中国は、これから急速に財政依存経済に移行する。
2016-07-02
勝又壽良の経済時評
週刊東洋経済元編集長の勝又壽良
民間経済が過剰債務の重圧で萎縮しているからだ。
経済減速に伴う社会不安を抑えるには、無駄ではあってもインフラ投資に依存する。
中国、「二兎追えず」インフラ・軍事費は社会保障費と両立せず
これから行うインフラ投資は、非効率なものばかりであろう。
人口密度の低い中国でのインフラ投資は、もともと効率性が低いという宿命を負っている。
内陸部では、だだっ広い国土に人間が散在しており、沿海部と違ってインフラ投資の効率はかなり落ちるはずである。
今後のインフラ投資は、この内陸部中心になる。
よって、ザルで水をすくうような効率の悪いインフラ投資だ。
一方、軍事費は一段と膨張する気配である。
南シナ海問題は、世界中から厳しい目が向けられている。
「中国包囲網」が形成されつつあるのだ。
これに反発する中国は、一層の軍事費膨張に動きだすであろう。
これが、中国財政を圧迫するはずである。
無益な国威発揚の手段として、南シナ海で人工島を築き、軍事基地化を進めている。
「中華の夢」に取り憑かれているのだ
欧州連合(EU)は6月22日、中国の海洋進出によって引き起こされた、東シナ海や南シナ海の情勢に「懸念」を表明した。
周辺国との対立が深刻になっているからだ。
同日公表した今後5年間の対中関係の基本方針を示す文書では、「現状を変更し、軍事的緊張を高める一方的な行動に反対する」と明記。
中国に「国連海洋法条約に基づく仲裁手続きの尊重」も求めた。
従来、EUは中国に対して比較的、緩やかな態度で接していた。
AIIB(アジアインフラ投資銀行)でも、率先して参加するなど、中国には「甘い態度」で臨んできた。
それがここへきて厳しい姿勢に変わったのは、5月のG7サミットも影響している。
フランスでは、EU海軍に対して南シナ海での「自由航行」を提案するなど、中国へのけん制役を買って出ているほどだ。
こうした、世界的な中国批判のなかで、中国は南シナ海で自重するよりも、反発姿勢を見せるに違いない。
新興国とは、向こう見ずなナショナリズムを発揮するのが通弊だ。戦前の日本もそうであった。
中国もまた、軍備拡大で世界へ対決姿勢を鮮明にするであろう。
以上、中国財政を圧迫する要因は、インフラ投資と軍事費の膨張である。
だが、これからはさらなる不可避的な財政圧迫要因が加わる。
人口高齢化に伴う社会保障費の増大だ。
中国政府は、この迫り来る財政硬直化について、忘れたような顔をしている。
ここで、中国経済再生処方箋として、日本のバブルを崩壊させた政策を褒める形で、中国政府に早期の決断を求めた政策提案が出てきた。
『サーチナー』(6月2日付)は、「日本のバブル崩壊、3つの奇跡を生む賢明な策だった」と題して、次のように報じた。
この記事は、中国経済の現状が、かつて日本の体験した「バブル崩壊」の時期に非常に似ているという見方をしている。
中国メディアの『中国経済網』はこのほど、日本が自ら進んでバブルを弾けさせる政策を選択した。
これは、その後の日本が経験した「3つの奇跡」につながったと説明し、賢明な判断を絶賛しているものだ。
言外で、中国は日本に見倣って早く「バブル処理」をするように迫っている。
中国当局は、過剰設備=過剰債務の処理に、5~10年はかかるとしている。
日本のように積極的な「バブル潰し」を避ける意思と見られる。
バブル処理に伴う社会不安増大を恐れているに違いない。
社会不安を恐れるのは、中国共産党政権が強そうに見えて、実際は弱い政権であることを証明しているのだ。
(1)「日本が、バブルで膨らんだ風船に自ら針を刺して破裂させるかのように、自ら不動産および資本市場バブルを破裂させた。
当時、日本が用いた針とは不動産融資総量規制であり、大幅な緊縮政策であった。
その結果、日本の不動産市場や株式市場は大暴落した。
では、その後日本はどんな『3つの奇跡』を成就させたのだろうか」。
日銀の三重野総裁(時)の果敢なバブルへの対応は、金利引き上げによって行われた。
同時に、大蔵省(当時)の銀行局が、銀行への通達で不動産融資の規制を命じた。
こういう日銀・大蔵省の強い姿勢で不動産バブルの息の根を止めた。
これについて、後にいろいろと批判は出されているが、生温い姿勢で臨んでいたら、今の中国と同じで過剰債務が膨らむ一方という危機を迎えたはずだ。
批判は後からいくらでもできる。バブル経済の対策は果敢にやらなければならない。
そういう見本が日本にある。
これによって、日本は「3つの奇跡」を生んだと記事は指摘している。
