2022年7月13日、mass×mass関内フューチャーセンターにて第139回YMS(ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。因みに今回、YMSの累計参加者数が2,500名を超えました。ありがとうございます。
今回の講師は、LIVE&WORLD 代表の長谷川晃大様。長谷川さんは2005年〜2011年まで人材育成の会社で勤務、2011年〜2020年まで組織開発コンサルティング会社勤務された後、独立。現在「オンラインパートナーシップ」と呼ぶ、完全オンラインでのコンサルティング、コーチングで中長期的な変化変容に向けたクライアントとの伴走を得意とされています。今回は、「働きがいある組織づくり~自組織のやりがい環境を考える~」と題してお話しいただきました。
本題に入る前に、まず意外だったことがあります。人の行動変容を促したり組織風土改革を行うにあたっては、何よりも直接触れあい、熱を共有することが大切なことのように思われます。しかし、長谷川さんが現在提供されているサービスは完全オンラインなのです。何とこの日のYMSが独立後初めての対面セミナーだとおっしゃっていました。
少しずつ対面自粛ムードが緩和される中で、僕自身もあらためて「やっぱり対面は大事だよね」と感じるこの頃です。確か第136回YMSのレポートでもそのようなことを書きました。それなのに何故あえてオンラインなのか?この点について不思議に思い、セミナー終了後の懇親会で伺ったところ「対面ではできないオンラインならではの良さ」を掘り下げていらっしゃるとのことでした。そう思うようになったきっかけは、長谷川さんがコーチングのトレーニングを受けられていた時、弱視のコーチの方とSkypeで出会ったことだったそうです(それも音声のみ)。その方は視覚にハンディを持っていらっしゃったものの、その分を「人の話を聴く力」、「受け止める感受性」、それを「相手の心に響くような形で表現する言葉の力」で補い、余りあったとのことでした。
言われてみれば対面で感じられる非言語情報が十分には得られないからこそ、相手に伝わるようにするために言語情報を逞しくしなければなりません。一方、受け手も限定的な視覚情報や聴覚情報を自身の経験に照らし、想像力を働かせて主体的にイメージを構築し、補う必要があります。つまり、個人的解釈ですが、この時点で受け手は能動的に脳を働かせ、自分で自分を納得させているのです。まさに「制約は創造の母」、なるほどと思いました。
さて、2017年にギャラップ社が行った調査によれば、日本企業で熱意のある社員の割合はわずか6%で、139ヶ国中132位だったそうです。昨年10月、品川駅のディスプレイに映し出された「今日の仕事は、楽しみですか?」という広告がSNS上で炎上するといったことがありました。このようなことが多くの人々の許容の範囲を超え、怒りを呼び起こすということ自体が、現代の日本企業が抱えている問題を如実に表しているのではないかと長谷川さんは言います。
現在はいわゆる90年代までのモーレツ組織から、ウェルビーング、キャリア自律、ダイバーシティ、インクルージョンといったキーワードが飛び交う協創する組織(持続可能な組織)への移行期にあると長谷川さんは見ておられますが、実際にコンサルティングを行う中で、上手くいかないところは同じ組織の中でも世代間で意識の温度差、ムラを感じるそうです。すなわち、どの世代にも一定数は組織づくりや風土をよりよくしていこうとする人がいるにもかかわらず、社員一人一人のエンゲージメントを高めることについて、
といった世代間のギャップがあり、結果的にどの世代もどうすれば良いか分からない中で、全体のモチベーションが下がります。その結果が先のギャラップ社の調査にも現れているのではないかということです。
しかし、SDG’sの項目8に「働きがいも経済成長も」とある通り、世界は確実に「働き甲斐」と結果としての「成長」の両方を志向しています。「人的資本経営」が注目されるようになり、経済産業省は2020年に「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」(いわゆる人材版伊藤レポート)を発表しています(この辺については第131回YMSのレポートで触れていますので、そちらをご覧ください)。
