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心理学研究法の意義

2019-06-22 | 認知心理学
心理学研究法の意義をめぐって(放送大学教科書原稿)

《本章の学習目標&ポイント》
心理学研究の多様なアプローチと論理を14回の講義を通じて理解されたことと思う。最終講義では、受講生の方々の疑問にもたれているような事項について、主任講師3人の鼎談の形式で語ることにした。心理学は理系の学問ではないかと言う疑問から始まり、心理学を学ぶとどのような力がつくのか、実際の研究はどのような手順で進めるのか、心理学のプロはなにをめざしているのか、心理学の研究の方向を理解していただき、知的好奇心をかき立てていただきたい
〈キーワード〉実証的研究法、妥当性と信頼性、観察法、面接法、質問紙法

15-1心理学研究法はなぜ大切か
●心理学は文系か理系か
 心理学を学ぶ学生から、「自分が思っていた心理学とは違っていた。心理学は心について教えてくれるのではないのか。」という声がよく聞かれる。その理由として、①実験がある、②統計が出てくる、③人の心や心の病気の話があまり出てこない、④ネコやネズミのような動物の行動の話が出てくる、などが挙げられる。
 心理学の歴史を見てみると、心についての考え方は哲学から、研究の仕方は生理学から出発し、19世紀後半にそれらの学問から独立した学問領域としての心理学が確立した。前者の流れは、我国の大学においても心理学科が文学部の哲学科から別れて独立した学科となった経緯の中に認められる。後者の流れは、心理学が実証的研究にアイデンティティを求めることにより知ることができる。この実証性のために、心理学では、実験室実験を行い、結果を統計的に処理し、行動を予測するという自然科学的研究法に視点を据えたのである。言い換えると、心理学はその独立のときから、心とは何かについて直接語る方法から分かれて、実証的研究法による心の解明への道を進めてきたのである。
 心理学が実証的学問であることは一般に知られていないため、心理学の初学者は、この研究法に触れたとき、心理学に違和感を覚えるのである。心理学は心を扱うが故に文系でもあり、実証的研究法に基づくが故に理系でもあり得る。むしろ心理学は文系でも理系でもなく、両者を融合した独自の心理系であると主張する方がよいのかもしれない。
 
●心理学ワールドの鳥瞰図
 最初、実験室実験として出発した心理学は、人が目や耳などの感覚器官を通して、環境をどのように受け取るのかと言う感覚・知覚の研究、続いて、記憶や忘却についての古典的な記憶の研究を確立した。さらに、イヌやネコやネズミのような動物の行動を研究する動物心理学、経験と行動との仕組みを研究する学習心理学などの分野へと広がっていくことになった。
 このような基礎的研究分野に続いて、社会的行動を実験室的手法で扱う実験社会心理学が確立するとともに、隣接科学との学際的研究へと広がることになった。この学際的な動向により、隣接科学領域との豊かな関係を形成し(図1)、心理学が心の解明アプローチとして有力かつ多様な研究法を用いることになるのである。
図1
 
●心理学を学ぶとどんな力がつくか
 人は4歳頃になると、自分についての意識が芽生えるようになる。そして、大人になると、学校で心理学を学ばなくても、自分の心については自分が一番よく分かっているし、心を日常場面でどのように働かせればよいのかについても知っていると思っている。人が自分の心について持っているこのような知識の集積を素朴心理学と呼ぶ。人が、日常生活の中で他者の行為を誤解したり、他者から見るといかにも風変わりな迷信や俗信を信じていることがある。このようなことは、人が物事を自分の狭い経験に基づく素朴心理学によって理解しようとすることから生じるのである。心理学の方法論や研究法を学ぶことによって、素朴心理学の知識は、アカデミックな心理学の科学的な知識体系の中に位置づけられ、合理的で妥当な判断をすることができるようになる。この判断に基づいて実践すると、世の中にはびこる迷信やおかしな風習を力強く排除することができるようになる。
 心理学のそれぞれの領域について学ぶことによって、心と行動について豊富な知識を習得し、実践に応用することができる。例えば、発達心理学や社会心理学の知識を得ることにより、人の発達や対人関係についての自己理解や他者理解が深まる。また、認知心理学は人の知的活動の特徴の、生理心理学は心や行動に脳神経や体の働きが深く関わることの理解に繋がっていく。(大野木裕明)

15-2心って何〜研究のアプローチから〜
 心理学における科学的の意味は、その研究がいかに科学的な手順に基づいて進められているかにかかっている。それではつぎに、科学的研究の進め方について説明する。

●科学的研究手順の4段階
 第1段階は、仮説を立てることである。仮説とは、現実におこる出来事(事象)が人や動物の行動に与える効果を整理し、これらの事象が行動に与える効果についての関係を記述することである。例えば、練習によって成績が良くなるとことを経験的に知っている。この経験から、練習量を増加させると成績が一次関数的に増加するであろうという練習と成績間の関係性についての仮説を導き出すのである。
 第2段階は、仮説を実験的に検証することであり、普通に実験をするというのはこの段階である。先の練習の例ならば、異なるグループに異なった練習回数で課題の訓練を行い、その成績を記録する。
 第3段階は、実験結果によって仮説を評価することである。つまり、得られた結果が仮説から予測されたものと一致するか否かの判断を行い、仮説を採用するか、採用しないかを決める。この判断のために統計的検定の結果を用いる。
 最後が第4段階の研究成果の公開である。その研究の目的、実験の具体的方法、新しく発見された結果、その結果を先行研究などと比較検討したうえで評価し、科学論文として公表する。

●研究の妥当性と信頼性
 妥当性とは、調べようとする目的に対して調べる方法が適切であるか、あるいは考え違いをしていないかを問うことである。実験で用いる測度が調べたいことを的確に調べられるのか、これまでに得られた測定の知識とも矛盾していないかが妥当性の基準になる。
 信頼性とは、同じ方法で複数回調べた場合に、結果が常に同じ傾向を示すかどうかを問うことである。一定の条件で複数回実験を行い、一貫した結果が得られた場合に、信頼性が高いという。信頼性の高い研究をするには、実験室を常に一定の環境条件に保ち、実験装置や測定器具をよく整備された状態を保つ必要がある。

●研究の具体的なアプローチ
 心理学でいう心とは何なのか。心理学ではこの命題について直接答えるのではなく、どんな研究法で心を見ていくのかという研究のアプローチとして取り扱う。そこで、心理学ではどのような方法でデータを集めるのかという、研究のアプローチについて述べる。

①行動を観察して推測するアプローチ
 このグループは、大きく2つにまとめることができる。一つは、通常、実験法と呼ばれる実験的観察法であり、人でも動物でも行いうる。実際の実験は、厳密に統制した条件下での行動の変化を観察するために実験室で行うことが多い。そのため、実験参加者にとってはなじみの無い非日常的な場所でテストを受けているという心構えが生じるため、結果が人工的であるという批判を生むことがある。原因と結果の因果的関係を明確に推測することが可能になる。
 もう一つは、観察法と呼ばれる自然的観察法であり、日常の自然な生活場面で行う行動を観察し、記録する方法である。そのために、研究者が観察可能な場面に出かけて行く。観察の対象は、人でも動物でもよく、人では乳幼児の研究においてもよく用いられる。
 観察法は、研究の初期の時期に用いられることも多く、注意深い観察から、新しい研究の芽が見つかることも多い。しかし、研究者が自分の思い込みや主観によって観察結果を判断してしまう弊害も生じやすい。

②生理的ミクロの反応から推測するアプローチ
 脳神経系における中枢性のものと、身体における末梢性の反応がある。いずれの反応も、身体の外から観察しただけでは読み取れないし、本人自身もその反応の変化に気付いていない。このため、このアプローチで用いる手法では専用の測定装置を用いることになる。
 中枢性の反応は、脳電図(脳波)やCT、PET、fMRIなどにより測定される。これらの測定は記憶や思考など高次の精神活動と脳の働きとの関係を解明するために欠くことのできない手法になってきている。末梢性では、心拍・心電図や呼吸、GSR(皮膚電気抵抗)、眼球運動などが測定される。
 いずれにしても心理学の研究では、これらの測度が単独で用いられると言うよりも、他のアプローチの手法との組み合わせで活用される。

