中国、「退役軍人デモ」北京で待遇改善要求「クーデターにも」
勝又壽良の経済時評
週刊東洋経済元編集長の勝又壽良
2016-10-24
1万人規模のデモ
陸軍30万人整理
中国人民解放軍の手で政権を奪取した中国共産党が、退役した軍人による無届けデモに見舞われた。
10月11日、北京市の国防省前で迷彩服に身を包んだ30歳以上の退役軍人が待遇改善を求めてデモ行進したのだ。
日本メディアの報道では、650人から1000人程度と報じられたが、『大紀元』は1万人規模と伝えている。
北京での生々しい情報が入るとともに、習近平氏は厄介な問題を抱え込んだことを示唆している。
過去に報じられた元軍人デモは、2013年9月、雲南省昆明市で「中越戦争」(1979年)で戦場に送り込まれた元軍人が生活苦を訴え、政府に待遇改善を求め集団抗議を行った例がある。
その人数は約千人との情報もあり、警官隊が現場に駆けつけて収束した(『大紀元』2013年9月19日付)。
当時の雲南省政府は、退役後には国営企業へ就職を約束したが、実際には一部の人しかその恩恵を受けられず抗議行動となった。
今回の元軍人デモの特色は、全土の退役軍人が北京市の国防省前に終結し、迷彩服姿で約1万人規模に膨れあがった点である。
過去にない現象だ。年齢的には30歳以上とされ「働き盛り」の層である。
先の雲南省昆明市のデモでは「中越戦争」に派遣され、今では「老兵」の域に達している人々だ。
今回は、「青壮年」である。
習近平氏の「人民解放軍30万人削減計画」が始動すると、青壮年層の元軍人はさらに膨らむ。
元軍人への年金支払額は、地方によってばらつきがあると指摘されている。
そこで、今回のデモでは9つの省長が急遽、集められて交渉に当たった。
元軍人のデモは、中国政府にとって最も頭の痛い問題である。
器の操作に習熟しおり、人民解放軍部内の不平分子と結びつけば、いつ「クーデター」に立ち上がるか分からない集団である。
人民解放軍への腐敗防止の取締は厳しく、習氏への反発も大きくなっている。
元軍人に武器を横流しすれば、かつて孫文の引き起こした辛亥革命(1911年)の再現もあり得る。
中国政治と経済の現状は、とてつもない波乱要因を含んでいるのだ。
1万人規模のデモ
『大紀元』(10月15日付)は、次のように伝えた。
この記事では、武器の操作に馴れた元軍人の抗議デモであるだけに、中国当局も手荒な対応ができない苦しい立場にあることを示している。
SNSで全土に檄を飛ばせば、経済的に不平不満を募らせる元軍人は、一挙に参集するという「機動力」を持っている。
日本の旧軍隊では見られなかった「抗議デモ」である。
それだけに、中国の元軍人の意識がどのようなものかを示している。
最近、南スーダンの首都ジュバに駐屯して国連平和維持活動(PKO)に従事している中国部隊が、現地民の保護要請を断って逃亡したという不名誉な話しが報じられている。
「南スーダンの首都ジュバで政府軍と反政府軍の間で交戦が繰り広げられていた今年7月、民間人から数十回にわたって保護要請を受けたにもかかわらず、これを無視したという主張が持ち上がっている。
中国軍のPKO部隊に至っては、武器や弾薬も残したまま逃亡したと伝えられている」(『朝鮮日報』10月8日付)。
中国当局は否定したが、待遇改善デモを行う元軍人の気性からすれば、交戦地から逃亡することもあり得るであろう。
日清戦争の際は、海戦から勝手に逃亡した軍艦が現れている。この艦長は、後に処刑された。
(1)「中国全国各地から集まった退役軍人が10月11日北京市中心部にある、軍最高意思決定機関の中央軍事委員会と国防部が入っている、
通称『八一大楼』の前に集まり、生活の保障と待遇改善を訴えて、12日早朝まで約24時間の抗議を行った。
最終的に約1万人以上が集結し、元軍人による過去最大規模の抗議活動となった。
報筋によると、デモ参加者代表は当局の高官と交渉を試み、一定の成果を得たとし、
今回の抗議活動は『成功した』
『今後元軍人による陳情の前例となった』と示した」。
中国当局は、ことを荒立てることを避けて「穏便」に済ませたようだ。
約束された退職後の待遇では、地方政府によって「年金支給金額」に差があるという。
地方政府役人がピンハネしているからだ。
中国の官僚は、本当に金銭に汚い輩が多すぎる。
