いつまで続く、朴槿恵の強硬姿勢
2月21日UP!〕
武貞秀士=拓殖大学客員教授
「中央公論」2014年3月号掲載
朴槿恵政権が発足して一年になるが、日韓関係改善の兆しはない。
昨年十二月、朴大統領は「新年は過去の歴史の傷をえぐり、国家間の信頼を壊し、国民感情を悪化させる行動をなくさなければならない」と暗に日本を批判した。
今年一月六日には、就任以来初めての記者会見を開いて、安倍晋三首相による靖国神社参拝について「日韓協力の環境を壊すことが繰り返され残念だ」と述べた。
筆者は日本と韓国の大学の教壇に立つことがあるので、日韓関係について質問を受けることが多い。
韓国人学者からは、「どうして日本は国際社会で孤立することばかりするのか」と問われ、日本人からは「日本が韓国にどのように謝罪すれば、韓国はおさまるのか」と聞かれるが、双方の質問に対する回答が見つからない。
日韓関係の修復が難しいのは、いまの状態が過去の日韓関係とは違うからだ。
際立っているのが、大統領の対日姿勢だ。歴代の韓国大統領は、政権末期に反日を強めたが、朴大統領は、就任直後から日韓関係では強硬な態度をとっている。
歴代大統領との違い
韓国の歴代政権を見てみよう。李承晩大統領は反日一筋だったが、日韓国交樹立前であり、反日イデオロギーのバランスシートを考慮する必要はなかった。
朴正煕大統領は、強靱な韓国をつくりあげる上で、日本の協力を得ることが早道だと読み取った。国交を正常化し、日本の資金、技術を導入して、国力をつけて日本に追いつきたいと考えた政治家であった。
全斗煥大統領は、光州事件のあと国内世論が分裂し、民主化の遅れへの批判が高まるなかで、日本に対しては「韓国が安保で中国大陸の防波堤になっている」という趣旨で、安保経済協力を期待するという政策をとった。
盧泰愚と金泳三の両大統領は、韓国の民主化に専念して、日本に政策の照準を合わせることはなかった。
日韓関係が最も良かったのは金大中大統領の時代だ。
一九九八年、日韓首脳会談で日本との防衛交流の必要を説いた日韓共同宣言を出している。
盧武鉉大統領は、韓国を取り巻く日米中ロという四つの国家のバランサーとしての役割を模索し、その外交戦略のなかに明確に日本を位置づけていた。
李明博大統領は、二〇〇七年十二月、大統領選挙の前日、市長として再建した清渓川前の公園での演説で、「日本に追いつき、中国を引き離すことができる大統領は誰ですか」と観衆に問いかけ、聴衆は「イ・ミョン・バク」を連呼した。
日本を過剰に意識した経済重視の大統領だった。だが、南北関係、経済分野で成果がなかったため、最後の一年間は反日姿勢に転じ、竹島上陸を果たすなど日本に「一矢を報いる」行動で名前を残した。
これに対し、朴槿恵大統領は最初から日本に対して歴史認識を問いかけ、日本の姿勢変換を日韓首脳会談の前提条件にしてきた。
日本外しの「未来志向」
朴槿恵大統領は、一九五二年生まれ、西江大学で工学をおさめた異色の大統領である。
政策目標は、「成長と福祉がかみ合い、全ての人が共同体のなかで信頼し合い、経済・社会的な不平等も補正される社会を建設する」。
福祉分野を大事にするソフトなイメージがあり、日本と国交を樹立した朴正煕大統領の娘ということで、日本では李明博政権で傷ついた日韓関係を修復するだろうとの期待があった。
実際、昨年五月の『ワシントン・ポスト』のインタビューでは「自由と民主主義など、普遍的価値を共有する最も重要な近隣国である日本との関係が極めて大切」と述べている。
だが、朴大統領が就任直後に手を付けたのは南北関係だった。
昨年四月、北朝鮮がミサイルを移動して軍事的圧力を韓国に加えたとき、朴大統領は北朝鮮との対話姿勢を確認した。
北朝鮮の挑発に対処するが、米国、中国の協力を得ながら南北間の信頼を築くことによって、朝鮮半島に持続可能な平和を定着させ、平和統一の基盤を構築する方針に基づくものだった。
五月に北朝鮮が緊張をあおる言動を停止したとき、韓国内では、朴政権が米国、中国と連携した成果との評価が高まった。
七月には南北間で、開城工業団地の操業を再開する協議が始まり、九月に再開された。朴政権の対北政策の勝利とされている。
北朝鮮政策、米国との同盟関係強化、中国との関係緊密化で成果があったということで、朴大統領に対する評価は上昇し、昨年七月に行われた世論調査では、政権に対する国民の支持率は六三%に達した。
大統領選挙の得票率が五一・六%であったことを考えると、大幅に支持を伸ばしている。
朴大統領の戦略の基本にあるのは、米中と協力して北朝鮮に接し、軍事的には万全の備えをして日本に譲歩を迫るというものだ。
