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学ぶ喜びを生きる力に☆奥田塾

三重県桑名市にある小さな英語塾・奥田塾のブログです。テーマは、学ぶ!楽しむ!分かち合う!

青葉の歌

2015年09月05日 | 名曲アルバム
〔 記事の最後に追記があります 〕

‘当時の伴奏者’さん、8月27日の記事「夏の終りのハーモニー(2)」にコメントを投稿してくださり、どうもありがとうございます! (^O^)/
実は、今まで一度もコメントが届いたことがなく、返信する方法がまだよく分からないんです。 (^^;)
でもとにかく嬉しくて、涙が出るほど懐かしくて、だから少しでも早く感謝の気持ちを伝えたくて、この記事を書いています。

彼女は、23年前のYW中学校・チーム3年2組の35人のメンバーのうちの1人。
合唱コンクールでは、『青葉の歌』のピアノ伴奏を担当してくれました。

「YW中学校 3年2組 学級通信 第18号」(平成4年9月30日発行)を読み返すと、“15歳の瑞々しい歌声のシャワー”と、それをガッチリ支える彼女のピアノの音(力強くて、きらびやかで、それに加えて安定感・安心感あふれる音)が、鮮やかによみがえります。

*  *  *  *  *

目指せ優勝! YWに響け 我等の歌声

かるい日ざしのような愛で 世界中をつなぐ日が きっときっとやってくる」
とてつもなくスケールの大きな歌だ。
この歌に託された大きな大きなメッセージを、YW中に、いや、世界中に響かせる瞬間が近づいている。
歌えば歌うほど勇気が湧き上がってくるこの歌。
35人の歌声を、この歌に結集してほしい。

世辞にも、ここまで順調に進んできたとは言えない。
曲決めをはじめとして、合唱の取り組みのスタートは、他のクラスにくらべて大幅に遅れた。
なかなか指揮者が決まらない。そして伴奏者も。
「このままの状態が続くようでは…」 あせりの気持ちがふくらんでいった。

っと(But)、あの学級会で、長い沈黙を破って級長のTが指揮者に立候補した瞬間から、クラスは大きく動き出した。
彼は自信をもって立ち上がったわけではない。
不安でいっぱいだったはずだ。
それでも、「この停滞した雰囲気を何としても打ち破らなければ」という級長としての責任感と、「このクラスの奴となら、どんなことでもきっとうまくやれるはずだ」と級友を信じる気持ちに支えられ、勇気をふりしぼったのだ。

びのびと、さわやかに、力強く歌ってほしい。
指揮のT、伴奏のY、パートリーダーのT、Y、М。
みんなクラスのために苦しんだ。
大切なラジカセを練習の場に提供してくれたT、Y、E。
そしてどんなときでも陰でこのクラスの合唱を支えてくれた合唱委員のS、Y。
みんなクラスのために立ち上がったのだ。

たごえは、日増しにすばらしいものになってきた。
前進と後退を繰り返しながらも、「彼らの頑張りを無駄にしてはいけない」と、必死になって歌う顔が、ひとりまたひとりと増えてきた。
もう彼らの勇気を踏みにじるような冷たい人間は、このクラスには一人もいないと信じている。

いいくかんの空気を震わせるのだ。
秋の冷たい空気を、砂漠を駆ける熱風のように熱くしてやろうじゃないか。
そしてYWの全校生徒の心を“熱く”震え上がらせてやろうじゃないか。

目指せ優勝! YWに響け 我等の歌声

*  *  *  *  *

中学3年生のYさん、君はクラスのために本当に一生けんめい弾いてくれました。
それなのに、ねぎらいの言葉一つかけてあげることができなかった僕。
ごめんね。

あれから23年。
‘当時の伴奏者’さん、ひょっとして今はピアノの先生ですか? (^^♪

----------

〔追記〕

実は‘当時の伴奏者’さんはYさんではなく、Sさんだということが判明しました!
僕はYW中学校勤務時代、たまたま平成3年度、4年度と2年続けて3年2組を担任したのですが、‘当時の伴奏者’さんは平成3年度の3年2組の生徒で、合唱コンクールで彼女がピアノ伴奏をしてくれたのは『青葉の歌』ではなく、『大地讃頌』です。
最初に27日の記事を見た時に、「自分の学年のことだ!」と思い込み、「あれっ、先生、曲名を勘違いしているのかな?」と多少気になりながらも、懐かしくてコメントを投稿してくれたとのこと。
でも今日のこの記事を見て、「何だか変だぞ~。勘違いしてるのは私だわ!」と気づいたらしく、「先生、すみませ~ん」と電話がかかってきました。
僕は平成4年のピアノ伴奏者のYさんを思い浮かべながら記事を書いているし、それを読んだ平成3年のピアノ伴奏者のSさんは何のことだかよくわからないし…。 (^^;)
二人で大笑いしました。 (^O^)/

あれから24年。
Sさん、懐かしい声を聞かせてくれてどうもありがとう!