他人の受け取るべき年金を誤魔化して、自分の懐に入れるという行為は犯罪である。
それが全土で行われているというのだから、あきれ果てるのだ。
このような国家が、世界覇権に挑戦する。思わず、噴き出すほどおかしいが、習近平氏は大真面目である。
中国には真の賢者はいないのだろうか。
(2)「米国『自由アジア放送』(RFA)による12日の報道では、『八一大楼』の前で行われた異例のデモに、続々と集まった元軍人の人数は最初の数百人から最終的に1万人を上回った。
デモの一部始終を目撃した北京市民で、自身も軍の元士官だった王さんは大紀元の取材に対して、『八一大楼』周辺では中年の元軍人に埋め尽くされ、元軍人の列が2~3キロ続いたと話した。
王さんを含めて多くの北京市民が元軍人らに水や食べ物を提供して支持を示したという」。
1万人にも膨れあがったデモ隊の列は、2~3キロにもわたったという。
沿道では、北京市民が水や食べ物を提供して支持を示した。
元軍人と北京市民の「連帯」ができた場面でもあった。
こうなると、中国当局はデモ隊鎮圧の荒技を繰り出すこともできず、「傍観」せざるを得なかったに違いない。
私は、この光景を想像して、何か将来の「革命」の前兆現象のように思える。
これから30万人の陸軍部隊が削減される。彼らを受け入れる職場は少ない。
今回の不満退役軍人も、再就職に失敗して、年金暮らしを強要されているのだ。
青年時代から生活に関わりのない武器操作を職業としてきた。
その技術を生かせる職場は、ほとんどあるまい。退役すれば事実上、失業者の群れに身を投じかねないリスクを抱えている。
彼らが、政府を恨む気持ちも分からぬではない。
職業再教育に努力もせず、その予算は軍拡に向けられている。余りにも安易である。自ら退役軍人の反乱の種を蒔いているのだ。
(3)「匿名希望の情報提供者は大紀元の取材に対して、
『当局に北京に入るのを阻止されないように、元軍人の多くは私服で北京に入り、
“八一大楼”の前に到着後に迷彩色の軍服に着替えた』とした。
元軍人らは出身の省や地区で分かれてそれぞれの列を作って並び、横断幕を持ちデモを行ったという。
同氏によると、当局は多数の武装警察などを出動させ、警戒態勢を敷いた。
またデモが始まった最初の頃、10数人の元軍人が逮捕されたが、双方は大きな衝突がなかった。
その後逮捕された元軍人は解放された」。
元軍人のデモ隊とそれを取り締まる側の武装警察は、かつては広い意味での仲間である。
武装警察側は、デモ隊に同情する面もあろう。
これが警備で手加減した理由である。この局面は、極めて暗示的である。
孫文が辛亥革命を成功に導けたのは、清の軍隊に革命への同調者を募っていたからだ。
部隊の上層部以下は、ほとんど孫文側に付いており、革命軍を倒せと号令が出たとき、銃口は部隊上層部に向けられたのだ。
中国では、こういう「寝返り」は普通である。
ここが、日本人と全く異なる所である。「死んでも命令を守る」という日本人気質ではない。
(4)「情報提供者は、『デモを呼び掛けた元軍人は当初、もし12日に当局が何らかの改善を示さなかったら、中国とベトナムとの戦争に参加した元軍人など、さらに多くの応援を呼び込もうと考えていた』と明かした。
それが現実となれば、元軍人によるクーデターに発展する可能性を示唆した」。
ベトナム戦に参加した「老兵」も、このデモ行進に参加する手はずであったという。
中国では王朝革命の際、事前の準備が周到にされていた。
主として、暴力団がその手配師になって働き、全土一斉の軍事蜂起という形であった。
「武闘」には、暴力団が最適な存在である。
現在では、武器習術になれた退役軍事がその役割を果たす。
中国当局もこれに気づかないはずがない。「嫌」な予感を持ちながら対応したであろう。
(5)「情報提供者は、『抗議中、当局は下級の官員から上級の官員にと次々と出てきて、交渉にあたった』とした。
『最初は警察当局が鎮圧にあたったが、状況が逆に悪化すると分かって、
当局は(党中央政治局委員で中央政法委員会書記の)孟建柱氏や人民解放軍の総政治部の少将や国家信訪局(直訴を統括する部門)の局長などが交渉にあたった。
しかし、元軍人らは中央高層指導部の高官と直談判したかった』。
同氏によると、当局は11日夜9つの省の省長が高速鉄道で緊急に北京に入らせ、問題解決にあたらせるとの異例な措置をとった。