これが、長谷川さんがお手伝いしている「組織開発」と「エンゲージメントを高める」ことが必要だと考える理由です。組織開発とは、「人や関係性に働きかけ、組織全体のパフォーマンスを上げること」。人の気持ちや関係性の問題は目に見えにくいにも関わらず、組織のパフォーマンスに大きな影響を与えています。故に、見えていないものを見える化し、組織の効果性と健全性を高めていこうというのが狙いです。もう一つのエンゲージメントは、個人と組織の繋がりの強度を表す指標であり、いわば組織開発の効果測定となるものです。ただし、現在の状態を知ることが目的であり、できているかいないかといった評価を下すものではありません。
因みに、個人のエンゲージメント状態を定量化できる「Wevox」というアプリケーションがあるそうです。
そのアプローチは、下の図にあるようなピラミッドの下層から着手します。よくある失敗は下の土台を無視して、いきなり頂点の「ありたい姿、チャレンジ(成長と目標設定)」に焦点を当ててしまうことだそうです。
相互理解とは、「継続的な対話習慣が根付いていること」、貢献実感とは、「承認とチャレンジが定期的にあること」、メンバー個々の強みの自覚とやり甲斐の醸成とは、「多様なやり甲斐が実感できる仕組みがあること」、ありたい姿、チャレンジとは、「未来の自分を自由に描く対話の場があること」です。つまり、組織開発とは組織文化を創り出すことだとも言えます。
さて、これまで「働き甲斐」や「やり甲斐」といったキーワードが出てきました。セミナーのタイトルに「「働きがいある組織づくり~自組織のやりがい環境を考える~」とある通り、今回のお話しはこの「やり甲斐」がテーマです。ところで、我々はどんな時にやり甲斐を感じるのでしょう?人それぞれだと思いますが、例えば、第133回YMSでお話しいただいたボクシングジムの会長さんは、
「生徒が試合に勝ち、その親御さんが喜んでいるのを見た時」
だとおっしゃっていました。ご自身が教えた本人への貢献だけでなく、周りにいる関係者からも喜び、感謝を得られることが大きかったのでしょうね。すなわち、「やり甲斐」とは、
やり(行動)+甲斐(内的報酬)
自分の行動の結果得られる内的報酬のことであると言えます。
アメリカの心理学者エドワードL.デシは、1971年の実験で、人は報酬などの外発的動機より自分の内面から来る内発的動機の方が強いということを明らかにし、1975年に人間は「自律性」、「関係性」、「有能感」という3つの根源的欲求を満たすために行動する、すなわち動機づけられるという「内発的動機づけ理論」を唱えました。
これらの根源的欲求は常に同時かつ相互作用しながら存在しています。上の図を前述の二つ目のピラミッドと比較してみるとピラミッドの各階層はこれらの根源的欲求への働きかけであることが分かります。ゆえにそれぞれの階層も密接なつながりがあるのであり、下の階層を無視して上の階層だけを求めるのは難しいのです。
さて、先ほど人のやり甲斐は十人十色だと言いましたが、長谷川さんは内発的動機付けを踏まえ、「成長-貢献」を縦軸、「非成果-成果」を横軸にして、人々が感じる「やり甲斐」を次の四種類に分類しています。
のりこえ甲斐に必要なのは「ひとりひとりが成果を実感できる環境」、役立ち甲斐は「自分の役割と貢献が実感できる環境」、のび甲斐は「ひとりひとりが成長を実感できる環境」、思い甲斐は「ひとりひとりが仕事の価値を実感できる環境」になります。
この図で分類すると、個々人が何に重きを置いて「やり甲斐」と感じているのかが分かります。もちろん、複数にまたがる人もいます。長谷川さんの経験では、若い世代には「伸び甲斐」を重視している人が多く、世代が上になるにつれ「思い甲斐」や「役立ち甲斐」が増える印象があるということです。組織や上司が部下のモチベーションを上げようとしても、このやり甲斐のズレに気づかなければ効果が低減するか、逆効果となってしまうことさえあるでしょう。メンバーがどの象限をやり甲斐と思っているかを把握すること、組織階層間のギャップを知ることが大切であり、何よりもいかなる場合であれフィードバックがあることが大切だそうです。
最後に「やり甲斐を生み出す環境チェック」という、自分の組織がどの象限に働きかけた環境になっているのかをチェックするワークを行いました。
このように、「やり甲斐の源泉」を知り、自分の組織の「やり甲斐環境」をチェックし、そこから重点課題を割り出し重点的に取り組んでいくのが組織開発の基本的アプローチだということでした。
過去のセミナーレポートはこちら。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした