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にぎやかさはなぜ、心を元気にするのか」ポジティブマインド作り

2020-05-16 | ポジティブ心理学
にぎやかさはなぜ、心を元気にするのか

その都会のよさの一つが、にぎやかさだと思います。
雑多なもの、人が溢れ、動いています。したがって、ただ歩いているだけでも、あれこれ刺激を受けます(多刺激性)。
そして、何でもできるような気持ちになれます(多彩な選択性)。
さらに一人になれる気安さもあります(匿名性)。

こうしたことが心を癒したり、元気にしたりしてくれます。



拍手「拍手は、場を盛り立てる」(再掲)ポジティブマインド作り

2020-05-05 | ポジティブ心理学

拍手「拍手は、場を盛り立てる」

●拍手、あれこれ
ひそかに拍手先生とよんでいる先生がいる。学生が発表したり、質問に答えたりすると、「はい 拍手」。もちろん、すべてにわたり、ポジティブに評価する先生です。
そう言えば、アメリカ人がよくやるスタンディング・オベーションもいいですね。
すばらしいこと、感動したことを素直に全身で表現しているわけですから、そうさせた本人にとって、これほどうれしいことはないはずです。
自分も、最後の講義のときに、学生全員が期せずして立ち上がり、「先生、ありがとう。講義、すばらしかったです」とばかりに拍手のなかを退場というシーンを夢みて、これまで40年近くやってきました。まことに残念なことに、そんなことは、一度もありませんでした(恥ずかしい!)。そういう光景を実は、UCLAの心理学の授業でみたことがあります。
何にしても、よいことは素直によいと表現すること。
拍手はその一番有力な手段です。

●拍手効果
拍手効果。馬鹿になりません。2月になるとおこなわれる卒論発表会をイメージして、その拍手効果を考えてみます。
① 場にメリハリをつける効果
 拍手は音を発生します。それまで静まりかえっていた場に、一斉の拍手の音が鳴り響けば、区切りになります。
 卒論の発表会では、次々に発表があります。それが終わるたびに拍手すると、一区切りついたころになります。拍手が、一つが終わって次が始まることのシグナルになります。
② ポジティブな雰囲気にする効果
 拍手は、すばらしいこと、感動したことを相手につたえるための道具です。
途中の真剣な聴取態度、うなずき、笑顔に加えて、拍手があれば、場は完璧にポジティブな雰囲気になります。
残念なことに、卒論発表会では、これはあまりありませんが、それでも、拍手の音量で少しはそのあたりの雰囲気を感ずることができます。
なお、日本の学会発表では、拍手はなしで平穏が常なのですが、時には、期せずして拍手が起こるようなことも何度かありました。すばらしい発表だったからです。
③ 参加者をその場へ積極的に関与させる効果
これにはレベルがあります。
レベル1 周りが拍手するので自分もする(義理拍手)
レベル2 周りがするから自分もするが、ひときわ強く拍手をする(気配り拍手)
 レベル3 あまりすばらしかったので思わず拍手してしまった(真正の拍手)
 むずかしいのは、言うまでもなく、レベル3ですね。思わず拍手してしまった、でも、誰も追従してくれなかった、では恥ずかしいし、座がしらけますから。
レベル2くらいが無難なところですね。

●拍手で周りを元気にする拍手をするコツ
①率先して拍手を
 レベル3は、確かに難しいのですが、気持ちは、これですね。自分から率先して、すばらしいものはすばらしい、だから拍手を、という気持ちですね。
 拍手リーダーになるくらいの気迫?があってもよいのではないでしょうか。
 それは、相手や場のポジティブな面にあなたを注力させることにもなります。
 日本では、レベル1、それも、司会者から強制されての拍手が多すぎます。もっと自発的な拍手があってもよいと思います。講演が終わったとたん拍手なんてこと、1,2度はあったように思いますが、たいていは、司会者が「では、盛大な拍手で先生をお送りしたいと思います」ばかりでした。だから(嘘)、もう講演はしていません。
 余談になりますが、我が国の国会のヤジ。なんとかならないものでしょうか。与野党そろっての拍手とまでは言いませんが、せめて静かに耳を傾けるくらいにならないかと思います。
②手をたたく強さを変える
 拍手は、一人ではあまりやりません。周りと一緒にすることになります。
 不本意拍手も感動拍手もあります。いつも同じではなく、拍手に強弱をつけて、それを表現することになります。感動拍手は、とりわけ、目立つようにからだ中でやりたいものです。
③ 笑顔、うなずきも大事
拍手には、一段落して総括的な評価ということになります。そこにいくまでの熱心なまなざし、うなずき、笑顔、即座の反応も忘れてはなりません。その累積としての拍手になれば、言うことなしです。


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協調「皆と仲良くは理想ではあるが、しかし、―――」

2020-05-03 | ポジティブ心理学

協調「皆と仲良くは理想ではあるが、しかし、―――」

●皆と仲良く
 人間は社会的動物ですから、周りと仲良くすることには長けています。だからこそ、仲間と一緒に協調して何かをするのですが、一方では、どういうわけか、仲間と喧嘩したり、仲間を裏切ったりもします。裏切り者を見わけるのも得意らしいのです。
不思議ですね。
人間、表裏一体、あるいはアダムとイブとで完全ということでしょうか。
となると、協調だけを取り上げてしまうのは、片手落ちになりますが、心の元気という点では、どうしてもこちらの話になります。協調の裏、攻撃や裏切りや孤立といったことにも配慮しながら話をすすめていきたいと思います。

● 日本社会は協調社会?
毛利元就の3本の矢の教えはご存知だと思います。3人の子どもに、協調してことにあたることの大事さを諭した逸話ですね。
日本の社会では、協調することの大事さが事あるごとに強調されてきました。村社会、あるいは、終身雇用制のもとでは、いつも周りに同じ人々がいるわけですから、そういう人々と協調しないとなにかと都合が悪いことが起こってしまうからです。
ところが、高度成長期あたりからでしょうか、日本全土、都市化現象で、協調化社会が崩壊しつつあるようです。お隣の人への関心が希薄になるほうを好むようになってきました。一人ひとりが孤立して好き勝手に生きるほうがよいと考える人々が大勢を占めるようになってきました。
なんと結婚観さえ劇的に変わってしまいました。総理府の最近の調査では、結婚しなくてもよいと答えた成人が70%にものぼっています。びっくり、というより日本、どうなってしまうのか心配です。
昔、NHKで「無縁社会」というシリーズが放映されて話題になりました。これまたびっくり仰天の無縁の現実が紹介されています。
不況や高齢者人口の増加、少子化、そして自殺者の増加傾向、不機嫌職場の増加など、あまりうれしくない状況があれこれ発生してきました。
しかし、希望的な見通しですが、もしかすると協調社会への揺り戻しがあるかもしれません。そうあってほしいものです。2010年5月10日のasahi.comにこんな記事が掲載されていましたので紹介しておきます。
「首都圏で「シェアハウス」が20~30代の社会人に人気だ。一人ひとりは個室に暮らすが、キッチンやリビングなどは共用。といって、一昔前の安下宿とは大違いで、ダーツ場やお姫様気分の味わえるバスルームがあったり。プライバシーを守りつつ、共同生活の楽しさも味わえる。「深くも浅くもない人間関係」を求める世代の感覚に合っているようだ。」
いずれにしても、ここでは、あくまで、個人の心の元気に焦点を当てますので、あまり大上段に振りかぶっての話はしませんが、こうした背景も承知はしておく必要があるように思い、ちょっぴり寄り道をしてみました。