③面接者に対する非面接者の応答から推測するアプローチ
 面接法とは、面接者が被面接者に口答で質問し、回答を求める方法である。このため、言語的なコミュニケーションが可能で、質問者の意図が理解できる人が研究対象者となる。臨床心理学における診断・治療や社会心理学における調査など多方面で用いられる。質問の方法には、質問紙を面接によって行う質問紙面接法、質問の意図は明確にするが、個々の質問のやり方は自由で、臨機応変に進めていく自由面接法がある。また、両者の中間にあらかじめ質問を決めてあるが、回答をはっきりさせたいような場合にさらに質問を追加する面接法がある。

④広義の「内観、内省報告」から推測するアプローチ
 生活習慣や態度、商品を購入する場合の広告の効果や購買動機など、人間の行動のいろいろの側面について、質問紙(アンケートともいう)を作成し、調査対象者に言葉を用いて記入してもらう方法で、質問紙(調査)法という。自分で言葉による判断が出来ない人には適用できないし、動物も対象外である。1つの質問紙でいろいろな質問項目についての判断や考えを調べることができ、時間的にも経済的にも効率的である。しかし、問題によっては、どのように答えれば自分にとって有利になるかなどの考えによって、回答がゆがめられるというような短所もある。質問項目をよく考えた質問紙から、人間の行動に関わる多様な要因を明らかにすることができる。

⑤言語反応や作業成績から推測するアプローチ
 パーソナリティの研究では、言語反応や作業結果の分析からパーソナリティの測定や分析を行う手法が重要な研究アプローチとして用いられてきた。一定の刺激カードに対する言語的な反応やストーリーを分析するロールシャッハテストや絵画統覚テストはその代表である。近年、発話をもとに、行動選択過程を調べるプロトコル分析などが開発されてきた。作業検査法(例えばクレペリン精神作業検査)では、一定時間内に単純な作業を行わせ、作業の進行過程から精神活動の特徴を明らかにしようとするものである。
 また、近年高齢者や臨床の事例研究において、日記などの個人の残した言語的な記録の分析が重要な研究手法となっている。
 心理学に親しむには、結果ばかりに関心を持つのではなく、いろいろな研究法の違いに注目するとよい。どんな切り口、手口で扱うのかという工夫もまた、心理学の醍醐味なのである。(岡市広成)

15-3 プロの心理学者とは
●心理学者はどこにいる
 心理系の公務員としては、福祉、警察、司法関係がある。福祉関係では児童相談書の心理判定員として心理検査や心理カウンセリングを行う。警察関係では科学捜査研究所の研究員として筆跡鑑定を行ったり、生理心理学的手法でポリグラフ(俗に嘘発見器と言われる)による供述の事実確認を行う。また生活安全課の少年補導員や相談専門員としてカウンセリングや補導業務に就く。司法・矯正関係では法務省少年鑑別所の心理技官や家庭裁判所調査官として心理検査や心理カウンセリングを行う。
 大学関係では、文学部や心理学部ほかで研究と教育を行う。その他、教員免許の課程認定を受けたいろいろな学部で、教職関係の心理学を講ずる。そこでは子どもの精神発達や学校教員の進路指導や教育相談の技術などを解説する。

●プロの心理学者の仕事
 プロは仕事として研究し、その成果を専門の研究雑誌であれ、学会であれ研究者集団に向けて発信し、その研究の評価を同業のプロの研究者たちに委ねる。このためにプロは、きちんとした専門的トレーニングを受けて、信頼される手順を踏んで公表する。プロは、観察された事実をもとに、ある現象とその現象が生じる原因となったと考えられる事象間の関係性について、科学的報告としての共通のルールに従い、適度な厳密性とある程度の普遍性のある説明を行う。プロの関心は、自分の興味と関心が心理学の学問体系のどこに位置づけられ、プロの知的共同体としての学会に認められ、貢献できる研究が行えるかという点にある。
 さらにプロの世界は厳しい。画期的な結果がただ1度だけの実験で得られたとしても、その結果が直ちに信用されない。たまたま偶然の結果得られたものであるかもしれず、また、実験者のまったく気がつかなかった他の要因によって生じたのかも知れない。そのため、研究者は、その研究が重大な問題に対する結果を提供している場合ほど、多くの研究者がこの研究方法が妥当であるか、などを検証するために、再現実験(追試)を行うことが不可欠である。この場合に、同じ条件で実験が再現できるように必要な実験方法を記載することが義務づけられているのである。
 心理学に造詣を持たないアマの関心は素朴な興味や関心に基づくものが多い。読心術や血液型性格占いも含めて身の回りの不思議な迷信にとらわれることがある。しかし、アマは時として、厳密さと正確さを追求するあまり、おおもとの研究目的から離れたり、袋小路に陥ったプロの眼を醒まさせる役目を果たすこともある。プロは遠回りではあるが、迷信を排除し、生活の質を向上させる示唆を提供できる。

●心理学のプロがノーベル賞をもらえるか
 現在のノーベル賞には「心理学賞」はない。その意味で「これが心理学だ」という研究からノーベル賞を得た研究者はいない。しかし、2002年、プリンストン大学とヘブライ大学の教授であったカーネマン(Kahneman,D)がノーベル経済学賞を受賞した。何だ経済学かといったら話にならない。カーネマンは認知、特に意思決定を専門領域とする社会心理学者であったから、関係する心理学の研究者に驚きと感動を与えたのである。「先行順位の普遍性」というミクロ経済学の前提を批判し、
心理学的実証研究によって、経済学にも人の心理的判断が介在することを証明したのである。
 カーネマンと同じような経済学と意思決定に関するテーマで、1978年に人工知能の研究で名高く、心理学にも造詣の深いサイモン(Simon,H)が経済学賞を受賞している。
 このほか、生理心理学者でも医学・生理学賞候補にあげられるかもしれないという声を聞いたことがある。
 このように、研究の進め方によっては関連の研究領域からノーベル賞を手にすることが可能である。(大野木裕明)

15-4 心理学研究法のこれから
●知りたいことが先
 心理学研究法の多彩さを実感していただけたことと思う。その一方で、一体どの研究法を使えばよいのかに迷ってしまうではないかとお叱りを受けてしまうかもしれない。
 本講義は、研究法だけを独立させて講義を進めてきたので、そのように思われるのは当然である。しかし、実際の研究は、研究法から入るのではなく、研究テーマから入るのである。心の何を知りたいかから始まるのである。それを実証の枠組みにいかに落とし込んでいくかという時に、本講義で紹介したような研究法が役立つのである。この当たり前のことをまずしっかりと理解してほしい。

●なぜ心理学研究法を学ぶ必要があるのか
 それなら、本講義の意義はどこにあるのであろうか。
 一つは、心理学の勉強と研究をするための準備である。これから心理学を学び、自ら研究するにあたり、教科書や文献、さらに講義を通して様々な研究に出会う。そこには、多彩な研究法が当然のごとく使われている。それらを理解し、さらに自ら進んで研究するためには、本講義で学んだ研究法の基本的な知識と考え方が不可欠なのである。
 本講義では、具体的な研究技法についてはあまり紹介しなかった。その点で、やや物足りなさを感じられたと思うが、それぞれの研究技法については、多くの書物が出版されているので、必要に応じてそれらを参照してほしい。
 本講義を学ぶ意義のもう一つは、心の問題をとらえる視点の提供である。こちらの方は、本講義の隠れた狙いである。
 世間で心に関する関心が強まっているが、それに対してきちんと応えていくために、心理学は実証という枠をはめている。実証に基づかない知識や直感は、単なる憶測にすぎない。その違いを見極めることができる力は、心理学研究法を学ぶことでついてくる。
 例えば、ダイエット効果があるとうたう食品の宣伝に、事前事後の写真や体重が載せられているのを見て、衝動的に自分も試してみようと思うかもしれない。こんな時、研究法の知識があれば、宣伝に直ちに飛びつく前に、本当かなと考えてみる。科学的に納得のいく情報が提供されているか、対照群(統制群)が設けられているかや統計的処理がなされているかなど、容易にチェックすることができる。このことを利用すると、安易に説得ずにすむし、うまく利用すると説得のテクニックに強くなる。

