故郷の町の偉人のお墓です。
500年くらい前に生きた方で知名度は非常に低いですが、この方がいなかったら、中世の日本の歴史はちょっと変わっていたかもしれない、現在皆さま方が長崎県に抱くイメージに多少の誤差が生じていたかもしれない、そんな隠れた長崎の街・日本国の功労者でもあります。
墓の形は一応『日蓮宗』のものになっていますが、小さくて分かりにくでしょうけど、その両脇にはイエスとマリアの置物も安置されています。
クリスチャン・ネームは「ベルナルド」だったそうです。
これは発見でした。
私の祖先は根っからの故郷の町の者で、また代々日蓮宗が家の宗教になってもいますが、でもこの偉人の墓から類推する限りひょっとしたら、私の祖先も一時期カトリックを信仰していた可能性が高まってきたのです。
そして、現在のベルナルドさんのお墓をみる限り、こういう形でも良いのだ、というある種の結論めいたものが導き出されました。
私がカトリックに対して興味を非常に抱きつつも、求道者止まりで好いと考えるのは、こういう歴史的な背景も大きいのかもしれません。
500年くらい前に生きた方で知名度は非常に低いですが、この方がいなかったら、中世の日本の歴史はちょっと変わっていたかもしれない、現在皆さま方が長崎県に抱くイメージに多少の誤差が生じていたかもしれない、そんな隠れた長崎の街・日本国の功労者でもあります。
墓の形は一応『日蓮宗』のものになっていますが、小さくて分かりにくでしょうけど、その両脇にはイエスとマリアの置物も安置されています。
クリスチャン・ネームは「ベルナルド」だったそうです。
これは発見でした。
私の祖先は根っからの故郷の町の者で、また代々日蓮宗が家の宗教になってもいますが、でもこの偉人の墓から類推する限りひょっとしたら、私の祖先も一時期カトリックを信仰していた可能性が高まってきたのです。
そして、現在のベルナルドさんのお墓をみる限り、こういう形でも良いのだ、というある種の結論めいたものが導き出されました。
私がカトリックに対して興味を非常に抱きつつも、求道者止まりで好いと考えるのは、こういう歴史的な背景も大きいのかもしれません。