● 周りを元気するための協調のコツ
① 無理はしない
社会的動物だからこそかもしれませんが、皆と一緒は、裏切られることへの警戒心からか、表向き協調、裏ではあれこれ、という面があることは否定しえません。
その「あれこれ」に負けてしまうこともあります。あるいは、それでも協調を装うという無理も必要なことがあります。そうなると、協調の場は、ストレッサーの発生源になってしまいます。
もしそういうことがあれば、バランスをとる必要があります。
時には、一人に、時には、いつもとは違った人々と一緒、といった機会も必要です。

② 周りに関心をもつ 
KY(空気が読めない)という言葉がはやりました。本当のところはわかりませんが、ここでは、協調圧力の強い日本社会であるがゆえに、協調できない人が目立つにようになったことへの警鐘ととっておきます。
自分だけが可愛い、大事という自己愛の強すぎる人が増えているとの指摘もあります。
あからさまな協調、自分を抑えた無理な協調も困りますし、健全ではありませんが、かといって、これも困りますし、集団の雰囲気を壊します。
せめて、not―KYでいきたいものです。

③  助ける
 協調を強調すると、どうしても周りから同調への圧力がかかります。受身での協調ばかりしていると疲れます。それよりも、どおせなら自分から積極的に協調のための行動を起こすほうがストレスも感じないですみます。
その基本は、周りを助けるという気持ちと行動だと思います。困ってそうな人がいたら即座に気楽に手を貸してあげることです。

④ 人との協調よりも仕事の使命と協調する
 人と協調すると考えると、裏もでてきます。協調することが自己目的化してしまうなんてことも起こってしまうかもしれません。
 でも、よくよく考えると、人と協調するのは、何か目的があるからです。たとえば、
 ・チームを勝利に導く
 ・一緒に企画を完成させる
 ・家族一丸となって、苦境を脱する
 そこで、事の使命と協調するのだ、と考えてみてはいかがでしょうか。
 そうすれば、人との協調ができなくとも、あまり気にしなくとも済みます。人との協調は、あくまで手段の一つと考えるのです。そうれば、気楽になれます。その気楽さ余裕が、かえって人との協調をより良質のものにするということもあると思います。
 


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●ポジティブ物語ってどんなもの」10年前の今日の記事

2020-04-20 | ポジティブ心理学
●ポジティブ物語ってどんなもの
物語をポジティブ対ネガティブに分けてしまうのは、単純すぎますが、心を元気にしたければ、やはり、ポジティブ物語のほうがいいですね。
「YESMAN」という映画を見てきました。
 なんでもYESといえば、人生変わるというセミナーに参加して洗脳されたしがない銀行員。以後、どんな融資依頼話にもYES,YES,を連発することで確かに人生がポジティブな方向へと変化はするものの、最後は、「あなたのYESは、主義からなの? 本音なの?」と彼女から問い詰められて窮地に陥ってしまいます。まー最後は、なんとかハッピーエンドにこぎつけました。
 ストーリーは単純でしたが、心を元気にして劇場を後にすることができました。
 こうしたポジティブ物語には、次のようないくつかの共通点があります。
 一つは、はらはらどきどきの後、終わりよし(ハッピーエンド)のパターンです。
 はらはらどきどきで、見ているものを感情的にネガティブなほうに巻き込みます。涙さえ流させます。それを最後に一気に「あーよかった」まで引き上げます。
 この感情的なアップダウンは、聴衆、読者を巻き込むのには必須のお膳立てです。
 その具体的な内容(筋書き)はさまざまですが、問題解決、成功、結果として、主人公の喜び、幸福、安寧をもたらすようなものになります。

 2つは、登場人物への感情的移入の仕掛けがあります。
 シンデレラ、マッチ売りの少女、極貧イケメンを登場させる一方は、見るからに憎らしい、反発を買うような悪役も必要です。この両者が織りなすエピソードが、聴衆、読者をして主人公への感情移入を促します。

宗教心「真正の元気を生み出す魔法の世界」(再掲)

2020-04-11 | ポジティブ心理学

宗教心「真正の元気を生み出す魔法の世界」

● 新興宗教が救ったわが母
 自分の育った家庭は、半崩壊家庭でした。
 そんな中で、これまたごくありきたりですが、母は、新興宗教に入れ込んでしまいました。
 しつこく誘われたり、教義を吹き込まれたりもしましたが、自分も兄もまったく見向きもせずでした。今となっては、ちょっぴり申し訳ない気持ちもありますが、当時は、自分で生きていくのに精一杯でした。
 しかし、今こうして振り返ってみると、母の宗教へのこののめり込みが母の心の元気を支えていたのだとつくづく思います。

● 宗教心ってどんなもの
宗教はなくとも、宗教心は誰の心にもそれなりにあります。
なにか自分には及びもつかない力が働いている感じ。
この世にはない崇高な世界があるという感じ。
真善美で満たされた感じ。
そして、究極が、死後の世界が存在するという感じ。
こんなところでしょうか。
適切な表現ができないもどかしさがありますが、おそらく、冠婚葬祭のセレモニーとは無縁な心の中の世界の一端、しかも至高の世界の一端だと思います。

● 母の元気を支えたもの
 熱烈信者になってからの母は元気そのものでした。
 姑が牛耳る田舎の兼業農家の長男に嫁いできて15年くらいしてからの夫の乱行ぶり。誰に相談できわけではない。姑は自分の子ども(親父)がかわいい。周囲は旧家の嫁への強くきびしい目。こんな中での孤立無援のしんぼう。
 母が亡くなった今になってしまえば、そのつらさ、どれほどのものかはうかがい知ることもできません。
 そこへ救世主のごとく出現したのが、新興宗教だったのだと思います。
 つらさを丸ごと受け止めてくれる人々と場がありました。
 つらい現状をもたらした原因を自分の心に求めることで、自己鍛練へとのめりこみました。
 これらが母の元気につながったのだと思います。
 そして家庭の全面崩壊を崖っぷちで食い止めてくれました。

● 宗教心はなぜ心の元気をつくるのか
 まず、「つらさを丸ごと受け止めてくれる人々と場」です。
 これは時代だったのか、それとも田舎ゆえなのか、今、都会や観光地でよくみかけるご婦人どうしの息抜きの場を母が持っていた形跡がありません。そうした場としては、せいぜい実家へ帰るくらいだったのではないでしょうか。よく一緒につれていかれました。
 どれほどひどい状況になっても、誰にも相談できず、気晴らしもままならずではなかったかと思います。
 そこに、突然出現した自分と同類の仲間、しかも、カウンセリング・マインドたっぷりの仲間。どれほどの助けになったことか。
 もちろん、現実逃避という一面はあったと思いますが、宗教の癒しの力をその場に見つけたのですから、のめりこんで当然です。
 その上で、心の元気づくりに貢献したのが、「つらい現状をもたらした原因を自分の心に求めることによる自己鍛練」です。
 当時、耳にたこだできるくらいに聞かされたのが自己懺悔でした。
 「自分が至らなかったから、こんなことになった」というものでした。そして、母は本当に変わりました。
 そうして自己懺悔を繰り返すことで、自分を変えていったのです。やや自虐的ですが、これがまぎれもなく母の心の元気の素になりました。

●宗教心で心を元気にするコツ
①日常のなかに宗教心を
  多くの日本人にとっては、世界3大宗教の一つである仏教も冠婚葬祭のとき以外はほとんど無縁です。これは、ある意味、不幸なことだと思います。
  カトリック系の幼稚園に入って、食事の前には、お祈りを、そして、寝る前には、ママに叱られたことを懺悔する習慣を身につけた4歳の娘さんを暖かな目とユーモアで書いた投稿を今朝の新聞で読み、心が洗われました。
  幼児期に自然に宗教心にひたれるのはすばらしいことで、これは、貴重な心の元気づけ資産として後々まで役立つはずです。
 ②真善美を崇める
  大人になって、さて、宗教心を、といっても、なかなか難しいところがありますが、宗教心を真善美の世界に浸れる心と考えれば(それだけではないと思いますが)、これからでもそれなりに身につけることができると思います。
  真の世界なら、学問
  善の世界なら、ボランティア
  美の世界なら、芸術
  がすぐに思い浮かびますが、これに限りません。世俗とはかけ離れた、何か自分の力では及びのつかない、しかしそれに強くひかれる、そんな世界です。
   そんな世界に浸れる時間を少しずつ確保するようにしてみたらどうでしょうか。そんな世界を心の中に築くことができれば、世俗を余裕をもって生き生きと生きていけるのではないでしょうか。
   

宗教は人間の心をしびれさせる阿片である。音楽もそうである。経済学も、性交も、酒はもちろん、ラジオも、賭博も、野心もすぐれた人間の阿片である。だが最高の阿片はパンである。そのために人間は見境もなくわめき立て、奪い合う。
ヘミングウェイ 「賭博師・尼・ラジオ」

達成感「やり遂げたという感覚を持つ」(再掲)

2020-04-10 | ポジティブ心理学

達成感「やり遂げたという感覚を持つ」

●達成感のある人生だった
 74歳、そろそろという時期になってきつつある。父も母も90歳超えまで生きて天国へ旅立った。
 頭をよぎるのは、過去のあれこれ。そして、結局は、「やれることはやったなー」「よくぞ、ここまできたものだなー」という感懐です。そんな中で思いついたキーワードが達成感でした。
 心理学では、達成動機という用語はありますが、達成感はありません。 
達成感。ここでは、「やるべきこと、やりたいことはやったなー」という満足感を伴った感覚です。「やるべきこと」は使命感に裏づけられた仕事、「やりたいこと」は内発的欲求に駆り立てられた仕事です。そのいずれもやったなー、満たされたなーという感覚が達成感です。
今の自分の元気心のベースには、この満足感があるように思います。

●達成感は心の元気を作る
 ポジティブ心理学の提唱者であるセリグマンの有名な実験があります。
それは、犬を使って、何をしても電気ショックから逃れられないようにするのです。やがて、犬は何もしなくなってしまいます。何をやってもだめなら何もしないほうが得、ということを学んでしまったということで、学習性無力感と名づけました。
 達成感は、逆ですね。
自分なりにがんばれます。そして、達成すべき目標があります。目標をクリアすれば、うれしくなります。自分に自信がつきます。さらに、がんばろうという気になれます。無力感と反対の有能感につながります。その蓄積が達成感になります。

●達成感をもつためのコツ
①目標を意識して仕事をする
 達成感は、目標をクリアしたときに感ずることができます。ですから、2つのことが大事になります。
一つは、目標の設定に関することです。
あまり高い目標を設定しまうと、達成感を感ずるまでに時間がかかります。時間はかかりますが、それだけに達成感は絶大です。でも、その間、えてして挫折してしまうリスクがありますね。
そこで、目標を下位目標に分割することになります。最終目標に到達するまでの過程を何段階かに分けて、それぞれをいつまでにやるかを決めることになります。これだと、下位目標がクリアできるたびに達成感をもてます。
もう一つは、目標意識です。
工程表ができても、それを意識しなければ、どうにもなりません。実は、意外にこういうことって起こりがちです。締め切り、納期に間に合わないという、あれです。今やっている仕事を常に目標、下位目標からチェックする習慣が必要です。工程表を手帳に書いたり、デスクの前に貼り付けたりして、見えるようにするといった工夫も必要です。

②ルーズに評価する
 ものにもよりますが、目標に到達しているかどうかの見極めは、結構、難しいものがあります。さらに、外からの評価まで考慮に入れたら、大変なことになります。
 ここでは、あくまで自分なりの達成感を持てるための評価ですから、できるだけルーズ、アバウトで良いのです。「まーこんなところかなー」くらいで良いのです。
 評価のダブルスタンダード(2重規準)を用意しておくのです。
 「周りはそうは言うけど、自分は自分なりに満足」と言えるようにしておくのです。周りに依存すると評価がどうしても厳しくなってしまうからです。そして、それが発奮につながればよいのですが、えてして逆に、これだけやったのに認めてもらえないということで落ちこんでしまうことになってしまいます。