●心理学研究法のこれから
 認知心理学の半世紀の歴史は、心理学の研究対象と研究方法のレパートリーを格段に豊富にしたことはすでに述べた。そのことには長所もあり、短所もある。
 まず、長所の方から述べよう。
 心理学の研究法が自然科学的な方法論の桎梏から解き放たれ、7章と8章で紹介したような、社会科学的な方法論に立脚したものが導入されるようになり、心を自由に考え、語れるようになった。このことは、心理学研究者にとっても、また、心理学に期待を持っている一般の人々にとっても、好ましい状況と言える。「こんな心の問題はどうなっているのか」という問いが現実のあちこちから発せられることによって、心理学研究者は、直接、現実の中から研究テーマを見つけることができるようになったし、そうすることを求められるようになった。日常生活の中での素朴な疑問をそれに相応しい研究法を見つけ出して研究する実践的心理学ともいえる領域が拡大している。研究テーマも研究法も、どんどん新しい展開を遂げることが期待される。
 こうした状況にも短所がある。2つだけ挙げておく。
 一つは、研究が拡散してしまうことで、心理学全体に浅い研究が増えてしまう懸念がある。どのような問題であれ、少しでも心に関係するものをすべて心理学の課題として抱えてしまうと、どれもこれも浅薄な理論や思いつきの研究の段階に止まってしまう恐れがある。
 研究テーマの多彩さは、林立する心理学諸学会の数に反映されている。2007年現在、日本には70余の学会がある。学会の多さは悪いことではない。テーマを特定して深く精緻な理論と知見を蓄積することができるからである。ただ、それぞれの学会が「たこ壷化」し、相互の交流がなくなってしまうと、心理学の発展性がなくなる。
 もう一つの短所、というより、懸念は、実証がルーズになることである。無論、自然科学的な実証に凝り固まる必要はない。しかし、よほどしっかりと心理学の研究法を身に付けておかないと、何でもありの研究まがいのものがまかり通り、科学的な説得力のない知識が心理学だとして横行する懸念がある。(海保博之)

「課題」
日常生活のいろいろな場面で心理学が用いられている。それでは次の中で心理学の方法を用いているのはどれか。
1.運勢判断
2.カウンセリング
3.カラーコーディネーター
4.動物の訓練
5.振り込め詐欺
解答のヒント
①人の運・不運は心理学的に予測できない。2番、心理臨床的方法論に基づいて行われる。3番、色が与える心理的効果には違いがある。4番、報酬と罰を使うオペラント条件づけに基づいている。⑤人情の機微にたくみにつけこんでいるが、心理学を用いているわけではないはず。

参考文献
東洋・繁多進・田島信元(編)1992 発達心理学ハンドブック 福村書店
東洋・梅本堯夫・芝祐順・梶田叡一(編)1988 現代教育評価事典
波多野完治・依田新・重松鷹泰(監)1968 学習心理学ハンドブック 金子書房
西平直喜・久世敏雄(編)1988 青年心理学ハンドブック 福村書店
海保博之 2003 心理学ってどんなもの(岩波ジュニア新書No.427) 岩波書店 
海保博之・楠見孝(監修)2006 心理学総合事典 朝倉書店
佐藤達哉・溝口元(編)1997 通史日本の心理学 北大路書房
詫摩武俊(編)1998 性格心理学ハンドブック 福村書店




東洋人と西洋人の思考スタイルの違いをコンテクスト(文脈)に基づく新しい理論で説明  

2019-06-15 | 認知心理学
プレスリリースー/山先生ブログより

東洋人と西洋人の思考スタイルの違いをコンテクスト(文脈)に基づく新しい理論で説明

 先日、心理学の国際誌であるJournal of Cognitive Psychologyに理論論文が採択され、オンラインではすでに掲載されている

、エドワード・ホールが提唱した「東洋の高コンテクスト文化・西洋の低コンテクスト文化」という区分によるものです。コンテクストとは、コミュニケーション時に話し手と聞き手が共有する暗黙の了解です。このコンテクストに依存する度合いが高いと高コンテクスト文化になります。たとえば、日本における「阿吽の呼吸」や「察する文化」が典型的な高コンテクスト文化における現象です。これによって、東洋では、コンテクストを利用するという規範が形成されており、少々の矛盾があってもそれを暗黙裡に解消することができると人々が信じていて、弁証法的な思考スタイルが好まれると説明されるのです。

https://thinkingbythinker.blogspot.com/   よりの引用


単著リスト(wikipediaより)

2019-06-15 | 認知心理学
単著
『心理・教育のためのデータ解析入門 Q&A』(日本文化科学社、1980年11月発行、ASIN B000J82TFW)
『「誤り」の心理を読む』(講談社、1986年11月発行、ISBN 4-06-148836-8)
『こうすればわかりやすい表現になる 認知表現学への招待』(福村出版、1988年12月発行、ISBN 4-57-121025-6)
『パワーアップ集中術 仕事に勉強にスポーツに』(日本実業出版社、1987年7月発行、ISBN 4-53-401266-7)
『読ませる・見せる表現のコツ わかりやすい文章・図表の書き方からイラスト・地図の描き方まで 3分間トレーニング』(日本実業出版社、1989年10月発行、ISBN 4-53-401514-3)

『わかりやすいマニュアルをつくる 企画から評価まで』(日本規格協会、1991年3月発行、ISBN 4-54-233009-5)
『一目でわかる表現の心理技法 文書・図表・イラスト』(共立出版、1992年3月発行、ISBN 4-32-000879-0)
『説明を授業に生かす先生』(図書文化社、1993年9月発行、ISBN 4-81-003231-0)
『説明と説得のためのプレゼンテーション 文章表現、図解、話術、議論のすべて』(共立出版、1995年1月発行、ISBN 4-32-000888-X)
『自己表現力をつける』(日本経済新聞社、1997年5月発行、ISBN 4-53-214530-9)
『人はなぜ誤るのか ヒューマン・エラーの光と影』(福村出版、1999年2月発行、2006年4月新装版発行、ISBN 4-57-121032-9)
『連想活用術 心の癒しから創造支援まで』(中央公論新社、1999年11月25日初版発行、ISBN 4-12-101506-1)
『失敗を「まあ、いいか」にする心の訓練』(小学館、2001年6月発行、ISBN 4-09-417671-3)
『くたばれ、マニュアル! 書き手の錯覚、読み手の癇癪』(新曜社、2002年9月発行、ISBN 4-78-850818-4)

『心理学ってどんなもの』(岩波書店、2003年3月20日発行、ISBN 4-00-500427-X)
『学習力トレーニング』(岩波書店、2004年4月20日発行、ISBN 4-00-500468-7)
『集中力を高めるトレーニング』(あさ出版、2004年10月発行、ISBN 4-86-063075-0)
『「ミス」をきっぱりなくす本』(成美堂出版、2005年6月2日発行、ISBN 4-41-507377-8)
『ミスに強くなる! 安全に役立つミスの心理学』(中央労働災害防止協会、2005年7月22日発行、ISBN 4-80-591010-0)
『認知と学習の心理学 知の現場からの学びのガイド』(培風館、2007年2月発行、ISBN 978-4-56-305862-3)
『仕事日記をつけよう』(WAVE出版、2012年4月発行、ISBN 978-4-87-290555-7)
共著

心理学研究法概説

2019-06-08 | 認知心理学
07/3・30
放送大学ラジオ「心理学研究法」テキスト 原稿


1章 心理学研究法概説  海保博之
      
本章の学習目標&ポイント********************
心理学ほど、その研究法が問題にされてきた領域はあまりない。それだけに、心理学研究法の歴史をたどり、その多彩さのわけを考えてみると、そこには、科学方法論的にも興味深いテーマが豊富にある。心理学研究法は、科学方法論の宝庫といってもよいほどである。本章では、その宝庫からいくつかのテーマを取り出して論じてみることで、2章以下で紹介される個々の具体的な研究法の背景的および基礎的な知識や考え方に馴染んでもらうことをねらいとする。
<キーワード>フェヒナーの法則 弁別閾 精神物理学 恒常法 ブント 知能 構成概念 刺激錯誤 行動主義 認知主義
*****************************

