心の風景 認知的体験

癌闘病記
認知的体験
わかりやすい表現
ヒューマンエラー、安全
ポジティブマインド
大学教育
老人心理

医療と看護の現場における ヒューマンエラー低減のための認知心理学からの提言(旧)

2020-11-02 | ヒューマンエラー
                    05/2/23 海保  改訂
医療と看護の現場における
ヒューマンエラー低減のための認知心理学からの提言
        筑波大学「心理学系」  海保博之

概要**************************************************
 エラーを事故につなげないためには、5M(Mission、Man,Machine,
Media,Management)一体で取り組む必要がある。ただ人が人を相手にして働く医療と看護の現場でのヒューマン・エラーは、ただちに事故につながってしまうことが多いだけに、その発生をできる限り抑えなければならない。
 そこで、本講演では、医療と看護の現場でのヒューマンエラーを減らすために看護師みずからが留意すべきこと(提言1ー5)と、エラーを事故につなげないための環境設計(提言6)とについて、認知心理学の立場から、6つの提言の形で提案してみる。
提言その1「コミュニケーション環境を良くする」
提言その2「目標管理を最適化することで使命の取り違えエラーを防ぐ」
提言その3「適切な知識管理によって思い込みエラーを防ぐ」
提言その4「適切な注意管理によってうっかりミスを防ぐ」
提言その5「確認を確実にすることで確認ミスを防ぐ」
提言その6「安全工学の考えを生かす」
****************************************************
 医療・看護の現場でのヒューマンエラーの特徴をプラントや原子力発電所におけるそれと比較してみると、2つの特徴を指摘することができる。
1)医療・看護の現場でのそれは、事故の被害が1人か2人程度に限定される。
プラントでは逆に、1人のエラーが大規模な被害を引き起こしてしまう。事故の被害が小さいと、マスコミも注目しない。当事者に限定的にしか事の重大さが認識されないため、より広範な対策にまで思いが及ばないということが多くなる。
2)医療・看護の現場では、エラーと事故との距離が非常に近いということがある。エラーがただちに事故につながってしまう。
 プラントでは、うっかりミスをしても、多彩な防御システムが用意されていてただちには事故にならないようになっている。
 このことは、医療・看護の現場では、働く人々一人一人がエラーをしない方策を考える必要があることを強く示唆している。

前提その1「メタ認知力を高める」
 人は必ずエラーをおかす。しかし、メタ認知力(自分の心を知り、自分をコントロールする力)を高めることで、事故につながるエラーを少しでも減らすことはできる。メタ認知力を高める王道は、エラー、事故に関する知識を豊富にすることである。本講演では、これが主となる。さらに、メタ認知力を高める方策として、内省/反省( reflection)をする習慣をつけ、さらに、その質を良質にすることが考えられる。    
    「エラーを知りおのれを知れば百戦たりとも危うからず」
前提その2「エラーを引き起す多彩な要因に目配りする」
 ヒューマンエラーを、その時その場にいたヒューマン(人)だけの問題として孤立させてとらえてはならない。その人を含めた組織、機械システム、メディア、さらに組織の使命にまで幅広くかつ深く原因追及の目を向けなければ、次の事故の防止にはつながらならない。     
      「”誰がした”より”何がそうさせた”かを考えよう」
前提その3「重大事故(アクシデント)を防ぐためには、     多層防御の仕掛けを作り込む」
 ハインリッヒの法則(1:29:300)は、エラーと事故との直結を断ち切る障壁を工夫することの重要性・有効性を示唆している。 
  「エラーは庭に生えた雑草 積み取らないとどんどん増える」


提言その1「コミュニケーション環境を良くする」
 チームで仕事をしているときは、コミュニケーション環境が良好であることが、エラー,事故の防止に役立つ。思いを話す、意見を聞くといったことから、正確に伝える、わかりやすく伝えることまで、コミュニケーション環境を良好にするための努力を怠ってはならない。   
   「ホウレンソウ(報告、連絡、相談) 事故防止の栄養源」
1-1)自由な発言、きちんとした権限関係が良好なコミュニケーション環境を作る   
○権威主義はエラーチェックが効かない(医師ー看護師)
○言わずもがなは危険(看護師ー看護師)
○患者はエラーチェッカーの最後の砦(看護師ー患者)
       「伝える勇気 受け取る素直さ」(ビル工事現場にて)
1-2)指示・連絡を正確に
    「サクシゾン 一文字抜けば 死を招く」(赤穂市立病院)
○口頭伝達は、誤解のもと
○複雑な指示は、反唱確認、メモなどによるダブルモードでの確認を 
  例 「IV(Intravenou;静脈内に)」と「1V(1 Vial;1瓶)」
      *略語は同じでも意味は違う
    「フェルムカプセル」 と 「フルカムカプセル」
    「アルマール」と「アマリール」
    「タキソール」と「タキソラール」
      *最初と最後の文字が同じ。文字数も同じ
      *メニュー画面にこれが隣同士で表示される
       *薬名1文字違いは、1520件ある(読売新聞)
1-3)指示・連絡をわかりやすくする
 指示・連絡の内容の「正確さ」と「充足さ」が、まず、大切。
 しかし、これを重要視するあまり、正確さ・充足さ中毒に陥り、わかりに くい指示・連絡になってしまうことがある。
             「正確さ中毒はわかりやすさの大敵」
  実習1「電話で絵を描かせると」
○相手の知識と状況に配慮する
 ?関連知識がどの程度あるかに配慮
  ・伝えたいことに関連することを知っているかを確認する
 ?状況への配慮
  実習2「同じことでも状況によって異なる表現をする必要がある」  
○指示(作業)の全体像や意味を先に説明することで何が何やらわけのわか らない状態にしない

** 
提言その2「目標管理を最適化して使命の取り違えエラー    を防ぐ」
 人はエラー、事故を起こさないことを目標に生きているわけではない。安全という制約(上位の使命)の中で仕事上の目標を達成することになる。ところが、しばしば、仕事上の目標が安全の制約をはみ出てしまったり、両者が葛藤したりすることがある。それが事故を発生させることにもなる。
  
 例 ミッション・エラ(使命の取り違いエラー)
    ・なにがより大切な目標かを見失う
    ・出来もしないことをやってしまう
    ・積極的行動によるエラーと表裏一体
       自己顕示欲と自己効力感がくせもの
    ・人によく思われたい/助けたい/喜んでもらいたい
             「ストっプ ザ 使命変更への誘惑」
2ー1)使命を意識して絶えず確認・活性化をはかる
  日本社会は、ハイ・コンテクスト(文脈規定性の強い)文化。 暗黙の使命が支配している。したがって、しばしば、使命と個人の内化目標との間にズレが発生する。安直な業績主義、合理化は、暗黙のしかし強力な目標となって、エラー、事故を誘発することが多い。
       「安全には 言わずもがなのことでも口に出す」
2-2)適度に具体的な目標に落として意識化する 
上位の使命(理念的使命)も下の使命(行動的使命)も同時に意識できるよ うな目標にしておく(ミドル・アウト表示)。
  例 「患者第一」より「安全ケアーを第一に」
    「安全運転」より「法定速度の遵守」
    「落っこちるより遅れる方がまし」
2-3)目標行動を単線化して、目標間の葛藤を起こさせない
何が何より大事かを完璧にわからせる  
  例 宅配便 
    ・3つの使命が葛藤している
       時間決め配達  安全運転  競争
    ・「安全第一」が「迅速配達」の上にくるようにしておく
     「安全第一は いつも第一に」

***
提言その3「適切な知識管理によって思い込みエラーを防     ぐ」
 人が頭の中に貯蔵した知識はすぐに不活性化してしまい、その知識を必要とするときにタイミングよく思い出せないことがある。 
               「仕事前 頭の準備体操も忘れずに」
 実習1「活性化した知識しか使われない」  
3-1)適切な知識を活性化する機会を頻繁に用意する
○研修会や朝会での打ち合わせでエラーに関連する知識を活性化する
 危険予知訓練(KYT)   

3-2)エラーにかかわる知識の高度化をする
知識の高度化とは、要素知識を体系化しより抽象化されかつ普遍化すること○高次の知識をテストすることで、低次の知識も活性化される 
  記憶--理解--応用--分析--総合--評価
○知識活性化と知識の高度化の観点からのマニュアルを見直す
  ・マニュアルの5つの役割   
     操作支援 参照支援 理解支援 動機づけ支援 学習記憶支援
  ・とりわけ、理解支援を工夫する
     操作の意味をわからせる 
          「手順には そうする意味があることを知る」3ー3)思い込みエラーに対処する
 知識の不活性化とは逆に、その時その場で活性化している知識だけが使われてしまい、思い込みエラーを起こさせることがある。          とりわけ、即応を要求されたり、状況の激変のために、何が何やらわけがわからなくなってしまうような事態では、その時その場で目立つ限定された手がかりだけに基づいて駆動された知識だけを使って状況の解釈モデル(メンタルモデル)を構築しがちである。それが状況とのかかわりにふさわしくないとき思いこみエラーが起こる。  
 例 患者を取り違えているのに気がつかないで、誤った手術を完璧にして   しまう。 
 実習2「メンタルモデル駆動型の状況解釈を経験する」  

○思い込みエラーの特徴
 ?限定的な手がかりだけに基づいて状況を解釈している(視野狭窄)
 ?思い込みを否定する情報は無視される
   例 いったんつけられた病名が一人歩きをする
 ?状況が激変するまで、エラーであることに気がつない
                  「その思い 今一度の点検を」
○思い込みエラーに対処する  
 ?わけがわからない状況にしないことです
 ・仕事の目標や全体像をあらかじめ意識する
   実習3「大文字のTをさかさまに描いて、その上に三角形を」
 ・仕事に関連する知識を豊富かつ高度化しておく 
                「知は力なり」(ベーコン)
 ?あえて判断停止(エポケ)をする
 ・情報収集の時間をかせぐ
 ・ステレオタイプ(固定観念)による思い込みの防止  
 ?妥当なメンタルモデルを持つ
 ・使えそうな知識を動員する
 ?自分の思いを人に話せるようにする/話すようにする
 ・コミュニケーション環境を良好にしておく
 ・人と情報を共有する 
           「一人より 皆で確認 事故防止」(人事院)
 ・思いを外に出すことで自分の思い込みに気がつくことがある
 ?現場を一時的に離れてみたり、知識量や考え方の異質なメンバーを入れ  て、新鮮な目(fresh  eye)によるチェック体制を作り込む
              「一言居士 あなたは悪魔の代弁者」

****
提言その4「適切な注意管理によってうっかりミスを防ぐ」
 うっかりミスのほとんどは、注意管理不全から起こる。人の注意資源には限界があるからである。また、注意資源の活用の仕方も、いつも適切であるとは限らないからである。
「選択」、「配分」、「持続」についての注意の特性を知った上での注意の自己コントロールと、さらに注意管理の外部支援が必要となる。            「注意1秒 怪我一生」
4ー1)認知的葛藤状態にしない(「選択」の自己コントロール)
  実習「漢字ストループ課題」
  実習「1から10まで、ひらかなで書く」
 ○習慣的処理とは違ったほうを選択して処理するため過剰な注意が必要
 ○よそ見による見落とし
   外と内によそ見をさせるものがあるので面倒
          「このあたり美人多し よそ見するな」
4ー2)あわてない(「配分」の自己コントロール)           実習「書字スリップを起こしてみる」
      「あ」「数」をできるだけ速く何度も書いてみる
  ○配分された注意と仕事が要求する注意とのギャップ
    ・容量ギャップ(例 足りない)
    ・時間ギャップ(例 間に合わない)
4ー3)多重課題にしない(「配分」の自己コントロール)
  実習「自己チェック;あなたの聖徳太子度はどれくらい」
  ○多重課題は、注意量の限界に達しやすい         
4-4)管理用の注意を残しておく/複眼集中の状態にする
(「配分」の自己コントロール)
  仕事用に7割、管理用に3割    
 ○集中しすぎ(過剰集中)による視野狭窄
4-5)感情を安定させる(「配分」の自己コントロール)
  感情は注意の調節弁
   例 パニック時  恐怖が対象への過剰集中をもたらす
     高ストレス時  ストレスの原因に注意が取られる
4ー6)休憩の自己管理をする(「持続」の自己コントロール)
  退屈も疲労も危ない。いずれも、ある程度の自己モニタリングが可能。
 ○服務規程に従って休息管理に加えての、休息の自己管理も。