③自分なりの報償システムを用意しておく
 「自分をほめてあげたい」「自分にご褒美を」です。
 少しでも達成感を持てたら、それを自分でほめるのです。いつもと違ったちょっぴりにぎやかではれがましいことをするのです。
 買い物したり、おいしいものを食べたり、旅行にいったりするのです。あるいは、親しい人に贈り物やおごりもいいですね。
 いずれにしても、定番を決めておくのがコツです。なぜなら、さりげなくできますし、それに前々からの元気心が結びついていますので、効果が確実かつ速攻で得られるからです。
 本当は、周りにそういうことをしてくれる人がいればいいのですが、いつもいつもというわけにはいきませんから、自分なりに、自己報酬システムを作っておくことをすすめます。それが元気バネになって、さらなる達成へとつながります。

④小さな達成感も大事
 自分は、雑用大好き人間です。理由はあれこれありますが、一番は、達成感です。
 たとえば、書類処理。よくよく考えればつまらないごく日常的な作業ですが、やれば片がつきます。そんなものを朝一でどんどんやるようにしています。それをしているとだんだん気持ちも頭も元気になってきます。
 一つ一つ終わる、それなりに片をつけたという達成感も、馬鹿にはなりません。そればかりを一日中というのはできれば願い下げにしたいところですが、気持ちの元気づくりのために、そんな「雑用」を随所に入れておくのも一計です。


歌「歌うと気持ちが高揚する」(再掲)

2020-04-07 | ポジティブ心理学
歌「歌うと気持ちが高揚する」

●歌うと心もからだも元気
自分は、カラオケは、2,3度、酒席で無理やりさせられたくらいの経験しかありませんが、世間では、カラオケは、もはや子どもでも楽しむ娯楽文化の一つのようですね。豪華なつくりのカラオケのお店があちこちにありますから、カラオケ人口は相当な数になっているかもしれません。
ちなみに、カラオケの発明者・井上大佑氏は、2004年にイグノーベル賞(ユーモア一杯の発明発見に与えられる賞)を受賞しています。
カラオケの話はこれくらいにしますが、歌うことは、気持ちが良いし、気持ちを元気にしてくれます。
名前を思い出せないのですが、ある歌謡ショーでこんなことを言っている歌手がいました。
「(小説だと」何百ページもかけて伝えようとする感動を、歌はわずか数分で伝えるのです)
さらに、謡(うたい)を習っている人から、「複式呼吸で声を出すので内臓が鍛えられる」という話も聞いたことがあります。

自分では今はほとんど歌うことはありませんが、若い頃は歌集本を買って大声をあげていたことがあります。そういえば、「歌声喫茶」なんてのもありました。
歌は心もからだも元気にする文化なり、を今更ながら得心しました。ここはその話です。

●歌と心
 歌には、歌詞と曲(メロディ)とがあります。それらが気持ち密接に関係しています。
 歌詞には、気持ちが陰に陽に込められています。歌詞の意味がわかれば、どんな気持ちが込められているかはかなりはっきりとわかります。
 曲にも、気持ちが反映されていることは実感できます。ただ、こちらのほうは、曲単独ではそれほどはっきりとはわからないことがあります。
歌詞と曲とがぴったり、あるいは逆に、そぐわない、ということがありますから、歌詞と曲とは微妙にコラボレーションして気持ちに影響を与えているのだと思います。
したがって、ある歌が好き、ということは、その歌に込められた気持ちにも共感することになります。
気持ち元気になりたければ、ポジティブな感情がこもった歌がよいことになりそうですが、このあたり、なかなか面倒な話があるようです。音楽心理学に詳しい松本じゅん子氏によると、「同質の原理」というのがあって、感情と一致する音楽のほうが、好まれるらしいのです。論文の要旨からさらに詳しく引用しておきます。
「悲しい音楽は,悲しみが弱い時には効果を及ぼさないが,非常に悲しい気分の時に聴くと悲しみを和らげる効果があり,状況によっては気分に有効に働くことが推察された。」

●歌って気持ち元気になるコツ
①聞くより歌う
スポーツと同じで、歌も聞くだけでも気持ちが元気になれことがあります。でも、できれば、歌いたいものです。スポーツと同じで、やるほうが格段に楽しいからです。
何かを自分からすることは、気持ちを前向きにします。たとえ、悲しい歌でも、ともかく歌うことです。歌っているうちに元気になってきます。
なぜかというと、歌うためには、歌詞と曲を思い出す必要があります。そのために注意を集中して頭をフル回転させなくてはなりません。それが心地よいのです。
さらに、歌える歌には、何度も歌った経験がありますから、親密感が湧きます。これも心地よさにつながります。
②歌をストックしておく
 カラオケの話を冒頭にしましたが、そのカラオケも、今や自宅で楽しるのだそうです。また,IT技術のおかげで、手軽に安価に好きな音楽を手元にストックすることができるようにもなりました。ありがたいことです。
そんな環境を活用して、歌うことを楽しむことです。そして、なじみの歌のレパートリーを増やして記憶しておくのです。
気持ちを元気にするには、無論、ポジティブな内容のものが良いことになりますが、歌うことの元気づけ効果もありますから、あまり内容にこだわることはないと思います。

③仲間と一緒に
 カラオケがすごいのは、仲間と一緒に歌って楽しめる環境を作りだしたことです。昔、いや、今でもあるかもしれませんが、歌声喫茶の現代版とも言える環境を作り出してくれました。
歌うのは気恥かしいところがあります。ですから、ついつい一人歌いになりますし、それはそれで心を元気にする効果があります。放歌高吟なんてこともあります。
でも、時には、仲間と一緒に歌う楽しさも満喫されることもおすすめです。
仲間との一体感を作り出すために歌は極めて有効な手段です。校歌、社歌斉唱ですね。そういえば、軍歌もありました。
歌の内容そのものよりも、仲間と一緒に同じ歌を歌うことで、歌に込められた感情を仲間と共有する心地よさもあります。




心身一如「心よければからだも元気、からだよければ心も元気」

2020-04-03 | ポジティブ心理学
心身一如「心よければからだも元気、からだよければ心も元気」
  
● 呼吸にみる心身一如
 心身一如に関連して、呼吸を例にして、ややこみいった話から。
 息を吸ったり吐いたりする呼吸。これが止まれば死にます。
普段は、まったくなんの苦労もなく、意識せずとも1分間に20~30回くらいの呼吸を繰り返しています。
 ところが、この呼吸、一定の範囲内ですが、自分の意志で簡単に止めたり早めたりすることができます。
 さらに、ひとたび何かあると、意志とは無関係に呼吸はそれに呼応して速くなります。
 このように呼吸は、
普段通り自律的に動く
緊急時に反射的に速くなる、
そうしたい時にはそうできる
の3つに局面を持っているのです。前の2つは意志とは関係なく無意識的に動きます。ことばを変えて整理すると、次のようになります
 ○無意識的(不随意的)
   自律的
   反射的
  ○意識的(随意的)
 となります。
 そして、よくよく考えると、からだの働きの至る所で、この3つの局面があることに気づかされます。
 たとえば、歩くことを例にとってみると、
  ○無意識的(不随意的)
   自律的―――普通に歩いているとき①
   反射的(自動的)―――突然、自転車が近づいてきたときに避ける②
○意識的(随意的)―--いつもより速く歩くとき③
    (番号は、後の話で使う参照用)

