韓国人と日本人…老後、もう一つの極端な対照
2015年02月06日
[中央日報日本語版]
日本で4年間過ごした経験があり、韓国人と日本人を十中八九は区別できる。
ソウル明洞(ミョンドン)や南大門(ナムデムン)付近、江南(カンナム)駅、
清潭洞(チョンダムドン)付近で遠くから日本人が歩いてくると、ほとんど分かる。
一緒にいる私の同僚は分からないことが多い。容貌や服装の細かな差を知らないからだ。
本当に似ていると感じるのが韓国と日本だが、知ってみると違う点はとても多い。
退職後の経済能力と老後の経済的余裕も天地ほどの差がある。
韓国人の人生の晩年は日本人に比べるとかなり大変だ。
先に日本を見よう。
日本は高齢者が死亡する時、退職時よりも多くのお金を残すケースが多い。
一般的に日本で平凡な退職者は3000万円ほどの現金を持ってスタートする。
韓国貨幣では3億ウォンほどだ。
長い老後を考えればそれほど多い金額でない。
しかし日本人高齢者が死去する時、このお金は4000万円に増えていることが多いのだ。
約4億ウォンだ。
どういうことか。魔法の杖を持っているわけでもないが、生涯を終える時にお金が増えているとは。
それは2つのことで説明できる。
最初は低成長・低金利の「呪い」であり「魔術」だ。
日本は1990年のバブル経済崩壊後、1%前後の経済成長率と0%台のゼロ金利時代を経験している。
ところが世界最長寿国となり、高齢者は未来に備えなければいけなかった。
いつ死ぬか分からないのにお金を増やす方法がない。
このような状況では、お金を使わない節約作戦を選択するしかない。
その結果がまさに物価が下落しながら経済を長期沈滞させるデフレだ。
もう一つは高齢化だ。
日本はすでに1970年に高齢化社会になった。
人口の7%が65歳以上という意味だ。2000年に高齢化社会になった韓国より30年早い。
65歳以上の人口が20%を超えれば超高齢社会というが、日本は2006年に世界で初めてここに到達した。
韓国は今から11年後の2026年に超高齢社会に入る見込みだ。
このように見ると、日本の高齢化がどれほど深刻で長いものかが分かる。
こうした急激な高齢化は日本の高齢者をさらに緊縮させた。結局、低成長と高齢化が音もなく日本のデフレを加速させた背景と見ることができる。
日本の高齢者が亡くなる時、財産がさらに増えているのは、年金の魔術のおかげだ。
日本は北欧先進国ほどではないが、高度成長期に会社勤務をした人なら誰でもある程度の国民年金と厚生年金を受ける。
韓国では国民年金だけが義務づけられているが、
日本では国民年金はすべての国民が加入し、
厚生年金は会社在職中に加入する。
結局、年金が最初から2段構造を持つ。
ずっと納付していれば20万-30万円になるため、退職生活をする間も貯蓄が可能だ。
これがまさに日本の退職者の財産が死亡時にむしろ増える秘訣だ。
日本の例に比べ、韓国の退職者は過酷な老後を迎えるしかない。
すでに韓国の高齢者貧困率は経済協力開発機構(OECD) 34カ国のうち最下位レベルの48%だ。
経済規模を国内総生産(GDP)だけで測定する理由がないとみると、韓国はOECDで最下位ということだ。
参考に経済規模は世界13位だ。
韓国は経済規模が世界13位と自負しているが、他の基準でみると30位にも入らない。
貧困の兆候はすでに10年前ごろから表れていた。
地下鉄で読み捨てられた新聞を拾う高齢者の姿がその序幕だった。
準備されていない老後を迎えた貧困高齢層が生計のために地下鉄で歩き回る姿だった。
もうその姿がビラを配る高齢女性に変わっている。
生計のために朝早くから夜遅くまで食堂街やオフィス街を動き回る高齢者集団が韓国社会の新しい現象となった。
ソウルの地下鉄には時給6000ウォンで50-75歳の女性パートタイムを求めるというビラがあちこちに貼られている。
ゆっくりと休むべき年齢だが、生計のために仕事場に追い出される韓国社会の断面だ。
別の見方をすれば、あまりにも節約し、お金を使わずふとんの下に敷いて死亡する日本の高齢者も気の毒でならない。
しかし最後まであくせく働かなければいけない韓国人の老後とふとんの下やタンスの中にお金を置いている日本人の老後、どちらがよいのだろうか。
日本は個人の金融資産が1500兆円(1京5000兆ウォン)であり、
韓国は家計負債が1000兆ウォンであるのを見ても、またも違う。
使わずに残して死亡するとしても、お金を敷いて死亡するのがまだよいのではないだろうか。
表面上は似ているようだが、これほど違うのが韓国と日本だ。