自民党新憲法草案前文『朝日新聞』の報道/反戦の視点・井上澄夫(市民の意見30の会・東京)

2005-10-30 19:48:18 | 憲法
10月28日に決定された自民党の新憲法草案の前文について、とりあえず二つ指摘したい。「象徴天皇制の維持」の明記と「国を守る責務」とについてであるが、まず後者から。

反戦の視点 その12

  自民党新憲法草案前文についての『朝日新聞』の報道について

                 井上澄夫(市民の意見30の会・東京)
                 

 10月28日に決定された自民党の新憲法草案の前文について、とりあえず
 二つ指摘したい。「象徴天皇制の維持」の明記と「国を守る責務」とについ
 てであるが、まず後者から。

 「愛国心による国防」を「国民の責務」としたこと

 10月29日付『朝日新聞』は見出しで「『愛国心』は修正」とし、こう報
 じた。
 〈今月上旬の前文原案の段階で「国を愛する国民の努力によって国の独立を
 守る」などとして盛り込んだ愛国心、国防などの考えは「国や社会を愛情と
 責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有」と変えた。〉

 「変えた」ことは事実だが、変えられた文言に愛国心や国防は含まれていな
 いのだろうか。問題の部分を正確に引用すると、こうである。
 〈日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守
 る責務を共有し〉

 要するに、言わんとすることは「日本国民は帰属する(自分の)国を愛情を
 もって自ら守る責務を共有する」ということだ。帰属する国のあとに「社会」
 を、愛情のあとに「責任感と気概」を加えたのは、「愛国心による国防」を
 呑み込ませるために表現を緩和したにすぎない。国に対する愛情は愛国心で
 あり、国を自ら守るとは自主国防である。だとすると、意味するところは前
 文の原案とさして変わらない。こういう文言が憲法の前文とされれば、たと
 えば教育の現場でどういうことが起きるか。教育基本法の改悪と合わせて考
 えれば明瞭だが、鳥肌の立つ事態が生じるだろう。端的に言えば、愛国心を
 持つのは「国民の責務」であり「憲法を守ること」になる。愛国心を持たな
 いことは「国民の責務」違反であり違憲とされる……。

 中曽根康弘元首相を委員長とする小委員会がまとめた原案(以下、中曽根原
 案とする)は「国を愛する国民の努力によって国の独立を守る」とのべてい
 て、その主語は「国を愛する国民」であるから、愛国心を持つ「国民」が努
 力して「国の独立を守る」ということだ。ここでは「国民」が愛国心を持つ
 ことは当然の前提とされているとも言えるが、愛国心を持たない「国民」は
 国防に関係ないと読むこともできる。つまり「国防」に関する「国民」の関
 与のあり方については多様な解釈の余地がある。

 ところが、自民党が決定した前文は「国を愛情を持って自ら守る」ことを
 《共有されるべき責務》としているのである。これは明確に義務規定であり、
 日本国に帰属する者すべてに否応なく強要される。従って中曽根原案より質
 (たち)の悪いものなのだ。

 だから『朝日新聞』の「『愛国心』は修正」という報道は〈誤報〉と言うべ
 きである。修正とは「正しく直す」ことなのだ。もっとも、このところ同紙
 の社説は、自民党の新憲法草案はそれほどひどいものではないという基調に
 貫かれているが、今回の〈誤報〉はその基調から生まれたものだろう。同日
 付『産経新聞』社説のタイトルは「国を守る責務は評価する」であり、本文
 では前文に記された「国防の責務は国民である以上、当然だ」とのべている。
 同紙の主張には賛成できないが、問題の部分の読み方は正確である。10月
 30日付『東京新聞』は「愛国心を盛り込んでいた素案〔原案のこと・引用
 者〕と比べると、保守色は随分薄くなっている。愛国心を『愛情』に置き換
 え、『独立』は消えた」とのべつつも「現行の前文との一番大きな違いは、
 自主防衛の概念を含めた国民の責務について言及したことだろう」と指摘し
 ている。


  前文に「象徴天皇制の維持」を明記したこと

もう一つ、大事なことがある。前文に「象徴天皇制の維持」を明記したこと
である。中曽根原案はこの点を「天皇を国民統合の象徴として戴き」として
いた。この文言は「日本国民は独自の伝統と文化を作り伝え多くの試練を乗
り越えて発展してきた」という文脈に置かれているから、史実を無視した超
歴史的な観念であり、むろん反対すべきものだが、決定草案の前文はその種
の超歴史的な観念は排除したものの、あえて「象徴天皇制の維持」を明記し
た。