夏の終りのハーモニー (2)

2015年08月27日 | 名曲アルバム
(「夏の終りのハーモニー(1)」より続く)

「これ、学級通信?」って感じですよね。 (^^;)
もちろん毎回こんなことばかり書いていたわけではありません。
調べてみると、この年は55号まで発行していますが、曲名がタイトルになっている“超自己満足的学級通信”(笑)は、この「夏の終りのハーモニー」を含め、4つだけです。 (^-^;
(ちなみにほかの3つは、「夢をあきらめないで」「卒業写真」「心の旅」。)

今から23年前、YW中学校3年2組の15歳の少年少女は、どんな気持ちでこの文章を読んだのだろう?
若い担任教師のわがままに、黙って付き合ってくれていたのかな?
そうだとしたら、彼らは皆、本当に優しい子たちだったんだ…。 (*^^*)
ふと、そんなことを考えたりもします。

みんな、ごめんね。そして、どうもありがとう。



残念ながら、僕が音楽の授業を受けたり、彼らの歌う『夏の終りのハーモニー』を聞くことは叶いませんでしたが、その代わり、夜になると自らマイクを握り、歌っていました。 (^^♪
このとき隣の1組を担任していたО先生と、カラオケでよくこの曲をデュエットしていたんです。
サビの部分のハモリが決まると、すごく気持ちいいんですよね~。

♪ 夜空をたださまようだけ
♪ 誰よりもあなたが好きだから
♪ ステキな夢 あこがれを
♪ いつまでも ずっと 忘れずに

話を3年2組に戻しましょう。
この年彼らは、秋の合唱コンクールで『青葉の歌』を歌いました。
音楽の時間だけでなく、朝の会や帰りの会でも、何度も何度も練習しました。

♪ きらめけ~ あおばよ~ さわやかに~ そよげこころよ~

15歳の瑞々しい歌声のシャワーを浴びながら過ごした日々が、今も懐かしく思い出されます。

対決!
「О先生と僕のハーモニー♪」 VS 「3年2組のハーモニー♪」

結果は、圧倒的大差で「3年2組のハーモニー♪」の勝ち~! (^O^)/

夏の終りのハーモニー (1) 

2015年08月25日 | 名曲アルバム
♪ 今日のささやきと 昨日の争う声が
♪ 二人だけの恋のハーモニー

♪ 夢もあこがれも どこか違ってるけど
♪ それが僕と君のハーモニー

この時期になると決まって口ずさみたくなる歌です。
「そういえばずいぶん昔、この曲について書いたことがあったよなあ」と押し入れの中を探してみると…。

ありました!
「YW中学校 3年2組 学級通信 第4号」(平成4年5月16日発行)。
僕が中学校に勤務していた頃のものです。
タイトルはズバリ、「夏の終りのハーモニー」。

*  *  *  *  *

夏の終りのハーモニー

「私も音楽の授業を受けてみたい」
君たちが今、音楽の授業で『夏の終りのハーモニー』を歌っていると聞いて、心からそう思った。

作詞は井上陽水、作曲は玉置浩二。この曲が世に出たのは、確か数年前の夏の終わりの神宮球場。この日、井上陽水と安全地帯の初めてのジョイント・野外コンサートは、最高の盛り上がりを見せたが、そのエンディングを飾った名曲である。
もともとは、陽水のバックバンドからスタートした安全地帯。陽水と玉置はいわば師弟関係にあって、どちらのファンにとってもまさに夢のようなコンサート。二人の絶妙なハーモニー、しかも歌詞の内容がこの夜の雰囲気にピタッとはまって、聴衆は初めて聴くこの美しい曲に完全に参ってしまったらしい。
最近では、井上陽水は昨年の『少年時代』のヒット、玉置浩二は薬師丸ひろ子との結婚で話題を提供してくれたが、自称“ミュージシャン”の私にとっては、二人ともとにかく音楽的な面では尊敬すべき大先輩と言える。
陽水の『夢の中へ』(この曲は数年前にも、斉藤由貴が歌ってヒットした)、『傘がない』『心もよう』などは、私がギターを弾き始めた頃のレパートリーに入っていたし、安全地帯の大ヒット曲『ワインレッドの心』、隠れた名曲『あなたに』などは、バンドを組んでいた大学生の頃、文化祭で歌った覚えがある。

朝の会や帰りの会で、『夏の終りのハーモニー』を歌ってみない? 学年集会でも話したように、私は歌が好きです。だからぜひとも…。

*  *  *  *  *

「いや~、あの頃が懐かしいですねぇ」というよりも…

(「夏の終りのハーモニー(2)」に続く)

青春の影 (2)

2015年05月28日 | 名曲アルバム
(「青春の影(1)」より続く)

ところが、その先のエンディングの歌詞を読むと、自分の解釈が合っているのかどうか、よく分からなくなってくるのです。

♪♪♪
君の家へつづくあの道を 今足もとにたしかめて
今日から君はただの女 今日から僕はただの男


ポイントは「今日から君はただの女 今日から僕はただの男」という部分です。
「これからも、君の家へ続く道を、一歩一歩足もとを確かめながら歩いていくんだ」と最後にもう一度、力強く宣言して終わるのかと思いきや、「君はただの女」「僕はただの男」という予想外の言葉で終わっています。
何となく「今日から二人はそれぞれ別々の道を進んでいく」と言っているようにも聞こえませんか?
最後の最後で、「あれっ? 結局この二人はどうなったの? 別れたの?」と「?(クエスチョン・マーク)」が並んでしまいます。