情報提供者は今回のデモでは待遇問題が直ちに完全に改善されると思わないが、しかし『成功した』とし、『今後、他の元軍人陳情者には前例になったのではないか』と示した」。
9つの省長が急遽、呼び集められたのは、退役軍人が9つの省に跨っていることの証明である。
デモに参加した退役軍人の言葉には、地方の訛りがあったと言うから、広範囲から集まったことを示している。
退役軍人側の評価は、成功したとしている。この例に倣って、今後は全国の退役軍人が同様なデモを組織して「請願」することになろう。
ここに見られるのは、「元軍人」の持つデモの重みである。
習近平氏は、今後30万人の軍人(陸軍)の整理方針を発表済みである。
今回の退役軍人デモの拡大版が今後、予想されるのだ。
旧軍人にすら満足な経済的待遇もしていない現状からいえば、30万人も出てくる新たな退役軍人の処遇は並大抵ではない。
経済成長率が低下していくなかで、社会福祉全体に莫大な予算を必要とする。その上、さらに「屈強」な元軍人が被支給側に加わるのだ。
陸軍30万人整理
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(4月27日付)は、「軍再編、習主席の最も危険な改革」と題して、すでに次のように警告していた。
この記事では、中国が米国並みの軍組織整備を理想型としていることに基づく、軍再編であることを明らかにしている。
つまり、米国の指導者たちが1991年の湾岸戦争で、複雑な軍の配備を巧みに調整し、破壊的な効果をもたらした。
習近平氏は、これを目の当たりにして、米国と同じような能力を希求してきた、と中国の政府関係者や軍事史家は指摘しているという。
世界覇権を求める中国としては、是が非でも実現しなければならないのだ
だが、米国という超合理的精神に裏付けられた国の軍事組織が、中国という風土の中で移植できるだろうか。むしろ、混乱だけ広がる懸念が大きい。その意味で、ここでの記述は興味深いのだ。
(6)「2020年までに完了させることを目標としたこの再編計画は、習氏にとって、最も野心的かつ政治的にリスクのある事業のひとつだ。
成功すれば、中東やアフリカでも戦闘活動が遂行できるような土台が築かれる。
15世紀の明王朝に始まった孤立主義の時代から抜け出そうとしている国にとって重要な一里塚だ。
この計画によって、アジアにおける米国の軍事的支配への挑戦が可能になるだけでなく、海上輸送路や資源の供給、海外居住者を保護するための軍事的介入も可能になる。
他の国もやっていることだ。軍の派遣は人道的活動やテロ対策にも役立つとはいうものの、米国やその同盟諸国が懸念するのは、次の点だ。
中国が、その軍事力を欧米諸国と利害が衝突するような使い方をするのではないか、ということだ」。
中国が量的な軍事力の拡張と同時に、近代戦に必要な空海軍充実によって、遠洋まで出撃できる体勢を整えようとしている。
具体的には、航空母艦の建艦である。
国産空母の4隻態勢にして、日米軍と真正面から対抗する姿勢をのぞかせている。
このためには、大幅な軍の再編成が不可欠となっている。
人民解放軍の主力である陸軍兵力を削減して、空海両軍の充実を図るというのだ。
この問題は、周辺国への影響と同時に、人民解放軍内部の軋みを生む。
先の退役軍人の1万人デモで、当局は緊急態勢によって暴発を防ぎ、待遇改善の要求を認めざるを得なかった。
このケースを延長すると、30万人削減とともに一段と深刻化することが濃厚である。
経済成長率の低下と高齢社会の到来、さらに、社会保障費の膨張である。
中国財政に、軍拡費用、退役軍人待遇改善費用、社会保障費増大といった3大要因を乗り切れる余力があるとは思えない
(7)「習氏にとってこの再編計画が難しいのは、これが中国最大級の利益団体の中核に打撃を与えるからだ。
つまり、1949年に共産党を勝たせ、その40年後には天安門広場の民主化運動を制圧した機構のことだ。
人民解放軍の元大佐で軍事アナリストの岳剛氏は『既存システムの中をいじっただけの従来の軍再編に比べて、(習氏の計画は)はるかに複雑かつ破壊的だと指摘する。
仮に再編が失敗すれば、人気を失い、責任をとって辞任しなければならなくなるかもしれない。
だから大きな政治リスクがある』と、岳氏は元軍人としては異例なほどあからさまな警告を発し、その重要性を強調した」。
