サムスン失速 中国勢が仕掛けるスマホデフレ
~サムスンショックの底流
2014/8/14
韓国・サムスン電子の変調が鮮明になってきた。7月8日の速報値で9年ぶりの減収減益が明らかになると世界の電機産業に「サムスンショック」が走った。
サムスンの快進撃はここで終わるのか、構造的要因は何なのか――。
「サムスンショック」を裏打ちする数字がずらずら並んでいた。7月31日、サムスンが発表した2014年4~6月期の決算確定値だ。
前年同期に比べ、スマートフォン(スマホ)の営業利益は30%減、全社の営業利益25%減、売上高は9%減。自社製スマホへの有機ELパネル供給が減ったディスプレー部門は80%減益。スマホを突破役と位置づけ、パネルや半導体など基幹部品を載せて売りさばいてきた収益モデルが逆回転しかねない状況だ。
株式市場では速報値の発表前から業績悪化懸念が広がり、株価は約2カ月前の直近の高値から10%ほど低い水準で推移している。
■際立つサムスンの不振
2014年4~6月期、サムスンのスマホ世界シェアは急落した=ロイター
サムスンの業績悪化はスマホの世界シェア低下と明確に連動している。
米調査会社IDCの7月29日の発表によると、4~6月期のサムスンのシェア(出荷台数ベース)が25.2%。
世界首位は維持したものの、前年同期に比べシェアは7.1ポイントも落ち、出荷台数は7430万台と3.9%減った。
「中国や欧州を中心に中低価格帯のスマホで競争が激化した。
流通在庫が増え、販売台数が減った」。サムスンでスマホを担当する金顕俊専務は31日の電話会見で、世界スマホ市場での苦戦を認めるほかなかった。
サムスンを苦しめているのは米アップルではない。
新興の中国メーカーだ。
中国勢のシェアを見ると華為技術(ファーウェイ)がシェア6.9%(前年同期比2.6ポイント上昇)の3位、レノボ・グループが5.4%(同0.7ポイント上昇)の4位と躍進。
アップルは次世代製品「iPhone6」発売前の買い控えなどでシェアを落としたものの、出荷台数は12.4%増と健闘している。
世界全体のスマホ出荷が23.1%増だったことを考えると、サムスンの不振が目立っている。
さらに、韓国投資証券の推計では、サムスンの4~6月期のスマホ販売単価は295ドルと9%低下した。
市場拡大が世界的に続く中低価格機の販売構成比が上がっているためだ。「スマホデフレ」が急速に進行しているのだ。
■「業績回復は簡単ではない」
「第4世代(4G)携帯サービス関連など先行技術を生かし、ハイエンド商品でも持続的に成長できるようにする」。
金専務は会見でこう説明する一方、中低価格機では価格競争にある程度付き合う考えも示唆した。
つまり、高級機のアップル、そして中低価格機の中国勢と全ての競合相手を真っ向から迎え撃つ構えだ。
ただ金専務は「業績を回復させるのは簡単でない」ことも認めた。
不十分なのは商品戦略だけではないとの指摘もある。
IDCは「サムスンが世界首位を維持するには、地元ブランドに支配された市場で勢いをつけることに集中せねばならない」と国・地域別の販売戦略に不備があると注文をつけた。
地元ブランドが支配している市場とはどこか。その典型は世界のスマホ需要の約3分の1を占める中国だ。
北京市では7月22日、スマホ市場での中国メーカーの勢いを象徴するイベントが開かれた。
「中国人が誇りに思える世界的なブランドを目指す」。北京小米科技(シャオミ)の雷軍・董事長兼最高経営責任者(CEO)はこの日の製品発表会で宣言した。小米は年内に海外10カ国に進出する方針を示していたが、雷CEOが公の場で世界企業を目指すと語ったのは初めてだ。
小米の新型スマホ「小米4」は外観にもこだわった(7月22日、北京市内)
発表した主力スマホ「小米4」は中国で普及期を迎えた4G携帯サービス対応する最先端モデルだ。
米クアルコムの最先端システムLSI(大規模集積回路)を搭載し、「現時点では世界で最も動作が速い」(雷CEO)仕様とした。
素材のステンレスを精密加工するなど、高級感のある外観や手触りを追求した。価格は1台1999元(約3万3千円)からと、競合機種と位置づけたアップルの「iPhone5s」の半値以下だ。
スポーツの世界では途中から出場し、試合の流れを完全に変えてしまう「ゲームチェンジャー」がいる。アップルが07年1月に初代iPhoneを発表して創り出したスマホ市場をスポーツに例えるとどうか。