1-1 なぜ、心理学では研究法が問題になるのか

●実証の科学たろうとしたから
心理学の概論書には定番になっている以下のような1節がある。
「心理学を哲学から独立した科学にさせるべく、ブント(Wundt,W.M.(,)1832−1920)は、1879年、ライプチヒ大学(独)にはじめて心理学の実験室を創設した。」
この1節で大事なことは、哲学からの独立である。心の研究や省察の歴史は古い。それをもっぱら担ってきたのが哲学である。今田恵「心理学史」の巻末年表を開いてみると、ギリシャ時代の紀元前624年、哲学者・ターレス誕生からはじまっている。
その哲学から独立するとはどういうことであろうか。注1**
言うまでもなく、哲学は思弁の学問である。心について思索をめぐらして今日に至っている。しかし、17世紀になると、物の科学としての自然科学が急速に発展しーー後に科学革命の時代と呼ばれるーー、それにつられるかのように、まずは身体、そして心も科学の対象として扱われるようになってきたのである。そこでは、思弁ではなく、冷徹な観察と緻密な実験による実証が求められるようになってきたのである。こうした時代思潮の高まり、そして、それを実現した心についての個別実証研究の積み上げがあっての、1879年の哲学からの独立である。その間、足かけ3世紀もの年月が経過しているのにもあらためて驚かされる。
ところで、ブント以前に、まぎれもなく心の実証研究をおこなった、ブントと同じライプチヒ大学教授フェヒナー(Fechner.G.F.,1801−87)の精神物理学を、ここで簡単に紹介しておく。今でも、フェヒナーの法則として教科書に載っている研究である。
重り100gと102gだと重さの違いがわかる。200gだと204gになると違いがわかる。つまり、重さの違いがわかる限界(弁別閾)については、刺激強度をI、その増分をΔIとすると、
ΔI
  I = 一定(ウエーバの比)(重さの感覚では、約0.02)

フェヒナーは、弁別閾を測定するいくつかの手法を開発して各種の感覚について、ウエーバ比を定め、それに基づいて、より一般的な,刺激の強さIと感覚量Sとの関係について次の法則を提案した。
S=k1 logI +k2  (フェヒナーの法則) 
 (kは、感覚モダリティによって変わる常数)
この研究で注目しておくべきことは2つある。
一つは、心(感覚量)が「科学的に」量的に測定できることを示したことである。精神物理学的測定と呼ばれている。「科学的に」とはいっても、実験参加者自身が測定器になって自分の感覚を主観的に判断させのであるから、自然科学的な測定とはかなり異なる技法ではある。
その技法の一つである恒常法は今でも精神物理学的測定法の一つとして使われている。やや細かい話になるが、恒常法の手順と論理を紹介しておく。
1)標準刺激Isの前後の適当範囲に(複数の)比較刺激Iiを用意する。
2)Isと任意のIiを選び、Isと比較して、「重い」か「軽い」の判断を求める。
3)IsとIiの比較対それぞれについて、数十回の判断を求める。
4)各判断対について、「重い」と判断された割合を図にプロットする。
5)なめらかな曲線の当てはめをすると、図1—1に示すような正規分布の累積曲線になることが知られている。これを精神測定関数という。
6)この曲線で「重い」と判断する割合が50%なる刺激の大きさを主観的等価値、さらに75%にあたる刺激の大きさと主観的等価値との差を弁別閾とする。


図1−1 精神物理学的関数
別添

フェヒナーの研究で注目すべきもうひとつは、心と外界の刺激とが、法則的(関数的)に対応がつけられることを示したことである。これは、外界の刺激を原因、心(感覚量)の変化を結果とする因果的な研究の枠組とみなすことができる。心の研究も自然科学と同じ方法論で研究できることを示したといえる。その点では、心理学研究法の歴史上、画期的とも言える研究である。

●研究の対象が見えないから
自然科学の進歩を素人目でみていても、見えないものを見えるようにする可視化技術の進歩がその科学の発展を支えてきたのがわかる。
原子や病原菌のようなミクロの世界も顕微鏡の進歩によって驚くほどの精度で見ることができるようになった。望遠鏡の進歩は、逆に遠くのマクロ世界を可視化し、たくさんの新たな星の発見をもたらした。
最近の可視化技術で心理学にも深く関係するのは、脳機能の可視化技術である。かつての脳波による粗くて間接的な測定よりははるかに近くで、高精度で、脳機能をみることができるようになり、心と脳との対応関係がはっきりとわかるようになってきた。12章を参照されたい。
しかし、こうした自然科学での可視化技術の進歩は、心を研究する心理学にとっては、ほとんど無縁であった。なぜなら、心は「物のように」実体として存在するものではないからである。実体として存在しないものを可視化するのは、不可能だからである。
 確かに、心は「物のような実体」ではない。しかし、「心の理論」研究(子安、2000)によると、すでに4歳頃になると、子どもは、人には心(記憶や意図)があることがわかってくるらしい。ましてや、大人になれば、誰しもが、心の存在を疑うことはない。その意味で「心は存在している」ことは確かなのである。
では、心理学では、「物のような実体ではないが、存在はしている」ことは確実な心をどのようにとらえることによって、科学の対象にしているのであろうか。
話を具体的にするために、「知能検査作成」の心理学的研究を例にとってみる。
1)定義をする
 たとえば、「知能とは、高度な抽象的能力」と定義する。**注2***定義したところから、知能は、心理学の構成概念として機能しはじめる。この構成概念は、すでに心理学の理論の中に存在する他の構成概念とのさまざまな形での関連が問われるところに一つの特徴がある。研究の進歩した領域ほど、ここでの作業が極めて重要になる。たとえば、知能概念なら、学力、適性、創造性などといった構成概念との関係が問われる。
2)定義に従って、測定可能な行動をいくつか設定する。
 知能が高いとするなら、与えられた問題を早く正確に解けるはずである、との仮定を立てて、そうした問題をたくさん作成する。ここで、仮定が妥当でなかったり、問題の選択が不適切であったりすると、妥当性のない測定になる。なお、ややひらきなおった主張ともみえるが、「測定したものが知能なり」という逆転した定義もあり、操作主義と呼ばれたこともある。
3)データを集め、知能の構成概念としての妥当性を検証する
用意した問題を、一群の実験参加者に解かせることで得られる正答数や解答時間などのデータを統計的に処理することによって、1)の構成概念としての妥当性と2)の検査問題の妥当性を検証する。この最後の段階が、いわゆる実証にかかわっていることに注意されたい。

***
図1—2 知能研究の基本的な図式 別添ppt
*****
なお、こうした構成概念的なアプローチが心理学研究の主流ではあるが、王道ではない。これ(我)こそ王道と主張する研究法がいくつもある。どうしてそういうことになるのか。次節で考えてみる。

1−2 なぜ、心理学の研究法は多彩なのか

●研究上の立場や現実的な制約が多いから
本講義で紹介することになる研究法は、12種類になる。これですべての研究法を網羅しているわけではない。それほど多彩な研究法がなぜ必要なのであろうか。
まずは、研究者の心についての立場(定義に反映される)の多彩がある。心をどのようなものとしてみるのかにさまざまな立場があるために、多彩な研究法が必要となるのである。たとえば、
・心は、脳が生み出す産物である
・心は、情報処理機械である
・心は、外界刺激の変換装置である
・心は、社会が作り出した共同思考の産物である
どのような立場を研究者が、あるいはその時代の思潮として採用するかは、ある意味で任意なのである。任意ではあるが、そこにこそ、心の研究の多彩さ、新しさが発揮される場合のである。
心理学研究法には、さらに、その立場から発する研究を実践するためのリテラシー(約束事)の違いがある。心理学研究法の場合は、その多くは、実証のためのリテラシーの違いである。データをどのように集めれば、みずからが提案した仮説が実証できるかに、立場によって違いがあるのである。
ここには、さらに、これにデータ収集のための現実的な制約がかかわってくる。実験協力者をどうするか、研究に使えるコストの制約、14章で述べるような研究倫理上の配慮をしたかどうかなどなど、さまざまな制約を克服するために多彩な研究法や研究技法が編み出されることになる。
なお、ここで、データを集める具体的な手順が、研究技法になる。そして、一つの研究法には、複数の研究技法がありうることに注意されたい。しかも、研究法と研究技法との違いは、実はそれほど明確には分離されていないことが、心理学の場合には多い。これが、研究法の多彩さと混同されることにもなっているようなところがある。
一般に、成熟科学では、技法は研究法とは独立して存在している。たとえば、気温の測定技法と気象モデルの構築法とは独立している。そこに、実証性の高さ、強さをみることができるのだが、心理学の場合は、科学としての歴史の短さゆえの、研究技法と研究法の癒着という未熟さがまだある。