 以下、この3つの局面について、心身一如にもとづく元気づくりの話をしてみます。
 
● 心身一如に配慮した心の元気づくりのコツ
① 無意識で自律的な心の元気づくりをする
からだのゆったりした定常的な動きは、気持ちと頭を元気にするのに有効です。
 車の運転にたとえるなら、走りだす前のアイドリングのようなものですね。
メタボ解消、からだの健康維持で、いま、ウオーキング花盛りです。とりわけ、高齢者が多いのですが、それとは別に、心を元気にするウオーキングというのもあります。
② 無意識で反射的な心身の元気づくりをする
 やや逆説的になりますが、それは、あなた自身がポジティブになり、状況をポジティブなものに変えていくことが一番です。そのためには、
  笑顔など明るさを演出する
  率先してあいさつをする
自然なポジティブ表現をする
ほめ言葉を多めに口に出す
メリハリのきいた動きをする
などなど
ここで紹介している心構えや技法すべてを動員することになります。
そして、あなたのまわりがポジティブなものに変われば、そのなかに入れば、ただちにあなたの心とからだを元気にしてくれるます。
③ からだ経由の意識的な心の元気づくりをする
 随意筋というのがからだのあちこちにあります。「随意」、つまり、意のままに動かすことのできる筋です。からだを意のままに動かすことができるのは、この随意筋のおかげです。
 心を元気にする最後の話は、この随意筋がらみの話になります。
 からだを仲介させることで、気持ちを元気にさせようというものです。
 ここで、もう一度、呼吸を話題にしてみます。
 呼吸は、自律神経に支配されているのですが、その支配のもとにある11種類の呼吸筋のうちいくつかは随意筋なのです。これは他の内蔵筋にはない特徴です。このため、呼吸だけは、意志の力である程度はコントロールできるのです。
 そこに着眼して、意志(心)で呼吸をコントロールして気持ちをととのえる呼吸法が開発されたのです。
 たとえるなら、アクセルを意識的に踏んで(意志)、エンジンをふかし、車のスピードを上げるようなものです。
 呼吸法については、さまざまなものが考案されています。
 「吸うー止める―吐く」を「いつもよりゆっくりと多めに」を何度か反復することで、副交感神経系に働きかけてリラックスするのが基本です。
誰でもいつでもどこでもできるリラックス法です。
では、この呼吸法の理屈を、心の元気づくりに応用すると、どうなるのでしょうか。
 出発点は、あなたの意思、つまり、元気になろう/なりたい、というあなたの意志です。
それがあっても、ただちに気持ちも元気、とはいかないので、からだを活用するわけです。
では、随意呼吸に対応するものとして何を想定すればよいのでしょうか。
 それは、身体随所にある筋肉(随意筋)です。それをあなたの意志で動かすのです。しかも、いつもより1割か2割くらい多めに動かすのです。
・ただ歩くのではなく、やや早く歩くのです
・ただ走るのではなく、やや早く走るのです
・ただからだを動かすのではなく、ややきつめに動かすのです
この1割、2割アップの動きを意識的にすることが、自律神経系の交感神経系を刺激してほどよい緊張をもたらします。これが気持ちの元気につながります。


心を元気にするキーワード集<<ポジティブ心理学のカテゴリー参照

2020-03-23 | ポジティブ心理学
心を元気にするキーワード集

  • 気持ちを元気にするキーワード
  • 頭を元気にするキーワード
  • 周りを元気にするキーワード
付録   心を元気にするもの、こと

平成29年1月
 


ポジティブ感情「一日一回、ポジティブ感情を味わう」

2020-03-22 | ポジティブ心理学

ポジティブ感情「一日一回、ポジティブ感情を味わう」

● 快より不快のほうが多い
 2010年5月11日付読売新聞の博報堂生活総合研究所がおこなった調査結果が紹介されていました。
 青年男女6000人に、「ほっ」「じーん」「やばい」などの感情を表現する擬態語、擬音語20個を生活のなかでどの程度感じるかを聞いたのです。結果は次のとおりでした。
・ 不快に関する語としては、「いらいら」が最高、ついで「むかっ」「うんざり」と続く
・ 快では、「ほっ」が最高、ついで「ほのぼの」「やったー」「わくわく」と続く
・ 不快関連の言葉のほうがより頻繁に感じたことがある
・ 快を感ずるのは女性のほうが圧倒的
おもしろいですね。とりわけ、終わりの2つの結果。
この連載を読めば、きっと、快―不快が逆転します(笑)。

●感情を分類してみると
感情の種類も喜怒哀楽が基本ですがそれ以外にも結構、あれこれあります。それを分類
する観点にもあれこれあります。その一つを紹介してみます。
まず、「活性対不活性」と「快適な対不快な」の軸(観点)を設定します。
「活性対不活性」はイメージの沸きにくい用語ですね。むしろ、「激しさ/舞い上がった
対静かさ/落ち着いた」とでも言ったほうがいいかもしれません。感情には、強弱があることを、分類の観点として入れたものです。
「快適な対不快な」は、解説はいりませんね。
この2つの軸を組み合わせて、感情を4つのゾーン(領域)に分けます。
「快適・活性」 機敏な、上機嫌 幸せ>元気ゾーン
「快適・不活性」平和 満ち足りた くつろいだ>リラックスゾーン
「不快・活性」 緊張 心配 いらいら>攻撃ソーン
「不快・不活性」悲しみ 抑うつ 無力な>沈みゾーン
ポジティブ感情というくくりは、この分類で言うなら、「元気ゾーン」になります。

● ポジティブ感情、再考
  機敏で上機嫌で幸せ。
こんな感情状態でいられる時って、日常でどれくらいあるのでしょうか。
 普通の人のほとんどの時間が、ほんのちょっと感情のさざ波がたつくらいの状態なのではないかと思います。ここが、いわば感情の「デフォルト(普通)ゾーン」です。
 そして何か事が起こると、上のような感情状態、つまり、「感情的に」なるのだと思います。感情は、あなたの生存を脅かす、あるいは維持することの危険を察知するセンサーだからです。
 何もないときは、また、デフォルトゾーンの戻ります。

