韓国の朴槿恵(パククネ)大統領(62)の就任から、25日で1年になる。北朝鮮への強い姿勢が中高年層を中心に評価され、安定した支持率を保っているが、若者の就職難など課題は山積している。

首脳会談もできない日本との関係改善も、出口は見えないままだ。 

 ■対日姿勢 国内の批判、恐れて強硬

 「1人がまた亡くなり、55人しかいない。解決が急がれる」。朴氏は18日、訪韓したロイス米下院外交委員長との会談で、旧日本軍慰安婦問題を改めて強調した。

 朴氏が各国首脳や政治家らとの会談で日本の歴史認識問題を取り上げるのは、慣例になりつつある。

 朴氏は就任前から、日本との関係について「行きつ戻りつはだめ。時間をかけてでも、安定的な関係を築かなければ」と周囲に語ってきた。

過去の大統領のケースでは、当初は日本との関係改善を掲げながら、後半に悪化するパターンが続いた。これを繰り返さないため、歴史認識問題を最初からやり過ごすわけにはいかなかった。

 この「信念」に様々な要因が重なった。

李明博(イミョンバク)前大統領の竹島訪問で日韓関係が悪化していたうえ、「極右」(韓国メディア)と警戒された安倍政権が誕生。麻生太郎副総理の靖国神社参拝や、「侵略の定義は定まっていない」などの安倍晋三首相の発言が続き、朴氏の姿勢は厳しさを増す。

 父の故朴正熙(パクチョンヒ)元大統領の「影」もある。

韓国を経済発展させたとして根強い人気を誇る一方で、国民の反対を抑えて日韓国交正常化に踏み切り、「親日派」との批判がつきまとう。

親日派」のイメージを持たれれば、支持率に響く。朴氏に近い関係者は「少しでも日本に甘い言動をすれば足をすくわれかねないという危機感が、朴氏にはあった」と語る。

 だが、昨秋から韓国メディアで「朴氏の対応はあまりにかたくな」との論調が出始めると、朴氏側も出口戦略を探りだした。

韓国政府関係者によると、朴氏は報道や世論にかなり敏感だ。執務後も自室でニュースをチェックし、気になるものがあれば秘書官らの携帯を鳴らす。

韓国の民間シンクタンクが実施した昨年末の世論調査では、安倍首相の靖国参拝直後にもかかわらず、6割近くが日韓関係改善に向けて朴氏が積極的に行動するよう求めた。

 だが今月、日本で元慰安婦の証言の検証を求める動きが起き、韓国の世論はまた揺れ動く。韓国政府関係者は「朴大統領は、大事なことは自分だけで決める。心のうちはだれも分からない」と話す。 

 ■経済・雇用 就職できず、あえぐ若者

 大学が集中するソウル市城北区に、厳しい雇用環境に向きあう20代の若者が集うカフェがある。

求職中の若者でつくる「青年就業協同組合」(朴壮浩代表)。企業や公的機関を回り、「若者の働き場の拡充」を訴える。

 金大鎬さん(24)は30社ほど入社試験を受けたが、すべて失敗し、南部・光州市の大学を留年した。地方大学出身の厳しさを肌で感じている。公務員試験に落ちた崔ポラムさん(23)はソウルの大学で日本語を専攻するが、「日本語ができる」だけでは就職の決め手にならないという。

 韓国統計庁によると、15~29歳の生産活動可能な人口のうち実際に働く人の割合が、朴政権1年目の昨年は39・7%と初めて40%を割り込んだ。

同じ年代層の失業率も8・0%と3年ぶりの高い数値だった。

 収入や機会面での格差が広がる中、朴氏は格差解消を訴えて当選。就任式では、全国民が幸福になれる「第2の漢江の奇跡」を起こすと宣言した。

 サムスン電子現代自動車など一部大企業の好業績もあり、マクロの経済指標で目立った落ち込みはないが、中小を含む多くの企業は輸出の伸び悩みで先行きが不透明となり、雇用増はままならない

。結果、サムスングループの昨年の入社試験には約20万人が殺到した。狭い門を目指し、大学生は資格取得に追われる。

 朴氏は若者の雇用増を訴えるが、韓国政府関係者は「大企業中心の経済構造を変えられず、格差解消もできていない」と認める。

国内の雇用難で韓国政府は「若者の起業支援強化」や「海外での就職拡大」を訴え始めた。イ・ユンス西江大教授(経済学)は「低成長で、企業が雇用を増やすのは難しい。高齢化で労働市場も硬直化している」とし、若者の厳しい雇用環境は今後も続くとみる。

 朴氏の就任1年後の支持率は約55%。1987年の民主化後の大統領では故金大中(キムデジュン)氏に次いで高いが、年代別では若くなるほど低い。政策別では外交政策への評価が高く、雇用政策は低い。 

 ■政権運営 「強い指導者」もろ刃の剣

 「不通(プルトン)」。この1年、朴氏についてまわった批判だ。意思疎通ができない、何を考えているのか分からない。そんな意味が込められている。

 就任1年で、質疑応答を伴う記者会見は国内で1度だけだ。大統領府関係者は「頻繁に演説もし、国民にメッセージは送っている」と反論するが、与党内からも「大統領が何を考えているのかよく分からない」と不満の声が上がる。

 「不通」の影響は、相次ぐ人事の失敗にも現れる。大統領府報道官がセクハラ疑惑で、海洋水産相も失言で更迭された。いずれも任命の際に周囲が「なぜこの人を」と驚いた人物だ。

 朴氏には、いつも持ち歩く手帳がある。気づいたことや会った人の印象などをこまめに記し、人事や政策もそこから生まれるという。

 だが、独りよがりに陥ることも少なくない。

 朴氏を長く見てきた韓国紙記者は「根底には権力に群がる人への不信がある」とみる。

父が側近に暗殺されたのは79年。当時27歳の朴氏は、手のひらを返すように離れる人たちを間近で見てきた。

それだけに、最側近にも決定的な権限は与えないという。この記者は「強い指導者だが、それが欠点にもなり得る」と話した。

 (ソウル=中野晃、貝瀬秋彦)