カンムリワシ、ワシは名ばかり、言うばかり

20年前探せばカンムリワシがいて、10年前そこにはカラスがいて、いま両方ともいません。よって最近ではそれ以外の話題に。

韓国の醜聞57 日本の路地

2015年09月28日 07時27分50秒 | アジア

誰にも醜聞があります。たとえそれが、事実であろうが、なかろうが(笑)。 

「自分たちが常に差別されている」とのなりふり構わぬ叫びは「自分たちが常に差別している」ことの裏返しでした。 

今回は、韓国の醜聞ではなく、韓国人が日本を旅して発見した新しい発見について。 


韓国人女性が日本で新しい発見!「路地裏を歩いたらとても幸せな気分になった」―韓国ネット 

2015年5月5日、韓国のインターネット上にこのほど、「2015年の日本旅行で見つけた新しい観点」と題するブログが掲載された。以下はその内容。 

日本から帰ってきて1週間しかたっていないのにもう次の日本旅行を計画している。おいしいご飯やきれいな道、親切な人々ももちろん良かったが、今回の旅行では新たな観点を発見できたことに一番満足している。それはまさに、「鉢植えを楽しむこと」だ。

的の店を探している時など、旅行中は路地裏や住宅街をよく歩いたが、玄関先に鉢植えを飾っている家がとても多かった。韓国では花を見る機会があまりなかったが、きれいな花を見ながら歩くのはとても楽しかったし、寒い中で一生懸命に咲く花の姿に感動した。

そして、鉢植え一つ一つに丁寧に水をあげながら、「きれいだな」と花を眺める日本人たちの心が感じられて、とても幸せな気分になった。

日本は私に、すべての命は本当に尊いものだということを気付かせてくれた。(翻訳・編集/堂本) :Record China  2015年5月7日(木) 


韓国ではあまり見られない光景か

韓国人女性旅行者が日本各地の路地で見られる鉢植えの花」を快く思ったという話を聞いて、怒り心頭に発する韓国人がいるはずです。どんな人たちかと言えば、ご存じ「反日」国是に何の疑問ももたない、純朴で洗脳されやすい韓国人たちのことで、こちらもまた、きっと「いい人」なのでしょうね。

この話に反感をもつ人の中には、「いちおう反日を装っているだけの韓国人」や、「反日国是にさえ反感をもっているけれども社会環境を考えると言えない人」も、数は少ないもののいるはずなので、一応含めておきましょう(笑)。

どのように怒り狂うかといえば、・・・・

  • そんなに日本が良ければ、日本に住め。
  • 日本人の本来の野蛮さを知らない、かわいそうなヤツ。
  • もっと韓国の良さを知れ、この売国奴め。

などという、「自身と異なる意見」が、「自分の信念を否定し侮辱した」と受け止める人のことです。

そんなことをしていると、日常的に相当ひんぱんに侮辱を感じるでしょうから、ご苦労さんなことですが、自分とちがうものの見方に大きく反発したり侮辱を感じるとは、なんとまた「正義感」が強いことか(笑)。

まぁその「正義感」に若干(?)の疑問がありますが(笑)。

これは、残念なことですが、韓国に多様性がないことを物語っています。

多くの韓国人には「自分の信じる価値観に賛同しない人を大声でののしる」という未熟な特徴があります。

いや「大声で罵(ののし)なければ賛同していると思われてしまうので、どうしても罵(ののし)らなければならない」という安心感・罪悪感・恐怖心さえ、みてとれます。

日本には、悪いところも、いいところも、あるでしょう。

韓国人旅行者が日本を旅して、日本のいいところだと感じてそれを述べたのが許せないと思うらしいのですが、そこで「なぜ自分に多様性がないと思わないのか」と疑問に思うのは、ごく「まとも」な人でした(笑)。

そんな情緒的な「日本の美化」よりも優先すべきことがあるからでしょう。

しかし私の考えは逆で、情緒より優先するものがあるなんて、そんなものは時代が変ればコロコロと変りますよ、というもの(笑)。

同じように

韓国にも、悪いところも、いいところも、あるでしょう。日本人旅行客が韓国のいいところだと感じたことを述べたとして、こういうのを非難する日本人は、いないでしょう。

「日本にいいところなどはなく悪いところばかりである」、というのは、「韓国にいいところなどはなく悪いところばかりである」、と同じで、窮屈なものの見方です。

すべて「自分だけを肯定して、他人を否定する」悲しい性(さが)が、そうさせています! 

自分に何もないと思っていると、こうなるのでしょうが、そんなことはないと思いますよ。


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