1995年03月下旬、その時私はバンコクに滞在し、P航空のなかなか入らない予約に苛立っていた。
日本に帰れない。
日本行きの便の予約が入らない状態で「チャンス・パッセッンジャー」というのを狙い、ドンムアン空港に行き、P航空のカウンターに行き、キャンセル待ちをしていた。
私は海外に行くと日本人と群れようとしないので、久し振りに日本人旅行者と会話する。
すると、他の日本人が訳の分からない謎掛けのような事を言う
「どこからいらしたんですか? えっ東京? じゃあ地下鉄に乗らない方がいいですよ」
言っている意味が分からなかったので
「何の話し?」
と訊くと東京で大規模なテロが行われたとの事。
その頃は学生やりながら、派遣のバイトで食い繋いでいたので、全身の毛がゾワァーっと逆立ったのを覚えている。
バイトでその電車に乗っていた可能性が高かったからである。
何故か、その年は寒い東京は嫌だ、タイに行かなきゃ!! っと急に焦燥感に駆られ、滞在費3万の見切り発車の海外旅行だった。
助かった・命拾いした…。
心底そう思った。
あまり自覚はないが、私は非常に悪運が強いらしい。
幸せではないが強運であるのは最近常々感じる。
正直、生きるのには疲れきっているのだが、なかなか寿命が尽きない。
かと言って積極的に寿命を縮めようという発想もないのだが…。
眉唾ものなのだが霊感が強いという人と会話した時には、私の背後には、ものスゴい強い生命力を宿した霊が憑いているとの事だった。
また、その背後霊というヤツは困った事に博打が大好きなのだそうだ。
確かに安全な道と危険な道があるとすると、敢えて危険な道を選ぶ傾向が私にはある。
そして、結果的に大変な生命の危機にさらされ、人格崩壊しそうな体験をしても、本人は意外とケロッとしている。
自覚がないのだ。
そして、あとからジックリ考えて恐怖に怯える事がある。
自重しているのだがこの生き方の癖は直らない。
こんな性格だから、そう長生きはしないだろうと考え人生40歳と思い、ボンヤリとその日暮らしで恐怖や苦しみを楽しみながら生きていると、いつの間にかタイム・リミットが来てしまった。
この先の人生はオマケだ、だから自分の好きな事と困っている人のために生きようと考えた。
自意識過剰な年頃のお嬢さまには、信じられないかもしれないが、私には全く邪心がない。
損得勘定で行動なんてしない。
興味がある事なら何でも首を突っ込むし、命をなくさない程度で、狂人にならないギリギリの線までで、人を助けようともする。
寿命を短く設定していると早い段階で、色々な欲も無くなる。
こんな狂った時代でも、稀にそんな生き方をしている人間もいるのだ。
今の時代は皆が詐欺師みたいなものだから、安易に人を信じる事はオススメしないが、たまには人を信じてみてもいいんじゃね?
猜疑心に凝り固まっていると、やがて人は呆れて離れていくよ。
あと付き合う人間をよく考えた方がいいかもね。
40年間、強運のみで生きてきた人間はそう考える。
そして、明日は生きてなくても構わないと考えると人生は楽しくもなる。
日本に帰れない。
日本行きの便の予約が入らない状態で「チャンス・パッセッンジャー」というのを狙い、ドンムアン空港に行き、P航空のカウンターに行き、キャンセル待ちをしていた。
私は海外に行くと日本人と群れようとしないので、久し振りに日本人旅行者と会話する。
すると、他の日本人が訳の分からない謎掛けのような事を言う
「どこからいらしたんですか? えっ東京? じゃあ地下鉄に乗らない方がいいですよ」
言っている意味が分からなかったので
「何の話し?」
と訊くと東京で大規模なテロが行われたとの事。
その頃は学生やりながら、派遣のバイトで食い繋いでいたので、全身の毛がゾワァーっと逆立ったのを覚えている。
バイトでその電車に乗っていた可能性が高かったからである。
何故か、その年は寒い東京は嫌だ、タイに行かなきゃ!! っと急に焦燥感に駆られ、滞在費3万の見切り発車の海外旅行だった。
助かった・命拾いした…。
心底そう思った。
あまり自覚はないが、私は非常に悪運が強いらしい。
幸せではないが強運であるのは最近常々感じる。
正直、生きるのには疲れきっているのだが、なかなか寿命が尽きない。
かと言って積極的に寿命を縮めようという発想もないのだが…。
眉唾ものなのだが霊感が強いという人と会話した時には、私の背後には、ものスゴい強い生命力を宿した霊が憑いているとの事だった。
また、その背後霊というヤツは困った事に博打が大好きなのだそうだ。
確かに安全な道と危険な道があるとすると、敢えて危険な道を選ぶ傾向が私にはある。
そして、結果的に大変な生命の危機にさらされ、人格崩壊しそうな体験をしても、本人は意外とケロッとしている。
自覚がないのだ。
そして、あとからジックリ考えて恐怖に怯える事がある。
自重しているのだがこの生き方の癖は直らない。
こんな性格だから、そう長生きはしないだろうと考え人生40歳と思い、ボンヤリとその日暮らしで恐怖や苦しみを楽しみながら生きていると、いつの間にかタイム・リミットが来てしまった。
この先の人生はオマケだ、だから自分の好きな事と困っている人のために生きようと考えた。
自意識過剰な年頃のお嬢さまには、信じられないかもしれないが、私には全く邪心がない。
損得勘定で行動なんてしない。
興味がある事なら何でも首を突っ込むし、命をなくさない程度で、狂人にならないギリギリの線までで、人を助けようともする。
寿命を短く設定していると早い段階で、色々な欲も無くなる。
こんな狂った時代でも、稀にそんな生き方をしている人間もいるのだ。
今の時代は皆が詐欺師みたいなものだから、安易に人を信じる事はオススメしないが、たまには人を信じてみてもいいんじゃね?
猜疑心に凝り固まっていると、やがて人は呆れて離れていくよ。
あと付き合う人間をよく考えた方がいいかもね。
40年間、強運のみで生きてきた人間はそう考える。
そして、明日は生きてなくても構わないと考えると人生は楽しくもなる。