(2)「1つ目の奇跡は、日本に莫大な海外資産をもたらしたことだ。
急激な円高は、日本企業の輸出に壊滅的な打撃を与えた。
ここで日本企業は、新たな発展方向を探し求める必要に迫られた。
海外投資に打って出る戦略を採用するようになり、日本政府の支持もあって海外に莫大な資産を築くに至った。
2015年末時点で、日本は25年連続で世界一の債権国となった。日本は海外にもう1つの日本を造り出したに等しい」。
1980年代後半、日本は米国との間に貿易摩擦を発生させた。
1986年、日本が半導体生産で米国を抜き世界一になった。
米国はこれを危機として捉えて、日本の半導体封じ込めで、意図的にドル安=円高相場へと誘導する口先介入を積極的に行った。
日本は、「円高不況論」の大合唱となり、金融財政政策の緩和に踏み出した。
これが、不動産バブルを生み出した事情である。
バブルに驚いた日銀・大蔵省は引き締め策に転じた。
以上の経過を見れば、引き締め政策は当然である。
中国政府には、自ら蒔いたバブルの種を処理する勇気と能力を欠き、日和見の日々を送ってきた。
1980年代後半の円高は、日本企業の海外進出を決定づけた。
産業空洞化現象と騒がれるほど、こぞって海外へと生産拠点を移した。
これが新興国の工業化に絶好の機会を提供した。
日本企業は、先進国からの競争相手もいないままに、新興国市場を抑えられたのだ。
とりわけ、日本政府のODA(政府開発援助)が新興国のインフラ投資の支援をしたから、日本企業にとって、またとない進出機会を得た。
日本は、バブル退治と企業の海外進出時期が一致した。
(3)「2つ目の奇跡は、世界的な影響力と競争力を持つ国際企業を造り出したことだ。
トムソン・ロイターの『Top100 グローバル・イノベーター 2015』は日本から世界最多の40企業が選出されたが、これは米国の35企業を上回る」。
「失われた20年」と揶揄されるなかで、日本企業はひたすらR&Dに全精力を傾けた。
前記のトムソン・ロイターのランキングで、世界のトップ100社で実に40社を占める実績を上げている。
米国の35社を上回るのだ。日本企業はR&Dで「ゴーイング・マイウエイ」過ぎるとの批判を受ける。
だが、それほど独自の研究開発領域を確立して意味では、何ら卑下する必要もない。
「無い物ねだり」の批判は、決して生産的な議論と言えない。
中韓を見れば分かる通り、彼らはR&Dに不熱心である。こちらの方がはるかに困るのだ。
(4)「3つ目の奇跡は、老齢化社会のための完全な社会保障制度を造り上げた。
『不破不立』、つまり、古いものを破らなければ新しいものを打ち立てることはできないと、日本の政策の成功を絶賛。
この絶賛には、ハードランディングを恐れる中国に勇気や知恵を与えることができる極めて貴重な先例という認識も含まれているのだろう」。
日本は、防衛費にGDPの1%を限界として守ってきた。
また、社会保障制度が成熟した後でバブル経済の崩壊を見た点で「幸運」であった。
中国は逆である。「豊かになる前に老いる」という政策的な失態を演じている。
膨大な軍事費(実質対GDP比2.5%)にカネを使い果たして、社会保障費には財源が回らないのが現実である。
政策の力点が、国威発揚に置かれている結果だ。
古来、「普遍的帝国」は、海外領土の拡張に熱心だが、内政には関心を向けないというパターンである。
中国政府がまさに、このパターンを踏襲している。
中国は現在、景気下支えで無駄なインフラ投資を行い、一方で軍事費を膨張させる政策を行っている。
社会保障費は二の次だ。
見栄(軍事費膨張)と外聞(GDP下支えのインフラ投資)という、およそ経済政策に馴染まないテーマを追っている。
この中国政治はいつまで続くのか。
(5)「バブル崩壊後の日本は、『失われた20年』などと言われるが、日本が自らバブルを破裂させる政策を選択したことは立派である。
もし日本が、不動産バブルの状態を継続させる政策を取っていたなら、今の日本の成功はあり得なかったという見方を示している。
日本と同じようにバブルに直面している中国は、どのような政策を選択するだろうか。
中国政府に求められるのは、国民本位の政策に戻ることに尽きる。
見栄や外聞を捨てて、この老いる国民の老後生活をどう守るのか。
それが問われている。バブルの収束と不良債権の処理も迅速に行わなければならい。
こちらは、いたって「マン・マン・デー」(慢慢的)である。
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(2016年7月2日)