昨年六月、朴大統領は訪問先の中国で、「東北アジア地域には、経済的力量と相互依存が増大しつつあるにもかかわらず、過去の歴史から始まった葛藤はより深刻化され、政治・安保面の協力は後退する・アジア・パラドックス・が現れている。このような状況を克服するためのビジョンとして東北アジア平和協力構想を推進する」と述べた。
この地域で未来の政治と安保分野の協力を推進するために、過去の歴史からくる葛藤を解決しないと韓国が見なす国家は、その枠組みから外すという「未来志向」の宣言であった。外されるのはもちろん日本だ。
背景にある国力への自信
韓国の専門家と議論すると、東アジアの信頼醸成のプロセスは、中国、米国、韓国の協調でやり、日本を除外しても大丈夫という「未来志向」の議論に圧倒されることが多い。
その背景には外交面、経済面での国力への自信がある。
国連事務総長は韓国人であり、国際金融関係のトップにも韓国人がついた。
ソウルの西にある仁川市に、GCF(グリーン気候基金)の事務局を誘致することに成功した。サムスンはソニーを追い越し、現代は健闘している。こうした自信に加え、中国の台頭、日本の国際的影響力の低下、日本経済の苦境という現実を踏まえれば、中国重視、日本外しという「未来志向」の戦略は、韓国にとっては極めて合理的なのだろう。
また、韓国の反日には、韓国が国際社会でさらに躍進するためには、日本の存在が障壁になっているという側面もある。
一月十五日、朴大統領は訪問先のインドで、国連安保理改革について、「常任理事国を増やすよりも、定期的な選挙を通じて、変化する国際環境にも能動的に対処できるやり方で非常任理事国を増やすほうが望ましい」と表明した。
韓国は日本の常任理事国入りに反対しているが、韓国のメディアの論調などから見えてくるのは、「アジアでは韓国が次の常任理事国になる」という目標だ。
韓国政府は、「日本は戦争の償いをして、中国、韓国の同意を得なければ」と繰り返してきた。
さらに、常任理事国の増加そのものに反対し、日本の目標を妨げる。その本音は「日本が常任理事国になれば、韓国がなれないから」ということだろう。
また、昨年九月にアルゼンチンで開かれた、二〇二〇年の五輪大会開催地決定の会議では、韓国の二人のIOC理事が東京に支持票を投じなかったようだ。
韓国には、二四年の五輪を釜山に誘致する構想があるからだ。二〇年に東京で五輪が開催されたら、二四年に釜山での五輪開催は不可能になる。隣国であるため、韓国が力をつければつけるほど、日本と利害が対立する構図だ。
一方、経済面では、中韓の部品貿易が急速に伸びており、中国の税関総署の統計では、二〇一三年一~十一月の中韓貿易の金額は約二五〇〇億ドル(二五兆円)と、前年同期比七・四%増となった。
この時期の日中の貿易額は同六・二%減の約二八四〇億ドルであった。中韓貿易との差は約三四〇億ドルであり、逆転するのは時間の問題になった。
韓国の中国への輸出は、サムスン電子、LG電子のスマートフォン、ポスコの自動車用鋼板、厚板などで、二〇一三年の韓国の輸出額に占める中国の割合は初めて四分の一を超えた。日本と韓国の貿易は一三年、一〇・四%減っている。
日本人旅行客は韓国への旅行を控えるようになり、韓国への外国人旅行客は、一三年、初めて中国人が最多となった。韓国経済は急速に「日本」から「中国」に乗り換えつつある。
こうした状況下で就任した朴大統領が最初から反日の姿勢をとったことは、韓国にしてみれば当然のこととなる。朴政権の反日姿勢は、韓国の国益を考えた「未来志向」の戦略であり、韓国にとって現時点でそれはうまくいっているといえるだろう。
バラ色の国家戦略
韓国のこの姿勢は、いつまで続くのだろうか。
中国の国際的地位が上昇し続け、中国経済が右肩あがりを持続し、日本経済が弱体化し日本の国際的地位が没落し続けるのであれば、正しい選択であるに違いない。
それは時間がすぎてみないとわからない。朴政権発足時の韓国の判断は、日本が北東アジアの主要な地域大国として復活しないという判断であった。
二〇一一年から一三年まで、韓国に滞在して大学の教壇に立ちながら韓国での国際会議や、学者の集まりで、討論をする機会があった。
韓国人専門家からは「日本はどうしてこのような発信力のない弱い国家になったのか。気の毒な日本」「韓国は日本の国際的地位を計算する必要がなくなった」という話ばかりを聞いた。
東日本大震災と原発対策で疲弊した日本は、アジアの指導的国家として考える必要がないという雰囲気が韓国には満ちていた。
韓国がアジアの先頭に躍り出るとき、経済分野と歴史認識問題で日本を封じ込め、中韓協力を強化して、米国の支援を得れば大丈夫という判断があった。
中国は機を見るに敏である。日本批判を続けながら中韓貿易を拡大する韓国に対して、様々な便宜を供与し続けた。
北朝鮮の地下資源を一方的に中国に輸入しながら、一方では中韓貿易を拡大して、朝鮮半島の南北に対する影響力を拡大する構想を持っているからである。
日本を押さえ込めば中韓両国に利益ありという戦略で中国と韓国は一致しているので、慰安婦問題、ハルビン駅の安重根記念館開館、靖国神社参拝をめぐっては、中韓はいつでも連携することができる。
そこには「加害者に対する被害者の苦しみ」という言葉ではあらわせない未来志向の構想があることを見抜かねばならない。
朴大統領の反日姿勢は、強まることはあっても弱まることはないだろう。
朴大統領のもとでは、日韓関係について日本専門家が大統領府に助言をすることが不可能な状態だ。
大統領側近に日本通がおらず、日韓国会議員交流の成果が大統領府の政策に活かされる構造になっていない。
韓国外交部北東アジア担当部門のトップは中国スクールで、「中国を韓国外交の中心に据える」という戦略はますます加速している。
日本批判をし、歴史問題をネタにして、中国と一緒に日本の非を指摘し続けることにより、韓国内で圧倒的な支持を獲得することができる。
国民の支持率が低下すれば、日本を批判して、国内の人気を挽回することができる。反日がもっともてっとり早い方策であるのはいままで通りである。
朴政権の政策は政権発足時のままである。朝鮮半島の信頼プロセスと北東アジア平和協力構想を通じて、この地域の平和と繁栄を模索すると強調し、日本の役割に触れなかった政策である。
中韓の戦略対話と経済緊密化を進め、米国との同盟を強化してゆくとき、韓国経済は世界市場で存在感を増し、バラ色の未来があるという国家戦略は、一年後のいまも変わらない。
中国依存への不安も
朴大統領は中韓関係を強化しつつ、日本批判を続けながら、中国との間の懸案事項を対話で解決してきた。
朴大統領が昨年六月、中国を訪問して首脳会談をしたとき、両国の軍事分野の人的交流を拡大することに合意し、中韓の制服組トップ同士の信頼関係ができつつある。
両国の外交と軍事分野の研究機関が合同で中韓戦略対話を実施したのは両国の軍事交流の成果のひとつである。
昨年十一月下旬、中国が防空識別権を拡大して、日中関係が緊張したが、中韓でも領有権をめぐり係争中である岩礁を防空識別圏の中に入れたので、論争が起きた。
しかし、中国政府関係者は「中韓は(日中とは異なり)話し合いで解決できる関係」と述べ調整を急ぎ、その言葉通り、中韓間で防空識別権問題が紛糾することはなかった。朴政権の反日姿勢が韓国にもたらした利益のひとつであった。
朴大統領の置かれた立場は、日韓関係に関するかぎり厳しいものではない。
日本に譲歩することのほうが国内政治と対中外交上のリスクがある。
日本との関係改善に軽々に乗り出せば、中国からの厳しい揺さぶりに直面するだろう。
朴大統領は中国の気分を害してまで、日本との関係改善を模索することはできない。
ましてや円安、ウォン高で韓国経済が苦境に陥り、中国経済への依存度を高めつつあるとき、反日、親中路線を強化する以外の選択はない。
では、韓国内に「日本を外し、中韓を強化することにはリスクがある」という意見はないのだろうか。
韓国ソウルにある峨山政策研究院世論研究センターは、昨年十二月二十六日の安倍首相の靖国参拝直後に世論調査を実施した。
その結果では「日本との積極的関係改善のために大統領が積極的に動くべき」(五七・八%)という意見が「必要ない」(三三・八%)より多かったそうだ。
韓国社会は、朴大統領の対日姿勢がいまのままでよいと考えているわけではないという結果である。
その背景には、韓国が中国経済だけを頼りにしていて大丈夫かという将来への不安があるだろう。
韓国済州島では、観光振興のために、中国の不動産業者の要求を受け入れて、大規模な住宅地造成をしているが、済州島の先祖代々の墓を更地にして、マンションを建てることに、韓国人は複雑な思いを抱きつつある。
経済優先、中国マネー誘致のために韓国の先祖代々のものを地ならしすることへの抵抗である。
これは、韓国で存在感を増す中国という存在に対する韓国社会の葛藤であり、韓国のいまの国家戦略が持つリスクのひとつであることに韓国人のごく一部は気づきはじめたように見える。
一方で、韓国では安倍政権はかつての政権とは違うという見方が浮上しつつある。
韓国に譲歩を繰り返した過去の政権と違い、安倍政権は歴史問題で圧力をかけても譲歩する兆候がない。
中国経済に依存し、中韓協力を外交の柱に据えた韓国は、日本外しの戦略を維持しながら、米韓関係を調整しつつある。
しかし、中国経済の好調は長期間続くものではない。
中韓FTA締結や、韓国の核兵器保有につながる米韓原子力協定の改定問題で、米韓関係は波瀾含みだ。
韓国の対中、対米、対日政策のメリットとデメリットの結果は、意外と早く出るのではないだろうか。
(了)