●心そのものが多彩だから
「心は実在するが物のような実体がない」と述べた。実体があれば、それについての限定的かつ共通的なイメージを作り上げることができる。
一個の岩を考えてみてほしい。硬い、ひんやりとする、重い、黒いなどなど表面的な特質から、粒子の荒さ、構成成分、鉱物としての特性、さらには分子構造などなどのミクロな特質まで、あるいは岩の環境的な特質まで思いをはせれば、確かに多彩ではあるが、しかし、野放図に研究対象としての実体イメージが拡散してしまうことはない。
では、実在だけは確信できる心については、どうであろうか。人それぞれの心のイメージがある。その多彩さは、物のそれとは比較にならない。たとえ心理学の研究者に限定しても、事は同じである。心あるいは心にかかわる定義や構成概念の多彩さが、その証拠の一端を示している。
本講義でも、12の研究法を紹介することになるが、注意してほしいのは、それぞれの研究法で扱われている「心」の領域が異なっていること、そして、その結果として、それをどのような研究法で研究するかも異なっていることである。
さらに、もうひとつ注意してほしいことがある。それは、そうした多彩さがあるにもかかわらず、研究法全体を通底するものがあることである。それは、実証である。これが、心理学での心のイメージの野放図な拡散に強い、時には強すぎる制約をかけている。実証については、14章でさらに考えてみる。

●時代思潮が変わるから
研究法の多彩さをもたらす最後の要因は、やや曖昧な要因になるが、心についてのその時代、時代での考え方(時代思潮)が異なることによるものである。前述したように、心についての考えが変われば、当然、その研究法も異なってくる。
現代心理学を歴史的にみて、その時代思潮は、大きく4つに区切ることができる。
①心重視の時期(1879年から1913年)
はじめて心理学実験室を開設したブントの業績は多岐にわたるが、心理学研究法の観点からすれば、内観法によって心を「科学的に」研究しようとした業績を忘れることはできない。ブントは、心理学を直接経験の学と定義し、それを構築するために、心を直接、内観することから得られるデータを使おうと試みた。
 ブントにとって、実験も、厳密に統制された刺激が感覚・知覚に直接どのように経験できるかをできるだけ素直に内観させるための手段であった。それによって、内観データの主観性を克服しようとした。ブントの弟子・ティッチナーは、観察者の持つ知識が直接経験を汚染する(刺激錯誤)ことを防ぐため、観察者に観察の訓練さえしたほどだった。
 ブントよりやや遅れるが、この時期、もう一人、まったく別の心の領域に関心を寄せ、画期的なアプローチを採用した心理学者、精神科医がいる。それは、フロイト(Freud、S.,1878-1958)である。医学者としての訓練を受けたフロイトの基本的なスタンスは、因果関係重視の自然科学的なものであった。ヒステリーなどの神経症の発症の原因を無意識世界のリビドーの抑圧であるとして、その解放こそ治療のねらいであることを、豊富な症例で実証してみせた。もっとも、その実証は、後付け実証と呼ぶにふさわしいもので、実験的に検証可能な意味での実証ではなかったので、科学かどうかの評価は当時から分かれてはいた。
②行動重視の時期(1913年から1954年)
1913年は、ワトソン(Watson,J.B.,1878-1958)が「行動;比較心理学概論」を出版した年である。この年が、ほぼ半世紀にわたり続く心理学界における行動重視の時代思潮のはじまりであった。
 評価は今となっては、毀誉褒貶相半ばするが、行動主義が、厳密な自然科学足らんとして採用した刺激―反応(S-R)パラダイムは、実証科学としての心理学の地位を一気に高めた点では、異論を唱えないはずである。また、そのパラダイムに基づいて蓄積された知見の膨大な集積にも、その内容への評価はさておくとして、誰もが一定の敬意を表するところであろう。
③再び、心重視の時期(1954年から1985年)
 1937年、コンピュータが開発された。これが心を考える上での格好のモデルになることに気がついたのが、後にそう呼ばれるのだが、認知科学者であった。刺激と反応の関数関係を知ることに腐心することが科学であると信じきっていた行動主義心理学とは違って、心の中身(メカニズム)の解明に研究の関心を向けたのである。再び、ブントとはまったく違った意味での心重視の心理学の時代になったのである。行動主義に対して認知主義と呼ばれる。4章で紹介する心へのモデル論的アプローチが花開くことになる。
④心も行動もの時期(1979年より)
認知科学の中にも、心の世界だけを自閉的に研究しても、人の心はわからないとの認識が共有されるようになってきた。このような認識は状況論という新しい立場を生み出した。人を取り巻く状況との関係性にも目をむけて心を考えるようなってきたのである。
このきっかけになったのが、ギブソン(Gibson,J.J.)の生態学的視覚論(1979)である。彼は、アフォーダンスという考えを提唱し、外界にあって自然に人の行為を導く仕掛けの大事さを訴えた。
ここで、方法論的な多彩さが許容される雰囲気が醸成されることになる。それは、あたかも最先端科学が、最先端テーマを研究するために、斬新な方法論と技法とを開発するような雰囲気といってもよい。そのあたりの雰囲気は、7章,8章の質的研究法あたりで感じ取ってほしい。

1-3 まとめ
1)1世紀余にわたる現代心理学は、心への内観的分析からはじまり、その反動として、20世紀前半、自然科学的な因果実証研究のパラダイムを踏襲した行動主義の流れが隆盛を極めたが、20世紀後半になると、心のメカニズムについてのモデル構築を志向した認知主義の大きな流れができた。
2)心理学研究法は多彩である。その理由としては、心そのものが多彩であること、研究者によって心についての基本的な考えがさまざまこと、心についての考えに時代的な思潮(流行)があること、の3つがあることを指摘した。

●演習問題
「課題」
1)自らの心の存在を実感するのは、どんな時か。
2)最近、人の行動を心理学的に説明することがはやっている。これを心理学化と呼ぶ人もいる。その問題点を3つ指摘せよ。
「課題の略解」
1)心が快調に働いている時には、心を意識することはない。逆に、心の機能がストレスや病気などで極端に低下している時にも、心を意識することはない。では(心を意識するのは)どんな時か。
2)①すべてがその人の心に原因があることになりがち。②あいまいな概念を持ち出せば、すべてが本当のように説明できてしまう。③その人の解釈にすぎない。


注1 やや世俗的になるので、注にした。「哲学からの独立」という時には、制度的な意味での独立の意味もある。近年の心理学ブームで日本ではさすがに哲学科の中に心理学がぽつんとあるような大学はなくなったが、いまだ文学部や人文学部の中の一つの学科として心理学があるところはいくつもある。
注2 知能の定義も、実は一つではない。「学習能力」「新しい
環境への適応能力」などもで定義として使われることもある。
研究の最初の段階では、研究者の数だけあると言われたくらいである。

参考・引用文献
Cibson,J.J. 1979 The ecological approach to
Visual perception. Boston,MA;Hougton Mifflin
 (古崎敬ら訳 生態学的視覚論 サイエンス社)
今田恵 1962 心理学史 岩波書店
海保博之・加藤隆編 1999 認知研究の技法 福村出版
子安増生 2000 心の理論 心を読む心の理論 岩波書店


(海保博之)

パズルの種類

2019-06-04 | 認知心理学
●知識パズル
  知らないとどうにもならない。
  多くのパズルがこのタイプ

●アルゴリズムパズル
  論理を追っていけば解けるのだが、
  論理を知らないとだめ、
  さらに、論理展開の途中で迷うこともある

●ヒューリスティック・パズル
  知識も論理も不要。瞬間的に解がみつかるもの

マクロとミクロ 「大きく考えて細かくつめる」(再掲)

