騎を 従えて 諏訪にいたが 、敵の 近くにいながら 少しも 戦を 行わず 組の 諸士を 侮って 軽んじた
誰にはばかることなく城中に 美女を置いて 日夜 酒色を もっぱらとする 有様 奥の間には 人の出入りを禁じ 昼夜 遊楽のみに 暮らす
これひとえに 信玄公を 恨み 密かに 越後に 味方している からで、そのため あえて 敵を防ぐ こともなく 組の 諸士は 嘆き 怒る けれども いかんとも 仕方なく 密かに つぶやくのみ
そんな中に 曲渕庄左衞門、三科肥前守、 広瀬 郷左衛門 の 3人は 信里が 軍事を怠ることを 嘆いて 信里の居間に入って 諫言したけれども数多の女たちは 集まって これを支えて 申すには「いかに 被官の者といえども奥 に入ることは無礼でありましょう」と 言った ので 曲渕は まなこを怒らせて
「狐、狸に等しい 女ども 板垣殿を 惑わして諸士の怒りを起す
今ここに敵が来たならば、いかがする、 皆 汝らが 惑わすからだ」 と 言って 女たちを 突き飛ばし 弥治郎が酒宴をしている 真前に 座って 罵り諌めれば 短慮の 信里 大いに怒り 「無礼にも部屋に押し入り 我が酒宴 防ぐとは 我を侮り 軽んじる ところなり、 早く立ち退け、去らねばこうする」と言って 刀の柄に手をかければ 、曲渕は笑って「 他人はともあれ それがしは お父上の 駿河守様の家来であり 幼少の時 恩を被ったから、その子のバカを見逃すわけには いかぬ このように 諌めても 未だわからぬとは 何とも気の毒な男よ、 切りたければ切るが良い、某お供して 黄泉の国へ 行き 駿河守様に、そなたの愚かを申しつけようぞ」
これを見て 板垣の家来たちが 馳せ来たりて 双方をなだめたが、 その後も 弥冶郎は 酒色に溺れ ついには 家来たちも 信里に呆れて、これを 恨む
信玄公は これを聞き 信里の体たらくを怪しんで 疑い、 二月二十八日 諏訪の郡代を取り上げて 板垣を甲府に引き寄せた
諏訪には長坂左衛門を入れて守らせた。