番外;自分の注意の特性を知る
  実習4「注意の持続力と集中力とを組合わせると」  


*****
提言その5「確認を確実にすることで確認ミスを防ぐ」
 エラーをおかすのは人間である限りしかたがない。
とすれば、エラーをしたかどうかを確認して、事故につながらないようにすればよいということになる。
 ところが困ったことに、確認という行為にもミスがある。
○確認行為そのものを忘れる
確認行為が習慣化してしまっていると、
・マクロ化の罠 
 PDSサイクルが一体化してしまい、See(チェック)だけ を分離させる のが難しくなる。
・現実モニタリングの混乱
 ストーブの火を消したかどうかなどのように、実際にやったこととやった つもりとの区別ができなくなることがある。
○確認そのものにミスが起こる
となると、確認忘れ、確認ミスは起こるという前提で、うっかりミスとおなじような仕掛けを作り込んでおくことをまず考えておく必要がある。
              「確認は 事故を防ぐ最後の砦」


5ー1)確認行為を確実なものにする
○一連の仕事の流れをあえて中断して確認する場所(ホールド・ポイント)を設ける
 とりわけ、仕事に熟練すると、ほとんど努力なく「むり、むだ、むら」(3ム)なく流れるかのごとく仕事が進んでいく。たくさんの要素行為があたかも一つの行為であるかのごとくになる。これを「仕事のマクロ化」と呼ぶ。その途中で、うまくいっているかを確認するのは、なかなか難しい。     「ベテランになる直前は要注意」
               「ベテラン意識はエラーのもと」
○確認を動作と言葉とで外に出すようにして(外化)、確認行為を確実なものにする
 例 指さし呼称
    指でさす---確認場所や行為の焦点化
    呼称---頭の中だけの確認にしない
        「指先で 危険読み取る 作業前」(中災防)
  
5ー2)確認ミスを防ぐ
○確認は複数で独立に行う
○仕事が終わった後の確認を確実に行う
  例 4S(整理 整頓 清潔 清掃)
          「4Sは エラーを防ぐ身だしなみ」

******
提言その6「安全工学の思想を生かす」
 安全工学は、人はエラーをおかすもの、機械・システムは故障するものとの前提で、機械・システムや人工環境の安全を工学的に保証する技術である。その背景には、エラー、事故防止のためのちょっとした心がけや仕掛けのヒントがある。まとめの意味で、そのいくつかを紹介してみる。
            「人は弱い葦(あし)されど工夫する葦」
6-1)馬鹿なことをしても大丈夫なようにしておく---フールプルーフ(fool proof;)
○すぐにはできないようにしておく
 ・カバーをかけておく
 ・手の届かないところにおいておく
○入れないようにする
 ・強制排除(ロックアウト)
○やるときに意識化せざるをえないようにしておく
 例 指さし確認
   ロックを解除してから湯を出す
○順番通りにやらないとだめ
 例 インターロック
    ふたを閉めないと電源が入らない電子レンジ
6-2)一つがだめでももう一つがあるようにしておく---フェールセーフ(fail-safe;故障しても大丈夫)
○複数で別々にやる
 例 ダブル・インカム(夫婦で稼ぐ)
○複数のシステムが動いているようにする
 例 コンピュータ・システムと口頭報告システムの併存

6-3)一つがだめならその次で防ぐ---多層防御(幾重にも障壁を設ける)             「安全には厚化粧もがまんのうち」
○ダブル、トリプルで「独立に」チェックをする
 例 稟議システム
6ー4)自然にそうしたくなる/したくないようにする---アフォーダンス(適切な行為を自然に誘う仕掛け)
○形を使う(シェイプ・コーディング)
○色を使う(カラーコーディング)
  例 国際標準(ISO) 緑は安全、赤が危険、青は低温、赤は高温
    文化差があるので要注意
○場所を使う(ポジション・コーディング)
  同型性になるように
   例 レバーを下ろすと水が出る  右のものは右で
                  「百の説法より一つの仕掛け」

*********
まとめ
 使命(M)からはじまって、計画(Plan)-実行(Do)-評価(See)の
M-PDSサイクルで起こる4つのエラー---「使命の取り違えエラー」「思い込みエラー」「うっかりミス」「確認ミス」---をめぐって、その特徴とそれが事故につながらないための方策を提言してみた。25
 メタ認知力をつける、あるいはメタ認知力の発揮を支援するための一助になれば幸いである。
       「メタ認知こそ ヒトを猿から分けるもの」
最後に蛇足ながら
 しかし、やみくもな精神論(弛んでいるから、もっとしっかりやれ)にならないように注意してほしい。
 大事なことは、合理的な精神論の普及である。心理学の知見や考え方に裏づけられた「精神論」「自己コントロールの方策」を話させていただいたつもりである。
             「エラーにもエラーなりの理屈あり」





最新の画像もっと見る

コメントを投稿