中国、日本の対中直接投資が急減「米とASEAN」へシフト
日本の投資減少に愕然
中国捨て米国へ向かう
勝又壽良の経済時評
(2014年6月27日)
「驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し」とは、ご存じ『平家物語』冒頭の一節である。
世界経済の覇者たらんとしてきた中国経済が、建国以来の逆風にさらされている。
中国は黙っていても、13億人の市場と安くて豊富な賃金を武器に、世界中の資本を吸い寄せてきた。
それも今では、「春の夜の夢の如し」である。
日本企業にとっては、中国が投資適地としての魅力を大幅に減退。
代わって、米国とASEAN(東南アジア諸国連合)が浮かび上がっている。
中国のとんだ思惑違いが招いた「悲喜劇」である。対日強硬策が招いた自滅行為である。
中国は、「世界の工場」であると自負してきた。かつての「世界の工場」は、19世紀の英国である。
自らのイノヴェーションによって、産業革命を切り開いてきた。文字通りの「世界の工場」である。
これに引き比べ、中国は先進国の技術と資本を借りたもの。自らがつくりだしたものは何一つもない。それだけに、中国が「世界の工場」から滑り落ちるのもまた早いのである。
現在起こっている現象は、底の浅い中国経済の限界を露呈してもいる。
中国にとって最大の欠陥は、先進国の「借り物」で身を飾っていたこと。その認識が足りないのである。
自らを「世界覇者」と錯覚している点が、悲喜劇を演じてみせる原因だ。
すでに、中国への直接投資はピークを越えている。世界経済の核ではなくなったのである。
日本の投資減少に愕然
『ブルームバーグ』(6月17日付け)は、次のように伝えた。
① 「中国商務部の発表によると、中国への5月の金融以外の対中直接投資は前年同月比6.7%減の86億ドル(約8770億円)にとどまった。
ブルームバーグがまとめたアナリスト調査での予想レンジ(2.5~7.5%増)に反し、予想外の減少となった。
1~5月の金融以外の対外投資は10.2%減の308億ドル。金融を含めた1~5月の対中直接投資は、前年同期比2.8%増の489億ドルとなった。
同報道官は北京でメディアに対し、『中国と日本の経済協力環境は2国間の為替レートが安定するに伴って改善されている』と発言。
さらに、『2国間の政治的関係の悪化の継続は経済協力環境を損なうだろう』とした上で、『対日貿易へのマイナスの影響につながる政治的要因について中国側に責任はない』と言明した」。
アナリストの事前予測を完全に覆す、予想外の減少になった理由について、この記事では説明されていない。
ただ、日本について「(日中)2国間の政治的関係の悪化の継続が、経済協力環境を損なうだろう」。
日本の対中直接投資の減少が、やがて対日貿易へのマイナスの影響につながる。
その政治的要因について中国側に責任はないとしている。
実に、奥歯に物の挟まった物言いである。このもって回った言い方を「翻訳」すると、こういう意味なのだ。
5月の対中直接投資額は減少したが、それは日本の減少が大きな要因である。
日中間の政治的な摩擦が原因である。これはやがて、中国から日本への輸出減少となって跳ね返るが中国の責任ではない、というのだ。
輸出入が減ったからと言ってもともと、当該国の政府が責任をとる問題ではない。この点を中国は誤解しているのだ。
対外直接投資や輸出入は、純然たる経済行為である。
それにも関わらず、こういった時代錯誤の発言を中国商務部がしている背景には、5月の対中直接投資が減ったのは、日本が対中投資を故意に絞っている。
そのように感情的に捉えている証拠であろう。日本企業が、対中投資を控えるのは当然である。
中国が尖閣諸島帰属を巡って強引に横車を押しているからである。まさに、中国が「カントリー・リスク」そのものを発生させたのである。
中国政府は、尖閣諸島周辺へ中国公船を派遣して継続的に領海侵犯を行っている。
領空侵犯も頻繁に行っているのだ。中国機による、航空自衛隊機への異常接近も発生するというように、これまでに考えられなかった軍事的な挑発行為を行っている。
これでも、日本企業は対中直接投資を従来通り行うべし。
そういう中国の理屈は、まったく成り立たず暴論である。
民間による経済行為は、政府が干渉する対象でないことを理解していないのだ。
中国の「社会主義市場経済」は、政治が経済へ介入する経済システムである。こうした社会ゆえに、資本主義経済システムの本質をまったく理解していないのだ。
『共同通信』(6月17日付け)は、次のように伝えた。
② 「中国商務省は6月17日、1~5月の日本から中国への直接投資実行額が、前年同期比42.2%減の約20億ドル(約2038億円)だったと発表した。
日中関係の悪化に加え、人件費や賃料といった経費の上昇が響き、日本企業の中国での事業拡大への意欲が落ち込んだもようだ。
日中関係悪化の影響について、商務省の沈丹陽報道官は記者会見で、『政治関係の悪化は明らかに投資に影響している。双方にとって不利益だ』と述べた。
今年1~5月の日本の対中直接投資は前年比42.2%減になった。驚くべき減少である。
最低賃金の相次ぐ大幅引き上げが、すでに生産性上昇率を上回っているのだ。