しかし先日ついに、この疑問に対する答えを、作詞者本人の言葉で聞く機会が訪れました。(^^)v
5月22日の中日新聞夕刊に掲載された財津和夫さんの『この道』第25話「平凡が最高」の中で、彼自身が次のように語っています。

「この曲では、単純に、主人公である男の成長を歌にしてみようと思ったんです。」
「2人の関係が表面的な『恋』から、魂レベルでつながるような『愛』に変わっていく。いい意味で社会に流されて大人になった2人が、成長を経て結ばれるわけです。」
「結婚って、平凡に納まることじゃないですか。ありふれた『ただの女、ただの男』になることが確かな幸せにつながると、言いたかったのです。」
「平凡であることが最高のことだと、若い頃から考えてきたのです。」

なるほど、「ただの女、ただの男」という言葉にはそういう意味が込められていたんですね。
ホッとひと安心。(*^^*)

というのは、「別れの歌? それはあり得ない」という確信がどこかにあったからです。
それは実際にこの曲を何度も歌ってみると分かるのですが、歌っていて一番力が入るのは、「君の家へつづくあの道を~」という部分です。

1番で「君を幸せにするそれこそが これからの僕の生きるしるし」と宣言する。
2番では、やや冷静に客観的な立場から女性の成長過程を分析する。
歌い方を簡単な強弱記号で表すとすれば、1番は「フォルテ(強く)」、2番は「ピアノ(弱く)」でしょう。
そしてエンディングの「君の家へつづくあの道を~」という歌詞は、やはり1番の延長線上にあると考えられるので、自然に1番をさらにパワーアップさせて「フォルティッシモ(とても強く)」で歌ってしまいます。
そうやって歌っているうちに、「この歌は別れの歌じゃない。『ただの女 ただの男』という言葉には、何かかなり強いプラスのメッセージが込められているに違いない」と考えるようになったのです。

一組の男女が「ただの女、ただの男」になる。
それは、お互いにとって最高のパートナーに巡り合えたということ。

青春の影。
久しぶりに歌ってみたくなりました。(^O^)♪

青春の影 (1)

2015年05月26日 | 名曲アルバム

君の心へつづく長い一本道は いつも僕を勇気づけた
とてもとてもけわしく細い道だったけど 今君を迎えにゆこう
自分の大きな夢を追うことが 今までの僕の仕事だったけど
君を幸せにするそれこそが これからの僕の生きるしるし


学生時代に何度も聴き、何度も歌ったチューリップの「青春の影」(財津和夫作詞・作曲)です。
4月22日の記事「財津和夫さんの『この道』」の中でも触れました。

1番の歌詞を見る限り、「今までいろいろあったけど、やっぱり僕には君しかいない。君こそ僕の人生。君を必ず幸せにしてみせる」と愛する女性に誓う歌ですよね。
シンプルな分かりやすい言葉で、気持ちを伝えています。
ところが、2番に進むと少し雰囲気が変わります。

♪♪
愛を知ったために涙がはこばれて 君のひとみをこぼれたとき
恋のよろこびは愛のきびしさへの かけはしにすぎないと
ただ風の中にたたずんで 君はやがてみつけていった
ただ風に涙をあずけて 君は女になっていった


最初にこの歌詞を読んだとき、僕には1番に出てくる「君」と2番に出てくる「君」が別人のように思えました。
1番の「君」はもちろん、男が愛している女性。
2番の「君」は、男にとって大切な妹のような存在の女性です。
男は、失恋して深く傷ついている彼女にそっと寄り添い、「今は辛いかもしれないけれど、大丈夫。その涙が、君をもっともっと素敵な女性にしてくれるんだよ」と優しく励ましている。
そんな情景が思い浮かんだのです。

しかし常識的に考えて、1番と2番で違う女性のことを歌うなんてことはあり得ないですよね。
1番の「君」と2番の「君」が同一人物だという前提で解釈するとしたらどうなるのでしょう。
僕なりに考え、導き出した答えは次のようなものです。

その女性は、男にとってずっと妹のような存在だった。
男は、いつも少し離れたところからその女性を見守ってきた。
時には彼女の恋の成就を願い、また時には傷ついた彼女を慰めながら…。
男はやがて、自分の中に彼女に対する特別な感情が生まれていることに気づく。
それでもその気持ちを抑え、ただ彼女の幸せを祈り、彼女を支えることが自分に与えられた役割なのだと自分に言い聞かせ、ずっと彼女に接してきた。
そんな中で、彼女の気持ちにも変化が現れる。
彼女にとっても、いつしか男はかけがいのない特別な存在になっていたのだ。
お互いを通して自分の存在意義を確認し合うようになった二人。
そんな二人が結ばれるのは、ごく自然な成り行きだ。
男はついに「君を幸せにするそれこそが これからの僕の生きるしるし」と宣言する。

(「青春の影(2)」に続く)