 いずれのケースでも、時間の長短はあれ、普通はデフォルトゾーンへ戻ります。
 喜びっぱなし、怒りっぱなし、沈みっぱなし、くつろぎっぱなし、ということはあまりありません。
 なぜなら、感情にはエネルギーが費やされるからです。あまり激しい(活性度の高い)感情は長続きできないからです。失恋して一生結婚しないなんてことはごくまれですね。
 感情にまつわる問題のほとんどは、時間が解決してくれます。
 ただ、持続的に感情を刺激する事象が存在し続けるときは、別です。それは、ポジティブ事象でも、結構、危ない状態です。
 たとえば、あまり有能感が高くなってしまうと、慢心してしまいます。見るべきものが見えなくなってしまいます。
 あまりエネルギー温存すると、世の中の動きから取り残されます。動くのがおっくうになります。
 ですから、四六時中、ほめられたり叱られたりという状況は、感情にとっては好ましくない状況をもたらすことになります。
 ここが難しいところですが、逆に、四六時中、デフォルトゾーンなんてのも、機械のようで味気ないですし、感情の危険センサーの働きが鈍っていますから、時には危ない状況にもなります。

● ポジティブ感情を設計するコツ
では、どのようにしたら、最適なポジティブ感情を設計できるのでしょうか。
2つほどお勧めがあります。
① メリハリをつける
デフォルトゾーンに入り浸るのも実は、人間は好きではないようです。だまっていても、そこから出たいという欲求があるようです。
ドラマをみて感動したくなります。趣味活動に没頭して満ち足りた気持ちになりたくな
ります。
それでも、仕事の場となると、コンピュータ画面を眺めながらたんたんと仕事をこなすようなことが続くことがあると思います。
平々凡々の毎日。
そのメリ(減り)状態にハリ(張り)を、みずからがつけるのです。
たんたんとした仕事でも、たとえば、午前中にどこまで、という目標を立てて、達成できたらうれしいですね。それがハリになります。
結果として、仕事に喜びという私情が入ってきます。私情がハリになって、元気ゾーンを味わえることになります。
元気ゾーンをハリに使う習慣をつけることです。
②領域分けをする
 一日の生活は、いくつかの領域に分かれています。
 ざっと分ければ、こんなところでしょうか。
  ○仕事
   雑事
   本業(自分に与えられた仕事)
 ○家庭
   雑事
   役割分担
  ○プライベート
   趣味、遊び
   勉強
 領域分けとは、一日単位でも1週間単位でも、どこかの領域で、ポジティブ感情を実感できるところを用意しておくことです。
 今日は仕事領域では、ネガティブ感情状態だったが、趣味活動でポジティブ感情を味わえた、というように生活設計をすることです。

「熱中はーーーすべてを忘れさせる幸せ心」

2020-03-12 | ポジティブ心理学

「熱中はーーーすべてを忘れさせる幸せ心」

● 熱中エピソード
まずは、天才たちの熱中体験のいくつかから。
・ ニュートン は、考えに熱中していて、ゆで卵の代わりに時計をゆでてしまった
・ エジソンは、人間でも卵を孵化できるはずと、食事もしないで鳥小屋で卵をだいていた
・ 野口英世は、不眠不休で働いたので、「24時間仕事男」と呼ばれた
・ アインシュタインは、ものごとを考えるのに、あまりに時間がかかりすぎ、「退屈神父」とあだ名がつけられた
(山田大隆「心にしみる天才の逸話」講談社ブルーバックスより)
 熱中すれば天才になれるのか、天才だから熱中できたのかは、わかりませんが、熱中体験は、発明発見には必須のようです。
 熱中は、頭の元気さが最高潮に達している状態です。だからこそ、結果として、発明発見につながるのです。



 さらに、こんな引用はどうでしょうか。
「―――画家たちが仕事に没頭しきっていることでした。文字通り、周りのすべてを忘れているように見えました。---略---絵筆を握っている手は疲れを知らないように思えました。いくら長い時間仕事を続けようと、彼らは少しも気にかけていませんでした。(チクセントミハイ)(サイヴァートら著「幸せ時間ですべてうまくいく!」飛鳥新社より)

●熱中するとは、
 天才の熱中体験から話を始めてしまったので、そんな熱中、自分とは無関係と思われてしまったかもしれません。

 実は、最後に引用したチクセントミハイ(心理学者)の言っていることは、熱中よりもさらに高度な状態であるフロー(flow)体験なのです。これは、いわば、天才たちの体験の話なのです。
 天才ですから、その結果として、社会的に価値のある発明・発見をすることにつながっています。そして、神がかり的な心の世界(至高体験)にまで浸りこみます。

 凡人である自分にはどうも、そこまでは無理、という感想は、当然です。
 しかし、フロー体験まではいかないまでも、それに類似した、それよりちょぴりかわいい(笑)熱中体験は、誰にもそれなりにあるはずです。
 熱中体験かどうかを知る目安の一つは、時間を忘れてしまうほど、何かをしたかどうかです。
 これならいくらでもありますね。
 
・ゲームをしていて、つい夜更かし
・友達とだべっていて、門限が過ぎてしまった
・難しい問題を考え抜いていたら夜が明けた
・電車で小説を読んでいって、乗り過ごしてしまった

 さらに、熱中体験かどうかを知るもう一つの目安は、ほかにやらなければならないことをすっぽかしてしまう(忘我)ほど、何かをしたかどうかです。
上の4つの場面に合わせるなら、
・ゲームをしていて、宿題を忘れた
・友達とだべっていて、約束の時間に電話するのを忘れた
・難しい問題を解いていたら、約束を忘れてしまった
・電車で小説をよんでいたら、棚の上に乗せておいたカバンを盗まれた

 どうでしょうか。これに類した体験ならいくらでもありますね。
 熱中とは、このように、時間を忘れ、他の事を忘れてしまうくらいに一つのことだけにかかわってしまうような状態です。


至高   フロー    使命感

忘我   熱中    個人的嗜好
             挑戦心
注意集中
                   個人
図 注意集中から熱中、フローまで

● 良い熱中に誘うもの
 熱中には、悪い熱中もあります。
ビデオゲーム中毒、携帯電話中毒がその典型です。
悪い熱中の多くは、外側に、熱中させる仕掛けがあります。たとえば、
・大音響やけばけばしい色彩
・頻繁な場面転換
・魅力的な登場人物
・奇想天外なトリック
・感情を揺さぶるシーン
・ただちに反応することを要求

 こうした仕掛けを見せられれば、誰もが熱中してしまいます。
こうした熱中は、いわば、みずからする熱中ではなく、外から強いられる熱中です。いわば、受動的熱中ですね。
 こういう熱中、すべてがただちに悪い熱中というわけではありません。
・日常のつらさを忘れたい
・ストレスを発散したい
・気持ちを高めたい
といったときには、実に有効です。だからこそ、これほど人々を引き付けることにもなります。
 しかし、こうした受動的熱中が、四六時中続いたらどうでしょうか。
・頭をだめにしますし、気持ちを貧弱にします
・心身の健康を害することにもなります

IT社会は、こうした悪い熱中への誘惑に満ち満ちています。テクノストレスという言葉がかつてよく使われたことがあります。
十分に気をつけてください。

●良い熱中に誘うもの
これに対して、良い集中は頭を元気にします。
 良い熱中にいざなう決め手になるのは、個人的嗜好と使命感と挑戦心です。

熱中するためには、熱中するものが、あなたにとってそうしたいもの、さらに好きなものであること、そこまでいかないまでも、ポジティブな感情を持ちながらできることです。これを個人的嗜好と言っておきます。
命じられた仕事をいやいやするなら30分も集中すると飽きてしまいます。熱中にはほど遠い状態がすぐにやってきます。
でも、あなたがそうしたい、あるいは、好きで好きでしょうがない、楽しくてたのしくてしょうがない気持ちで取組める仕事ならどうでしょうか。あっという間に1時間、一日がたってしまいます。

2つ目は仕事に使命感をもって取り組めることです。
使命感というとややおおげさになりますが、こういうことです。
どんな仕事にも、それなりの意味、意義があります。
大きくは、社会全体、会社全体、組織の中でのその仕事の位置づけ、小さいところでは、自分にとってのその仕事をすることの意義などなど、要するに、その仕事をとりまくもろもろを考えてみることです。
・ どうして自分はその仕事をしているのか
・ なぜ、その仕事は存在するのか
・ 仕事を自分がしないとなどういうことになるのか
などなど。
その中に自分で心の底から納得できるものがあれば、それが使命感になります。

余談になりますが、何とかオタクと呼ばれる人がいますね。
彼らもある特定のことに熱中していますが、そこには、ここでいう、使命感が希薄です。「井の中の蛙、大海を知らず」です。
向かうところが、まったく個人的な興味・関心に限定されています。その点で、彼らの熱中を、ここで良い熱中として推奨するのには、やや躊躇してしまうところがあります。悪い熱中ではないことも確かですが。

だからこその使命感なのです。使命感は、仕事に熱中させる「神の力」です。
これがあれば、たとえ、周囲に多少の抵抗があっても平気。自分の思うがままに目標に向かって仕事に熱中できます。

 熱中に導くもう一つは、挑戦心です。
 なんとしてもやり遂げる気持ちです。
 当然、いついつまでにどこまでというはっきりとした目標が必要です。
 さらに、ここが大事なのですが、自分の力でできるという強い確信も必要です。自分の力に自信のない人、あるいは、自分の力を見極めることのできない人には、挑戦は無縁です。あるいは、無謀ということになります。

 あなたがそうしたいもの、そうする必然性があるもの、そして、頑張ればできそうな仕事。
 それがあれば黙っていても熱中できます。
 それは、必ずしも、会社の仕事である必要はありません。
 地域のボランティ活動でもよいのです。
 一つでも2つでも、そんな熱中できるものを持っていれば、元気人生を歩めます。


温かい認知

2019-11-06 | ポジティブ心理学

・楽しい気分のときは、相手を肯定的に判断する(気分一致判断)
・楽しい気分のときに憶えたことは、楽しいときによく思い出せる (気分状態依存効果)
・ポジティブな感情状態では、簡便で直感的な情報処理をしがち

ネガティブ引力

2019-10-18 | ポジティブ心理学
人間の心は、どうもネガティブなほうにバイアスがかかっているようです。 放っておくと、どうしても悪いほうへ悪いほうへと展開してしまうようなのです。
 いわば、ネガティブ引力ですね。
 どうしてなのでしょうか。

 たぶん、こういうことではないでしょうか。
 「勝ってかぶとのおを締めよ」という戒めがあります。
慢心の戒めですね。慢心すると、生き方が甘くなります。見えるものも見えなくなります。やるべきことも雑になります。さらには、努力もしなくなります。挙句の果ては、どうなるでしょうか。

 これでは、生物種としての生き残りもままなりません。
そこで、黙っているとネガティブ方向へと心がいくように仕向けておくのです。心がネガティブになれば、あれこれと考えざるをえません。深く自分の心を内省もします。そこに世の中をより深く知るきっかけがあります。

 さらに、こんなことも考えられます。
 ポジティブ志向には、がんばっての色合いがあります。一生懸命にやってやっとそこまで、という感じですね。
 引力に逆らって打ち上げられるロケットのイメージです。

 人は誰しも、自分の限界を知りたい気持ちを持っています。ここまでと思っていた限界を超えるとうれしくなります。それがまた次の挑戦につながります。これが人類を進化させてきたのだと思います。
でも、いつもいつもずっと一生懸命も大変です。疲れます。いずれ破綻してしまいます。
そこで、ちょっと一服しませんか、ということで、心をネガティブなほうに引き戻すのです。というより、ここでも、黙っていれば、心が休める方向、相対的にはネガティブな方向へといくようにしてあるのです。
 いかがでしょうか。納得してもらえたでしょうか。

「YESMAN」という映画を見てきました。
 なんでもYESといえば、人生変わるというセミナーに参加して洗脳された銀行員。
 YES,YES,を連発することで確かに人生がポジティブな方向へと変化はするものの、最後は、「あなたのYESは、主義からなの? 本音なの?」と彼女から問い詰められて窮地に陥ってしまいます。まー最後は、なんとかハッピーエンドにこぎつけました。

 心を元気にする習慣づくりためのあれこれの心がまえや心理技法を紹介してみました。
それらをヒントにして、ネガティブ・バイアスの世界から時には抜け出して、ポジティブな世界に飛び出して、メリハリのある人生をおくってください。
そして、また時々はリラックスしてください。


「熱中は、すべてを忘れさせる幸せ心」

2019-10-16 | ポジティブ心理学

「熱中は、すべてを忘れさせる幸せ心」

● 熱中エピソード
まずは、天才たちの熱中体験のいくつかから。
・ ニュートン は、考えに熱中していて、ゆで卵の代わりに時計をゆでてしまった
・ エジソンは、人間でも卵を孵化できるはずと、食事もしないで鳥小屋で卵をだいていた
・ 野口英世は、不眠不休で働いたので、「24時間仕事男」と呼ばれた
・ アインシュタインは、ものごとを考えるのに、あまりに時間がかかりすぎ、「退屈神父」とあだ名がつけられた
(山田大隆「心にしみる天才の逸話」講談社ブルーバックスより)
 熱中すれば天才になれるのか、天才だから熱中できたのかは、わかりませんが、熱中体験は、発明発見には必須のようです。
 熱中は、頭の元気さが最高潮に達している状態です。だからこそ、結果として、発明発見につながるのです。

 さらに、こんな引用はどうでしょうか。
「―――画家たちが仕事に没頭しきっていることでした。文字通り、周りのすべてを忘れているように見えました。---略---絵筆を握っている手は疲れを知らないように思えました。いくら長い時間仕事を続けようと、彼らは少しも気にかけていませんでした。(チクセントミハイ)(サイヴァートら著「幸せ時間ですべてうまくいく!」飛鳥新社より)

●熱中するとは、
 天才の熱中体験から話を始めてしまったので、そんな熱中、自分とは無関係と思われてしまったかもしれません。

 実は、最後に引用したチクセントミハイ(心理学者)の言っていることは、熱中よりもさらに高度な状態であるフロー(flow)体験なのです。これは、いわば、天才たちの体験の話なのです。
 天才ですから、その結果として、社会的に価値のある発明・発見をすることにつながっています。そして、神がかり的な心の世界(至高体験)にまで浸りこみます。

 凡人である自分にはどうも、そこまでは無理、という感想は、当然です。
 しかし、フロー体験まではいかないまでも、それに類似した、それよりちょぴりかわいい(笑)熱中体験は、誰にもそれなりにあるはずです。
 熱中体験かどうかを知る目安の一つは、時間を忘れてしまうほど、何かをしたかどうかです。
 これならいくらでもありますね。
 
・ゲームをしていて、つい夜更かし
・友達とだべっていて、門限が過ぎてしまった
・難しい問題を考え抜いていたら夜が明けた
・電車で小説を読んでいって、乗り過ごしてしまった

 さらに、熱中体験かどうかを知るもう一つの目安は、ほかにやらなければならないことをすっぽかしてしまう(忘我)ほど、何かをしたかどうかです。
上の4つの場面に合わせるなら、
・ゲームをしていて、宿題を忘れた
・友達とだべっていて、約束の時間に電話するのを忘れた
・難しい問題を解いていたら、約束を忘れてしまった
・電車で小説をよんでいたら、棚の上に乗せておいたカバンを盗まれた

 どうでしょうか。これに類した体験ならいくらでもありますね。
 熱中とは、このように、時間を忘れ、他の事を忘れてしまうくらいに一つのことだけにかかわってしまうような状態です。


至高   フロー    使命感

忘我   熱中    個人的嗜好
             挑戦心
注意集中
                   個人
図 注意集中から熱中、フローまで

● 良い熱中に誘うもの
 熱中には、悪い熱中もあります。
ビデオゲーム中毒、携帯電話中毒がその典型です。
悪い熱中の多くは、外側に、熱中させる仕掛けがあります。たとえば、
・大音響やけばけばしい色彩
・頻繁な場面転換
・魅力的な登場人物
・奇想天外なトリック
・感情を揺さぶるシーン
・ただちに反応することを要求

 こうした仕掛けを見せられれば、誰もが熱中してしまいます。
こうした熱中は、いわば、みずからする熱中ではなく、外から強いられる熱中です。いわば、受動的熱中ですね。
 こういう熱中、すべてがただちに悪い熱中というわけではありません。
・日常のつらさを忘れたい
・ストレスを発散したい
・気持ちを高めたい
といったときには、実に有効です。だからこそ、これほど人々を引き付けることにもなります。
 しかし、こうした受動的熱中が、四六時中続いたらどうでしょうか。
・頭をだめにしますし、気持ちを貧弱にします
・心身の健康を害することにもなります

IT社会は、こうした悪い熱中への誘惑に満ち満ちています。テクノストレスという言葉がかつてよく使われたことがあります。
十分に気をつけてください。

●良い熱中に誘うもの
これに対して、良い集中は頭を元気にします。
 良い熱中にいざなう決め手になるのは、個人的嗜好と使命感と挑戦心です。

熱中するためには、熱中するものが、あなたにとってそうしたいもの、さらに好きなものであること、そこまでいかないまでも、ポジティブな感情を持ちながらできることです。これを個人的嗜好と言っておきます。
命じられた仕事をいやいやするなら30分も集中すると飽きてしまいます。熱中にはほど遠い状態がすぐにやってきます。
でも、あなたがそうしたい、あるいは、好きで好きでしょうがない、楽しくてたのしくてしょうがない気持ちで取組める仕事ならどうでしょうか。あっという間に1時間、一日がたってしまいます。

2つ目は仕事に使命感をもって取り組めることです。
使命感というとややおおげさになりますが、こういうことです。
どんな仕事にも、それなりの意味、意義があります。
大きくは、社会全体、会社全体、組織の中でのその仕事の位置づけ、小さいところでは、自分にとってのその仕事をすることの意義などなど、要するに、その仕事をとりまくもろもろを考えてみることです。
・ どうして自分はその仕事をしているのか
・ なぜ、その仕事は存在するのか
・ 仕事を自分がしないとなどういうことになるのか
などなど。
その中に自分で心の底から納得できるものがあれば、それが使命感になります。

余談になりますが、何とかオタクと呼ばれる人がいますね。
彼らもある特定のことに熱中していますが、そこには、ここでいう、使命感が希薄です。「井の中の蛙、大海を知らず」です。
向かうところが、まったく個人的な興味・関心に限定されています。その点で、彼らの熱中を、ここで良い熱中として推奨するのには、やや躊躇してしまうところがあります。悪い熱中ではないことも確かですが。

だからこその使命感なのです。使命感は、仕事に熱中させる「神の力」です。
これがあれば、たとえ、周囲に多少の抵抗があっても平気。自分の思うがままに目標に向かって仕事に熱中できます。

 熱中に導くもう一つは、挑戦心です。
 なんとしてもやり遂げる気持ちです。
 当然、いついつまでにどこまでというはっきりとした目標が必要です。
 さらに、ここが大事なのですが、自分の力でできるという強い確信も必要です。自分の力に自信のない人、あるいは、自分の力を見極めることのできない人には、挑戦は無縁です。あるいは、無謀ということになります。

 あなたがそうしたいもの、そうする必然性があるもの、そして、頑張ればできそうな仕事。
 それがあれば黙っていても熱中できます。
 それは、必ずしも、会社の仕事である必要はありません。
 地域のボランティ活動でもよいのです。
 一つでも2つでも、そんな熱中できるものを持っていれば、元気人生を歩めます。