10年4月設立の小米は若手ながら、中盤戦から出場して流れを変えたゲームチェンジャーといえるだろう。
台湾の調査会社トレンドフォースによると、小米の4~6月期のスマホ世界シェアは4.5%(出荷台数ベース)。順位で6位に浮上し、デジタル家電の老舗であるソニーを四半期ベースで初めて抜いた。
雷CEOはさらに、発表会で「今年は6000万台以上のスマホを必ず出荷する」と公約した。
■サムスンを追い上げる「中国のアップル」
実現すれば13年実績の3倍以上を出荷する爆発的な成長ぶりで、売上高では100億ドルを超える計算になる。
創業5年目の企業が「100億ドルクラブ」に仲間入りすれば、世界の産業史に残る快挙と言えよう。
その急成長ぶり、洗練されたマーケティングなどから「中国のアップル」と呼ばれることもある小米。内実を見ると中国企業としてはかなり異質だ。
「インターネットの遺伝子が強い会社だ。中国の他のスマホメーカーと比べても、経営手法が全く違う」。
中国の調査会社、艾瑞咨詢の陸静雨アナリストは小米の特徴をこう表現する。雷CEOはセキュリティーソフトなどを手がける中国大手の金山軟件(キングソフト)で経営トップを長く務めた。
雷CEOを除く共同創業者7人も米グーグル、米マイクロソフトなどネット業界の経験が長い。
業務用通信機から出発した華為、パソコンから多角化したレノボとは会社の成り立ちが全く異なる。
その遺伝子はマーケティング手法に色濃く反映されている。新製品や販促イベントの情報は中国独自のミニブログ「微博(ウェイボ)」で発信。ネットを自由自在に使う20~30歳代の若者による転送(リツイート)を誘い、知名度を上げてきた。
新型スマホ「小米4」を発表する北京小米科技の雷軍CEO(7月22日、北京市内)
最近は中国最大のネット検索サイト、百度が公表するスマホブランドの人気ランクでアップルと常に首位を争う。
商品の約7割を自社の通販サイト経由で受注・販売するなど、利用者が6月末で6億3200万人に達したネット大国・中国の環境をフル活用している。
しかし、小米ほどの速さではないにせよ、台頭する中国メーカーは他にもいる。
トレンドフォースがまとめた12年通年と14年4~6月の世界シェアを比べると、上位10社に入った中国メーカーが4社から6社に増えたことが分かる。
■中国勢躍進2つの要因
中国スマホメーカーの成長に共通する背景は何か。
米調査会社ストラテジー・アナリティクスのスイ・チェン・アナリストは「基本ソフト(OS)のアンドロイドが普及したことと、台湾企業を中核とするスマホのサプライチェーン(供給網)ができたこと」の2つが大きいと解説する。
まずはOS。12年の世界ランクと見比べると、14年のスマホ上位10社からフィンランドのノキアとカナダのリサーチ・イン・モーション(RIM、現ブラックベリー)が姿を消していることに気がつく。
ノキアとRIMはそれぞれ「シンビアン」、「ブラックベリー」と呼ぶ独自のOSを持ち、初期のスマホ業界では一定の影響力を持っていた。だが、いずれも他社に公開しないか、有償のOSだった。
中国メーカーが飛びついたのが、グーグルの無償OS「アンドロイド」だ。09年ごろから世界的に急速に普及し、ソフトウエア面からスマホへの参入障壁を一気に下げた。
14年のスマホの世界シェアをOSから分類すると、上位10社にはアンドロイド以外ではアップルの「iOS」が残るだけだ。
iOSは他社に公開しない閉鎖的なシステムだが、音楽配信など独自のサービスで一定以上の顧客をつなぎ留めることに成功している。
「アンドロイドに慣れたスマホ利用者はメーカーを代えることへの抵抗感が小さい。サムスンは同じアンドロイド陣営のなかで、中国メーカーと戦うことを余儀なくされている」。世界中のスマホメーカーと取引のある日本の電子部品メーカー幹部はこう分析する。
では、台湾企業を中核とするスマホのサプライチェーンとは何を指すのか。小米の製品発表会には、この現象を考えるヒントもあった。
「小米には500社のサプライヤーがいるが、特にこの4社に感謝したい」。会場の舞台でこう語った雷CEOの背後には日・米・台湾計4社のロゴが映し出されていた。
マーケティングに優れた異質の中国企業を、ものづくりで日・米・台湾が支える。いままでとは逆の構図がそこにあった。
(北京=山田周平、ソウル=小倉健太郎、台北=山下和成)