 10月29日付『東京新聞』は「前文には、現行にはない象徴天皇制の維持
 を盛り込み」とのべているが、『朝日新聞』は触れていない。現憲法を読め
 ば、象徴天皇制が国民主権を原理とする民主主義国家にとってムリな接ぎ木
 であることは明らかである。しかしだからこそ、象徴天皇制の《維持》をわ
 ざわざ前文に書き込んだのである。それが意味するところは、後継問題で揺
 らぐ現天皇制を何としても護持し、新憲法に基づく日本国家の立国の原理と
 して位置づけることだろう。だから、現憲法の天皇条項を前文で繰り返した
 にすぎないと受け止めるなら、企まれている意図を見落とすことになる。そ
 こには天皇制を外すと日本人のアイデンティティが喪失するという頑迷なイ
 デオロギーが色濃く投影しているのである。前文に「象徴天皇制の維持」を
 明記することの意味はとてつもなく大きい。しかし『朝日新聞』は意図的に
 その問題を回避しているのである。


 自民党新憲法草案を想像力を余すところなく駆使して読解し批判しようでは
 ないか。改憲やむなしと見て、日和見を決め込んでバランスをとりながら、
 〈そうひどくない改憲〉に世論を誘導するマスメディアを徹底的に批判しつ
 つ、自民党による日本国家―社会の全面的・根本的改造(新憲法国家体制の
 創造)に総対決し9条改憲に反対する私たちの見解を確立しよう。
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≪自民党新憲法草案の要旨≫


 第一章 天皇

 (天皇)

 第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

 (皇位の継承)

 第二条 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

 第二章 安全保障

 (平和主義)

 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 (自衛軍)

 第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。

 2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

 3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。

 4 前二項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。

 第三章 国民の権利及び義務

 (基本的人権の享有)

 第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。

 (国民の責務)

 第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、保持しなければならない。国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。

 (個人の尊重等)

 第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 (法の下の平等)

 第十四条 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、障害の有無、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 2 華族その他の貴族の制度は、認めない。

 3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴わない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

 (思想及び良心の自由)

 第十九条 思想及び良心の自由は、侵してはならない。

 (個人情報の保護等)

 第十九条の二 何人も、自己に関する情報を不当に取得され、保有され、又は利用されない。

 2 通信の秘密は、侵してはならない。

 (信教の自由)

 第二十条 信教の自由は、何人に対しても保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

 2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

 3 国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教的活動であって、宗教的意義を有し、特定の宗教に対する援助、助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない。

 (表現の自由)

 第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の 自由は、何人に対しても保障する。

 2 検閲は、してはならない。

 (国政上の行為に関する説明の責務)

 第二十一条の二 国は、国政上の行為につき国民に説明する責務を負う。

 (居住、移転及び職業選択等の自由等)

 第二十二条 何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

 2 すべて国民は、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

 (学問の自由)

 第二十三条 学問の自由は、何人に対しても保障する。

 (生存権等)

 第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 2 国は、国民生活のあらゆる側面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 (国の環境保全の責務)

 第二十五条の二 国は、国民が良好な環境の恵沢を享受することができるようにその保全に努めなければならない。

 (犯罪被害者の権利)

 第二十五条の三 犯罪被害者は、その尊厳にふさわしい処遇を受ける権利を有する。

 (教育に関する権利及び義務)

 第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

 2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、無償とする。

 (勤労の権利及び義務等)

 第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。

 2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律で定める。

 3 児童は、酷使してはならない。

 (財産権)

 第二十九条 財産権は、侵してはならない。

 2 財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。この場合において、知的財産権については、国民の知的創造力の向上及び活力ある社会の実現に留意しなければならない。

 3 私有財産は、正当な補償の下に、公共のために用いることができる。

 (納税の義務)

 第三十条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。

 第六章 司法

 (裁判所と司法権)

 第七十六条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

 2 特別裁判所は、設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。

 3 軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として、軍事裁判所を設置する。

 4 すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。

 第七章 財政

 (財政の基本原則)

 第八十三条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければならない。

 2 財政の健全性の確保は、常に配慮されなければならない。

 (予算)

 第八十六条 内閣は、毎会計年度の予算案を作成し、国会に提出して、その審議を受け、議決を経なければならない。

 2 当該会計年度開始前に前項の議決がなかったときは、内閣は、法律の定めるところにより、同項の議決を経るまでの間、必要な支出をすることができる。

 3 前項の規定による支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。

 (公の財産の支出及び利用の制限)

 第八十九条 公金その他の公の財産は、第二十条第三項の規定による制限を超えて、宗教的活動を行う組織又は団体の使用、便益若しくは維持のため、支出し、又はその利用に供してはならない。

 2 公金その他の公の財産は、国若しくは公共団体の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対して支出し、又はその利用に供してはならない。

 第八章 地方自治

 (国及び地方自治体の相互の協力)

 第九十二条 国及び地方自治体は、地方自治の本旨に基づき、適切な役割分担を踏まえて、相互に協力しなければならない。

 第九章 改正

 第九十六条 この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議に基づき、各議院の総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票において、その過半数の賛成を必要とする。

 2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体であるものとして、直ちに憲法改正を公布する。

 (注)新憲法草案の条文番号は、現段階では、参照の便宜のため現行憲法とそろえた。

(共同)
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全文は以下から
http://www.jimin.jp/jimin/shin_kenpou/shiryou/pdf/051028_a.pdf

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