さらに、不動産バブルによる住宅価格値上がりが建物の賃料引き上げに波及している。
これでは、中国での事業継続が困難になるのは当然である。
中国自らの経済政策の失敗が、外資系企業を含めて中国での経済活動の一大支障になっていることは疑いない。その認識がないのだ。
最低賃金の引き上げは、所得不平等の拡大をカムフラージュするために行った「便法」である。
この問題について、私は一貫して批判し続けてきた。生産性上昇範囲内での賃上げにとどめるべきである。
所得不平等解消は、税制によって行うべきものだ。
具体的には、相続税や固定資産税の導入によって、富裕階層へと課税すべきである。
実は、富裕階層は共産党員である。
彼らへの課税強化は既得権益を害することになるので、実現が見送られてきた。
その穴を埋めるべく、最低賃金の大幅引き上げを行い、結果として中国経済の屋台骨が揺るがされる事態になっている。
③ 「東南アジア諸国連合(ASEAN)、欧州連合(EU)からも大幅に減り、それぞれ22.3%、22.1%の減少。米国からは9.3%減った。
日本の場合と同様、中国での経費上昇が影響している可能性がある。
沈報道官は、『中国の市場規模は拡大しており、外資を引きつける力は突出している』と述べる一方で、進出に伴う申請手続きの簡素化など投資環境の改善に取り組んでいると強調した」。
1~5月の日本から中国への直接投資実行額が、前年同期比4割強の減少である。
ASEANからは22.3%減、EUからも22.1%減である。米国は9.3%減にとどまった。
このように、軒並み減少に転じている理由は、賃金高騰や賃料アップに基づくもの。
普通は、賃金アップはロボットなどの機械化によって凌ぐ。現在、中国ではロボットの導入が盛んであるが、それだけでは最早カバーしきれない局面である。
大気汚染や水質汚染、さらには土壌汚染が重なり合った、文字通りの「三大複合汚染」の進行が、海外企業を敬遠させてもいるのだ。
中国人にとって、富裕階層でもない限り海外へ移民して、前記の「三大苦」を逃れる術はない。
ましてや、外国人が率先して中国へ家族を連れての赴任など考えられない状況になっている。
現に、世界最大の日本人コミュニティーである中国・上海市の在留邦人数が2013年10月1日時点で、約4万7700人と1年前に比べ約17%も落ち込んだことが分かった。
統計を把握している1994年以来で初の落ち込みである。駐上海日本総領事館は、「大気汚染や物価高で家族の帯同者が減ったのではないか」とみているほどだという。
環境面から見ても、中国は「世界の工場」の座を失いつつあるのだ。
中国経済にとって、日本企業の直接投資が「命運」を決しかねないほどの重要性を持っている。
直接投資は技術や経営・製造のノウハウを中国に持ち込んでくれる貴重な機会である。
これに伴い、新規雇用の増加に繋がるし生産性向上が期待できるからである。
だが、日本企業はすでに「脱中国」傾向をはっきりさせている。投資採算の悪化のほかに、「カントリー・リスク」すら計算に入れなければならない事態を迎えているのだ。
次に、日本企業の世界各国への直接投資の動向を見ておきたい。次のデータによって、中国はすでに「ワン・ノブ・ゼム」になっていることが明白である。
中国捨て米国へ向かう
日本の対外直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー、100万ドル)
2010年 2011年 2012年 2013年
米国 9016 14730 31974 43703
中国 7252 12649 13479 9104
韓国 1085 2439 3996 3296
アセアン8930 19643 10675 23610
資料出所:ジェトロ
このデータを見ると、日本企業はどの国・地域を有望投資先としているかがはっきりしている。
2013年の対外投資シェアは次の通りである。米国32.4%、ASEAN17.5%が主なところだ。中国は6.7%、韓国が2.4%である
。ちなみに、2010年では、米国15.8%、中国12.7%、ASEAN15.6%、韓国1.9%であった。
米国、中国、ASEANはほぼ拮抗していたのだ。
それが、2013年になると米国向け直接投資が日本全体の直接投資のほぼ3分の1を占めるまでになっている。中国向けの投資は一桁であり、2010年の半分のシェアに落ちているのだ。
日本企業にとっては、中国への関心度はここまで下がっているのだ。
そのことに、中国は深刻な危機感を持つべきである。日本を軍事威嚇すれば震え上がって、中国の言い分を聞くかも知れない。
そんな幻想を持つべきではない。日本外交が、中韓の「日本批判」にゆとりを持って対応しているのは、経済関係から見て中韓が日本にとって死活的な重要性を持たなくなっているからである。
中韓は、「反日」で騒ぎ立てれば、日本を経済的に窮地へ追い込める。そう信じて行動しているとすれば、完全な間違いである。
中韓の「独り相撲」なのだ。逆に、日本企業から見捨てられる。そうしたリスクを背負っていることに気づくべきである。
今年の1~3月の前記4ヶ国・地域の日本企業による対外直接投資を参考までに上げておく。