中国が、米国と同様の軍事組織を持つ必要があるのか。
そういう根源的な疑問が当然、出てくるだろう。中国が、海洋進出して他国領土を攻撃できる軍事能力を持つ必要があるのか。
習近平氏は「打倒米国」である。
その軍事態勢を整える前に、中国経済が破綻するリスクの方が大きいのだ。
米国の軍事力は、世界覇権の一環である。
市場・貿易・思想のすべてが自由になっている。
ここには、国家介入の余地が存在しないのだ。
米国は、こういう覇権国家の一機能として、軍事力が必要である。
中国では、市場・貿易・思想のすべてが自由でない。
国家が介入している。原理的に言えば、中国の覇権国家はあり得ないのだ。
軍事力だけの覇権は、独裁国特有のもので、中国を滅ぼす原因になるに違いない。
(8)「人民解放軍は習氏が再編計画を打ち出す前から、慎重に海洋進出を図ってきた。
太平洋やインド洋に艦船や潜水艦を送り込み、南シナ海では埋立地に軍事施設を建て、中国の沿岸で米海軍に挑戦してきた。
だが人民解放軍の内部は、組織構造と革命時からひきずっている考え方が足かせになっている上、陸軍が主導権を握っていた。
再編前、陸軍は全体の70%を占め、軍隊の指揮を執る中央軍事委員会の11人の委員のうち7人が陸軍だ。
中央軍事委員会を率いる習氏は新たな計画の下、海軍と空軍、そしてミサイル部隊に一部権限を譲ろうと試みている。
アジアでの領有権の主張を強め、国外に向けて膨張する経済的利害を守るという習氏の野心にとって、ミサイル部隊は欠かせないものだ。
習氏は新たな軍種を編成したり、陸軍のステータスを低下させたりすることでそれを試みている」。
共産党革命の主力は陸軍である。
中華人民共和国は、海洋進出する目的で建国したはずではない。
国民を解放するという目標であって、それがいつの間にか海外進出へとすり替えられている。
こういう経緯から言えば、陸軍の削減の名目がない。
そういう批判が出てきてもおかしくない。陸軍の削減は、中国共産党革命の目標と異なるのだ。
習氏が強引に進める陸軍削減は、退役軍人の生活苦とも絡んで人民解放軍内部で抵抗を強めることが想像できる。
習氏は、これによって政治的綱渡りを求められるのは当然である。
第三者の視点から言えば、世界覇権を目指すようなことは止めて、国内政治に回帰すべきだろう。
問題山積の内政課題を放置して、軍のままごと遊びに狂奔している姿は滑稽ですらある。
習氏は八方に手を広げ過ぎている。ここまで彼を駆り立てている原動力は、中華の夢=領土拡張の夢だけなのだ。
(9)「習氏は人民解放軍の兵力230万人のうち、30万人を削減中だ。
削減案は習氏が昨年発表したものだが、この20年で最も規模が大きい。
これは武器を扱った経験のある軍人の多くを失業に追い込むことを意味する。
これまでの削減では国営部門が人員を吸収してきたが、いまは同部門でも数百万単位の人員削減が計画されている。
新たな人員削減で少なくともすでに600万人に膨らんでいる退役軍人の数がさらに増えることになる。
ここ数年、退役軍人が数千人規模の組織立った抗議デモを起こしている。
昨年6月にも北京の中央軍事委員会の建物の外で抗議デモがあった。政府の支援が不十分だというのがその理由だ」。
国有企業部門が、数百万人の過剰雇用を縮減しなければならない時に、陸軍の30万人削減が加わると、雇用市場は大混乱する。
行き場を失った退役軍人が、その不満をどこにぶつけるか。
言わなくても想像はつくだろう。今回の「1万人退役軍人デモ」が示唆するように、街頭へ繰り出してくるに違いない。
そして、市民が水や食べ物を提供したように、そこに一種の連帯感が生まれる。
「反共産党政権」への基盤が自然に用意されるだろう。
天安門事件では、軍隊が学生を弾圧した。次に起こるとすれば、人民解放軍の現役と退役の対峙である。
もともと、有無相通じる仲間である。共闘して向かう先は、中南海(政府や共産党本部などの所在地)かも知れないのだ。
習氏は、危険な綱渡りを試みている。
彼が最も頼みとする人民解放軍の足並みが乱れれば、今後の経済成長率急減速の中で、その不満吸収の余地は限られる。
高齢社会で元軍人だけを優遇できない状況下に移行している。
この現実を冷静に受け入れれば、軍事覇権国になる夢は、自滅の道に通じるのだ。
「中華の夢」は捨てて、内政充実を優先させる時期であるはずだ。
(2016年10月24日)