2019-06-03 | 認知心理学
マクロとミクロ    大きく考えて細かくつめる

■頭を柔らかくするポイント
1)ミクロ最適化の罠に要注意
2)マクロを絶えず意識する
3)「中長期の目標」「より上位から」「他 との関係」からも考えてみる

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●正しいことばかりしていたら失敗した  
毎日毎日が、その時その場で解決しなければならない問題に満ち溢れている。だからこそ、即断即決が有能さのあかしの一つになる。  ところが、一つ一つの即断即決がその時その場では(ミクロには)正しくとも、後々、あるいは、もっと大きな(マクロな)観点からみると、実は、誤っていた、あるいは、失敗につながってしまったということがある。

「ミクロ最適化、かならずしもマクロ最適化ならず」である。  

似たような話しいくらでもある。  
・受験にはいつも成功してきたが、世の中  に 出たら使いものにならなかった。  
・富士山を右に見ながら運転していたら、  突然、左側に見えてきて道に迷ってし   まった。

●ミクロとマクロ  
人の頭の働きについても、いろいろの形でミクロとマクロは微妙に関係している。  

たとえば、左頁上の遊び絵をみてほしい。 ミクロとマクロとがあえて葛藤するように作った遊び絵である。  

この例からもわかるように、ミクロとマクロとは、微妙に影響しあっている。あるときは、ミクロが優勢、あるときは、マクロが優勢、あるときは、両者が拮抗することもある。  

問題は、普通は、マクロとミクロとが同時に見えることがなく、見えるのは(意識できるのは)ミクロだけなところにある。これが人をミクロ最適化の罠に陥らせることになる。

●ミクロのとらわれから逃れる  有能とみられる人ほど、ミクロ最適化の罠に陥りやすい。なぜなら、有能さがミクロで評価されがちだからである。  無論、それも一つの有能さではあるが、しかし、マクロと整合したミクロの処理こそが有能さの証しでなくではならない。  本物の有能さを発揮するためには、
一つには、ミクロの即断即決を、マクロな観点からも吟味してみる習慣をつけることである。ここで、マクロとは、次の3つである。  ・中長期的な目標から   例 今日はだめでも1月後には、---  
 ・より上位から   例 課より部、部より会社全体 ---  
 ・他との関係から   例 消費者から 作る側から ---  

もう一つは、マクロをみえる(意識できる) ようしておくことである。  
人はみえるものによって動く。ミクロはみえるからこそ人をとらえる。そこで、マクロもみえるような工夫を意図的にする必要がある。全体・部分図はその1例である。  
机の前に中長期の目標を掲げておくのもよい。夜寝る前、朝出かけるとき、今日の仕事と同時に、少し先のこと、あるいは、上司や消費者の観点から、日々の仕事の成果を点検・吟味する習慣をつけるとよい。

感情か理性か

2019-06-02 | 認知心理学
「迷ったときはどうすればいいの?」
「感情に任せればよい。
 理性なんか後からついて来る。
 感情を抑制すると、幸せにはなれないよ。」

(島田正彦「悪貨」より)

@@

感情と理性、知性を区分しない、あるいはできない心理現象を
暖かい認知、熱い認知現象と呼ぶ。



3つのマジカル・コンセプト---スキーマ、活性化、アフォーダンスに潜む危険性

2019-05-30 | 認知心理学
3つのマジカル・コンセプト---スキーマ、活性化、アフォーダンス   万能概念なのか無能概念なのか

「大きな問いに答えようとすれば、答えは必然的に大きな言葉になってしまう。」福岡伸一

●よくわかる説明?  
まずは、次のような説明を、スキーマ、活性化、アフォーダンス(注1)という専門用語に注意しながら読んでみてほしい。  

1)この物語文の理解が良かったのは(正答率が高かったのは)、スキーマがあったからと思われる。  

2)反応時間が早かったのは、関連知識が活性化していたからである。  

3)この製品で事故が起こったのは、製品にアフォーダンスが作り込まれていなか   ったからである。

いずれも認知研究者仲間でごく普通にかわしている会話の中に出てくるセリフではある。しかしながら、もしあなたが違和感を感じたり読み障り?だったりするとするなら、あなたは、行動主義的な訓練をたっぷり受けてきた方のはずである。  なぜなら、ここで使われているような3つの概念は、科学方法論的に問題をかかえているのである。

●説明概念がマクロ過ぎる  
説明概念がマクロというのは、説明できる範囲が広いということである。そのこと自体は説明概念として有効であることにはなるが、問題の一つは、あまりに有効過ぎて、実は、何も説明していないというパラドックスに直面してしまうことである。「すべて神の御心のままに」と同じことになる。これでは科学にならない。  

もう一つの問題は、こうしたマクロ概念を持ち出してしまうとそれなりに説明できてしまうために、研究者として最も大事なより深く、より緻密に思考することを停止させてしまいがちなことである。この概念を持ち出したとたん、すべて終り。また次の同じような研究が、となって一幕物研究のオンパレードになってしまう。  さらに関連するが、説明が常に後付け的になってしまいがちなことである。得られた実験結果がそれなりに意味のあるものになってしまい、次の新しい研究へのガイド、あるいは、予測をもたらさないのである。

●説明概念が実体化している  
さらに、この種の概念が問題なのは、心的概念、したがって、説明のための方便?として用意された概念であるにもかかわらず、それが実体として存在するかのように扱われてしまうことである。実体化には次の2つがある。  

1)心的な説明概念を脳生理的な基盤に還元するという意味での実体化  
活性度がシナプス結合の強さを反映しているかとか、母親スキーマがどの脳部位と対応するかを研究するといったようなこと自体を研究課題とすることは問題ではないのだが、しばしば、そんな研究の知見の有無に頓着なしに、心的活動の説明が、突然脳にまで話が飛んでしまうことがある。いかにも話しが唐突である。

2)因果関係において、原因に力を及ぼすという意味での実体化  
「活性度が高くなったから反応時間が早くなった」は、言うまでもなく、因果的な説明である。しかし、科学の世界での因果的な説明は、原因が操作可能でかつ結果に直接力を及ぼすことが絶対条件である。活性度は、単なる概念に過ぎない。操作もできないし、力もおよぼさないのに、それが原因というのは、おかしいことになる。

●それでも、使い方によっては捨てがたい  
行動主義全盛の頃は、逆に、ミクロでしかも物理的な概念・用語による記述が徹底していた。「750ミリミクロの光を1秒見せると、眼瞼が3回まばたいた」の類の記述ばかりであった。正確ではあったが、これでは心がまったくみえない。「心」理学とはおよそ無縁であった。  認知科学と認知心理学が、科学方法論的には問題を抱えていても、大胆に心的な説明概念の使用を流通させた功績は大きい。ようやく素人心理学を越える科学的な「心」理学をおおっぴらに語れるようになったからである。  

概念は、一般に、複雑な世界を整理したり、理解(説明)したりするのに有効である。というより、それがどれほどできるかによって、概念の有効性が決まってくる。その意味では、ここに挙げた3つの概念は、極めて有効な概念であることは間違いない。要は、はさみと同じで、使いようである。心の科学の日常的な語りの世界では、多いに使って、語りを豊かでおもしろいものにする。しかし、研究ベースの仕事ではできるだけミクロで精緻な概念、たとえば、計算論的な裏づけのある概念で勝負することであろう。

注1 スキーマとは、あるトッピクについて頭の中に構築される表象のこと。活性化とは、表象を構成する要素知識の使用可能性が高まること。アフォーダンスとは、環境のなかにあって適切な活動を自然に誘うもの。

●説明志向の認知心理学の危険性  
認知科学は、一方では人工知能という技術をにらみながら、他方では人の認知現象の説明を試みる。技術と説明がバランスよく研究されていれば、それほど問題は起こらないが、バランスが崩れると、科学としておかしなことになる。とりわけ、技術を忘れて、説明にのみ重点を移してしまう形でのバランスの崩れは要注意である。認知心理学は、ときおり、そのバランスの崩れをおこしやすい。