米国61億6800万ドル(全体のシェア24.0%)、ASEAN53億3300万ドル(同20.8%)、中国12億5400万ドル(同4.8%)、韓国10億9400万ドル(同4.3%)である。
とうとう、中国は韓国並みのレベルにまで落ちてきた。
中国による尖閣諸島をめぐる軍事的強攻策は、日本企業の離反を招き、完全に失敗したと言って過言でない。
日本国を甘く見てきた結果がこれであるのだ。目を覚ますべきである。
私は、2010年9月の中国漁船による海上保安庁巡視船への意図的衝突事件以来、中国への厳しい批判を重ねてきた。
「平和的発展論」の欺瞞性を追及してきたのだ。今では、その「平和的発展論」すら言及することを止めてしまい、「武断外交」を前面に出して周辺国を威嚇している。
その結果が、頼みの綱である日本企業の対中直接投資にブレーキを踏ませる結果となった。
中国の産業構造高度化政策では、日本企業のさらなる投資に期待をかけてきたが、それも不発に終わる運命である。余りにも、先を読めないその場限りの政策が多すぎる。
中国は土建経済である。ブルドーザーで山を崩し、谷を埋めて宅地化させる。人間の住まない辺鄙な場所にマンション群を建設し、GDPを押し上げる無駄な経済活動を重ねているのだ。
中国国家統計局上海調査総隊が6月13日、上海市民の住宅購入意欲調査を発表した。購入の「計画なし」との回答が25.4%と2013年調査(11%)から上昇した。
理由は、「価格が高すぎ頭金を用意できない」が40.2%でトップである。
市民が購入できない水準にまで住宅価格を押し上げしまったのだ。
その理由は、地方政府の土地売却益狙いがさせたもの。高値の土地売却によって、地方政府の歳入を確保する。
そういう逆立ちした目的が、地価を高騰させたのである。住民を犠牲にする。世にもまれな凄い共産主義政治が行われているのだ。
中国国家統計局によると、今年1~5月の不動産開発投資の伸び率は、前年同期比で14.7%である。
これでも過去57カ月の最低水準であるという。1~4月に比べて1.7ポイント下がっているが、過剰な住宅在庫を抱えながら、なぜこうした高水準の不動産開発投資が行われているのか。
中国経済は完全に「狂っている」としか言いようのない状況に追い込まれている。
米経済紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月12日付け)は、次のように伝えている。
④ 「中国・西南財経大学の調査チームが中国全土を対象に行った調査によると、都市部の住宅の5戸に1戸以上は空室であり、現在進んでいる住宅価格の修正局面によって、こういった空室を抱えるオーナーが一層厳しい状況にさらされようとしている。
分析を行った中国家庭金融調査研究センターによると、都市部の販売済み居住用住宅の空室率は2013年に22.4%(4900万戸)と、2011年の20.6%から増加した」。
都市部の販売済み居住用住宅の空室率は、2013年に22.4%(4900万戸)となり、2011年の20.6%からさらに増加している。
これだけの空室率になっても、なお投機目的の人間の住まないマンションを建設している。
これが中国経済の実態である。こうした恐怖と呼ぶべきマンション建設が、誰も止める者もないままに進んでいるとは、空恐ろしさを覚えるほどだ。
これが、中国のGDPに加算されて行くのである。
本来ならば、こうした無駄な投資をしないで、産業構造の高度化によって実現すべきものである。
ところが、「中華帝国」の妄念に踊らされて尖閣諸島への横車を押し、頼るべき日本との関係を破綻させている。
その結果が、この無駄なマンション建設を招いているのだ。
愚かと言うべきだが、国際感覚がずれている結果である。市場機能が働かないことが、災難を倍加しているのだ。
⑤ 「前記のごとく、販売されて空室になっている物件が4900万戸に上るほか、売れずに残っている物件が350万戸ある、とチームは推測する。
空室は住宅オーナーの負担を大きくし、金銭的損失をもたらす公算が大きいと調査チームは指摘する。
また住宅価格が30%下落すれば、空室の11.2%はアンダーウォーター(住宅の資産価値がローン残高を下回る状態=住宅物件の含み損)になる」
販売された後の空室は4900万戸、売れずに残る在庫が350万戸もあるという。
住宅価格が30%下落すれば、空室の11.2%は含み損を抱えるというのだ。
報告によると、13年8月時点の中国全土の空室の住宅ローン残高は、4兆2000億元(約68兆8000億円)に上った。
個人の投機家ベースでは相当な損害をもたらす計算である。
当然、住宅ローンの返済が困難になって焦げ付くリスクを招く。
こうした投機によって支えられてきたのが中国経済である。個人投機家の暗躍という点で、日本の平成バブル時とは異質の後進性が見られるのだ。
日本企業からみれば、すでに中国は直接投資の魅力がなくなった国である。
これが、偽らざる中国経済の実態を告白している。表面的には、7%台の経済成長率を達成しても、中身は腐りきって腐臭を出している。
さすが、日本企業の鑑識眼は鋭いと思う。中国政府の甘言に誘われず、その奥に潜む腐敗を嗅ぎ取っているとすれば、グローバル企業としての資格を備えていると言えるのだ。