①十全な説明は不十分な理論を生む  
②後付け説明を生む  
研究では、予想とは違ったわけのわからない結果を生むことが多い。だからこその実証なのであるが、論文としてまとめようとする、その結果をどう解釈するかに頭を悩ます。そのときに、
③説明概念の安易な実体化 を生む
・心的な説明概念を脳生理的な基盤に還元するという意味での実体化  心にかかわる説明概念の脳生理的な基盤、あるいは対応を問題にすることがある。それはそれで価値のある試みではあるが、
・因果関係において、原因に力を及ぼすという意味での実体化  

朝倉心理学講座 第1巻「心理学方法論」企画書(再掲)

2019-05-29 | 認知心理学
朝倉心理学講座 第1巻「心理学方法論」企画書 編:渡邊芳之(帯広畜産大学)

1.編集意図  

心理学が人文社会科学の中で独自の位置を占めているのは,その方法論の独自性によるところが大きい。そのため,古くから心理学の方法論については多くの書物があり,その多くは大部であって,観察,実験,調査,測定・統計技法,質的研究法などを網羅的に扱った内容であることが多い。最近も和書洋書を問わずそうした書物が続々と出版されている中で,本書がそれらと同じような構成をとることは屋上屋を重ねることになるだけでなく,本書に許されたページ数では既存書の概略版のような性質のものしかできない可能性が高い。  また,方法はほんらい研究領域や研究目的に求められて生まれるものであって,実際の研究領域や研究目的を離れて方法を論ずることは,どうしても抽象的な議論に陥りやすい。とくに本書のように分量が限られ,方法と実際の研究との接続を具体例を挙げて述べていきにくい場合には,その危険がますます大きいであろう。  

そこで,本書では心理学方法論の網羅的な解説を目指すのではなく,本全体を,

1)心理学の方法論的独自性とその問題点,最近の論点を理解できるような最小限の解説をおこなう部分

2)方法論的な問題が起きやすく,最近も方法論をめぐる激しい議論が生じているような研究領域で実際に研究実践を行っている研究者たちが,自分の研究領域から心理学の方法論を考える部分 の2部に構成することで,心理学方法論に関わる問題を,リアルな現場からの視点で読者に提示していくことを目指す。

2.構成の概要

本は以下の2部,計8章の構成とする。
1)第1部  第1部では,心理学が他の科学とは区別される「心理学」であることを支える,心理学方法論の基本的なあり方について,概念,歴史,方法の3側面から解説する。

第1章 
心理学の方法論 渡邊芳之  
心理学方法論の概念面からの解説。心理学が他の科学と異なる独自の科学であることが,とくに方法面でどのように成立しているのか,それにどのような意味があるのかを考えるとともに,最近の方法論的問題に関する議論,たとえば心理学における基礎と臨床の関係や質的方法の位置づけなどについても概観する。

第2章 
心理学方法論の歴史 佐藤達哉(立命館大学:執筆承諾)  
心理学方法論の歴史面からの解説。心理学の誕生以来,それがどのような方法論とともにあったのか,方法論はどのように変遷してきたのかを概観する。本講座に心理学史の巻が存在しないことに配慮して,方法論史を通じて読者に心理学史の全体像を提供することも目指す。

第3章 測定と統計的方法 尾見康博(山梨大学:執筆承諾)  
心理学方法論の方法面からの解説。心理学方法論のひとつの特徴である,測定による数量化と,測定データの統計的処理が,心理学のあり方とどのように関係しているか,そこにどのような問題点があり,議論があるのかを概観する。 2)第2部  第2部では,さまざまな領域で方法を強く意識しながら研究実践を展開している5人の研究者に各1章を委ねて,それぞれの領域から心理学方法論を論じてもらう。執筆にあたっては,その領域での方法論的な問題や論点,新しく出現した方法論やそれと従来の方法論との関係,今後の展望などに必ず触れてもらうこととする。

第4章 井上裕光(千葉県立衛生短大)
「教育実践研究のための方法」 内容:教育実践の現場でデータを取ることは測定枠組みの制約がある。ここでは授業者の授業のふりかえりを題材とし、授業者への寄与を意図した実践研究法について紹介する。

第5章 川野健治(国立精神神経センター)
「発達研究における時間もしくは変化」 長く発達研究は、輪切りにした「ある時点での状態」を重ね、「発達」として記述してきた。これに対し、縦断データ、軌跡、歴史性、システム論等の近年の動向から、その方法を再検討する。

第6章 三井宏隆・篠田潤子(慶応義塾大学)
「社会心理学の方法論的問題」 社会心理学における新しい方法論的発展、とくに質的方法の再評価と、質的方法と量的方法をつなぐ方法論について検討する。

第7章 平野直己(北海道教育大学)
「Think globally, act locally.」 個人心理療法から地域活動まで多様な臨床の場に身を置く中で、場を貫く臨床活動の指針の探求と、それぞれの場に応じた臨床活動の記述表現の探求についてもがいている。このことを日々の臨床活動をもとに論じる。

第8章 杉浦淳吉(愛知教育大学)
「研究者と現場との相互作用:研究が現場に与える影響,現場が研究者に与える影響」 環境問題へのアクションリサーチにおいて,研究することが現場に与える効果や研究者自身が現場にかかわることによってどう変化するのか,そしていかに自覚するのかを論じる。

勘 究極の発想法を使う

2019-05-28 | 認知心理学
勘 究極の発想法を使う

******* ポイント
1)強い問題意識と解決への意欲を持つ
2)新鮮な体験をする
3)知的好奇心を絶やさない
************************


●勘は身につけることができるか  
勘の良し悪しは天性による部分が大きいようには思う。しかし、「勘を磨く」という言い方もあるのだから、それなりの努力をすれば、勘も身につけることができるはずである。  

さらに、「勘が冴(さ)える」とも言うのだから、持ち前の勘をうまく発揮できる状況とそうでない状況もあるように思う。勘を冴えさせる状況作りもありそうだ。まず、こちらのほうから考えてみる。

●勘を冴えさせる  
勝負好きの人なら誰もが勝負勘なるものがあることを実感しているはずである。勝ちにつながる手がふっと浮かんでくるあの感触である。  その状況を分析してみると、3つの特徴が浮かんでくる。  

一つは、強烈な目的意識と問題意識である。勝ちたい、そのためには状況の何が問題なのかを明確に意識している。  

2つは、集中である。そのことにだけ心のすべてを集中している。  

3つは、したがって、活発かつ焦点を絞った情報収集と情報処理が頭の中で起こっている。  

勝負の時に限らず、こうした状況に自分を追い込むことが、持ち前の勘を発揮させることにつながるはずである。このあたりの感触をつかんでいただきたいと思い、クイズ1を用意してみた。暇と挑戦心のある方は是非。

●勘を磨く  
では、どうしたら、勘は磨けるのであろうか。  勝負やパズルでは、解くべき問題がはっきりしている。しかし、日常の仕事では実はここが問題なのである。解くべき問題が何かがわからないのである。そもそも問題が存在することの意識さえないことがある。こんな日常では勘を磨く機会はまったくない。  

日常から離れて新鮮な体験をすると、視界が広くなって、いつもの仕事についても、おもしろい問題意識が生まれてくるかもしれない。  
あなたの体験の新鮮さをチェックするために、右頁に「感度の自己チェックリスト」を挙げてみた。こんなところから自分を変えてみるもの、間接的ではあるが、勘を磨くことになるはずである。  

問題意識が強ければ強いほど、見るもの聞くことすべてが勘を触発してくれる。ヒントが外から内(頭)から押し寄せてくるような感じになればしめたものである。  

情報化社会では情報はあふれかえっている。しかし、それは逆に、肝心の情報を隠してしまうノイズが多いことでもある。そこから今の自分の問題を解決する情報を拾い上げるには、漫然と情報とつきあっていてもだめである。強烈な問題意識と、新鮮な体験を求める知的好奇心が必須である。  

文具 思考の外化支援 (メモ)

2019-05-19 | 認知心理学
文具 思考の外化支援 01/10/29

0)文具を考える3つの基本視点       

〇機能性
(いつでも、  どこでも、すぐに)          
〇文具 デザイン性  
 (文具があるだけで楽しい)       
〇思惟駆動性、拡張性
(思惟を駆動で、展開させてくっる)

1)文具または文具を介してのコミュニケーションにおける21世紀のトレンドとキーワード

○文具フリー  コンピュータへの音声や手書きによる直接入力が便利になり、従来型のペンや鉛筆を使っての紙への思惟世界の外化の機会は減少する。

○機能性からデザイン性重視へ  文具依存が相対的に弱まるのに対して、デザイン性が重視される。

○思惟駆動性は、ますます特化してブランド化する。 」

2)文具の可能性 

○文具依存場面(試験など)と文具フリー場面(コンピュータなど)との領域分けが厳しくなってくる。  
例 ワープロ使用が、文具による思惟支援   を代替するようになると、鉛筆を使っ   た試験が不利になる。

○コンピュータ機能を持った文具の開発  たとえば、書いた内容が記憶されていて、簡単にコンピュータに移せる。

3)筆記具/その他の文具で気になる商品

○絵の具や筆・墨の思惟支援機能  
絵を書く、書を書くとき、絵の具や墨が描きたいことに微妙に影響する。

○なかったことにする文具  
鉛筆には消しゴムがあるが、ボールペンには機能性の高い「消しゴム」がない。

4)日本の文具。筆記具メーカーの強みと弱み

○機能性とデザイン性は高いレベルだと思うが、思惟支援という点で特化したものが少ないか

○メーカーの姿を意識することがほとんどない。日常性のなかに埋もれてしまっているからか。

朝倉心理学講座全19巻が完結]10年前の今日の記事

2019-05-14 | 認知心理学
講座完結にあたっての監修者からのご挨拶

「感覚知覚心理学」(第6巻)をもちまして、朝倉心理学講座全19巻が完結しました。
おかげさまで、累計2万部突破を果たすことができました。
編集に携われた18名の先生方、執筆者していただきました***名の先生方、
それぞれの方々のご協力とご苦労に対して、衷心より感謝申しあげます。

全19巻のうち最初に刊行されたのが、唐沢かおり先生の「社会心理学」と越智啓太先生の「犯罪心理学」でした、ちなみに、私の編集した「認知心理学」は、残念ながら?3番目でした。その奥付をみますと、2005年11月15日となっております。したがいまして、完結までほぼ2年半を要したことになります。

大規模すぎてやや冒険的な企画でしたが、安直なポップ心理学の隆盛の流れに一石も2石も投じたいとの朝倉書店と監修者の強い思いが、ここに完遂され、おかげさまで心理学界からも広く支持を得ることができました。
この講座の監修者としては、うれしい限りです。誇りにも思います。
また、編集者、執筆者として名前を連ねることができた皆様方にとりましても、今後の研究活動においても重要な業績のひとつとして数えることができるものと確信しております。

この間、監修者の役割はほとんど忘れてしまうくらい順調に編集作業が進捗したのは、朝倉書店編集部のおかげでした。これも、末筆になりますが、感謝申し上げます。

2008年5月

メタ認知 頭の中の小人の話

2019-05-13 | 認知心理学
メタ認知 頭の中の小人の話     

●頭の中にもう一人の自分がいる  
ホムンクルス(Homunculus頭の中の小人)の話は、ゲーテの「ファウスト」に出てくる。   

「僕は完全な意味で発生したいのです。1日も早くこのガラスを割って、飛び出   したいのです。」(大出定一訳、人文書院、p235)  

自然の脅威もままならないが、それ以上に自分の頭のままならなさに我々は悩まされる。じゃじゃ馬を自分の頭の中にかかえこんでその制御に腐心させられているような感じは、誰もが抱いている。「頭の中に小人がいてそれが悪さ?をしている」という感じと言ってもよい。  

しかし、実感は、文学の対象にはなっても、科学の対象にはなかなかなりえない。ホムンクルスも、その存在を痛切に実感はできるもののひとたび心理学の中に取り込んでしまうと、今度は、科学の世界で悪さをすることになるので、慎重であった。

なぜなら、人の頭の中にホモンクルスを認めてしまうなら、ホモンクルスの中にさらにホモンクルスを、さらにそのホムンクルスの中にホムンクルスを、---という具合に無限後退が始まってしまうからである。  

ところがである。そのホムンクルスが突如、心理学の論文に出現し(注1)、あれよあれよという間に、時代の寵児になってしまったのである。言葉こそ、メタ認知としゃれたものに変わってはいるが、まぎれもなく、ホムンクルスの出現である。

●メタ認知とは  
メタ認知とは、要するに、ホムンクルスが、人の認知過程において何がどうなっているかを監視し、適応的な活動をするようにコントロールすることである。(注2)  

前述したように、我々の実感としては、ホムンクルスは確かに存在するし、機能している。それを素直に心理学の研究テーマにしたのが、メタ認知研究である。科学方法論的にどうのこうのと考え出したら、怖くて扱えない。しかし、存在するのだから、科学(心理学)は立ち向かうべしとの挑戦心が生み出した産物とも言える。

実は、もう一つ、メタ認知研究の研究に向かわしたものがあると思っている。それは、コンピュータである。  
コンピュータには、中央演算装置があり、そこには、OS(Operating System) というソフトがコンピュータ全体の仕事を管理している。ホムンクルスを、このOSの働きにたとえてみることができることに気づいたのである。コンピュータ・アナロジー(->****)の成果である。神秘的色彩の濃かった、そして、科学方法論的には問題であったホムンクルスが、工学的実体としてイメージできるようになったことで、安心して論ずることができるようになったのである。

●心理学の研究の多くはメタ認知の存在を前提にしている  
心の働きには、その働きをまったく意識できない領域と、意識しようとすれば意識できる領域と、ほぼ完全に意識できる領域の三つがある。例を挙げてみると、  
「意識化不能な領域」    感覚過程 パターン認識の過程     
「意識化努力によって意識化可能な領域」    物を覚える過程 問題解決過程 自分の性格や能力の判断過程   
「意識化可能な領域」    プランニングや構想過程   

このうち、メタ認知が機能しないのは、「意識化不能な領域」である。
ちなみに、こうした領域を、心のアーキテクチャー領域と呼ぶ。これ以外の領域では、メタ認知が機能している。したがって、メタ認知を前提にした心理学独特の研究技法が使えることになる。つまり、意識化可能な領域では、被験者に直接/間接に、「心について尋ねる」手法である。  

その際たるものは、内省法(注*)とプロトコル法(注**)である。後者は、何かの作業をさせて終わってから、作業中のことを振り返って心がどうだったかを問う。後者は、作業中に、今あなたは何を考えているかを問う。  もう少し間接的に心について尋ねる方式もよく使われる。その典型が質問紙法である。たくさんの質問を用意して、それに答えてもらうことで、心に迫ろうというものである。

いずれも、メタ認知を前提にしてはいるが、メタ認知は完璧には機能しないので、本当に心を語ってくれているかどうかは保証の限りではない。その保証を担保する仕掛けがいろいろ工夫されている。  

研究対象自身に研究対象のことを語らしめたデータを使って科学にしてしまおうという、この心理学独特の研究技法。自然科学の技法と比較すると、本当に大丈夫と心理研究者までもが思う。思うが、ここでがんばることが、心理学が人についての科学の中核になるためには、絶対に必要ではないかとも思う。

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注1 Sternberg(19**) が提案した、人の高速検索モデルの中に、Hという一文字が解説なしに---控え目に?---書き込まれているのをみたとき、「エッ!!」とびっくりしたのを今でも思い出す。

注2 メタ(meta)とは、「越える、あとからついてくる」の意の接頭語である。認知の認知、あるいは、認知活動に伴って出てくる活動ということ。  

(注3)話がややこしくなるが、メタ認知そのものについての心理学的な研究領域もある。念のため。A.ブラウン(湯川・石川訳)1978「メタ認知」サイエンス社など参照。

注4 W.ティッチェナー(1876-1927)は、感覚領域でも、被験者を訓練すれば内省によって(こそ)心理学の構築に必要なデータが得られるとして、組織的内観法を提唱した。

注5 海保博之・原田悦子編著 19** 「プロトコル分析入門」 新曜社